遊☆戯☆王THE HANGS   作:CODE:K

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2018/08/06
感想ページにてご指摘を頂いた誤字脱字を修正させて頂きました。
また、「二極性」という言葉に関して誤った使い方をしていたことが発覚しましたので、該当部分を修正させて頂きました。
それぞれご指摘ありがとうございました。


MISSION21-絶対正義(ジャスティス)vs絶対正義(ジャスティス)

 私の名前は鳥乃 沙樹(とりの さき)。陽光学園高等部二年の女子高生。

 そして、レズである。

「なんか疲れたわ。突かれてはいないけど」

 三連休が終わって平日。

 私と梓は、旅行3日目には参加せず丸々一日休みを取らせて頂いた。特に私は件の争奪戦の後、双庭姉妹を自宅警備員(ニートではない)に雇って、この業界上常に警戒しなければならない就寝中の暗殺や襲撃から護って貰い、ぐっすりと休ませてもらった。

 もちろん、疲れが取れたら、というか雇って自宅に招いた瞬間からレズ3Pに及ぶ気満々だったのだけど、残念ながら失敗。争奪戦の迎撃自体、直前まで梓のハンマーで昏倒してた体だったので、ガチで体力が限界迎え、靴を脱いだと同時に倒れてしまったのだ。

 そんなわけで連休最終日を殆ど意識のない状態で過ごしての登校である。もちろん、現在の場所はいつものように教室だ。

「うん。疲れたよねー」

 一方の梓は、まだ多少疲れを残してはいるのかもしれないけど、私の目からは体調良好に映る。ただ。

「突かれてはいないのにね」

「そうだねー」

「突かれて」

「ないのにねー」

 梓は机に突っ伏し、べたーとだらける。

(反応してくれない)

 私、いま思いっきり下ネタ言ってるのに、気づいてとばかりに何度も言ってるのに。

「梓。気づいて」

「気づいてるよ。ただ突っ込む気力がないだけー」

 だそうだ。

「突っ込むナニかは無いけどね、お互い」

「沙樹ちゃん、子守唄歌って?」

 やっぱり反応する素振りはない。ただ、どうやら梓はいつもより機嫌がとてもいいように映る。

(梓、どうしたの?)

 って、私は一度訊ねようかと思ったけど、やめた。

 障らぬ神にとは違うけど、下手に追及してせっかくの機嫌を台無しにするわけにはいかない。触れて欲しかったら、梓は自分から喋ってくれるだろうしね。

「~♪」

 私はGetWild(シティーハンターのEDソング)をゆったりとしたバラード調に即席アレンジし、子守唄代わりに唄いながら梓の頭をやさしく撫でる。

「えへへ~」

 梓はとても幸せそうな顔をしていた。

 

 

「というわけで、欲求不満だからちょっと脱いでくれる?」

 ところ変わって放課後。

 私は現在、一昨日ぶりに神簇家の応接間へとお邪魔していた。といっても、用事があるのは神簇姉妹ではないのだけど。

「テメェ仕事の依頼人を何だと思ってやがる」

 今回の依頼人、絶対正義(ジャスティス)シュトゥルム・ハイツヴァイテ(通称シュウ)は半眼で私を睨む。

 私は、質問に対して腕を組み、わざとらしく考える素振りをみせてから、

「身内?」

「酷ェ身内待遇だなおい」

 シュウは呆れながら、

「依頼するとき、担当は鳥乃以外でとか付けとくべきだったぜ」

「そうね。付けない限り、今後予定が開いてる限り私が来るからそのつもりで」

「なんでだよ!」

「手を出したいから」

 のたまいながら、私はシュウをガン見で視姦する。

 癖毛の入ったワイルドなセミショートヘアに、勇ましい顔立ちのイケメン顔。胸も控え目、それでいて背丈は程々程度なのがかっこ可愛い。

 前回視姦したときはライダースーツ姿だったけど、今回は私とは別の高校の制服姿。そのため、前より女の子らしく見えるのが二度おいしい。

「だから何で毎回会う度そんな事考えるんだよテメーは」

 すでに疲れきった顔でいうシュウに私は、

「ん、レズだから」

「レズが全員煩悩だけで生きてると思うなよ」

 と、ここで。

「失礼致します。お茶が入りましたので、こちらに置かせて頂きますね」

 お茶を淹れてくれたアンちゃんが入ってきて、私たちの席にそれぞれ湯飲みとお茶菓子を置く。なお、乗ってるのは車椅子ではなく《ギミック・パペット-死の木馬》。最近知ったのだけど、リハビリの一環として動く乗馬マシン感覚で使ってるらしい。

「ありがとう、アンちゃん」

 私はいいながら、おもむろに着物の襟に腕を突っ込み、アンちゃんのビッグボインを鷲掴み。

 おおっ! さすが和服、ノーブラって話じゃない。

「ひぁっ」

 アンちゃんから可愛い声が漏れる。私は躊躇い無く堂々と揉み揉みしながら、

「神簇と違ってアンちゃんは本当気が利くって話よね。シュウもそう思わない?」

 もみもみ。

「んっ」

「否定はしねえが、何故堂々とセクハラしてんだよ」

 もみもみ。

「あん」

「ん、レズだから」

 もみもみ。

「んんっ」

「またその理屈かよ! ていうかいつまでヤる気だ!」

 シュウは一回席に立つと、私をアンちゃんから引きはがそうとする。

「ちょ、いい所なのに何するのよ」

「いいから離れろ、この変態!」

 そのまま、おっぱい揉んでた手を掴みあげられた私は、もう片方の腕を今度はシュウのスカートの内側に。

「ななっ」

 驚くシュウを尻目に私はさらにパンティの内側に手を突っ込み、美味しそうなお尻を撫で撫で。

「な、何しやがんだテメー!」

 てっきりボッコボコに殴られると思ったのだけど。

 シュウはまず、私を突き飛ばす。まあ、そこまでは予想通りの暴力。しかし、その後シュウは部屋の隅に逃げてガタガタ震えだしたのだ。なにこの生き物、可愛い。

「で、では私はこれで失礼致しますね」

 一方、私から解放されたアンちゃんは、顔を赤くしたまま一回ペこり。そそくさと出て行ってしまった。

「ごめんごめん、しばらく手は出さないから戻ってきて」

 私は手招きするも、シュウは首をぶんぶん振って、

「そういってヤるんだろテメェ」

「しないってば。レズとしてもそういう性的抜きに可愛い怯え方は不本意だもの」

「なんだよその理由は」

「ほーらシュウ太郎、お茶菓子あげるからおいでおいで」

「アタシは犬じゃねえ!」

 と、噛みつくように吠えるシュウ、マジわんこ。

「てか、ホントーに何もしないんだろうな」

 震えながらギロッと睨みつけるシュウに、私は「当然よ」といった。

「安心して。エロい目で眺め続けるだけだから」

「やっぱやるんじゃねーか!!」

 そこへ。

「まあまあ落ち着いてくれないか」

 と、誰か(というかアインス)が私の後ろに立ち、私の服の内側に腕を潜り込ませる。

「ひぁっ」

 変な声が出てしまった。その間にアインスはブラをめくりあげ、さらにパンティの内側にも腕を突っ込み遠慮なく胸と尻を同時に触りだす。

「な、ちょっ、何するのよ!」

 私は振り返りつつアインスを突き飛ばし、部屋の隅に逃げてガクガクブルブル。

「いや何、シュウたちがされたことを君にも経験して貰っただけさ。とぉりぃのぉ~」

 またInfini-T Forceとかいうネタの喋り。番組はもうとっくに終わりブームも殆ど起きず終いだったというのに。

 下がスカートの執事服に身を包み、髪を縛りショートにみせたヘアスタイル。こちらも中性的でイケメン顔の女性だが、シュウが少年のようなボーイッシュなら、彼女は宝塚寄りと属性が違う。背はシュウより高く、逆に胸はシュウより更に無い。

「で、何の用事よアインス」

 私が警戒心丸出しで訊ねると、

「そうだね。まずは隅で震え噛みつくように吠える、まるっきりシュウと同じ反応している君に、可愛い子猫ちゃんと愛でつつ、やんわり突っ込みを入れたい所だけど」

「しょうがないでしょ。私、攻めるのは大好きだけど攻められるのは苦手なのよ」

「ふふっ、知っているさ」

 言いながらアインスは怯える私の前に立つと、私の手を引き腰に腕をまわし、

「だからこそ君が愛おしい」

 と、まさに王子スタイルの抱き寄せ方を。

 私はアインスの顔面グーで殴り、

「悪いけど趣味じゃないし、そういうキザったらしい所むしろキモいから」

「おやおや相変わらず手厳しい」

 殴られた箇所を手で覆いながら、しかし「やれやれ」とポーズを忘れない王子様(♀)。

 私は、いまのうちにもう一度距離を取りつつ、

「で、もう一度聞くけど何の用事よ。いまはシュウと依頼交渉の真っ最中よ」

「そのシュウの助け船に決まってるじゃないか。このままだと本題に入る前に破断になりそうだったからね」

「なるほどね」

 だからと介入した結果、状況がさらにカオスになったことは突っ込まないでおく。

「というわけだ。シュウも鳥乃も一旦席に戻ってくれないか?」

 アインスの言葉に、私は従い席につく。けど、シュウはいまだ震えたままで、

「どうしたんだい、シュウ」

 アインスが訊ねると、

「信用も安心もできねえ」

 と、シュウは私だけでなくアインスまで警戒丸出しでいった。

「だってそうだろ。アインスが救済に入った所で現状危険人物がひとり増えただけじゃねえか」

 確かにね。私はシュウの言葉に同意しうなずく。

「心外だね」

 アインスは、これまたキザったらしく自分の髪をはらって、

「私が妹に手を出さないことは、もう既に理解してもらえたと思ってたのだけど」

「一昨日、フィーアの裸を褒めて口説いて一緒に風呂入った奴の言葉を信用しろと」

 うわ。

「アインス、あなたロリコン?」

「それこそ心外だよ、鳥乃もシュウも」

 アインスは微笑んで、

「私は老若男女問わず愛せるだけだよ。それに妹に綺麗だと言って何が悪い。やっとあの子と家族らしい事ができたんだ。舞い上がって口説く位、おかしい事では」

「おかしい」「おかしい」

 即答する私とシュウ。

「……。…………そうか」

 アインスは反論に反論で返すことなく、むしろ反応されしょんぼりしながら、

「分かった。ならせめてシュウはこの席から交渉に参加してくれ。安心してくれ、私と鳥乃がたまに視姦に及ぶくらいだ。手出しはさせないよ」

「その視姦だけで十分アウトなんだよ!」

 と、叫ぶシュウをアインスは無視し、

「さて。さすがにそろそろ本題に入ってもいいかい?」

 真面目な顔で、私に訊ねるのだった。

 

 

「シルフィを迎え入れたい?」

 というのが、今回シュウからの依頼だった。私が訊ね返すと、アインスは、

「ああ。元々ハイウィンドは私たち姉妹が家族として居られる場所として結成して貰った組織だからね。フィーアの問題が大体解決した今、次のステップに入りたいんだ」

 と、言うけど。正直私は思った。

「本気? むしろ正気?」

 って。

 だけどアインスは、

「勿論、本気で正気さ」

「けど、あのシルフィよ? 私も過去に仕事で関わったけど、あの子って病的なレベルで勧善懲悪な潔癖症じゃない」

「そうだね。だから断られたし、シュウとも一度絶縁した」

「なら」

「だけど、彼女だって大事な家族なんだ」

 と、言いきる。

「現在のシュウとシルフィの関係は?」

 私はふたりを交互に見て、訊ねる。

「だから、お前に依頼したんじゃねえか」

 シュウはいった。ああ、その言葉を聞くにまだ駄目なのね。私はそう受け取るも直後、

「結果的に鳥乃のおかげで仲直りできたからな。協力を頼むならお前しか無いと思ったワケだ」

 って。

 そんなシュウに続けて、アインスまでもが、

「加えて、鳥乃がいたからこそフィーアが改心してくれたのだからね」

「あれはメールちゃんのおかげよ。私は何もしてないわ」

「いや、鳥乃のおかげさ。君がそれまで動いてくれたから、ここまで最高な結果に辿りついたんだ」

「評価しすぎよ。ふたりとも」

 照れくささに耐え切れず、私はアンちゃんが淹れてくれたお茶を一気に呷る。

「まあいいわ。で、具体的に私は何すればいい?」

「請けてくれるのかい?」

 訊ねるアインスに、

「期限と報酬次第でね」

 私はいった。

「特に後者。シュウを一晩好きにしていいなら格安で受けるわ」

「う゛ぉい!」

 即、反応して叫ぶシュウ。

「なら、これでどうかな?」

 対しアインスは「待ってました」とばかりに用意してた写真ファイルを私に差し出す。

 つまり、請けてくれたら報酬に加えようって代物らしい。

「確認するわ」

 私は一言断って中を開く。

 そこには、シュウ、アンちゃん、神簇の3名が、入浴や着替えをしている所を盗撮した写真がファイルいっぱいに飾ってあった。

 しかも、シュウと神簇は気付いてない模様だけど、アンちゃんはだけは何枚か明らかに気づいてると思われる写真があり、そのどれもがカメラ目線で誘う素振りを見せてたり、わざと際どいポーズを映されてたり、挙句の果てに最後のページに至っては、モザイクがかかってはいるも、これは明らかにアンちゃんのオ○ニー現場。

「アインス……!」

 私が訊ねると、

「もちろん、報酬に出すものはモザイク無しさ。他にリクエストがあったら何でも言って欲しい」

「なら、ご本人と交渉するのは?」

 もちろん夜の。

「口説くに最適な、いいBARを紹介するよ」

「交渉成立ね。依頼請けるわ」

 私はアインスと熱い握手を交わす。いやあ、頼もしい戦友がいて私は幸せ者って話ね。

「ちょっと待て」

 けど、そこで異をとなえたのはシュウ。

「アインス、お前いま何を渡した?」

「いや、特に気にするようなものではないさ」

 笑っていうアインス。だけど、

「嘘つけ、モザイクとか交渉とか口説くとか聞こえたぞ? 絶対ロクなものじゃないだろ」

「ロクなものじゃないって分かってるなら、あえて首を突っ込まないのもこっちの業界では必要なスキルさ」

「姉妹内でそんなスキル使いたくねえよ」

 ごもっともだ。とはいえ、せっかくの代物を台無しにはしたくないので、

「それよりもアインス、シュウ、仕事内容の確認に戻りたいのだけど」

 と、強引に本題に戻らせる。

「ああ、そうだったね」

 でもって、当然アインスも乗っかるので、「おい待てよ」と吠えるシュウは無視され、

「期限はそうだね。もちろん早いほうがお互い助かるけど、現状は特に考えてない。次に具体的に何をするのか、だけど」

 そこまで言うと、アインスはいきなり乾いた笑いを浮かべて。

「すまない。ノープランなんだ」

「……」

 私は絶句。とはいえ、まあ可能性としてはあったわけだけど。

 アインスは続けて、

「だからこそ、機密情報に触れること聞くけど、鳥乃は以前、任務でネオトヨタシティカップに出てただろう、シルフィ関係で。その依頼者と連絡をとって貰いたい」

「なるほどね」

 この時点で私はうなずく。アインスが知りたいのは、依頼人は誰かとかどういったパイプでシルフィと接触したのか、あわよくば協力を要請できないか。そんな所だろう。

「分かったわ。その情報に関しては、今すぐ教えるわけには行かないけど、元依頼人に協力できないか聞いてみるわ」

「助かるよ」

 アインスは、ほっとした顔でいった。その顔から、いきなり私に依頼するほど、ふたりはすでに手詰まりだったのだと確信した。

 

 

 ――同日、夜。

「沙樹ちゃーん。こっちこっち」

 と、手を振って呼ばれた私は、招かれるままに個室に足を運んで、対面の席に座る。

 私はいった。

「島津先生、忙しい所悪いわね」

「いいのいいの、お互い様でしょ」

 陽光学園中等部教師、島津 鳳火(しまづ ほうか)先生と連絡を取った私は、先生の要望で彼女行きつけの居酒屋で会うことになった。

 提灯が照らす昔ながらの飲み屋の外観。のれんを潜ると、カウンター席に加えテーブル席が幾つか。さらに奥には戸を閉めることができる個室が二席用意してあり、そのうちの一席にいま私たちはいる。

 場所は名小屋駅とは別の地下鉄駅の傍。先生の自宅から徒歩で行ける距離なのだとか。

「ていうか、今日の沙樹ちゃんすっごい大人。どうしちゃったの?」

 と、先生がいうように。いまの私は髪を下ろし、木更ちゃんに頼んで軽くメイクも施している。

 待ち合わせを取りつけた後、私はわざわざ身嗜みを整え直してきたのだ。

「変装でもないけど、これならワンチャン年齢誤魔化せるでしょ」

 なにせ居酒屋で飲兵衛と待ち合わせなのだ。教師が未成年の元教え子に酒を飲ませるなど無いと思うが、冤罪はありえる。たとえ事実無根だろうが避けなければいけない。

「さすが沙樹ちゃん、用意がいいね」

 一方の先生は明らかに仕事帰りのスーツ姿。こちらは逆に用意がなさすぎる。この人もしかして学校から一歩出たらかなり駄目人間なのでは?

