遊☆戯☆王THE HANGS   作:CODE:K

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MISSION18-処分人(スローター)

 私の名前は鳥乃 沙樹(とりの さき)。陽光学園高等部二年の女子高生。

 そして、レズである。

「ちょっとメールちゃんと風俗行ってくるわ」

 二日目、朝。

 この日は夕方まで自由行動という形をとっており、みんなで旅館を出て、さあ一旦解散といった所で私はいった。

 結果、

「はいアウト」

「ひでぶ!」

 早速、梓からハンマーを喰らったわけで。

 木更ちゃんから禁止されてるのに、皆の前でハンマーされたわけで。

「あの先輩気持ちは分かりますけどみんなが」

 指摘する木更ちゃん。梓は、

「あ」

 となって、「ごめんなさい」と謝る。

 それで朝からショッキングな光景を見た親戚組はというと、

「す、凄い。ソリッドビジョンが本物みたいに」

 驚く水姫ちゃん。

「ねえ!ねえ!それどうやったの? 昨日のかすが様のカードも実体化できるの?」

 目を輝かせ食いつく彩土姫ちゃんに、

「これが……古の魔術か」

 妙な設定を見出す金玖ちゃん。

 どうやら、種を知ってるナーガちゃんはともかく小学生組は誰もショックを受けてない模様。というか、ビジョンのリアル化で怪我人が出てるのに気づいてない感じ。まあ、芸人が頭はたくようにハンマーが出たせいだろうけど。

「だ、大丈夫ー? 沙樹おねーちゃん」

 そんな中、当のメールちゃんは跪いて心配してくれ、

「あ、そうだった。まだホテルの前だから氷貰ってくる? 頭打ってたら病院に行った方が」

 それを聞いてハッとなった水姫ちゃんが応急手当をしようとするも、

「そこは大丈夫だよ。生傷は残ってないからギャグ漫画みたいに復活するよね、沙樹ちゃん」

 梓がいいつつ、笑顔で圧力をかけてくる。

「跡残らないだけで、痛みは割と本物って話なんだけど梓」

 とはいえ、水姫ちゃんを筆頭に段々みんな心配モードになってきたので、私は立ちあがって平気平気とアピール。

「自業自得だ」

 呆れた顔でナーガちゃんがいった。一方、彩土姫ちゃんは興味津々って顔でメールちゃんに、

「で、さ。でさ、本当に行くの? 風俗、風俗」

「い、行かないよー」

 メールちゃんはにこっと笑って、

「だって今日の彩土姫ちゃんの分も残しておかないと」

 と、爆弾発言。

 固まる周囲。

「メール、まさかお前」

 わなわなというナーガちゃん。

「あ」

 ここで、やっと自分がやらかしたと気づいたメールちゃんは、

「ち、ちがうの、ちがうのー」

 と、今さらな弁解。

「沙樹ちゃん、もしかしてメールちゃん男の子だったの?」

 唯一事情を知らない様子の梓。私は首を横に振り、

「いや、メールちゃんは女の子よ」

 そこを彩土姫ちゃんが横から、

「そうそう。メールちゃんはち○○もま○○も付いてるけど、ちゃんと女の子だから」

「わーーーっ! そういう事いっちゃ駄目ぇ」

 慌てるメールちゃん。これは埒が明かない。

「と、とりあえず風俗ってのは冗談だけど、ちょっと色々あって今日私とメールちゃんのふたりで見て回る約束しちゃって、じゃ行ってくるわ。メールちゃん、ほら行こ」

 私はメールちゃんの腕を引き、逃げるようにこの場を後にした。

 

 

 私はスタバで甘いアイスカフェオレを買うと、

「はい。メールちゃん」

「ありがとー」

 嬉しそうに受け取るメールちゃん。

 私は普通のアイスコーヒーを店員から受け取り、適当な席につく。

 梓や木更ちゃんたちから別れた私たちは、高村司令と合流する為、適当にテーブル席のある店で待機していた。

「木更ちゃんがいうには、あの後、更に3グループに別れたらしいわ。具体的には『ゼウスちゃん、深海ちゃん、木更ちゃん』『地津ちゃん、梓』『冥弥ちゃん、ナーガちゃん、水姫ちゃん、彩土姫ちゃん、金玖ちゃん』って具合だって」

 私はコーヒーを一口飲み、いった。

「どう思う?」

 とは、今回の組み合わせの件だ。更に言うなら、いま私たちが一緒に行動してる原因とは別件。「この中にオールバックの味方がいる」話題である。

「うーん、正直おかしな所はないかなー? 小学生組とおねーちゃん組に分かれて、冥弥ちゃんは保護者で彩土姫ちゃんたちについたと思うよー?」

 メールちゃんはいった。

「あえて言うなら二番目が気になるかなー。それでも確かに地津おねーちゃんは単独行動しそうだから、その保護者に梓おねーちゃんがついたって可能性が高そうー?」

「けど、梓は保護者兼地元のガイド枠でもあるから、つくなら3番目よね」

「あー、そっかー。なら警戒しないとー」

 納得するメールちゃん。

「でも、白じゃなくても、やっぱり地津ちゃんが例の無差別殺人犯はないとおもうなー。鈍器みたいなので色んな人皆殺しにしたんでしょ? 地津ちゃんらしくないよぉ」

「地津ちゃんらしくない?」

「うん、だって地津ちゃん運動神経はあんまりないもん」

 自覚なく、さらっと姉をディスるメールちゃん。

「なら、言い方を変えるわ。酷いこと聞くけど、メールちゃん的に怪しいと思ってる人はいる?」

 するとメールちゃんは意外にも「うん」とうなずき、

「いるよー」

 って。

「え、いるの?」

「今朝ちょっと気になったことがあったからねー」

 そういって、メールちゃんはカフェオレをごくごく飲む。

「気になること?」

 訊ねると、

「あのね。今朝梓おねーちゃんが《ハンマー・シュート》を実体化させたよね?」

「うん」

「それってフィールを知らない人には、ありえない事だと思うの。だけど」

 メールちゃんはいった。

「わたしのおねーちゃんたち、誰ひとりとして驚いてなかったよ?」

「え」

 確かに。私はさらっと流してたけど、言われるとメールちゃんの言うとおり反応としては不自然だ。

「つまり」

 そこへ横から声が。

「地津って奴も含めて複数人敵側って可能性もあるわけね」

 高村司令だった。

「ちっす」

 司令は私と同じブラックコーヒーのカップを持って、私の隣に座る。

「はい、その通りです」

 メールちゃんはうなずき、

「あなたが、沙樹おねーちゃんの組織の司令さんですね? 初めましてー藤稔メールです」

 と、ぺこり。

「高村 霧子よ」

 司令は名乗り返す。

 ちなみに、先ほどの会話は通信機越しに木更ちゃん、ナーガちゃん、双庭姉妹など任務に関わってるメンバーに垂れ流しになっている。もちろん、司令も聞いていたはずだ。

 ところで、と私は話を戻し、

「待って、さっきメールちゃんは地津ちゃんはないって」

 すると高村司令は半眼で、

「例の無差別殺人犯イコール地津じゃないってだけでしょ。メールは、他にも敵がいて、その中に地津もいるかもしれないって言ってるのよ」

「あ」

 なるほど。

「ったく。去年までランドセル背負ってた子に頭で負けてどうするのよ。まあいいわ」

 司令はいって、

「その件はあちらに任せて、そろそろ出発するわよ」

 そうだった。今回の私の仕事はナーガちゃんの依頼ではないのだ。

「そうだね、時間も丁度いいから、行こー」

 メールちゃんが勢いよく立ち上がった。その様子からは、いまの話題を終わらせたいという意志がみえる。

(ああ)

 これ以上、親戚を疑うのが苦しかったのだ。私だってもし梓を疑う事態になったら死ぬほど苦しい。そんなこと分かってたのに、私は当然の心理をすっかり忘れ配慮なしで接してたのだ。

(悪かったわね、メールちゃん)

 私は心の中で謝った。

 

 

 

 そんなメールちゃんから案内されたのは、名小屋駅それも関係者以外立ち入り禁止区域。偶然なのか否か、私たちはアンちゃんとデュエルしたあの場所へと向かっている。

「情報が正しければ、こっちー」

 地下深く続く階段を下りていくメールちゃん、そして私。

「ハイウィンドのアジトはねー、この先にあるー」

「円筒形の地下調整池」

 私はいった。するとメールちゃんは驚いて、

「正解ー。その調整池を通るのー。知ってたの?」

「前に依頼でね。犯人がアジトにしてたのよ」

「……。おー、そっかー」

 どことなく意味深に納得するメールちゃん。

 そのまま、円筒形の白いトンネルを潜る私たち。調整池とは豪雨などの洪水を一時的に溜める施設をいうのだけど、今回も見たところトンネルの床が所々濡れてる程度だった。

 私たちは真っすぐ進んでトンネルの出口へ。当然、今回はアンちゃんが待ってるわけでも、悪友が機械装置で拘束される様子もない。――はずだった。

「ごきげんよう、鳥乃さん、監査官さま」

 そこに、アンちゃんはいた。それも以前と全く同じ場所で《ギミック・パペット-死の木馬》に乗って待っていたのだ。

 恐らく乗ってるモンスターは車椅子代わりだろう。最近、やっと復学したアンちゃんだけど以前様子を見に行った所、松葉杖だったのだ。曰く、まだ足腰にダメージが残ってるらしく放課後はいまもリハビリ生活なんだとか。

「おー。お出迎えありがとー」

 メールちゃんはいった。

「まさか」

 私は驚き訊ねた。

「ハイウィンドの雇い主って、もしかして」

「神簇家です」

 微笑んでいうアンちゃん。

「なるほどね」

 司令がいった。

「やっとアンタたちやメールの組織が分かったわ。そりゃ組織名もいえないし、神簇家の名を明かすこともできないわ」

「知ってるの司令」

 訊ねると。

「親戚よ。高村と神簇は」

「嘘っ」

 驚く私。するとアンちゃんは、

「本当です。それに気付いたのは私の事件が解決した後ではありますけど」

「だから私は神簇家、いえその本家の更に裏にある組織に心当たりはあるわ」

 司令はそこまで言うと、

「で」

 と、白い目でいった。

「ハングドのトップが親戚のおばさんだから多少のことは許されると?」

「まさか」

 そんな司令に対し、アンちゃんは挑発するような目で返し、

「身内だからなんて、そんな甘い考えで組織が成り立つと思いますか、おば様。いいえ、それ以前に『許す許さない』以前の問題ではないでしょうか?」

「は?」

「私の支部の方が、貴女の組織の方を依頼者ごと殺し、目撃者を全て殺処分する為研究所を襲撃し、後日任務の障害になった鳥乃さんを狙撃した。組織同士の対立としては別に何もおかしくないと思いますけれど」

「なッ」

 ブチッ! そんな擬音が司令から聞こえそうだ。しかし、

「ハングドだってターゲットや対立した別組織に対し、全く殺傷加えてないわけではないでしょう。ロウに枠組みされているNLTや米警察だって必要ならその程度の権限は持ち合わせてるのですから。私はこれ以上ハングドに対し下手に出る必要も、監査で裁かれる必要もないと考えております」

