遊☆戯☆王THE HANGS   作:CODE:K

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MISSION20-幸せのエピローグ

 私の名前は鳥乃 沙樹(とりの さき)。陽光学園高等部二年の女子高生。

 そして、レズである。

「木更ちゃん。処女頂戴」

 開幕。梓が私で人間餅つきしました。

 いつもの《ハンマーシュート》でクレーターという名の臼の上でペッタンペッタンと。

「徳光先輩、この辺にしたほうが」

 そろそろ潰された数が2桁に入ろうかという辺りで、木更ちゃんが止めに入ると、梓は、

「駄目だよ藤稔さん。さすがにさっきのは容認できない」

 と、更に振りかぶろうと。

「梓さん、だったよね? 駄目だよ、気持ちは分かるけどそろそろ止めてくれないと」

 そこへ制止に加勢してくれたのはフェンリル。

「だけど……」

 と、愚図る梓にフェンリルは、

「分かるけど、ボクの分も残してくれないと」

「フェンリルさん!」

 木更ちゃんが慌てていうも、

「だって、木更ちゃんの処女はボクのなんだから、勝手に取る子にはお仕置きしないと」

「それもちが……っ、違い、ます」

 さすがの私も顔をあげて様子をうかがう余裕はないけど、木更ちゃんが怯えを抑えながら言ったのは分かる。よくこんな状態でフェンリルを受け入れようと思ったものだ。

「あ。……ごめん」

 落ち込んだ声で、フェンリルは謝った。こっちもこっちで、まだ木更ちゃんといたいと思うなんて大物だ。

 二日目、夕方。

 昨日と違い、今日は私も梓も泊まらず帰ることになっており、三日目は基本私たち抜きでのスケジュールになってる為、今日この時間をもって、私と梓は親戚組とさよならする事になる。なので、せめて旅館の前まで一緒にという形になったのだけど、その旅館の前で「ばいばい」する際に、今回の餅つきが発生した。

 なお、すでに神簇家やハイウィンドとは解散し、現在この場にいるのは、私、梓、藤稔の親戚たちに、フェンリルである。

「あー。アタシ殺すよりエグい制裁浮かんだんだけど、試したいから助けてやってくれない?」

 と、いったのは恐らく地津ちゃん。

「え? いいけど、なにするの?」

 言いながら梓は一旦餅つきをストップ。

「断言する。絶対いい顔を拝めるぜ」

 と、地津ちゃんはいって、

「メール。ちょっといいかー」

「え? なになにー?」

「ひとつ想い込めて言って欲しいことがあるんだけどさー」

 そういって地津ちゃんは恐らくメールちゃんに何やら耳打ちしたのだろう。

「ふぇっ!?」

 直後、顔を真っ赤に(多分)するメールちゃん。

「ほら。言えば鳥乃さんの命は助かると思うぜ、それにもしかしたら、OK貰えるかもしれないだろー?」

「お、OK……貰えるの?」

「ああ、命の恩人になるだろうからなー」

「そ、そっかー。そ、分かったぁ」

 メールちゃんが私の傍に寄ってくる。それも、どこか期待してるような足取りで。なんだか嫌な予感がしてきた。

「あ、あのね沙樹おねーちゃん、メールお願いがあるの」

 そういって、メールちゃんは私の耳元で、恥ずかしそうに、しかし明らかに気持ちの籠った声でいった。

 

「沙樹おねーちゃん、処女頂戴」

 

 それは、先ほど自分が木更ちゃんに言った言葉そのものであり。という話とかどうでもいい。

「ひ、ひいいいいいいいっ!」

 犯される!

 私はフィールを全力で使い、ガタガタで動かない体を強引に半身立たせ、手段も選ばずメールちゃんから距離を取る。そして、ごろごろ転がってナーガちゃんの下へ。

「助けて、ナーガちゃん」

「何故私に助けを求めるんだ全く」

 呆れながらも、ちゃんと私の盾になってくれるナーガちゃん優しい。その際、スカートに隠れたベージュの下着が見えたけど、相手は子供なので興味はない。

「地津おねーちゃんの馬鹿ぁ! やっぱり駄目だったよおっ」

 なお、メールちゃんもメールちゃんでダメージ過多。泣き顔で地津ちゃんに飛びついて、

「それに、あんなにおねーちゃん怯えて、嫌われちゃったらどうするの、ばかばかばかぁっ」

 と、地津ちゃんをポカポカ殴る。

「いやーマジゴメン。まさかあそこまで怯えるなんて、想像以上だったぜー」

 張本人の地津ちゃんは露骨に私やメールちゃんから顔を背ける。

 ……………………そうだ。

「メールちゃん、地津ちゃんが体で償ってくれるってー」

 私は少し声大きく言った。直後、

「なっ」

 露骨にゲッと顔を歪める地津ちゃん。対しメールちゃんは目をぱっと輝かせ、

「ほんと?」

「ほんとほんと。気が済むまで好きにしていいって」

「わーい」

 両手を挙げばんざいするメールちゃん。

「ま、待ってくれ二人とも。アタシ今日危ない日でさー」

 とか地津ちゃんはいうけど、

「断れるの? いまのメールちゃんを見て」

 私はいった。にやにやと。

「あ、うー」

「メールちゃんってこの手の問題で一回ダメージ受けてるんでしょ。そんなトラウマをほじくるような事したんだから、ちゃんと責任持って傷癒してあげないとね」

「ぐぐぐ……」

 ああ、地津ちゃん追い詰められてる追い詰められてる。

 なんて最後の記念に、まだ殆ど接点なかった地津ちゃんを弄ってた所、

「はい、そこまで。もう見てられないから間に入るよ」

 と、フェンリルが物理的な意味で文字通りふたりの間に割って入り、両手を使ってふたりを離す。

「メールちゃん、だったね。鳥乃さんの言ってる事は全部地津ちゃんへのやり返しで冗談だから、衝動突き抜けてしまいたいのは解かるけど、ここは頑張って抑えてくれると嬉しいな」

 そして、こんなマトモすぎる説得を。しかし、

「控えめにって『お前がいうな』って台詞よね。あれ」

「そうですね」

 木更ちゃんが「ふふっ」と笑っていい、

「立てますか?」

「ありがと」

 私は木更ちゃんの肩を借り立ち上がる。まだ少し支えが必要だけど、じきにフィールなしでも立ち上がれるまで回復するだろう。

「凄いな、木更姉さんは」

 そんな私たちのやり取りを見て、何故かナーガちゃんが「はあ」と感心した様子でいった。

「何がですか?」

 木更ちゃんが訊ねると、

「いや、鳥乃さんにあんな酷いセクハラ発言されて全く動じてなかったのもそうだけど、その上いまもナチュラルに接してたからな」

「ああ」

 木更ちゃんは納得した様子でうなずき、

「今日中どこかで言われるって予想してましたから」

「え、そうなの?」

 それには私も驚き、訊ねると、

「はい。だって」

 と、木更ちゃんはフェンリルを見て、

「先輩なら、自分の獲物が横取りされそうになって平気なはずがありませんから」

「木更ちゃん……」

 私は、何か言おうとしたけど言葉が続かなかった。

 図星だったのだ。

 木更ちゃんがフェンリルを庇うものだから平静なフリしてたけど、死別も含めて今度こそ手の届かない所に行ってしまう気がして、焦りと不安に襲われた。そうなる前に手を出しておかないとって。

「自分を獲物と認識してるのも、どうかと思うのだが」

 と、ナーガちゃん。呆れたふりをしてるけど、木更ちゃんに対し顔を青くしてるのが分かる。けど木更ちゃんは、

「大丈夫ですよ。獲物とはいっても、馬の鼻先にぶら下げた人参ですから」

「待って、それ一生咥えれないって話じゃ」

 私が指摘すると。

「そうですよ?」

 と、防犯ブザーをちらつかせる木更ちゃん。ひどい。

「ま、まあ何だ。心配したが、姉さんが楽しそうで何よりだ」

 フッと乾いた笑みを浮かべるナーガちゃん。

 あの木更ちゃんがここまでトラウマ負ってるのだ。フェンリル相手に相当酷い目にあったのをナーガちゃんが気づかないわけがない。そんな中で木更ちゃんは自分を「獲物」と称したのだから、恐らく姉のメンタルに危機を感じ取ってたのだと思われる。

 けど、蓋を開けてみれば単に姉が素でアブノーマルな愉しみに目覚めてただけだった。なんだか相当複雑なのが凄い伝わる。

 一方、メールちゃんサイドのほうを見ると、

「実はさ、ボク初めてあった時から、メールちゃんにボクと同じものを感じてたんだ。別に心が病んでるわけではなさそうなのに」

 と、フェンリルはいい、対しメールちゃんも、

「奇遇だね。わたしもおねーちゃんが同類な気がしてたの。別に体が少し違うってわけでもなさそうなのにー」

「でも、いまはっきり分かったよ」

「うん。メールもさっきのおねーちゃん見て分かったよー」

 そういってふたりは握手を交わし、

「お互い、突き抜けそうな衝動を抱えてる同士だったんだね」

「うん。びっくりだねー」

 なんか奇妙な友情が形成されてた。しかも。

「今更だけど、君のお姉さんに酷いことしちゃってごめんね。優しくされて、好きになっちゃって、そしたら閉じ込めてボクだけの物にしたくなっちゃって」

「気にしないでー。木更おねーちゃんもフェンリルおねーちゃんのこと許してるみたいだから」

「でも」

「それにね、おねーちゃんの気持ち、わたし分かるもん。わたしも綺麗な女の子人とかイケメンのおにーさんとかかすが様を見ると、そのぉ、えっちな事、したくなっちゃうから」

 って、メールちゃんが笑顔で、

「衝動を抑えてると大変だよねー」

 と、フェンリルを赦すと、

「トゥンク」

 フェンリルが何かヤバい反応しだした。

「メールちゃん。……今度、プチ監禁しちゃ、駄目かな?」

 ファッ、ちょっと待って!?

「え……?」

 しかし、一回驚くも、メールちゃんもメールちゃんで顔を赤らめもじもじと、

「……えっとー。じゃあ、一日交代で交互に、駄目ー?」

 こっちもこっちで犯る気満々という。

「お前ら……」

 今度こそ真底呆れた様子でナーガちゃんが呟いた。そこへ冥弥ちゃんがやってきて、

「やはり。男の人は男同士……女の子は女の子同士、ですね」

 すると木更ちゃんが「あれ?」となって、

「冥弥ちゃん、百合やレズは苦手なのでは?」

「目覚めました……」

 冥弥ちゃんは表情筋をまるで動かさずままガッツポーズで、

「今回も、木更さんが女の子に誘拐されたと聞いて……実は内心、大興奮でした」

 そして、すっごい輝いた目で、

「木更姉さん、キスはされましたか? パイタッチは? 実はフェンリルさんを受け入れそうになったりは? そこの所……詳しく」

「鳥乃先輩、私の親戚が変態ばかりで、さすがに少し困ってきました」

 と、助けて求めてきたので私とナーガちゃんはつい、

「木更ちゃんも大概だけどね」「木更姉さんも大概だけどな」

 なんて突っ込みを入れ、

「……」「……」

 互いの反応に、

「ポンッ」

 と、互いの肩を叩きあう。

「ハッ……ここに新たなカップリングが」

「無いから」「無いから」

 私たちは冥弥ちゃんの妄想に突っ込みを入れた。ステレオだった。

「沙樹ちゃーん。そろそろ帰らないと間に合わないよ?」

 そこへ梓の呼ぶ声。慌ててタブレットで時間を確認すると、確かにそろそろお別れしないといけない時間帯だった。木更ちゃんたちもチェックインしないといけないしね。

「じゃあ、私たちはそろそろ帰るわ」

 すると、まず彩土姫ちゃんが、

「えー? もう帰っちゃうの? もうちょっといようよー」

 って、私の腕を掴んで引き留めようとする。この子との接点は殆どなかったのだけど、思ったよりずっと受け入れて貰ってたらしい。

「もう、さよならなんだ」

 続いて、水姫ちゃんがしょんぼり呟くのが聞こえた。この子は同じ地元だから会おうと思えば会える距離なんだけど、人の繋がりと距離がイコールじゃないのを彼女はフィーアの一件で知っている。いくら近くにいても、私たちの縁が今日までだろうということは誰より感じているのだろう。

「か、神が命ずる。もう一晩、もう一晩だけ一緒の旅館に泊まるのだ」

 ゼウスちゃんは、私ではなく梓に向かって懇願していた。逆に冥弥ちゃんは私に向かって、

「もう少し……一緒にいたかった」

「ナーガ。お前にならあるはずだ。……すべての時空を捻じ曲げる、タイムの力を」

 金玖ちゃんは、双子の姉に妙な設定を求め、間接的に私たちと離れたくない意思を見せる。しかし、

「悪いが無理だ」

「何故だ? ナーガにはあるのだろう? 梓も使った、あの古の魔術が」

「その魔術に、昨日や今日の朝に戻るようなものが無いと言ってるんだ」

 ナーガちゃんは言うも、「だが」と続き、

「お前たち、別にもう二度と会えないわけでもないだろう。このメンバーでグループLINEも登録したんだ。やろうと思えばいつでも会えるさ」

「ああ、そうだな」

 同意したのは地津ちゃん。

「アタシらが書き込めば、ふたりともちゃんと返してくれんだろ?」

「それは勿論」「当然だよー」

 私と梓は返すも、地津ちゃんの目には希望なんて映ってないのが一目でわかった。

 地津ちゃんは分かってたのだ。いま、この場で誰しも嘘はいってない。LINEで誰かが発信すれば全員の目に届くだろう。けど、このメンバーが一同に揃う日は、恐らく二度とない。

 私や梓と、藤稔の親戚たちとの絆は今日限りの一時的な繋がりであり、速くて一週間、遅くて一か月にはグループLINE自体が風化する。お互いに互いの絆は想い出に代わり、次第に互いの名前だって忘れていく。この二日間で余程親しい関係を形成した個人同士でない限りは。

 それは、恐らく水姫ちゃんが感じてるだろう予感を、もっと広い視野で見たものであり、しかも確信の域に達している。

「じゃあ、みんなで記念撮影しよー?」

 ここで声をあげたのはメールちゃんだった。

「集合写真を撮れば、ずっとずっと想い出に残るから、きっとまた皆で会えるよ。もちろんフェンリルおねーちゃんも一緒に」

「私も賛成です」

 と、深海ちゃんも同意したことで、

「じゃあ、旅館の人に写真撮って貰えないか聞いてくるね?」

 メールちゃんは一足先に旅館へと入っていった。

 

 こうして、みんなで撮った1枚の写真。

 それは、確かにみんなの想い出として一生残り続け、しかし二度と全員が一同に揃い笑顔で写真を撮ることはなかった。この中で誰しも想像しようもない結果によって。

 

 

 それから、みんなと別れ梓とふたりきりでの帰路。

「なんか、色々あったねー」

 梓が、ちょっと疲れた様子の笑顔でいった。

「そうね。木更ちゃんが拉致されたり」

「本当、あれはびっくりしたよー。でも無事でよかったね」

 梓には今回の事件は、未だ木更ちゃん発案の嘘で通してある。でなければ「よかった」で済むはずがない。思えば事態を穏便にすます為にも木更ちゃんの判断は大正解だったわけだ。最悪私もフェンリルを地縛神の生贄に取り込んでたかもしれなかったわけだし。