 そこで戸がトントンと叩かれ、

「失礼します」

 と、店員が戸を開ける。女性だったけど、恐らく50超えたおばちゃんだった。残念。

「こちら本日のお通しになります」

 そういって店員は、小鉢に入ったもつ煮とお冷を席に並べる。ふたり分出された所から、先生も私がくるまで待っててくれたのだろうか。

「ご注文は何しましょう」

 店員が訊ねると、先生は、

「とりあえず生ふたつと、卵焼きに若鳥のからあげそれとサラダ、あと焼き鳥を適当に。沙樹ちゃんは苦手なものはありゅ……ある?」

 あ、先生噛んだ。

「そういうのは平気だけど、甘えてもいいなら疲労回復にレバー貰っていい?」

 なんて返事した所で私は気付き、

「あ、待って生ふたつじゃなくて、ひとつはノンアルコールで」

「えー」

「えーじゃない。あ、注文は一旦以上で」

「では、ごゆっくりどうぞ」

 店員が個室を離れ、戸が閉められた所で私は呆れ顔で、

「先生……」

 まさか本当に酒飲ませようとしてくるなんて。

「せっかく教え子と飲めれると思ったのに」

 お子様先生はお冷をちびちび飲む。私はさらにため息混じりに、

「そう見られるのを少しでも避けるために社会人っぽい格好してきたのよ。もし制服なんか着てたら、教師なのに未成年の教え子に酒勧めたって問題になってたんだけど」

「大丈夫よ。今日の沙樹ちゃんの格好なら」

「とはいっても、私を知る人が見て気づかないほど変装はしてないでしょ」

「ううっ」

「しっかりしてよ。責任のある社会人でしょ」

 まったく、どうして教え子が元担任に注意しないといけないんだろう。それも慕ってる教師に。普通逆じゃない?

「だってぇ。一度してみたかったんだもの」

 先生はしょんぼりしながらいった。

「大きくなった教え子とね。こうやってお店で乾杯するの。それでお仕事の話をしたり、悩み相談をしたりね。あれよ、あれ。親が子供と酒を交わすのを夢みるようなものなのよ」

「先生……」

 そんな嬉しいこと言われたら叱りきれないじゃない。

 結局、この人はとことん生徒想いで、教え子が可愛くて仕方がない人なのだ。今回はその想いが悪いほうに出ちゃったけど。

「悪いわね。私は、いまからが仕事なのよ」

 だからもう、私はこうとしか言えない。

「そっか」

 そして相手は私より立派な社会人。仕事を理由に出されると、それ以上文句をいえなくなる。

「大丈夫よ。先生が飲むのを止める気はないし、何なら飲み潰れたら送ってあげるわ」

「ありがとう。沙樹ちゃんのやさしさが身に染みりゅう」

 寂しげに、だけど笑ってみせる先生。今度は、ちゃんと一緒に飲んであげよう。

 程なくして、席には注文した品々が並べられた。私はグラスに瓶のノンアルコールビールを注ぎ、先生はジョッキを持って、

『乾杯』

 と、カツンする。先生はそのままジョッキの中身を一気に飲み干し、

「ぷはあっ」

 なんて、見た目に似合わぬ親父臭い声を出し、

「やっぱり、仕事終わりの一杯はこれに限るよねー」

 とかいいながら早速ビールのおかわりを注文。

「飲みっぷり凄。ちゃんと舌が回る程度にはセーブしてくれると嬉しいんだけど」

 私は言いながらサラダを小皿に取り分けて、先生に「はい」する。

「いい歳の社会人は、飲まなくちゃやっていけないの。あ、ありがとー」

 小皿を受け取りながら先生はいった。

「それで沙樹ちゃん。用事って?」

「あ、うん。まあ事前に伝えた通り今回の依頼で先生の力を借りたくて」

 私はノンアルビールを飲みながらサラダをぱくり。

「まあ、言っちゃえばシルフィ関連」

「あ~」

 だよねー。なんて顔しながら、先生は卵焼きをもぐもぐ、さらに焼き鳥を一串、手元に。

「とりあえず、シルフィちゃん自身はいまの所問題は起きてないよ。シュウちゃんとも学校のお友達とも仲直りして、すっかりいつも通り」

「それは良かったわ」

 ここで問題が起きてたら依頼以前の問題だものね。私は焼き鳥のレバー串に齧りついて、

「今回の依頼人は、まさにそのシュウよ。フィーアの凶行も落ち着いた所で、どうやら、そろそろ本格的にハイウィンドにシルフィを迎え入れたいらしいわ」

「あ~」

 と、再び先生はいった。けど今回は「ついにきたかー」という顔をして。

「それを私に協力して欲しいって?」

「まあ。先生へのパイプをあてに依頼がきたようなものだし」

「断っちゃ、だめ?」

 しなを作ったように可愛い声で、先生はいった。

「ま、そういう反応がくるわよね」

 分かってましたとも。私はグラスのノンアルビールを飲み干す。

「やっぱりねぇ、先生としては、あの子のことはそっとしておいて欲しいなあって。やっと落ち着いたばっかりだもの」

「もし何かあればご家族に伝えないといけないだろうしね」

 私がいうと、

「あ、ううん。ご家族は大丈夫だと思う」

「ああ、そういえば無関心な親だっけ、娘に」

「うん」

 先生はうなずいた。

「実は、私もまだ会ったことがないのよシルフィちゃんのご両親。信じられる? 1年の頃から担任なのに、未だによ? 沙樹ちゃんのお母さんでさえ三者面談には来てくれたのに」

「もっとも、私の親は正規の面談の日には来れないって言って、勝手に時間を指定して先生振り回したけどね」

「それでも来るだけずっとマシよ。シルフィちゃんの所は来ないんだから」

 ぷんぷんと怒る先生。これは相当立腹してるのが分かる。ここで追加のビールがきたので、先生は憤懣の勢いでジョッキの中身を半分にし、

「シルフィちゃんね、結構な豪邸に住んでるのよ。だけど一人暮らし。お小遣いは沢山貰って、それで生活費をやりくりしてるみたい」

「それは私も同じだけど。豪邸には住んでないけど」

「甘い!」

 据わった目で先生はいった。

「一応帰ってくる頻度は沙樹ちゃん所のお母さんよりは多いみたいよ? でも、いつ帰ってくるの報告もなし、帰ってきてもただいまもおはようの挨拶なし、食事は基本娘を家に残して外食、お土産もなければ話しかけても適当にあしらい、自分たちが家にいる時にシルフィちゃんが友達を呼んだら追い出し、そのくせ両親は沢山友人を呼ぶみたい。どう思う?」

「それ、娘じゃなくて別荘の管理者じゃないの?」

「管理者相手でも、もう少しいい対応するわよ」

 確かに。

「これで検査結果でも血縁関係がはっきりしてるっていうんだから、酷い話よ。あ、次はハイボールで」

 まだ飲むらしい。

「あのー先生そのくらいにしておいたほうが」

 私はいうも先生は、

「大丈夫よ。むしろいまからが本番でしょ?」

「いまからって。それじゃあ、いままでは?」

「食前酒?」

「……」

 頭が痛い。先生のことは尊敬してるけど、ことお酒に関しては大人になってもこうはなりたくないものだ。

「あー。シルフィちゃんの家庭考えたら全然大丈夫じゃなさそうに感じてきちゃった」

 膝をつき、半分突っ伏したような姿勢で店員から受け取ったハイボールを飲む先生。ここだけみると、すでに泥酔状態だ。

 私は、「失礼しました」と戸を閉めようとする店員のおばちゃんに、

「あのー。この人いつもこう?」

 と、先生を指して訊ねる。

「ええ」

 おばちゃんはうなずいて、

「今日はいつもより少し早いですけど、大体こんな感じですね」

 ……うわあ。

 改めておばちゃんが戸を閉めた所、

「言わせないよ」

 さらにヤバイ目つきで先生はいった。

「え、なに?」

 気押されながら私が訊ねると、

「そんなの決まってるでしょ。お酒はこのくらいにー、とか、もう少し楽しい飲み方しろー、とか、セーブしろー、とか」

「う」

 確かに、凄く言いたかった言葉ではある。

「今日は飲むのを止めないし、最後まで付きあってくれりゅんでしょ」

 ああ、かつての自分の言葉が首を絞めてくりゅー。

「あのね沙樹ちゃん! 教師って大変なのよ? ただマニュアル通りに生徒に勉強を教えるだけじゃないの。受け持ったクラスだけじゃなくて、校内全員ひとりひとりの精神状態とか問題が起きてないか考えて、その上で自分のクラスの子たちを息子や娘のように大事にしてみんな臨機応変に接しないと駄目。いまの時代、親の愛を知らない子とか偏った親の教育で育った子本当に多いの。だから時に母親のように包みこんで、時に父親のように厳しく。でも体罰は駄目、トンと触っただけで毒親が押し掛けてくりゅから! それとね、実は部活の顧問って利益一切なしのボランティアなのよ。もちろん分かっててやってるから給料目当てな筈はないんだけど、それでも休日出勤とか強いられるから、外に出れないのよ。出会いがないのよ。教え子たちはどんどんカップル作って、この前なんて放課後教室を覗いてたらクラスの子同士でヤってたのよ。中学生よ、それも2年生! 私なんて男の気配全く無いのに。ねえ聞いてるの? 私もう27なのよ。このまま彼氏ができなかったら行き遅れ街道一直線じゃない! ねえ沙樹ちゃん、いい男紹介してぇ、ねえってばぁ」

 この日私は、ノンアルビールで悪酔いする程、先生の愚痴を聞かされた。

 

 

 翌日、時刻19:50。

 私は再びハイウィンドと打ち合わせをすべく神簇家に足を運んでいた。

 ただし。

「初めまして、シルフィードの担任で、先日彼女とハングドを仲介した島津 鳳火です」

 と、このように先生も一緒である。昨日結局飲み過ぎて足がおぼつかなくなった先生を家まで送り届けた際、先生のほうから要求してきたのだ。いまからハイウィンドに会わせろと。

 しかし、当時先生はろれつも回りきらない凄い状態。私は一旦断り、明日行こうと伝えたわけである。で、酒の勢いもあっただろうから、冷静になってキャンセルとか覚えてないってパターンもあると思い、今朝電話で確認を取った所、案の定記憶を飛ばしていたが、改めて「行く」と返事をもらったのだ。

「初めまして、ハイウィンド第一司令、神簇 琥珀です」

「同じく第二司令、神簇 アンです」

 神簇とアンちゃんは、それぞれ先生に頭を下げ、

「ご無沙汰してます先生。改めてハイウィンドのリーダー、“王子(プリンス)”アインス・ハイです」

 アインスが続くと、

「“絶対正義(ジャスティス)”シュトゥルム・ハイツヴァイテ、通称シュウです」

「“処分人(スローター)”フィーア・ヴィルベルヴィントです」

 と、ふたりも挨拶。

 ところで、アインスだけはご無沙汰と口にしたように、彼女と先生は初対面ではない。

 このアインス。実は陽光学園の生徒で、私と同じ中等部の卒業生で現在も同じ校舎の在校生なのだ。だから、全学年の家庭科を担当する先生とは当然面識があるのだ。

「久しぶりねアインスちゃん、まさかこんな所で再会するなんて」

「こちらもですよ。まさか件の依頼者が島津先生だったとは思いませんでした」

「元気?」

「おかげ様で。先生もお変わりなく綺麗なままで、元気そうでなによりです」

「もう、相変わらずなんだから」

 と、先生は久々の卒業生との再会を喜ぶ。

「あ。そうそう神簇」

 私は一回先生を尻目に見てから、悪友にいった。

「こんなちびっこ先生だけど、この人私の中学時代の担任で恩師だから、虐めたら二重の意味でF○ckと覚悟しといて」

「虐めないわよ。徳光さんも貴女も、いつまで私をその認識でいるのよ」

 げんなり顔でいう神簇に、

「仕方ありませんよ、姉上様」

 アンちゃんがうふふと微笑んで、

「虐め被害者の傷は一生モノですから。加害者は絶えず暗い夜道を気をつける覚悟でいて下さらないと」

 否、黒い笑みを浮かべていった。本当にこの子は、改心しても邪悪な所が全然変わらない。

「と、とりあえずさ本題に入らないか?」

 そんなアンの黒々とした何かに耐え切れず、シュウがいうと、

「そ、そうね。アインス本題に」

 と、同じくいまのアンから逃げ出したいだろう神簇がアインスに指示。君、交渉決裂レベルの地雷抱えてるしね、梓を虐めた経験者っていう。

「分かりました。では、早速本題に移らせて頂きます。先生」

 アインスはいった。

「すでに鳥乃さんからお聞きされてると思いますが、私たちアインス・シュトゥルム・フィーア、そしてシルフィの四人は同じ男と父とする異母姉妹です。当時我々は互いに認知していなかったのですが、自分に姉妹がいることを知った私とシュトゥルムが家族の捜索の為に裏稼業へと進み、その結果いまに至ります」

 そこまで言うと、アインスは続けてシュウを手で指し、

「シルフィの家庭状況は、こちらのシュトゥルムを介して多少は認知しております。彼女が家族とうまくいってないことも。だからこそ、より私たちはシルフィを家族として迎え入れ、同じ屋根の下で支えあう関係になりたいと考えております」