 なんて、自分側の正当性を主張するアンちゃん。しかも彼女の言ってることは自分勝手かつ外道ではあれど、割と正しくはある。幾らロウ・ニュートラル・カオスに分けたからといって、いくら組織を善悪で分けれるからといって、私たち組織の活動する世界は法の外なのだから。

 けど。さすがに少々強気が過ぎる。これではまるで「何しても私は悪くない悪いのはお前だ」な昔々の神簇のようだ。

「あのねー。信用問題忘れてないー?」

 そこへメールちゃんが助け船に入る。しかし、

「勿論ですよ。ですけど、ここでこれ以上下手に出るほうが信用問題に傷がつく。私はそう考えております」

 と、アンちゃん。

「ハングドのほうには、ハイウィンド名義とはいえ姉上様から謝罪文が送られているでしょう、なのにハングドからは返事が来てないのですから。これは絶対に許さないという鉄の意志と鋼の強さで徹底抗戦に来ているものと」

「え? 謝罪文? そんなの来てないけど」

 司令がいった。

「え?」

 目を丸くするアンちゃん。

「確かに私たちの名は出してませんけど、姉上様は速見様殺害時、研究所襲撃時、決闘疾走大会時と計3回謝罪文を出したはず。その全てに犠牲者への慰謝料含む金銭的要求も受け入れるとの文面も込みで」

「いや、まったく来てないから」

 そんなやり取りから、

「あ」

 私は嫌な予感に気づいた。

「もしかして、うっかり依頼してきた時の連絡先にそのまま送ってるんじゃ」

 ちょうど神簇からの依頼の後辺りに定期的な連絡経路の変更を行ったはずだし。

「…………」

 直後、アンちゃんから表情が消えた。それから数秒後、

「……ふ、うふっ……あ、あははははっ! もうイヤ、何なのですかあの愚姉は! どこまで抜けてらっしゃるのですか、勘弁してくださいませ!!」

 と、アンちゃんが壊れる。

 私はいった。ため息混じりに、

「アンちゃん、神簇とあなたのトコの事務所に案内して頂戴。うっかり神簇なら、ついうっかり謝罪文の履歴もそのまま残してるかもしれない。それなら証拠も確保できるわ」

「  」

 フォローしたつもりだったのだけど、私の言葉がとどめになって、アンちゃんの口から魂が抜けた。

 

 

 トンネルを抜けた先の壁に、指紋認証で開く隠し扉があり、その先の神簇邸の真下に設置されてるという施設に私たちは案内された。そこは、言うなら秘密結社のアジトを思わせる未来的な空間が広がっていた。薄暗い中を至る所の機械の光が照らし、人工的で入り組んだ構造。が、その中に和の趣も添えられ、SFと和の不思議な融合が果たされている。

「申し訳ありません。私も姉もヒロさんも揃ってメンタルやられてしまってまして」

 移動中。アンちゃんは司令に聞こえないよう小声で愚痴を漏らした。

「私と姉の二人三脚で始めた新事業ですけど、発足前に私が倒れて昏睡状態、私抜きで始動する事になり、その上いざ始めたらフィーアさんがあんなで、送った謝罪文も返事がなく友好関係を築こうとしたハングドと事実上の敵対。フィーアさんの不始末でデスクワークも挨拶回りも片付けても片付けても終わらない。あのヒロさんが姉のうっかりに気づかなかった時点で、私たちがどれだけパニックを起こしてたか察して貰えると嬉しいのですけど」

「大丈夫、恐ろしいほど伝わってるわ」

 だって。どうしてヒロちゃんがいて「どうしてこの失態を?」って思ったもの。しかも、その答えが「ヒロちゃんがパニック起こす環境」という力技。そしてアンちゃんは本来人間不信でマイナス思考の人間だ。組織の上に立つ者として失格とはいえ、追い詰められた彼女が何も信じられず結果ハングドにも監査官にも噛みついたなんて想像に容易い。

 むしろ、アンちゃんは今やっと私の前で嘆くことを許された状態なのだろう。私は時おり頭を撫でたり、うんうんと聞き手に徹して好感度アップ狙いに徹した。弱ったアンちゃんが私に身を預け「温めてください」と言いだせば作戦成功だ。

 で、神簇の件。結論から先にいうと。

 私の推測は一寸の狂いもなく大正解だった。履歴の件も含めて。

「ほ、本当に申し訳御座いませんでした」

 高村司令に頭を下げる、ハイウィンド司令にして私の悪友、神簇 琥珀。普段の彼女は色々残念な和服美人なのだけど、今日は目の下にクマができ、心身共に限界寸前なご様子で美人特有のオーラがない。

 司令は、ハングドに届かなかった謝罪文のデータを一通り確認し、

「一応、送信日を捏造されてないか確認するけどいいわね」

「はい。お願いします」

「そ、ならとりあえず今更だけど謝罪は一通り受け取ったわ」

「ありがとうございます」

 神簇は、ただひたすら頭を下げることしかできないでいる。

 そんな彼女を司令は見下ろし、

「その上で、いまこの場で返事を下すけどOK?」

 返事を“下す”。その表現に私と神簇、アンちゃんの三人は軽く身震い。どんな返事という名の制裁を下すのか。

 司令はいった。

「まず、速見の慰謝料は要らないわ。アンも言ってたけど、この世界組織同士の対立は付き物だし、勿論組織の活動理念に従った誠意という形なら話は別だけど」

 なお速見と一緒に殺害された護衛対象だけど、実は殺人・窃盗の罪を負った犯罪者であり、国外逃亡する為にハングドを雇ったというらしい。ウチの組織は正義の味方じゃない。当然そういう依頼だって舞い込むし、悪に加担と知りつつ依頼を請ける構成員だって存在するのだ。

 まあ、それでも速見が請けたということは真実はもっと別にあるのだろうけど、今更である。

「ただし、そっから先は話が別よ。その依頼人の親族に誠意ある対応はして貰うし、アンタのトコのフィーアは、関わった者たちを全員仕留める為に研究所を襲撃したわね。その賠償はバッチリ払って貰う。その上、敵意のない鳥乃を二度攻撃した。その件についても『これがハイウィンドのやり方だ』というなら別にいいけど、その場合こちらもアンタらを敵と認識するし、特捜課にNLTをはじめ各組織にも神簇家名指しで注意勧告を流すわ。当然だけど、そうなったら分かってるわよね?」

「はい」

 神簇はうなずき、

「速見様の慰謝料も含め全賠償を払わせてください」

「ん、じゃあ各請求はこんな感じ?」

 司令は書類を取り出すと幾つか数字を書き込んで神簇に渡す。

 神簇は数字を前に一回くらっと倒れそうになりつつ、

「分かりました」

 と、それを受け入れる。

「OK。じゃあ最後にもうひとつ」

 司令はいった。何を追い打ちするのかと思ったら、

「神簇 琥珀。そして神簇 アン。今日これよりアンタらふたりに巨乳撲滅の刑を執行する」

「……は?」

 目を丸くする神簇。が、直後ハッとなって。

「し、しまった。高村 霧子といったらあのムニューズのひとりじゃない」

「懐かしいわねムニューズの名も」

 うわ司令の瞳にメラメラやばい炎が灯ってる。ちなみに私はムニューズという単語は初耳だ。

 ポキポキと指を鳴らす司令に、神簇は怯え、

「ま、待って! 私そんな胸ないわよ。逆にアンを羨ましいと思う側だもの、ねえアン?」

 その言葉を聞いた司令は、無表情でアンちゃんに、

「アン? アンタの姉のバストはどのくらい?」

「Dですね。Eにランクアップする気配もありませんけど、Cにランクダウンする気配はもっとありません」

「あ、アン!? 貴女姉を売る気?」

「いいえ、売るだなんて道連れと呼んでください姉上様。……ふふっ、自分だけ助かろうだなんて思わないでくださいね」

 と、黒~い笑みを浮かべるアンちゃん。やっぱり、この娘幾ら改心しても性格悪いわ。

 司令はいった。

「小便はすませたか? 神様にお祈りは? 部屋のスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備はOK?」

 

 

「ああ、ムニューズのこと?」

 司令からの刑罰も終わり、私たちは本来の目的であるメールちゃんの監査に入ることにした。

 神簇から施設を案内して貰いながらの移動中、私は司令に聞き覚えのない先ほどワードを訊ねたのだった。

 司令はいった。

「ムニューズというのは、私が学生時代にやってた小規模組織、いや徒党よ」

「徒党?」

「そ、ガキの頃とか友人が集まってマルマル団だチョメチョメ隊だチームサティスなんたらとか名乗るのと同じレベル。……元はね」

 元は?

「最初は校内で巨乳撲滅を掲げふざけてただけの集団だったのよ。メンバーも私入れて3人だけだったしね。けど、いつの間にか活動の規模が大きくなってさ、気づけば今でいう『怪人』みたいなサイドにいたわけ。フィール犯罪者とかそういうのを何かにつけて巨乳派扱いしてボコッて特捜課に放り投げる、おかげで、怪人と違って警察機関に協力的って認識を貰ってたけど」

 司令にとって、当時は楽しかったのだろう。煙草を咥えるその瞳は、とても懐かし気だった。しかし、

「でも、3人の繋がりも恋の病には勝てなかったわ」

 と、司令は続ける。

「3人のうちのひとりに相手ができたのよ。しかも、その相手が地元の外の人間でさ。彼女はそいつの下に行っちゃって自然と解散。――で、その後残ったふたり、まあ私と鈴音は縁あって再び世界の裏側に踏み込んだ。それがハングドの始まり」

「あ……」

 ってことは、

「ある意味、ムニューズはハングドの前身?」

「そうなるわね」

 司令は言いながら、煙草の煙を吐く。

「3人で馬鹿やってた頃を思うとウチの規模も相当大きくなったわ。まだ支部もないローカル組織だとはいえ」

「って司令は言うけど“馬鹿”はまだ続けてるわよね?」

 と、私はいった。

「ムニューズは知らなくても、巨乳撲滅の言葉はいまでも頻繁に聞いてるって話だけど」

「……。……そうだったわね」

 僅かな間の後、うなずく司令。

 私は続けて、

「だからハングドの空気は皆で馬鹿やってる感じだったのね。そりゃあ原点がそこにあって、トップが未だ同じノリ続けてたらそうなるわ」

「悪かったわねトップが自分勝手で」

「ん、むしろ逆。そんな賑やかな組織に巡り合えて私は幸運だって話」

 普通、少人数のノリのまま規模拡大なんてすると連携が取れなくなったり下が不満を覚え始めたりするしね。それが保てて、しかも居心地がいいなんて私はいま最高の職場にいるのだ。

 思いながら、私はふと前を歩く神簇に目がいった。

 彼女は、そしてアインスたちはまさにハングドにとってのムニューズのような第一歩を踏み出した所なのだ。こちらとしては速見を殺された恨みもあるけど、彼女たちの未来をこんな所で潰したくはない。速見の件は、そして司令を怒らせた償いは、ちゃんと未来を掴んでその先で償ってほしい。

 そう思いたくなる程には、私はハイウィンドの経緯、そしてメンバーたちに思い入れがありすぎた。神簇とアインスに至ってはむしろ速見より親しい関係と自分では思ってるしね。

「ここが資料室になります」

 神簇が足を止め、前方の部屋を指していった。

「まだ発足したばかりで数は少ないですけど、活動履歴その他諸々は当部屋で管理しています」

「なら、後で拝見するねー」

 メールちゃんがいった。神簇は「はい」とうなずき、

「その後、諸々を案内してから続けて上に向かおうと思います」

「上?」

 訊ねると、

「神簇邸と《ディメンション・ゲート》で繋げてるのよ。いまはハイウィンドも屋敷で生活して貰ってるから案内しないわけにはいかないでしょ」

 と、神簇は私にはタメ口で答える。

 そういえば、現在神簇の屋敷は住み込みの使用人が不足している。ハイウィンドを雇うということは、その空いた穴を埋める役割もあるのだろう。

(ってことは)

 ハイウィンドがメイド服でお世話? アインスは執事服だろうし興味もないけど。あのシュウのメイド服は。……アリすぎる!

