私の名前は
そして、レズである。
「愛液を吸ってさ、イッた時に相手にピュッピュできるディルドあったら最高だと思わない?」
そんなわけで、私は今日も教室の机に突っ伏してると、
「私にはレベルが高すぎるよー」
なんて、前の席の梓は困りながらもちゃんと相手をしてくれる。
「言うなら、女の子のえっちなお汁を使って擬似的に射精できる大人の玩具があったら素敵って話」
「誰も解説してなんて言ってないよ」
「およ? およよ? それってつまり多少は通じてたって事?」
「何その口調!? それに意味が分からなくてもろくでもない事だけは分かるよ」
「ろくでもなくないってば、全国おち●ぽ要らないけどおにゃのこ
「最高どころか最低の発想だよ!」
「およ? およよ? それってつまり“最低の発想”と感想抱く位には通じてたって事?」
「だからその口調何!? それと、さすがに妊娠や子供は邪魔っていう哀しい発想だってくらいは伝わるよ」
「おーそこまで分かったか偉い偉い」
梓の頭を撫でてあげると、
「えへへ~」
と、途端に緩やかな顔になる。かわいい。
実の所、レズである私は幼馴染……性欲のせの字を覚える以前から付き合いのある梓にさえ劣情を覚えていたりする。いや、むしろ私が本当に一番手を出したい筆頭ってレベルかもしれない。
だけど、なんだろうなぁ。……幼馴染っていう近すぎる距離感と梓のこんな性格のせいか、なんか私らしくなく「バレて嫌われたくない」なんて考えてしまってる。
親より大切な子だからか、変に弱気になっちゃうのだ。
私は梓の胸部に視線を向ける。
相変わらず、制服の上からでも主張しまくるいいおっぱい。揉みたい!
目の前の幼馴染がそんな欲望丸出しで見てるなんて知らない梓は、緩々な顔のまま、
「あ、そういえば沙樹ちゃん。Kasugayaラーメン知ってるよね?」
「当たり前でしょ」
Kasugayaラーメンとは、主に私たちが暮らしてるこの名小屋市近辺で出店しているラーメンチェーン店のこと。
チャーシュー麺が大盛りでさえワンコインという破格な値段、そして長く愛されてきた味と実績から地元では半ばソウルフード化してる。
「実はね、私最近知ったんだけど駅前のKasugayaラーメンがなんと」
「一号店なんでしょ?」
「え!?」
梓は目をまん丸にして数秒後、
「知ってたの、沙樹ちゃん」
「むしろ梓が知らなかったことに、こっちが驚きなんだけど」
そのあまりにもの情弱さに。
「そんなぁ、沙樹ちゃんを驚かせようと思ったのに」
しょぼんとする梓。私は心の中で萌えながら、
「悪かった悪かった、お詫びに帰りにKasugayaチャーシュー麺奢ってあげるから元気だして」
すると梓は、
「Kasugayaプレミアムチャーシュー麺大盛り」
とか、のたまってきた。
「はい、Kasugayaプレミアムチャーシュー麺大盛り煮たまごトッピングに普通のKasugayaラーメンお待ちどう様」
と、店長(残念ながら年齢40歳くらいのおっさん)が運んできたのは、私たち地元民にとって馴染みの深いとんこつラーメンである。
Kasugayaのラーメンは、他所のラーメンと比べて手軽に食べれる軽食といった色合いが強い。とんこつと魚介による和風スープはあっさりしてて女性でも簡単に飲み干せてしまい、具もチャーシュー、ネギ、メンマだけとごちゃごちゃしてなく小腹がすいた時でも朝食でも良さそうな一杯だ。
……尤も、梓が頼んだものは少し例外だけど。
「って、梓本当に食べれるの?」
「うん♪ いただきまーす」
梓は満面の笑みで食べ始めた。
チャーシューが普通より厚く切られネギとメンマも通常の2倍更に煮たまごのついたプレミアムチャーシュー麺。それだけならまだしも梓は大盛りで煮たまごをもう1個追加した、Kasugayaにあるまじき食べ応え抜群のラーメンを、それも放課後に食べるというのだ。
ちなみに値段は680円。
ここまでやって680円。
「おいしー♪」
天然の女子力の塊みたいな女の子が、幸せそうに大盛りラーメンを食べ続ける姿。
「可愛いけど、可愛いんだけど、なんだろうねこれ」
「?」
きょとんと首をかしげながらも、梓の箸は止まる気配を見せない。
「いや、梓のどこにそれだけの食べ物を詰め込める胃があるのかなって、あ……」
私はハッと気づいて、
「あったわね、梓が栄養を溜め込んでる所」
と、私は梓の二つの果実をガン見する。しかし梓は、
「???」
食べることに頭が行ってるせいで、露骨なセクハラ発言にさえ気づこうとしない。
「ううん何でもない。いただきまーす」
と、私もラーメンに箸をつけ始めた、その時だった。
「い……いらっしゃい、ご…ご注文は」
「店長のスマイル一生分、テイクアウトで」
「ぶふっ」
私は思わずむせ返った。
「きゃ、沙樹ちゃんどうしたの突然」
「ご、ごめん。なんだか変な言葉が聞こえた気がして」
私は何とか水を飲んで落ち着く。
「変な言葉?」
「気にしないで。たぶん気のせ――」
「スマ……スマイルはメニューにはございませ……」
「うふふ♪ つまり『スマイルなんていわず俺をテイクアウトしろよBABY』といいたいのね、悦んで♪」
「ぶふぅっ」
今度は梓がむせ返った。しかも、麺を思いっきり頬張ってたせいで被害は私の比じゃない。
なにこれ、美少女相手ならともかく店長ってさっきの40代のおっさんでしょ? 誰よそんな物好きは!!