「そういえばアインスちゃんのお家も」

 先生が呟くと、

「はい。先生のお世話になっていた在学当時は母と義父、種違いの妹弟と暮らしておりましたが、厄介者と扱われておりました。高校入学の際に家を出まして、いまは神簇家でシュウ、フィーア同様にお世話になっております」

 知らなかった。アインスがそんな過去を持ってたなんて。

 続いてシュウが、

「アタシも大体アインスと同じだ。フィーアに至ってはドイツの孤児院で戦闘装置として育てられてた」

「戦闘装置? こんな小さな子が」

 私から一度聞いてはいたはずだけど、それでも改めて耳にした先生は、顔を悲痛に染める。

 そしてシルフィ。

 彼女の父が、実の父なのか母の再婚相手なのかはまだ知らされてない。ただ、どちらにしても現在置かれてる環境は、たったいまアインスとシュウが口にしたふたりの家庭とほぼ同じなのが分かる。その苦しみを知るふたりだからこそ、フィーアの問題が解決してすぐシルフィのために動きだしたのだろう。

 アインスとシュウが頭を下げた。

「お願い致します先生。シルフィを私たちの家族として迎え入れる為に、どうか力を貸してください」

 アインスの言葉に、先生は。

「言いたいことは分かりました」

 と、いった。

「確かに私も、いまの家にいるよりアインスちゃんたちと暮らしたほうがシルフィちゃんも幸せだとは思うわ」

「なら」

 と、期待の眼差しを向けるシュウに、

「でも、優先すべきはシルフィちゃんの気持ちよ。いくら私たちがシルフィちゃんの幸せを想っても、本人がいまの暮らしを望んで、みんなを受け入れる気がない以上、私は先生として教え子の気持ちを優先したいの」

「そうですか」

 アインスの視線が下向く。半ば分かってたのか落胆という程でもなかったものの、多少のショックは見てとれた。

「構いません」

 そんな空気の中、動いたのはなんとフィーアだった。

「その意向のままで構いませんので、何かひとつでも私たちの支援をして頂けませんか?」

「フィーア……」

 驚いた様子でアインスが訊ねると。

「私も、家族を護り大切にしたい気持ちは変わりません。そんな私たちが八方塞がりなら、どんな形であれ貴女から出来る範疇の支援を頂くことが最適だと判断します」

 変わったな、この子。私はらしくない感動を覚えつつ思った。

 いや、むしろこれが本来、彼女のあるべき姿なのかもしれない。いままでだって、思えば全て家族のために殺処分に出てたらしいしね。

「わかった」

 先生は、やさしい声でいいながら少しかがんでフィーアと視線をあわせる。

「なら、シルフィちゃんをお家に入れる手助けはできないけど、フィーアちゃんたちとお友達になるお手伝いならしてあげる」

「感謝します」

 頭を下げるフィーア。先生はにっこり微笑んで「いい子いい子」し、

「しっかりしてる子ね」

「ええ」

 アインスは慈愛の目でフィーアを見て、

「私たちの自慢の妹です」

「限度を知らない所を除けばな」

 と、シュウも同じ目で、

「……ホント、問題児だったのにたった1日でアタシより立派になりやがって」

 と、呟くのだった。

 

 

 ところで、私の家も1年に数回か母が帰ってくるものの、基本的にひとり暮らしではある。

 最近は木更ちゃんが給湯等々するハングドで食べることが多いのだけど、どうしても仕事で寄る必要のないときは自宅で食べるしかない。

 翌日、放課後。

 私は近所のスーパーマーケットでシルフィとばったり会った。

「あ」「あ」

 誰が先とは言わず、意図せず目があった私たちはそれぞれつぶやき、

「シルフィちゃん」

 私が改めて呼んだ所、シルフィは視線をそらし、露骨に機嫌悪く横切ろうとする。

「ちょっと、待って」

 更に呼ぶと、シルフィちゃんは足を速めようとするので、

「待ちなさいって」

 と、私は彼女の肩を掴んだ。

「あなたとお話することはありません」

 顔を向けずツンとした態度でシルフィはいう。

「そっちにはなくても、私にはあるんだけど」

「知りません」

「結局、人に物を頼んでおいてありがとうのひとつも無かったでしょ、君」

「請けてもらった時に言いました。それに、私だって嘘ついた謝罪を聞いてません」

 そういえばそうだった。先生に謝罪の伝言を伝えなければいけなかったのに、私はつい忘れていた。

 まあ、下手に伝言を伝えて先生との間に溝ができるのを避けてたってのもあるけど。

「悪かったわ。嘘ついてごめんなさい」

 私はしっかりと謝った。本人はこっち見てないけど、小さく頭も下げて。

「……」

 シルフィから反応が止まった。さて、どう動くだろうか。

 なんて考えていた所、私の手を振り払い、何一ついうことなく彼女は行ってしまった。速足で。

 そのせいか、

「わっ」

 横から現れた杖で歩く老婆と衝突。老婆はそのまま尻餅をついて倒れてしまった。

「痛たた……ちょっと、前向いて歩きなさいよ」

 老婆はシルフィに注意する。余程痛いようで声はかすれ、脂汗が滲んでいるのが映る。しかし、シルフィはそっぽを向いて歩きだしてしまったのだ。

 まるで注意されたことが不快で、拒絶するかのように。

「大丈夫ですか?」

 私は、シルフィのかわりに老人に駆け寄り、介抱に入る。

 老婆は骨折で病院に運ばれた。

 

「そんな事が」

 同日。現在時刻22:30。

 私は報告と今後の相談がてら、先生の自宅にお邪魔していた。本当なら夕食時に行う予定だったのだが、先生が急遽残業で21時頃まで仕事をすることになってしまい、だからひとりで夕食をと思っていたら、私も老婆を救急車で運び何だかんだでこの時間になってしまったのだ。

「被害者は訴える気がないから良かったものの、一歩間違ってたら大変なことになってたわ、実際大事には至ったし」

 私がいうと、先生は、

「ごめんね。あの子のせいでごたごたに巻き込んじゃって」

 と、いいながらコンロをふたつ使い、卵焼きとウインナーと野菜の炒め物を同時に作る。先生も夕食はもう済んでるはずだけど。

「私はいいわ。謝るなら骨折れた老人に謝って、先生にはそんな責任なにひとつないけど」

 私はいい、

「よね」

 と、横に振る。

 実は、この場にいるのは私と先生だけではない。

「その通りです先生。妹がすみませんでした」

「あいつ、何やってんだよ」

 アインスが頭を下げ、シュウは頭を抱える。現在、先生のご自宅にはこの3名でお邪魔していた。

「なんだか、思い出しちゃうなー」

 卵焼きと炒め物を大皿に盛り付けながら、先生はいった。

「まさか、過去にもなにか?」

 私が訊ねると、

「ううん。沙樹ちゃんのことよ」

 と、先生。

「私?」

「覚えてないの? 沙樹ちゃんもお年寄りとぶつかって大変な事になっちゃったでしょ」

「ああ」

 そういえば、あったあった。

「確かあの時の沙樹ちゃんも中2だったよね?」

「あ、本当じゃない」

 なので、確か3年ほど前の話になる。

 私の場合はスーパーではなくコンビニだったけど、同じように男性の老人とぶつかって転ばせてしまった。しかも「どこ見てるんだ」と怒声をあげられ、イラっとした私は無言で立ち去った。その後、別の人が「大丈夫ですか」と老人を介抱しようとした所まで似通っている。

 ただ、シルフィの件と大きく違うのは、その介抱した人が、こっそり老人の財布を盗んでた所だ。私は窃盗の現場を偶然見てしまい、防犯ブザーを鳴らして店員を呼び、窃盗を報告した。最初は逆に私が老人に疑われたが、当然犯人のバッグに老人の財布が入ってた為に現行犯逮捕。確かそのときも結局、最後は私が動けない老人のために救急車を呼んだのだった。

「まあ、だからぶっちゃけシルフィの気持ちは少し分かるつもりよ」

 私はいった。するとシュウが、

「シルフィは、小さい頃から人より体の成長が早かったからな。おかげで相手からぶつかられて逆に相手が怪我して、シルフィがぶつかって怪我させたって間違われたこともあったな」

 加えて、過去の依頼の際に先生から、デカ女って虐められたとも聞いたことがある。しかも見た目白人でモデル体型だから、女性からは嫉妬込みで。おまけに完全な日本育ちで英語もドイツ語も喋れないから偽物扱いさえ受けてたって。

「だから、あの子は段々人を許せれなくなり、みんな敵に見えるようになった。……私は前の依頼の際にそういう情報を手に入れてるけど」

 嫉妬に怨恨、馬鹿にもされ、そう思うとまるでアンちゃんレベルで酷い人生だ。でもって、アンちゃんとは別の方向に歪み切ってしまった子なのだろう。

 シュウはうなずく。

「その通りだ。でもよ、自分からぶつかっておいて、体の弱い老人まで無視する奴だとは思わなかったぜ。しかも骨折させたんだろ」

「攻撃されたのよ。シルフィの中では」

 私はそう返す。

「そのお婆ちゃんに叱られたって言ったでしょ。その時点でシルフィにとっては虐めの加害者と同じカテゴリなのよ。自分を虐げる人、悪意を持った人って感じでね」

「ッ」

 シュウにも心当たりがあるのだろう。顔が苦みで歪む。

「加えて、私はぶつかってない、ぶつかったのはこの老婆、勝手にぶつかって責任をなすりつけてきた。私は正しい、悪はあっち。ほら、これでシルフィの心の傷は少し楽になったでしょ?」

「おい、おい、なんだよそれ」

 そして今度は憤りを抑える顔に。

「それは、やっぱり沙樹ちゃんの経験?」

 先生がテーブルに料理の乗った大皿を置いた。そこには、作りたての卵焼きや炒め物に加え冷凍の唐揚げまで。

「まあね。けど、みんなには悪いけど大方合ってると思うわ。だって、こんなの私やシルフィだけの話じゃない。ありそうな『人のせい』のパターンのひとつでしょ? 程度の差はあれシュウやアインス、先生にだって一度は経験してるって話」

「確かにそうだ」

 納得するアインス。

「でもよ」

 と、それでも納得しないシュウに、先生はいった。

「まあ人間の感情なんて、分析しちゃえば見苦しいものばかりよ。でもね、人間には同じくらい綺麗な面も持ってるの」

 先生は、続けて四人分の小皿と割り箸を並べて、

「今回のシルフィちゃんだってそう。あの子はそうやって心を護ったの。悪い事は大嫌いな子だからね。たぶんきっと目を逸らさず受け止めてたら、自分が大嫌いな悪い事をしたショックで心に深い傷がついちゃう。ああいうときに自分を護れるのは大事なことよ? もちろん、悪いのはシルフィちゃんに違いはないから誰かは叱らなくちゃいけないけど」

「先生……」

「善い面悪い面どっちを見るかは人次第、でも私は教師としてもひとりの人間としても、なるべく善い面を沢山見てあげたいって思ってるの」

 と、素敵に先生らしいことを言いながら、両手に缶ビール缶チューハイ持って台無しにしてました。

 先生は、最っ高の笑顔で、

「さあ飲も飲も、今日は私の奢りだから。こういう話し合いには腹を割ってそこにアルコール流し込んで語り合うに限るのよ」

「……」

「……」

「……」

 未成年の教え子ふたりとその妹に酒を勧める現職教師。

 私やシュウ、そして普段から口説き文句に「一緒にBARでも」とか言ってるアインスでさえも、完全に言葉を失うのだった。

 で、朝。

 そこは缶の山だった。

 

 

「頭痛い、気持ち悪い」

 お昼休み。吐き気で何も食べれそうにない私は、経口補水液を片手に、机に突っ伏してぐったりしていた。もちろん、場所は学校である。

「大丈夫? 沙樹ちゃん」

 マイエンジェル梓が、心配して背中をさすってくれる。この優しさに久々に触れれたのは役得だけど、正直。

「無理せず休めば良かった」

 この苦しさは、そんな役得を打ち消して余りある代償だ。私はぐったりしながら呟く。

 結局、昨日私たちは酒の席に付き合わされた。途中、アインスとシュウは缶ビール1本胃に入れた辺りで神簇邸の夜間警備というもっともらしい理由で逃げたが、その分矛先を向けられた私は逃げられず、先日居酒屋で酒パスした分飲まされたのだ。

 結果。

 現在、私は寝不足と二日酔いで死にそうである。というか何、二日酔いってこんなにキツいものなの?

「散々だったね」

 と、同情を口にする梓。彼女には久々に島津先生とばったり会ったら、すっかり行き遅れのやけ酒飲兵衛になってて、自宅に拉致されて酒の相手をさせられた、と伝えておいた。実際、間違ってはいない。帰らせてくれなかったし、酒が入ってからの内容は大体教え子が多数リア充カップルしてることへの不満と、行き遅れに関しての愚痴ばかりだったのだから。

 なので私はいった。

「梓、先生には注意したほうがいいわ。……ガクッ」

「沙樹ちゃん、ここで倒れたら駄目。せめて保健室で」

 そんなときだった。

「失礼します」

 教室の扉の先から声が。

「3年のアインス・ハイです。いま鳥乃さんはこちらにいらっしゃいますか?」

「……あい、、んす?」

 私は何とか首だけ起こし、そこに立っていた制服姿のアインス・ハイを確認。

「やあ、鳥乃。少し話があってきたのだけど、……大丈夫かい?」

 心配気に訊ねるアインスに、

「大丈夫、よ……すぐに行っ……うっぷ」

 私は最後まで返事ができず、トイレへと駆け込んだ。

 