「何考えてるのよ鳥乃 沙樹」

 顔に出てたのだろう。神簇がジト目で睨んだ。

「そういえば、沙樹おねーちゃんと神簇のおねーちゃんって、お知り合いー?」

 そんな移動中、今度はメールちゃんが私に訊ねてきた。

「まあね」

 私は肯定し、

「小学校時代の悪友っていう名の腐れ縁よ。ね、神簇」

 私が神簇に振ると、

「ここ最近呪いでも掛かったんじゃないかって思う程にね」

 神簇はいった。

「だってそうでしょ。小学校卒業してから音沙汰なしだったのに、再会した途端やる事成す事貴女が関わってくるんだもの」

「そりゃあ、地元で動いてるローカル組織同士だし、少しくらいあるけど」

「ありすぎなのよ、もう。ハイウィンド結成の件だって、今度こそ立派になってびっくりさせようと思ったのに、ハングドに迷惑かけてそんな状態じゃなくなったし、それどころか今のところ全部の活動に貴女が関わってるし、挙句の果てに監査に護衛で同行? もう、嫌になるわ」

「まあ、確かに」

 思えば、神簇の依頼を請けた日から、私の活動に何かとこの悪友が関わってる気がする。

 ……あれ?

「つまりそれって、私あの日からずっと神簇のうっかりに振り回され続けて」

「る。という判断で正しいと思いますよ?」

 ここぞと会話に加わるアンちゃん。相当フラストレーションが溜まってるらしい。

「ちょっとお!」

 で、反論しようとしてしきれない神簇。そんな様子をみてメールちゃんは、

「いいなー」

 と、口にしていた。

「お姉ちゃんたちみたいに何でも言い合える関係、わたしも欲しかったなー。……あーいう目で見ずにいられる相手」

 後半ぼそりと呟くメールちゃん。あー、羨ましいってそういうことね。

 メールちゃんは、その体のせいで男女両方の性欲を持っている。だから、性を感じずに接触できる相手が殆どいないのだ。だから、レズである私が神簇を相手に遠慮ない関係を築いてるのが羨ましかったのだろう。でも、現実は少し違う。

「メールちゃん、誤解してるようだから言っておくけど。私、普通に神簇もアンちゃんも性的な目で見てるって話だから」

「ええっ!?」

 驚くメールちゃん。

 神簇は頭を抱え、

「そうだったわね。貴女、人が電流で悲鳴あげてるのに喘ぎ声だハードSMだいって大興奮してたものね、鳥乃 沙樹!」

「いやアレは実際エロかったでしょ。ねえアンちゃん」

 と、その原因をつくった妹に振ってみると、

「ふふっ」

 アンちゃんは微笑んで、

「せっかくですから、鳥乃さんの前で電流棒も突っ込んで膜破っておけばよかったですね、膜」

 なんて、やば~い台詞を。って、

「ん? 膜?」

「はい。膜です」

 アンちゃんは楽しそうに、

「あ、申し訳ございません。そんなつもりはなかったのですけど、姉上様が来年二十歳になるのに未だ処女の行き遅れだったことをついばらしてしまいました」

「ちょっとアン! 明らかに確信犯だったじゃないの。それに、未経験なのは貴女だって」

「……ふふっ」

 アンちゃんは微笑んだままどんより暗いオーラを出し、

「確かに未だ一度も彼氏を持ったことはありませんけど、……階段に突き落とされる程の虐めですよ? 膜なんて残ってると思いますか?」

『…………』

 不意打ちのように語られたアンちゃんの過去に、その場全員言葉を失う。そんな様子を見てアンちゃんは、

「冗談です。姉上様を驚かせたくて」

「し、心臓に悪いからやめてよアン!」

 ショックから解放され、げっそりした顔で息を荒げる神簇。

「ふふ、ごめんなさい」

 アンちゃんは再び普通に微笑んでいう。けど、私は思った。

(本当に冗談?)

 冗談をいうには、少しどす黒いオーラがガチだった気がするのだけど。

 しかし、確認するのはもっとやばそうなので、私はいまの感想を心の奥底に封印することにした。彼女の性格悪さなら、嘘八百でも危険な空気まき散らすことだってできそうだしね。

「そもそも皆さん、メール様がいらっしゃる中でそういう話題はどうかと思いますよ」

 いつの間にかアンちゃんの隣を歩いてるヒロちゃんがいった。

「あ」

 突然のヒロちゃんはいつもの事として、私はハッとなってメールちゃんを見る。

 メールちゃん(エロガキ)は顔を真っ赤に、腰をかがめていた。

 

 

 《ディメンション・ゲート》はアジトの最奥に設置されており、潜るとそこは神簇邸の板の間の和室だった。

 先ほどまでの光景とはうって変わり、窓からはカーテン越しに日が入り、間違いなくここが地上であることを実感させる。

 メールちゃんは、まず窓をコンコンと叩き、

「あ、ちゃんと防弾ガラスになってるねー」

「全部屋を防弾にはできませんでしたけど」

 言いながら神簇は人数分のスリッパを並べる。見ると部屋の出入り口は上がり框による段差になっており、この部屋がやっつけ程度とはいえ第二の玄関として改装されてるのが分かる。

 私、司令、メールちゃんがそれぞれスリッパに履き替えると、

「ハイウィンドには現在待機して貰ってます。案内致しますのでついてきてください」

 と、私たちは神簇の誘導で応接間へ。そこには、神簇がいったようにアインス、シュウ、フィーアの三人が待機しており、

「お待ちしておりました、メール様。って、鳥乃!? どうして」

 と、立ち上がったアインスが私を見て驚く。

 なお、アインスは本当に執事服だったけど、シュウはカジュアルな私服姿。残念。

「おいテメェなんでここに」

 で、そのシュウも驚きのあまりに立ち上がりこちらを指さし、最後にフィーアがふたりを見習ったのか立ち上が――。

「処分開始」

 った、と思ったらいきなり私向けて拳銃を発砲。私はすぐ服の内ポケットに携帯してた銃を撃ち、弾丸同士で相殺、二発目の弾丸でフィーアの拳銃を狙う。

「ッ」

 まあ、その弾丸はフィーアが咄嗟に拳銃を手放した結果後ろの壁にめりこんだのだけど。もし握ったままの拳銃に当たってたら彼女の指の骨は折れてただろう。

 私はさりげなくメールちゃんの前に出て、

「悪いわね。護衛任務の関係で手荒くいかせて貰ったわ」

「護衛……なるほど、そういう事か」

 納得した様子のアインス。その隣で、

「馬鹿野郎! テメェまた何してやがる」

 と、シュウのげんこつがフィーアに炸裂し、

「シュウ、痛いです」

「当たり前だ!」

 そして、フィーア以外のふたりは早速頭を下げる。

『先ほどの無礼も加え重ね重ね申し訳ありませんでした』

「琥珀、アン。どうしてこのガキを教育しなかったのよ」

 早速ブチキレ寸前の司令がふたりに睨みつける。

「申し訳ありません」

 謝る神簇。対しアンちゃんは、

「けど、組織の方針の説明、一般教養、毎度の説教どれも効果がなくて。仕方なく一歩間違えれば死のレベルで体罰も与えました。けど、効果がなくて」

 と、言い訳。この時点で既に「終わった」と確信してるかの虚ろ目。物言いもどこか「アレを教育できるなら教育してみろ」と自暴自棄に陥ったようにもうかがえる。

「具体的には?」

 司令が訊ねると、アンちゃんは《No.15 ギミック・パペット-ジャイアントキラー》を出して、

「このカードを使って粉砕機の刑を。デュエルディスクを没収した上で、死なないように跡が残らないように、だけど苦痛だけならセバスチャンと全く同じ経験をして頂きました。でも、若干トラウマになっただけで、肝心な奇行への改善が」

『うっぷ』

 粉砕機の刑。セバスチャンと全く同じ経験。そのワードを前に私と神簇が揃って口元を押さえ嗚咽に耐える。

 一方メールちゃんが、

「粉砕機の刑って?」

 と、訊ねるので私は「はい」イヤホンを渡し、例の映像データを送信する。

「この動画ファイルを見ればいいの?」

 確認するメールちゃん。その顔は数秒で真っ青になり、

「アンおねーちゃん……わ、笑ってたあ」

 と、私を盾にアンちゃんから距離を取り、びくびく怯えるメールちゃん。うん、そうよね。データ渡して思ったけど、これ小中学生に見せていい動画じゃなかったわ。

「フフ……あの時は楽しかったですね。あのまま正気に戻らず有頂天のままでいれたらどれだけ幸せでしたか。……ふふ、うふふ、あははははははははははははは」

 あ、アンちゃん完全に壊れてる。

「ちょっとアンちゃんしっかりして」

 言いながら私は服の上から大きな乳房を揉み揉みし、

「アンタも大人しくしてろ」

 と、司令に後ろから掌底を叩き込まれ、私は床に倒れる。以前ミストランに心臓潰された時(MISSION5参照)と同じ攻撃だった。今回心臓潰れはしないけど、軽く発作を起こされ滅茶苦茶苦しい。

 一方。当のフィーアちゃんは拳銃を拾い直してから素面のまま直立、アインスとシュウは未だ頭を下げていた。

 私は床に倒れたまま、

「とりあえずメールちゃん。ふたりの頭上げさせてもらってもいい?」

「う、うん。……ふ、ふたりとも顔をあげてぇ」

 メールちゃんに言われ顔を上げるふたり。と、同時にシュウが。

「って、そこのチビスケが監査官のメールさんなのかよ」

 と驚く。で、アインスがシュウの頭を押さえ、

「こらシュウ。失礼だぞ」

 と。しかし、アインス自身もこの事実に驚いてたようで、

「し、失礼。ではそちらの御婦人の方は」

「私は高村 霧子。ハングドの司令代行よ」

「あ、あなたが高村さん!?」

 再びアインスが驚く。

 そんなやり取りの間に、メールちゃんは少し落ち着いたらしく三人の下、いやフィーアの前に歩み寄る。

「フィーアちゃんだね? 初めましてぇ、メールだよ」

 と、握手を求める。フィーアは握手を受け、

「初めまして、ハイウィンド“処分人”フィーア・ヴィルベルヴィントです」

 なんて、意外にも弁えた挨拶を。

 メールちゃんはいった。

「君だよね? 人を殺しちゃメッて言われてるのに殺しちゃったり、駄目って言われてるのに沢山悪い事しちゃった子は」

「お言葉ですが監査官様、私が行ったのは殺傷ではなく殺処分です。それに、私は自分のしたことを命令違反とは思ってません。組織の皆の為に必要な判断と認識しています」

「でもねー? その殺処分をしたらみんなが悪い子って言われちゃうんだよ? そうなったらハイウィンドだって続けられなくなって、みんな警察に逮捕されちゃうよ?」

 しかしフィーアは、

「構いません。でなければ私たちは今ごろ死んでいます」

「どうしてー?」

「殺さなければ殺されます。そして、私だけでなく関係者も狙われます。そして、殺処分の現場を見られたなら、そこから情報が行き渡り、私たちは殺されやすくなります。ですから、生き残る為には一切の情報を外に漏らしてはいけません。すべて殺処分する必要があります」