「ほんと、何もなくて良かったわ」

 なにもなかった。それでいいのだ。それを被害者も望んでる。

「あ、そういえば」

 脈絡なく、梓は思い出したようにいった。

「久しぶりだったよね、一緒の部屋で寝たの」

「そうだったわね」

 幼い頃は、放置子されたり自分から転がり込んだりして、よく梓と一緒の部屋で寝てたっけ。いつの間にかそういう事もなくなり、特に今なんかは仕事上梓を巻き込まない為、それとさすがに小母さんに会いたくないという理由で、梓の家に近づいてはいないけど。

「でも、沙樹ちゃん忙しそうだったよね?」

「……」

 私は、何もいえず俯く。

「ねえ、この休日は何も予定入れないんじゃなかったの?」

「ごめん」

「私、昨日の機会に色々お話したかったのに」

 梓は怒っていた。それも、普段のようにぷくっと頬を膨らませるんじゃなくて、何ていうのか悲しい瞳をこちらに向けている。

「そんなに、お仕事が大事なの?」

 ああ。

 いつか言われると覚悟はしてたけど、ついに言われてしまったか。私は今回、それだけのことを梓にしてしまったわけだ。

「否定は、できないわね」

 言いながら、私は梓を抱き寄せた。

「でも、梓のほうがずっとずっと大事よ」

「今言われても信じられないよ」

「でしょうね」

 私は、胸にグサッとくるものを感じながら、幼馴染の頭を撫でる。そして、そっと解放し、

「梓。せっかくだし、このまま夜デートに行かない?」

「え?」

 と、驚く梓に続けて、

「費用は全額こちら持ち。時間無制限、どう?」

「ほんと?」

「当然。仕事の番号は許可取って留守電にするわ」

「それなら」

 と、梓は笑みをみせていった。

「喜んでお付き合いしちゃおうかな?」

 

 

 時間的に、まずはディナーから。

「水菜さんこんばんは」

 私は、梓を連れて普段は仕事で利用している『BARなばな』へと足を運んだ。

 カウンターでグラスを拭いていた、狐目に市松人形のような風貌をした見た目子供のマスターは私に気付くと一礼し、

「こんばんはです、沙樹さん。ただごめんなさいです、今日はヴェーラさんは不在で」

「むしろそのほうがよかったわ。今日はオフで来たもの」

 確かに、普段は一番隅のボックス席でウォッカを飲んでる電波系小学生の姿が見えない。どうしたのだろうか。

「沙樹ちゃん、いった傍から仕事関係?」

 梓がジト目で訊ねてくる。

「まあまあ抑えて、約束通り仕事は絡ませないから。それに、この店だからできる悪い事があるのよ」

「悪い事?」

 きょとんとする梓に私は適当なボックス席に座らせ、私もその対面の席に。

 それでもって、私はマスターにいった。

「水菜さん、手ごろで飲みやすいスパークリングワイン一本開けれる?」

「えっ!?」

 驚く梓。

「沙樹ちゃん、ワインってお酒だよ? 20歳未満は飲んじゃいけないって」

「だから悪い事って言ったでしょ。大丈夫、酔わせて襲うとかしないから」

「沙樹ちゃんだから信じられないよー」

 ごもっとも。

「まあ、確かに梓以外なら襲ってそうだけど」

「ほらー」

 と、困った顔する梓に私はいった。

「梓だけは、大切過ぎてそんな反則行為は出られないって話」

「え?」

 それって、と唇が動く梓。そこへふたり分のグラスがテーブルに置かれた。

「お待たせしました。ご注文のスパークリングワインです」

 そういってマスターは、目の前でワインの栓を開け、グラスに液体を注ぐ。そのままワインはテーブルに置かれ、

「お二人様、ご夕食はまだですよね? フードは何に致しますですか?」

 と、訊ねるマスターに私は、

「じゃあ、今日のマスターのおまかせコース。予算はひとり1万以内で」

「でしたら、なんちゃってフレンチにしますですはい」

 ではごゆっくり、とマスターは一礼しカウンターへと戻っていく。

「あ、勝手に決めたけどフレンチで大丈夫?」

「う、うん。私は大丈夫だよ? でも。た、食べたことないから緊張しちゃうけど」

 実際、フレンチの響きに萎縮しちゃってるのが見える。

「大丈夫よ、“なんちゃって”フレンチらしいから。それより」

 私はグラスを掲げ、

「せっかくだし、君の瞳にとか言っとく?」

「さすがに、それは気持ち悪いかなー?」

「よね」

 まあ、分かってて冗談言ったんだけど。そんな台詞を素で吐くのはアインスひとりで十分だ。

「じゃあ、まあ」

「二日間お疲れ様、かな?」

「かな」

 梓の提案に同意し、

「乾杯」「乾杯」

 私は梓とグラスをカチンと当てあい、ゆっくり呷る。

 味は渋みがなく、やや甘口だろうか。炭酸のシュワシュワもあってお酒が初めての人でも飲みやすそうなワインだった。加えて割と喉も乾いてたせいか、気づくとグラスは空になっていた。

「わ、一気に」

 梓が私のグラスを見て小さく驚いた。そんな彼女のグラスも残り三分の一まで減っていたのだけど。

「思った以上に飲みやすいワインだったからね。そういう梓だって、結構減ってるじゃない」

「実は喉が渇いてて。それに驚くほど飲みやすかったもん」

 どうやら、お互い同じ感想を抱いてたらしい。

「お待たせしました。こちら本日の前菜(オードブル)になりますです」

 そこへ、マスターが最初の料理を席に置いた。それは、ひとり1枚の皿の上に数種類の一口料理が並んでるもの。素人目だけど、なんちゃってとか言いながら凄く本格的に映る。

(ん?)

 でもって、私は一口料理のうちのひとつ。クラッカーの上に生ハム、クリームチーズ、パセリ、そして何やら黒い粒々が少しずつ乗った一品に目がいく。

「沙樹ちゃん。これって、このクラッカーの上にあるのって」

 梓も、私と同じものに目がいったらしい。

「水菜さん、これ何? この黒いの、もしかして」

 するとマスターはにやりと悪い顔。まさか、まさか。

「マスター? 今日私がコースに出せる金額はひとり幾らだっけ?」

「ええと……1万ですね」

「今日のなんちゃってフレンチはひとり幾ら?」

「……5000円ですね」

 半額!?

「もひとつ質問いいかな? この料理のキャビア代、どこに行った?」

「……君のような勘のいいガキは嫌いです」

 と、ネタ混じりの追及に乗ってくれるマスター。

「丁度、コースで思いっきり料理作りたかった所だったんです。試食役に巻き込まれたと思って、素直に頂いちゃってくださいですはい」

「はあ」

 私は呆れながら、

「ひとり1万以上は出さないからね」

「では、ごゆっくりお楽しみくださいです」

 最後にグラスのワインを注ぎ直し、カウンターに戻っていくマスター。私は「どうしようこれ」なんて思ってると、

「ねえ沙樹ちゃん。このキャビアのクラッカーだけでKasugayaラーメン大盛り肉増量味玉追加より高いよね?」

「たぶんね」

 そういえば、ここのマスターは本当に狐みたいな人間なのだった。悪戯や驚かせるのが大好きっていう意味で。けど、だけど、こんな手段でやらかしてくるなんて。

「ねえ、沙樹ちゃん」

 突然、梓が訊ねてきた。しかし、

「さっき言ってた、私だけは襲わないって、やっぱり私だけはそういう目で……」

 とか言いかけ、

「ううん。何でもない。それより食べよ、沙樹ちゃん」

 と、料理に手をつけ始めた。

 私は残念ながら何を言いかけてたのか察することができず、

「そうね」

 と、ワインとコース料理を愉しむのだった。

 

 

 

「美味しかったね、沙樹ちゃん」

 夜風に当たりながら、梓が満面の笑みで前を歩く。コース料理というのは一品一品の量が少ないので梓に物足りないかなと思ったけど、実際は全部食べると結構なボリュームになる。結局追加でウインナーの盛り合わせを頼むことにはなったけど、その程度で終わった。

「そうね。まさか三大珍味全部くるとは思わなかったけど」

 まだ未成年だというのに結構飲んでしまった。2人で瓶1本は私たちには少し多かったかもしれない。けど、お互い変な酔い方はしてないみたいだし、ほてった体に夜風がとても気持ちいい。

 とはいえ、あれでひとり5000円は絶対あり得ない。一体マスター今回でどれだけ赤字背負ったのだろうか。

「あ、沙樹ちゃん見て見て」

 普段よりちょっとテンションの高い梓が、前方を指さしいった。

「お祭りやってる」

「ああ、確か今日だったわね」

 ここから真っすぐ歩いた先にある通りでは、隣接する公園を巻き込んで孤児院主催のお祭りが年に数回開かれている。すでに孤児院を出た大学生や社会人も、この日は街に戻って屋台を出し今の孤児たちと交流していると聞く。そういえばヴェーラもそんな今の孤児のひとりだ。だから、今日はいなかったのかもしれない。

 ――そして、妙子が生きてたら、そんな今の孤児たちのひとりとして出店を手伝ってたかもしれないお祭りでもある。

「行ってみようよ」

「そうね、行ってみましょ」

 私は梓にうなずき、ちょっとだけ速足で向かった。

 会場に到着してみると、そこは前に来たときより薄暗いという印象を覚えた。ここ2~3年はほぼ直進の通りにびっしり提灯が並び孤児院主催とは思えない豪勢さがあったのだけど、今回はその提灯の明かりが少ないのだ。とはいえ、今までが場違いに凄かっただけで、慣れれば明るさは十分。何より変わらない屋台の数と熱気が、多少の薄暗さなんてものともしない盛り上がりを作り出している。

「あ、孤児院のお祭りだったんだ」

 ここで梓は、やっと何のお祭りかに気づいたらしい。しかも、気づいた途端にしょんぼりと、

「どうしよー。このお祭り、神簇家が一番の出資者だったからずっと避けてたのに」

「ああ……」

 そういえばそうだった。しかも、気づけば神簇家が出資者に加わってから提灯の数が増えて豪勢になった気がする。ってことは、今回提灯が少ないのは神簇家が半ば没落して殆ど出資できなかったせいだろう。

 何て考えてると、

「こら! そこの営業妨害! そういうことは他所で言いなさいよ!」

 と、女性の怒る声。しかも、その声には聞き覚えがあるわけで。

「まさか……」

 嫌な予感しつつ声の先に振り返ると、やはりというか意外というか、神簇が浴衣にハチマキ姿でタコヤキを焼いてたわけで。

「神簇、何やってるの?」

 げんなりしつつ訊ねると、神簇はピックをくるくるしながら、

「見れば分かるでしょ、出店してるのよ」

「ごきげんよう、先ほどぶりですね」

 隣にいたアンちゃんが、車椅子に乗ったまま頭を下げる。

「前回までは祖父専属の使用人がされていたのですけど、今年はゼロになってしまいましたので」

 だから私たちが、とアンちゃんは笑みをつくっていった。その原因を作ったのが彼女だろうことは口が裂けても言わないでおく。これが神簇なら平気で傷を抉って遊んだけど。

「お姉ちゃんタコヤキひとつ」

 そこへ彼女の屋台にお客さんがひとりやってきた。

「はい。ただいま」

「300円になります。……確かに、ありがとうございます」

「アン、タコヤキあがったわ」

「はい。ご注文のタコヤキです。ありがとうございました」

 神簇が丁度焼きあがったタコヤキを船に詰め、アンちゃんがその間に会計を済ませつつ、受け取ったタコヤキをビニール袋に入れて手渡し。どうやら、ちゃんと阿吽の呼吸で仕事できてるらしかった。

「ふう」

 そのまま神簇は残りのタコヤキも船に詰め終えると、油を引き直しノンストップですぐ次のタコヤキを焼き始める。

「繁盛してるみたいだね」

 梓がアンちゃんに話しかける。

「ええ、おかげ様で休む暇がない程に」

「受付の子が可愛いんだから当然だよー。ね、沙樹ちゃん」

「全くよ」

 私は梓に同意しながら、アンの胸元をガン見。浴衣姿なのにこれだけバストが強調してるのだ。目立たない筈がない。

「鳥乃、貴女どこを見て言ってるのよ」

 そんな私に神簇は横槍を入れつつ、「はい」とタコヤキを一船こちらに突き出してきた。

「え?」

「心配しないで、私の奢りよ。アン、あとで私の財布から300円抜いてくれる?」

 アンちゃんは「わかりました」と言いながらビニール袋を出して、

「袋にお入れ致しますね」

 と、神簇からのタコヤキを持ち運びやすいようビニール袋に入れてくれる。

「ありがとう」

 私はアンちゃんからタコヤキを受け取り、

「でも、いいの?」

 と、神簇に訊ねると、

「いいのよ。貴女たちには酷い迷惑しかかけてないのだから、たまにはお姉さんらしいことさせて頂戴」

 その“貴女たち”と口にした際、神簇は一瞬だけ梓に視線を向けたのが見えた。梓自身は神簇を視界に映さないレベルでスルーしてたけど。

 だからだろうか。

「それより、他も見て回るんでしょ? こんな所で駄弁ってないで、早く行きなさい」

 って、神簇は私たちを追い返すのだった。

 それから、私は歩きながら早速タコヤキの袋から出し、

「じゃあ、早速貰っちゃおうか」

 と、梓にいったけど。

「ううん、私は別のにするね」

 間違いなく、神簇が焼いたタコヤキだからだろう。それだけ、梓はまだ彼女を受け入れてないのだ。

 私はいますぐ矯正する気はない。神簇はそれだけのことを梓にしてるのだから。むしろ私が神簇を受け入れてる現実のほうがおかしいのだと思えれる程に。でも、反面梓は妹のアンちゃんとは心を開き親しい関係にある。

 だから私は梓にこれを食べて欲しい。

「多分、だけど」

 だから私は、タコヤキをひとつ頬張りながらいった。

「実際に焼いてるのは神簇だったけど、材料の確保から下準備までは全部アンちゃんだと思うのよね。基本的に料理はアンちゃんのほうが上手って聞いたことあるから」

「え?」

 僅かに食いつく梓に、私はタコヤキの船を差し出し、

「美味しいよ? アンちゃんの作ったタコヤキ」

「アンちゃんの?」

「そ、アンちゃんの」

 そう言うと、初めて梓はタコヤキに手を伸ばし、一口。

「はふっ、はふっ」

 と、しながらも梓はいった。

「本当、美味しい」

 って。

 

 