「今日は休んで帰ったほうがいいんじゃないのかい、鳥乃」

 トイレで吐き戻した後、私はアインスに支えられながら保健室へと到着した。

 私がベッドに横になると、アインスはパイプ椅子に座って、いったのだった。

 私は「大丈夫」と返事し、

「逆に自宅まで帰る体力がないわ。しかも家はひとりだから、これワンチャン孤独死しそう」

「なら、琥珀さんに連絡を入れよう。神簇邸で休むといい」

 アインスはいうも、

「それも嫌。こんなことで、あいつに借りを作りたくない」

 結局、神簇と私は悪友なのだ。そんな彼女にだけはいまの私を見せたくないしね。

「そんな事言ってる場合では」

「アインス、声のトーン大きい。頭ずきずきするって話」

「あ、ああ」

 黙るアインスに私は、

「昨日、ふたりは逃げて正解だったわ。ワンチャン今ごろ、別のベッドにあなたが横になる事態になってたもの」

「ああ。本気でそう思うよ」

 アインスは小さくうなずいた。私は一度半身起こし、

「ところで、話ってなに? こんな状態でよければ聞くけど」

「今後の相談をしようと思ったけど。……やめたよ。いまは君の回復を待つことが先決だ」

「そうしてくれると助かるわ」

 と、私は再び横になる。

「鳥乃、なにか欲しいものはあるかい? 購買になければ、コンビニくらいならひとっ走りしてくるよ」

「じゃあ、エチケット袋」

「分かった」

 アインスが袋を作ってくれる間に、私はデュエルディスクのタブレットを開きメールチェック。すると、先生からメッセージを受け取ってたので確認。

 内容は、お昼休みにシルフィが校外の人間と会っていたとのこと。証拠にフォト画像付きだった。

 私は、画像を開いて確認する。

 そして。

「え?」

 と、なった。

「どうしたんだい、鳥乃」

 袋を作り終えたアインスが訊ねる。私は吐き気を我慢し、仕事の顔で、

「アインス。さっき先生からメールが来てて、お昼休みにシルフィが校外の人間と会ってたって」

「シルフィが?」

「で、これが証拠のフォトらしいけど。見て頂戴?」

 私は画像を開いたままタブレットをアインスに渡す。

 アインスは訊ねた。

「この人って、Kasugayaの店長?」

 そう。校舎裏でシルフィと一緒に映ってたのは、あのかすが店長だったのだ。

「たぶん正解。で、これはつい最近知った情報だけど。かすが店長はフィール・ハンターズそれも支部長クラスの人間よ」

「何だって!?」

 驚くアインス。私は続けて、

「しかも、先日のフィール・ハンターズによるビル襲撃事件の首謀者」

「そんな奴が、なんでシルフィと」

「分からない。けど、先生には伝えておいて放課後落ち合う必要があるわね」

「ああ。そうだね」

 アインスの目が険しくなっていく。しかし、すぐ穏やかな顔を努めてつくり、いった。

「鳥乃、君は放課後までここで睡眠をとってくれ。その様子だと寝不足もあるだろう?」

「まあね」

「いまから私は君の護衛に入る。誰も寝込みを襲わせないから安心して疲れを取ってくれ。放課後になったら作戦開始だ」

 私は知っている。

 こういう時のアインスは本当に王子(プリンス)紳士(ジェントルマン)だということを。

「分かった、頼むわ。何かあったら私のタブレットから木更ちゃん応援に呼んで」

 いまだけは、これほど安心できる人は他にいないだろう。

 私は、友に全てを預けて目を閉じる。

 吐き気と頭痛は相変わらずあったけど、程なくして私は寝息をたてはじめたそうだ。

 

 

 放課後、私とアインスは陽光学園中等部に到着。現在ちょうどシルフィは再びかすが店長と会ってる模様で、先生の指示で校舎裏の指定された場所へそっと向かい合流した所、

「おせぇぞ。アインス、鳥乃」

「お疲れ様です。アインス、鳥乃さん」

 と、小声でいうシュウとフィーア。どうやら先に合流してたらしい。

「大丈夫。じゅーぶん間に合ってるよ」

 そういって先生は、急いできたのを察してか私たちに1本ずつ250mlサイズのスポーツドリンクを渡してくれた。

 現在、私たちは校舎の外壁を死角に隠れ、人気のない校舎裏で会話しているシルフィとかすが店長の様子を覗く形になっている。

 かすが店長はスーツを着ているが、Kasugayaにいる時と同様、頭にタオルを巻いてる。どうやらふたりは、正にいま何か話してる模様だった。しかし、シルフィたちと私たちとの間には多少距離があり、静かとはいえ、残念ながらふたりの声はこちらまで届かない。――のだけど。

「報告します」

 フィーアがいった。

「どうやら、あの男は自分をNLTと偽ってシルフィと接触した模様です。どうやら組織に所属しないかと誘い、また任務への協力を要請している模様です」

「まさか、近づいて聞いたのかい?」

 アインスが訊ねると、

「読唇術です」

 と、フィーア。

「やっぱフィーアは凄ぇよ。ここから口の動きを読めるんだからよ」

 シュウがいうように、当然ながら私たちはふたりの口の動きを正面から確認できていない。双方とも口元が殆ど隠れる角度に立ってる為、私も読唇術できず困ってた所だったのだ。

 とはいえ、さすがに完全に読み切れたわけではないようで、

「任務内容は分かるかい?」

 アインスが訊ねると、

「いえ。伝えてると思われる様子はありましたが、すみません。読み切れませんでした」

 フィーアはすまなそうに首を振る。

「十分よ。だって、アインスちゃんの妹でもある、私の可愛い教え子を騙して悪い事させようとしてるのは分かったんだもの」

 先生はいまにも飛び出しそうな様子でいうので、

「落ち着いてください先生」

 アインスが制止する中、

「シュウ、アインス、それと鳥乃さん。万一、ターゲットの殺処分が必要になったら指示をお願いします」

 銃を構え、フィーアはいった。

「私ではまだ非殺処分から殺処分に切り替える判断ができません。ですので、私は今回指示があるまで殺さず制圧だけに集中します。よろしくお願いします」

 この子……。

「私が指示してもいいの?」

 と、私が訊ねると、

「構いません。それが私の役割ですから」

 さすがテロリストや傭兵として、闘いの端末として育てられただけある。

 さすがに、一度交戦した位で殆ど面識のない私に信頼や好意などの感情を持ち合わせてる様子はない。だけど、必要だから、それだけで私に指揮権を委ねてくれる。しかも、そんな大人の判断を小学生がやってるのだ。

「分かった」

 私はうなずいた。

「見て」

 そこへ先生が、

「かすがって人がシルフィちゃんに何か渡してる」

 言われて私は気付く。いま正に、かすが店長がシルフィにカードの束を渡そうとしていたのだ。

「正義の力……光のフィール……とか、言ってます」

 フィーアの言葉に、

「不味い! 間違いなく特殊なフィールを内包した何かだ」

 アインスはいい、

「皆、出よう!」

 私はこの時点で腕の内蔵銃でかすが店長の腕に発砲。

「シルフィにあのカードを受け取らせるわけにはいかない」

 言いながら、アインスは私の動きを察知してくれたのだろう。すでにアインスは発砲に併せてシルフィの下に駆け出してて、

『了解』

 続けて、シュウとフィーア、そして撃ち終えた私が続く。

 かすが様は咄嗟に腕を振り上げ、弾丸を避けながら。

「何者だ!」

 と、振り返る。

 アインスは叫んだ。

「家族だ!」

 と、パヨネットつまり銃剣のついたショットガンを二丁握ったままかすが店長に肉薄。そのうち一丁の剣先をかすが店長の喉下に突きつけようとした所、店長は年齢に見合わぬステップで後ろに跳ぶ。そこを、

「非殺処分」

 フィーアのドラゴンブレス弾が放たれ、店長の体を爆炎が包み込む。その間に私は状況が読めず硬直するシルフィにワイヤーを伸ばし、体に巻き付けて引き寄せ、先生にキャッチさせる。

「もう大丈夫よ、シルフィちゃん」

「せ、先生?」

 思考が硬直した様子のまま、つぶやくシルフィ。

「かァッ!」

 かすが店長は、なんとフィーアの爆炎を腕の一振りでかき消し、

「そこにいるのはレズの肌馬!? お前らハングドか?」

「だけじゃ無ぇええええええええええええッ!!」

 そこへシュウがフィール込みで高く跳躍、ライダーキックでかすが店長を見事蹴り飛ばす。

「ぐあっ」

 さすがに一度地に倒れる店長。

「シュウ! どうして?」

 と、問いかけるシルフィに先生は、

「聞いて、シルフィちゃん。あの人はフィール・ハンターズ。NLTの人じゃないのよ」

「え」

 驚愕するシルフィ。

「そんな、嘘」

「嘘じゃないのよ。信用できる情報よ」

 しかし、

「騙されるな! 真の絶対正義、シルフィよ!」

 かすが店長がアインスとシュウの頭を掴み、校舎の壁に投げつけていった。

「うわっ」「うわあっ」

 壁に叩きつけられ、ぐったりと倒れるふたり。まさか、アインスとシュウがこうも簡単に倒されるなんて。

 かすが店長は続けていった。

「信用できる情報とはいっても、所詮は出所はハングドなのだろう?」

「っ」

 ここで嘘をつけない先生。声に出ずとも顔が「うっ」と認めてしまっている。当然、シルフィの顔も不信へと変わっていき、

「一度裏切った奴を味方する人間の言葉か、正義の組織NLTの言葉、どちらのほうが信用に値するか分からないお前ではないだろう」

 さらにかすが店長が言葉で誘導すれば、ついにシルフィは先生にまで拒絶の視線を向け、

「離して」

 と、強引に先生の腕から抜け出す。

「いい子だ」

 にやりと笑うかすが店長。明らかに悪い笑みなのに、シルフィは不審に感じることなく歩み寄ろうとする。

(させない)

 とはいえ、まだシルフィの体は私のワイヤーに拘束されたまま。私は再びシルフィの体を引き寄せるも、シルフィは1枚のカードを取り出す。すると、カードから《馬頭鬼》が姿を現し、私のワイヤーはモンスターの持つ斧で両断された。

 あのカードは確か、ネオトヨタシティカップ(MISSION16)のときにフィーアが狙撃に召喚した悪魔族の射手を叩き切ったモンスター。あのとき、私を助けてくれたのはシルフィだったのだ。そして今度は、私を拒絶するために、そのカードが。

 しかも、私が妨害したせいで、シルフィは歩むなんて悠長なことせず駆け出してしまう。おかげで銃を構え店長を狙っていたフィーアがシルフィを巻き込んでしまう為に発砲できず、店長の傍に辿り着いてしまった。

「クックック、さて絶対正義シルフィ。今度こそ、君にはNLT特製、光のフィール・カードを授けよう」

「はい」

 私たちの妨害もむなしく、ついに店長より差し出されるカードをシルフィは受け取ってしまう。

「くっ」

 両断され使いものにならなくなったワイヤーを回収しながら、私は悔しさに顔を歪める。

「お願い! シルフィちゃん、信じてよおっ!」

 嘆く、先生。

「本当に、その人はNLTなんかじゃないの! シルフィちゃんが大嫌いな、悪い人なのよ!」

 しかし当のシルフィは最早先生を視界に映すことさえ嫌とばかりに無視を貫く。

 店長は、シルフィを抱き寄せ、自分の顔を視界に映させないようにしてから、Kasugaya店内では決してみせない、ドス黒い笑みをみせ、

「信じるわけがなかろう、お前がシルフィの嫌うハングドと一緒にいる限りな。そもそも、この私がNLTではないなどと証拠はどこにある」

 と、いった直後でした。

「証拠はあります。かすが様」

 奥から一台の車が中等部の敷地へと入っていき、中から一組の男女が出てきたのだ。

 そのうちの女性は、見間違えることなく木更ちゃん。男性のほうは、年齢にして30代くらいの柔和な顔をしたスーツ姿の男性。本物のNLTエージェント。それも幹部クラスの人間である霞谷さん。

 そう、冥弥ちゃんがかすが店長の相手に日々妄想している、あの霞谷さんだった。

「ゲッ、霞谷」

 仰け反るかすが店長。そこへ。

「かすが様、私もおります、かすが様~~~♪」

 木更ちゃんが、まるで目をハートマークに全速力で店長に駆け寄る。

「ひっ!? な、何故お前もいる!」

 何故か、もしくは当然か、NLT幹部よりずっと木更ちゃんに恐怖するかすが店長。

 咄嗟に店長はシルフィを横に突き飛ばし、

「きゃっ」

 と、倒れるシルフィをよそに、両手を突き立てフィールのバリアを壁のように創り出す。しかし、

「そんな! お仕事の途中なのに愛する木更が来てくれて嬉しいだなんて」

「言っとらん!」

「あら、その壁は危険だから来るなという優しさなのね。でも木更は大丈夫よ。このクリフォートの力で」

 木更ちゃんはバリアに《アポクリフォート・キラー》のカードを突き立てると、一瞬にしてフィールの壁を分解して。

「ほらこの通り、かすが様~♪」

 と、そのままダイビング。

 しかも、明らかに店長は腕で薙ぎ払おうとしたのに、木更ちゃんはフィールを使い真正面から受け止め、一度痛みに呻きそうになりながらもしがみついたのだ。

 このかすが店長、シュウとアインスを一瞬で戦闘不能にしたリアルファイトの実力者なのに。

「ええい! 放せ、暑苦しい!」

「放さないわ。この暑さは、私とかすが様を包む情熱の愛の証だもの」

「HA☆NA☆SE」

「はい、話します。むしろ語ります、かすが様への愛を! この胸から張り裂けそうな、ありったけの想いを言葉にして」

「その“はなす”じゃない!」

「あぁん、怒ったかすが様も素敵」

 ……とりあえず私は、突き飛ばされたシルフィの下に向かい、

「大丈夫?」

「……」

 シルフィは肩を打って痛そうにしながらも、やはり私とは視線をあわせようとはしない。返事なし。

「まあいいわ」

 とりあえず、私は彼女が“聞いては”いるものとして。

「よく聞いて。あそこにいる優しそうなおじさんの名前は霞谷。本当のNLTの幹部エージェントよ」

「え」

 その言葉に反応し、シルフィはゆっくり半身を起こす。その際、霞谷さんと目があったらしい。

 霞谷さんはにこりと優しく微笑み、シルフィの下へ。

「初めまして、“絶対正義”シルフィードさん。私は霞谷。NLTで幹部をしておりまして、同時に特捜課にも配属されてます」

 そういって霞谷さんは懐から警察手帳とNLT手帳の両方を出し、シルフィに見せる。

 シルフィは「え」となり、

「本物のNLT手帳。かすがさんと同じ」

「彼のは偽物ですよ。皆さんがいうように、NLTに彼は在籍してないのですから」

「そんなの、嘘……」

「残念ですが、これが真実です。どんな目的かは分かりませんが、彼はあなたを騙してーー」

 言いかけた所を、シルフィは霞谷さんを突き飛ばす。

「っ」

 フィール込みで、まるで殺すような一撃だったようで、不意を突かれた霞谷さんは一度低空を舞って地面に叩きつけられる。

 シルフィは立ち上がって、

「嘘をつかないで! 嘘つきの味方なんて、信じられない!」

 と、かすが店長の下へ向かおうとする。

「シルフィイイイイッ!!!」

 そこへ怒声が響き渡った。

 シュウの声だった。彼女はぼろぼろになりながら、膝をつくアインスの肩を借りて立ち上がり、

「さっさと目ぇ覚ましやがれ! テメェ、さっきそのかすがに突き飛ばされただろ。本物の正義の組織が、NLTの人間が、本当に女をあんな風に突き飛ばすかよ!」

「っ」

 シルフィの足が止まり、ゆっくりと顔がシュウに向く。どうやら、シュウの言葉だけはちょっとだけ彼女の心に届くらしい。

「お前を抱き寄せたときのかすがの顔、クッソ悪い顔してやがった。シルフィ、お前だけは、あんな顔するやつの傍にいて欲しく無ぇ! もう一度いうぞ! あいつが、本当にNLTかどうかはもう関係無ぇ! ただ、あんな顔をする奴の傍にいくな! シルフィ!」

「シュウ!」

 悲痛な顔で、シルフィはいい、そしてかすが店長とシュウを、交互に眺め、様子をうかがう。

「シルフィ。ずっと皆に傷つけられたお前なら分かるはずだ。アタシとアイツ、どっちがお前のことを想った顔をしてる?」

「それは……」

 下向き、震え、しかしシルフィの唇はたしかに、こう動いた。

 ――シュウ。

 って。

「頃合いだな」

 直後だった。かすが店長が呟いたのは。

 店長は、木更ちゃんにひっつかれたまま片腕を伸ばし、指をパチンと慣らす。

 するとシルフィの体、正確には彼が渡したカードから黒い瘴気が漏れ出し、彼女の体を包み込む。すると、シルフィは目を見開き、

「っ、きゃあああああああああああああああああ!」

 と、弓なりになって悲鳴をあげた。

「シルフィ!」「シルフィちゃん!」

 叫ぶシュウと先生。しかし、ふたりの言葉さえシルフィの悲鳴はかき消し、

「ぁ……ぁぁぁっ」

 声がかすれるまで叫ぶと、続いてシルフィは頭を抱え、蹲る。

「かすが店長、シルフィに何をしたの?」

 私が叫ぶと店長はニヤリと笑い、

「なに簡単なこと。彼女のフィールを闇のフィールで浸食しただけだ」

「闇のフィールで?」

 って、何?