私は、会話が聞こえるほうへ顔を向ける。
「さすが店長……いいえ、かすが様。素敵♪」
「お……おきゃ……さ、ま゛……」
そこには、いまにも営業スマイルが崩壊しそうな店長と、それをうっとりした眼差しで眺める若い女の子の姿。
年齢はたぶん私たちと同じくらいだろう。しかし、手入れの行き届いた長い髪に、スレンダーな体躯。顔もすっぴんに見えるが、たぶんあれはナチュラルメイクだろう。バストが控えめな点を除けば、男受けの良い清純・清楚な風貌を模った美少女がそこにいた。
女受けは悪そうだけど、正直いって私の心のチ○ポは「もっこりー!」って反応しちゃう。もう清純系○ッチでもいいわ! やらないか、
「あぁん♪ かすが様、そんな眼差しで見つめられると私妊娠しちゃうわ」
「頼む気がないなら帰ってくださいお客様。仕事の邪魔です」
「分かりました♪ ご希望は水着ですか? ランジェリー? それとも生まれたままの……」
「なんの話だ! この私は帰れって言ってるんだ!!」
あ、敬語が崩れた。その一人称からも垣間見える小物臭く高圧的な本性が露になる、も。
「ですから、かすが様のご自宅に」
「貴様の家に帰れ!!」
「素敵♪ かすが様が私のご両親に挨拶にきてくれるなんて」
「誰もそんな事言ってない!!!!」
「うふふ、分かってるわ」
「ならさっさと帰――」
「今宵の夜這い、半脱ぎでお待ちしてます♪」
「その筋のモン送りつけられたいのかっ!!!!!!」
「そんな、NTRプレイがお好きなんて。……けど、かすが様が望むのなら木更は♪」
「さっさと出てけぇえええええええええっ!!!!!!!!」
ついには盆を投げ捨てるかすが(?)店長。これ、暴力事件として警察呼んだらどうなるだろう? とはいえ、店長の奇声怒声に何割かの客は逃げ帰ったものの、常連にとっては日常茶飯事なのだろう。残った人たちの大半は見世物でもみるかのように楽しんでるように映った。
そして木更というらしい少女は、
「うふふ、かすが様ったらからかうと可愛らしくて素敵♪ Kasugaya野菜ラーメンのハーフをお願いします」
と、ちゃっかり注文をしていた。
ちなみに野菜の原価が高くなった現在、Kasugaya野菜ラーメンのハーフは店で一番儲からないメニューだと聞いたことがある。
「クソッ、食ったらさっさと帰れ」
悪態をつきながらも店長はオーダーを受け奥へと進んでいく。
「……もう我慢できん! 警察も頼りにならんし、本当にその筋を送ってやる」
賑やかな店内。その厨房で、かすが店長が口にしたのを私は聞き逃さなかった。
――そして同日、深夜。
閉店後のKasugayaラーメン一号店に私はいた。
「Kasugayaチャーシュ麺とビールでいいか?」
疲れた形相のかすが店長は、自分と私ふたり分のラーメンとドリンクを運び、いった。
「悪いわね、ご馳走になっちゃって」
「ふん、構わん。私もいまから夕食だからな」
と、店長は対面に座る。
「そういえばお前、夕方頃に客で来てたな」
「まあね。だから事態は多少把握してるつもり」
私たちが店を出てから程なくして、ハングド事務所の下に店長から依頼の連絡が入った。内容は「護衛及びターゲットの討伐」と聞いている。
「なら話は早い。事務所に伝えた通り、私を護衛しつつあの木更とかいうガキを手段を問わず追い払って欲しい」
「まあ、それはいいんだけど。……ん、やっぱ何度食べてもKasugaya美味し」
私は事前に軽く調べ上げた資料を片手にラーメンをすする。
「
と、私は今回の依頼に対する疑問を投げかけてみる。すると店長は、
「フィールを扱うストーカーだとしてもか?」
「……なるほど、いや。やっぱりね」
多分そうだと思ってはいたものの、これで確信に変わった。
フィールというものは一種のオカルトみたいな要素が強いが、実はさほど特別なものでもなく誰にでも持ちえる可能性のある代物だったりする。
何より、このエネルギー自体フィール・カードさえ所有していれば誰にでも使うことができる。なので、運よく手に入れちゃって悪用したり自衛の武器にしてる人は結構そこらじゅうにいるのだ。……とはいえ。
「悪いけど、それでも私が動く理由としてはまだ弱いわね」
「なに?」
ギロッと店長は睨み付けた。相当気の短い性格らしく、たったこれだけでキレる寸前に映る。
「だって、フィール絡みの問題と踏まえても、この程度幾らでも警察や役所に突き出す手段はあるでしょ。見た所あの子は『貴方を殺してでも添い遂げる』って方向には行かなそうだし、わざわざ殺しも辞さないような手段に出なくても――」
「そんなもの分からんだろう!」
怒声をあげる店長。その顔は、どこか怯えてるようにも映る。
「どうやら、お前は知らないようだな。奴のストーカーとしての行動力を」
「なら教えてくれる? 詳しい経緯を」
残念だけど、現状では神経質な店長がノイローゼを起こしたようにしか見えないのだから。
「分かった」
店長は煙草に火をつけながらいった。
「ヤツと初めて出会ったのはT○kyoのI市ってトコだ」
「T○kyo? こっちじゃなくて」
「ああ、私は生まれは名小屋だが去年までT○kyoの支店で店長をしていた。だが、一号店の先代店長……親父が亡くなったのを機に店を継ぎに戻ってきた身だ」
「そうだったのね。……あれ? でもT○kyoって確か」
「その通りだ」
少々苦味の混じった顔で、店長はうなずく。
「私がこっちに戻ってから大体2ヶ月後にKasugayaはカントーを撤退、俺が前いたI市店もすでに閉店している。そして、木更は元々そのI市店の常連客だったのだ。……はあっ」
店長は、思い出しては深~~~い溜息を吐き、
「毎日店にきては私をキレさせ、そして最後に野菜ラーメンのハーフを食べて帰っていく。思えばあの頃の奇行はまだマシなほうだったが、それでも私には苦痛でしかなかった」
そういえば今日も彼女は野菜ラーメンのハーフを食べてた。もしかしたら、いやがらせで頼んだのではなかったのかもしれない。
「そういえば手を出そうとは考えなかったの? ちょっとひんぬーだけど見た目は可愛いじゃん。ちょちょいと誘導すればあのカラダを好きにできたものを勿体無い」
「お前は何を言っているんだ」
真顔で返された。
「当事はまだ中学生だったのだが? 胸もない上にそんな乳臭いガキに興味を持つわけがないだろう」