 タコヤキを食べ終え、適当に足を進めていた所、

「おや、鳥乃じゃないか」

 と、私たちは再び呼び止められる。しかも、これまた見知った声で。

 私が振り返ると、

「奇遇だね。どうだい、これから人気のない外れで一緒に花火でも」

 と、アインスがシュウの肩を借りてポーズを取り、私たちにひらひらと手を振っていた。

「悪いけど、私いま大本命とデート中だから」

「え?」

 私の断り文句に梓が顔を赤くする。可愛い。

「どうしたのよ、私の一番が梓なのは幼い頃から当然って話でしょ」

 たぶん、まだワインの酔いが残ってたのかもしれない。私は梓の頭を撫で、思いっきり惚気てアインスを追い返そうと企む。

「えへへ~」

 梓は嬉しそうに、照れ照れゆるゆるな顔を見せる。やっぱり天使だ。

「これは失敬。となると、さすがに今回は彼女を口説くのも辞めたほうが良さそうかな?」

 とか、アインスがほざくので、

「キボウノハナ、レッドフォール、目だ!耳だ!鼻!!、どれが希望?」

「どれも断らせて貰うよ」

 アインスは両手をあげてオーバーに断る。

「ていうか、あなたたちもお祭りきてたのね」

 私は、今度は梓の喉を撫でるなど愛でながら、げんなり顔で訊ねると、

「ああ。フィーアもいるよ」

「げ」

 アインスの言った事実に私は仰け反る。するとここでシュウが、

「だよな。普通はそういう顔するよな」

 と、ため息吐いて、

「だから言ったじゃないか。いくら監査官からの指示でも、今回はアタシかアインスのひとりだけ警備に入って残りは待機が正解だったんだ」

 監査官ってことは、ああメールちゃんが指示したのね。思い返すと相当甘い子よね、あの子。ボイスも見た目も甘いけど。

「いいじゃないか。フィーアは警備には配置していないのだし、いまの彼女なら大丈夫だ」

 と、ふたりが言いあってた所、

「アインス。ここにいましたか」

 フィーアが現れたのだった。しかし、その異様な姿にシュウと私は言葉を失う。

 まず浴衣姿、これは別にいい。しかし、お面を頭の上にかけ、肘にカチワリをぶら下げ、片手にわたあめ、もう片手でチョコバナナにあんず飴と全力でお祭りを満喫してたのだ。しかも甘いものばっか。

「良かった。楽しんでるみたいだねフィーア」

 対しアインスはそんなフィーアを見て嬉しそうに。

「はい」

 フィーアはうなずいた。

「ラムネやかき氷、トルコアイスというのも頂きました。とても美味しかったです」

「それ食った後にカチワリかよ。お腹壊すぞ」

 さすがにシュウが突っ込むも、

「問題ありません」

 フィーアはいい、

「食というものがこんなに娯楽なるとは知りませんでした。その上甘味というものがここまで素晴らしいとは」

「甘党過ぎるだろおい」

 呆れるシュウ。そして、さすがのアインスもさすがに苦笑いに変わって、

「楽しむ事を覚えたのは何よりだけど、今度は限度というものを教えないといけなそうですね」

「難しそうだな。コイツ処分人としても限度知らずだったし」

「?」

 先の重そうなふたりの様子に、フィーアは首をかしげた。

「フィーちゃん、クレープとタピオカミルクティーできたって」

 そこへ奥の屋台からフィーアを呼ぶ声。それはなんと水姫ちゃんだった。

「って、まだ買う気かよ。持ちきれねえぞ」

 頭抱えるシュウにフィーアは、

「すみません。両手のものを持って頂けますかシュウ」

「おい」

 言いながらも渋々シュウは受け取り、両手の空いたフィーアはそのまま水姫ちゃんの下へ。

「もしかして、皆も来てるのかなお祭り」

 梓がいった。

「かもね」

 私はうなずく。ここで水姫ちゃんは私たちに気付いて、

「あ、徳光さん鳥乃さん。来てたんだね」

「こんばんは水姫ちゃん」

 駆け寄ってきた水姫ちゃんの頭を梓が撫でる。水姫ちゃんは「えへへ」と笑ってから、

「あ、そうだ皆も呼んだほうがいいかな? いま全員別行動でばらばらだけど、LINEで流せばすぐ集めると思うよ」

「いや、いいわ」

 私はいって、

「すぐ集まる距離ってことは、全員お祭りに来てるんでしょ?」

「うん」

「なら、適当にぶらぶらしてたら会えるだろうし」

「そっか。そうだね」

 納得する水姫ちゃん。

「水姫、あれは何ですか?」

 そこへフィーアが水姫ちゃんを呼んで、

「あ、フィーちゃん。それはたい焼きだよ。って、まだ買うの? せめていまあるものを食べきってからにしようよ」

 言いながら水姫ちゃんはフィーアの相手にまわる。ふたりとも、とても楽しそうだった。

 私は、水姫ちゃんが少し離れた所を狙って訊ねた。

「皆に会うとデートどころじゃないし、どこかでお面と玩具のサングラス買って変装しとく?」

「ううん、平気」

 いうと梓は私の腕にしがみついて、

「今日は私が一番なんでしょ?」

「一番は毎日だけどね」

 言いながら私はちょっと動揺。梓の胸がしっかり腕に当って、柔らかすぎる。これはメールちゃんやフェンリルじゃないけど、理性飛ぶ。

 てか、やっぱり可愛い。

 天使。

「熱々だなおい」

 と、茶化すというより、少しげんなりした顔のシュウに、

「今日はちょっとハイなテンションでねお互い」

 私がいうと、アインスは笑いながら冗談のつもりで、

「もしかしてアルコールでも入れたかい?」

「それじゃあ、そろそろ行こうか梓」

「うん」

 私たちが露骨にスルーして行こうとしだしたので、シュウが、

「おい、待った! 未成年だろおまえら!」

 指さして叫ぶも、私たちはわざとラブラブなポーズを取って逃げることにした。

 

 

 続いて私の目にとまったのは射的。そこでは、ナーガちゃんと金玖ちゃんの末っ子双子コンビが、

「落ちろカトンボ!……くそっ、また駄目か」

「当らない。……あの景品には絶対回避の魔術が掛っているとでもいうのか」

 と、いま正に泥沼に入りかけていた。

「何が欲しいの?」

 私は、そんな二人の後ろから話しかけてみる。ふたりは一回びくっと驚いた後、

「ああ鳥乃さんに徳光さんか」

「水姫から……LINEで聞いている。そうか……本当に来ていたのか。……この、闇のサバトに」

 どうやら金玖ちゃん語によると祭りは闇のサバトらしい。

「もう、みんなに私たちが来てるの伝わってたんだ」

 驚く梓に私もうなずき、

「さすが団結力が高いわよねこの子たち」

「その上、全員白とはっきりした所だからな」

 と、ナーガちゃんは射的の銃を肩で担ぎ、

「今回は鳥乃さんにも徳光さんにも大変世話になった。感謝する」

「え?」「え?」

 私たちはきょとんとし、

「梓も?」「沙樹ちゃんも?」

「お互い知らなかったのか」

 ナーガちゃんは小さく驚き、

「私たちの中に悪者の仲間がいるかもしれないという件なのだが、どうやら私が鳥乃さんに、地津が徳光さんにそれぞれ相談してたらしいんだ」

「そうなの?」

 私が訊ねると、

「うん」

 梓はうなずき、

「知ったのは今日だけどね。ふたりで漫画喫茶に入ったとき、地津ちゃんがドローンを使う本当の理由を教えてくれて」

「あの時ね」

 とはいえ、ナーガちゃんの言い方を聞くに梓にはフィール・ハンターズとか先日の事件とか詳しい事は聞かされてないらしい。

「それで思い出したけど金玖ちゃん大丈夫? 木更ちゃんが拉致された事で頭がいっぱいで全員忘れてたけど、金玖ちゃんも軍服のロリコンに誘拐されたじゃない」

「この金玖を……なるめな」

 金玖ちゃんは顔に手を当てたジョナサンポーズのジョジョ立ちでいった。ていうか「なるめな」じゃなくて「なめるな」では?

「どんな波であろうと、より大きな波の前には無力。……すぐ、飲み込まれる」

「は、はあ……」

 突然の哲学的な言葉、しかも意味が分からない。そのくせ金玖ちゃんは。

「フッ……またひとつ名言を創ってしまった」

 と、ひとり台詞を決めた余韻に浸っている。そこへナーガちゃんが、

「つまり、自分が受けた恐怖を忘れるくらい木更姉さんを心配していたらしい」

 あー。なるほど。

「まあ、加えていまは姉さんが無事だった喜びに恐怖を忘れてるらしい。数日すれば恐怖を思い出すかもしれないが、その時は私が支えるから大丈夫だ」

「ナーガちゃんなら安心ね」

 ある意味木更ちゃんより精神年齢が大人なくらいだもの。

「それで、結局親戚に黒はいないって事で解決したのね?」

 訊ねると。

「地津と話し合った結果、該当者なしという結論に落ち着いた。彩土姫姉さん水姫姉さんそして金玖は完全に昼側と確定したわけだし、中学生組は、木更姉さんは鳥乃さん側、メールが私側、他の中学生組は地津側だからな。さすがに互いの味方の中に裏切り者がいるまで考慮するには精神的代償が大きすぎる。だから私たちは暫定的に全員白と結論付けた」

「つまり、私たちが引き続き調べる分には問題ないわけね」

「ああ、そうしてくれると助かる」

 ナーガちゃんはすまなそうに言った。そこへ梓が、

「ねえ沙樹ちゃん。もしかして旅行中にしていた仕事って」

「そ、まさにこの犯人捜し」

 実際はもうふたつあったわけだけど。

「そっかー」

 梓は「なーんだ」って顔をして。

「そういう事だったら、私にも相談してくれたらいいのに」

「梓には、あの子たちに疑う目を持たずに接して欲しかったのよ。木更ちゃんからの頼みだって大事な仕事なんだから」

「あ、そっかー」

 とはいえ、梓が「でもなぁ」って顔をするので、

「ごめんごめん。代わりに何かひとつ言うこと聞くから」

 私がいうと梓は、

「じゃあ、あのぬいぐるみ取ってくれる?」

 梓が指したものは、射的の景品の中で明らかに取れなそうな大きな猫のぬいぐるみだった。

「……あー」

 無理。私の頭の中でこの2文字が浮かんだけど、言ってしまった以上はどうすることもできない。

 この状況でぬいぐるみを手に入れる手段とはいえば。

「ところでナーガちゃんと金玖ちゃんはどの景品を狙ってたの?」

 訊ねると、ふたりは同じ方向を指して、

「あのガンプラの箱なんだが」

 と、ナーガちゃん。

「あれね」

 私はすぐ店番の若いお兄さんに料金を払って、良さそうな銃とコルクを選ぶ。それでもって構えると、

「鳥乃?……まさか、私たちの仇を」

 と、驚く金玖ちゃんと、

「沙樹ちゃん? ぬいぐるみもちゃんと狙ってね」

 と、念を押す梓。

「分かってる。ちょっと待ってて」

 私はいってから、ガンプラの箱を狙って引き金を引く。コルクは狙い通り箱の角に当たるも、箱は一度大きく揺れながらも結局落ちることなく態勢を取り戻す。それは明らかに不自然な動きだったわけで。

「ビーンゴ」

 私がいうと、ナーガちゃんは驚き、

「鳥乃さん、まさか」

「あの箱、細工してあるわね。お兄さん、ちょっといい?」

 数分後。

 私は見事ガンプラをふたりにプレゼントし、ついでに口止め料として梓が欲しがってたぬいぐるみを頂戴するに至った。

 

 

「♪」

 両腕にぬいぐるみを抱え、嬉しそうに歩く梓。

 最初は、まるでズルみたいな獲得の仕方に苦言を呈されたけど、ぬいぐるみが重さ的に射的ではどこを狙っても、何百発当てても恐らく落ちないことを伝え、これが唯一の獲得方法だと“言いくるめた”所、納得してくれた。

 途中、きゅうりの一本漬けを2本買ってふたりで頬張ってると、

「あれ?」

 梓が不意に前方を指さし、

「あそこにいるの、冥弥ちゃんじゃない?」

「え、どこ?」

「ほら。あのチョコバナナ屋さんの近く」

 言われた所を、私は視線で探す。そこには、ピンクの浴衣を着た冥弥ちゃんがひとり水ヨーヨーをポンポンしながら、寂しそうに立ち尽くしている……ように見えた。表情筋があまり働かない子なので、実際は別のこと考えてたりする可能性もあるけど。

「冥弥ちゃん?」

 私はせっかくだから接触してみることにした。

「あ、鳥乃さん……に、徳光さん……」

 冥弥ちゃんは私たちに気づくと、歩いてこちらに向かってくる。

「もしかして、ひとり?」

 訊ねると、冥弥ちゃんは首を振って、

「いえ。ゼウスと一緒でした。けど、はぐれてしまって……。ということは、おふたりともLINEは確認されて、なかったん……ですね」

「え?」「LINE?」

 言われて、私はタブレットを開く。そこには早速私たちと藤稔のみんなを繋ぐグループLINEに書き込みがされてあって、ログの最後のほうに。

 

冥弥:ゼウスとはぐれた。誰か見かけたら反応お願い

 

 といった書き込みが。

「ごめん、もうLINEが活用されてたなんて知らなくて」

「気にしないでください」

 冥弥ちゃんはいい、

「それでゼウスは……」

「ごめん、見てないわ」「ごめんね」

 私、そして梓はいった。

「そうですか」

 しょんぼりする冥弥ちゃん。

「悪いわね。後で私たちも探してみるから。梓もいい?」

「勿論だよー」

 にこりと笑みを作って梓はいう。

「ありがとうございます」

 冥弥ちゃんは嬉しそうだった。

「ところで……おふたりはデートなのですか?」

 そんな冥弥ちゃんが突然訊ねてきたので、

「え、どうして?」

「LINEで木更さんが」

 ログを確認すると、確かに水姫ちゃんが私たちを見つけたと報告し、そこに木更ちゃんが「温かく見守るように」って。

「もし本当にそうなら、邪魔しては……いけないので。ゼウスの件とか」

「余計な心配しなくていいわよ」

 私は冥弥ちゃんの頭を撫で、隣から梓が、

「そうだよー。デートとはいっても、幼馴染でそれも女の子同士のお出かけなんだから」

「でも……おふたりとも夕方別れる前より、綺麗で……幸せそう」

 本当に邪魔だと思うのなら、確認もとらず見送ればいいのに、興味津々なんだろう。特にあの子はリアルにBLと百合を持ちこむ人間だし。

 なんて思ったけど、私は冥弥ちゃんの微妙な表情に気付く。

 ああ、なるほど。

「何言ってるのよ。冥弥ちゃんだって夕方より綺麗じゃない。似合ってるわよ、その浴衣」

 恐らく、この浴衣は旅館のものではないはずだ。となるとレンタルか自前か。その上、よく見ると冥弥ちゃん軽くお化粧しているのが分かる。

「あ、ありがとう……ございます」

「だから、ゼウスちゃんとはぐれたからって不貞腐れないで」

「え?」

 きょとん、とする冥弥ちゃん。

「どうして……分かったのですか?」

「え? 冥弥ちゃん不貞腐れてたの?」

 梓が訊ねると、冥弥ちゃんは「はい」とうなずいて、

「ゼウスとお祭りに行くの……楽しみだったんです。でも、一緒に見て回るはずだったのに。……すぐいなくなっちゃって」

 すると梓は驚いて、

「すごい沙樹ちゃん。どうして分かったの? 私全然気づかなかったよー。冥弥ちゃん全然顔に出ないから」

「そう? ちょっと観察すれば案外分かるって話だけど」

 一見表情は変わってないように見えたけど、微妙な首の動きとか、僅かな視線の動きで分かるのだ。対応に慣れてしまうと、本当は彼女ってすごい感情豊かなのだと気付くほど。

 なんだけど。

「……そんなに、分かるん、ですか?」

「変かな、梓」

 と、幼馴染の意見も聞いてみると、

「正直。凄いと思うよ」

 って。さらに冥弥ちゃんも、

「ゼウスなんて、一番私と付き合いが長いのに……いまだ分からないんです」

「え?」

「従姉妹であると同時に、幼馴染なんです。私たち」

 いくらゼウスちゃんでも、ここまでくると相当だ。しかしなるほど、だから私たちを見て自分の現在と比べてしまったのだろう。

 私は冥弥ちゃんの頭を撫でた。

「悪かったわね。人のデートを見せつけるなんて、ショックに逆撫でするような事しちゃって」

 そして優しく慰めるように続けていう。

「そうよね。ゼウスちゃんの為に綺麗な浴衣にお化粧までしたのに、あんな態度取られたら傷つくわよね」

「いえ、これはゼウスの為じゃないですけど?」

 即答だった。しかも普段より歯切れがいい。

「あれ?」

 今度は私がきょとんする中、冥弥ちゃんは少し恥ずかしいのか視線を逸らし、

「相手がいなくても……さすがに、ずさんな恰好でお祭りに行くのは嫌で……木更さんに、着付けと化粧を頼んだんです。……もしかして、変、でしたか?」

「そんな事ないよー」

 梓が、冥弥ちゃんの手を握っていった。

「女子力高くて、すっごく素敵。沙樹ちゃんもそう思うよね?」

「うんうん」

 こうして至近距離で見ると、冥弥ちゃんはこれでもかという程綺麗な顔をしている。まだ中学生と思ってはいたけど最終学年なので、素材としての色気は殆どハイティーンに近い。それでも、まだ雰囲気に垢抜けしてなさは残るので子供扱いしてみてたけど、今回こうやっておめかしで化けた姿を見てしまうと。