「……」

 彼女の言い分を、真正面からじっと受け止めるメールちゃん。

「監査官様、どうかご理解をお願いします」

 ここで、フィーアは一度頭を下げる。

「そっかぁ」

 メールちゃんは笑顔でいった。

「皆を助けたくて、ずっとやってたんだね。ありがとー」

 フィーアの頭に手を伸ばし「いい子いい子」しながら、

「でもねー。皆を助けてくれるなら『殺処分』だと“足りない”のー」

「足りない、ですか?」

「うん」

 メールちゃんは一回うなずいてから、私たちのほうを向いていった。

「琥珀おねーちゃん、沙樹おねーちゃん。わたし、いまから下に戻って資料室に向かっていーい?」

「え? 3人との面会はもういいのですか?」

 驚き、訊ねる神簇。

 メールちゃんは首を振って、

「まだかなー。だけど、その前に調べておきたい事ができちゃって。だから、資料室の確認が終わったらハイウィンドの皆と一緒にお出掛けしたいんだけど、難しい?」

「お出掛け、ですか?」

 反応したのはアインスだ。

「私たちは別に構いませんけど。シュウもフィーアもいいかい?」

 とのアインスの確認に、うなずくふたり。

 メールちゃんは「わーい」と両手をあげて、

「じゃあ決まりー。ハイウィンドの皆は悪いけど、もうちょっとだけ外出は控えてね」

 と、メールちゃんは本当に真っすぐ資料室に足を運んで一通りの資料に目を通した。時に神簇とアンちゃんに質問し、時にハングド側への協力として情報を司令に伝え、その調査はハイウィンドの活動を超え神簇家の普段の財政……というか家計簿のやりくりにまで及んだ。

 こうして、ハイウィンドと再び合流後、神簇に「案内してー」と頼んで連れ出した場所は、名小屋内の某商店街だった。大須のような観光地化した所ではなく、精肉屋とか朝採れ野菜のお店とか魚屋さんとか、そういう地元の人たちに愛される場所。

「フィーアちゃん、さっきお屋敷でした話の続きなんだけど、いいかなー?」

 メールちゃんはいった。フィーアは隣で、

「はい、何ですか?」

「もしも、この商店街で銃を持った悪い人が現れて、フィーアちゃんやアインスおねーちゃんに向かって銃を撃ってきたら、フィーアちゃんだったらどうするの?」

「勿論、その場で殺害します」

 はっきりと、フィーアはいった。

「でも、そんな事したら、この商店街の人みんなが見てるよー?」

「そうですね。だから全員殺処分します」

「警察がくるよー。殺人容疑で逮捕だって」

「そうならない為にも、通報される前に全員殺処分します」

 聞いてると、フィーアの思考があまりにブッ飛んでるのがよく分かる。

「うん。フィーアちゃんならそう言うと思った」

 しかし、メールちゃんには予想通りの反応だったようでうんうんとうなずき、

「でもね。そんな事したら、いまフィーアちゃんが住んでる神簇家が大変なことになっちゃうのー」

「どうしてですか?」

「フィーアちゃんたちって、いま神簇家のお屋敷でご飯食べてるよね? 実はね、いまその神簇家で食べてるお肉とかお野菜とかお米とか、大体この商店街から取り寄せてるの。なのに、フィーアちゃんがここの人たち全員殺しちゃったら。みんなご飯が食べれなくなっちゃうよ?」

「え……?」

 フィーアが小さく驚く。

「他にも、もしかしたら、いまこの商店街の中に琥珀おねーちゃんの友達がいたかもしれない。シュウおねーちゃんの恩人がいたかもしれない。なのに殺しちゃったら……琥珀おねーちゃんも、シュウおねーちゃんも悲しい悲しいしちゃうよ。それでもいいの?」

「……良くは、ありません」

『!?』

 初めて、フィーアから「殺して良くない」という言葉が出た。恐らく、ハイウィンドたちにとっても初めての事例なのだろう。全員驚くのがみえる。

「だよねー」

 メールちゃんはにこっとなり、

「あのね、人間も動物もお花さんも、みんな生きてるの。ただそこにいるんじゃなくて、フィーアちゃんやおねーちゃんたちと同じように、心があって、考えて、ご飯を食べて、家族やお友達がいて、お仕事をして、今日も昨日も明日もずっと生きてるの。フィーアちゃんも、お姉ちゃんが殺されたら悲しいよね? 同じように、この世界のみんなひとりひとりに、死んだら悲しいって思う人がいるの。さっきのお家のご飯みたいに居なくなったら困っちゃう人もいるの。そして、誰かが悲しい悲しいなったり困っちゃったら、また別の人が悲しくなったり困ったりするの」

 そこまで言った所で、今度はアインスがフィーアの肩にぽんと手を添え、

「そして、いずれは悲しいも困ったも私たちの下に届いてしまう。私たちはみんなと繋がってるんだ。そういう事ですよね、メール様」

「うん、ありがとー」

 うなずくメールちゃん。フィーアは訊ねた。

「なら、どうして人は人を殺さなくてはいけないのですか?」

「いけなくないさ。人が人を殺さなくていい人生もある」

 即答するアインスに、フィーアは「え?」となる。アインスは「ふふっ」と優しく、

「少なくとも、この商店街の人たちが普段から人を殺してると思うかい?」

「……」

 無言のフィーア。アインスは続けて、

「私には、むしろ人の殺し方さえ知らないように見えるけど」

「私も、そう見えます」

 まるで新発見でもした顔で、フィーアはいった。

「フィーアは、物心ついた頃から人を殺す術だけを教わって育ったのよ」

 神簇が、そっと私に伝えてきた。

「彼女の故郷はドイツの孤児院。だけど、そこは裏で孤児たちを洗脳し人を殺す端末みたいに育て上げ、テロリストや傭兵部隊に派遣して生計を立てる違法組織だった。フィーアちゃんも何度かその派遣を経験してるわ。でも、ある日彼女がテロ組織で活動している最中、孤児院が軍隊によって制圧されてね。途端、いつ裏切ってもおかしくないと派遣先から命を狙われるようなって、逃走の末、貨物機に隠れ結果意図せず日本に入国。そのまま彼女は道徳も常識も教えられることなく、その身ひとつで生きてきたの」

「ああ……」

 それは、いままで私たちの言葉が通じなくてもおかしくない。

「アインスは……」

 フィーアが訊ねる。

「アインスなら、監査官様の質問にどう答えるのですか? この商店街で銃を持った人が、私たちに銃を撃ってきたら」

「そうだね」

 アインスは少し考える素振りをみせ、

「まず商店街の皆に被害が及ばないように立ちまわる。その上で相手を殺さず倒すと思う」

「銃は使わないのですか?」

「使うとしたら最終手段だ。その上使うならフィールで非殺傷にして、周りにはエアガンだ玩具の銃だと誤魔化すだろうね」

「それは、とても難しいことなのでは?」

「そうだね、商店街の皆ごと殺すより100倍難しい」

「でしたら」

「けど、楽だから殺していいわけではないからね。その上でなるべく問題のない形で対処しようと思うと、楽だからやる難しいから避けるなんて手段を選ぶ余地なんて生まれないさ」

「ッ……」

 アインスの返事に、フィーアは明らかに驚愕していた。

「ま、急に全部理解しろってのも無理だよな」

 そこへフィーアの背中をドンと叩くシュウ。

「シュウ?」

「いまは、無暗に人は殺すもんじゃねえって胸に刻んどけばそれでいいんだよ。アタシだって全部理解しちゃいねーんだしよ」

「そうなの、ですか?」

「人も動物も花もとか、完全に理解してたらメシ食えねぇよ」

「その通りだ」

 笑うアインス。

「だから、フィーアもできることなら難しく考えないで欲しい。君は優しい子だからすぐ理解できるはずだ」

「いえ、大丈夫です」

 フィーアはいった。

「だから、監査官様は殺処分では足りないといったのですね。その程度なら分かりました」

「……」

 シュウが目を見開き、きょとんとする。けど、ほんの少しの間の後フィーアを全力でハグし、

「なんだよフィーア。分かるんじゃねえかよ」

「苦しいです、シュウ」

「それだけお前の理解の早さが嬉しいんだよチクショウ」

 フィーアはこれ以上抵抗することなく、体をシュウに預けもみくちゃに愛でられる。しかし、フィーアの視線はどこか遠く遠くを眺めており、

「アインス、シュウ」

「ん、どうした?」

「どうしたんだい?」

 優しく訊ね返すふたりに、フィーアはいったのだった。

「昔、気になることがあったんです。聞いてくれますか?」

 と、突然語り始めたのだった。

 

 

 

 ――時刻は少し遡ります。

 私の名前はフィーア・ヴィルベルヴィント。今年12歳。学校という所には行ってませんが、いずれ琥珀とアインスが派遣させると言ってます。

 そして、ハイウィンド所属の“処分人”です。

 これは、私がまだアインスやみんなと出会う前の話です。

 その日、私はある暗殺任務を請けてまして、近辺調査で住宅街に出てました。普段つけてるバイザーを外し、髪も下ろしてたので変装にはなっていたと思います。

 ただ、その時の私は手持ちのお小遣いが武器のメンテナンスや弾丸の費用諸々で全て消えた為に、数日間ほど公園の水道水以外口にしていなくて。突然体がぐらっと揺れたと思うと、気づくと見えるのは知らない天井。

 自分が空腹で倒れ、誰かがそんな私を室内に運んだのだとすぐ分かりました。

「っ」

 私はすぐ半身を起し、周囲の警戒。

 ここはどこだろうか。見た所、民家なのは間違いなさそうでした。誰かの部屋でしょうか、デスクの上にはランドセルというらしいものが置いてあり、棚には「ち○お」や「な○よし」等とタイトルの書かれた分厚い紙媒体が並んでます。

 私は、そこに敷かれた布団に寝ていたのです。

 服は倒れる前のままでした。腰のナイフや内側の胸ポケットに隠し持った拳銃もそのまま残っており、私は銃に手をかけじっと息を殺します。

 すると、部屋の外から誰かがこちらに向かってくるのが分かりました。それは無警戒のまま扉を開け、

「あ、良かった。目、覚ましたんだね」

 子供でした。恐らく年齢は私と同じくらい。ショートヘアでしたしズボンを穿いてたので男の子かと思ったのですけど、

「ここは?」

「ボクのお家。君、お家の前で倒れてたんだよ? 大丈夫?」

「大丈夫、です」

「そっかー良かった。ボクは水姫、君は?」

「……女、ですか?」

「え? あ、うん。やっぱりこんな格好だから男の子に見えちゃうのかな、えへへ」

 と、水姫という子は苦笑い。

 不思議なことに、私に何か危害を加える意思はないように映りました。

「クワトロ・ベル」

「クワトロちゃんって言うんだ。なんだかどこかの大尉みたいな名前だね」

 私の偽名もバレる様子はありませんでした。なお、本名のフィーアはドイツ語で4、対しクワトロはイタリア語で4という意味だそうです。「どこかの大尉」が何を指してるのかは、いまでも分かりません。