「あ、なるほどね」
そういえば、いまでこそ女子高生でも当事は中学生な子供だったっけ。それなら仕方ない。私でも手を出すかは分からないわ。
「そんな時だったな、親父が死んだのは。I市で働くのが限界だった私はここぞと次の店長を志願し、生まれ育ったこの街に戻ってきたわけだ。これであのガキともお別れだ、という解放感と共に。……しかし」
え、それって。
「もしかして」
「そうだ。奴はこっち高校に入学してまで私を追いかけてきたのだ」
血管が切れそうなほど青筋を立て、ビールを一気に呷る店長。
「うっわー」
これは確かに神経やられてもおかしくないわ。
あー、だからひとり暮らしで。うわぁぁぁ。
「しかも、単身こっちに乗り込んだから親の目というストッパーがなくなった! 昼夜を問わず店に現れ、度々私の家に忍び込んでは下着を盗み、勝手に風呂を沸かして入りだし、飯を作ってエプロン1枚で待機、逆夜這いも仕掛けてくるから夜も眠れん!」
部分的に聞くと身の回りを世話する良妻に聞こえるのがまた……。
「もう諦めて監禁してキメセクでもして潰してあげたら?」
それこそ、溜まりに溜まったストレスも発散できてお勧め。
「どうしてソッチの発想しかないんだお前は!……それも相当危険な」
「いや私レズだから」
「まるで全てのレズが同類かのように言うな!!……コホン」
店長は一回咳払いして落ち着き、二本目の煙草を口に咥える。
「とりあえず、これで分かっただろう。木更というガキがどれだけ危険な存在かを」
「うん。そうだね」
何より、いつ店長がダウンして入院になっても変じゃないのが分かる。そして、間違いなくその木更が毎日過剰なお見舞い面会に来るだろうというのも。
「なら、依頼を受けてくれるな?」
「んーまあ」
正直、それでも裏稼業が動く程ではない気はするんだけどね。とりあえず“手段は問わず”とは言われてるけど、一番楽な殺処分は駄目っぽいわ。
むしろ今回は穏便に、かつ合法的な手段による解決じゃないと。ターゲットが“何かに巻き込まれて”解決って形にすると、状況的にまず店長が疑われ最悪依頼人を社会的に抹殺してしまう。
なまじ“法に護られた世界”の問題なせいで下手な事ができない。どうすれば……。
「(あ)」
あった。それも最高のアイデアが。
「分かった、その依頼引き受けるわ」
「本当か!」
身を乗り出す店長。が、そこを私は「ただし」と指を立て、
「もう一度確認するけど。“手段は問わなく”ていいのよね?」
すると、店長は眉を寄せ、
「まさか“殺る”気なのか?」
「うん」
私はいった。
「“犯ら”せてもらうわ」
――日付が変わり、現在深夜1:30。
かすが氏の自宅は高級マンションの一室にあった。
曰く元々木更対策で選んだわけではなく、神経質な店主は最新の防犯設備でないと不安で不安で仕方なかったのだそう。
なら、どうしてそんな人間がラーメン屋をと一瞬思ったが、Kasugayaラーメンは完全に工程がマニュアル化されている為、1分1秒をキッチリ護りその神経質さで店内を清潔に保つかすが店長の仕事はとても好評価なんだそうな。
それはともかく、24時間体制のフロント、何重もの監視カメラ、過剰すぎるセキュリティ。これを突破するのは相当に困難なはずだ。
私は、かすが氏の自室に隠れながら、いつものようにカメラを持たせた《幻獣機レイステイルス》でマンションの内外を監視していた。
程なくして、ターゲットの藤稔 木更がやってきた。デュエルディスクを起動し、しかし隠密活動を行う様子なく堂々とマンションの入り口に立つ。
この建物は専用のカードキーがないと入ることさえ不可能な仕様になってるのだけど、彼女はデュエルモンスターズのカードを挿入すると一発で照合。中へと進んだ。恐らくハッキング系やプログラムに関係したフィール・カードを使ったのだろう。
次にフロント。ここでは実際に入居者名を伝えチェックインする方式になってるのだが、ここでも彼女は、
「藤稔 木更です」
なんて堂々と名前を言っては、
「藤稔 木更……はい、確かに。お帰りなさいませ」
と、フロントも入居者リストに彼女が含まれてたとばかりの対応。私はすぐハングドの事務所に連絡し、
「もしもし、私。……突然だけど○×マンションの入居者リストに不正書き換えが起こってないか調べてくれない?……うん、お願い」
と、保険に裏を取っておく。
一方、木更はエレベーターのセキュリティも突破し、かすが店長のいる5階へとやってきた。
そして最後のセキュリティ。自室のドアは電子ロックと鍵錠ロックの二重構造だが、電子ロックはやはりフィール・カードで解除。そして鍵錠はというと。
木更は懐から針金を一本出して、ここでまさかの物理的ピッキング。
こうして見事かすが邸に乗り込んだ木更。真っ暗な部屋の中、ドアが閉まると同時に、私はモンスターの機銃で彼女の足元を威嚇射撃した。
「……な、なに?」
一見、思ったより乏しい反応。とはいえ、よく見ると彼女の顔は青ざめ、漠然と立ち付くしてるのが分かる。
当然だ。やってる侵入手段は“こちら側”でも、あくまで彼女は法律に護られた“あちら側”。それも平和ボケした日本人なのだ。
「Good evening! 藤稔 木更さんでしょ。初めまして」
私は奥の部屋から顔をだし挨拶した。
「どなたですか?」
「私は鳥乃 沙樹」
ここはあえて本名でいい、逆に組織名は伝えず、
「まあ言っちゃえば。あなたの大好きなかすが様に雇われたボディガードってトコ?」
「ボディガード?」
「そ。ストーカーに昼夜問わず迫られて怖いから追い払ってくれって」
「えっ」
と、木更はガーンといった顔で、
「そんな! 私のかすが様にストーカーなんて、しかも怖がらせてるなんて。誰なのですか、そのストーカーは」
「あなたよ、あなた」
「これは非常事態です。ああ……私が1日27時間、1分1秒欠かさずお傍にいればこんな事には。もう、こうなったら学校を停学してでも」
「あ、あのー」
1日は24時間だけど。
「っていうか話聞いて?」
「鳥乃さんといいましたね。よろしければ、私にもお手伝いさせて頂けませんか?」
「駄目だこいつ。早くなんとかしないと」
アカン。この人会話が全然通じない。
こうやって実際に接してみて、私は事態を甘く見ていたことを痛感する。うん、こんなのに毎日迫られてたら並の精神でも逝くわ。