「正直、1年早く冥弥ちゃんと出会ったのを今ほど後悔したことはないわ」

「どういうこと、です……か?」

 訊ねてくる冥弥ちゃんに私は、

「ん、冥弥ちゃんが中学卒業してたらベッドに誘いたかった」

「はいアウト」

「いぎっ!?」

 梓が私の背中にデュエルディスクを当てると、直後高圧電流が私を襲う。《雷鳴》のカードをスタンガンのように使って、直接電撃を流し込んできたのだ。

 まさかの制裁新パターン。ていうか私フィール・カードの《雷鳴》なんて渡してないんだけど。

 声も出ないほどの痺れに倒れる私。それを満面の笑みで見下ろす梓。冥弥ちゃんはおろそろしていたけど、

「あ。……あれが、あった」

 そう呟いて出したのは《ご隠居の猛毒薬》。

「それでとどめを刺すんだね」

「はい。……いえ、違います」

 当然のようにさらっと梓がいうものだから、冥弥ちゃん間違えて1回うなずいちゃったじゃない。

「カード名は猛毒薬ですから、最初は苦しいですけど……回復カード、だから、数秒で痺れも取れます。たぶん」

 たぶんって何!? しかし、ツッコミさえすることができず、私は冥弥ちゃんに口を開かせ猛毒薬を流し込まれる。

 結果から言うと、本当に数秒で痺れも収まりむしろ疲れも取れた気がする。治るまでの数秒間は、毒の苦しみでのたうちまわったけど。

「でも。確かにいまの冥弥ちゃん、すっごく綺麗になったよね」

 その間、梓は私の分まで冥弥ちゃんを愛でていた。彼女の目からも、そこは認める所らしい。

 しかし当の冥弥ちゃんは、

「あ、ありがとう、ございます。…………。……………………」

 受け答えはするものの、どこか上の空になっていた。瞳もほんのり熱っぽく、頬もうっすら紅い。

 幾ら綺麗で色っぽくなってもやっぱり中学生。いま襲う気はなくても、ベッド発言は刺激が強すぎたのだろう。

 やっぱり中学以下の子供は苦手だ。改めて思う私だった。

 

 

 冥弥ちゃんと別れ、再び散策にまわる私たち。

「でもゼウスちゃんどこ行ったんだろー」

 いつの間にか買ってたチョコバナナを食べながら、梓が訊ねる。

「案外、あっちはあっちで『冥弥がいなくなったのだー』とか言ってたりして」

「あ、ありそう」

 とかゼウスちゃんをダシに盛り上がってた所、

「おじちゃん、もう1回! もう1回だけ!」

 と、これまた聞き覚えのある声が。

 どこからだろ、と辺りを見渡してみた所、彩土姫ちゃんがスーパーボールすくいの前で店員さん相手に粘っていた。しかも、隣には現在みんなが捜索しているゼウスちゃんの姿が。

「とりあえずLINEに報告しておいたよ」

「ありがと梓」

 私はいってから、ふたりの後ろに立って、

「どうしたの、ふたりとも」

「あっ! 沙樹姉ちゃん!」

 振り返り、元気に目を輝かせる彩土姫ちゃん。隣でゼウスちゃんも、

「おおっ! 沙樹に梓、よく来てくれたのだ!」

 でもって、彩土姫ちゃんは両手をあわせ、

「沙樹姉ちゃん、梓姉ちゃん! ごめん、お金貸して」

 まさか再会早々そんな事頼まれるなんて。

「駄目」

 私は、はっきりと断る。

「えーっ! 何で、何でっ!」

「何でって、いまは梓といちゃつく金しか用意してないから」

「ケチ!」

 駄々をこねる彩土姫ちゃん。一方、ゼウスちゃんは彼女なりにドン引きした顔で、

「うおっ! この人、堂々と惚気てきたのだ」

「当たり前でしょ。相手が子供だからって態度を変えるのは苦手って話なのよね実は」

 とか言ってると梓から、

「でも。さっきのは少し恥ずかしいよー」

 って反応。どうやら少し酔いも醒めてきたのかもしれない。

「それで、一体何があったのよ?」

 私が訊ねてみると、

「そうそう。聞いてよ姉ちゃん」

 と、彩土姫ちゃんが食いつき、

「ここのスーパーボールすくい。もう3回もやってるのに1個も取れないんだよ。だから、これだけやってるんだから1回くらいサービスでやらせて貰ってもいいでしょ」

 なんて言い出すので、私は笑顔で、

「うん。本気で言ってるなら人生ナメてるわねこのクソガキ」

「沙樹ちゃん。抑えて抑えて」

 梓が間に入り、彩土姫ちゃんに「ごめんね」と。

「だから行っただろう、彩土姫では無理だと」

 ゼウスちゃんはいい、

「サービスを得たければ、この神に寄付するといい。さすれば1回どころか何回でも遊べるドン!なのだー」

「よし、こっちの人生ナメくさってる自称神は来年ブチ犯す」

 と、中指立ててやったら、

「沙樹ちゃーん」

 梓が素敵な笑顔をみせてくださる。

「冗談よ。ゼウスちゃんほど子供だと来年高校生になっても性欲の対象に見れそうにないわ」

「良かったね、ゼウスちゃん」

 私と梓の言葉に、当のゼウスちゃんはげんなりと、

「素直に喜べないのだー」

 そりゃあ、喜ばれる要素皆無だもの。

 彩土姫ちゃんは店のおじさんにしがみつき、

「ねえ、いいでしょおじさん! サービスしてくれたらエッチなことしていいから。ねえお兄さん!」

「はっはっは、嬢さんはおませさんだな、あんまりそういう事は外でいうもんじゃないぞ」

 と、店員さんは彩土姫ちゃんの頭を撫でる。

「もう彩土姫ちゃん、いまの時世危ないんだから、もし相手が本気になっちゃったらとんでもない事になるんだよ」

 梓のほうは、顔を赤くしながら優しく諭す。

 店員さんも梓も、知ったら驚くんだろうなぁ、この「エッチしていい」とか口にする瞬間さえ一切の色気を感じさせない元気娘が、まさか本当にサポの常習犯だなんて。

 とりあえず、私はプールを確認。大小様々、形も色んな玉が浮かんでおり、中には光ってるものも。すくう道具はポイのようで、見たところ特にボールを取らせない細工は見られない。

「梓せっかくだからやってみるスーパーボールすくい」

 私は財布から料金分の小銭を出すと、梓は「わ」と嬉しそうに、

「うん。なら久しぶりにやってみようかな」

「じゃあ、お手本お願いね。たくさん取ったら、隣の屋台の焼きそば、大盛りで買ってあげる」

「ほんと? じゃあ頑張らないと」

 さて。

 去年、私たちが高1の頃。学校の文化祭で某クラスが購買部とのコラボで「スーパーボールすくい」を出店した。勿論、わざわざ購買部に協力を求めて普通のスーパーボールすくいを行うはずもなく、スーパーボール5個で当日販売しているパンと、10個で期限1週間の無料チケットとそれぞれ交換して貰える仕組みになっていた。

 しかし、プールに浮かぶスーパーボールは全て難易度の高い大玉。子供のゲームと舐めていた人や、ネットでコツを掴んだつもりになっていた愚か者から小銭をことごく奪っていき、よもやそのクラスは文化祭の出し物とは思えない収益を得る……寸前までいった。

 そこへ、梓という名の暴食の悪魔が現れた。

 彼女はプールの中のスーパーボールを全てすくいあげ、たった1プレイ分の料金でその日のパンを全てかっさらった上、ありったけの無料チケットを持ち帰り、結果そのクラスの収益は赤字に転落した。

 話を戻し、数分後。

 大盛り焼きそばという餌をちらつかせた結果、梓はスーパーボールを根絶やしにする悪魔へと変貌。プールがただの水槽に変わるのも時間の問題になった中、私はふたりに向かって。

「はい、これでスーパーボールすくいは終了って話。だから、もう1回も何も閉店だから彩土姫ちゃん諦めてくれる?」

「待って! 待ってよ、ずるいよそんなの」

 動揺しきる彩土姫ちゃん。まあ、理不尽って言いたいのは凄く分かる。けど、

「ずるいって言っても、ルール違反は何一つしてないのよね。それに」

 私は梓を見る。スーパーボールの悪魔は、自分がえげつない事をさせられてるのに気づかず、

「焼きそば♪ 大盛り♪」

 なんて歌を唄うようにひょいひょいとボールをすくい続ける。

 私は満足しながら、

「ほら見てよ。私の梓がこんなに可愛い。こんな素敵な笑顔を見れたんだから、お店のおじさんも撤収の準備してくれる?」

「勘弁してください。お代は要りませんので、ここでストップしてください」

 両手をあげ、店員はいった。

 店の人には悪いけど、この予想通りに出された白旗を利用させて貰おう。

 私は再び彩土姫ちゃんたちに振り返り、

「とまあ、こんな流れになったわけだけど、ふたりが条件を呑んでくれたら、私も梓にストップをかけることにするわ」

「条件?」

「とは、なんだ?」

 訊ねるふたりに私は、

「ちゃんと自分のお金で再チャレンジするか、再チャレンジを諦めるか」

「げっ……。ここでその話がくるの?」

 うわって顔をみせる彩土姫ちゃんに続けて、

「当たり前って話。大体、彩土姫ちゃんお金結構持ってるでしょ」

 昨日だってサポしたばかりなんだし。

「そ、それは……」

「甘えないの。あんな無茶振りして店員さんも迷惑でしょ」

「いや貴方たちのほうが余程迷わ……」

 後ろから店員さんが何か言ってるけど無視し、

「このお店は彩土姫ちゃんだけのものじゃないんだから。ちゃんとルールは守りなさい、いい?」

「う、うん」

 うなずく彩土姫ちゃん。

「じゃあ、どうする? 自腹でチャレンジする?」

「うん……」

 この言葉を聞けた所で、続けて私はゼウスちゃんにも。

「じゃあ、ゼウスちゃん? あなたも神なら皆のこと考えて、無料でやることも彩土姫ちゃんの再チャレンジに手も小銭も貸さない、いい?」

「分かったのだ」

 ここで私は満足し、

「梓。お店の人が白旗だしたからストップできる?」

「え?」

 梓は見上げ、

「でも大盛り焼きそば」

「買ってあげるから心配しないで」

「本当?」

「それと、要らないスーパーボールはお店の人に返してくれる? ちょっと取り過ぎだって」

「うん」

 満面の笑みで、梓は欲しいスーパーボールだけ何個か残し、あとはすべてプールに返した。

「ゼウス、彩土姫」

 さらに丁度いいタイミングで冥弥ちゃんも登場。ゼウスちゃんが次の場所に行かない為の時間稼ぎも想定通りに済んだらしい。なお、やり方が胸糞悪いのは仕方ない。私は正義の味方じゃないし善人でもない。将来間違いなく悪い大人になる人間なのだから。

「冥弥!? こんな所にいたのか、探したんだぞー」

 ゼウスちゃんは驚きながらぷんすかするも、冥弥ちゃんは眉一つ動かさず、

「探したのはこっち。……LINE、見て」

 あ、これ冥弥ちゃん怒ってるわ。けどゼウスちゃんは気付いてない様子でLINEを見て、

「なぬ!? みんな神を探してたのか?」

「皆、心配してた……。木更さんの件も、あったから。……でも」

 冥弥ちゃんはゼウスちゃんに抱き着いて、

「無事で……良かった」

 そして、冥弥ちゃんは私に顔を向けて、

「ありがとう。……見つけてくれて」

 なんか、冥弥ちゃんが凄い私を見つめてる気がしたけど、私は気にせず、

「別にいいわ。おかげで何だかんだ楽しい時間過ごしたし。ね、梓」

 私は梓に視線を向ける。が、梓はすでに隣の屋台の前で焼きそば片手に、

「沙樹ちゃん。早くお金払ってー」

 と、感動の一幕を台無しにしてくれちゃってた。

 

 

 ここまで、楽しいことばかり(?)だったお祭り。

 しかし、巨乳で可愛らしい梓と女ふたりで歩いてれば、当然変な男とエンカウントする可能性だってあるわけで。

「お。ねえ君たちふたり?」

 と、突然声をかけてきたのは明らかに遊んでそうな男ふたり組。

「俺たちもふたりなんだよね。良かったら一緒に回らない」

 と、男共はそれぞれ私たちの肩に腕をまわす。

 私はすぐ男の手を払い、

「結構よ。間に合ってるから」

「ん? 何? もしかして男待ち? いいじゃん、来る気配のない彼氏なんてさ。絶対ぇ俺たちと一緒のが楽しいよ」

「沙樹ちゃん……」

 不安そうに、梓が私を見る。

 そうよね。梓はこういう男、駄目だものね。

「だから結構って言ってるでしょ。他を当たって頂戴」

 私は露骨に不機嫌を顔に出すも、男は引く様子なく。

「まあまあ、そう言わないで。こっちの子はOKだってよ。ねー?」

 と、私の肩に腕回してた男が、梓の腕を引っ張る。

「きゃっ」

 梓の小さな悲鳴。この瞬間、私は軽くキレたわけで。

「てい」

 とりあえず、腕引っ張った男の股間に私は足蹴り一発。

「!!」

 途端、蹲り悶える男。続けて梓を取り返そうと手を伸ばすも、

「テメエ! やりやがったな」

 それより早く男は梓の首を抱え、懐からナイフを取り出し、梓の喉に当てる。

 しまった。まさかこんな所で凶器を持ちだす馬鹿がいたなんて。

「梓!」

「沙樹ちゃん!」

 互いに名を呼ぶ私たち。

「きゃああああああああああ」

 周囲も、男の凶器を前に悲鳴をあげ、騒然となる中、

「動くなよ」

 男はいった。

「ちょっとでも動いたら、大事な友達の顔に傷がつくぜ」

「この下種」

 言いながら、しかし私は手段に困っていた。銃は懐と腕の中と計2丁あるが、ここで実弾を使うわけにはいかない。しかし、だからといって少しでも動けば、男は本当にナイフで傷をつけるだろう。ならば、相手の僅かな隙を見抜くしかないのだけど。