「聞いた事はないか? 人間にデュエルで負けても空にならない、生れ持ったフィールがあることを」

 確かそれは、以前陽井氏が言って(MISSION5)たものと同じ内容。その正体は、命や気などの生命エネルギーで、人はこのフィールが全損したときに死亡するという学説だ。

 あのときは確か、美術館をフィールで包み込むことで、その生れ持ったフィールにダメージを受け病弱になった娘さんを治療する手段が取られて、結果的には濃厚なフィールの中では娘さんは比較的元気でいれるというのが分かった。

「先ほどシルフィに渡したカードは、普通のカードに闇のフィールを搭載し、闇のフィール・カードに調整したもの。そんなものからフィールを引き出せば、当然心は闇に呑みこまれる」

「なんてことを!」

 闇のフィールというのが何なのかは、まったく分からないけど。

 すると、店長はニヒルに笑っていった。

「喜べ。この闇のフィールのオリジナルはお前だ」

「え?」

「2年前だったか? お前は一度私に殺された後、地縛神の眷属に選ばれ、生ける死者となったな? その時のお前に攻撃された私の体から、抽出・解析したのがこの闇のフィールだ」

「な」

 驚く私。さらに、

「沙樹ちゃんが一度」

「テメェに殺されたぁ?」

 事情を知らない先生とシュウも、驚愕といった反応。

 私はとりあえず。

「情報としては確定してたけど。やっぱり、あの時のオールバックはあなただった話なわけね、店長」

「クククッ」

 と、店長は笑い頭に巻いたタオルを外す。すると、そこに立っていたのは私の記憶とも完全に合致するオールバックの男。

「久しぶりだなあの時の少女よ。最初に依頼を出したときは気付かなかったぞ、お前の目の色が表情があまりに違っていたものだからな」

「私だって気付いたのは最近って話。まさか自分自身の仇がこんな近くにいたなんてね」

 と、私はいった後。

「木更ちゃんのお姉さんも誘拐したそうね」

「知っていたか。その通りだ」

 肯定するかすが店長。

「さて、本来の予定とは外れるが、お前がこの場に来てくれたことは好都合。お前の持つ《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》をフィール・ハンターズの下へ返して貰おう」

「え?」

 クリアウィングがフィール・ハンターズのカード?

「何をとぼけている。元々あの日、お前からアンティデュエルで貰い受けたカードだろう」

 そういえば。

 私が死んだあの日を夢見るたび、私は当時持っていた自分のフィール・カードの情報を思い出せずにいた。その原因はいまでも分からないけど、あの時にフィール・ハンターズに奪われたカードが、このクリアウィングだっていうの?

「どうやら本当に覚えてないらしいな。地縛神の後遺症か」

「かもね」

 私はいいながら、

「けど、返して貰うってのは変な話じゃない? その話を聞くなら元々の持ち主こそ私なのだし」

「ぬかせ」

 店長は口元だけで嘲笑い、

「どちらにしても、クリアウィングはすでに私のものだ。なぜなら、私には人質がいるのだからな」

 なるほど、シルフィを交渉材料にしようって話か。彼女を闇のフィールから助けたければカードを渡せと。

「ところがそうはいきません、かすが様」

 が、そこへ木更ちゃんが(店長にしがみついたまま)いった。

「何? というか、そろそろ離れろ! 貴様ずっとしがみついてたのか」

 ということは店長、ずっとストーカーにしがみつかれてたのを忘れてたらしい。体が完全に適応しちゃってる。案外、近いうちにしばらく木更ちゃんにひっつかれない日が続くと調子崩す体になるんじゃ。もうなってるかも。

「勿論です、かすが様。木更はいつもあなたと一緒ですもの」

「誰が一緒と認めた! いいからさっさと離れろ」

「そんな、私と密着するのが、そんなに“いい”なんて」

「誰も言ってない!」

「もう、かすが様ったら。さすがの木更も少し恥ずかしいわ」

「話を聞けぇっ!」

「残念ですけど、シルフィさんの人質としての利用は食い止めさせて頂きます」

「だからって話を戻すな! いや、むしろ戻してくれ」

 ……かすが店長、苦労してるなあ。さっきまでの下種い悪役オーラが一瞬でどっか行っちゃったよ。

「霞谷さん、先ほどまでの会話はすべて録音されてますね?」

 木更ちゃんが訊ねると、霞谷さんは起き上がり、

「ええ、しっかりと」

「ありがとうございます。これで私たちの持つ情報の真偽やかすが様がNLTでない事など全て口質をとることができました」

「ま、まさか」

 店長は驚き、

「私が全て喋るのを、わざと待ってたというのか?」

「はい」

 木更ちゃんはにっこり微笑む。そして、私はいまになってやっと気付いた。

 かすが店長に背後に、小さな黒い点が開いていたのを。

「では、続きは署でうかがうそうですよ。かすが様」

 木更ちゃんはいうと、黒い点は大きく広がり、事前に発動していたらしい《ワーム・ホール》が姿を現す。そして、木更ちゃんは店長から離れると、トンと店長の体を後ろへ突き飛ばした。

「それでは要望通り離れますねかすが様♪ あとであなたの木更は面会にうかがいます」

「や、やめろ木更! わ、私はこんな所で、こんな所で捕まるわけにはいか――」

 叫びながら、かすが店長は《ワーム・ホール》の先へと消えていくのだった。

「ご協力ありがとうございました、霞谷さん」

 かすが店長の気配が完全に消えると、木更ちゃんは霞谷さんに一回ぺこりと頭を下げる。

「いえ、こちらこそ。まさか藤稔さんが彼の逮捕に協力してくれるとは思わなかったので、助かりましたよ」

 霞谷さんも頭を下げて、

「さて」

 と、続ける。

「皆さん。まだ事態は終わっておりません。彼女を闇のフィールから解放しなければ」

 霞谷さんの言葉に、私たちは一斉にシルフィを見た。

 シルフィは、黒い瘴気を纏わせながら、はぁはぁと息を切らせ、膝をつき、次第に私たちの視線に気づき顔をあげる。

 その瞳は、怒りと憎悪そして失望に満ちた、明らかに正気とは思えないものだった。

「シルフィ……」

 シュウがそっと近づく。するとシルフィは、その場から微動にしないまま、「睨む」という動作にフィールを乗せ、威圧だけでシュウを突き飛ばす。

「がっ」

 地面に倒れるシュウ。シルフィはいった。

「もう、何も信じない」

 シルフィは、もう一度シュウを睨みつけ、フィール付きの威圧で倒れたシュウを更に弾き飛ばし、

「だってそうだよ。やっと私を理解してくれる味方ができたと思ったら、フィール・ハンターズで、私を利用してただけなんて。シュウも、先生も、みんなそうなんでしょ? 本当は私のこと、大嫌いなんでしょ? 心の中で嘲笑ってたり、馬鹿にしてたり、うざがってたり、死んでほしいとか、迷惑だとか、色々……色々、思ってるんでしょ?」

「そんな……わけっ」

 シュウが何とか立ち上がろうとするも、

「ある!」

 三度目の威圧。

「シュウ!」

 そこへフィーアが間に入り、代わりに弾き飛ばされるも、まだダメージの少ない彼女は一度低空を舞いながらも倒れず着地し、再びシュウの前に立つ。

「いまのうちに立ちあがってください。姉の攻撃は全て私が受けます」

 と、必死にシュウを護るフィーアに、シルフィは、

「邪魔!」

 と、再び威圧。しかし素でフィールの保有量が馬鹿げてるフィーアは、同じように睨み、フィールの威圧で相殺する。

「この技は一度受けて覚えました。もう私にそれは通用しません」

 いや待って、一度受けただけで技を会得するってどれだけ戦闘センスがあるの、この子。

「なら」

 シルフィは拳にフィールを乗せて殴りかかるも、フィーアが足をひっかけると簡単に転んでしまう。

「皆さん。いまのうちに姉の救い方を探してください」

 フィーアがいう中、シルフィは起き上がり、フィールを込めた拳圧を飛ばすもフィーアは軽く弾く。ならばとシルフィは肉薄し両手で何度も何度も殴りかかるも、その全てをフィーアは避け、時にカウンターの足ばらいで転がし、その繰り返し。

 驚くことに、フィーアは一度もシルフィを攻撃し傷つけることはなかった。

 見る限り、シルフィはリアルファイトに慣れてない模様で、有り余る闇のフィールに物言わせて攻撃に出てる模様。しかし、そのフィール量でさえフィーアのそれには敵わず、リアルファイトの技術に至っては言うまでもない。

 シルフィが勝ってるのは体格差くらいで、その気になればフィーアは一瞬でシルフィを気絶させることができそうなのに。本当に、フィーアは加減というものに慣れてないのだろう。

「沙樹ちゃん。アインスちゃんの下に行こう?」

 先生がシュウを肩で担ぎながらいった。みると、アインスは意識は十分あるようだけど、壁に叩きつけられた際シュウを庇ったのだろう、腰をやられたようで、膝をつくのが精一杯。立ち上がることができないようだった。

「分かった」

 私はうなずく。こうして私たちは、木更ちゃん、霞谷さんと合流しながらアインスの下へ。

「かすがさんは、彼女のフィールを鳥乃さんのフィールを元に作ったと言ってました」

 合流するとまず、霞谷さんが私を見て、

「鳥乃さん。あのフィールの特徴を教えて頂けますか?」

「分かったわ、とはいっても、全部そのままとは限らないけど」

 私はうなずき、デッキから《地縛神 Chacu Challhua》のカードを見せる。

 霞谷さんは驚きながら、

「これが、噂に聞く地縛神のカード!?」

「もしかして、これが」

 訊ねるアインスに私はうなずき、

「そ。恐らくこれが、かすが店長のいう闇のフィールのオリジナルだと思うわ。本来、批判の強い言い方するとカードは道具で私たちが所有者って関係だと思うけど。このカードは扱いが逆で、私がこのカードを手に入れた時点で、この地縛神が私の所有者って関係になっちゃってるのよ」

「は? ちょっと待てよ、カードが鳥乃を所有しているって、どういうことだよ」

 シュウが「何いってるんだ」って様子で訊ねるので、私は内蔵している武装の一部をみせる。

 片腕から両断されたワイヤーと手首にナイフ。もう片方の腕から銃が一丁、膝からはミサイルが顔を出し、片耳からはプラグとコードが飛び出る。正直、我ながらグロテスクな光景だと思いながら、

「この通り、私は噂で聞いたこともある半機人って呼ばれる存在よ。かすが店長が言ったように、私は一度死んでから地縛神の眷属として蘇った。本来、この時点で私の自我って曖昧になってるのよ。地縛神に精神操作されてるみたいな感じでね。そんな私をハングドは回収して、機械技術で私は人間として蘇生され直されたって話。だから、私の頭はあるコンピュータと繋がってるし、副頭脳のAIプログラムや、地縛神の支配を抑える制御プログラムも搭載されてる」

「沙樹ちゃん……」

 ここで、誰よりショックを受けたのは先生。彼女は私が半機人になったことは知ってるものの、一度死亡して、地縛神の眷属になって、こんな形で生きてることは知らなかったのだ。――というより私も先生が知らなかったことを知らなかった。

 でも今は、そんな事はどうでもいいのよ。重要なことじゃない。

「話を戻すわ」

 私はいった。

「つまり、いまシルフィは闇のフィール・カードに所有されてるとみて間違いないわ。そして、私たちがフィール・カードをフィールで操作するように、いまシルフィはカードにフィールで操作されてる」

 すると木更ちゃんが、

「加えて、こちらのクリフォートで分析した所、その闇のフィール自体もかすが様の言いなりになるよう調整されてました。恐らく、カード越しに彼女を操る想定だったのでしょう」

「だから奴の指示で闇のフィールが動きだしたわけか、クソッ」

 シュウが言葉を吐き捨てる。しかし、いまはそのかすが店長がいないから、シルフィが店長の言いなりになることはない。

「鳥乃、その闇のフィール・カード。対抗策はないのかい?」

 訊ねるアインス。私は、

「あるにはあるのだけど。ぶっちゃけデュエルの中で闇のフィール・カードを倒しちゃえばいい。だけど、知っての通りシルフィは大量の闇のフィール・カードによって操られてる。それらを全部デュエルで倒すのは不可能に近いって話だから、現実的ではないのよね」

 と、いった所。

『イヤ、カノウダ』

 声が聞こえた。

 それも、普段は私の奥底から聞こえるそれが、地縛神のカードから発せられたのだ。

「この声は」

 霞谷さんが反応する。どうやら他の人も聞こえてるらしい。

「Chacu Challhua、あなたなの?」

 私が訊ねると、

『ソウダ』

 と、カードは応える。

 するとアインスはすぐ、カードに向かって膝をつき敬意をもった姿勢で、

「初にお目にかかります。私はアインス・ハイ。鳥乃の友人でございます。それで、先ほど申された可能というのは?」

『簡単ダ。彼女のノ所有スルかーどノ拘束力ハ弱イ。全部倒サナクテモ、キッカケサエアレバ、少女ヲ救イ出スコトガデキル。数倒セバイイノニ間違イハ無イガ』

 まさか、地縛神がアインスと……私以外と会話する姿をみるなんて。

「きっかけとは?」

 と、アインスが聞く所、

「そんなの、決まってんだろ」

 シュウが言った。

「声を届かせるんだよシルフィによ。アタシたちの想いをフィールに乗せて。そうなんだろ?」

『ソウダ』

 地縛神が肯定する。

『ソシテ、ソレガ出来ルノハ、コノ中デハ貴様ダケダ。剣闘獣使イヨ』

 つまりシュウだけ。

「望む所だ」

 自分の拳と拳をガツンし、シュウはいった。

「それでシルフィを助けられるってんなら、頼まれなくてもやってやる!」

 すると、アインスは自分のカードを何枚かシュウに託し、

「頼みます、シュウ」

 って。

 それはフィール・カードだった。なるほど、これならシュウのフィールを補強できる。

「分かった」

 シュウはアインスからカードを受け取る。しかしデッキに投入した様子は見られない。フィールを得るだけならデッキに入れず所持するだけで効果はあるし、下手にテーマ外のカードを入れても弱くなるだけなのだから当然なのだけど。