木更が部屋の電気をつけると、
「……あら?」
と、明るくなった部屋で私を見、きょとんとした顔をみせる。
数秒後。
「すみません、もしかして……鳥乃先輩ですか?」
「え?」
「入学式に校内で私をナンパした」
「へ?……………………あ」
そういえば、名前は聞いてなかったけど大人しそうな子を口説いた気がする。新入生狩りみたいなノリで、強引に迫れば断れなそうな処女っぽい子を狙って。
「もしかして。……“これから彼氏に会いに行くので”って断った」
「はい。私です」
「…………。……………………えー」
どうしよう、いま私すごく半日前にタイムリープして梓とKasugayaに行こうかって段階からやり直したいんだけど。
だって仕方ないじゃん。Kasugayaで見た時はメイクしてたから創られた清純系と思ったけど、この子って制服姿のノーメイクでもガチで清純系っぽい見た目してんだもん。
それも大人しそうで、聞き分けがよくあまり前に出て意見を言わなそうな。……だから彼氏持ちって聞いたときショックだったなー。既に悪い男に汚された後だったのかーって。あ、ちなみに私はグルメで雑食(女前提)であって処女厨ってワケじゃないから。
ただね、アレよ。……イタリアに行って中国料理を食べるかっていうのと同じニュアンスで、入学直後の新入生狙うなら垢抜けしてない未開の青い果実だろと!
稚魚の踊り食いだろと!!
まあ、ともかくとして、
「……えっと、聞いていい?」
「はい。あの時の“彼氏”はもちろん“かすが様”のことです」
「やっぱり……」
聞く前に返事を貰ってしまった。
はぁ、まさかあの時のオチをこんな所でぶり返すなんて。私は一気に疲労を覚えながら、
「ねえ木更さん。……何が原因であの店長のこと好きになったの?」
「一目惚れです」
「けど、あの人そろそろ親父臭キツくなってくる頃のオッサンよ。しかもクッソ神経質だし短気だし」
「うふふ、ですから弄ってさしあげると凄く可愛らしい反応をしてくれるんですよ♪」
学校で見た時のお淑やかな物腰と店でみた熱の篭った眼差しを両立させながら、木更はそんな“もう駄目だこいつ”な言葉をのたまう。
「ああ、かすが様。待っていてください早く貴方の下へ向かいますわ。あぁぁ、かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様」
「……」
もういいや。私はこの人との対話を諦め、フィールを用いることで行える強制デュエルを執行する。
「え?」
強制デュエルは初めてなのだろうか。突然デュエルモードに移行した自分のディスクをみて驚く木更。
「悪いけどデュエルをしてもらうよ。貴方が勝ったら素直に通してあげる。ただ、私が勝ったらちょっと付き合ってもらうよ。朝まで」
「……すみません、お断りしますね」
と、木更は私の横を抜け、奥にある店長の寝室へと走り抜けようとする。が、途中で見えない壁に阻まれ、
「え!?……嘘、そんな、通れない」
「悪いけどデュエルが終わるまでそっちには行けないから」
「ど、どうして?」
不安そうにこちらを振り向く木更。
「どうしてとは、どうやって行けなくしたのか? それとも行かせない理由?」
「そんなの、両方です」
ま、そうよね。
「行けなくしたメカニズムは、ぶっちゃけフィールよ。デュエルディスクに干渉して強制デュエルを執行、同時に私たちだけを閉じ込める不可視の壁……デュエルリングのほうが聞こえいいかな? まあそういうのを出したってだけ」
「では、行かせて下さらない理由は」
「言ったでしょ、私はボディガードだって。だから貴方を行かせられないのよ」
「……。わかりました、そのデュエルお引き受けします」
観念したのか、木更は私に向き直る。早く愛しの“かすが様”の下に向かいたいのだろう、そわそわしてるのが見て取れる。
「ちなみに、負けたほうは数時間程度フィールを使えなくなるから」
「!?」
驚く木更。その顔には僅かに絶望が映る。彼女はフィールを使って無断侵入してるのだから、ここでそれを損失するのは危険なのだ。
私は笑って、
「大丈夫だいじょうぶ、いまの所あなたを警察に突き出すようなつもりはないから。さっきも言ったけど、“少し付き合って”欲しいしね」
「本当ですか?」
ほっとしつつも、それでも彼女から不安は晴れない様子。
本当に、彼女って店長さえ絡まなければ標準的な感性を持った純朴な子だったのね。
「あなたに追い討ちみたいな条件ばかりだけど、それがフィールを用いたデュエルだから諦めてくれる?……ま、詫びに先攻後攻好きなの譲るから許して」
「では。……先攻を頂きます」
口調も丁寧だし、店長の不満を聞くに家事スキルも高い、料理も不味くない。……割と大和撫子じゃないか。この子。
沙樹
LP4000
手札5
木更
LP4000
手札5
『デュエル!』
と、ふたりの発した言葉によって、互いのディスクはデュエルの開始を認識する。
「では、先ほどの通り先攻はいただきます」
最初の手札5枚を引き抜き、木更はいった。
ドローができない先攻を取ったということは、初手で突破の難しい布陣を敷けるデッキなのか、それとも展開の途中で《サイクロン》されると厳しいタイプのデッキなのか。
「まずは魔法カード《強欲で謙虚な壺》を発動します」
最初に木更が発動したのは、デメリット付の手札調整カード。
「強欲で謙虚、つまり私のかすが様への愛ですね」
「え、むしろ強欲で貪欲では?」
「ああ……かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様♪」
「おーい、戻ってきてー」
まさかデュエル開始早々いきなり暴走されるなんて。
しかし、今回はただ暴走したわけではないようで、
「ふう、これで何とか不安を吹き飛ばすことができました」
と、木更は柔和に微笑み、しかしその視線はこちらをしっかりと捉え、
「負けるわけには行きませんので、全力で望ませて頂きますね」
その言葉は嘘ではないようで、彼女を中心に空気が明らかに変わる。
「《強欲で謙虚な壺》はデッキからカードを3枚めくり、その内1枚だけを手札に加えるカードです」
そういって木更がカードをめくると、3枚のビジョンが彼女の前に表示される。
《成金ゴブリン》《強欲で謙虚な壺》《スキルドレイン》
