遊☆戯☆王THE HANGS   作:CODE:K

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2018/09/10
感想ページにてご指摘を頂いた誤字脱字を修正させて頂きました。
また、今回登場するデュエルの召喚口上を一部修正しました。
それぞれご指摘ありがとうございました。


MISSION22-2年越しの遺言(残響)

 私の名前は鳥乃 沙樹(とりの さき)。陽光学園高等部二年の女子高生。

 そして、レズである。

「プロポーション抜群のお姉さんと赤ちゃんプレイしたい」

 週末金曜。

 私は1話ぶりにハンマーされた。

「沙樹ちゃん。そのネタ2回目だよね?」

「し、仕方ないじゃない。また同じ衝動に襲われたんだから」

 その1回目同様、床にめりこむように倒れ、何とかピクピクしながら梓にいう。

 なにせ前回が歳だけお姉さんの合法ロリ駄目教師に、ガワだけお姉さんな14歳のクソガキだったのだから。お姉さん分という熱い想いばかり刺激されて蛇の生殺し、いや欲求だけ募って股を濡らす要素がなかっただけ、ある意味もっとおぞましい。

「梓、先生以外で素敵なお姉さん紹介して? 二十歳以上で、ちゃんと背丈あって、大人の色香があって、おっぱいあって、優しくて甘えさせてくれそうなの」

「そんなのいないよー」

 梓、ゴミを見る目で言わないで。

「あーばぶばぶしたい。素敵な出会いないかな」

 とか私がいってると、

「ねえ沙樹ちゃん」

 梓が突然、影を落とした顔でいった。

「前に私が一番っていったよね? あの言葉、嘘だったの?」

「え?」

 私は目をぱちくり。

「ううん、何でもない」

 一転、梓は努めた笑顔で指折り数え、

「えっと、二十歳以上で、長身で、バストが大きくて、優しい大人の人だったね。誰かいたかなー」

 なんて、今度は私の要求を受け入れようとしてきたのだ。こんなこと今までなかったのに。

「あず、さ……」

 お祭りデート以来、梓の私への態度はどこか軟化した気がする。加えて、その週明けに機嫌が良いようにみえた梓の様子は、いまも続いていた。

 ただ、その正体が何なのか、いまのやり取りでちょっとだけ分かった気がした。

 私はやさしく笑い、

「ま、そんな素敵なお姉さんが100人言い寄ってきても、どっちを選べって言われたら悩む余地なく梓って話だけど」

 すると梓は、

「もう。お祭りの日から沙樹ちゃん恥ずかしいこと言いすぎだよー」

 とか言いながら、とっても嬉しそうに照れる。

 まるで恋人の会話のようだ。確かに、私としては特定の誰かと付き合うなら梓しかいないわけだけど。梓のほうは、逆にノーマルだからありえないのよね。

「あ、そうだ沙樹ちゃん。本当に大事なら、明日少し付き合って欲しい所があるんだけど」

「え? 明日?」

「うん」

 うなずく梓に私は、

「ごめん。今度の土日だけはどうしても予定があって」

「え」

 恐らく、笑顔で承諾してくれるものと思ってたのだろう。途端、梓は寂しそうな顔になり、

「それって、私より大事なこと、なの?」

 本人は気付いてないのだろうけど、梓は、露骨に独占欲を口にしていた。「私より大事なのか」なんて、いままでの梓なら絶対口にしないような物言いだった。

「梓が何より優先だから、土日は一緒にいれないのよ」

「言ってること分からないよ」

「よね。自分も言ってそう思ったわ」

 私は一回誤魔化し笑いし、

「いつものアレよ。大体月1頻度くらいで1泊2日の外出するやつ」

 と、私は、すまなさに顔を逸らしていった。

「うん。そうだとは思ってたけど」

 梓は言いながらも、

「でもそれって、本当にキャンセルできないこと、なの?」

「悪いわね。梓との今度の土日より、梓との来週や再来週、これからの毎日をずっと一緒にいれるのを優先したいから」

「キャンセルしたらできないの?」

「可能性はある」

 と、私がいうと。

「……そっか」

 梓は「寂しいけど仕方ないよね」って顔をして納得してくれた。

 私がどこに外泊するのか、どうして外泊するのか等の詳細は一切知らない。だけど、梓はそういって受け入れてくれた。

 無理して納得する梓の姿に、私は「とんでもない選択をした」んじゃないかと思わずにいられない。たとえ選択肢は「断る」しかなかったとしても。

 で、私はこうとしか言えないのだ。

「悪いわね。代わりに月曜の放課後どこかバイキング奢るわ、まだ入店禁止になってない所探して」

「うん」

 うなずく梓。

 この日、私と梓はいつもの半分くらいしか会話をしなかった。

 

 

 ――土曜日、早朝。

 私は田村崎研究施設にいた。

 予定の時間より早く来ていた私はロビーで待機していたところ、

「おはようですわ、沙樹」

 と、声をかけられる。振り返ると、鈴音さんとその父親である森口博士が立っていた。

「おはよう、鈴音さん」

「早いですわね」

「まあ、昨日は完璧にオフだったし、暇だったのよ」

「それならいいのですけど」

 と、いってふたりは対面の席に座る。何を心配しているのかと思えば、

「先日、任務中に地縛神と対話したそうですわね」

 鈴音さんはいった。

「まあね」

 私はうなずく。

「あれから特に変化は」

「何も。あれ以降、私から地縛神に話しかけてもだんまりだし、眷属化も起きてないわ」

「よかったですわ」

 ほっとする鈴音さん。その隣で博士はいった。

「ですが、自覚のない所で何かが起きてるかもしれません。今回はいつもより念入りに行わせて頂きますが、よろしいですかな?」

「まあ当然そうなるって話よね。お願いします」

 私は頭を下げた。

 今日は定期メンテナンスの日である。

 体の半分が機械である私は、普通の人間より生命自体が不完全にできている。いつ生身の血肉が機械に拒絶反応を起こすか分からないし、脳や精神だって同様だ。

 その為、無線通信で繋がってるコンピューターが常に全身を制御・監視し、副頭脳としてAIプログラムも搭載してある。その上、私は地縛神の干渉も受けてる為、それの制御プログラムも入れてるので余計に依存が強い。

 だからまあ、ぶっちゃけ言うと。

 私は定期的に全身メンテナンスを行わないと生きれない体なのである。それが、昨日梓の誘いを断った理由だった。

「失礼致します」

 ここで研究員らしき男性が私たちの前に立っていった。

「準備ができました。皆様、お部屋へどうぞ」

「行きましょうか」

 森口博士が席を立った。

「そうね」

 言われて私、そして鈴音さんも席を立ち、博士に案内される形で、メンテナンス用の部屋へと移動する。

 ロビーを出て一般人立ち入り禁止区域の廊下を歩く事数分、辿りついた部屋は、部屋全体が装置とコードで覆われた、まるでSF世界のような一室。

 私が半機人になった時、一番最初に目を覚ました場所である。

「予定だと、検査が終わるのはいつ頃?」

 私は訊ねながら、カプセルを開き中に入る。

「今回は少し遅く、日曜の25時以降になりそうですわ。破損したワイヤーも取り変えなければなりませんし」

 と、鈴音さん。つまりギリギリ月曜だ。普段なら24時間前後で終わるので、本当に今回は過剰な程に点検するらしい。

「なら、いっそ朝起こして貰っていい? どうせ深夜に起きても明日に支障でるだけだから」

 というのは、基本的にメンテナンスはカプセルの中で行われ、その間私の人格は副頭脳のAIに切り替わる。それも応答はコンピューターを通して行う為、実質的に私自身は長い長い睡眠に入るのである。なので、普段はついでに職業病の睡眠不足を解消し疲労も一緒に取って貰ってるわけだ。それなのに特に意味なく深夜に起こされたらたまったものじゃない。

「分かりましたわ」

 うなずく鈴音さん。

 私が横になると、カプセルはゆっくりと閉じ、口元には酸素マスクが取りつけられる。

 要は全身麻酔と同じ要領だ。程なくすると、自分でも気付かない間に、私の意識は闇へと閉じていった。

 

 で、気づけば24時間以上過ぎているのだ。普段なら。

 

 

 目を覚ましたとき、私はコンピューターだった。

「――え?」

 私が困惑の声をあげた所。実際に発声はされず、代わりに傍のモニターからテキストファイルが表示され。

『え?』

 と、だけ表示された。

 どうやら、場所は先ほどのメンテナンスルームと同じ部屋のようだ。それでもって、いま私の視界はコンピューターと繋がってるカメラのものらしい。首をまわしてると、おおっ! 回る回る。360度視界を移動できるって中々新鮮。しかし、調子に乗ってグルグル首をまわしてると、現在進行形でメンテナンスを受けている私がみえた。骨や筋肉などが繋がったまま四肢が切り外され、複数のマニピュレーターが悪の組織の改造手術みたいに全身を弄繰り回している。うっぷ。

「起きたみたいね」

 言われて私は気づく。首を動かすと、ひとりの女性がパイプ椅子に座って私(?)を見ていた。人間の体じゃないから、気配で察することができなかったのだ。

『高村司令?』

「ちっす」

 その女性、高村司令はモニターに表示された私の反応をみて、一回挨拶。

「寝てた所悪いわね。今回ちょっと報告と相談があって、いったん意識をそっちに移させてもらったわ」

『報告と相談?』

 私が訊ねる(当然発声はしないけど)と、

「今回のメンテ代だけどさ、ほら今回いつもより大掛かりで検査してるじゃん」

『ああ』

 その時点で私は察し、

『足りなかったわけね。今月の私の給料じゃ』

「そ」

 司令は肯定する。

「で、ちょうどさっきある大人の女性から護衛の依頼がきたんだけどさ」

『請けます』

 私は即答した。

「いや予想通りの反応だけど、話はもう少し聞いて頂戴」

『請けます』

 呆れた顔で高村司令は腕を組み、

「依頼人はイリス・ルース・マリア・ダ・ソンブラ・カキネ。年齢は23歳」

『請けます』

「ちょっと黙って。この名前というか聞き覚えはないの?」

『え?』

 私は請けますbotをやめて考える。しかし、分からない。私にはそんな長ったらしい横文字の知り合いはいないはず。

「名前の最後に注目して名前を復唱してみて」

 司令が言うので私は、

『イリス・ルース・マリア・ダ・ソンブラ・カキネ。イリス・ルース・マリア・ダ・ソンブラ・カキネ。……カキネ?』

 ここで、やっと私は違和感に気づく。

「気づいたみたいね」

 と、司令がいうので、

『どういう事よ、これ』

「今回の依頼人はB共和国のソンブラグループの娘さんよ。そして、牡蠣根 水一(かきね すい)と愛人の間にできた娘でもあるわ」

 牡蠣根 水一とは、かつて私が依頼の中で殺害し、地縛神に取り込んだもののひとりである。表では製薬会社の社長をしてるけど、裏では“陵辱の暴王”という通り名を持ち追星組というヤのつく業界の組長。そして、麻薬や奴隷売買に手を出し、私の中学時代の数少ない友人を死に追い込んだ最悪の男だ。