「まあ、最後には下のお口に傷がつくけどな。ギャハハハ」

 テンプレなほど下種な笑い。しかもこいつは明らかに「梓を犯す」と宣言。

(あ、駄目)

 私の中で何かがプチッとなり、内蔵銃を搭載した腕は男の眉間にそーっと狙いを定める。

(死ね)

 と、私が撃とうとした直後。

 それより先に、後ろから屋台の旗が投げ槍の要領で飛来し、ナイフを持った男の手に当たる。

(あ)

 その瞬間に、私も頭より先に体が動き、接近して男の手からナイフを叩き落し、

「梓!」

 梓の身柄を奪還し、後ろに立たせる。

「大丈夫?」

「うん」

 怯えながら、私の背にしがみつく梓。

「てめっ」

 男が殴りかかる。私は足を出し転ばそうとするも、それより先に、ひとりの少女が男の懐に入り、腹部に拳を打ち付ける。

「かはっ」

「……」

 更に少女は、男がよろめいた瞬間を狙って、無言のまま追撃のストレート。しかも、拳は真っ直ぐ男の心臓部を一突き。

「っっっ」

 男は声にならない声をあげ、その場に倒れた。

 少女は数秒ほど男を見下ろし、男が悶えてしばらく反撃できないと悟ると私たちに振り返る。

 それは、深海ちゃんだった。

「鳥乃さん、徳光さん、大丈夫でしたか?」

 深海ちゃんは木更ちゃんに似た微笑みを浮かべながら、しかしその足は地面に転がるナイフを蹴り転がし、男の手に届かなくする。抜け目ない。

「ありがとう、助かったわ」

 私は応えつつ、

「梓、大丈夫? 怪我はない?」

「うん。大丈夫、ふたりともありがとう」

 梓はいうも、しかし体が震えてるのがわかる。

 深海ちゃんはいった。

「こういうお祭りですから、警備員もいるでしょうし、ヤのつく方も関わってるでしょう。あとは彼らに任せて私たちは適当な場所に逃げませんか?」

「そうね」

 私は同意する。

「では、こちらに」

 どうやら、すでに避難先は決めてたらしい。私は深海ちゃんの誘導に従い、その場を後にした。

 しかし先ほどの動き。

 深海ちゃんは明らかにフィールを行使していたのだ。

 それも、ただ力に頼ったわけではない。投げ槍こそフィールで精度を上げてはいたものの、瞬時に相手の懐に踏み込む脚力、そして心臓狙いのストレート。これらは純粋な彼女の身体能力だったように見えたのだ。

 

 深海ちゃんが誘導した先は公園エリアだった。

 今までの一直線の通りとは違い横幅も広く、中央にはやぐらが設置され、いま現在はどこかの中学の吹奏楽部が演奏している。奥には小さな建物が設置されており、いま現在は警備員・スタッフ共同の待機所として使われてる。

 また、公園の外はすぐ住宅地や茂みへと続いている。いま祭りを楽しんでる人たちの中には自宅が目と鼻の先って人もいるだろう。

「なるほどね」

 私は納得した。

 ここなら、もし誰かに襲われても逃げる手段は豊富で、加えてスタッフに助けを求めるのも容易。実際、私たちもまずその待機所に向かうことにした。もちろん、今回の騒動を報告する為。しかし。

「あー。もう報告は済ませたぜ」

 と、入ろうとした矢先、私たちは隣から声をかけられた。

 振り返ると、浴衣……ではなく普段着姿の地津ちゃんが最近朝ドラで有名な五平餅を齧りながら、

「状況はグループLINEで知ってる。災難だったなー」

 と、地津ちゃんは待機所の壁にもたれかかった。

「ありがとう、地津ちゃん」

 私はいい、続けて深海ちゃんが、

「もしかして、ずっと公園エリアにいたのですか?」

「まーな」

 地津ちゃんは肯定し、

「祭り会場ずっと歩くのも面倒だし、公園エリアだけでも十分楽しめるしなー」

「何より、LINEでトラブルが起きたら真っ先に動けるから?」

 今日一日の彼女の行動から推測して、私は訊ねてみる。

「まーな」

 地津ちゃんは一応肯定した。YesともNoとも取れない適当な返事だったけど、恐らくYesとみて間違いないだろう。

「もしかしてゼウスちゃんのときも?」

 梓が訊ねると、地津ちゃんは「ああ」とうなずいて、

「心配しなくても、もう見つかった報告まで済ませてあるぜ」

「た、頼もしい」

 私は素直に感心してしまった。同時に、私は今日までずっと大きな勘違いをしていたことに気づく。

 彼女たちの中で、木更ちゃん以外で一番大人なのはナーガちゃんだと思ってた。次点では以外にもメールちゃん。そこに木更ちゃんを加えた3人が親戚同士を繋ぎ支える柱なのだと思ってた。

 違ったのだ。

 本当に一番大人で賢くて全体が見えてるのは、地津ちゃんだったのだ。

(ああ)

 誰よりずぼらで、初対面の印象は一番私や梓に興味を示してない印象だったこの子。蓋を開けてみればメールちゃん以外の中学生組を影で纏める司令塔であり、自由行動という二日目で、彼女だけはメンバー全体の動きを把握し、トラブルを真っ先に感知する位置に立っていた。そして今回も。

(やっちゃったわね)

 今更、親戚組の中でパイプを持ちたい人間が出てくるなんて。

 もう少し接触しておけば良かった。

 信頼や友情を築いて、個人同士で連絡を取れる関係になっておけば、いざという時彼女の頭脳は頼りになる。こちらには木更ちゃんもいる以上、絶対に繋がっておかなければならない人間だったのだ。

「沙樹ちゃん、どうしたの?」

 梓が顔を覗き込んで訊ねてきた。少し考え事に時間をかけすぎたらしい。

「なんでもないわ」

「そう」

 私の返事に、梓は少し心配そうな顔になり、

「あ、そうだ。沙樹ちゃん喉乾いてない? あそこでラムネ売ってるから、一緒に買ってどこかで休もう?」

 気を遣わせてしまったらしい。けど、いまの私にはベストなタイミングでの提案だった。

 少し休んで頭を切り替えよう。今日は梓とのデートなのだから、彼女中心で物事を考えてたい。

「そうね」

 私はうなずいて、

「じゃあ、茂みのほうにでも行ってみる? あそこなら人も少ないから静かに休めそうだし」

「うん、いいよー。賛成」

 梓は笑顔をつくり、いった。

 

 

「ふう」

 私は茂みに入ると、まず一息ついて、

「お疲れ、梓」

 ラムネを片手に言いながら、無料で配られてたうちわで私と梓を交互に扇ぐ。

「うん。沙樹ちゃんもみんなの相手お疲れ様」

 梓はうちわの風を涼しそうに受けながら、ラムネを一口。

「涼しいねー」

 梓はいった。うちわで扇がれたからではない。それだけ、祭りの会場と茂みの中で気温が違って感じるのだ。

 中に入ってみると、茂みは普段感じてた以上に奥行きのある人工森林みたいになっており、会場の熱気や騒然から一気に遠ざかり思った以上に静かに休めるエリアになっていたのだ。予想よりずっと暗いのを除けば。

「そうね。さすがに祭り会場はずっといるには暑苦しいわ」

 返事しながら私もラムネを一口。よく冷えていて、かつ疲れた体に糖分が効く。

「うん、でも凄く楽しいね」

 満面の笑みの梓。それが見れただけでも、デートに誘ったのは大正解だった。

「まあね」

 私は、しみじみとうなずき、

「休んだ後はどうしようか、梓」

 とは、まだ見て回るか祭りを後にするか、の相談だったのだけど。

「うーん、まずはかき氷とからあげかなー?」

 さすがは梓。何を食べるかで返事してきた。しかも、「そういえば食べてなかった、食べたい」と思えてしまうようなラインナップ。

「そのあとはフライドポテトに、焼きとうもろこし。あっ、地津ちゃんも食べてた五平餅も食べたいかも」

 しかも、まだまだ食べる気満々のようで。こうなったら私も悪ノリで、

「ケバブとピロシキの屋台もあったわよね」

「本当? そんなの絶対食べないと」

「他に食べてないのといったら、フランクフルト?」

「あ、忘れてた。あとアメリカンドッグも」

 なんて盛り上がってると。

「もしかして、沙樹おねーちゃんに梓おねーちゃん?」

 と、奥から女の子の声が。

「あれ? メールちゃん?」

 私が訊ね返すと。

「うん」

 と、嬉しそうにメールちゃんが合流してきた。

「全然みないと思ったら、こっちにいたんだねー」

 梓が、メールちゃんの頭を撫でながら訊くと、

「ちょっと熱気にやられちゃって、クールダウンしてたの」

 と、視線を梓の胸から外しつつ緩々な顔をみせる。

 ところで。

「具体的には?」

 にやりと笑い、私はからかう。

「ふぇっ?」

 予想通り、メールちゃんは顔を真っ赤に動揺するので、

「お祭りだものね、周りにはおめかしして綺麗なお姉さんばかりって話だものね。悶々としちゃったわけね」

「ち。違うよお」

「じゃあ何?」

 と、からかって遊んでると、梓が。

「ねえ沙樹ちゃん。何の話?」

 って。

 ああ、そういえば梓はメールちゃんの秘密知らないんだっけ。とはいえ、事実をそのまま伝えるとびっくりするので、

「実はメールちゃん、バイなのよ」

 と、間違ってはいない言葉で暴露しておいた。

「え」

 でもって、ぴくっと固まる梓。私は続けて、

「あんまり虐めないであげてね、どうやらこの性癖でいままですっごい苦労してるそうだから」

「いまの沙樹おねーちゃんが言えたことじゃないよぉ」

 メールちゃんの言う通りである。

「じゃあ、あの書き込みって……」

 突然、梓が考え込みながら呟いた。

「あの書き込み?」

「え?」

 私の言葉に梓はハッとなり、

「う、ううん、気にしないで? たぶん、気にしない方が幸せだよ。ねー?」

 と、あからさまに慌てながらメールちゃんに同意を求める。

 メールちゃんも梓の意図は分かってるようで。

「う、うん。ねー」

 と、動揺しつつ話を合わせる。

 恐らく書き込みとはLINEのことだろう。私がまだ確認してない過去の書き込みに答えがあるのだろうけど。

「分かったわ」

 私は、言われた通り気にしないことにした。踏み込み過ぎないのも、裏世界で生きるには重要なスキルなのだ。いまここは表の世界だけど。

「…………」

 あれ? なんだか梓の無言の笑顔が怖い。しかも、私じゃなくてメールちゃんに向けてる?

「え、えっと、その、ふぇぇ」

 感受性の高いメールちゃんも、当然梓のオーラには気づいており、おろおろと怯えながら、

「じゃ、じゃあわたしは彩土姫ちゃんたちの所に戻ります。梓おねーちゃん、ありがとうございました」

 と、逃げる口実を見つけると、ぺこりぺこりと頭を下げ逃げてしまった。

「……梓」

 再びふたりきりになった茂みの中。

 私は、何が梓を怒らせたのか分からず、そっと訊ねてみる。……うん、私も気圧されちゃって、そっと。

「なに、沙樹ちゃん?」

 梓は未だメールちゃんの逃げた先にオーラを向けながら、

「沙樹ちゃん? メールちゃんには深入りしないほうがいいと思うよ」

 なんて。

「え? あ、うん。……そういうことね」

 何となく「私に性的な目を向けてる」ことと関連があると分かり、私はうなずくも。

「けど、大丈夫よ」

 私はいった。

「メールちゃんは、私と違って性欲に身を任せるような子じゃないわ」

「でも……」

「じゃなければ、私より先に梓が襲われてるわよ」

「え?」

 どうして私って目をして訴えかける梓。

「1日目にナーガちゃんが言ってたわ。私たちがメールちゃんの視線に対して全く同じ反応してたって」

「それって。……メールちゃん、私にも?」

 梓は、ここで初めて自分もメールちゃんに性的な目を向けられてると気づいたらしい。

「私がそういう目で見られて、梓が見られないはずないって話でしょ」

 間違いなく、梓のほうが可愛いし優しいし性的な体してるんだもの。

「けど、どうしたの。昨日の夕食のときはあれだけ仲良くしてたのに」

 今日は一転してあれだけ威圧をぶつけるとか。

「そんなの、沙樹ちゃんに意識を向けさせない為だよー」

 ちょっと照れくさそうに梓はいった。

「もちろんナーガちゃんに言われて信じてみようって思ったのもあるけど、どちらにしても仲良くなったほうがいいかなって」

「……」

 私は、密かに絶句した。

 梓ってこんな強かだったっけ? それとも、私がずっと幼馴染フィルター越しに見てしまってただけで、梓はとっくの昔に成長し変わってしまったのかもしれない。

 いや、そもそも出会い始めからお互い打算で近づいてたのだとしたら。中3の冬の再会も嘘だったら。私たちの友情も嘘だったら。

(いけない、いけない)

 マイナス思考のどつぼに嵌る所だった。私は頭の中でぐるぐるする負のサイクルを頑張って振り切る。

 元々人間不信な私だけど、増田の死からどうにもメンタルが豆腐気味で未だに治らない。早く復帰しないと本当の意味でハングドの戦力には戻れないというのに。

「……沙樹ちゃん?」

 そんな私を、心配そうに覗き込む梓。その際、服の胸元から谷間が覗けそうになり、これだけは流されてはいけない情欲に襲われそうになる。

 大丈夫。発情できるだけ私はまだ正常だ。

 私は服の内側に顔を潜り込ませ谷間に挟まれたい欲求を何とか抑え、

「大丈夫よ。梓がまだメールちゃんをそこまで警戒してたの知って驚いただけ」

「え、当然だよー」

 梓は緩々に笑みをみせ、

「だって、大好きな沙樹ちゃ―ー」

 と、言いかけた直後、梓の口が一回止まる。

「ん、どうしたの梓」

「……ねえ」

 程なくして、梓がいった。

「なにか聞こえるね?」

 言われて耳に意識を向けると、茂みの更に奥のほうからギターの音が聞こえる。

「誰かが演奏してるっぽいわね」

「ちょっと覗いてみよっか?」

 と、梓。私も断る理由はないので、

「そうね。ちょっとだけなら大丈夫よね」

 私たちは音のする方角へと向かってみることにした。

 程なくすると、森林が僅かに開き、絶妙に月光の差し込んだ場所へと辿りつき、その中心部でフードを被ったパーカー姿の少女が、切り株を椅子にひとりギターを鳴らしていた。

 髪はショートカット。口角が僅かにつり上がり、強気で挑発的な目つきをしてるも、何かに疲れ切ってるかのように瞳は濁って映る。そんな彼女の目つきを反映してか、彼女の演奏はどこか蠱惑的な魅力があり、それでいて虚無を感じさせる寂しさをかもしだしていた。

 背丈は少し小柄。胸元が膨らんでる様子はあまり見られない。

「誰なりぞ?」

 突然、その演奏が終わり、少女がこちらに顔を向ける。どうやら、もう気付かれてしまったらしい。

「悪いわね邪魔しちゃって。あまりに綺麗な演奏が聞こえたものだから」

 私はいって、梓の手を引きながら一緒に少女の前に出る。

「あ」

 梓がつぶやいた。

「もしかして、知り合い?」

 訊ねると、梓は複雑そうに笑って、

「う、うん。前にちょっとね」

「ほほう、狐か兎ではないとは思ってたにゃけど、梓ちゃんではないですか」

 少女はポロンともう一度ギターを鳴らしてから、

「善いぞ好いぞ、そういう出会いこそが野良演奏の醍醐味なり」

 と、切り株から腰をあげ、私たちの下まで歩み寄る。

「余はムゲツ、夢の月と書いてムゲツというのです」

「鳥乃 沙樹よ」

 お互いに自己紹介を済ませ、握手を交わす。その時私は直感で気付いた。この夢月ちゃんって子は私が欲情してもいい年齢だと。

「じゃあ、夢月ちゃんでいい?」

「苦しゅうないぞ。では私も沙樹ちゃんと呼ぶぞよぞよよ」

「じゃあ夢月ちゃん、どうしてこんな所で演奏を?」

 訊ねると、

「月がとても綺麗だったのです」

 夢月ちゃんはいった。

「それに今日は祭りだったぽん、遠くから聞こえる陽気な賑わいが絶好の演奏日和にしし」

 確かに、祭りの声がほのかに聞こえ、月も満月に近い今日という日は、こんな場所での音楽がとても様になる。

「ところで」

 夢月ちゃんはにたっと笑うと、

「お二人はただの友達にゃりか? 女の子同士にしては、どうにも雰囲気が怪しいわん」

 と、屈んで私たちを覗き込む。

「ただの幼馴染だよー」

 梓は否定しながらも嬉しそうにいった。

「ま、そんな所」

 もし梓が肯定しようものなら、私も「そういう関係になった」と受け取っても良かったのだけど、さすがに梓がそっちに走ることはないらしい。

 しかし夢月ちゃん、パーカーの下は胸元広めのブラウス1枚だった為、梓と違い胸元からは谷間どころか内側がガッツリ覗ける。しかも、まさかのノーブラ! まあ、ぶっちゃけ予想通り貧乳だったけど、おかげで乳首を拝めてしまえ、私はついガン見してしまった。無防備万歳、夢月ちゃん御馳走様です。

(あれ?)

