遊☆戯☆王THE HANGS   作:CODE:K

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MISSION16-絶対正義(ジャスティス)

 私の名前は鳥乃 沙樹(とりの さき)。陽光学園高等部二年の女子高生。

 そして、レズである。

「梓、最近の中学生って進んでるよね」

「え゛っ?」

 梓の顔がピシッと固まった。

「沙樹ちゃん、もしかしてついにロリコンに」

「いやいや無いから無いって話だからそれに“ついに”って梓、私がガキ嫌いなの知ってるでしょ」

 けど、思えば当然だった。

 基本高校生以上の子しか相手をしない私がそんなことをのたまったのだ。警戒されても仕方ない。

「ってより聞いてよ梓。昨日かなりショックな話があったってわけなのよ」

「なに、一応聞くけどー」

 うわっ! 梓ジト目だ。

「いや、私のキャラからして当然なんだけど、あの子可愛いなって前々からチェックしてた子って何人かいるわけよ」

「うん。この時点で《ハンマー・シュート》で窓の外に突き飛ばしたいけど続けて?」

 この時点で!?

「えっと、もう何かこの時点で身の危険しか感じないけど。うん、まあそれで昨日ちょっとあって、ついにその内のひとりと話できる機会ができちゃったわけ」

「うん、それで?」

 あ、梓ハンマースタンバイしだした。

 私は冷や汗だらだらしながら続ける。

「……その子、中2だった」

「沙樹ちゃん」

 梓は笑顔で、

「刑務所でも元気でね」

「待った! 手は出してないから、その前に真実知っちゃったから何もしてないって話だから」

 言いながら私はタブレットからフォトデータを開き、

「これがその子の写真なんだけど、見てよ。梓だって絶対間違えるって話でしょ。私は悪くない!」

 そこに写っていたのは、ひとりの白人ハーフの女の子。

 高い背丈にモデルのような抜群のスタイル。髪型はロングヘアで、身なりを見るに真面目で整然。それでいて大人しい印象を覚える。

 彼女の名前はシルフィード・フォス。

 現ハイウィンド所属の絶対正義(ジャスティス)シュトゥルム(通称シュウ)のパートナーだった子である。

 

 

 ――昨日、放課後。

「失礼しまーす」

 その日、私はハングドの依頼で母校である陽光学園中等部、その武道場に足を運んでいた。

 なお今回、木更ちゃんとは組んでいない。殆ど私専属の後方支援でハングド入りした感のある彼女だけど、この度菫ちゃんの後方支援に入ることが決まったのだ。どうやら潜入任務を行うらしく、木更ちゃんのチートじみたハッキング能力を必要としてるらしい。

 その為、片耳には通信機と繋いだイヤホンをつけてるが、通信先の構成員は別の子だ。

 扉を開け、私は適当に近くにいた女子生徒に声をかける。

「すみません、島津先生に用事があるんですけど」

「はい、分かりま――」

 反応したのは、剣道部所属らしい女子生徒だった。

 女子生徒は私の顔を見ると一回絶句し、

「は、はい。すぐに」

 と、怯えて逃げるように奥へと向かっていく。

(ああ)

 そういえば、中学時代の私はレズより不良とか問題生徒って評判のほうが強かったのだ。そして、現在の中学三年生は、当時の私を知ってる最後の在学生なのである。

 気付くと、私の周りに生徒は誰ひとりとして立っていなかった。みると最上級生らしき生徒たちが率先して下級生を私から遠ざけてるのが見える。数か月の行方不明を経て卒業まで暴れまくった私の経歴は、未だ根強く残ってるらしい。

「あ、沙樹ちゃーん」

 程なくすると、ひとりの女の子、いや女性教師が手を振りながら向かってきた。

「島津先生、お久しぶり」

「沙樹ちゃんも元気そうで何より」

 陽光学園中等部教師、島津先生こと島津 鳳火(しまづ ほうか)。彼女が今回の依頼人である。

 先生は剣道部の顧問なのだけど、小学生という程ではないが背が低く幼児体型で、顔立ちも容貌相応に幼い。その為、いまなんか部員と同じ剣道着姿なのも相まって、遠目にはとても教師には見えず、むしろ最上級生に映るかも怪しい程だ。