『そんな奴の護衛をわざわざ私に?』

「そんな奴の護衛だから、わざわざアンタなのよ」

 つまり恨みを晴らして良いということだろう。本来ならこの件、私は絶対に担当にしてはいけない人材だから。もしくは誰も請けたくない依頼という可能性もある。ハングドは正義の組織じゃないとはいえ、好き好んで悪の味方をする組織でもないから。

「今回の依頼はドラゴン・キャノン。つまり、牡蠣根の娘は後がない状態に追い込まれてるわ」

『なるほどね』

 これは後者の可能性も濃厚だ。いや両方か。

 ドラゴン・キャノンとは、シティーハンターという漫画におけるXYZに位置するハングドのキーワードである。しかし、情報化社会である現代でこれを発したということは、すでにこの一件は外部に漏れ、依頼者は『ドラゴン・キャノン』を発する前より危機的な状況に置かれてる可能性が高い。

 それ故、私たちハングドも危険性の高い依頼になるので通常より高く金銭を要求せざるを得なく、それでも『もう後がない』と訴えれる者だけに許される依頼方法なのだ。

 しかし、それならメンテナンス後に向かっても手遅れでは。そう思ったけど、時間を確認すると現在すでにメンテ開始から丸1日以上経過した日曜17時。

「アンタにはメンテナンス完了次第、準備を整え早朝、待ち合わせ場所に指定した『喫茶なばな』に赴き、依頼人と接触。詳しい経緯を聞き、悪意の有無を確認した上で、可能な限り金銭をぼったくれ。それでもし、依頼人が組織や牡蠣根の被害者に悪意に似た感情を持っていたら、はたまたアンタの要求する報酬額に『出せません』とかほざいたら」

 司令は中指たてて、いった。

「許可するわ、遠慮せず犯れ。アンタの友人と同じ末路を牡蠣根の血に刻み込め」

 私は発情した。昂った。

 

 ――現在時刻、午前06:20(月曜)

 あれから、メンテナンスが終わった私は、司令から頂いたイリス以下略の資料を確認しつつ、デッキや武装の調整を終え、木更ちゃんと合流しての『なばな』へと赴いていた。

「お待たせしました。ご注文のモーニングになります」

 店員さんが席にふたり分のプレートとホットコーヒーを置く。残念ながら今日は水菜さんのシフトではないらしい。とはいえ、若くて綺麗な女性だったので私はお尻を撫でまわし、

「きゃっ」

 と、素敵な反応を聞きながら、

「で、木更ちゃん的にはどう思う今回の依頼」

「とりあえず、いまのセクハラの様子はフォトに収めましたので」

 ちょっ!?

「待って、やめて! いまの梓にそれは地雷な気がするガチって話で」

「え、は、はい」

 いつもに増して必死なのを察したのだろう。少し動揺しながら、

「あの、何があったのですか?」

 心配そうに訊ねる木更ちゃん。その間に店員さんは逃げるように持ち場に戻ってしまった。残念。

「うん。この前のお祭りの日からかな、勢いで私の一番は梓ってアピールしまくっちゃって。嬉しく思ってくれてるのは嬉しいんだけど、それが逆に危ういメンタルに入ってるみたいで」

「納得しました。徳光先輩、嫉妬独占欲どちらも深そうですから」

 ああ。

「やっぱ、木更ちゃんにもそう見えるのね」

 まさに週末なんて「私より大事な用事なの?」って、驚くほど嫉妬や独占欲を目の当たりにしたわけだし。

「ま、そんなわけだから。木更ちゃんも刺されないように気を付けて」

 と、私は冗談のつもりで言ったのだけど。

「はい。勿論」

 木更ちゃんはいった。

「言われなくても、もう前々から注意してることですので」

 って。

「え、梓って刺しそうな子なの? 冗談に冗談で返してるんじゃなくって?」

「それでは、そろそろ仕事の確認に入りましょうか」

 誤魔化された!? まあ、確かにそろそろ仕事に入らなくちゃいけない状況にはあるのだけど。なにせ、すでに事態は動いてるのだから。

「そ、そうね。じゃあ木更ちゃん、とりあえず気づかれないようにそっと辺りを確認してみて」

 私は小声でいった。

「え? はい」

 と、木更ちゃんはタブレットから鏡アプリを使い、首を動かさずに周囲を確認。私は続けて、

「いるでしょ。隅の席に怪しそうな黒コート」

「いますね」

 姿からして、恐らく黒山羊の実の連中だろう。普段はヴェーラが定位置にしているボックス席に、男が3人と女性がひとり。特に女性は、コートと一体型のフードを深く被り、その上から襟付きのマフラーでフードを固定しつつ口元を覆うように巻いていて、殆ど顔が分からない。

「のんびり再確認してる余裕はなさそうね。顔だけ頭に入れておいて、辺りに気を配っておいて」

 と、モーニングのトーストを齧りコーヒーで流し込む。もちろん顔というのは依頼人のを指している。すでに、そのワードを発することすら危険だと思ったのだ。

「分かりました」

 察しのいい木更ちゃんは、そのまま引き続きタブレットを弄り「今時の女子高生です」って風貌をみせながらモーニングを食べ進める。

 程なくして依頼人がやってきた。

 褐色でスレンダーな肢体をした長身でエキゾチックな風貌のお姉さんだった。露出が高めな服を着ている割に、胸の膨らみは残念ながら確認できなかったが、長い髪に碧い瞳が美しい。

ミ ダ ウン カフェ(コーヒー1杯ください)

 依頼人のイリスはカウンター席に座ると、店員に何かを話しかける。しかし、その言葉は英語でさえなく。

「あ、えっと……。そ、ソーリー。あ、アイドントスピークイングリッシュ」

 動揺した店員が発音のなってない英語で「ごめんなさい。私英語話せません」と返す。とはいえ彼女には通じたようで、

カランパ(あっ)!? ごめんなさい。コーヒーをお願いします」

 と、イリスは日本語で言い直す。思ったより滑らかな発音だった。

「は、はい。少々お待ちください」

 店員が慌てて厨房に進むと、入れ替わりで先ほどの男のひとりが立ち上がりイリスの下へと向かう。

 私たちが様子をうかがう中、

「見つけたぞ」

 と、男はにやりと笑った。

「一緒に来て貰おうか」

「……」

 イリスは、しばらく無言で辺りをうかがってから、落ち着いた物腰で、

「分かりました。ですが、せめてコーヒーを頂いてからで構いませんか? せっかく頼んだのに飲まずに出たくもありませんから」

 ちょうどその時、厨房から店員が現れ、

「お待たせしました。ホットコーヒーになります」

「ありがとう」

 受け取るイリス。が、直後。

「そして、ごめんなさい」

 と、淹れたて熱々のコーヒーを男に向けてぶちまけたのだ。

「うわっ」

 咄嗟に腕で顔を護る男。その隙にイリスは席を立ち、店から逃げ去ってしまった。

「チッ、逃がすな! 追え、ガルム!」

 叫ぶ男。すると、ガルムというらしい顔を隠した女性は、

「了解。さあ、楽しいタノシイ追いかけっこの始まりよ」

 人間のものとは思えない跳躍をもって、店内の障害物を足場にぴょんぴょん跳び進み、店の外へと出てしまう。そんな少女の後に続いて残りの3人も追いかけた。こちらは普通に。

「先輩」

 木更ちゃんがいった。みると、すでにイリス含めた3人分の食事代がテーブルに置かれてあった。

「先回りするわ。ついてきて」

 私が席を立つと、続けて木更ちゃんも席を立ち、

「はい」

 任務開始。私たちも店の外へと出たのだった。

 

 木更ちゃんのサポートもあって、私たちは無事先回りして先にイリスと接触する機会を得た。

 数日前、お祭りの会場になってた公園を走るイリス。彼女が茂みに隠れようとした所、

「そこへは行かないほうがいいわ、イリスさん」

 私は、公園のベンチに腰かけていった。

「っ」

 イリスは振り返り、

「誰?」

「あなたの味方よ。ちょっと忠告させて頂戴。その茂みの先にはさっきの男たちが先回りして張り込んでるわ。逃げるなら右折して――」

 と、伝えてる途中だった。

 イリスは懐から拳銃を出し、その場で私を発砲してきたのだ。しかも、フィール込み。

「ッ!」

 完全に不意打ちだった為、私はまともに弾丸を受ける。胸に数発分の穴が開き、私は血を流しながら一度倒れる。

 すでに目で追うことはできなかったけど、イリスの足が茂みの奥へ向かっていくのが聞こえた。

「先輩、大丈夫ですか?」

 彼女の気配が消えた辺りで、木更ちゃんがベンチの後ろから顔をだし、《治療の神 ディアン・ケト》を発動した。

 銃撃の狙いが甘かったのと、私の体が半分機械だったおかげで、なんとか一命を取り留めてた私は、木更ちゃんの回復魔法カードの効果で動ける程度には回復。

「助かったわ」

 痛みに耐えながら、私はベンチを杖に何とか体を起こす。どうやら今すぐ自力で動くのは無理そうだった。これは早めに修理が必要ね、せっかく今朝メンテナンスが終わったばかりなのに。破産しそう。

 しかし、黒山羊の実に狙われてるというのなら、余計に悠長に構えてるわけにもいかなくなった。イリスと合流し、何が起きたのかを聞きださないと。

「木更ちゃん、肩貸して。すぐ依頼人を追いかけるわ」

「分かりました」

 木更ちゃんの肩に腕をまわさせて貰い、何とか私は立ち上がる。

 私は余った手で木更ちゃんの太腿を撫でながら、

「じゃあ、行こっか」

「はい」

 木更ちゃんは、一応諦めムードの顔色を見せてはいた。

 だから、私はここぞとばかりに下着の内側まで撫でまわした。とても柔らかかった。

 