「私は《スキルドレイン》を手札に、残りをデッキに戻します」
「うわっ」
半端なく厄介なカードを。
《スキルドレイン》とは、その名が指すようにフィールド上のモンスター効果を全て無効にしちゃう永続罠カードなのだ。
このカードを使うデッキとなると、
「そして、《クリフォート・ゲノム》を召喚」
木更のフィールドに、螺旋状の機械装置みたいなモンスターが出現する。
――最悪だ。
「カードを2枚伏せて、私のターンは終了します」
更に裏向きのカードが2枚敷かれ、彼女のターンは終了する。
「私のターンね、ドロー」
私はカードを1枚引き、フィールドを確認する。
まず伏せカードは2枚。この内1は《スキルドレイン》だろうけど、正解か分からない状態で伏せ除去に入るのは危険だ。両方とも不正解という可能性だってあるのだし。
次に、相手の場にいる《クリフォート・ゲノム》。このモンスターはレベル6だけど、レベル4・攻撃力1800のモンスターとしても召喚できる。
そして、通常召喚したゲノムは「自身のレベルよりも低いレベル・ランクのモンスターの効果を受けない」効果を持つ。しかし、それ以上にこのモンスターは本来レベル6・攻撃力2400のペンデュラムモンスターなのだ。
つまりは《スキルドレイン》が発動すると、このカードは攻撃力2400に戻り、破壊しても墓地には行かずエクストラデッキに行き、ペンデュラム召喚によってレベル4・攻撃力1800のモンスターとしてだが何度でも召喚される。もちろん《スキルドレイン》下ならレベル6・攻撃力2400だ。
幸い、相手はペンデュラム召喚の準備が整ってない様子なので、フィールドが暖まる前に終わらせないと。
「私は《幻獣機メガラプター》召喚、攻撃宣言」
私は攻撃力1900の幻獣機モンスターを召喚し、早速攻撃に入る。このままバトルすればゲノムは破壊されてしまうので、木更は恐らく。
「永続罠《スキルドレイン》を発動します」
2枚のうち片方が表向きになり、警戒していた罠が顔をみせる。
「そこね。チェーンで《サイクロン》発動。その《スキルドレイン》を破壊するわ」
もう片方の伏せは発動しないのか、そのまま私が生み出した竜巻は《スキルドレイン》のカードを飲み込む。
「《スキルドレイン》の効果は、チェーン上で効果が解決する前に破壊されちゃったら無効になるわ。これで《クリフォート・ゲノム》の攻撃力は1800のまま、メガラプターで戦闘破壊!」
メガラプターから機銃が発射されると、ゲノムは全身蜂の巣になって破壊される。
木更 LP4000→3900
「《クリフォート・ゲノム》はペンデュラムモンスターです。その為、墓地には行かずエクストラデッキに行きます」
「カードを1枚セット、ターンを終了」
本当は、相手が動く前に徹底的に対策しておきたかったのだけど。実の所私が使ってる幻獣機ってデッキは見た目に反して速攻性はあまり高くないのよね。
「私のターン、ドローします」
そして再び木更のターン。彼女はドローすると、その顔色が僅かに変わる。
私は咄嗟に気づいた。
「(遅かった、仕掛けてくる!)」
心の中で叫んだ刹那、木更はカードを発動する。
「私は魔法カード《召喚師のスキル》を発動。効果で《クリフォート・ツール》を手札に加えます」
きてしまった!
《召喚師のスキル》とはレベル5以上の通常モンスターを1体デッキからサーチする魔法カード。そして、《クリフォート・ツール》こそ、間違いなく彼女のデッキの軸。
「そして私は、スケール1の《クリフォート・エイリアス》とスケール9の《クリフォート・ツール》でペンデュラムスケールをセッティング!」
木更の左右に光の柱が並び立つと、それぞれの内側にクリフォートモンスターが昇っていく。
「これで私はレベル2~8のクリフォートモンスターを同時に召喚が可能。ペンデュラム召喚! 来てください、《クリフォート・ゲノム》!」
上空に穴のビジョンが発生すると、そこから《クリフォート・ゲノム》が再び舞い降りる。ペンデュラム召喚は説明の通り1度に手札・エクストラデッキからモンスターを同時に特殊召喚できるが、今回はゲノム1体だけの模様。
「次に《クリフォート・ツール》のP効果を発動、1ターンに1度、800ライフを払ってデッキからクリフォートカードを1枚サーチします。私は装備魔法《
木更 LP3900→3100
木更のライフポイントが減少し、ゲノムに幾つもの球体が入り込む。
「《機殻の生贄》を装備したモンスターは、攻撃力が300アップして戦闘破壊されなくなります。そして、クリフォートモンスターをアドバンス召喚する際、装備モンスターは2体分のリリースとして扱うことができます」
そういい、木更はすぐさまディスクからゲノムと《機殻の生贄》をフィールドから取り除く。
「私は《機殻の生贄》をゲノムをリリース。プログラム実行、クリフォト・ドット・エグゼ。起動せよ、アディシェスの円盤! アドバンス召喚、来てください《クリフォート・ディスク》!」
出現したのは1体の円形型のクリフォート。レベル7攻撃力2800とビジョンで表示される。
「そして、《クリフォート・ゲノム》《機殻の生贄》《クリフォート・ディスク》3つの効果が同時に発動されます」
と、木更がいった所で私は、
「待った。私はチェーンでさらに永続罠を発動。《
すると、お互いのデュエルディスクに積み上げられた今回のチェーンが表示される。
チェーン4:《空中補給》
チェーン3:《クリフォート・ディスク》
チェーン2:《機殻の生贄》
チェーン1:《クリフォート・ゲノム》
チェーンが積み上げられた場合、それぞれ効果は上から順番に処理されていく。
「まずは《空中補給》の効果で、私のフィールド上に幻獣機トークンを守備表示で特殊召喚するわ」
最初は私が発動したカードの処理により、ホログラムによる幻獣機のデコイが出現。
「では、次に《クリフォート・ディスク》の効果です。このカードはクリフォートをリリースしてアドバンス召喚に成功した時、デッキからクリフォートを2体特殊召喚できます。この効果で私は《クリフォート・アーカイブ》と2枚目の《クリフォート・ゲノム》を特殊召喚」
それにより、木更の場にも新たなクリフォートが2体も出現し、
「《機殻の生贄》はフィールドから墓地へ送られた場合にデッキからクリフォートモンスターをサーチします。私は2枚目の《クリフォート・ツール》を手札に」