「よろしくね、クーちゃん」

「クーちゃん?」

「うん、クワトロだからクーちゃん。もしかして失礼だった?」

「……いえ」

 これが私にとって初めての「あだ名をつけられる経験」でした。

「それで、クーちゃんはどうしてあんな所で倒れてたの? それに、腰についてるのって」

「ッ」

 それがナイフを指してることに気付いた私は、すぐ後ろに飛びのいて構えます。けど、

「あ、ごめんごめん別に責めてるわけじゃないんだよ」

 水姫はいいました。

「ただ、危ないもの持ってたから病院に連れてくこともできなくて」

 嘘をついてるようには見えませんでした。

 不思議な感覚でした。

 いまでこそ私の周りには琥珀やアインス、シュウという人がいますけど、当時の私には彼女のように武器も警戒も持たず親しげに話してくる人なんていなかったのですから。けど、理解はできなくても嫌な感覚ではありませんでした。

「大丈夫です。むしろ病院に連行されなくて助かりました」

「そっか」

 水姫は、そこについてはこれ以上追及することなく、

「あ、そうだ。喉乾いてたりお腹すいてない? 簡単なものなら用意できるよ?」

「え?」

「遠慮しなくてもいいよ、これでもボク料理得意なんだ」

「いえ、そういう事では」

 なくて、払うお金がない。それに知らない人の食事は毒を盛られてる危険が。だけど、言いかけた所でした。私のお腹から凄い音が鳴ったのは。

「……」「……」

 お互い、数秒ほどの沈黙。それから、

「あははは、お腹すいてたんだね。ついてきて、すぐ作るから」

 なんて言う水姫。そのまま私はリビングキッチンに案内され、出されたのはおにぎりに味噌汁、そして野菜とウインナーの炒め物。調理工程を見たけど毒を盛った様子は見られませんでした。味噌汁と炒め物に至っては本人が味見されてましたし。

 何より、倒れるまで空腹だったせいでしょう。目の前に出された食べ物を前に「毒が入っててもいい」という気持ちに至ってしまったわけで。つい私は毒見されてないおにぎりから手をつけてしまいました。

「温かい、美味しい」

 それがおにぎりを食して最初の感想でした。当時の私にとって、食事というのは栄養補給でしかなく、普段食してるものはバナナ、カロリーメイト、ドライフルーツ。温かい手料理が美味しいという事を忘れていた私は、孤児院時代に傭兵として派遣された先で初めて食べたハンバーグを思い出しながら、気づけばぺろりと平らげてました。

「ごめんね。おかわりは用意できなくて」

 食べ終えた食器を洗う水姫。私はどうすればいいのか分からず座ったまま。何分初めての経験でしたし、どうして食事をごちそうされたのか分からないのです。このまま立ち去っていいのか、仕事の話でもされるのか。

 すると突然、水姫の体が崩れ、その場に倒れ込むのが見えたのです。

「!?」

 急いで私は水姫の下へ向かいます。そして、周囲の確認。誰かが水姫に向かって攻撃したのか。しかし、窓の隙間が開いてるわけでも、破壊された形跡もありません。

 水姫は。

「けほっ、けほっ」

 と、咳をし、自分の胸を掴み苦しそうに蹲ってます。

 何が起きてるのか分かりませんでした。

 私は一体どうすればいいのか。考えた末、ふと思い至り私は手持ちのホルダーからフィール・カードから目当ての1枚を抜き取り、

「水姫。これを握っていてください」

 それは《No.49 秘鳥フォーチュンチュン》でした。このカードには「自分のスタンバイフェイズ毎に自分は500ライフポイント回復する」効果を持つので、水姫に持たせればオートヒーリング機能が働くのではと思ったのです。

 私の読みは当ったらしく、最初は苦しそうだった水姫の息が次第に穏やかになっていくのが分かりました。

(良かった)

 心の中で想い、私は「え?」となりました。

 人を殺す術しか知らない私が、誰かの命を救ったことも、誰かが助かって安堵することも、生まれて初めての体験だったのですから。いえ、遠い昔にはあったのかもしれませんけど。

「水姫、聞こえますか?」

 私は彼女の耳元でいいました。

「このカードは水姫にあげます。ですけど、誰にも持ってることを教えないでください。それと、これを持っていることで危険な目に遭うようでしたらすぐ捨ててください。いいですね?」

 この言葉が水姫に届いてたかは分かりません。水姫はこの後すぐ寝息を立て始めたのですから。

 私のせいで彼女が苦しんだのかは分かりません。ただ、これ以上ここにいると彼女に危害が及ぶ。

 そう考えた私は、せめて私が寝てた部屋から布団を彼女にかけてあげ、私はそっと家を立ち去りました。

 

 これで話が終われば良かったのですけど、事実はそうもいきませんでした。

 

 その日の夜を挟んだ明け方。私は殺処分の実行に出ました。

 ターゲットは水姫の家から数軒先に住む川澄という36歳の男。元フィール・ハンターズで当時黒山羊の実に所属していた人間です。詳細は伏せますが、彼はスパイとして黒山羊の実に潜入しており、気づいた同胞の手によって暗殺依頼が出されました。

 調査の結果、男は朝早く表の仕事に向かうことが判明した為、近辺で他に散歩などに出歩く人はいないと調べをつけた上で、私は家を出た所を撃ち殺す事に決定。

 結果は成功。私は男の家の屋根の上から、玄関を出て出勤する男を後ろから頭部と心臓を狙撃。男は口ひとつ開かぬまま血を流し倒れます。

「殺処分、完了」

 私がそう呟いた、その時でした。

「あ……」

 近くから第三者の気配。すぐ辺りを見渡すと、道路に立ち、私を見上げるパジャマ姿の女の子。

「水姫……」

 どうして、ここに。

「クーちゃん。いま何した……の?」

 お互い、発した言葉は聞き取れません。けど、私は読唇術の心得があった為、分かってしまったんです。水姫が私の殺処分の瞬間を見ていたことに。

「あ……ぁ……ぁ……」

 水姫は怯えていたと思います。とはいえ、私の推測でしかありませんけど。

 すでに私は、先の殺処分に使った拳銃を仕舞い、代わりにドラゴンブレス弾を装填したショットガンに持ち替え、

「殺処分……続行」

 躊躇いなく水姫を撃ったのですから。

 舞い上がる爆炎、巻き込まれる水姫の体。万が一の為、私は死亡確認を待ちたかったのですけど、できませんでした。

 彼女が死ぬ瞬間をみて、突如全身が寒気を覚え、吐き気を催し、胸が重い痛みに襲われたからです。私は、舞い上がる炎を見ることができなくなり、体が逃避を求め、それに抗うことができず、私はその場から立ち去りました。

 その時、私に一体何が起きたのか、その答えはいまでも判明しておりませんでした。

 

 

 

「でも、いま今日やっと初めて、答えが見つかった気がします。まだ言葉で表せるほどではありませんけど」

 語り終えたフィーアちゃんは、そう最後を締めくくった。

 アインスは、フィーアの体をそっと抱き寄せる。

「殺したくなかったんだね」

「恐らく」

「躊躇いたかったんだね」

「はい」

「見逃したかったんだね」

「例え、通報され追われる身になったとしても」

「やっぱり、君は優しい子だ。殺し屋には向かない」

 そういってアインスは胸に抱いたまま彼女の背中をぽんぽんと叩く。

 フィーアは悲しい顔で、

「こういう時、私はどうすればいいのですか?」

「泣けばいいんだ」

「泣くとは、どうすればできるのですか?」

「悲しくて辛くて嘆きたい。そんな気持ちを認めてあげればいい。そうすれば、体が勝手に教えてくれる」

「わかり、ました」

 アインスがいう通り、本当のフィーアはとても優しい子だったのだろう、そして凄く素直な子でもあったようだ。

 ダムが決壊したかのように、アインスの胸で号泣するフィーアをみて私は思ったのだった。

「ところで」

 私はふたりの光景を眺めながら、そっとメールちゃんに訊ねる。

「もしかして、さっきの語りで出てきた水姫って」

「うん、間違いなくあの水姫ちゃんだね」

 肯定するメールちゃん。

「あの子、名小屋の子だったの?」

「そうだよー」

 知らなかった。

「それでね、いつだったかなー。確かに、前に一度水姫ちゃん事件に巻き込まれて怪我したことがあったの。だから、フィーアちゃんが会った子はあの水姫ちゃんで間違いないと思う」

「怪我? 死にかけたじゃなくて?」

「うん。火傷だけど軽傷ー。少なくとも誰かに発見されたときは」

「聞かせてくれる? その話を」

 訊ねると、メールちゃんは「うん」とうなずく。

 メールちゃんの話はこうだった。

 ある日の早朝、道端で倒れている水姫ちゃんが発見された。水姫ちゃんは軽い火傷を負っているが命に別状はなく、しかし、すぐ近くの家ではひとりの男性が血を流して死んでおり、傷口からすぐ射殺と判断された。

 水姫ちゃんは軽傷な割に昏睡状態で、目覚めたのは次の日の昼。しかも、母親が水姫に1枚のカードを握らせた結果、数分で起き上がったらしい。水姫ちゃん曰く、事件前日にある人から貰ったお守りらしく、それを持ってると凄く気分がいいのだとか。母親はそれを思い出して握らせたとの事。

 しかし、水姫ちゃんは目覚めた後、なぜかお守りのカードを持つことを嫌がりだし、いまは母親が預かってる。また、水姫ちゃんは件の男性の死亡について知っていたらしかったけど、覚えてないといまも口を硬く閉じているらしい。第一発見者の水姫ちゃん以外に手がかりはなく、この事件は迷宮入りしたらしい。

「実は水姫ちゃん、昔から凄く体が弱くて。よく胸の発作で倒れてたりしてたの」

「え?」

 水姫ちゃんが?