 ふと、夢月ちゃんの顔を至近距離で見たとき、私は妙な既視感を感じた。

 彼女の顔立ちは、私の知る誰かとそっくりに見えたのだ。その誰かが誰だったのか思いだすことができなかったけど。

「きひひ、そうにゃりか」

 夢月ちゃんが離れる。残念、もう少しさくらんぼを眺めてたかったのに。

 しかし、不思議な子だった。

 まず言葉遣いが安定しない。ゼウスちゃんばりに尊大な物言いかと思えば、いきなり動物語になり、さらに丁寧語に変わったりもする。ただし、立ち振る舞いは一貫してフランクかつ人懐っこい。――ようで人の心を見透かしてるような、それでいて自分の腹の底は読ませない気味悪さも感じる。

「そうでげす」

 夢月ちゃんはいった。

「ここでお会いしたのも何かのご縁、よろしければお近づきの思い出に拙者とデュエルするでござる」

 しかも、ここで新たな口調のオンパレード。まるで「口調が読めない」とか考えてたのを見抜き、わざと余計に振り回してきたような。

「デュエルね」

 彼女の底知れない何かに私は一瞬躊躇ったけど、

「余に勝ったら、好きなだけ屈んであげるぞよ」

「犯ります」

 性欲には逆らえなかった。

 梓はハンマーを持って、

「沙樹ちゃーん? さっき夢月ちゃんの何を見てたのかなー?」

「し、仕方ないって話でしょ。服の内側見えちゃったんだから、ふたつの可愛いさくらんぼ」

 私はハンマーで潰された。

 

 

沙樹

LP4000

手札

[][][]

[][][]

[]-[]

[][][][《闇》]

[][][]

ムゲツ

LP4000

手札

 

 

 梓からのリアルダメージから回復し、改めて私たちはデュエルを開始する。

 デュエルディスクからは、夢月ちゃんが漢字ではなく片仮名でムゲツと表記されていた。そのほうが外国風とか何とか拘りがあるのだろう。

「さて」

 さて手札を引こうという辺りで、夢月ちゃんはいった。

「デュエル開始時、余はスキル《闇の力》を使うぞよ。この効果によって、我がフィールドに《闇》が発動した状態でデュエルするぞよ」

 直後、夢月ちゃんの前方に黒い靄が発生する。夜の闇もあり彼女の体が靄に隠れて見づらくなるも、月光が反射し、どこか幻想的に映る。

「この効果により、フィールドの悪魔族・魔法使い族モンスターの攻守は200アップにゃり。ところで」

 続けて夢月ちゃんはいった。

「余が勝てば沙樹ちゃんは何してくれるぞよ?」

「あ。そういえばどうしよ」

 何も考えてなかった。

「警察に出頭すればいいんじゃないかな」

 梓がにこにこ笑顔でいった。酷い。

「まあ言ってみただけにゃり」

 夢月ちゃんはにひひと笑い、

「その代わり、先攻は余が貰うぞよ」

「まあ、それでいいなら」

 私が彼女の提案を許可した所、デュエルディスクも会話を反映し、夢月ちゃんの先攻が確定する。

 私たちは最初の手札を4枚引き、

「では私のターンなのね」

 夢月ちゃんがいった。さりげに一人称まで余だったり私だったりするわけか。

「にひひ、おいどんはモンスターをセット、さらにカードを2枚セット。こ、れ、で、ターンを終えるっぴー」

「待った!」

 私はさすがに突っ込む。

「何その『おいどん』からの『終えるっぴー』って口調は」

「ケケケ」

 しかし、夢月ちゃんは変な笑いを浮かべるだけ。やばい、接すれば接する程この道化師っぷりに振り回されそうになる。

「私のターン。ドロー」

 さて。相手はどんなデッキなのだろう。

「まずは私もカードをセット。そして《幻獣機テザーウルフ》を通常召喚。このカードの召喚に成功したとき、場に幻獣機トークンを置くわ。守備表示で特殊召喚」

 手札が初手からがっつり動く引きをしてなかったのもあり、私はまず防御的な一手で様子見に入ることにした。

「バトル。《幻獣機テザーウルフ》でセットモンスターに攻撃」

 さて、彼女はどんなデッキを使ってくるのだろうか。もう一度綺麗なさくらんぼを拝む為にも、まずは少しでも情報を頂くとしよう。

 幻獣機からテザーが飛ばされると、腕に巻きつかれた形で1体の魔法使いが姿を現す。しかも、あのカードは確か。

「《マハー・ヴァイロ》!?」

「正解にゃりぞ」

 夢月ちゃんがにやりとする。けど、あのモンスターの守備力は1400。テザーウルフは攻撃力1700なので戦闘破壊が可能。

 しかし、

「さらにダメージステップ時に罠カード《鎖付き尖盾》を発動なのです」

 《マハー・ヴァイロ》のもう片方の腕に、更に先端に槍のついた鎖が巻きつかれた。

 鎖は伏せカードの中まで続いており、ヴァイロが腕を引くともう片方の先端からスパイク・シールドが姿をみせる。

「《鎖付き尖盾》の効果で《マハー・ヴァイロ》の攻撃力は500アップ、さらに《マハー・ヴァイロ》は自身が装備しているカード1枚につき更に攻撃力を500アップする効果持ちでげす」

 

《マハー・ヴァイロ》 攻撃力1550→1750→2750

 

 当然、フィールド魔法の効果も付与されるので《マハー・ヴァイロ》の攻撃力は2750に。

「さらにさらにィッ!」

 夢月ちゃんははしゃぐように言った。

「《鎖付き尖盾》を装備したモンスターが守備表示で戦闘を行う間、その守備力に攻撃力を加えるのねェッ!!」

 テザーの拘束を盾の刃で破った《マハー・ヴァイロ》は、テザーウルフが機銃をばら撒くと、鎖付きの盾をヌンチャクのように振り回す魔法使いらしからぬフィジカルな方法で弾丸をすべて弾き、

「アチョー」『アチョー』

 夢月ちゃんと《マハー・ヴァイロ》が同時に叫び、最後に《鎖付き尖盾》をモーニングスターのように使いテザーウルフをたたき落とす。

 

《マハー・ヴァイロ》 守備力1400→4150

沙樹 LP4000→1550

 

 テザーウルフこそ破壊されなかったものの、まさか攻撃して逆に2000ポイント以上のウォールバーンを受けてしまうなんて。

「ターン終了よ」

「なら、余のターンチェキ」

 チェキって何?

 夢月ちゃんはカードを引くと「ほうほう」とうなずき、

「運命の神様はさらに追い込んで遊べと言ってるみたいなのね。私は手札から《魔導戦士 ブレイカー》を通常召喚」

 ……うげっ。

「ブレイカーは召喚成功時に魔力カウンターをひとつ乗せる」

 《魔導戦士 ブレイカー》の攻撃力は1600、魔法使い族なので《闇》の影響を受けて1800。そして、魔力カウンターが乗ってる時のブレイカーは攻撃力が300アップするので、攻撃力は2100に。

 だけど、ブレイカーはすぐ魔力カウンターを取り除き、

「自身の魔力カウンターをひとつ取り除いて《魔導戦士 ブレイカー》の効果を発動ネ! この効果によってフィールドの魔法・罠カードを1枚破壊するヨ! 余は沙樹ちゃんのセットカードをデデデデストローイ」

 もう突っ込みが追いつかない夢月ちゃんの喋りはともかく、ブレイカーが振るう剣の一閃が衝撃波となって、私の伏せカードは破壊される。

 今日もミラフォは仕事をしない。

 

《魔導戦士 ブレイカー》 攻撃力1600→1800→2100→1800

 

「カードを1枚セット。そしてバトルに入るドン!」

 夢月ちゃんがいった。

「《魔導戦士 ブレイカー》で幻獣機トークンを攻撃ザウルス! さらに、ここで罠カード《マジシャンズ・サークル》発動ウラ!」

「《マジシャンズ・サークル》?」

 なんて地雷カードを投入してくるのよ。このカードは魔法使い族の攻撃宣言時に発動するカードで、お互いにデッキから攻撃力2000以下の魔法使い族を特殊召喚するカード。

 しかも、この特殊召喚はデッキに魔法使い族が存在する限り強制で。攻撃力2000のアタッカーを出せるならまだしも、

「ここで私が《エフェクト・ヴェーラー》みたいな攻撃力1000以下のカードを入れてたら、死んでたわけね」

 危ない危ない。私のデッキには魔法使い族は入ってないので、モンスターを呼び出すこと自体ができない。

 しかし、問題は相手側。

 《マジシャンズ・サークル》なんて使い所の難しいカードを投入している以上、それを最大限に活かすカードを投入してないわけなく。

「では、私はデッキから攻撃力2000、《幻想の見習い魔導師》を特殊召喚するのね」

 出てきたのは、魔法使いの褐色の少女。恐らく原作遊戯王のマナをモチーフとしたモンスターであり、そのせいか可愛らしいのだけど私は性的に反応できない。

 だって、マナって13歳らしいしね。

「《幻想の見習い魔導師》の特殊召喚に成功した事で、余はデッキから《ブラック・マジシャン》をサーチするぞよぞよよ」

「《ブラック・マジシャン》!?」

 私は一瞬驚きかけた。そのカードはデュエルモンスターズ界で一番有名なカードのひとつなのだから。

 そして、恐ろしくトリッキーなサポートを多く持つカードでもある。だから私は「厄介なデッキが来た」って意味で驚いた。

「さて、ブレイカーの攻撃は止まらないにゃし。幻獣機トークンを両断にゃし」

 ブレイカーの魔力を帯びた斬撃を受け、ホログラムのデコイが消滅すると、

「続けて《マハー・ヴァイロ》で《幻獣機テザーウルフ》に攻撃ぴょん」

 スパイクシールドを持った《マハー・ヴァイロ》がフィジカルに殴りかかる。一応魔法剣だったブレイカーと違い、もう戦士族に種族変更してもいい程、魔法要素を感じない。

 私は、ここで手札を1枚墓地に送り、

「手札の《幻獣機ジョースピット》を捨てて効果発動。テザーウルフの攻撃力をターン中400上げて、幻獣機トークンを1体生成」

 《マハー・ヴァイロ》の打撃がテザーウルフに当ろうとした瞬間、何処からか鮫型の幻獣機、ジョースピットが出現、《マハー・ヴァイロ》に奇襲を仕掛ける。咄嗟に《マハー・ヴァイロ》は攻撃対象をジョースピットを叩き壊すも、その間にテザーウルフは新たなデコイを生み出しながら距離をとる。

「フィールドにトークンが存在する限り、テザーウルフは破壊されないわ」

「だが、《マハー・ヴァイロ》の切れ味は受けて貰うぞよ」

 

《幻獣機テザーウルフ》 攻撃力1700→2100

沙樹 LP1550→900

 

 さらに減少する私のライフ。しかし、これでテザーウルフは戦闘破壊されることも、《幻想の見習い魔導師》の攻撃で更にライフを削られることもない。

「仕方ないにゃあ、それなら《幻想の見習い魔導師》でトークンを破壊するのです」

 最後に《幻想の見習い魔導師》の(やっと魔法使いらしい)魔法攻撃でトークンが破壊され、

「ターン終了ナノーネ。ここから、どう反撃してくるのか楽しみなのデアール」

 夢月ちゃんはいった。

 

沙樹

LP900

手札2

[][][]

[《幻獣機テザーウルフ》][][]

[]-[]

[《魔導戦士 ブレイカー》][《マハー・ヴァイロ》][《幻想の見習い魔導師》]

[][《鎖付き尖盾》][《セットカード》]

ムゲツ

LP4000

手札1

 

「私のターン」

 さて、相手のフィールドは効果破壊には耐性がなさそうだから、上手く全体破壊が決まればいいのだけど。

 とか考えながら私は、

「ドロー」

 と、カードを1枚引き抜く。

 よし! これなら。

「私は《幻獣機ライテン》を通常召喚。このカードは手札を1枚コストに幻獣機トークンを生成する。私は《RUM-アージェント・カオス・フォース》を捨てて、トークンを特殊召喚」

 フィールドに新たな幻獣機と、再びホログラムのデコイが出現し、私のフィールドはモンスターが3体に。

 同時に、幻獣機の「幻獣機トークンのレベルだけ自身のレベルを上げる」効果によって、2体のレベルはそれぞれ7に。

「楽しんでる夢月ちゃんには悪いけど、このターンで決めてあげるわ」

 と、私はKO宣言。夢月ちゃんは感心した様子で、

「ほう。ほうほう、そんなに余のおっぱいが見たいなりか?」

「当然!」

 ガッツポーズでいうと、

「沙樹ちゃーん?」

 後ろで観戦してた梓から、すっごいオーラを感じる。怖くて後ろ振り返れない。

「私は、レベル7《幻獣機テザーウルフ》と《幻獣機ライテン》でオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築」

 夜空に銀河の渦が出現すると、2体のモンスターは霊魂となって取り込まれる。

「竜の名を持つ機械の鳥よ。いまこそ空を支配し、私に勝利を輸送せよ! エクシーズ召喚! 発進せよ、ランク7《幻獣機ドラゴサック》!」

 銀河の渦から降臨したのは先端に竜の首を模した部位を持つ大型の航空機の姿。

「そしてランク5以上のモンスターが特殊召喚された事で、墓地の《RUM-アージェント・カオス・フォース》を手札に戻す」

「あ、沙樹ちゃん上手い」

 梓が反応してくれた。天使の言葉に私は鼻を高くし、

「《幻獣機ドラゴサック》のモンスター効果。このカードのオーバーレイ・ユニットを1つ取り除き、幻獣機トークンを2体生成」

「ほうほう。それからそれから?」

 楽しそうに、私のプレイングを眺める夢月ちゃん。私は続けて、先ほど手札に戻したRUMをディスクに挿しこむ。

「魔法カード《RUM-アージェント・カオス・フォース》を発動。このカードは、フィールド上のランク5以上のXモンスターをランクアップさせる。私はランク7の《幻獣機ドラゴサック》1体でオーバーレイ・ネットワークを再構築」

 すると今度は私の前方が丸々渦巻きながら歪み、ドラゴサックが霊魂となって取り込まれる。

「冒涜なる科学の力よ、いまこそ機械の鳥に魔竜を宿らせ、銀河の海を支配せよ! ランクアップ・エクシーズ・チェンジ! 機動せよランク8《CX幻獣機レヴィムリーヤ》!」

 渦は爆発を起こし、梓ごと私たちを巻きこむ。

 爆発の中で生誕したのはドラゴサックの面影を残す禍々しい幻獣機。その攻撃力は3000!