木更の一度使い切った手札が僅かに肥やされ、
「最後に《クリフォート・ゲノム》はリリースされた場合にフィールドの魔法・罠カード1枚を破壊します。《空中補給》を破壊」
と、おまけに私の《空中補給》さえも破壊してくれちゃう。尤も《スキルドレイン》の時と違って、《空中補給》は1度効果をチェーン上で解決した後なので役割は果たしてるけど。
そして、効果の処理はまだ終わってない。
「《幻獣機メガラプター》のモンスター効果。私のフィールドにトークンが特殊召喚された時、このカードはさらに幻獣機トークンを1体特殊召喚するわ」
これにより、こちらも幻獣機のデコイがもう1体出現し、お互いのフィールドにモンスターは3体ずつ存在する形となる。
……強さは月とすっぽんだけど。こちらがすっぽんで。
しかも、木更は特に説明してないけど《クリフォート・エイリアス》のP効果も現在発動している。
このカードはフィールド上のクリフォートを攻撃力300アップさせる。その為。
《クリフォート・アーカイブ》 攻撃力2400→1800→2100
《クリフォート・ゲノム》 攻撃力2400→1800→2100
《クリフォート・ディスク》攻撃力2800→3100
特殊召喚したゲノムとアーカイブはレベル4・攻撃力1800になるとはいえ、エイリアスによって2100に。
ディスクに至っては先日の堕天使たちより100高い攻撃力3100に到達。
「バトルフェイズに入ります。まずは《クリフォート・アーカイブ》と《クリフォート・ゲノム》でトークンにそれぞれ攻撃」
トークンたちは全員守備表示とはいえ守備力0。ホログラムたちは反撃する様子なく排除されてしまい、
「最後に《クリフォート・ディスク》で《幻獣機メガラプター》に攻撃」
残ったメガラプターもトークンの護りを失い、ディスクの一撃で墜落する。
沙樹 LP4000→2800
「っ、や……ばいわね」
メガラプターは攻撃表示だった為、超過ダメージが私のライフを1200ポイントほど削る。
「ターンを終了します。ディスクによって特殊召喚されたクリフォートたちはエンドフェイズに破壊されます。ですけど、どちらもペンデュラムモンスターなのでエクストラデッキに」
「ふう」
相手のターンが終わり、私は一旦息をつく。良かった、場は一掃されたけどまだ絶望する状況ではない。
「私のターン、ドロー」
私はカードを引く。そして、
「じゃあ、そこのPゾーンのカードもエクストラデッキに送ってあげるわ。魔法カード《ハーピィの羽根帚》!」
《ハーピィの羽根帚》は相手フィールド上の魔法・罠を全て破壊する伝統ある魔法カード。
これにより《クリフォート・ツール》と《クリフォート・エイリアス》はエクストラデッキに行き、ついでに最初のターンから伏せられてたカードの除去も終える。
「あ」
と、木更が呟いた時にはすでに効果解決後。伏せカードは《
このカードはエクストラデッキのクリフォートを3枚手札に戻すカードで、最初のターンならブラフにしかならないけどいまなら発動条件は満たしてる。
危なかった、木更が「発動を忘れる」というミスをしてくれて。使われてたら再びツールの効果を使わずして次のターンP召喚できる状況が確実に起こり、アドバンス召喚したいカードをツールでサーチ、という形になる所だった。
そして、こっちも準備が整った。
「じゃあ行かせて貰うわ。私は手札から《幻獣機テザーウルフ》を召喚、召喚成功時に幻獣機トークンを発生。次に幻獣機トークンがいる場合にこのカードは特殊召喚できる。《幻獣機モールツカノ》! モールツカノとテザーウルフのレベルは幻獣機トークンのレベルの合計アップ! レベル3幻獣機トークンにレベル4になった《幻獣機モールツカノ》をチューニング! 不死鳥の名を継ぎし輸送機よ、永遠を泳ぐ機翼で勝利を運べ! シンクロ召喚! 発進せよ、レベル7《幻獣機ブリックス》!」
と、一気にカードを展開させフェニックスを連装させる赤い輸送機を召喚し、
「《幻獣機ブリックス》は特殊召喚の成功時に幻獣機を1体特殊召喚する。これで再びテザーウルフのレベルは4+3で7、私はレベル7の《幻獣機ブリックス》と《幻獣機テザーウルフ》でオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! 竜の名を持つ機械の鳥よ。いまこそ空を支配し、私に勝利を輸送せよ! エクシーズ召喚! 発進せよ、ランク7《幻獣機ドラゴサック》!」
と、そのままランク7のエクシーズモンスターへと繋げる。
「ドラゴサックの効果、オーバーレイ・ユニットの《幻獣機ブリックス》を使い、幻獣機トークンを2体特殊召喚、守備表示」
これでフィールドに幻獣機トークンの数は3体。私はそのうちの1体を取り除き、
「そして、ドラゴサックのもうひとつの効果。1ターンに1度、フィールドの幻獣機を1体リリースし、フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。私はディスクを破壊!」
《クリフォート・ディスク》にも「通常召喚したこのカードは、このカードのレベルよりも 元々のレベルまたはランクが低いモンスターが発動した効果を受けない」って効果を持っていたけど、ドラゴサックのランクは7なので問題なく破壊できる。
「この効果を使ったターン、ドラゴサックは攻撃できない。カードをセットしてターン終了」
相手の手札は《クリフォート・ツール》1枚。次のドローで新たなクリフォートを引きさえしなければ流れはこちらに傾くのだけど、
「私のターン、ドローします。そして《クリフォート・ツール》と《クリフォート・アセンブラ》でPスケールをセッティング」
そんな気はしてました。
「ペンデュラム召喚! 来てください、私のモンスターの方々。《クリフォート・ツール》《クリフォート・エイリアス》《クリフォート・アーカイブ》《クリフォート・ゲノム》《クリフォート・ディスク》!」
前のターンとはうって変わり、今回は一気に5体の同時召喚。
「さらに、800ライフ払ってPゾーンの《クリフォート・ツール》の効果を発動します」
木更 LP3100→2300
「デッキから《アポクリフォート・カーネル》を手札に」
アポクリフォート!?