「だからねー。フィーアちゃんのお話だけど、もし水姫ちゃんと会ってなくてカードを渡してなかったら。水姫ちゃん今頃お空の上にいたかもしれないね。そういう意味だと、実はフィーアちゃん水姫ちゃんを殺しかけたどころか命を救ってくれてるの。それに、あの日だけの話じゃなくて、いまはカードを手元に置いてなくても、あの日から水姫ちゃん少し調子がいい日が多くて。たぶん、数時間でもカードを握ってた効果がいまも出てるんじゃないかなー」

 そういえば、思えば水姫ちゃんはボーイッシュな見た目に反して、まだ子供らしい無邪気さを残してる割にはしゃぎ回るという事はなかった。浴衣だって最初から気崩してたのは楽な姿勢でいる為だろうし、ひとりだけ料理を食べきれず残してた。ヒントは沢山あったのだ。水姫ちゃんの体が弱いという事実に辿りつくための。

 私はフィーアを見ながら思った。

(やればできるじゃない、このクソガキ)

 そんな時だった。

 商店街の中にある数軒先の玩具屋から5人ほどの子供たちが出てきたのだ。

「あ」「あ」

 お互いのサイドから、誰かが声を出す。だって、その5人って冥弥ちゃん、ナーガちゃん、水姫ちゃん、彩土姫ちゃん、金玖ちゃんの5人だったのだから。

「メール、鳥乃さん。どうしてここに」

 ナーガちゃんが訊ねる。けど、私たちの目は真っ先に水姫ちゃんのほうへ。

「あ……あ、あ……」

 水姫ちゃんは怯えていた。視線の先は間違いなくフィーア。

 そのフィーアが呟く。

「水姫?……もしかして、生きて」

「うわ、うわあああああああっ」

 直後びくっとなり、背を向け逃げ出す水姫ちゃん。

『ま、待てっ』

 手を伸ばそうとするナーガちゃんに金玖ちゃん。こうしてみると、ちゃんと中身も双子の姉妹なんだなと思う。……も。

「あんなに怯えた水姫は初めてだ。……なるほど、これが萌えという感情か」

「何馬鹿なこと言ってる」

 前言撤回。金玖ちゃんの頭をパシンとはたくナーガちゃん。そして私たちに向かって、

「メール、鳥乃さん。これは一体どういうことなんだ」

 答える前に、メールちゃんがフィーアに、

「ねー? 話に出てた水姫ちゃんって、あの子で間違いない?」

「はい。間違いありません」

 うなずくフィーア。

 そこへナーガちゃんのタブレットに通信が入る。

 ナーガちゃんがスピーカーモードで出ると、

『ナーガちゃん、大変だ』

 彩土姫ちゃんだった。気づくと、水姫ちゃんだけじゃなく彩土姫ちゃんまでこの場にいない。恐らく追いかけたのだろうか。

「何があった彩土姫?」

『水姫ちゃんが、逃げる途中で男の人とぶつかって絡まれてるんだ』

「何?」

『本当なら、あいつの金的蹴り飛ばして一緒に逃げたい所なんだけど。あいつ……ナイフを取り出してて』

 その言葉に真っ先に反応したのはフィーアだった。

「水姫!」

 フィーアは駆けだし、

「あ、待ってーフィーアちゃん」

 それを慌てて追いかけるメールちゃん。そしてハイウィンドに神簇姉妹。なお、現在アンちゃんは車椅子だけど意外と速い。

「彩土姫……場所は……どこ?」

 冥弥ちゃんが横から訊ねると、

「商店街の裏通り。出口手前の交差点を左の細い道進んだ所」

「分かった……彩土姫は見つからないように隠れてて。……危険だから」

 普段は表情が少なく、趣味のBLを熱く語る時さえ殆ど素面だった冥弥ちゃん。だけど、いまこの瞬間は焦りとか怒りとかそういうのが強く顔に表れてる……ように見えた。

「ナーガ。ここは……お姉ちゃんに任せて」

 と、駆け出す冥弥ちゃん。

「お、おい。無茶だ姉さん」

 それをナーガちゃんが追いかけ、その横を私と司令は走る。

「鳥乃さん。どういう事なんだこれは」

 訊ねるナーガちゃんに私は、

「水姫ちゃん、前に近所の殺人事件に巻き込まれて火傷を負ったでしょ」

「ああ」

「その時の犯人がさっきのポニテの子供よ。名前はフィーア・ヴィルベルヴィント。処分人の名を持つ殺し屋よ。そして、水姫ちゃんの命を救ったカードを渡した恩人でもあるわ」

「処分人の名は私も知っている。そういう事か」

 説明を終えた辺りで、私たちは彩土姫ちゃんの指定した裏通りに辿り着いた。

 そこでは、服を破かれブラの肩紐が露になった水姫ちゃんが尻餅ついた姿勢で何とか逃げようとし、それを黒コートの男がナイフ片手にわざとじりじり追いかけっこを愉しむ様。フィーアたちは道を間違えたのかまだ到着していない模様だった。

「こ、こないで……誰か助けて」

「ぎひひ。怖がるなよ、ちょっとお医者さんごっこするだけなんだからさあ」

 ズボンにピラミッドを建設し、露骨に犯る気満々な黒コート。

 まったく、色っぽい強〇現場も相手がガキじゃ意味ないじゃない。普通ヤるならもっと大人の女性でしょ。なんて、私は下種なこと考えながら懐から拳銃を取り出す。さて、おじさんのきんのたま二つほど潰すとするか。

 そう、構えようとした所。

 黒コートの顔面が突如爆発に巻き込まれたのだ。

「ぐあっ、誰だ!」

 瞬時にフィールで火傷を防いだ黒コート。辺りを見渡すと、私たちとは別の曲がり角からショットガンを構えたフィーアが現れた。

「水姫は殺させない」

 再び、フィーアはショットガンからドラゴンブレス弾を撃つ。黒コートの顔面に火花が真っ直ぐ襲い掛かり、再び爆発。

「かァァッ」

 黒コートはフィールの籠った腕で爆発を振り払い、

「何しやがるこのガキが! こうなれば手前ぇから先に犯って殺る」

 黒コートの男はデュエルディスクを出し、赤外線をフィーアに放つ。この赤外線をデュエルディスクで受ければフィーアは強制デュエルを仕掛けられてしまうのだけど。

「元より、私の狙いはデュエルです」

 と、フィーアは自分からデュエルディスクを赤外線に当てに行く。そして、小走りで水姫の前に立ち。

「これでお前は水姫を追いかけることはできない。水姫、いまのうちに逃げてください」

「クーちゃん?」

 どちらに怯えてるのか、呟く水姫ちゃん。

「ごめんなさい。クワトロ・ベルは偽名です。私の名前は」

 と、いった所でデュエルが始まり、

 

 

フィーア

LP4000

手札4

[][][]

[][][]

[]-[]

[][][]

[][][]

黒コート

LP4000

手札4

 

 

「“処分人”フィーア・ヴィルベルヴィント。殺し屋です」

 フィーアは改めて名乗るのだった。

「処分人だとっ」

 で、黒コートのほうも彼女の異名は知ってたみたいで、自分が誰に喧嘩を売ったのか気づいて顔が青ざめる。

「水姫」「水姫ちゃん」

 その間にナーガちゃんとメールちゃんが駆け寄り、水姫ちゃんの肩を担いで離れる。

「水姫……もう、大丈夫だから」

 冥弥が戻ってきた3人の前に立ち、盾になりながら水姫の頭を撫でる。

「ごめん、みんな。……ボク」

 しゅんとする水姫ちゃんにナーガちゃんがふっと優しく微笑み、

「謝らなくていい。状況は鳥乃さんから聞いた。自分を一度殺そうとした奴が目の前に現れたんだ。逃げて当然だ」

「……うん」

 皆に囲まれて、ほっとした様子の水姫ちゃん。

 私は、冥弥ちゃんの更に前に立って、

「ほら、あなたも後ろに下がって」

「ですけど……」

 目で訴える冥弥ちゃん、そしてナーガちゃんも。

「あなたたちの仕事は盾になる事じゃないわ。不安でいっぱいの水姫ちゃんの心を皆で抱きしめて温めること、違う?」

「……わかりました」

 うなずき、水姫ちゃんの傍に寄り添う冥弥ちゃん。

「すまない、鳥乃さん」

 続けてナーガちゃんもいうので、彼女には、

「後ろは任せるわ」

「!? わかった」

 と、その場で周囲に気を配るナーガちゃん。

 これで、彼女の危険はほぼなくなった。後はフィーアが黒コートを“殺さず”対処してくれたらだけど。

「私の先攻。手札から永続魔法《地獄門の契約書》を発動。1ターンに1度、デッキからDDを手札に加える。効果で私は《DDドッペル》手札に加える」

 当然のように初手地獄門を引き当てるフィーア。その効果で必要なカードをサーチすると、

「続けて手札の《DDスワラル・スライム》の効果。このカードは手札のDDと融合魔法カードなしで融合する。私は《DDスワラル・スライム》と《DDドッペル》を融合。時空と繋がりし無数にして単一の個よ、神秘の渦とひとつになって、新たな王の触媒となれ。融合召喚! 目覚めろレベル6《DDD烈火王テムジン》!」

 早速、その《DDドッペル》を使って融合召喚。

「《DDドッペル》は1ターンに1度、墓地に送られた場合にデッキから《DDドッペル》を手札に加える」

 そして、《DDドッペル》の効果で展開による手札消費を最小限に留め、

「ステージ解放。開け、時空の扉」

 彼女の背後に電流が走り、空間に裂け目を作るようにリンクマーカーを出現させる。って、え!? いまフィールドにいるのはわざわざ《DDスワラル・スライム》を使って出した融合モンスターなのに。

「召喚条件はDDモンスター1体。私は《DDD烈火王テムジン》をリンクマーカーにセット。リンク召喚、目覚めろ《DD魔導賢者ゲイツ》!」

 リンクマーカーから竜巻が出現し、テムジンが取り込まれる。こうして出現したのは、0と1の数字だけで構成されたマントに体を包む、眼鏡をかけた一体の悪魔。

「《DD魔導賢者ゲイツ》のモンスター効果。このカードは自身をリリースして墓地のDDモンスターを手札に加える。かつ、それがエクストラデッキに戻る場合、かわりに特殊召喚が可能。私はゲイツをリリースし、墓地の《DDD烈火王テムジン》を特殊召喚」

「あっ」

 観戦してた私は思わず声を出す。なるほど、融合召喚したテムジンはEXモンスターゾーンに置かれていた。それをメインモンスターゾーンに移す為にゲイツを介したのだ。

「チューナーモンスター《DDナイト・ハウリング》を通常召喚。このカードの召喚成功時、墓地のDDモンスター1体を特殊召喚する。私は《DDドッペル》を蘇生」

 闇の中からひとつの口が出現し遠吠えを放つ。すると、騒音に目覚めるように、1体のヒト型のシルエットが出現。

「私はレベル5《DDドッペル》にレベル3《DDナイト・ハウリング》をチューニング。次元の扉よ、呪われし邪竜の血を触媒に、不死身の英雄を生み出せ。シンクロ召喚! 目覚めろレベル8《DDD呪血王サイフリート》!」

 現れたのは巨大な剣を持つひとりの騎士。その攻撃力は2800。そして、モンスターが特殊召喚されたということは。

「《DDD烈火王テムジン》効果を発動。墓地から《DDドッペル》を特殊召喚する。守備表示」

 融合モンスターとシンクロモンスターを揃えた上、駄目押しとばかりに再び現れる《DDドッペル》。その守備力は上級なだけあって2100。

「カードを1枚セット。ターンを終了」

 と、フィーアの先攻の布陣が終了。今回はエクシーズモンスターこそいないも、手札に《DDドッペル》を握った上で、場に5枚のカードと、アドバンテージが2増えている。

 

フィーア

LP4000

手札1(《DDドッペル》)

[《地獄門の契約書》][][《伏せカード》]

[《DDD烈火王テムジン》][《DDドッペル(守備)》][]

[《DDD呪血王サイフリート(フィーア)》]-[]

[][][]

[][][]

黒コート

LP4000

手札4

 

「っ、やってやる。やってやるさ。俺のターン」

 黒コートの(モブ)がカードを引く。瞬間、男の顔がにやっとなり。

「手札から《堕天使イシュタム》の効果発動だ」

 堕天使!?