 茂みの奥に進むと、イリスと対峙する3人の男とガルムの姿がみえた。

 男共はイリスに銃を向け、

「もう逃げられないぞ、イリス・カキネ」

「私はイリス・ダ・ソンブラよ」

「つい最近まで愛着持って牡蠣根姓を名乗ってた者がよくいう」

「真実を何も知らなかっただけよ」

 彼女の言葉に嘘はない。どうやら本当に牡蠣根の姓を名乗りたくはないらしい。

「まあいい」

 男のひとりが一歩前に出る。

「お前に残された道は、我々と共に歩むか、死だ」

「なら、殺しなさい。殺せるものなら!」

 気丈に叫ぶイリス。

「そうか、残念だ」

 男はいい。

「殺れ」

 との指示に、残り2人の男が発砲。

 その2発の弾丸を、私は手持ちの拳銃と内蔵銃の二丁の発砲で弾き返す。

『何っ』

 驚く男共。イリスも横目でこちらを見て、

「貴方はさっきの」

 で、3人を指揮しているらしい男は私たちを見て。

「レズの肌馬とK.ストーカーか」

 どうやら、ついに木更ちゃんにもこの業界で呼ばれる名前がついたらしい。なお、Kとはかすが店長のことだろう。

 さて、助けに入ったはいいけど、この体でどこまで戦えるだろうか。とか考えてると、

「くそ、こいつだけは無断で攻撃できない。退却するぞ」

 指揮している男がそう言い始めたのだ。

「え、どうしてー?」

 ガルムが不満そうに返す。しかし、

「あいつを敵にまわすと、プライド様はともかくグラトニー様がなに言うか分からない」

「嫌よ、私アイツで遊びたい。あそびたーい」

「我慢しろ。殺るのはプライド様から一筆書いて許可を貰ってからだ。総員、一時撤収!」

 と、いった感じで黒山羊の実は《強制脱出装置》を使ってこの場を後にした。

 しかし、これで一安心というわけにはいかず、今度はイリスが私に銃を向けてきた。

「やめてください。私たちはあなたを助ける為に来たんです」

 木更ちゃんはいう。しかし、

「私は誰も信じない! たとえ貴方が警察でも、悪意をもって私に接触したに違いないのよ」

 相当な人間不信に陥ってる模様だった。喫茶にいたときの落ち着いた風貌とは打って変わり、余裕のない敵意をしっかり顔に出している。だけど、こちらも「はいそうですか」と帰るわけにはいかないし、背を向けたら撃たれるだろう。

「ドラゴン・キャノン」

 私はいった。すると、イリスは、

「あ」

 と、目を見開く。

「私たちは、あなたに呼ばれて来たんだけど。それでも私たちを撃つって話?」

「もしかして、貴方たちがハングド?」

「そ」

 私はうなずく。――が、ここで私は意識が遠のいていくのを感じ、

「しまっ……ごめん木更ちゃん。彼女を連れて研究施設……に……」

 ここで私の意識は闇に沈んだ。

 

 

 ――現在時刻7:30。

 気づいたら私は再びコンピューターだった。

 しかも今回はカメラから映る視界がハングドの事務所。どうやら意識そのものは研究施設のコンピューターながら、事務室内のノートパソコンと通信で繋がってるらしい。

『生身の体は修理中?』

 再びモニターからテキストファイルが開いて表示される。

「あ、先輩。大丈夫ですか? はい、先輩の体は修理に入ってます」

 木更ちゃんがモニターを覗き込んでいった。

『あ、木更ちゃんこっちこっち。視界はカメラを通してるから覗き込むならこっち見て。特に谷間を覗かせるように無防備晒してくれたらよりグッド』

「大丈夫のようですね」

 ああっ、木更ちゃん覗き込むのもやめて席に座っちゃった。

 現在、事務所ではハングドの構成員たちがスタジオミストの仕事に追われてる。司令は席を離れており、鈴音さんが主導となって、いまのうちに修羅場を回避しようと必死こいてる。

 そんな表事業を邪魔しないためもあるだろう。私という名の仕事用ノートパソコンは事務所入り口の応接間に置かれ、対面のソファに木更ちゃんとイリスが座っていた。

「ごめんなさい。私が早まったせいで」

 すまなそうにイリスさんがいった。

『気にしないで。攻撃されるのを想定しなかったこっちが悪いんだから』

 私は返す。実際は想定してたはずなのに、とんだ大ポカをしでかしたものだ。

「ですけど」

『そんな事より、依頼の確認に入らない? まだなんでしょ?』

 訊ねると、木更ちゃんはうなずき、

「そうですね」

 と、数枚の資料を手に取って読み上げる。

「イリス・ルース・マリア・ダ・ソンブラ・カキネ。かのソンブラグループの娘にして現代表。年齢は23歳。家族構成は母を亡くしたいま妹と二人暮らし。母は中小企業にすぎなかったソンブラ社をB共和国有数企業に育て上げた立役者ですけど、今年某日に謎の死を遂げた。ここまでが一般的な認識と思われますけど、間違いはありませんか?」

「はい」

 うなずくイリス。木更ちゃんは続けて、

「では、これは一般的には流通していない情報ですけど。父親は牡蠣根製薬会社の前社長にして追星組組長、“陵辱の暴王”牡蠣根 水一。あなたの母親は牡蠣根と愛人関係にあり、牡蠣根 水一の死から数日以内に亡くなってます。こちらに関しては」

「それも間違いありません。あえて言うのでしたら、母は数日以内ではなく同日に亡くなりました」

 実は、すでに牡蠣根の死は表の世界でも認知されている。

 当初、牡蠣根は遺体が発見されなかったために指名手配されていたのだけど、先日、ある人間が牡蠣根の死を自白し、事実が日の下に晒されたのだ。その経緯の裏には"影の同胞団(シャドウ・ブラザーフッド)"と呼ばれる怪人たちの活躍があると噂されている。

 ……しかし、同日ね。

「実は、ソンブラグループは牡蠣根製薬の協力があっていまの大企業へと発展したんです。薬の原料をわが社で極秘に栽培し、密輸を通して牡蠣根製薬に送る。中には牡蠣根直々にこういう薬品を作りたいから原料を用意してくれという依頼もあったそうです。それで得た莫大な利益で事業を展開し続けた結果がいまのソンブラグループで」

『その中には、当然ドラッグの原料も含まれてたって話?』

 でなければ密輸で送るなんてリスクを負うはずがない。

 イリスの表情は沈む。

「知りませんでした。我がグループが、いえ母がそんなものを作って父に送っていたなんて。そのうえ、密輸という手段が形だけ違法なだけで、どこでもやってる当然の輸出手段だと思って生きてきました。ずっと洗脳されていたんです。母に、いえ牡蠣根という悪魔によって」

『という事は、いまは牡蠣根の悪事も色々知ってるってこと?』

 すると、

「本当に突然だったんです。母が命を絶ったのは」

 と、突然()()()()に触れだした。

「確か、時刻は朝10時頃でした。当時、私と母は仕事が休みで、自宅で一緒にお茶を飲んでました。事件の凶兆なんて何もありません。なのに、何気ない会話の真っ最中、突然母は脈絡なく舌を噛み切ったんです。そのときの母の最期の顔は、いまでも鮮明に思い出せます。自分が舌を噛み切ったことに驚き、そして私を見て『あなた誰?』って、そんな顔をして逝きました」

 間違いない。例の後催眠だ。

 確かB共和国と日本の間には、ちょうど半日程度の時差がある。あの日レストラン追星に到着したのが21時過ぎだったのを踏まえると、牡蠣根の死とイリスの母の死の時間は確かに合致する。

「恐らく、私を生んだときには既に母は正気ではなかったのでしょう。発掘した資料によると、牡蠣根と関係をもってからの母は、牡蠣根の望むままに事業を改革し違法に手を染め、実質的にあの男の為の会社へと変貌させていきました。そして、牡蠣根が亡くなった際に何かの力が働き、母は舌を噛み切らされたのでしょう。結果、死の間際に母は二十数年ぶりの自我を取り戻し、生んだ覚えもない見ず知らずの娘に看取られて亡くなったのだと思います」

「酷い」

 木更ちゃんが口元を抑えショックに耐える。

 私は訊ねた。

『牡蠣根が奴隷売買に手を出してたことはご存知?』

「はい。その業者の登録と派遣を請け負う会社もソンブラグループでしたから」

『そこで販売される奴隷には「牡蠣根が死んだら舌を噛み切って自殺する」後催眠がかけられてたわ』

「っ」

 さすがに、そこまでは知らなかったようで、イリスは顔を真っ青にして言葉を失う。

 つまり、あの瞬間、助けられなかった大勢の奴隷が舌を噛み切って自殺し、その中に彼女の母も含まれてたのだ。これも被害者は大抵が行方不明者か戸籍上すでに亡くなってる子だったので、表の問題には至らなかったのだけど、やはりこれも影の同胞団の活躍によって、ちょくちょく事実が公表されてるらしい。

「そんな。私が、せめて私がもっと早く色々知ってれば」

『その時はあなたも同じ催眠をかけられてたわ』

 私はいった。割と感情込めて言いたい台詞なのに、文字でしか表現できないのが苦しい。

『そこまで会社が侵食されてたってことは、牡蠣根の中であなたも利用する予定だったのは間違いないわ。さしずめ母親の洗脳教育を幼少期から受けてもらい正気のまま牡蠣根の駒になって貰う、といった所でしょうね。洗脳やクスリで得た人材だと、どうしても欠陥がでるでしょうから』

 でもって、私は続けて。

『そんなあなたが、もし牡蠣根の存命中に下手な手を打ったら、恐らくあなたの処女は牡蠣根のものよ』

「母のように、そして奴隷のようになってたという事ですか?」

『そ』

 さりげに私、少しセクハラな発言をしたのだけど、イリスは真面目に受け取った模様だった。

 常に気を張り、それでいて目力は強くなりすぎず、クールビューティーな気品を感じさせる。とてもシリアスの似合うお姉さんだ。同じお姉さんでも残念美人の神簇とは大違い。

『さて、近辺状況が分かった所で、どうしてあなたは日本に来たのか、なぜ狙われてるか、そして私たちは何すればいいのか確認したいのだけど』

「はい」

 イリスは姿勢を正しなおし、

「日本に来たのは、全てを知るため、そして避難の為です」

『避難?』

 訊ねると、

「はい。ソンブラグループはすでに解散の準備に入っています。ドラッグの栽培プラントはすべて処分し、違法な事業を行っていた子会社も現時点で発覚した分は本社に先駆けて解散を進めております。ただ、その結果一部の社員や売買業者に命を狙われる目にあい、本社にいなくても解散が進めれるだけの準備をしてからやむなく日本に避難しました」

『向き合わないの? 親と会社の罪に』

「向き合うからこその解散です」

 イリスは真っすぐカメラを見ていった。

「すでに全グループには、近々今まで私たちがしてきた事を世間に向けて公表し、謝罪の後、新たに慈善事業の会社を建てる事を伝えてあります。そして希望者にはこれまで通り雇用を約束すると。つまり命を狙う社員は、違法事業からの撤退に反対してる人たちなのです」

 なるほど。責任から逃れるわけではないらしい。かつ、すべて世間に公表しようという姿勢も正しい判断だ。慈善事業に入るなら、余計に隠し通さないと運営に支障がでるように見えるかもしれないけど、実は悪手なのだ。第三者に指摘された際のリスクがあまりに多いうえ、現代の情報社会においてずっとやましい過去を隠し通すのは不可能に近い。

 さすがにソンブラ社のレベルになると、ハングドが手をまわして揉み消せる範疇を超えてるしね。まあ頼まれれば可能な限りやってみせるけど、恐らく彼女はそれを求めはしないだろう。

「すでにグループ内の資料はすべて本社に纏めて保管し、全て目を通してあります。ですが、私たちが牡蠣根に流したドラッグや業者が、どのように使わたのかという情報はありませんでした。両親はソンブラを使って何をしていたのか、どれだけの人に被害を与えたのか。父はどうして死んだのか。すべてに向き合う以上、私は知らなくてはならないのです」