「そしてこのモンスターは特殊召喚できず、クリフォート3体をリリースした場合のみ通常召喚できます。私はツール・ゲノム・アーカイブをリリース」
3体のモンスターが光の粒子になって消え、木更がカードをディスクに読み込ませると、辺りが虹色に輝き数度ほど店長の部屋がまるで3Dの立体映像に変わったかのように映る。
「プログラム実行、クリフォト・ドット・エグゼ。起動せよ、《アポクリフォート・カーネル》!」
虹色の輝きが終わると同時に出現したのは、まるで要塞かのような巨大なモンスター。
私は、このモンスターに見覚えがなかった。
恐らくこの「アポクリフォート」こそが彼女の持つフィール・カードなのだろう。そのレベルは9攻撃力は2900、その召喚条件もあって間違いなく彼女の切り札だ。
「そしてリリースされたゲノムとアーカイブの効果で幻獣機トークンをバウンスし、その伏せカードを破壊します」
ゲノムの効果は先ほどの通り、アーカイブにはリリースされた場合にモンスターを1体
私は破壊される前に、
「罠カード《
2体のトークンが出現すると、私の背後に空母の甲板が出現し、そこから2体の航空機が発信する。その内のコルトウィングはヘリと航空機を併せた形状をしていた。
これによりトークンのバウンスはサクリファイス・エスケープが成立し、ゲノムの効果も、すでに効果を終えた《緊急発進》を破壊する事になる。
「そして《幻獣機コルトウィング》のモンスター効果! このカードが特殊召喚に成功した時、他の幻獣機がいるなら幻獣機トークンを2体特殊召喚する!」
この効果によって、元いたドラゴサック、《緊急発進》で呼び出したブルーインパラスにコルトウィング、そして幻獣機トークンが2体出現した事で、私のフィールドにはモンスターが5体埋まった。
もちろん全員守備表示。ここまですればフィールドにモンスターが1体は残った状態で次のターンを迎えられるはず。
「《アポクリフォート・カーネル》のモンスター効果。1ターンに1度、エンドフェイズまで相手モンスター1体のコントロールを得ます。私は《幻獣機ドラゴサック》を頂きます」
……と、思ってたけど甘かった。まさかコントロール奪取の効果を持ってるなんて。
「そしてバトルフェイズ。全員で一斉攻撃を仕掛けますね」
私のフィールドのモンスターは4体。木更のモンスターも4体。一応、ライフを護りきることはできたものの、全滅だった。
「そして最後にドラゴサックの効果で自壊すれば。……あ」
どうやら、そういう魂胆まで考えて奪ってたらしいけどここでミス。先ほど説明したようにドラゴサックは“1ターンに攻撃と破壊効果どちらかしか行えない”のだ。
「私のフィールドも4体ですから、オーバーレイユニットを無駄撃ちすることもできませんね。ターンを終了してドラゴサックはお返しします」
そして、他にドラゴサックを始末する方法もなければ、このターンで決める手段もないらしい。
「とはいえ、《アポクリフォート・カーネル》は魔法・罠の効果を受けず、他のクリフォートと同じく自身のレベル9未満のレベル・ランクの効果を受けません」
つまりは他の効果をほぼ受けないに等しい効果である。攻撃力も高いので、デッキによっては正面からまともにぶつかろうと思うと詰んだも同然になってしまう。
「そして《クリフォート・アセンブラ》のP効果。この効果は私がクリフォートをアドバンス召喚したエンドフェイズに発動でき、そのリリースしたクリフォートの数だけドローできます」
その上ただでさえやばい状況で駄目押しのドロー効果。しかもアポクリフォートの時にリリースした数って、
「この効果で私は3枚ドローします」
と、木更はここで一気に手札を3枚も費やす。
「改めて、私のターンは終了します」
デュエルディスクの
「は……ははっ」
私は軽く髪をわしゃわしゃし、乾いた笑みを浮かべた。
「ぶっちゃけこの状況、ドラゴサックはいるもののほぼ詰んじゃってるのよね。トークンを出して壁を作っても、そっちにはペンデュラム召喚があるから数で押し切られ、ドラゴサックで取り巻きを1体破壊しようともやっぱりペンデュラム。なんとか逆転の一手でカーネルを退けたとしても、木更さんの手札は3枚、次のドローで4枚。畳み掛けられないほうがおかしいわ」
だから、私に求められるドローはただ1点。このターン、この状況で木更のライフをゼロにするカードを引く。
「ホントはこんな所で使っていい“能力”じゃないんだけど」
そういって私は手を掲げる。すると、その腕にフィールのエネルギーが集まり、闇色に輝きを帯びる。
私は、チート技の行使を宣言した。
「暗き力はドローカードをも闇に染める!――ダークドロー!」
闇色に輝くその手で、私はカードを1枚引き抜く。
カードは黒い光を放ちつつ闇に染まり新たなカードに変貌する。そこには、主に動物のシルエットを模した航空機である幻獣機ではなく、それらに搭載される武器と一体化した動物のモンスター《幻“機獣”アベンジャガー》が描かれていた。
「ダークドロー?……そのフィールは、一体」
状況が分からず動揺をみせる木更。
私はとりあえず、
「最後のオーバーレイ・ユニットを使い。ドラゴサックの効果を発動。幻獣機トークンを2体生成するわ」
と、ドラゴサックと同じ外見をしたホログラムのデコイを2体生み出す。
「そして」
引き抜いたカードを提示し、私はいった。
「私は、たったいま創造した《幻機獣アベンジャガー》の効果を発動! このカードはルール上「幻獣機」カードとして扱う。そして手札・フィールド上からこのカードを含む幻獣機を素材に、融合魔法カードなしで融合させる」
「えっ」
木更は目を見開き。
「幻機獣で融合?」
「そして、《幻機獣アベンジャガー》は炎族モンスター。私は手札の炎族のアベンジャガー自身と、フィールドから機械族の幻獣機トークンを融合!」
上空に時空の歪めて発生した渦が出現すると、2体の素材モンスターは取り込まれ、混ざり合う。