 結い上げた総髪風のハーフアップヘアも、焼石に水程度の威厳を与えて逆に幼さと可愛らしさを強調させてしまってる。基本ロリ専門外のレズ目線としては、間違いなく年上なのに全く性欲に響かない女性だった。

「で、どう? いまは学校生活は順調? 梓ちゃん以外に友達はいる? ひとりぼっちになってない?」

 最後の最後で色々あったものだから仕方ないけど、先生はいまも心配でたまらないらしい。会う度会う度、そんな事を聞いてくるのだ。

「大丈夫って話だから、心配しないで」

「そっか、良かった」

 えへへと笑う先生。変な意味なしに純粋に可愛らしい。

「それで先生、今日私を呼んだ理由は?」

「あ」

 先生は、一回ハッとした顔を見せてから、

「そうそう。その件なんだけど、ちょっとついてきて貰って構わないかな? 話を聞いて欲しい子がいるの」

「ん、まあいいですけど」

「本当? 良かった」

 もう一度先生はにっこり笑顔をしてから、部活中の生徒たちに向かって、

「みんなー、先生ちょっと用事があるから席離れるけど練習サボっちゃ駄目だからね」

 と、言ってから再び私に、

「じゃ行こ?」

 と、先生は私を連れて武道場を後にした。

 その移動中。

「一応、簡単な詳細だけ教えてくれない? 先生」

 私は小声で訊ねる。なにせ今回、私を指定した依頼であること、そして依頼主と待ち合わせ場所の指定しか書かれてなかったのだ。顔見知りでお得意様だから受けたものの、そうでなければスルーする所だ。

「ごめんね、内容もギリギリまで伏せておきたかったから」

 先生はいった。

「さっき、話を聞いて欲しい子がいるって言ったよね? 沙樹ちゃんには自分がハングドってことを隠して、私の知り合いの決闘疾走者(ライディングデュエリスト)って体で、その子の頼みを引き受けて欲しいの」

「そういう話ね」

 私は納得し、

「で、どういう内容なの?」

 すると先生。

「それが、私もまだ知らなくって」

「えっ?」

「あの子もあの子でギリギリまで伏せたいみたいで、決闘疾走者の力を借りたいってこと以外分からないのよ」

「よくそんな状況でハングドに頼んだものね」

「それでも沙樹ちゃんに頼みごとするなら、ハングドを介したほうが間違いがないからね」

「まあ、ね」

 確かにハングドへの依頼にすれば支援もつくし、準備に組織の備品やコネが使えることを考えれば、結果的に私個人を雇うより金銭面も安上がりになる。

「だけど、先生だから引き受けるけど。この内容他の依頼者だったら切ってる所よ」

「うん。いつも無茶な依頼を受けてくれてありがと、沙樹ちゃん」

 全く、信頼しきった屈託のない笑顔を出してくれて。

 島津先生と親密になったのは卒業後だけど、思えば在学時代からこの先生はこうだった。本人が子供みたいな先生なのに、他のどの先生よりも生徒を想い、考えてくれて、そして信頼してくれる。それでいて時に友達のように隣を歩き、時に教育者として真摯に生徒と向き合う。

 失礼ながら教師としては少し頼りない。だけど、「本気で教え子をいつでも大好きでいてくれる」そんな教師だった。

 私は、元担任がそんな素敵な教師だったのに気付くのが遅すぎたわけだけど。

(ま、仕方ないか)

 そんな先生だから、今回も教え子のために必死なのだろう。私も在学中、この先生に迷惑かけまくったのだ。当時ならともかく、いまの私はそんな恩師の頼みを足蹴りにできるほど冷血にはなれない。

「確かこの辺りにいるはずなんだけどぉ。……あっ、いたいたー」

 人目のつきにくい校舎裏に足を運んだ所で、先生はそこで待ってたひとりの女性に手を振った。

 高い背丈にモデルのような抜群のスタイル。白い肌と顔立ちをみるに恐らくハーフだろう。髪はロングで、着崩した様子は一切なく、真面目で整然それでいて大人しい印象を覚える子だった。中学の制服を着てるけど、恐らく校内に侵入する為に用意したもの、私の見立てでは恐らく女子大生くらいか。

「あ、島津先生」

 女性はこちらに気付くと、ぱっと笑顔を見せる。

(あれ?)