「ほう、かの悪魔の名を持つ幻獣機ときたか」

 夢月ちゃんは未だ余裕の顔。

 しかし、このモンスターが暴れれば、その表情もきっと変わるはず。

「バトルフェイズ。レヴィムリーヤで《幻想の見習い魔導師》を攻撃」

 私が攻撃宣言すると、レヴィムリーヤの背に1体の幻獣機が搭載、射出される。

 出撃した幻獣機は《幻想の見習い魔導師》に体当たり、爆発して魔術師もろとも四散した。

 

夢月 LP4000→3200

 

 まずは1体。私は続けて場のトークンを1体排除し、

「レヴィムリーヤの効果を発動。このカードがドラゴサックをエクシーズ素材としてる場合、このカード以外の幻獣機をリリースすることで、追加の攻撃が可能になる」

 ルール上ではリリースだけど、ソリッドビジョン上では先ほど射出された幻獣機のかわりにホログラムのデコイが搭載される。

「ほう、にゃるほど。もう1度だけ攻撃ができるのね」

 夢月ちゃんの反応に、私は心の中で「にやっ」となりながら、

「続けてレヴィムリーヤで、今度は《マハー・ヴァイロ》に攻撃」

 再び射出。ホログラムのデコイは光学兵器化しながら《マハー・ヴァイロ》に体当たりし、風穴を開けて破壊する。

 

夢月 LP3200→2950

 

「レヴィムリーヤの効果を再び使用。2体目のトークンも搭載!」

「にゃにぃ!?」

 予想通り、ここでやっと驚く夢月ちゃん。しかし、残念ながらこれ以上反応はされず。

「レヴィムリーヤで《魔導戦士 ブレイカー》戦闘破壊」

 

夢月 LP2950→1750

 

 夢月ちゃんのモンスターが全て排除された所で、私はさらにトークンをリリースし、

「これで終りね。最後のモンスターも搭載しレヴィムリーヤの第四打! 夢月ちゃんに直接攻撃」

 こうして最後のトークンも射出され夢月ちゃん本人に襲い掛かる。が、衝突しかけた瞬間、彼女の周りをバリアが覆って、

「罠カード《ガード・ブロック》にゃりぞ。この攻撃の戦闘ダメージを0にし、余はカードを1枚ドロー!」

「えっ!?」

 まさか《ガード・ブロック》とは。

「にひひ、その様子だとここで私を倒すのは失敗したようでげすな」

「ううっ! もう少しでさくらんぼだったのに、私はこれでターン終了」

 心底悔しさを滲ませながら、私はターン終了を宣言した。

 

沙樹

LP900

手札0

[《セットカード》][][]

[][][]

[《CX幻獣機レヴィムリーヤ(沙樹)》]-[]

[][][]

[][][]

ムゲツ

LP1750

手札2

 

「ムゲツのターン、ドローなりぞ」

 夢月ちゃんはカードを1枚引くと、

「にひひ、まず余は《マジシャンズ・ロッド》通常召かーー」

 言いかけた所へ。

「ストップ。夢月ちゃんのスタンバイフェイズ時に、レヴィムリーヤのオーバーレイ・ユニットをひとつ取り除き効果を発動するわ。私の場にトークンを2体生成」

 こうして、私の場に新たなホログラムのデコイが出現。

「おお、これはすまなかったぽん。では改めて《マジシャンズ・ロッド》通常召喚するなり」

 夢月ちゃんの場に1本の杖が出現すると、それを半透明の《ブラック・マジシャン》が現れ、手に持つ。

「《マジシャンズ・ロッド》の召喚成功時、デッキからブラック・マジシャンのカード名が記された魔法・罠カード1枚をデッキからサーチできるのです。余はこの効果で《黒の魔導陣》手札に加え発動なのね。《黒の魔導陣》はカードの発動時の効果処理としてデッキの上からカードを3枚確認、その中からブラック・マジシャンのカード名が記された魔法・罠カードもしくは《ブラック・マジシャン》を手札に加えるのです」

 うっ、《マジシャンズ・ロッド》1枚からどんどん場を整えてくる。

「余は《永遠の魂》を手札に加え、残りを好きな順番でデッキの上に戻すのです。カードを2枚セット、そしてバトルフェイズ! 《マジシャンズ・ロッド》で幻獣機トークンを戦闘破壊なのです」

 夢月ちゃんの手札は先ほどまで3枚で、その内1枚は《ブラック・マジシャン》。なので2枚のうち1枚は間違いなく先ほど手札に加えた《永遠の魂》ということになる。

 とはいえ、滅茶苦茶にカードをサーチはされたけど、このターンで一気に攻めてはこず、

「そしてターン終了でげす」

 と、ターンがこちらに回ってきた。

 

沙樹

LP900

手札0

[《セットカード》][][]

[][《幻獣機トークン(守備)》][]

[《CX幻獣機レヴィムリーヤ(沙樹)》]-[]

[][][《マジシャンズ・ロッド》]

[《黒の魔導陣》][《セットカード》][《セットカード》]

ムゲツ

LP1750

手札1

 

「私のターン。ドロー」

 宣言し、私はカードを引く。直後、

「にしし、そのドローフェイズ終了時、ムゲツは永続罠《永遠の魂》を発動するのね」

 と、前のターンに手札に加わってたカードが発動される。

「《永遠の魂》は1ターンに1度、2つの効果から1つを選択して発動するにゃ。今回選択する効果は、《ブラック・マジシャン》の特殊召喚」

 夢月ちゃんは最後の手札をデュエルディスクに置く。直後現れたのは邪悪な顔と褐色の肌を持つ魔術師の姿。つまりパンドラタイプの《ブラック・マジシャン》。

「《ブラック・マジシャン》が召喚されたことで《黒の魔導陣》の効果を発動。《CX幻獣機レヴィムリーヤ》を除外」

「あっ!?」

 と、驚く間に除外されて姿を消すレヴィムリーヤ。

 レヴィムリーヤのトークン生成効果は自分・相手双方のスタンバイフェイズ時に使用できる。しかし、今回はスタンバイフェイズ前に除外されてしまった為、効果を使うことができない。

「にしし、今度はトークンのほうを残してしまったにゃりが、手札1枚で今度は何を見せてくれるのね? 楽しみなのです」

 煽ってくる夢月ちゃん。

「そうね、なら」

 私はいった。

「ファイナルターン」

 どこか別のカードゲーム産の一言を。

「にゃぬ? 手札1枚とトークン1体だけで、このターンの間に余の《ブラック・マジシャン》を倒しライフを0にすることができるというのかえ?」

 訊ねる夢月ちゃんに私は、

「半分正解ね」

「半分?」

「そ、夢月ちゃんには悪いけど、ふたつのさくらんぼの為に一種の禁じ手に入らせて貰うわ」

 私はいい、手札をディスクに読み込ませる。

「手札からレベル4チューナー《バルジザン》を通常召喚。そしてレベル3の幻獣機トークンに、レベル4《バルジザン》をチューニング」

 《バルジザン》が4つの輪に変わり、ホログラムのデコイが内側を潜り、混ざり合う。

「大空より降臨せよ鉄の翼! その黒き暴風にて全てを焼き掃え! シンクロ召喚! 発進せよ、レベル7《ダーク・ダイブ・ボンバー》!」

 こうして出現したのは、人型の特徴と爆撃機の風貌を併せもったモンスター。私が死んだあの日、フィール・ハンターズのひとりが持っていたカードである。

「にゃるほど」

 夢月ちゃんがいった。

「確かに《ダーク・ダイブ・ボンバー》には、モンスターをリリースしてレベル×200ダメージを持ってるなりね。けど《ダーク・ダイブ・ボンバー》をリリースしても1400、このムゲツのライフ1750を削りきることは」

「夢月ちゃん、すっかり忘れてるでしょ」

 私はいった。

「伏せカード」

「あ」

「永続罠《マーシャリング・フィールド》を発動。この効果で《ダーク・ダイブ・ボンバー》のレベルを9に」

 《マーシャリング・フィールド》には1ターンに1度、5~9のレベルを宣言し、ターン終了時までレベル5以上の機械族のレベルを統一できる効果を持つ。そして《ダーク・ダイブ・ボンバー》でレベルを変更させたモンスターをリリースした場合、変更後のレベルを使ってバーン効果が起動する。

 夢月ちゃんが「なるほど」って顔で、

「《ダーク・ダイブ・ボンバー》のレベルを9にすれば、1800バーンになって余を倒せるというにゃりね」

「正解」

 私が肯定すると、

「しかし、容赦ないにゃりね沙樹ちゃん。レヴィムリーヤで1キルを狙ったかと思ったら、今度は相手のエースを無視して焼き殺しにくるとは」

「容赦なさすぎるよー」

 と、夢月ちゃんと梓。

「さくらんぼがかかってるもの、リスペクトなんてしてられないわ」

 私はいい、モンスターをリリースする。

「《ダーク・ダイブ・ボンバー》の効果発動。自身をリリースし、夢月ちゃんに1800点のダメージを与える」

 ところで、私は梓の笑顔が怖く後ろを向いてなかった為、気づかなかった。

 梓が、いつものハンマーに《巨大化》をかけ、殺る気満々で待機してたなんて。

 デュエルが終了したとき、巨大なハンマーが私の脳天を直撃する未来が確定していたなんて。

 

夢月 LP1750→0

 

 

 

 

 

 

 私の名前は藤稔 木更(ふじみのり きさら)。陽光学園高等部一年の女子高生。

 そして、かすが様愛です。

「なんで木更ちゃんが来るのさ。また監禁したくなっちゃうじゃないか」

 開幕。

 フェンリルさんの早速の言葉に、私は頭を真っ白に固まってしまいます。

「二度目は無いぞ。八つ裂きにされたくないなら黙ってくれないか?」

 と、睨みつけていったのはナーガちゃん。

「八つ裂きしてくれるならむしろして欲しい程だよ。ボクだって理性では凶行に出たくないんだから」

 フェンリルさんはため息を吐いていった。明らかに本音でした。

 ナーガちゃんもまた、ため息を吐いて。

「なら実行しなければいいだけだろう」

「だから、しない為に欲求を小出しにしてるんだよ。想いを聞いて貰うだけでも違うでしょ。また執行するかもって分かってくれたら警戒もしてくれるだろうし。それが面倒なら遠慮しないで殺ってよ。ボクの命はボクのものじゃないけど、君が木更ちゃんを護る為に殺してくれるなら頭下げて感謝したい程だ」

「それはそれでやめてくれ、胃が痛くなる」

 ホットミルクを一口飲んで、ナーガちゃんは項垂れるようにいいました。

 いま正に鳥乃先輩がハンマーで卒倒した頃。

 私とナーガちゃん、フェンリルさんの三人は『BARなばな』にいました。ボックス席に私とナーガちゃんが隣同士で座り、対面の席に危険人物のフェンリルさん。

 私はホットコーヒーを一口飲んで、頭を切り替えてから、

「それで、何か分かったのですか? フェンリルさん」

 と、訊ねます。

 フェンリルさんは、

「うん。お祭りを抜けて来ただけの価値はあると約束してもいいよ」

 確かLINE曰く先輩たちがヤンキーに絡まれた辺りでした。私のタブレットに高村司令から『BARなばな』に向かうよう指令がきたのです。

 どうやらフェンリルさんから鳥乃先輩宛てに連絡が入ったらしく、ですけど現在先輩の仕事用の番号は事務所から許可を取った上での留守電状態。代わりにメッセージを受け取った事務所側が代行してフェンリルさんと連絡を取った所、

「尋問の結果が出た」

 と言われたそうです。それで件の担当は私だった為、こうして赴いたという形です。依頼の関係上ナーガちゃんを連れて。

 フェンリルさんはコーラフロートの上のアイスをぱくりしながら、

「まあ、ボクの性癖は抜きにしても、できれば木更ちゃんに直接伝えるのは避けたかったんだけどね。ちょっとショッキングな内容もあるから」

「私にショッキングな内容、ですか? もしかして、親戚の中に黒がいたのですか?」

 私たちの間では全員白と片付いた要件ではあったのですけど。

「うん、いたよ」

 フェンリルさんはいいました。

 私は、もうそれだけでショックで心が冷えるのを感じながら、

「誰なんですか? その黒だった子は」

「その前に、今回の首謀者を伝えたいと思う」

「首謀者……って、もしかして」

 驚き、私が訊ねると、フェンリルさんは何から何まで肯定するように、

「うん。木更ちゃんのお姉さんをさらって、鳥乃さんを一度殺害し、名小屋近郊の某ビルを襲撃したオールバックの男のことだよ」

「あの緒方さんって方、そこまで喋られたのですか?」

「まあね。ケツ掘ったマグナムを上の口に押し込もうとしたらすぐ吐いたって。あ、両方の意味で」

 どうやって吐かせたかの話は、正直聞きたくなかったのですけど。

「木更ちゃん、それとナーガちゃんだったね。覚悟して聞いて欲しい」

 フェンリルさんは重い顔をしていった。

「首謀者の名前はかすが。普段はKasugaya本店で店長している男だと判明したよ」

『え』

 私、そしてナーガちゃんは一回頭を真っ白にしてから、

「っ……。そんなはずはない」

 一足先に思考を取り戻したナーガちゃんがいいます。

「私たち親戚の長女をさらう現場は木更姉さんが見ている。顔を覚えてないと聞いてはいるが、さすがに犯人の顔を見れば違和感のひとつでも覚えるだろう」

 しかしフェンリルさんは真っ直ぐ向き合ったまま、

「ボクは手に入れた情報をそのまま伝えてるだけだよ。違うと思うならそちらで調べてくれると嬉しいな。まあ、そういう反応はくると思ってたけど」

 正直、私も信じたくはありません。でも、それを自分まで言ってしまったら鳥乃先輩が用意してくれたこの機会と、無茶に応えてくれたフェンリルさんの行動を無駄にしてしまう。