「手札からイシュタム自身と《堕天使スペルビア》捨て、デッキからカードを2枚ドローする」

 墓地に置いて効果を発揮するスペルビアを捨てつつ手札交換する男。って、それよりも。

「まさか、黒山羊の実」

「黒山羊の実? なんだそれは」

 反応するナーガちゃん。そこへメールちゃんが、

「それって、名小屋近辺で活動してるシュブ=ニグラス信仰の宗教組織? フィーアちゃんの話でも出てきたけどー」

「そ」

 私は肯定する。ナーガちゃんは半眼で、

「シュブ=ニグラスって、クトゥルフとかいう架空の神話じゃないか。何でそんなものを信仰してる組織があるんだ」

「そこまでは知らないわ」

 私がいうと、メールちゃんが。

「あの神話の邪神は実在するよー」

『え?』

 私とナーガちゃんは同時にいった。

 そんな間にもデュエルは進行中。

「ククク。スペルビアの墓地送りを許したことを後悔するんだな。俺は魔法カード《堕天使の戒壇》を発動。このカードは俺の墓地から堕天使1体を表側守備表示で特殊召喚する」

 スペルビアの効果を利用しようと、早速堕天使用の蘇生カードを使う(ロリコン)。しかし、

「無駄です。《DDD呪血王サイフリート》のモンスター効果。この効果は相手ターンでも使え、1ターンに1度、フィールドの表側表示の魔法・罠カード1枚の効果を次のスタンバイフェイズまで無効化する。手札からの通常魔法もフィールドで発動するルール上、この効果でも問題なく無効が可能」

 サイフリートが飛び掛かり、《堕天使の戒壇》を大剣で突き刺す。魔法カードのエネルギーが暴走を起こすも、サイフリートはその身で全て受けきり、エネルギーを出しきらせて効果を無効に。通常魔法なので《堕天使の戒壇》はそのまま墓地へと送られる。

「チッ、なら《堕天使ユコバック》召喚。その効果でデッキから《堕天使ゼラート》を墓地に送る。そして《モンスターゲート》だ! ユコバックをリリースして効果発動」

 《モンスターゲート》は通常召喚可能なモンスターが出るまで自分のデッキの上からカードをめくり、そのモンスターを特殊召喚するカード。男は1枚目をめくると、

「早速きたぜ。《堕天使テスカトリポカ》特殊召喚」

 見事レベル9最上級の堕天使を呼び出してしまう。攻撃力も2800とサイフリートと同じ。

「テスカトリポカのモンスター効果だ。1000ライフ払い、墓地の堕天使魔法・罠カード1枚の効果を適用する。俺が適用するのは当然《堕天使の戒壇》だ! ヒャヒャヒャ、もうすぐ処分人様のカラダで性欲処理できると思うと興奮がマッハだぜ」

 

黒コートのロリコン LP4000→3000

 

 早速、危ない発言がソリッドビジョンの名前表示に反映される中、一度はエネルギーを出し尽くされた《堕天使の戒壇》が再び姿を現す。そんな中フィーアは。

「監査官様」

「なーに?」

「性欲処理とは何ですか? どうやって発動するのですか?」

 と、よりにもよってメールちゃんにドがつくピュアな発言。

 メールちゃんは顔真っ赤になって、

「い、いまは知らなくても問題ない効果かなー」

「わかりました」

 そして納得しちゃうフィーア。

 すると、隠れてた彩土姫ちゃんがニヤニヤと合流してきて、

「そんな事いって、本当は何も知らないあの子に手取り足取り調教(おし)えたいんでしょ?」

 と、後ろからがばっとメールちゃんに抱き着く。

「さ、彩土姫ちゃん。そ、それは……」

 メールちゃんは顔を赤くしながら、数秒ほどフィーアを見、股間を両手で押さえながら、

「そ、そんなことないよぉ」

 と首をブンブン横に振る。

「お前ら。いま正に“それ”をされかけた水姫姉さんがいるのを忘れてないか?」

 と、ナーガちゃんが静かに叱ると、

「あ」「あ」

 と、彩土姫ちゃんメールちゃん。

「ご、ごご。ごめん水姫ちゃん」「ごめんねー水姫ちゃん」

 ぺこぺこ謝るふたり。

 しかし、当の水姫ちゃんは幸運にも姉妹の会話が耳に届いてないようで、

「クーちゃん。ううん、フィーアちゃん」

 と、怯えながら。しかし彼女の勝利を必死に願っていた。が、その顔は突如絶望に染まり、

「あ、うそ……な、何なのあれ」

 と、全身を震わせる。見ると、ロリコンの場には《堕天使テスカトリポカ》に加え、《堕天使スペルビア》と《堕天使ゼラート》の姿があったのだ。

「クックック、《堕天使の戒壇》の効果で《堕天使スペルビア》を蘇生。さらにスペルビアは自身が蘇生された際に続けて墓地の天使族を蘇生する。そして、この効果で特殊召喚した《堕天使ゼラート》には」

 有頂天の様子で男はいうも、直後一筋の光が《堕天使ゼラート》に落ち、その身を光に変え消滅させる。

 フィーアがいった。

「永続罠《戦乙女の契約書》の効果。1ターンに1度、手札のDDか契約書を1枚墓地に送り、フィールド上のカードを1枚破壊。私は《DDドッペル》を墓地に送り、《堕天使ゼラート》を破壊する」

「な……」

 驚く黒ロリコン。

「さらに《DDドッペル》が墓地に送られたことで、デッキから3枚目の《DDドッペル》をサーチ」

「クソォ! なら魔法カード《堕天使の神郡》を発動だ。ターン終了時まで俺の堕天使は戦闘では破壊されず、相手モンスターを戦闘破壊する度にデッキから堕天使をサーチする。これで《堕天使テスカトリポカ》で邪魔なサイフリートを破壊可能……に?」

 言いかけたロリコンの口が不意に止まる。何故なら、

 

《DDD呪血王サイフリート》 攻撃力2800→3800

《DDD烈火王テムジン》 攻撃力2000→3000

 

 フィーアのモンスターは攻撃力が1000ポイントほど上がっていたのだから。

「《戦乙女の契約書》第二の効果。このカードが魔法・罠ゾーンに存在する限り、私の悪魔族モンスターの攻撃力は、相手ターンの間1000アップする」

「なんだとおおおっ!」

 何よこれ、私は思った。あの子のデュエル全く隙がないじゃない。

 ミストランに瞬殺されてた時でさえ、私よりデュエルの実力が上なのだと感じたけど、まさかここまで実力に差があるなんて。

「す、凄い」

 水姫ちゃんも、相手の驚異的な最上級モンスターの展開を軽々対処するフィーアに目をぱちくり。

「畜生、なら俺はカードを伏せてバトルフェイズ。テスカトリポカで《DDドッペル》を戦闘破壊。効果でデッキから2枚目のテスカトリポカを手札に加える。俺はこれでターン終了だ」

 

フィーア

LP4000

手札1(《DDドッペル》)

[《地獄門の契約書》][][《戦乙女の契約書》]

[《DDD烈火王テムジン》][][]

[《DDD呪血王サイフリート(フィーア)》]-[]

[][《堕天使テスカトリポカ》][《堕天使スペルビア(守備)》]

[《伏せカード》][][]

ロリコン

LP3000

手札1(《堕天使テスカトリポカ》)

 

 テスカトリポカのサーチこそ許したものの、結果的にはまるで掌で転がされるように殆ど何もできずターンを終えたロリコン。

「私のターン。デッキからカードをドローし、契約書のリスクを払う。《地獄門の契約書》と《戦乙女の契約書》の効果で私はスタンバイフェイズ時にそれぞれ1000ダメージを受ける」

 

 フィーア LP4000→2000

 

 そうだった。彼女の使う契約書カードは無暗に沢山発動すると、すぐ自分のライフが尽きてしまう諸刃の剣だったのだ。

 一気に半減するフィーアのライフ。けど、何故だろうか彼女が負ける姿は全くイメージできない。

「まずは《戦乙女の契約書》の効果を発動。手札の《DDドッペル》捨てて《堕天使テスカトリポカ》破壊。デッキにはすでに《DDドッペル》がゼロのため、手札は補充されない」

「なら手札の《堕天使テスカトリポカ》の効果だ。こいつは俺の堕天使が戦闘か効果で破壊される場合に、手札の自身を身代わりにする効果を持つ」

「構いません」

 ここまでは想定通りとばかりフィーアはいい、

「続けて《地獄門の契約書》の効果。デッキから今度は《DDD壊薙王アビス・ラグナロク》を手札に加える。さらに墓地の《DDスワラル・スライム》の効果。このカードを墓地から除外する事で、手札のDDを特殊召喚できる。私は《DDD壊薙王アビス・ラグナロク》を特殊召喚」

 流れるようなプレイングで出現したのは、玉座に座った1体の悪魔。レベルは8で攻撃力2200守備力3000と、さらっと出てきていいカードには見えない。

「《DDD烈火王テムジン》のモンスター効果。DDが特殊召喚された事で、私は墓地から《DD魔導賢者ゲイツ》を蘇生。さらに《DDD壊薙王アビス・ラグナロク》の効果。1ターンに1度、このカード以外の自分フィールドのDDを1体をリリースし、相手フィールドのモンスター1体を除外する。私はゲイツをリリースし、テスカトリポカを除外する」

「うっ」

 今度こそフィールドから退場するテスカトリポカ。こうして、ロリコンの場は守備表示のスペルビアに伏せカードが1枚。

「バトル。《DDD呪血王サイフリート》でスペルビアに攻撃」

 サイフリートの放つ一撃がスペルビアを両断。これでロリコンを護るものはなくなった。いや、一応伏せカードはあるけど、このターンはまだサイフリートの効果を使用していない以上、そのカードの効果が通るとは思えない。

「終わりです」

 フィーアは、腰のホルダーから拳銃を取り出し、銃口をロリコンに向ける。

「っ!?」

 ハッと顔を青ざめるロリコン。

「ころ、殺さないでくれ。何でもするから、い、い、命だけは助けてくれ」

 自分に向けられた銃を前に、改めて相手がただの子供じゃないと思い知ったのだろうか。途端、必死に懇願するも、

「水姫は私の初めての友達です。それを傷つけるお前を許す気はない」

「!? 待つんだ。フィーア!」

 慌ててかけ出すアインス。しかし、彼女の手が届くより早く、

「アビス・ラグナロクとテムジンで直接攻撃。――非殺処分、執行」

 攻撃と同時に撃ったフィーアの弾丸は、ロリコンの足元に転がった。

 フィーアは、ついに男を殺さなかったのだ。

 

 

ロリコン LP3000→800→0

 

 