『それが、日本にきたもうひとつの理由?』

「はい」

 うなずくイリス。真面目というのか正義感が強いというのか。とても半分が牡蠣根の血だなんて信じられない。

「ただ、私が日本に来たとき、新たな問題が発生しました」

 イリスがいった。

「日本に到着し、空港を出たら、突然黒山羊の実という組織とフィール・ハンターズが互いに奪い合うように接触してきて」

「フィール・ハンターズも、ですか?」

 驚く木更ちゃん。イリスは「はい」とうなずく。

「相手に奪われるか、もしくは自分の組織のものにならなければ殺害する。どちらも、そんな様子でした」

『大麻に奴隷売買、B共和国へのパイプ。欲する理由は腐るほどあるわね』

 いま現在、ソンブラグループは犯罪組織にとって喉から手が出たいものが揃いすぎてる。例えドラッグの原料自体がなくなっても、現状その製法って情報は残ってるわけだから。

「ということは、かすが様やフェンリルさんから情報を聞き出すこともできないのですね」

 木更ちゃんも当てにしていたコネが使えないのが分かり、どことなく残念そう。って、かすが店長に協力求めようとか思ってたのこの子。

「ですのでハングドの方には、私がB共和国に戻るまでの護衛をして頂けると嬉しいのですけど」

 イリスはいった。

 私は、すぐ返事をするより先に、

『とりあえず、牡蠣根製薬に直接話を伺う予定なら当てにできないわ』

「え? 何故ですか?」

 訊ねるイリス。木更ちゃんは資料を1枚、イリスの前に出して、

「牡蠣根製薬は現在、新たな社長が就任したものの、取引先の情報や過去の業績など運営に必要な情報を損失した状況にあるそうなんです。恐らく自身が死んだときに、データが削除されるよう仕組んでいたのでしょう。そのうえ特捜課やNLT、怪人などの活躍などによって、削除された情報を知る企業の裏に関わってた方が会社の内外問わず次々に逮捕されてまして、現在は現場や末端に支えられてはいるものの近いうちに倒産するのが確実視されてます」

「そんな」

 イリスは資料を読むと落胆した顔をするも、すぐ力強い瞳で、

「なら、父の殺害に関わってる人を探せば」

 と、いったので。

『あ。それ私』

「え?」

『私なのよ、牡蠣根を殺したの。過去、ある人間の不審死を一緒に調べてって依頼があって、その正体が使い潰した奴隷の廃棄だった。で、犯人の逮捕も依頼内容だったから牡蠣根と接触。色々あってやむなく殺害に至ったわ』

 そこまで言ってから私は、

『恨んでくれてもいいわ。あなたの実父を殺したことに変わりはないって話だし』

「後悔は」

『してない。してたらハングドやってけないわ』

「そう」

 イリスは酷く落ち込みながら、それでも崩れたりせず事実に向き合い、

「なら、せめて詳しく教えて頂けますか。その依頼の経緯と、なぜ父を殺す必要があったのか」

『あとで資料を送るわ。司令から許可が出たらだけど』

 なにせ、その資料には僅かであれロコちゃんの個人情報が載っている。彼女の名前をAさん(仮)と修正して出すとは思うけど、それでも契約面ではタブーに触れるのだ。

 ここで、木更ちゃんのタブレットに通信が届いた。

「はい、藤稔です」

 木更ちゃんは数秒ほど通話をした後、私に向けていった。

「先輩。研究施設からですけど、先輩の修理は夕方には終わるそうです」

『了解』

 私は返事し、

『なら木更ちゃんはそろそろ学校に通学してて? その間はこちらで別の人に護衛頼むから』

「わかりました」

 うなずき、鞄を手に取る木更ちゃん。

「ということは、私の依頼は」

 と、確認をとってくるイリス。そういえば返事してなかったっけ。

『もちろん受けるわ。父の仇でいいのなら、だけど』

「お願いします」

 躊躇いを隠すように、意識して力強くイリスはいった。うん、やっぱり父を殺した人には頼みたくないわよね。

「イリスさん」

 そんな様子を、木更ちゃんは心配そうに眺める。

『分かった。じゃあ私の体が戻ってくるまでは無償サービスってことで、本契約は保留にするわ』

「え?」

 驚くイリスに、

「いいのですか、それで」

 と、訊ねる木更ちゃん。

『むしろ、いまのイリスさん相手に依頼は無理って話』

「どうしてですか?」

 今度はイリスが訊ねる。私はいった。

『依頼は信頼関係が重要よ。いくら私があなたを護りたくても、いざって時に依頼人が信用してくれないと護りきれないわ(イケボ)』

 ……うん。イケボで喋ったつもりでいたら、しっかり文字に反映されちゃった。

 そこへ。

「安心してくださいませ。サービス中も安全は保障しますわ」

 と、会話に入ってきたのは鈴音さんだった。

「鈴音さん、大丈夫なのですかお仕事は」

 少し驚きながら木更ちゃんが訊ねると、

「表のお仕事にだって休憩時間は必要ですわ。それより」

 と、鈴音さんはイリスの前に一束の資料を置いた。

「件の資料ですわ。覚悟をもって拝読くださいませ」

『え、鈴音さん許可取ったの?』

 今度は私が驚くと、

「その位の権限は私にもありますわ。ただ、当時の依頼人に関わる個人情報は排除した修正版ですので、そこはご容赦を」

 ということは、たったいま編集したばかりの資料なのだろう。鈴音さん、仕事が早すぎる上、痒い所に手が届きすぎる。

「ということですので、夕方までは私やここのメンバーが交代で入りますから、木更さんは遅刻する前に学校に向かってくださいませ」

「ありがとうございます。では、すみません。失礼致します」

 木更ちゃんは一回ぺこりし、今度こそ事務所を後にした。

 

 それから数十分。

「すみません、お見苦しい所を」

 トイレから出てきたイリスは、やつれた顔で私の前に立った。

 資料を目に通した結果、ショックで吐いてしまったのだ。というのも、鈴音さんが提供したデータは、ただ単にロコちゃんの情報を抜いた事件のあらすじではなかったからだ。

 牡蠣根の悪事を知ろうとしてる。そんなイリスの希望を汲んでか、これまでにハングドが掴んだ牡蠣根の関わる情報が纏められていたのだ。中には事件の被害者である妙子の表裏双方から見た情報もあり、まさにイリスは、そのあまりの悲惨な最期に気分を害したのだった。

『大丈夫、イリス?』

「なんとか」

『無理せず横になって』

「はい」

 と、イリスはソファに横になる。その際、衣服の露出が高かったおかげで、カメラの位置から太股がしっかり映り、お尻のラインがはっきりと。これはエロい。ぐへへ、はあはあ。

 なんて反応をしていると、

『ぐへへ。はあはあ』

 モニターに文字でしっかりと表示されてしまった。そこへ毛布とスポーツドリンクをもってきた鈴音さんが、そんなテキストを一旦消しつつ彼女に毛布をかける。って、ああっ! 貴重な露出が、肌色が!

「お辛いですわよね、見せておいて言う台詞ではありませんけど、あんなものを全て受け入れろだなんて酷な話ですもの」

 鈴音さんが、イリスの髪を撫でていう。

「いまはお休みなさい、夕方までは時間がありますもの。それに、もし受け入れきれなくても、貴方が動くための時間は幾らでも用意いたしますわ」

「ありがとうございます」

 弱弱しい声でイリスはいった。それでも、完全に弱味を見せてないのは何となくわかる。いまでも気丈にならねばと気張ってるのが伝わるから。

「父が下種なのは知ってました。何人もの犠牲者を出していたことも」

 そんなイリスが、鈴音さんに喋りだす。

「私も真実を知りにきたのですから、覚悟してきたつもりです。……けど、所詮はつもりだったんですね」

「イリスさん」

「分かっていたはずなのに、現実というものにここまで打ちのめされるなんて。私は、私なんかが償えるものなのでしょうか。妙子さんという方のケースも氷山の一角なのでしょう? 私が何かした所で慰めになるのでしょうか」

「分かりませんわ」

 鈴音さんはいった。

「少なくとも、遺族は貴方を拒絶する方が大半でしょう。償うというなら死を望む方もいらっしゃるはずです」

「ええ。分かっています」

 イリスは毛布を掴んで身震いする。

「私も何度か自らの死をもって穢れた血の根絶をと思いましたもの」

『!?』

 この人、そこまで思い悩んで。

 対して、鈴音さんはいった。

「それでも、生きて償えるのは貴方だけですわ。貴方ひとりが死を選んだ所で、他にも本妻や愛人の間に子供がいれば牡蠣根の血が絶えませんわ。それでは、ただ被害者の慰めにしかならない。そもそも慰めなら被害者同士でも無関係者でもできますわ」

「はい」

 小さくうなずくイリス。

「何より貴方が死んだら、貴方の死を悲しむ者に誰が償うのですか? いないとは言わせませんわ。すでに私、木更さん、沙樹。3人も悲しむ者ができてしまったんですもの。それに、グループにもイリスさんの選択に賛同された方もいるのでしょう?」

 はっとなり、イリスは私、正確にはモニターに視線を向ける。

『当然って話でしょ』

 私がいうと、

「どうして。私の両親はあなたのご友人を地獄に追い込んだのに」

 ここは、本当なら「気にしないで」とか言うのが正解なのだろうか。けど、私は未だ心のどこかで彼女の血を許しきれなかったみたいで、

『なら、ちゃんと生きて私たちに償って頂戴』

 と、いってしまった。

『そうね。とりあえず今晩イッパツ』

「一発?」

 イリスが訊ねた所で、

「気にしないでくださいませ」

 と、鈴音さんがモニタの電源を切る。ああっ! ついでにカメラも停止しちゃった。これではイリスの肢体を視姦できない! 言葉でセクハラもできない!