 それに……。

「話を続けてください」

 私はいいました。

「いいの?」

 訊ねるフェンリルさんに、

「伏線はありましたから」

「伏線?」

「内容は伏せますけど、以前かすが様はハングドに依頼を出したことがあります。それも、夕方に依頼を出す決意をし、当日の閉店後にはもう鳥乃先輩が仕事の交渉に入っていたそうです。ハングドは普通の人間が名前を知っている事自体が異例ですし、例え知ってても『ドラゴン・キャノン』なしに、その場ですぐ連絡を取れるほどガバガバなセキュリティをしてません。ましてや、かすが様は仕事の真っ最中だったんですよ? その片手間に依頼書を届かせるなんて普通では無理です」

「つまり、その店長は普通ではないと」

「フィール・ハンターズそれも支部長クラスの人間だったなら、それを可能にするパイプの持ち主だったとしても納得です」

「なるほどね」

 納得するフェンリルさん。対し、

「っ……」

 ナーガちゃんは、私がオールバック=かすが様を認めたことに驚愕している様子でした。仕方のないことですけど。

「分かった。話を続けるよ」

 フェンリルさんはいいました。

「幸運かは分からないけど、ちょうど緒方は例のビル襲撃事件のメンバーだったらしい」

「え、そうだったのですか?」

「うん。元々緒方の支部とかすがの支部は別だったんだけど、あるハングドの任務で鳥乃さんが協力要請したテスタメント神父によるパーティで事実上の壊滅。残ったメンバーは支部ごとかすがの支部に吸収されたらしい。だから、吸収前からかすがの支部に所属してたメンバーに藤稔って苗字の人がいるって証言も貰ってきたよ。勿論、フルネームで」

「あ」

 その言葉を前に、私はハッとなります。

 あまりの衝撃に忘れてました。

「つまり、私たち親戚の中に、姉をさらった黒幕がかすが様だとすでに知ってて、その上で協力していた人がいた」

 って事実に。

「ナーガちゃん」

 私は、嫌な予感を胸に視線を向けます。

「ああ」

 ナーガちゃんはうなずいて、

「かすが様の為なら私たち親戚さえ敵に回す奴ならひとりいるな」

「ですね」

 私がうなずき返すと、ナーガちゃんはいいました。

「藤稔 深海だな?」

「うん」

 フェンリルさんは肯定します。

「やっぱりか」

 ナーガちゃんは複雑そうな顔をみせる。そこへ。

「それで、悪いんだけど」

 フェンリルさんが続けて、

「黒だったのは、ひとりじゃないんだ」

 と、言ったんです。

「え?」

 嘘。ひとりでも認めたくなかったのに、もうひとりいるなんて。それも、これ以上は該当できる人物なんて。

 フェンリルさんは、ナーガちゃんに顔を向けます。そして、とてもとても言い辛そうに。

「藤稔 金玖。それがもうひとりの黒だよ」

「っ」

 ナーガちゃんが顔面蒼白になります。無理もありません。だって、金玖ちゃんはナーガちゃんの双子の妹。

「予め言っておくけど、金玖ちゃんは件の襲撃には参加していない。更にいうと深海ちゃんと違ってフィール・ハンターズに所属しているわけでもないよ」

 ですけど、そんな言葉がどれだけ慰めになるでしょうか。

「金玖ちゃんはカオスとニュートラルの中間に位置する個人業者らしい。主な仕事は賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)雇い兵(マーセナリー)。どうやら緒方に雇われる形でフィール・ハンターズのかすが支部に合流したらしい」

「緒方さんに? という事は緒方さんに捕まってたのって」

 私が訊ねるとフェンリルさんは「うん」とうなずいて、

「3人が裏で繋がってたんだ。金玖ちゃんが捕まったフリをして、深海ちゃんが木更ちゃんを彼女の下へと誘導、緒方さんが協力者ごと木更ちゃんたちを捕まえるシナリオだよ」

 そういえば、最初に金玖ちゃんを発見したのは深海ちゃんでした。まさかふたりが緒方さんとグルだったなんて。

「何故だ」

 全身を震わせ、ナーガちゃんはいいました。

「何故、金玖までもが悪事を働く側にまわったんだ。何か聞いてないか? あいつが、あいつが何故あんな行動を取ったのか」

 しかしフェンリルは首を横に振って。

「緒方の様子から、恐らく金玖ちゃんなりに目的はあっての行動なのだろうと神父から聞かされてる。でも、緒方はここだけは最後まで口を割らなかったんだ。食糞までさせられて口を割らなかったらしい」

「うっぷ」

 私の胃が逆流しそうになりました。目の前のコーヒーの黒色が気持ち悪さを増長させます。以前、鳥乃先輩がカレーで吐きそうになった気持ちが今はすごくよく分かりました。

 この現状で、そっちに胃を悪くさせられる私の精神もおかしいとは思いますけど。

「とりあえず、ボクが掴んだ情報は以上だよ」

「そうか……」

 このまま崖から身を投げ出しそうな、疲れ切った顔でナーガちゃんが立ちあがります。

「情報提供、感謝する。報酬はハングドの口座に振り込むから、そちらでフェンリルの取り分を交渉してくれ」

「ナーガちゃん」

 心配して私が呼びかけると、

「悪いが今日は戻らせて貰う。せめて朝までそっとしておいてくれ」

 ナーガちゃんはいい、ドリンク代だけ置いてその場を後にします。私は、追いかける事ができず、しばらくの間ナーガちゃんを見送った玄関を眺め、次第にタブレットを開き、LINEのログを確認します。

 そこでは、いまも親戚たちが、深海ちゃんと金玖ちゃんも交えて和気藹々と書き込みを続けてて。

 でも、もう戻れない。

 色あせていく。過去のものになっていく。私たちの絆が、信頼が、思い出が。

 いままでのように、あの子たちを見ることができない。

「……助けて、夢月お姉ちゃん」

 私は、静かに姉を呼びました。

 オールバックの男にさらわれてから、まだ一度も再会できずにいる、双子の姉の名を。

 

 

 

 

 

 

 

メール:みんなー。点呼開始するよー。

梓:はーい

水姫:はーい

彩土姫:いぇーい

金玖:b

ゼウス:神である

冥弥:水姫×フィーアが尊い

深海:はーい

沙樹:木更ちゃんprpr

梓:ハンマーしました

ナーガ:報告しなくてもリアルで見えてる

地津:そんな事より、冥弥それは水姫のいない所で書け

木更:皆、ホテルのチェックイン終わりました

:フェンリルが参加しました

メール:あ、フェンリルおねーちゃん♪

地津:おせーぞー

フェンリル:ごめん、本当に入っても良かったのか不安で

フェンリル:木更ちゃんに別窓で確認取ってたんだ

ゼウス:神が許してるのだ いいに決まってるであろう

彩土姫:そうだ、ボクたち今からお祭り行くんだけど、フェンリルは?

フェンリル:ごめん。用事あるんだ。

彩土姫:えー

水姫:残念だけど用事なら仕方ないね

冥弥:鳥乃さんと徳光さんは来てくれるかな?

木更:ふたりも用事みたいですね。どちらも留守電になってます

金玖:(`・ω・´)

水姫:速報!お祭りで徳光さんと鳥乃さん発見

地津:やったぜ。

金玖:かいめんうもれこ

木更:みんな、二人は多分デートですから温かく見守ってあげてくださいね

水姫:え? あれデートだったの? でも女の子同士だよね?

冥弥:だからいいんです!

彩土姫:そういえば鳥乃さんレズだったっけ。今度会ったらサポ誘ってみよっと

ナーガ:同時に子供嫌いらしい

木更:中学生以下は手を出さないようにしてるらしいですよ?

彩土姫:ちぇーっ

メール:彩土姫ちゃんが変な事言うからおっきしちゃった。ちょっと茂みで処理してくるね

水姫:おっき?

ナーガ:報告するな。勝手にやれ

ナーガ:いや、いま外れの茂みで休んでるとだけ報告して欲しかった

冥弥:それはそれで、色んな妄想をかきたてられます

ナーガ:冥弥、現在位置を教えろ。いまから張り倒しに行く

冥弥:嫌です

彩土姫:メールちゃんに精〇勿体ない!って言いたかったけど、メールちゃんとすると止まらなくてお祭り終わっちゃいそうだもんなあ

彩土姫:断腸の思いで性欲処理は断ったよ

地津:やめてくれ。生々しすぎる

水姫:あ……おっきってそういう言葉だったんだ(///▽///)

地津:しまった! 藤稔一族最後の希望を汚してしまった

深海:この際、みんな親戚同士でカップルになったら如何ですか?

ナーガ:その心は?

深海:私がかすが様を独占できます。

金玖:ミカァ!

ゼウス:ミカァ!

ナーガ:何いってんだミカァ……

地津:ミカァ!

冥弥:ゼウスとはぐれた。誰か見かけたら反応お願い

深海:探してみます

金玖:足が疼いてきた。見つけたら制裁に踏んでいい?

冥弥:ヤっちゃってください

彩土姫:フリマでヒール売ってたよ?

金玖:買いに行ってくる……とナーガに伝えたらぶたれた

冥弥:ログ流れそうだからもう一度

木更:ちくわ大明神

冥弥:ゼウスとはぐれた。誰か見かけたら反応お願い

深海:誰だ今の

フェンリル:誰だ今の天使

梓:あ、ゼウスちゃん発見

金玖:おお

梓:彩土姫ちゃんと一緒にいたよー

ナーガ:おい彩土姫、なぜ報告しなかった

深海:何はともあれ良かったです

彩土姫:ごめん、スーパーボールすくいに夢中で

彩土姫:途中でゼウスちゃんがきたけど報告忘れてた

彩土姫:てへぺろ

ナーガ:お前なあ

彩土姫:ていうか梓姉ちゃんがやばい

彩土姫:屋台のスーパーボール全部取っちゃいそう。おじさんも顔青くなってるアワワ

冥弥:おかげでゼウスと合流できた。みんなありがとう

沙樹:ゼウスちゃんが無事で良かったわ

ゼウス:あれだけ惚気ておいてよくぞそんな事を

沙樹:はいはい、おしゃぶりと粉ミルクあげるから落ち着いて

ゼウス:子供扱いするでない!

木更:むしろ赤ちゃん扱いですよね?

冥弥:いいですね

冥弥:今から赤ちゃんグッズ確保してきます

水姫:冥弥ちゃん、もしかして怒ってる?

冥弥:激おこぷんぷんアルティメットストリーム

冥弥:いまゼウスがLINE見て怯えてるけど許しません

木更:すみません、私とナーガは所用で少し会場を離れます

彩土姫:はーい

水姫:はーい

沙樹:はーい

ナーガ:すまない、誰か金玖の面倒を見てやってくれ

金玖:冥弥いまどこにいる? 合流したい

地津:その心は?

金玖:怯えてるゼウスが見たい

ナーガ:金玖、後でお前折檻な

深海:緊急!鳥乃さん徳光さんがヤンキーに絡まれました

彩土姫:え!?

地津:状況は?

深海:場所は通りの奥。からあげ串、トルコアイスの店が見えます

冥弥:鳥乃さんが不良に絡まれたって本当?

水姫:深海ちゃん、いまどうなってるの? 状況教えて

彩土姫:反応がないね

金玖:深海の霊圧が……消えた?

ゼウス:ミカァ!状況を報告するのだ

深海:すみません

深海:暴徒鎮圧に入ってました

彩土姫:ぼ、暴徒って

地津:ヤンキーがナイフを出して脅したんだとよ

水姫:ナイフ!?

地津:安心しろ

地津:すでに警備員に報告した。鳥乃さんも徳光さんも深海も無事だぜ

深海:ふたりは茂みのほうで休まれるそうです

ゼウス:よ、良かったのだー

メール:梓おねーちゃん、こわかったー

彩土姫:メールちゃん、ずっと反応しないで何してたの?

メール:ずっと性欲処理してたの

メール:って

メール:おねーちゃんたち、不良に絡まれてたの?

地津:リアルでも言ったが反応おせー

彩土姫:あれ、いまメールちゃんと合流してるの?

深海:はい。公園エリアです。

地津:たったいま金玖も合流した

水姫:じゃあ、ボクもそっち行くよ。フィーちゃんとアインスさんも一緒だけどいい?

彩土姫:ボクも行くよ! ゼウスちゃんと冥弥ちゃんも一緒に

ゼウス:ところで皆の衆

ゼウス:落ち着いた今だから相談したいのだが

ゼウス:合流した辺りから冥弥の様子がおかしいのだ

メール:どうおかしいの?

彩土姫:なんか、心ここにあらずって感じ

ゼウス:誰かにトゥンクしてる疑惑ありなのだ

地津:めんどくせー

地津:とりあえず、拉致してでも公園に連れてこい

地津:総掛かりで誰に恋したか吐かせるぞ

地津:あーめんどくせー

水姫:そう言ってる地津ちゃんが一番乗り気だよね

金玖:なんか凄い音が聞こえた

梓:どうしよう

梓:ハンマーしたら沙樹ちゃんが本当に倒れちゃった

ゼウス:ファッ

地津:ファッ

彩土姫:えっ

水姫:えっ

金玖:ファッ

深海:えっ

メール:えっ

冥弥:鳥乃さんが?

冥弥:大丈夫なのですか?

冥弥:いま、どこにいますか?

彩土姫:冥弥ちゃんが、リアルでもLINEでも異常なほどパニクってる

水姫:もしかして、冥弥ちゃんが好きになっちゃった人って……

ナーガ:悪い。先に宿に戻ってる




●今回のオリカ


闇の力
スキル
(1):フィールド魔法「闇」が発動した状態でデュエルを開始する。
(遊戯王デュエルリンクス)

幻獣機ジョースピット
効果モンスター
星3/風属性/機械族/攻1400/守 900
(1):自分の「幻獣機」モンスターが戦闘を行うダメージステップ開始時からダメージ計算前までに、このカードを手札から墓地へ送って発動できる。
そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで400アップし、自分フィールドに「幻獣機トークン」(機械族・風・星3・攻/守0)1体を特殊召喚する。
この効果は相手ターンでも発動できる。
(2):このカードのレベルは自分フィールド上の「幻獣機トークン」のレベルの合計分だけ上がる。
(3):自分フィールド上にトークンが存在する限り、 このカードは戦闘及び効果では破壊されない。
(スピットファイア+ジョーズ@サメというよりあご)

CX幻獣機レヴィムリーヤ
エクシーズ・効果モンスター
ランク8/風属性/機械族/攻3000/守2500
レベル8モンスター×3
(1):自分または相手のスタンバイフェイズ時に、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。
自分フィールドに「幻獣機トークン」(機械族・風・星3・攻/守0)2体を特殊召喚する。
(2):自分フィールドにトークンが存在する限り、このカードは戦闘・効果では破壊されない。
(4):このカードが「幻獣機ドラゴサック」をX素材としている場合、以下の効果を得る。
●自分バトルフェイズ中に、このカード以外の「幻獣機」モンスター1枚をリリースして発動する。
このカードは通常の攻撃に加えて、もう1度攻撃できる。
(レヴィアタン+An-225ムリーヤ)

バルジザン
ペンデュラム・チューナー・通常モンスター
星4/闇属性/機械族/攻1500/守2100
【Pスケール:青1/赤1】
(1):このカードはPゾーン以外の魔法・罠ゾーンに置く事ができる。その場合、このカードはPスケールを持たない永続魔法として扱う。
(2):EXデッキからモンスターを特殊召喚する場合、自分はこのカードの上のモンスターゾーンに特殊召喚できる。
【モンスター効果】
(バルジ+パルチザン)

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