「鳥乃と先生はフィール・カードを残しておいてください。デュエル中に襲撃がくるとも限りませんから」

「了解」

 私はうなずく。アインスはすでに動けないからカードを託した点もあるのだろうし。なら、その分私は先生とアインス両方を護衛しなくてはならない。

 けど、先生は違った。

「じゃあ、行ってくるぜ」

 と、シュウが私たちに背を向けた所を、

「待って」

 先生は呼び止める。

「シュウちゃん、せめてこのカードを私の代わりに連れて行ってあげて」

 差し出す先生に、シュウは首を振って、

「悪いが、フィール・カードは受け取れ無ぇ、アインスが言っただろ」

「大丈夫。天然物じゃないから」

 ということは、後からフィール・カード化した類のものだろうか。しかも、横から確認するとモンスターでさえなく《コンタクト・オブ・ファイア》という罠カードだった。

「分かった」

 シュウはカードを受け取り、

「そういう事なら、先生の想い絶対に届かせてやる」

 と、シルフィの下へ向かった。先生からのカードは、デッキのカード1枚と入れ替えて投入しているのが見えた。

 私は、そんな彼女の後ろ姿を見ながら。

(ところで、Chacu Challhua)

 私は、自分の地縛神に話しかける。

『どうした?』

 今度は、私の脳裏にだけ、地縛神の声が響き渡る。しかも、普段より流暢な発音で。

(初めてじゃない? 誰かとロクに口を交わすのも、誰かに手を差し伸べるのも。どうしたって話)

 実際。こうやって私と地縛神でまともに会話をするのも初めてだったりするのだ。むしろ、こうやって会話できる存在だとすら、今日いまこの瞬間まで思ってなかった。

『簡単なことだ』

 地縛神はいった。

『我が力を勝手ニ使われた。それが気に障っただけのこと』

(なるほどね)

 私は納得した。

 一方、シュウは未だリアルファイトを行ってるシルフィとフィーアの傍に立つと、

「フィーア、待たせたな」

「シュウ」

 フィーアはシルフィの拳を受け止めながら、

「助け方は分かったのですか?」

「おう、任せとけ」

「了解しました」

 と、シュウの言葉を聞くと、フィーアはシルフィを払いのけ距離を取り、入れ替わりにシュウが前に立つと、強制デュエルの赤外線を飛ばす。

「シルフィ、デュエルだ!」

「シュウ?」

「アタシがデュエルで、テメェの闇を払い除けてやる!」

 お互いのデュエルディスクが、デュエルモードに移行する中、

「立たないで……」

 シルフィは呟く。

「シルフィ?」

 囁き、訊ねるシュウに、シルフィは叫んだ。

「私の前に立たないでって言ったの! 見なくない! あなたの顔なんて、シュウの顔なんて! 消えて! ここから消えて! 死んで消えて! 存在から消えて! 私の記憶からいなくなって!」

 存在そのものへの拒絶。同時に、闇のフィールが更に濃度を上げてシルフィの体を包み込んだと思うと、シルフィは死者のように青白い肌へと姿を変える。

「な、何だこれ……シルフィ、なのか?」

 驚愕のあまり、シュウが軽い錯乱を起こす。

『闇ノ眷属。生ケル死者ノ姿ダ』

 そこへ返事したのは、再び私の地縛神。しかも続けて地縛神は私の口を借りて、

『我が闇のフィールは冥界のフィール。鳥乃とて我が身を使う際は生ける死者となりて白い肌と死者の瞳の我が眷属へと姿を変える』

「鳥乃? いや、地縛神か。それって大丈夫なのかよ、シルフィは無事なんだろうな」

 訊ねるシュウに、私……の体を借りて地縛神はフッと笑い、

『案ずるな。でなければ鳥乃も今ごろずっと眷属の姿のままだ』

 確かに。

『お前が成すことは変わらない。このデュエルで少女の心を解放しなければ、どちらにしても少女はお前の下には戻らないのだからな』

「そうかよ! なら、問題ないな!」

 再び、シュウはシルフィに向きあい、叫ぶ。

「消せるなら消してみろ! だがな、アタシは絶対正義シュトゥルムだ! 簡単に、お前を助けるっていう正義の炎は消えやしねえ!」

 そして、ふたりは同時に叫んだ。

 

『デュエル!』

 

シュウ

LP4000

手札4

[][][]

[][][]

[]-[]

[][][]

[][][]

シルフィ

LP4000

手札4

 

 先攻はシュウに決まったらしい。

「アタシのターンだ!」

 シュウが勢いよく宣言するも、

「その前に」

 シルフィはいった。

「デュエル開始時に、スキル《百鬼夜行》を発動」

「《百鬼夜行》?」

 シュウも驚く所から、普段シルフィの使わないスキルらしい。

「《百鬼夜行》の効果で私はゲームから所有している魔妖(まやかし)カードを1種類ごとに1枚までデッキ・EXデッキに加える。ただし、すでにデッキ・EXデッキに投入されているカードはデッキに加えることができない」

 効果を宣言すると同時に、シルフィの周りに浮かび上がるのは、16枚の闇のフィール・カード。そういえばシルフィは闇のフィール・カードを入手はしても、デッキに投入している様子は見られなかった。それをこんな形で、デッキ枚数を増やしてまで投入するなんて。

「私は、メインデッキに10枚、EXデッキに6枚、それぞれ魔妖カードを加えてデュエルを開始」

 カードは禍々しく輝きながら、カードはデュエルディスクの中へと入っていく。

「なら、改めていくぜシルフィ!」

 シュウは、再び勢い込めていうと、

「モンスターをセット、カードも2枚セットしてターンエンドだ!」

 と、4枚の手札のうち3枚を場に伏せ、ターンプレイヤーが切り替わる。

「私のターン、ドロー」

 カードを引くシルフィ。

「魔法カード発動、《隣の芝刈り》」

「げっ」

 露骨に嫌そうな顔をするシュウ。まるで、梓が《アテナ》で回し始めたときの私みたいに。恐らく、互いに手の内を知ってるからこそ嫌な確信を覚えるのだろう。

「このカードは、私のデッキ枚数が相手のデッキ枚数より多い場合、同じ枚数になるようにデッキの上を削る効果」

 シルフィがいうと同時に、ソリッドビジョンに互いのデッキ枚数が表示され、シルフィのデッキ枚数の数値が勢いよく下降する。

 

シュウ デッキ枚数16枚

シルフィ デッキ枚数35枚→16枚

 

「40枚デッキ!?」

 驚く私にシュウは、

「元々シルフィはデッキ枚数上限の30枚デッキなんだ。それが、さっきの《百鬼夜行》で40枚になりやがった」

 40枚といえばマスターデュエルのデッキ枚数。まさかスピードデュエルで目にするなんて。

「続けて私は《翼の魔妖-波旬》を通常召喚」

 フィールドに現れたのは、渋い風貌のおじさんの姿。それが、禍々しいフィールを纏って現れる。

「《翼の魔妖-波旬》の効果、このカードの召喚に成功したことで、デッキからチューナーモンスター《麗の魔妖-妲姫》を特殊召喚」

 続けて現れたのは女性の魔妖モンスター。

「何、チューナーだとっ!?」

 驚くシュウ。つまり、普段のシルフィはシンクロを使わないということらしい。

「私はレベル1《翼の魔妖-波旬》にレベル2《麗の魔妖-妲姫》をチューニング」

 《麗の魔妖-妲姫》がふたつの輪に変わると、《翼の魔妖-波旬》がその中を潜り、混ざり合う。

「シンクロ召喚。出てきて、レベル3《轍の魔妖-朧車》」

 出てきたのは1体の人力車の妖怪。しかし直後、先ほど素材となって墓地に贈られた《麗の魔妖-妲姫》がフィールドに舞い戻る。

「《麗の魔妖-妲姫》の効果。このカードが墓地に存在し、魔妖モンスターがEXデッキから特殊召喚された時に発動。このカードを場に戻す」

 なるほど。私は一回、普通に納得しかけ。

「って、ちょっと待って」「おい、それって」

 私、そしてシュウが同時に反応する。そんな私たちの嫌な予感は当たって、

「続けてレベル3《轍の魔妖-朧車》にレベル2《麗の魔妖-妲姫》をチューニング」

 再び妲姫はふたつの輪にかわり、内側を朧車が潜ると、

「シンクロ召喚。出てきて、レベル5《毒の魔妖-土蜘蛛》」

 手札消費1枚から2度目のシンクロ召喚。

「そして《麗の魔妖-妲姫》を自己蘇生」

 ――だけでは終わらない。

「レベル5《毒の魔妖-土蜘蛛》にレベル2《麗の魔妖-妲姫》をチューニング。シンクロ召喚! 出てきて、レベル7《翼の魔妖-天狗》! レベル7《翼の魔妖-天狗》にレベル2《麗の魔妖-妲姫》をチューニング。シンクロ召喚! 出てきて、レベル9《麗の魔妖-妖狐》! レベル9《麗の魔妖-妖狐》にレベル2《麗の魔妖-妲姫》をチューニング。シンクロ召喚! 出てきて、レベル11《骸の魔妖-餓者髑髏》!」

 なんと、妲姫の効果を使いまわし、手札1枚から5回もの連続シンクロ。一気にレベル11、攻撃力3300の《骸の魔妖-餓者髑髏》を出してきたのだ。

「な、なんだよそれ」

 さすがに驚愕通り越して思考停止に近い様子をみせるシュウ。店長め、とんでもないカードをシルフィに渡してきたわ。

「カードをセットし、バトル。餓者髑髏でセットモンスターに攻撃」

 後攻1ターン目にして超大型による攻撃。直後、シュウは伏せカードの1枚を表向きにして、

「罠カード《和睦の使者》! このターン、アタシのモンスターは戦闘破壊を受けず、アタシが受けるダメージも0になる!」

 戦闘破壊されないことが確定した所で、シュウのモンスターが表向きになる。こうして姿をみせたのは《剣闘獣ムルミロ》。レベル3、攻撃力800守備力400、餓者髑髏との差がとにかく激しい。

 しかし、結果的には無傷、ムルミロも生存、そして何より剣闘獣が戦闘を行った。これでシュウのデッキは起動する。

「いくぜシルフィ! バトルフェイズ終了時、アタシは《剣闘獣ムルミロ》をデッキに戻し《剣闘獣ベストロウリィ》を特殊召喚。こいつの効果で、さっき伏せたシルフィのカードを破壊だ」

 ムルミロと入れ替わりで鳥獣族の剣闘獣が現れると、その翼の羽ばたきでトルネードを作り、シルフィの伏せカードを破壊する。

 破壊されたカードは《リビングデッドの呼び声》だった。

「らしく無いなシルフィ! お前なら、いま1枚だけ伏せた所ですぐベストロウリィが破壊する位分かってただろ?」

「……」

 シュウの問いかけ、しかしシルフィはまともな会話を拒絶したいのか、反応はなし。

「ターン、終了」

 で、返事の代わりにシルフィはいった。

 

シュウ

LP4000

手札1

[《セットカード》][][]

[][《剣闘獣ベストロウリィ》][]

[《骸の魔妖-餓者髑髏》]-[]

[][][]

[][][]

シルフィ

LP4000

手札2

 

「そして、アタシのターン、ドロー」

 シュウはカードを1枚引くと、そのカードをすぐ場に出し、

「手札から《剣闘獣ラクエル》召喚! そしてアタシはベストロウリィとラクエルをデッキに戻す。いにしえに生きる猛禽の闘士よ! 戦友(とも)との絆ここに束ね、いまこそ歴戦の勇者となれ! コンタクト融合! いくぜレベル6、《剣闘獣ガイザレス》!」

 2体の剣闘獣がビジョンごとシュウのデッキに戻ると、新たなバードマン型の剣闘獣が姿を現した。その攻撃力は2400。

「ガイザレスのモンスター効果! こいつの特殊召喚成功時、フィールド上のカードを2枚まで破壊する。アタシが破壊するのは当然、《骸の魔妖-餓者髑髏》テメェだァッ!!」

 どうやら餓者髑髏に耐性はなかったらしい。ガイザレスが放った双つのトルネードをまともに受けると、特に何かすることなく簡単に破壊されてしまう。

「よっしゃ! 餓者髑髏攻略!」

 シュウはガッツポーズを見せ、そのまま腕をシルフィに突きだす。

「分かったかシルフィ。お前が貰った闇のフィール・カードなんてその程度だ。こんなのお前の本来のデュエルじゃない。目を覚ませシルフィ!」

 しかし、

「《麗の魔妖-妖狐》の効果を発動」

 シルフィはいった。シュウの暑い言葉なんて完全に無視して、

「《麗の魔妖-妖狐》は、元々のレベルが11の私のシンクロモンスターが相手によって破壊された場合、墓地から他のアンデットを除外して特殊召喚する。私は墓地の《赤鬼》を除外して蘇生」

 一旦、場に妲姫らしき幻影が現れると、《赤鬼》の骸を取り込み背に9つの尾を生やす。そして、眼光だけを残したシルエットに切り替わると、それは《麗の魔妖-妖狐》へと姿を変えた。

「なっ」

 せっかく餓者髑髏を攻略したのに。とでも言いたげなシュウの顔。しかも、妖狐の効果は終わらない。

「続けて、《麗の魔妖-妖狐》は墓地から特殊召喚された場合、相手フィールドのモンスター1体を破壊する。私はガイザレスを破壊」

「ガイザレスを破壊。……まさか!?」

 シュウが何かを察し、叫ぶ。

「シルフィ、まさかわざと出させたのか? 自分の伏せカードを囮にベストロウリィを、そしてガイザレスを」

 そういえば、ベストロウリィの効果は強制。前のターンの状況だと、シルフィがカードを伏せてなかったらシュウは自分のもう1枚のセットカードを破壊しなければいけない状況にあった。そしてガイザレスを召喚するためにはベストロウリィが絶対必要。シュウが手札に握ってるとは限らない以上デッキから引っ張らせるのが一番効率がいい。

 でもって、餓者髑髏をわざと破壊させて蘇生した妖狐でガイザレスを破壊してしまえば、シュウの召喚権を使わせた上、モンスターゾーンをがら空きできる。

「……」

 相変わらず、シルフィは返事しない。けど、恐らくシュウの推測は確定だろう。

「だがな」

 が、ここでシュウはもう1枚のセットカードを表向きにし、

「この程度なら対策は間に合ってる。カウンター罠発動、《剣闘獣の戦車》! その妖狐の効果を無効にして破壊だ!」

 妖狐が掌からエネルギーボールを生み出し、ガイザレスに向けて投げつけようとする。が、そんな妖狐の横を突如現れた《剣闘獣の戦車》が体当たり。妖狐は引き倒されて潰れた。

「これで餓者髑髏に加え妖狐も倒した。戻ってこい、シルフィ!」

 確かに、私や地縛神の推測通りなら、闇のフィール・カードを倒せば倒すほど、シルフィを包む闇のフィールは弱まるはず。

「ミスプレイされても、説得力なんてない」

 シルフィは、ここでやっと口を交わした。闇のフィール・カードを破壊した影響だろうか?