「話を戻しますわ」

 鈴音さんがいった。よかった、いまの私も音声だけは認識できるらしい。

「全てを受け入れるも放棄するも貴方の自由ですわ。望むなら、それを選択するだけの時間も私たちは用意します。たとえソンブラ本社に連絡を取ってでも。焦らずゆっくりと、あなたのメンタルと相談しながら決めてくださいませ。ただし、死を選ぶことだけは許しませんわ」

「鈴音さん」

「……」

 しばらくの無言、かと思ったら恐らくイリスのものと思われるすすり泣く声が聞こえた。恐らくいま、鈴音さんが彼女をそっと抱き寄せ、慰めてるのだろう。

 それから程なくして、イリスと鈴音さんの会話が聞こえた。

「お願いします。私を助けてください」

「という事は、貴方の依頼を請けてもいいのね」

「はい」

「分かりましたわ。だそうですわ、沙樹」

 突如、再び私のカメラ超しの視界が復活する。カメラを動かすと、モニタの電源に触れる鈴音さんと、少し目を赤くしたイリスさんの姿がみえる。

『オッケー。契約成立ね』

 色々言いたいことはあったけど、とりあえず私は返事を優先し、いった。

『それじゃあ、早速なんだけど私と木更ちゃんが揃ったら、イリスさんと3人で情報屋から牡蠣根とソンブラ社について追加情報買いに行ってくるわ。鈴音さん悪いけどポチ袋を用意してくれる?』

「分かりましたわ」

 鈴音さんは快諾した。

 

 

 

「だが断る」

 ヴェーラは、いま受け取ったばかりのウォッカを突き返していった。初めての対応だった。

「どうして」

 私は訊ねるも、

「プローハ、悪いね。私だって、どうしても売りたくない相手くらいはいるさ。例えば、憎らしい相手の親族だったりだよ」

 ――現在時刻19:00

 いま私たちは、『喫茶なばな』の夜の顔である『BARなばな』へと足を運んでいた。

 いつものように奥の席にいたヴェーラにウォッカを渡し、イリスを紹介し牡蠣根の情報を買おうとしたところ、こうなったわけだ。

「もしかして、貴方も」

 イリスが訊ねた所、

「Yes.その通りだよ。詳しくはMISSION7を確認して欲しいんだ」

 と、相変わらずメタな発言をして、

「いま、この話を読んでる君たちのPCを通して現時点まで内容は確認したよ。加えて作者に確認したけど、イリスは本当に無害な人間として書いてるらしい。だがその上で、私は牡蠣根の娘には協力したくないんだ」

 ヴェーラは不機嫌そうに、元々飲んでたほうのウォッカをちびちびなめる。

「先輩、諦めましょう」

 木更ちゃんがいった。

「彼女も被害者なのですから、これ以上過去を穿ることをしても」

 しかし、ここでイリスは頭を下げ、

「お願いします」

 と。

「私はすべての真実を知りたい。真実を知らなければ、あなたに正しく謝罪をすることもできない。何も知らないけど悪いことをしましたごめんなさいなんて上っ面にも聞こえない謝罪はしたくないんです」

 するとヴェーラは、先ほど突き返したウォッカを指して、

「ハラショー。改めて貰ってもいいかい?」

「元々あなたの為に注文したものよ。むしろ返されても困るって話」

スパシーバ(ありがとう)

 改めてウォッカを受け取ると、ヴェーラはそれを一気に喉へと流し、

「うら~」

 と、喉をならす。そして、少し眠そうな目でイリスに向かって、

「ハラショー。それなら条件がひとつある」

「条件、ですか?」

(まあね)

 と、ヴェーラはいい突然立ち上がった。

「その前にひとつ質問しようか。イリス、この小説の題材は何だい?」

「え?」

 発言のメタが読めず、困惑するイリス。

「ジャールカ、残念だ。答えは遊戯王だよ。それで遊戯王を題材とするなら、こういう時の条件は大抵ひとつと決まってるんだ」

 ヴェーラは帽子を深く被り、いった。

「私は、いまから君にデュエルを申し込む。私に勝ったら、君たちに必要な情報を好きなだけ無償で提示するよ」

 

 

イリス

LP4000

手札4

[][][]

[][][]

[]-[]

[][][]

[][][]

プリベェット! やあ、ヴェーラだよ。初登場から15話、やっと初デュエルなんだ

LP4000

手札4

 

 

 デュエルディスクのオプションによって卓上モードが選択され、テーブル上にビジョンによるデュエルフィールドが表示された。

「鳥乃さん、彼女のデュエルの腕前は」

 後攻が決定し、カードを4枚引きながらイリスさんは訊ねる。も、私は首を横に振り、

「ごめん、未知数。実はヴェーラのデュエルは見た事ないのよ」

「そうですか」

 私は改めてヴェーラを見る。

 腰まで届く銀の長髪に帽子を深く被り、イリスとは反対にロシア系の白い肌。年齢は確か今年12になるので小6だったはず。つまり私の嫌いな女児(ガキ)だ。

 牡蠣根に殺された妙子が住んでた孤児院の子で、その幼さと経歴に反しハングドやNLTなどに向けられた依頼の仲介も請け負う情報屋。さらにはウォッカを愛飲し、第四の壁を突破してるかのような言動を取る不思議な子。

 間違いなく精神構造が普通の人間と異なる。少なくとも、妙子の一件で明確な意思を目の当たりにするまで、私は「もしかしたら私たちとは異なる次元に住んでる子なのかも」とさえ思っていた程だ。

 そんなヴェーラのデュエルなんて、予測がつくはずが。

「あ」

 そういえば。

 ひとつだけ情報があった。彼女は天然のフィール・カード版《氷結界の龍 ブリューナク》を持ってたのだ。

 そこへ。

「勝手な情報漏洩はやめて貰えないかな」

 私の心を読んだとばかりに、ヴェーラが釘を刺してきた。

「ウジャースナ、酷いな。残念ながら心は読んでないよ。読んだのはこの会話文の4行上なんだ」

 会話文って何? しかし、

「プローハ、悪いね。そろそろデュエル開始なんだ」

 と、ヴェーラは勝手に会話を切ると、4枚の手札から1枚をソリッドビジョンのデュエルフィールドに置いて、

「私は手札から《氷結界の軍師》を召喚するよ」

 デュエルフィールドが読み込むと、カードの上に1体の老人を表示させる。意外にも純粋に氷結界デッキらしい。

「《氷結界の軍師》のエフェクト発動。このモンスターは1ターンに1度、手札の氷結界モンスター1体を墓地へ送り、カードを1枚ドローするんだ。私は《氷結界の水影》を捨てて1枚ドローしようか」

 ヴェーラは手札を1枚、デュエルディスクの墓地ゾーンに送って、カードを1枚引き抜き、

ジャールカ(残念)。作者曰く《早すぎた埋葬》を使いたかったらしいけど禁止だからね。ここはオリカで永続魔法《氷結界の口寄術》を使おうか」

「オリカ?」

 イリスがきょとんする。しかし、発動された《氷結界の口寄術》は少なくとも私たちにとっては市販されているカード。

「このカードは、簡単にいうと永続魔法になったかわりに、レベル4以下の氷結界モンスターのみに対応する《リビングデッドの呼び声》だよ。しかも、1ターンの間に2度以降の発動をする場合は500ライフのコストがかかり、発動したターン、私は氷結界モンスターしか特殊召喚できなくなるんだ」

 イリスに話しかけるようで、この場にいない誰かに向かってヴェーラはいい、

「ズドラーヴァ。よく分かったね。読者の皆に効果説明したんだ。じゃあ、私は早速軍師で墓地に送ったチューナーモンスター《氷結界の水影》を特殊召喚しようか」

 こうしてフィールドには早速ブリューナクの召喚条件が整い、

「ハラショー。私はレベル4《氷結界の軍師》にレベル2《氷結界の水影》をチューニング」

 デュエルフィールドの上空で《氷結界の水影》が2つの輪にかわると、軍師が潜って混ざり合う。しかし、召喚されたのはブリューナクではなく、

「Бог дал Легендарный лев、神々より与えられし伝説の獅子! シンクロ召喚! ダヴァイ(現れろ)、レベル6《氷結界の虎王ドゥローレン》! 守備表示だよ」

 現れたのは1匹の獅子のモンスター。これも、すでに市販されているカードながらヴェーラが使うものは天然のフィール・カード。その攻撃力は2000だけど、今回は守備表示のため、たった1400の守備力を晒している。

「ドゥローレンのエフェクトを使用しようか。このカードは1ターンに1度、私の表側表示カードを任意の数だけ手札に戻し、ターン中攻撃力を手札に戻した数×500アップさせる。(まあ)、まあドゥローレンは守備表示な上、先攻1ターン目だから、ステータスのほうは現状意味がないのだけどね。じゃあ私は、このエフェクトで《氷結界の口寄術》を回収しよう」

 ヴェーラは使い終わって場を圧迫するだけになった永続魔法を回収すると、かわりにカードを1枚セットし、

「カードを1枚伏せて、私のターンは終了なんだ。さあ、君のターンだよ」

 

イリス

LP4000

手札4

[][][]

[][][]

[《氷結界の虎王ドゥローレン(守備/ヴェーラ)》]-[]

[][][]

[][][《セットカード》]

プリベェット! やあ、ヴェーラだよ。フリーダム響って聞いたことあるかい? 数種類のフリーダム響を原型に私が生まれたらしいんだ。

LP4000

手札2

 

「私のターンですね。ドローします」

 イリスはカードを1枚引く。ここで私は、隣に座ってたせいで、つい彼女の引いたカードと手札が目に留まってしまう。

(あ)

 と、私が思うと同時に、

「いきます。私は《ヴァンパイアの眷属》を通常召喚し、さらに《ヴァンパイアの領域》の発動と効果を使用します」

 それは、牡蠣根と同じヴァンパイアだった。それも、すべて牡蠣根が所有していないカードの数々。

「永続魔法《ヴァンパイアの領域》は、1ターンに1度500ライフを払うことで、通常召喚とは別にヴァンパイアを召喚できます。私は《ヴァンパイアの眷属》をリリースし、《ヴァンパイア・グリムゾン》をアドバンス召喚します」

 

イリス LP4000→3500

 

 出現したのは、大鎌を持った死神のようなヴァンパイア。その攻撃力は2000。

「これは、攻撃表示で出すべきだったみたいだ、とてもジャールカ(残念)だよ」

 と、ヴェーラがいう中、

「申し訳ないですけど、手加減はしません。カードを1枚セットしてバトルフェイズ。《ヴァンパイア・グリムゾン》でドゥローレンを攻撃します」

 イリスのヴァンパイアはドゥローレンに飛び掛かり、その大鎌で両断、破壊する。

 さらに、殺したドゥローレンの首元にヴァンパイアは噛みつき、

「《ヴァンパイア・グリムゾン》のモンスター効果を発動。このカードが戦闘で破壊したモンスターを私の場に特殊召喚します」

 紅い瞳を光らせると、上半身だけのドゥローレンが咆哮をあげ、その瞳も紅に染まっていく。

「プリベェット! やあ、ヴェーラだよ。酷いな作者。人生を奪った相手を言いなりの眷属にするなんて、まるで牡蠣根じゃないか。彼女は間違いなく牡蠣根の娘だとでも言わせたいのかい」

 ヴェーラが誰もいない方角を向いて話しかける。

「なんだい、本当にそうやって責めてイリスを追い込むのが希望だったのかい? ならジャールカ、残念だけどスルーさせて貰おうか。伏せカードオープン」

 何だか色々分からない台詞を口走った後、ヴェーラはセットカードを表向きにし、いった。

「永続罠《リビングデッドの呼び声》。君の場に蘇生されてしまう前に、このエフェクトでドゥローレンを私の場に蘇生しようか」

 すると、ドゥローレンの下半身が闇の瘴気をまとって動き出し、ヴァンパイアを蹴り飛ばして上半身を救出。そのまま瘴気をボンドに縫合され、ドゥローレンは復活を果たした。

「……。…………どうしたんだい?」

 少しの間を置いて、ヴェーラは訊ねた。気づくと、イリスはターンエンドの宣言さえせず、ショックで呆然としてたのだ。

「このカードデッキは、父がヴァンパイアデッキの使い手と聞いて、私がB共和国現地で組み上げたものなんです」

 少しだけ声を震わせイリスはいった。

「特に含みなんてありませんでした。倒したモンスターを蘇生するのも、単にヴァンパイアらしい効果だと思って愛用していただけ」

「ハラショー。だろうね、君の地の文にもそう書いてあるよ」

 と、ヴェーラ。よく分からないけど、イリスの心を文章のように読んだということだろうか。

「ヌ……。うん、まあそうなんだ。君の父、牡蠣根は血ではなくクスリと性行為で、いまのヴァンパイアみたいな行為を重ねていたよ。一応、私も情報屋だからね。幾つか悲惨な事例は情報として持ってるよ。妙子の牡蠣根宅での性生活も含めて」