「火器の力を得し半機獣よ、龍の力を得し航空機よ、科学の力にて混ざり合い、命の冒涜の上に進化せよ! 融合召喚! 撃ち貫け、レベル6《起爆獣ヴァルカノン》!」
こうして出現したのは、両肩に機関砲を積んだ機械の一角獣。
「《起爆獣ヴァルカノン》のモンスター効果! このカードが融合召喚に成功した時、このカードと相手モンスター1体を破壊する。私は《クリフォート・ディスク》を破壊」
ヴァルカノンは円盤のクリフォートに狙いを定めると、左右の機関砲でそれを撃ち貫き、しかし自身も衝撃に耐え切れずその身が四散していく。
「その後、墓地へ送られた相手モンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。……ここで重要なのは、破壊する時はフィールド上でのディスクを参照するけど、その後のバーン効果は墓地のディスクを参しょ――」
「あの、すみません」
「え?」
「《クリフォート・ディスク》は墓地には行かないのですけど」
「え?」
…………あ。
沙樹 LP2800→0(サレンダー)
その後、私は事務所に連絡入れた。
「9期テーマには勝てなかったよ」
って。
…………。…………………………………………。
罰のため鉄の貞操帯着用させられた私は、ここの所ずっと
ボスケテ。
余談。
依頼自体は、保険で不正書き換えの証拠を抑えたおかげで木更は一度警察のお世話になった。現在は釈放されたが、かすが邸への侵入も困難となり、店内でも警察を呼べるようになった等かすが店長の生活環境は間違いなく改善されたとのこと。
依頼は一部達成という事で事務所は報酬を半分受け取ったらしい。
もちろん、私の懐には一銭も入らなかった。
いや、現物支給はあったっけ。――鉄の貞操帯。
解説
●Kasugayaラーメン
名小屋市近辺を中心に展開しているラーメンチェーン店。経営者はかすが一族(後述)。地元のソウルフードとして愛されている。
元ネタは愛知県を中心に展開されるご当地ラーメン店「スガキヤラーメン」。作中で出されてるラーメンもほぼ「スガキヤラーメン」そのものなので、ここでは裏側の補足とする。
普通のKasugayaラーメンは320円で販売。これはハングド第二話執筆当事の「スガキヤラーメン」のラーメンの値段。
大盛りワンコインで食べられるという「チャーシュー麺」も、実際に執筆当事「スガキヤラーメン」にて肉入ラーメン(400)の大盛り(+100)で食べる事ができる。
梓が食べた「Kasugayaプレミアムチャーシュー麺大盛り煮たまごトッピング(680)」は、肉入ラーメン(400)特製ラーメン(450)玉子入ラーメン(370)を、それぞれラーメン(320)に差分の値段を足し、+100円で大盛りにしたもの。実際にスガキヤで注文できるかは不明。
ただし、プレミアムチャーシュー麺のチャーシュー描写は現在の肉入りラーメンではなく、期間限定メニューのプレミアムチャーシュー麺のチャーシュー寄りに描写しました。
・かすが一族
Kasugayaラーメンを創立した一族。名前の元ネタはTRPGダブルクロスシリーズの春日一族。また、作中で登場しているかすが店長のモデルは同じくダブルクロスシリーズの春日恭二。
春日恭二は作中のリプレイでラーメン屋のバイトをしていた事がある。
●今回のオリカ
幻獣機モールツカノ
効果モンスター・チューナー
星1/風属性/機械族/攻 500/守 200
「幻獣機モールツカノ」の①の効果は1ターンに1度しか使用できない。
①:自分フィールド上に「幻獣機トークン」が存在する場合、このカードを手札から特殊召喚できる。
②:このカードのレベルは自分フィールドの「幻獣機トークン」のレベルの合計分だけ上がる。
③:自分フィールドにトークンが存在する限り、このカードは戦闘・効果では破壊されない。
(エンブラエル EMB-314 スーパーツカノ+モール@もぐら)
幻獣機ブリックス
シンクロ・効果モンスター
星7/風属性/機械族/攻2300/守 200
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
①:このカードの特殊召喚に成功した場合、自分フィールドに「幻獣機トークン」(機械族・風・星3・攻/守0)1体を特殊召喚する。
②:自分フィールドにトークンが存在する限り、このカードは戦闘・効果では破壊されない。
③:1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。
手札を1枚捨ててこのカードをゲームから除外する。
次の自分のスタンバイフェイズ時、この効果で除外したこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
(ブリストル 223+フェニックス)
幻機獣アベンジャガー
ペンデュラム・効果モンスター
星2/風属性/炎族/攻 500/守 200
【Pスケール:青5/赤5】
①:1ターンに1度、攻撃表示の「幻獣機」機械族モンスターが相手モンスターと戦闘を行う攻撃宣言時に発動する。
ダメージ計算後、戦闘を行った自分のモンスターと相手モンスターを破壊する。
【モンスター効果】
このカードはルール上「幻獣機」カードとしても扱う。
①:このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上のトークンは戦闘及び効果では破壊されない。
②:1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。
自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた、このカードを含む「幻獣機」融合素材モンスターを自分フィールドから墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。
この効果によって特殊召喚したモンスターはターン終了時に破壊される。
(GAU-8 Avenger:アヴェンジャー+ジャガー)