「《剣闘獣の戦車》を使うなら、妖狐の蘇生時に使わないといけないのに。レベル9シンクロモンスターが相手によって破壊されたことで、墓地の《翼の魔妖-天狗》の効果を発動。墓地から《酒呑童子》を除外して自身を特殊召喚する」

 今度は波旬と思われる幻影が現れると、《酒呑童子》を取り込んで翼を生やし、一度シルエットを介して天狗へと姿を変える。

 その攻撃力は2600とレベル7としては高く、攻撃力2400のガイザレスでは敵わない。

「こいつも、妖狐みたいな効果を持ってるのかよ」

 と、反応するシュウに、

「接待のつもり? それとも侮ってるの?」

 シルフィは続けていった。

「どうせ、私が幾ら闇のフィールを持っても楽に勝てると思ってるんでしょ? 私が弱いからって、いつもシュウに負けてるからって、一回花を持たせても楽勝だって思ってるんじゃないの? ううん、きっとそう! シュウは、やっぱり私を見てなんかいない、虐められて、馬鹿にされて、無視されて、そんな私の支えになって優越感に浸ってるだけ。本当はシュウだって私のこと嫌いなのよ!」

 いや、嘆いた。

「シルフィ……違う!」

 シュウは叫ぶも、

「違わない! だから私は、もうシュウを見ない! 耳も貸さない!」

 と、シルフィの返事。

 恐らくは、闇のフィールのせいで、普段以上に心がネガティブになって言わされてるのだろう。だけど、それでもここで口に出すってことは、間違いなく「心のどこかで本気で疑ってた」感情なのだ。

「それでも、私の前に立つなら。――私のカードの贄になって?」

「まさか!」

 その言葉に私は反応する。

「シルフィ、あなたもしかしてアレができるの? 他人を光の粒子に変えてフィール・カードごと取り込む能力を」

 それは、私が持ってる地縛神の眷属としての能力。増田や牡蠣根に使ったあの力。

「……」

 シルフィからの返事はない。けど、もし「できる」としたら、これはやばい。

「シュウ! やばいことになったわ」

 私はシュウに呼びかける。

「もし、このデュエルでシュウが負けたら、その先は死じゃないわ。あなたの体も、魂も、カードも全て、彼女の闇のフィール・カードの一部になるのよ」

「何!? 嘘だろっ」

 驚くシュウに、

「本当だ」

 アインスはいった。

「私は、鳥乃がその力でターゲットを取り込むのを見たことがある」

 さらにフィーアも、

「私も噂では聞いたことがあります。ハングドという組織には、殺処分した相手を取り込んで証拠隠滅してしまう人がいると」

「う……ぁ……」

 さすがに恐怖を覚えたのだろう。シュウが顔面蒼白、全身を震え上がらせる。

 しかし、荒くなった息を整えると、シュウはニッと笑う。

「い、いいぜ。……望む所だ」

 そして、シルフィに向かっていった。

「このデュエルでシルフィを救えないんじゃ、死んだほうがマシって奴だよな。なら死より絶望与えられるのは当然だ。それに、どうせ全てを賭けたデュエルなのに変わりは無ぇッ!」

 シュウは強がりながら、最後の手札をディスクに読み込ませ、

「カードをセット。ターン終了だ! 来い、シルフィ! お前のターンだ!」

 と、熱い言葉でいった。

 

シュウ

LP4000

手札0

[][《セットカード》][]

[][][]

[]-[《剣闘獣ガイザレス》]

[《翼の魔妖-天狗》][][]

[][][]

シルフィ

LP4000

手札2

 

「私のターン、ドロー」

 対し、シルフィは淡々とカードを引いて、

「もうシュウなんて見たくない、だからここで終わらせる」

 と、墓地からカードを1枚抜き取り、除外ゾーンへ送る。

「墓地の《馬頭鬼》の効果を発動。このカードをゲームから除外して、墓地のアンデット族モンスターを蘇生する。私が呼び出すのは《麗の魔妖-妖狐》」

「また妖狐か!?」

 今度は妲姫が変身するエフェクトもなく、普通に特殊召喚される妲姫。そして、再び掌からエネルギーボールを生み出し、

「妖狐の効果。このカードの特殊召喚に成功した場合、相手モンスター1体を破壊する。この効果で、私はもう一度ガイザレスを選択」

 今度こそ投げつけられるエネルギーボール。しかし、シュウは今回もセットカードをオープンし、

「罠カード発動! 《剣闘乱入(グラディアル・イントリューダー)》! このカードはアタシの剣闘獣をデッキに戻し、『自身が戦闘を行ったバトルフェイズ終了時にデッキに戻して発動する』効果を発動させる!」

 妖狐のエネルギーボールが直撃する瞬間、ガイザレスはソリッドビジョンごとシュウのデッキへと戻され、

「ガイザレスの効果で、アタシはデッキから剣闘獣を2体特殊召喚する。来い! 《剣闘獣ムルミロ》! 《剣闘獣ベストロウリィ》! どちらも守備表示だ」

 代わりにフィールドに現れたのは、このデュエル中すでに一度顔を出してるムルミロとベストロウリィ。

「《剣闘獣ムルミロ》のモンスター効果! こいつが剣闘獣の効果で場に出てきたとき、フィールドの表側表示モンスター1体を破壊する。消えてもらうぜ、《麗の魔妖-妖狐》!」

 直後、ムルミロは大きく口を開けると、なんと妖狐の体を丸飲みにして破壊する。

「この時、本来ならこの破壊をトリガーに天狗が特殊召喚される。が、天狗はすでにフィールド上だから発動しようも無ぇ!」

 確かに。魔妖の効果を見る限り、倒しても倒しても2レベルずつ下の魔妖が新たに舞い戻ってくるのがこのテーマの特徴の様子。しかし、すでにその蘇生される魔妖がフィールド上にいるなら、蘇生効果は当然使えなく場のモンスターをちゃんと1体減らすことができる。

「……フィールドにいるなら、同じこと」

 シルフィはいい、

「バトル。《翼の魔妖-天狗》で《剣闘獣ベストロウリィ》を戦闘破壊」

 今度はガイザレスを出させようとはせず、天狗の一撃でベストロウリィは破壊される。

「が、守備表示につきダメージはない」

「ターン終了」

 シルフィがいった所を、

「おう、シルフィ? このターンで決めるんじゃなかったのか?」

 と、シュウは煽る。

 シルフィはキッと睨みつけ、

「ターン終了!」

 と、ヒステリっぽくいった。

 

シュウ

LP4000

手札0

[][][]

[《剣闘獣ムルミロ(守備)》][][]

[]-[]

[《翼の魔妖-天狗》][][]

[][][]

シルフィ

LP4000

手札3

 

「ナメんじゃ無ぇぞ、シルフィ!」

 しかし、シュウはさらに食い掛る。むしろ、怒りを露にする。

「そんな簡単に()を沈められると思ったのかよ、おい!」

 さらに一人称がアタシから俺に変った。

「っ」

 直後、シルフィの体が怯えるようにビクッとなる。が、シュウは続けて、

「テメェ、俺のことを勝手に侮ってるとか、本人は何だとか、色々決めつけてくれやがって。――そのくせテメエは俺を侮りやがるのかよ! 俺のターン、ドローだオラァ!」

 怒声と共に、シュウはカードを1枚引く。

「来たぜ。俺は手札から《スレイブタイガー》を特殊召喚! こいつは場に剣闘獣がいる場合に手札から特殊召喚が可能だ」

 シュウは場に一匹の虎を場に出すと、

「《スレイブタイガー》の効果! こいつをリリースすることで、場のムルミロをデッキに戻して別の剣闘獣を特殊召喚する! しかも剣闘獣の効果扱いだ。来い、《剣闘獣ダリウス》!」

 ムルミロがビジョンごとデッキに戻り、新たに出現したのは馬型の剣闘獣。

「ダリウスの効果発動! こいつは剣闘獣の効果で特殊召喚した場合、墓地の剣闘獣1体を効果を無効化して蘇生する。来い、《剣闘獣ベストロウリィ》!」

 再び場に現れるベストロウリィ。そしてこのモンスターともう1体の剣闘獣が場に揃ってるということは。

「当然、俺はベストロウリィとダリウスをデッキに戻す。いにしえに生きる猛禽の闘士よ! 戦友(とも)との絆ここに束ね、いまこそ歴戦の勇者となれ! コンタクト融合! いくぜレベル6、《剣闘獣ガイザレス》!」

 再びフィールドに舞い戻る《剣闘獣ガイザレス》。

「ガイザレスのモンスター効果、フィールドのカードを2枚まで破壊する。《翼の魔妖-天狗》を破壊!」

 再び、ガイザレスから双つのトルネードが放たれ、天狗を飲み込んで破壊する。

「っ」

 さらに、この一撃にはフィールを込めていたようで、シルフィはトルネードの余波に耐えきれず、一度よろめいて倒れる。

 しかし、天狗を破壊したということは恐らく。

「《毒の魔妖-土蜘蛛》の効果を発動! 《翼の魔妖-波旬》を除外し土蜘蛛を特殊召喚」

 シルフィは、まるで「来ないで」とでも言うように体を震わせながら効果を宣言。

「土蜘蛛の効果、お互いにデッキの上からカードを3枚墓地に送る」

 互いのデュエルディスクは効果を受理し、デッキの上を自動的に3枚墓地ゾーンへと移し、内容をビジョンで公開。

 

シュウ 《コンタクト・オブ・ファイア》《剣闘獣アウグストル》《剣闘獣ラクエル》

シルフィ 《おろかな埋葬》《九尾の狐》《灰流うらら》

 

「あっ」

 私は公開された結果をみて、つい声を出してしまう。

 先生が託したカードが、哀れにも墓地に行ってしまったのだ。

 しかし、シュウの勢いは止まらない。

「バトルだ。《剣闘獣ガイザレス》で《毒の魔妖-土蜘蛛》を攻撃!」

 再びガイザレスからトルネードが放たれ、土蜘蛛を破壊しつつ余波でシルフィの体が転がる。

「《一反木綿》を除外し墓地《轍の魔妖-朧車》を特殊召喚! このカードは、墓地からの特殊召喚時に戦闘では破壊されない!」

 ついにシルフィは露骨に悲鳴をあげるも、

「戦闘を行った《剣闘獣ガイザレス》をデッキに戻し効果を発動。来い! 《剣闘獣ムルミロ》! 《剣闘獣ダリウス》!」

 デッキから2体のモンスターを展開し、

「そして、《剣闘獣ムルミロ》の効果で朧車を破壊だ!」

 ムルミロが大口を開けて、自身より大きな体躯の朧車を丸飲み、破壊する。

 直後、

「ぁ……」

 と、シルフィは呟き、目を見開く様子がみえた。

「さあ、これでシンクロモンスターは全員ぶっ倒したわけだ。まだやる気か、闇のフィールさんよ?」

 《轍の魔妖-朧車》のレベルは3、つまり最初にシルフィがシンクロ召喚した闇のフィール・カードだった。これよりレベルの低い闇のフィール・カードは存在しない以上、まさに百鬼夜行の如く続いた魔妖の連続蘇生はここで打ち止めになる。

 それを確信したシュウはフッと笑い、直後。

「分かったら、これ以上シルフィの心を傷つけんな! さっさとシルフィを元の姿に戻しやがれ!」

 怒声を浴びせる。

 先生が、私の横についていった。

「シルフィちゃんはね、確かにすぐ自分を護って、他人を否定しちゃう子よ。だけど、後になって自分が言ったこと、やったことに自分が一番傷ついちゃう子なのよ」

「先生……」

「許せなかったのね、シュウちゃん。シルフィちゃんに、あれだけ人を決めつけて、攻撃し、拒絶する言葉を言わせた闇のフィール・カードが。だからキレちゃったのよ」

「なるほどね」

 私には、素でシルフィにキレてたように見えてたけど。

「シルフィ」

 シュウがいった。先ほどまでの怒りの形相ではなく、優しく諭すような声で。

「もう、あいつらは全員倒したぜ。戻ってこいよ」

 しかし、シルフィの肌は元の色に戻ることなく、そっと立ち上がると、

「……」

 再び無言。しかも、強い拒絶の視線をシュウに返す。

「シル……フィ。まだ、まだアタシの声は届かないのかよ」

 シュウの心が、折れ始めたのが見えた。

『あの少女、相当に心の闇が深いな』

 ここで再び地縛神が私に話しかける。

『闇のフィール・カードの影響は殆ど消えかかってるのに、未だに眷属の姿を保ち続ける。これはひょっとしたらお呼びがかかるかもしれぬな』

(お呼び?)

 口に出さず訊ねると、地縛神はいった。

『我とは別の地縛神にだ。……喜べレズの肌馬、可愛い後輩が仲間入りだぞ?』

(冗談?)

 私は心の中で鼻で笑う。

(さすがにシルフィは2年後でもお断りよ。さすがに面倒くさい子すぎるって話)

 私は地縛神との会話を打ち切る。

「畜……生。《剣闘獣ダリウス》のモンスター効果、墓地の《剣闘獣ラクエル》を特殊召喚してターン終了だ」

 苦みで顔を歪ませながら、シュウはいった。

 

シュウ

LP4000

手札0

[][][]

[《剣闘獣ムルミロ(守備)》][《剣闘獣ダリウス》][《剣闘獣ラクエル》]

[]-[]

[][][]

[][][]

シルフィ

LP4000

手札3

 

「私の……ターン」

 シルフィはカードを引く。いままで一番、幽霊のように静かで、心がまったく読めない声色で。

「《生者の書-禁断の呪術-》を発動」

 ここでシルフィが使ったのは、アンデット専用の蘇生カード。

「効果で、私の墓地から《麗の魔妖-妖狐》を特殊召喚し、シュウの《剣闘獣アウグストル》を除外」

 今回何度目かの妖狐の蘇生。さらに、このモンスターが蘇生したということは、

「《麗の魔妖-妖狐》のモンスター効果、《剣闘獣ダリウス》を破壊」

 三度目のエネルギーボールが、今度はダリウスへと襲い掛かる。

「ぁ……」

 ぼーっと、その効果を受け入れるシュウ。

「シュウちゃん! いまよ、私のカード!」

 そこへ先生が叫んだ。

「え?」

「宣言して、墓地の《コンタクト・オブ・ファイア》の効果を発動って!」

「あ、ああ」

 シュウは、心の折れたまま、先生に言われるがままに、

「墓地の《コンタクト・オブ・ファイア》の効果を発動」

 と、宣言した。

 デュエルディスクの墓地ゾーンから《コンタクト・オブ・ファイア》が弾きだされると、自動的に除外ゾーンへと送られたのがみえる。

 先生は続けていった。

「このカードは、墓地から除外することで、フィールドのモンスターを素材に炎属性の融合モンスターを融合召喚かコンタクト融合できるのよ」

「炎属性の融合モンスターを、融合召喚かコンタクト融合?……あ!?」

 聞かされるまま復唱した所で、シュウは何かに気づいてハッとなる。そういえばシュウのフェイバリットモンスターって。

「気づいてくれた?」

 強気な笑顔で先生がいうと、

「ああ」

 シュウはうなずく。その顔は段々と生気が戻っていき、

「いくぜ! アタシはフィールド上の《剣闘獣ムルミロ》《剣闘獣ダリウス》《剣闘獣ラクエル》の3体をデッキに戻す。いにしえに生きる猛虎の闘士よ! 戦友(とも)との絆ここに束ね、いまこそ英雄の皇となれ! コンタクト融合! いくぜレベル8、《剣闘獣ヘラクレイノス》!」