 言いながら、ヴェーラは元々深めに被った帽子を目が隠れるほど深く被り直す。

「失礼致しました。ターンを終了致します」

 数秒の後、イリスはいった。そんな彼女の顔を見てヴェーラは、

「ハラショー。分かったよ、じゃあそろそろ軽傷の内に終わらそうか」

 といって、

 

イリス

LP3500

手札1

[《セットカード》][《ヴァンパイアの領域》][]

[][][《ヴァンパイア・グリムゾン》]

[]-[]

[][《氷結界の虎王ドゥローレン》][]

[][][《リビングデッドの呼び声》]

ヴェーラだよ。その自由ぶりからフリーダムヴェーラの通り名もあるよ。……うん、嘘なんだ。

LP4000

手札2

 

「私のターンだ。ドローだよ」

 ヴェーラはカードを引いた。

「魔法カード《氷結界の紋章》を発動。デッキから《氷結界の伝道師》を手札に加える。そして永続魔法《氷結界の口寄術》を使おうか。墓地から《氷結界の軍師》を蘇生し、軍師のエフェクトを使って、たったいまサーチした《氷結界の伝道師》を捨て、1枚ドローだよハラショーだよ」

 ヴェーラは、わざわざサーチカードと蘇生カードを行使してまで《氷結界の伝道師》を墓地に送ると、

「《氷結界の虎王ドゥローレン》のエフェクトを発動。1ターンに1度、表側表示のカードを好きなだけ手札に戻す。ああ、いまはまだ攻撃力の上昇は無視して構わないんだ。とりあえず私は《氷結界の口寄術》と《氷結界の軍師》を手札に戻すよ。手札総数が増えたよ、ハラショーだね」

 ヴェーラは使い終わった軍師ごと《氷結界の口寄術》を再び手札に戻す。

「さて、先述の通り《氷結界の口寄術》を使ったターン私は氷結界モンスターしか特殊召喚できない。だけど、通常召喚に制限はかかってないんだ。私は《深海のディーヴァ》を召喚しよう」

 ここで出てきたのは、氷結界ではなく海竜族をサポートするチューナーモンスター。

「ディーヴァのエフェクトを発動。デッキからレベル3以下の海竜族モンスター1体を特殊召喚するよ。私は《氷結界の助祭》を特殊召喚しようか」

 《深海のディーヴァ》が唄いだすと、導かれるように氷結界の海竜族モンスターが出現。そのレベルはたったの1。

「《氷結界の助祭》のエフェクトもここで発動するよ。このカードが特殊召喚された場合、フィールド上のカードを1枚選択して、次の私のスタンバイフェイズ時まで効果を無効にし発動できなくするんだ。私は君のセットカードを選択しようか」

「えっ」

 焦るイリス。拘束時間は短いとはいえ、相手はこのターンで決めるとかいってるのだ。ここでカードを使えなくされるのは死活問題に違いない。

「あの、もしかして《心鎮壷のレプリカ》のようにチェーン発動もできないのでしょうか」

 イリスが訊ねた所、

「大丈夫。ジャールカ(ざんねん)だけどこのタイミングでの発動は通してしまうんだ。発動できるなら、使ってしまうのも選択肢だよ」

「でしたら」

 イリスは選択されたカードを表向きにし、

「罠カード《ヴァンパイア・アウェイク》を発動。デッキからヴァンパイア1体を特殊召喚します。私は《ヴァンパイア・スカージレット》を守備表示で特殊召喚」

「ハラショー。OK、通すよ。無効にできるカードはないんだ」

「分かりました。では、特殊召喚します」

 と、イリスはデッキから1体のヴァンパイアを呼び出す。

「《ヴァンパイア・アウェイク》で呼び出したモンスターはターン終了時に破壊されます。ですが、効果は問題なく使用できます。《ヴァンパイア・スカージレット》の効果発動」

 呼び出されたヴァンパイアの瞳が紅く輝く。

「このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合、1000LPを払い、 スカージレット以外のヴァンパイア1体を墓地から特殊召喚します。私はこの効果で《ヴァンパイアの眷属》を墓地から特殊召喚」

 

イリス LP3500→2500

 

 イリスの場に、つい先ほどグリムゾンのアドバンス素材になったモンスターが姿を現すと、

「さらに《ヴァンパイアの眷属》のモンスター効果。このカードが特殊召喚に成功した場合、500LPを払って発動。デッキからヴァンパイアと名のついた魔法・罠カード1枚を手札に加えます。私は《ヴァンパイア・デザイア》を手札に加えました」

 と、なんとイリスはライフを1500を払いはしたものの、たった1枚の罠カードから場にモンスターを2体呼び出し、さらにヴァンパイアのサポートカードを手札に加えるという、3枚分のアドバンテージを得たのだ。

 

イリス LP2500→2000

 

「これで私の場にはモンスターが3体。失礼ですが、これでも、このターンに私を倒すと仰られますか?」

 訊ねるイリス。しかしヴェーラはウォッカを一口喉に流すと、

「ヌ、ダー。まあ、そうだね。少々エグいものを見せれば突破ができるよ」

「エグいもの、ですか?」

「イズヴィニーチェ。さすがに、君には予め“ごめんなさい”と言っておこうか」

 ヴェーラはいい、ゆっくりとした手つきで自分のモンスターをひとつに束ね、墓地へと送る。

「じゃあ行こうか。私はレベル6《氷結界の虎王ドゥローレン》レベル1《氷結界の助祭》にレベル2《深海のディーヴァ》をチューニング」

「レベル9のシンクロ?」

 心当たりのないイリスの横で、私は。

(あ)

 と、思った。氷結界といえばあのカードが。直後、ヴェーラはいった。

「Святое копье, Божество разрушения бросил проколоть демонический город сейчас! 破壊神より放たれし聖なる槍よ。今こそ、魔の都を貫け! ダヴァイ(現れろ)、レベル9《氷結界の龍 トリシューラ》!」

 現れたのは、3つの首を持った氷結界のドラゴン。これも、一般に出回ってるカードなのだけど、そのあまりに強大な力で、一時期最強のシンクロモンスター扱いされたこともあるカードだった。しかもヴェーラが使ってるのは、やはり加工されたものではない天然のフィール・カード。

「トリ……シューラ……。これが」

 イリスも、その名前は知ってたのだろう。しかし、初めて実物を見た模様で、恐怖より純粋な驚きが先にきている模様だった。

「さて、《氷結界の龍 トリシューラ》のエフェクトと、《氷結界の助祭》第二のエフェクトを発動しよう。まず《氷結界の助祭》は自身が氷結界のシンクロ素材になった場合、デッキから《氷結界の助祭》を特殊召喚するんだ。そして肝心のトリシューラのエフェクトだよ」

 ヴェーラは、その恐ろしい効果を口にした。

「このカードのシンクロ召喚に成功した時、相手の手札・フィールド・墓地のカードをそれぞれ1枚まで選んで除外できる。ストラーシュノ(ひどい/おそろしい)、とんでもない効果だね」

 そう、このカードは召喚素材が少し重いかわりに、出した瞬間に最大3枚のカードを一気に除外してしまう。しかも、手札を除外する都合上対象をとる効果でさえないのだ。

「私はフィールドの《ヴァンパイア・グリムゾン》、墓地の《ヴァンパイア・アウェイク》。さらに君の手札を1枚を除外しようか」

 カードの上に浮かび上がる小さなトリシューラは各首から冷気のブレスを吐き、イリスのフィールド、デュエルディスク、手札を同時に攻撃する。フィールを込めない攻撃だったので、当然リアルに損傷は起こらなかったけど、攻撃されたイリスの手札は、その内1枚が青色に輝く。どうやら、それがトリシューラで除外するカードらしい。

「本来なら、このエフェクトで《ヴァンパイアの眷属》を墓地から除外するはずだったんだ。だけど、場に出されてしまったから除外できなかったよ。やったね」

「そのかわり眷属でサーチしたカードを除外されてしまいましたけど」

 どうやら、青く光ったカードは《ヴァンパイア・デザイア》だったらしい。サーチしたカードは、他の2枚と一緒に除外ゾーンへと送られる。

「じゃあデュエルを続けようか。魔法カード《氷結界の口寄術》を発動。このターン2回目の発動だから500ライフを払うよ」

 

ヴェーラ LP4000→3500

 

 トリシューラなんてものを出して、まだ何かする気らしい。ヴェーラはライフを払うと。

「私は墓地から《氷結界の伝道師》を蘇生しようか」

 出てきたのは、このターンの始めにサーチと手札コストを駆使してまで墓地に送られたモンスター。

「《氷結界の伝道師》のエフェクト発動。このカードをリリースして墓地の氷結界を特殊召喚するよ。私は再び《氷結界の虎王ドゥローレン》を蘇生」

 再び墓地から現れる一体の獅子。

「さらに魔法カード《浮上》で《氷結界の水影》を特殊召喚だよ」

 さらに、ここで再びレベル2のチューナーが現れた。しかし、EXモンスターゾーンはトリシューラで埋まっている。リンクモンスターでもない以上ここからどうやって。

「《氷結界の虎王ドゥローレン》のエフェクトを発動。《氷結界の口寄術》と《氷結界の龍 トリシューラ》を手札に戻すよ」

 再び手札に戻る《氷結界の口寄術》。そしてトリシューラがEXデッキに戻り、再び空いたEXモンスターゾーン。

(あれ?)

 そういえば、トリシューラがエクストラデッキに戻ったということは。そしていまヴェーラの場のモンスターのレベル合計って。

「私はレベル6《氷結界の虎王ドゥローレン》レベル1《氷結界の助祭》にレベル2《氷結界の水影》をチューニングだよ」

 ヴェーラが再び3体を墓地に送っていった。

「Святое копье, Божество разрушения бросил проколоть демонический город сейчас! 破壊神より放たれし聖なる槍よ。今こそ、魔の都を貫け! ダヴァイ(現れろ)、レベル9《氷結界の龍 トリシューラ》!」

「に……」「2回目?」

 イリスと私は驚く。ちょっと待って、あのマジキチ効果をまた使う気?