 デュエルが終わり、ソリッドビジョンが停止する。直後、フィーアの発砲で腰を抜かしたロリコンを、空から伸びた鎖が拘束する。

「悪いがこのまま逮捕させて貰うぞ」

 ナーガちゃんだった。どうやら《デモンズ・チェーン》を使ったらしい。

「普通に110番通報でもいいが、全損中とはいえ一応相手はフィール持ちだ。できれば特捜課辺りと連絡が取れればいいのだが、鳥乃さん誰かと連絡は取れないか?」

「あー、まあ。いるにはいるけど」

 面識ある特捜課といえば永上さんだ。しかし、私は周囲を見る。

 フィーア、ナーガちゃん、メールちゃん、彩土姫ちゃん、水姫ちゃん。それに姿は見えないけどヒロちゃんもいるだろう。そんな所に永上さんを送るわけにはいかない。

 仕方ない。どこか別の人に頼んで時間稼ぎして貰おう。

「分かったわ。ただ、特捜課の人も忙しいだろうから、まずはしばらくこいつの身柄を預かってくれる人の所に放り込むわ」

「警察は犯罪者を逮捕するのが仕事なんだがな、まあいい」

「ありがと」

 ナーガちゃんから許可を取った所で、私はタブレットの電話帳を開く。ゲイ牧師は黒山羊の実だから使えないとして、なら。

「もしもし、突然の連絡すみません。オスカルさんいま大丈夫?」

 私はゲイ牧師の兄でゲイレスラーの堀尾オスカル(MISSION4参照)さんに連絡を取ることにした。

『今日はオフですから大丈夫ですぞ。自主練の途中でしたが、どうされましたか?』

「まあ、ちょっと意図せず男の犯罪者を捕えちゃって。そいつを特捜課に連行するまで預かって欲しいって話」

『なるほど。ですがしかし、どうして私めに?』

「そりゃあ。……特捜課来るまで、食べる?」

『頂きます』

 即答だった。

「助かるわ。じゃあ、いまからそっち送るから。フィール抜きは済んでるから満足するまで愉しんだらそっちで処理しちゃって」

『感謝します』

 そんなわけで、私は《ワーム・ホール》を開き、ロリコンを穴の中に蹴り飛ばして送り込む。

「ま、こんな所ね。後の処理はこちらで任せて頂戴」

 と私は振り返りいうも、

「……鳥乃さん。いまどこに送ったんだ」

 と、ドン引きした顔で訊ねるナーガちゃん。

「ん? 堀尾オスカルっていうゲイレスラーの所」

「それ……この人?」

 そういって、冥弥ちゃんがタブレット画面でウェブを開き、オスカルさんのプロフィールを表示する。

「そうそう。この人この人、知ってるの冥弥ちゃん」

「……ファン」

 冥弥ちゃんはいった。

「え?」

「……大ファン」

「ええ……」

 まさかの発言にドン引きする私。

「ドン引きしたいのは私のほうなんだが」

 と、ナーガちゃん。彼女は間違いなく察してるのだろう。これから、あのロリコンが逮捕までにどんな経緯を辿るのかということに。

 そんなわけで《ワーム・ホール》の先から「ありがたく頂きましたぞ」と返事がきたので、穴を閉じようと思った所、冥弥ちゃんが私の裾を引っ張り、

「私……あの奥、行っていい?」

「駄目」

 私は穴を閉じた。

 

 そんな一方、フィーアちゃんサイドでは。

「……」

 銃口を下向け、しかし「これで良かったのか」と複雑そうな顔を浮かべるフィーア。アインスはそんな彼女を後ろから包むように抱き寄せ、

「敵を殺さなかったのは初めてかい?」

「はい」

 フィーアは小さくうなずいた。

「護れたのでしょうか? これで、水姫を、みんなを。……殺処分しなかったことで、やはりまた狙われるのでは」

「大丈夫、とは言い切れないだろうね。……けど、間違いなく護れたものはある」

 と、アインスはフィーアに後ろ向かせる。そこには、姉妹の誰かから上着を借りた水姫ちゃんの姿。

 アインスは続けて、

「少なくとも、彼女はこれ以上傷つかずに済んだ」

「水姫」

 フィーアは、恐る恐る一歩を踏み出す。すると、水姫ちゃんは一瞬びくっと怯えてしまい、

「あ」

 踏みとどまるフィーア。

 しかし、そんな彼女に、今度は水姫ちゃんから一歩踏み出し、

「ありがとう。クーちゃ……ううん、フィーアちゃん」

「怖く、ないのですか? 私が」

 訊ねるフィーアに、

「……怖いよ」

 躊躇いながら、それでも口に出す水姫ちゃん。

「でも、嬉しかった」

「水姫……」

「ボクね、ずっと体弱かったから友達って全然いなかったんだ。だから、あの時、痛かったし、怖かったし、でも何より友達ができたって思ったのボクだけだったのかなって思って、辛かった。……だから、だからね。さっきフィーアちゃんが友達って言ってくれて、すっごく嬉しかった」

 そういって、水姫ちゃんはフィーアにぎゅっと抱きつき、

「ありがとう。フィーちゃんはボクのヒーローだよ」

 新たなあだ名で彼女をよんだ。

「ヒーロー、ですか」

 水姫ちゃんを受け止めながら、フィーアは次第に微笑んでいった。

「悪くないですね」

 

 その日の夜、メールちゃんは「ハイウィンドに問題なし」と嘘の報告をしたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 ……と、綺麗に終わるはずもなく。

 

「ナーガ? 私……辿りついたことがひとつあります」

 オスカルのくだりの片手間に水姫ちゃんとフィーアの友情を眺めてた所、冥弥ちゃんがいいだした。

「ん? どうした冥弥姉さん」

 ナーガちゃんが訊ねると、冥弥ちゃんは表情そのままガッツポーズで、

「男の人は男の人同士で、女の子は女の子同士で恋愛すべき。……これは、生物の真理だったんです」

「……。…………おい」

 数秒固まった後、ナーガちゃんが突っ込む。

 この腐女子。自分の従妹の友情エピソードを台無しにしやがったよ。

「冥弥ちゃんちょっといい?」

 私はため息混じりにいった。いま彼女の目にはフィーアと水姫ちゃんの周りに百合の花が咲き乱れて映ってるに違いない。そんな妄想を吐露されては、周囲が無駄に疲れるだけ。こういう場合は少しこの場から離すに限る。

(それに)

 彼女には少し聞きたいこともあるしね。

「別に……いい、ですけど」

 きょとんと(恐らく)しながら、冥弥ちゃんは私についてきてくれた。

 私は適当に誰も会話が聞こえないだろう場所に彼女を連れていき、

「冥弥ちゃん。突然だけど、あなたフィールのこと知ってるでしょ?」

「え?」

「普通ソリッドビジョンがリアル化するのはありえない。けど、あなたビジョンがリアル化したのを見ても当然のように受け止めてたよね?」

「何を言ってるのか……分かりません」

 どうやら誤魔化すつもりらしい。彼女の表情は微変もしてないように見えて、動揺で目が一瞬きょろきょろ動くのが見えたのだ。

「そりゃまあ。さっきのデュエルでは、結局フィーアもロリコンも攻撃や演出にフィールを使わなかったけど、あなたは今日1度見てるはずよ。今朝、梓が私をハンマーしたとき」

「あ」

「かつ、知ってるなら知ってるといえばいいのに、わざわざ誤魔化したのも余計怪しいって話」

 まあ。さっきナーガちゃんも《デモンズ・チェーン》したけど、いちいち反応してられない状況だったからノーカウント。彩土姫ちゃんもスルーしてたしね。

「……本題に入るわ。あなたたち10人の中に、木更ちゃんのお姉さんを誘拐した男の味方がいるって疑惑が流れてるわ。それはあなた?」

 すると、冥弥ちゃんは。

「誰から……聞いたの?」

「まずは私の質問への返事が先よ」

「……私じゃ、ない」

 冥弥ちゃんはいった。

「なら、他にも中学生組は全員冥弥ちゃんと同じく受け入れてたけど、その内の誰か?」

「それも、ない。……私たちは、まさに……その為に動いてた、から」

「え?」

 それって、

「もしかしてナーガちゃん繋がり?」

 冥弥ちゃんは首を横に振り、

「違う。……え? ということは……ナーガもこの件で動いてるのですか? 初耳です」

 どうやらナーガちゃんとは完全に別らしい。

「ところで」

 冥弥ちゃんが訊ねてきた。

「私を疑ってたなら。……そんなに露骨に情報出して、いいのですか?」

「ん、別に構わないけど」

 だって。

「むしろ冥弥ちゃんが白だと思ったからこそ最終確認兼ねて踏み込んだって話だもの」

 今回の水姫ちゃんの騒動で、この子は妹の為に体を張ろうとしてたからね。

 まあ、だから白と決めるのは早計だし、黒の可能性を捨てたのも嘘だけど、仮に彼女が黒なら話が通じるだろうし、白なら味方になってくれると踏んだからだ。

「で、さっきの返事だけど。私にそれを伝えたのもナーガちゃんよ」

「そう……ですか」

 こちらを信用したのか、冥弥ちゃんがいった。

「……私たちは、ゼウス、地津、私の3人で動いてます。そちらのメンバーは?」

「私、木更ちゃん、ナーガちゃん、メールちゃん。それとさっきデュエルしてたフィーアって子も実質的にはメールちゃんの味方に近い位置にいるわ」

「木更さん……ですか?」

 訊ねる冥弥ちゃん。どことなく驚いてるように見えたので「どうしたの?」と訊ねると、

「私たちが、黒最有力と疑ってたのが……失礼ですけど、木更さんだったんです。……姉は笑顔の裏の本心が分かりづらい方ですし、オールバックの男のいる、名小屋の高校に入学した……から」

「現実はそのオールバックの男を探す為に名小屋に来たんだって」

「そう……だったんですか」

 こうしてみると、木更ちゃんてこんなに誤解されやすいタイプだったのだと改めて感じる。まさか親戚からも「本心が分からない」なんて思われてたなんて。しかし、となると3人は私や梓もついでに疑われてた可能性があったわけだ。

「で、冥弥ちゃん。他に黒の疑いのある子は思い浮かぶ?」

 悪いけど私は個人的に中学生組に標準絞ってたから、この瞬間容疑者は全員白になってしまったのだ。

「私は……。金玖が怪しいと思ってます」

 冥弥ちゃんはいった。

「金玖ちゃん?」

「はい。……だって、いつの間にかいなくなってる」

「あっ」

 そういえば、確か追いかける直前までは金玖ちゃんはいたはず。なのに今は。

 冥弥ちゃんの言うとおり黒? それとも。

「誘拐された可能性もあるわね」

「あっ」

 今度は冥弥ちゃんがはっとなる。そちらの可能性には全く気付かなかったらしい。

「協力ありがとう冥弥ちゃん。すぐ探しに向かうわ」

「私も……。地津に連絡を取ります」

 こうして金玖ちゃんの捜索が始まった。

 





●今回のオリカ


DDドッペル
効果モンスター
星5/闇属性/悪魔族/ATK1500/DEF2100
このカード名の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):このカードが墓地に送られた場合に発動できる。デッキから「DDドッペル」1体を手札に加える。

DD魔導賢者ゲイツ
リンク・効果モンスター
リンク1/地属性/悪魔族/攻 900
【リンクマーカー:下】
「DD」モンスター1体
このカード名の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):このカードをリリースして発動する。墓地から「DD」モンスター1体を手札に加える。そのモンスターがエクストラデッキに戻る場合、かわりにそのモンスターを特殊召喚できる。
(名称元ネタ:ビル・ゲイツ)

堕天使の神郡
通常魔法
このカード名の効果はは1ターンに1枚しか発動できない。
(1):発動ターンの間、自分の「堕天使」モンスターは戦闘によっては破壊されず、戦闘で相手モンスターを破壊する度に、デッキから「堕天使」カード1枚を手札に加える。
(2):墓地のこのカードが「堕天使」カードの効果によってデッキに戻った場合、自分フィールドの「堕天使」モンスターの攻撃力は800ポイントアップする。
(神郡と進軍をかけてます)

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