 場の3体がビジョンごとシュウのデッキに戻すと、そこから融合の渦が発生。デッキの中で混ざり合って出現したのはラクエルをベースに様々な剣闘獣の特徴が見られる大型モンスター。

 その攻撃力は3000。

「シルフィ、お前がまだ闇の中に囚われてるってんなら。俺のフェイバリット《剣闘獣ヘラクレイノス》で、お前を光の下に引きずり出す!」

 完全に調子が戻ったらしい。再びシュウの口から暑苦しい言葉が発せられる。

 が、

「《牛頭鬼》を通常召喚」

 シュウの言葉を無視し、シルフィはここで普通のアンデット族、というより妖怪モンスターを展開。

「《牛頭鬼》の効果を発動。デッキから《馬頭鬼》を墓地に送り、さらに墓地に送った《馬頭鬼》を除外して効果を発動。墓地のアンデット族1体を特殊召喚」

 シルフィは、墓地ゾーンからカードを1枚手動で引き抜き、いった。

「《骸の魔妖-餓者髑髏》」

「あ」「あ」

 シュウ、さらに先生まで口を漏らす中、禿げ頭の男がフィールドに現れると、それが骸に変わり、シルエットを介して餓者髑髏の姿になる。

 攻撃力は3300、残念ながら《剣闘獣ヘラクレイノス》の攻撃力を超えている。

「カードをセット。バトル、餓者髑髏でシュウのヘラクレイノスを攻撃」

 感情のない淡々とした攻撃宣言によって、ヘラクレイノスは餓者髑髏の攻撃を受けて破壊される。

 

シュウ LP4000→3700

 

 さらに、シルフィの場には《牛頭鬼》に《麗の魔妖-妖狐》の姿。これを止める術は、すでにない。

「続けて、《牛頭鬼》と《麗の魔妖-妖狐》でシュウに直接攻撃」

 2体のモンスターは、フィールを受けた様子もなく、ただ淡々とシュウを攻撃し、ライフを奪っていっ―ー。

 

シュウ LP3700→2000→1(根性)

 

 ――た、はずだった。

「まだ終わっちゃいねえええっ!」

 叫ぶシュウ。そうだった、彼女のスキルは《根性》だったのである。

 このスキルはターン毎に非公開情報として確率で判定が行われ、非確定ながら「次の相手ターン終了時までライフが1未満にならなくなる」効果を持っている。

「うん。……分かってたよ、シュウなら《根性》を成功させるって」

 シルフィは小声いった。

「え?」

 その言葉にシュウは反応する。そして私も。

 だって、先ほどのシルフィの小声は、闇のフィールを感じさせない、優しい口調のように感じたのだから。

 しかし現実のシルフィは、いまだ青白い肌をした眷属のまま。表情も、相手を拒絶する険しいもの。

「ターン終了」

 勿論、そう宣言するシルフィの声色も、変わらない。

 でも。

「アタシのターン、ドロー」

 シュウがカードを引いた直後、

「罠カード発動。《停戦協定》」

 と、シルフィが発動したカードは、まるで《根性》を読んで伏せたようなバーンカード。

 

シュウ LP1→0

 

 シュウのライフは0になった。

 

停戦協定

通常罠(制限カード)

(1):フィールドに効果モンスターまたは裏側守備表示モンスターが存在する場合に発動できる。

フィールドの裏側守備表示モンスターを全て表側表示にする。

この時、リバースモンスターの効果は発動しない。

フィールドの効果モンスターの数×500ダメージを相手に与える。

 

 

 デュエルが終わると、シルフィの体も一旦眷属モードが解かれ、白い肌には違いないが血色のある人間らしい肌を取り戻す。しかし、闇の瘴気はいまだシルフィを纏い、その瞳はいまだシュウに拒絶を向ける。

「これで分かった?」

 シルフィはいった。

「私はもうシュウなんて要らない。もう二度と姿を現さないで」

 そして、私たちに背を向け帰路に向けて歩き出す。

「シルフィ……」

 ゆっくり、スローモーションのように膝から崩れるシュウ。それをフィーアが受け止め、

「大丈夫ですか、シュウ」

「フィーア」

 弱弱しい顔を妹に向け、シュウは返事する。そこへアインスが、霞谷さんの肩を借りて近づき、

「大丈夫だよ、シュウ。また今度頑張ればいい」

 と、シュウの頭をそっと撫でる。

「ああ……。そう、だな」

 姉と妹に慰められ、ほっとしたのか、ゆっくりとシュウはいった。

「アイツは、アタシを贄に取り込まなかった。……なら、きっとまだチャンスはある。アタシが諦めない限り」

「ああ。今日は休もう、シュウ」

 そういって、アインスは片腕でシュウを抱き寄せる。

「あのね、みんな」

 そんな時、先生はいったのだった。

「ちょっと提案があるんだけど、乗ってくれりゅ……くれる?」

 一回、噛みながら。

 

 

 シルフィは校門へ向かうことなく、そのまま校舎裏を歩いていた。

 真っ直ぐ歩けば、じきに車用の出入り口に辿り着く。普段の校門ではなくこちらを利用するのは、ここからだと校門が遠いのもあるだろうけど、恐らくはそれだけではない。

 誰かに会いたくないのだろう。

「シルフィちゃん」

 しかし、島津 鳳火先生はあえて彼女の名を呼び、踏み込んだ。

「先、生?」

 シルフィは振り返る。すでに闇の瘴気は纏ってなく、代わりにとても疲れ切った顔をしていた。

「シルフィちゃん、さっきのデュエルだけど」

 途端、先生の言葉にシルフィは全身を強張らせる。

「あ、大丈夫よ。怒ってないから」

 先生はいってから、

「シルフィちゃん、実はデュエル中とっくに闇のフィールから解放されてたでしょ? 具体的にはシンクロモンスターを一通り攻略された辺りで」

「……どうして」

「分かるよ、先生だもの」

 訊ねるシルフィに先生はいい、

「出してないモンスターは倒しようがないものね。闇から正気は取り戻しても、まだシルフィちゃんには闇のフィールが残ってた。だから眷属化のままでいられた」

「はい」

 シルフィはうなずく。

「あの時、私のEXデッキには6枚目の闇のフィール・カード《氷の魔妖-雪女》が眠ったままでしたから」

「ねえ」

 先生はいった。

「聞かせてくれる? ずっと、闇に囚われたフリをしてた理由」

 ここまで対話して、シルフィにはすでに先生を拒絶する感情はないように映った。

「……シュウの言葉は、全部届いてました」

 シルフィはゆっくりと胸の内を語り出す。

「だから分かるんです。私が闇のフィールに言わされた言葉に嘘がないように、シュウの怒りも、フィールだけじゃなくて、私にもしっかり向けられてたことが」

「そう、だったの。私はてっきり」

「私の言葉を、正面から受け止め、真っすぐノーを返したんですシュウは。でも、だからこそ私、怒られたのが怖くて、逃げたくて、やめて、来ないでって、そんな本心を隠すために、闇のフィールを使いました。そして、必死に抵抗してたら、いつの間にかデュエルにも勝っちゃって」

 そういえば、怒鳴られてから最後の魔妖が破壊されるまで、囚われてたシルフィは怯えてた。あの時の姿こそが、シルフィの本音だったのだ。

「だから、早くみんなから逃げたくて。あの時すぐシュウの下から去ったんです」

 そこまで言ってから、シルフィは下を向き涙を流す。

「でも、シュウたちから離れてから、気づいちゃった。私、シュウと一緒に正義を掲げてるのに、悪い力を使っちゃったって、そんな力でシュウを倒して、逃げる為にもその力を使ったんだって。悪いのは私だったのに、悪い力で拒絶しきっちゃったんだって! でも、捨てれないの。闇のフィールにまた頼りたいって思っちゃって。どうして私、こんなに弱いの?」

「シルフィちゃん」

 そこを先生は、つま先立ちで伸びしてシルフィの頭を撫でていった。

「デビルマン、仮面ライダー、テッカマンブレード、それにドラゴンボールもそうね」

「え?」

「実は結構多いのよ。悪の力で闘う正義のヒーローって。ドラゴンボールも主人公、実は悪の宇宙人だったでしょ?」

「あ」

 と、シルフィはなるも、

「でも」

「力なんて結局使い方次第よ。大事なのはここ」

 先生は、シルフィの胸元をトントンし、

「こ、こ、ろ」

「先生」

 涙でぐちゃぐちゃになった目で、シルフィは先生を見つめる。

 先生は続けて、

「闇のフィールだって、無理に否定する必要ないのよ。よく言うでしょ、闇があるから同じだけ光があるって。捨てられないなら、使いこなして本当の光のフィールにしちゃお?」

 すると、シルフィは「え?」となって、

「光のフィール? でも、それはフィール・ハンターズの人が嘘でいった」

「大丈夫。シルフィちゃんならできるよ」

「そういう問題じゃなくって。……ううん」

 シルフィは言いかけた言葉を自ら否定し、

「そういえば、私のデッキ自体元々は虐めで渡されたものだったっけ、ずっと忘れてたけど。デュエルを仕掛けられて、デッキを持ってないって言ったら、あなたにはこれがお似合いだって、妖怪とかゾンビとか、そういうカードの束を渡されて」

「そうだったの」

「でも、馬鹿にするために渡されたのに手に馴染んで。そのデュエルは負けたけど、その後シュウに生者の書とか《馬頭鬼》《牛頭鬼》とか必要なカードをもらって。後日にまた馬鹿にするためにデュエル仕掛けられたときは、返り討ちにしちゃった」

 つまり、元々彼女のデッキはネガティブな要素の入ったデッキだったのだ。それを、シルフィは自力で光にしていた。

 恐らくシルフィは、先生のいう「光のフィール」の意味を、いまの自分のデッキのようにって意味で理解したのだろう。

「私、魔妖も闇のフィールも何だか馴染むの。先生、私この力を使いこなしたい! このカードがあれば、きっとシュウの力にもなれる! この力の使い方を知ってる人、探してください」

「分かったわ」

 先生はいうと、後ろを向いて、

「みんなー。そろそろ出てきてー」

 って。

「え?」

 と、目を丸くするシルフィの前に、私、木更ちゃん、霞谷さん、そしてシュウたちハイウィンドが顔を出す。

 私は続けて、

「どうも、そのフィールの使い手の二代目ダニエルです」

「え? え?」

 状況が読めないシルフィに、

「その闇のフィール、元は私が持ってる地縛神のフィールの残骸らしいのよ。だから、まさに私はこの分野のスペシャリストって話」

「ダニエル。……ううん、鳥乃さんが?」

 何気に初めて、シルフィは私を本名で呼んだ。まあそれはともかくとして、

「地縛神、私の闇のフィール・カードにも確認を取ってみたわ。曰く、シルフィちゃんの持ってるカード程度なら、しっかり自分の心の闇と向き合って、受け入れて、それでいて自分を失わない強い心を保ち続ける。それで闇のフィールもコントロールできるみたい」

「心の闇と向き合う」

 呟くシルフィ。そう、それはシルフィにとっては無茶ともいえる所業。普通の人だって大変なのに、彼女にとっては倍大変のはず。

「ま、そう絶望視しないで。サポートチームも用意したから」

「サポートチーム?」

 と、訊ねてきた所に、そのサポートチームは前に出て、

「サポートチームのアインスです」

「フィーアです」

「シュウだ」

 そして、最後にそのシュウはニッと笑い、

「ひとりで頑張ろうとするなよ。アタシたちの正義はふたりでひとつだろ?」

「シュウ!」

「でもって、その正義に加わりたい奴がここにふたりもいる」

 シルフィが残りのふたりを見る。恐らく、初めて拒絶や否定のない目で。

 アインスは手を差し出した。

「よろしければ、君の心の闇に一緒に向き合いたい。構わないかな?」

「あ」

 その手に、アインスの甘いマスクの利いた言葉に、シルフィはつい手を伸ばしかける。が、その手は途中で躊躇われ、

「でも、私こんな酷い人間だから」

「気にすんな」

 と、シュウ。

「お前よりよっぽど酷い暴走機関車だっていたんだ。お前の面倒臭さなんて可愛いもんだって」

「誰ですか、その暴走機関車とは?」

「テメェだフィーア!」

 本気で分かってないフィーアの頭を、シュウはゲンコツでグリグリする。

 アインスはいった。

「もう、君を家族にしたいとか無茶はいわない。君には君の家庭があるからね。でも、君の辛いものを分けて欲しい。苦しいなら一緒に苦しんで、一緒に正しいことをしたい。それくらいは願っても構わないかな?」

「……」

 数秒の無言の後、

「その手、とってもいいの? 私」

「勿論だよ。君の返事を求めてうずうずしている手さ」

「なら」

 シルフィはゆっくり前に出ると、躊躇いがちにアインスの手を受け入れ、

「チャンスは一回だけ。一回だけシュウが受け入れたあなたたちを信じてみる、ね」

「ああ」

 アインスは笑みをみせ、

「“王子(プリンス)”の名に誓って、必ず護ろう」

 一回跪くと、アインスは、手をうけたシルフィの甲に、一回くちづけした。

 シルフィの顔は真っ赤になったけど、拒絶はしなかった。

「さて、じゃあ4人全員で謝りに行くか」

「え、誰に?」

 訊ねるシルフィに、シュウは続けて。

「昨日、お前が転ばせたお婆ちゃんにだよ」

 夕日の光が、ハイウィンドの家族4人を紅く照らした。

 

 

 




本日8月4日、今回シルフィが使用した【魔妖(まやかし)】が収録されているデッキビルドパック ヒドゥン・サモナーズが発売します。
その為、各種カードの裁定が公開されて小説内のプレイングが不可能になる前に急いで更新させて頂きました。
個人的に魔妖は凄く気に入りましたので、無事、裁定に問題が発生せず魔妖というテーマの面白さが少しでも伝わる回になってたら幸いです。



●今回のオリカ


百鬼夜行
スキル
(1):デュエル開始時に、ゲーム外から所持している「魔妖」カードを任意の枚数選択してデッキ・EXに加える。
スキル発動時にデッキ・EXデッキに同名カードが存在するカードは選択できず、同名カードは1枚まで選択できる。

剣闘乱入(グラディアル・イントリューダー)
通常罠
(1):自分フィールド上の「剣闘獣」モンスター1体をデッキに戻し、
そのモンスターの「このカードが戦闘を行ったバトルフェイズ終了時にこのカードをデッキに戻す事」で発動する効果を発動する。

コンタクト・オブ・ファイア
速攻魔法
(1):手札・デッキ・墓地から炎属性モンスター1体を選択し、リンクモンスターのリンク先に表側守備表示で特殊召喚する。
この効果によって特殊召喚されたモンスターの効果は無効化され、ターン終了時にデッキに戻る。
(2):墓地のこのカードを除外して発動する。
自分のフィールドから、融合モンスターカードによって決められた素材モンスターをデッキに戻し、
その炎属性・融合モンスター1体をEXデッキから融合召喚、もしくは召喚条件を無視して特殊召喚する。

根性
スキル
このスキルは自分のターン開始時毎に、確率で判定が行われる。次の相手ターン終了時まで自分のライフポイントは1未満にならない。
(遊戯王デュエルリンクス)

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