「トリシューラのエフェクトパート2だよ。今回はフィールドの《ヴァンパイア・スカージレット》と君の最後の手札を除外しようか」

「そんな……」

 これで、ついにイリスは手札・墓地・フィールドあわせてカードが《ヴァンパイアの眷属》と《ヴァンパイアの領域》だけになってしまう。

「じゃあ手札から3回目の《氷結界の口寄術》だよ。《氷結界の伝道師》を介して《氷結界の虎王ドゥローレン》を蘇生」

 さらに、遠慮なくドゥローレンまでご登場。3枚目の助祭は登場しなかったけど、デッキに入ってないのか、もしくは最後の慈悲で追い込まずにいてあげたのか。なにせ、無茶すればもう1回トリシューラを出して、助祭の封印能力と併せてイリスのカードを何もかも無力化させた状態でフィニッシュとかできてしまうのだ。

 

ヴェーラ LP3500→3000

 

「最後にドゥローレンのエフェクトで《氷結界の口寄術》と《リビングデッドの呼び声》を手札に戻し攻撃力を3000にするよ。バトル。トリシューラで眷属を攻撃し、ドゥローレンでイリスに直接攻撃。ハラショーフィニッシュだよ」

 

《氷結界の虎王ドゥローレン》 攻撃力2000→3000

 

 トリシューラのブレスが眷属を氷漬けにし、ドゥローレンの爪の一掻きがイリスのライフを一気に奪う。

 

イリス LP2000→0

 

 こうして、デュエルは終わってしまった。完敗だった。

 

 

「イズヴィニーチェ、悪いね。私の勝ちだよ」

 デュエルが終わり、テーブルの上のフィールドと一緒にソリッドビジョンが消滅する。

「鳥乃さん、すみませんでした」

 デッキを片付け、イリスが謝るも、私は慰めに笑顔をつくり、

「別に構わないわ」

「はい。こうなったらこうなったでどうにかできますよ」

 木更ちゃんもいって、

「ですよね先輩」

「そういう話」

 とはいえ、ヴェーラの力を借りれないのは痛い。フィール・ハンターズはまだしも黒山羊の実が敵側にいる以上、協力者を確保できないのだ。

 とか、考えてると。

「ハラショー。なら少しアドバイスだ」

 ヴェーラがいった。

「鳥乃、君は視野が狭くなってないかい?」

「え?」

「実は今回、私なんかに頼らなくても情報が腐るほど手に入るようになってるんだ」

「それってどういう」

 私が訊ねた所、

「特捜課だよ」

 ヴェーラはいった。

「君が牡蠣根を討伐した後、怪人たちが残党狩りを行ったらしい。その被害者たちが大勢逮捕され、供述した内容が保管されてるはずだ」

「けど、腐っても警察。私たちに内容を吐くとは」

 私がいいかけた所、

「いつからハングドはロウの組織になったんだい?」

 ヴェーラはいった。すると木更ちゃんが、

「ハッキングですか」

「マラジェッツ! 素晴らしい。その通りだよ」

「確かに、それなら幾らでも手段がありますね」

 乗り気な木更ちゃん。ああ、これは避けられないか。

「特捜課やNLTはなるべく敵にまわしたくなかったんだけどね。ま、やるしかないって話か」

「それともうひとつ」

 と、ヴェーラはさらに、

「黒山羊の実の情報を持ってそうなのがひとりいることを、君たちは忘れてないかい?」

「え?」

「正確には、元黒山羊の実所属の人間が」

「あ」

 言われて、私と木更ちゃんは顔を向き合って、

『アンちゃん!』

 すると、

「え? それって、神簇アンという方のことですか?」

 と、まさかまさかのイリスからの反応。

「ご存じなのですか?」

 木更ちゃんが訊ねた所、

「いえ、一度お会いしただけの関係です」

 と、イリスさん。

「ただ、私が日本で最初に襲撃されたときに護ってくださったのがアンさんだったのです。その時に最終手段として『ドラゴン・キャノン』を教えて頂きました」

 それを聞いて私は。

「接触する必要がありそうね」

「そうですね」

 木更ちゃんもうなずいた。

「アドバイスは以上だよ。私は元の席に戻っていいかな?」

 手元のウォッカをすべて飲み干し、返事を待たずヴェーラが席を離れる。

 私はタブレットを片手に、

「じゃあ、早速アンちゃんと連絡とってみるわ。今日は無理だと思うから、木更ちゃん明日学校で一足先に接触を」

 と、言いかけた所だった。

「いらっしゃいませ」

 と、バーテンダーの声。どうやら新たにお客がやってきたらしい。私は咄嗟に入り口へ視線を向け、言葉を失った。

 何故なら、いま正に連絡を取ろうとしていたアンちゃんが、松葉杖でやってきたのだから。

「ごきげんよう、鳥乃さん、藤稔さん」

 しかも、アンちゃんは真っ先に私たちに向かって頭を下げる。

「アンさん。どうして」

 席を立ち、木更ちゃんが訊ねたところ、

「情報屋さんから連絡を受けまして」

 と、アンちゃん。

 どういうこと? 私は声を出さずとも、ヴェーラに視線で訊ねると、

「イズヴィニーチェ、隠して悪かったよ。実はすでに頼まれてたんだ。君たちがきたら連絡してくれとね」

 と、元の席で新たに注文したらしいウォッカを飲み、

「うら~」

 と、喉を鳴らす。

 アンちゃんは、先ほどまでヴェーラのいた席、つまり私たちと対面の席に座ると、

「ブランデーティーを1杯」

 と、しっかりアルコールを注文。

「いいの? 未成年」

 私が訊ねると、

「誰にもいい顔をする影の薄い優等生未満。そんなものは卒業致しましたから」

 アンちゃんはいった。

 私は、「そうなの?」と木更ちゃんに訊ねると、

「いえ。校内では特に態度が変わったようには」

 と、首を横に。で、アンちゃん曰くは「目立つとそれはそれで面倒ですので」だそう。

「それはさておき」

 アンちゃんは、イリスに向かって、

「ご無事のようでなによりです。ソンブラ社長」

「偶然ではなかったのですね、私を助けてくださったのは」

 イリスが社交笑みでいうと、アンは「はい」と返し、

「あの時点で、理由を探られると困った事態に発展しかねませんでしたので」

「どういうこと?」

 私が訊ねると、

「実は、私にイリスさんとハングドを引き合わせるよう頼んだのは、黒山羊の実のグラトニーでして」

『黒山羊の実!?』

 私たちは驚く。それも3人同時のステレオで。

「元々黒山羊の実という組織には幹部が3人いるのはご存知と思いますけど、今回はその中でもプライド側による行動だそうです。その中で、第三の幹部は中立、グラトニーは反対側というのが今回の組織内の勢力図になっております。ただ、グラトニーも露骨に外の組織を雇ってプライドを妨害することは立場的に難しいらしく、そこで元部下だった私に協力をお願いされたのが今回になります」

「それ、内輪揉めにハングドが巻き込まれたってだけじゃない」

 うわあ、と思いながら私がいうと、

「いえ。そこにフィール・ハンターズも関わってきてますから」

 心中察ししますといった顔でアンちゃんがいう。さらに続けて、

「しかも、その原因もまたプライドなわけで」

 もはや心中察し程度では許されない。

「プライドというと、フェンリルさんの第二の生みの親、みたいなものですよね?」

 木更ちゃんがいった。私はうなずき、

「加えて、ミストランの生みの親でもあるって話。実はプライド本人と面識はないけど、作品(こども)たちとは妙に関わってるのよね私たちって」

 それでもって、私たちはフェンリルもミストランもプライドに懐いてないという情報まで入手している始末。

「教えて頂けますか。どうしてプライドという方とフィール・ハンターズがわが社を欲しがるのかを」

 イリスさんが訊ねた所。

「プライドは牡蠣根の奴隷売買のお得意様だったそうです。主に利用用途は人体実験の材料だったそうですけど」

「じ、人体実験?」

「プライドは人造人間、改造人間、クローン人間などを作ろうとしている人間ですから。戸籍上死亡扱いの人間だったり、調教の失敗で反応がなくなった廃棄品が重宝したそうです」

「ひ、ひどい」

 悲痛な顔を浮かべるイリス。本当に牡蠣根の血筋とは思えないほどに綺麗な人間だ。一方で特に心苦しさを感じる様子なく普段通りに喋るアンちゃん。こちらは逆に「あなたもそういう奴隷欲しそうよね」とか言ったら肯定されそうで怖い。

「ハラショー、大正解だよ」

 奥の席からヴェーラがいった。また心、いやヴェーラ曰く地の文を読んだらしい。しかも大正解って、まさか私の推測に対して?

 私は考えないようにした。

 アンちゃんは続けていった。

「加えて、プライドはかつてフィール・ハンターズの下で同様の研究をしていたそうです。あの組織なら自分からテロや誘拐を行いますけど、やはり足がつかずに生きた人間を手に入れれるのは魅力的だそうで、プライドが抜けた現在も利用されています」

「ということは、ふたつの組織の狙いは奴隷売買業者」

 イリスがいった所、

「ところが、それだけではありません」

 アンちゃんは否定する。

「ソンブラグループには、独自に開発し牡蠣根にのみ提供していたドラッグや製薬技術があるはずです。両組織はこれらも狙っております。そして、プライドには人間を改造人間に作り替える技術をすでに持ち、フィール・ハンターズも遅れながら闇のフィールで洗脳する技術を持ってしまいました。つまりは」

「牡蠣根がイリスの母を言いなりの人形にしたように、今度はイリスを言いなりにしてソンブラグループを手中に収めようって話ね」

 私がいうと、アンちゃんは「はい」うなずく。

「ソンブラ社のドラッグは、プライドが生身の人間から人形を作る際に必要不可欠なんだそうです。また、フィール・ハンターズの闇のフィールもドラッグを併用して真価を発揮するそうです。事実、試験的にドラッグを使わずに導入したシルフィさんは解けてしまいましたし。ですので、ちょうど薬漬けになってる奴隷の需要が高まった所へ供給がストップしてしまったわけです。プライドに至っては実験材料に困って墓荒らし紛いのことさえしたようですし」

「それらの情報はどこから」

「ふふ、秘密です」

 アンちゃんは意味深に笑った。

「とりあえず今回の件で黒山羊の実はグラトニー派に限ってはハングドに協力的であることをお伝え致します。もちろんハイウィンドも。何かありましたら私かテスタメント兄弟を訪ねてください」

 ということを、アンちゃんは言いたかったらしい。情報収集が必要な上、敵があまりに多い今回の任務でやっとパイプができたのは朗報である。

 しっかし。

(アンちゃんホント頼りになるわね。姉と違って)

 これだけ神簇に振り回され、逆にアンちゃんに度々助けられてると、かつて使用人たちがあれだけアンちゃん側についたのも分かる気がする。

「ありがとう、助かったわ」

 私はいった。

「いえ。では私はそろそろ失礼致します」

 紅茶を飲み終えたアンちゃんは席を立ち、先に勘定を済ませて席を出た。

「さて、そろそろ情報整理に入りましょ」

 この場に、私たちの他にヴェーラと店員しかいないのを確認してから、メモ帳を片手に私はいった。

「今回の依頼はイリスの護衛及びソンブラ社と牡蠣根関連の悪事のあぶり出し。期限は公表とソンブラ社の解散が完了するまで。ここまでで間違いはない?」

「はい」

 うなずくイリス。

「じゃあ、情報収集はアンちゃんとゲイ牧師を頼りにしつつ、基本はハッキング。木更ちゃん、悪いけど頼める?」

「はい。任されました」

 木更ちゃんは微笑んでいった。実際、木更ちゃん自身にプログラムの知識はないものの、彼女の持つクリフォートのフィール・カードがそれを補って余りあるほどハッキングの適正があるのだ。でもって、彼女から発生した天然のフィール・カードなだけあり、現状そのフィール能力を手足のように扱えるのは木更ちゃんだけ。一応、クリアウィングと違って特定の人間にしかフィールを引き出せないとかいう制限はないのだけど。

「ついでに、そのハッキングだけど。ソンブラ社に都合の悪い情報があったらこっそり改ざんしといてくれる?」

「え?」

 どうして、と訊ねる木更ちゃんに、

「護衛の一環よ。この一件、イリスさん本人の口から公表するより先に特捜課やNLTが逮捕に踏み切る可能性があるって話なのよ。もう調査に動き出してはいると思うしね。だから、公的に裁くための材料は潰しておかないと」

 いくら公表の準備に入っていたとしても、後手に出た時点で「事実を隠していた」ことになってしまうのだ。それだけは絶対に避けないといけない。

「今回、私たちはフィール・ハンターズ、黒山羊の実だけでなく、特捜課などの警察機関、そしてNLT。つまりはロウ組織とカオス組織を同時に相手取ることになるわ。木更ちゃんもイリスも、油断しないで頂戴」

『わかりました』

 ふたりは、覚悟した顔でうなずいた。特に、木更ちゃん以上にイリスのほうが「私たちが右も左も敵だらけ」という危うさを感じ取ってる模様。

 確かに油断するなとは言ったけど、イリスに限りってはそっちに気を取られ過ぎるのも問題だ。

「ま、大丈夫よ心配しないで」

 私はいった。

「ちゃんと護るから。組織からも、あなたの命を狙う会社側からも、警察機関からも」

「鳥乃さん」

「それより、あなただって速やかに情報を纏め、世間に公表してグループをリセットする仕事があるんだから。身の危険は私たちに任せて、あなたはあなたの役目を果たして頂戴」

 と、私はイリスの太股に手を伸ばす。

「ひぁっ」

 ビクッと反応するイリスを無視するフリして、

「だから心配しないで」

「あの、その手は」

「大丈夫よ。どんな危険な状況でも依頼人を護ってこそプロって話だから」

 なんて真面目な事言いながら、太股を撫でまわし感触を堪能する。日々マッサージを欠かさず行ってるのだろう。触ってみると細さの中に無駄なくシェイプアップされた完璧な美脚なのがよくわかる。ぶっちゃけたまらない。

「あ、気を付けてくださいね。こちらの鳥乃さんは業界では“レズの肌馬”と言われるシ〇ィーハンターの主人公を女性にしたようなレベルの性欲魔人ですから」

 木更ちゃんが、穏やかに微笑みをつくっていった。しかも、普段ならすぐ「通報しますね」と防犯ブザーなり録画中のタブレットを見せるのに、今回はそういった反応はせず。

 イリスは顔を真っ赤におずおずと、

「あ、あの藤稔さん。こういうセクハラからは護っては頂けないでしょうか?」

 と、木更ちゃんに助けを求める。この人、こんな小動物みたいな反応もするのね。正直、嗜虐心刺激してたまりません。

「すみません。そこは依頼の外ですので」

 しかし、なんとここで木更ちゃんは穏やかな笑みで断りだした。本当、一体どうしちゃったのとか一瞬思った所、

「“レズの肌馬”からの護衛は追加の依頼にてお引き受け致します。1日30万からですけど、構いませんか?」

 まさかまさか、相手が腐っても社長だからって足下を見て資金を搾り取りにきたわけで。確かに司令からはやれと指示はされてたけど。この手段はえげつない。

「あの、高くありませんか?」

「すみません、相手もプロですから設備や準備に費用がかかりまして」

 しかも、ぼったくりの言い訳がそれっぽい上に嘘も言ってないというね。まあとはいえ、木更ちゃんが止めない以上、こっちも行ける所まで行ってしまおう。

 私はスカートと呼べなくない布地の内側に腕を突っ込み、下着に触れ、

(おっ)

 と、思った。そこへ、

「ただ、いま現在の先輩のセクハラをテーブルの下から撮影したムービーデータくらいでしたら無償提供致します」

 って、木更ちゃん。ああっ! ちゃんと撮影はしてたのね。

「下さい。訴える証拠になります」

 要求するイリス。まあ、そうなるわよね。

 で、木更ちゃんはこちらに向かって露骨に淑やかな笑顔で、

「ですので先輩、今回は止めませんけどヤりすぎにはご注意下さい。私も気まぐれで徳光先輩に」

「さ、さーてそろそろ事務所に戻ろうかって話ね」

 私はセクハラをやめ席を立つ。ほんと、梓にしろ木更ちゃんにしろどうして私の親しい友人以上の存在は笑顔で脅迫するスキルを持ってるんだろう。

「わ、わかりました」

 イリスも席を立つ。気丈で平常を装ってるが、顔はまだ赤い。

 私は勘定を済ませ出入り口に向かう。そこへ。

「先輩」

 私のそばに立ってた木更ちゃんが小声でいった。

「先ほどのイリスさんですが、違和感や不審な点はありましたか?」

「え」

 むしろ木更ちゃんが即脅迫しない所に違和感はあったけど。私は戸を開け外へ出る。

「イリスさんなのですけど、私が調べた所、牡蠣根の娘なだけあって学生時代は、とても好色家だったそうです」

「え、あの人が?」

 こそこそ訊ねると、木更ちゃんはうなずき。

「噂では校内の美形男子はあらかた食べつくし、それに飽き足らず女子生徒や教師にまで手を出したとも」

「ドラッグは? 自社で販売してる」

「あります。当時、妹を襲う為に使った結果、後遺症を残してしまい、それ以後ドラッグを嫌忌している様子が見られます」

 なるほどね。つまり依頼人は単に自社が悪事を働いてることを嫌がってるだけでなく、ドラッグに至ってはトラウマでもあると。まあ、妹にも手を出したというとんでもない話も出たわけだけど。

 しかし、ここで問題がひとつ。

「この報告だけだと、ドラッグを自社製品と知って使ったのか否かがはっきりしていないわね。木更ちゃんそこは?」

「あ」

 ハッとする木更ちゃん。そこまで意識は向いてなかったらしく、

「すみません、そこまでは調べてませんでした」

 と、素直に謝る。

「別にいいわ。後で本人に訊いてみるって話だし。それより、違和感や不審な点だけど」

 私は、イリスに悪戯した指の匂いを嗅ぎ、

「これを不審と受け取るかは別として、濡れてたわ下着がべっとりと。いまも指に発情した牝のフェロモンがこびりついてる」

 すると、木更ちゃんはぽっと赤くなり、

「その発言を至極真面目な意図で使われるとは思いませんでした」

 言われて、私も「あ」と気づく。

 ほんと、何言ってるんだろ私。エロ目的やセクハラ発言ならともかく、私まるで薬品の匂いを嗅ぎ分けたみたいに超真面目に言ってたわ。

「私もよ」

 何だか気恥ずかしくなったので、私はもう一度指を嗅ぐことにした。今度はちゃんとエロい目的で。

 木更ちゃんも木更ちゃんで、そんな私を見て逆に落ち着いたのか余裕のある渇いた笑み(としか形容できない微妙な表情)を浮かべてから、

「ただ、先ほどの様子を見る限り現在は控えてるみたいですね。情報通りの方なら少しは食いつく反応をしそうですもの」

 その言葉に、今度は私がハッとなり、

「木更ちゃん。もしかして、その反応を確認するために私を止めず悪ノリまでして」

「合意の上なら止める理由もありませんから。もちろん、相手に悪意や我慢で受け入れる節がありそうなら話は別ですけど」

「いいの、合意なら依頼人に手を出しても」

 すると、

「忘れましたか?」

 と、木更ちゃんはとても優しい笑顔でいった。

「私は先輩を支えるためにハングド入りしたのですよ? たまには適度に飴を選別して与えるのも私の役目ですから」

 木更ちゃん。

「とかいいながら、自分を餌にはしないのね」

「ふふ、餌に差し出してるじゃないですか。馬の鼻先にぶら下げた人参ですけど」

「やっぱり食べさせる気ゼロじゃない」

 それどころか下着姿さえ見せてくれないし。

「まあ、今朝はパンティの内側まで撫でまわしたけど」

「そこまでしてたのですか」

 木更ちゃんは呆れた顔でいった。って、あれその反応は。

「気づいてなかったの? 自分がどこまで汚されたのか」

「セクハラされたのは気付いてましたけど、貞操を気にする余裕なんてありませんよ。先輩を抱えて、周囲に気を配って、それでいてイリスさんを探さなくてはいけなかったのですから」

 そこまでいって、木更ちゃんは梓のような素敵な笑顔で、

「ですから、この件は頃合いを見て徳光先輩にご報告致しますね」

 げっ!?

「ちょっ、だからいまの梓はヤバいって話なのよ」

「ですから頃合いを見ての報告です」

 やばい、これ本気だ。

「えっと木更ちゃん、もしかしてガチで怒ってる?」

「怒ってませんよ?」

「いやどう見ても怒ってるって話よね」

「いえ、これは激おこぷんぷんアルティメットストリームですから」

「それ冥弥ちゃんのLINE!? 怒り通り越してヤバいレベルいってるって話?」

 なんて、いつの間にか談笑に変わりながら帰路を歩いてると。

 

「見ぃ~つけた」

 

 後ろから声が。

 振り返ると、そこにはフード一体型の黒コートとマフラーで全身をほとんど隠した黒山羊の実の女性。

 ガルムがひとり立っていた。




台風が怖いので、何かのトラブルでデータが消える前にアップします。


●今回のオリカ


氷結界の口寄術
永続魔法
このカード名の(1)の効果は、1ターンに1度だけLPを払わずに使用できる。
(1):500LPを払って、自分の墓地のレベル4以下の「氷結界」モンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。
そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。
そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。
この効果を発動するターン、自分は「氷結界」モンスターしか特殊召喚できない。

氷結界の助祭
効果モンスター
星1/水属性/海竜族/攻 200/守 400
(1):このカードの特殊召喚に成功した場合、フィールド上のカード1枚を選択して発動できる。
自分のスタンバイフェイズ時まで、選択したカードの効果は無効になり、そのカードを発動できない。
(2):このカードが「氷結界」モンスターのS召喚の素材として墓地へ送られた場合、
デッキから「氷結界の助祭」1体を特殊召喚する。

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