 私はふと思った。この人どっかで見たことあるような。

「シルフィちゃん、おまたせー」

 島津先生が女性に駆け寄る。って、シルフィ?……あ!?

 そんな私を余所に、先生はシルフィの隣に立って、

「紹介するね。この子は私の教え子のシルフィード・フォスちゃん、通称シルフィね。それでシルフィちゃん、この子はこの学校のOGの」

 言いかけた所で私は、

「中東生まれのダニエルです」

 つい、言ってしまった。しかも増田が使ったのと同じ偽名。

 直後、

『ぶふっ、あっははは』

 通信先から大笑いが聞こえたが、私は無視。

 シルフィはきょとんとし、

「ダニエルさん? けど、明らかに日本人」

「アジアですから」

 だから「日本人顔でもおかしくない」という理屈は間違いにも程があるのだけど、ここは勢いで誤魔化しておく。そもそも中東はアラブ人(白人)が大半だしね。

 すると先生が「えー?」といった顔で、

「えっと、沙樹ちゃ」

「ダニエルです。イイネ」

「アッハイ」

 私はアイデア判定に失敗した先生を黙らせる。

 このシルフィって女性は裏の世界を知ってる人間。つまり顔は知らなくても私の名前を知ってる可能性は高い。

 そして、情報通りなら超がつく勧善懲悪かつ潔癖な人間なので、協力してくれるのがハングドの人間と知った途端、断られる可能性は高い。それだけならまだしも、シルフィと先生の間にさえ亀裂が入りかねない。その為、意地でも私の情報は隠す必要があった。

「それで、頼みたいことがあるって聞いたんだけど」

「はい、えっと」

 シルフィは私を少し怪しみながらもうなずき、

「ダニエルさんは、今度の日曜に開催される決闘疾走(ライディングデュエル)大会の、ネオトヨタシティカップってご存知ですか?」

「ああ、まあ一応ね」

 高村司令がマスク被って出場しようかとか言ってた気がする。

 ネオトヨタシティとは、名小屋近郊の都市のひとつだ。某自動車メーカーが本社を置く、自動車とDホイール産業で有名な地である。

 すると、シルフィは突然懇願するように、

「お願いします。どうか、その大会に出場してある選手を優勝させないようにしてください」

「ある選手?」

 するとシルフィはいった。

絶対正義(ジャスティス)のシュトゥルム・ハイツヴァイテ。通称シュウという女性です」

「っ」

 えっ?

 私は、つい声が出そうになったのを抑え、心の中で驚く。

 絶対正義(ジャスティス)のシュウといったら、元シルフィのパートナーじゃないか。いまはハイウィンドらしいけど。

「理由を聞かせてくれる?」

 私は何とか口を開き、訊ねる。

 シルフィは、唇を震わせながらいった。

「シュウは、もう正義なんかじゃない。悪魔に魂を売ったの」

 その表情からは失望と憎悪、そして深い深い悲しみがうかがえる。

「そして、シュウは悪魔の命で今度の大会に出場する。狙いは、優勝者に贈られる副賞のネックレス」

「副賞のネックレス?」

「はい。どうやらそのネックレスには不思議な力があるみたいで」

「フィール?」

 訊ねると、私がそれを知ってることに、シルフィは「えっ」と一回驚きつつ、

「はい。そのネックレスには身に付けた人にフィールを与えるみたいで」

 つまり、この前フィーアが狙った指輪と同じものというわけだ。どうやらハイウィンドは、カードのみならずそういった特殊なアクセサリーも集めてるらしい。

「状況は分かったわ」

 と、私は言うも、

「けど、話を聞くにあなたとシュウって人はどんな関係だったの?」

「え?」

「あなた、シュウのこと話しながら凄く悲しそうな顔してるのよ。良かったら、何があったのか教えてくれない?」

 するとシルフィは、

「私とシュウは腹違いの姉妹なんです」

 と、語り始めた。

「そして幼馴染でもあります。シュウはとても正義感が強い人で、いつも私を護って、そして絶対正義(ジャスティス)と名乗って日夜悪い人たちからこの街を護っていた正義のヒーローでもありました。だけど、少し前からシュウは悪い人たちとつるみだして、そして悪の組織に所属してしまったんです」

「まるで日曜朝の特撮番組みたいな話ね」

「信じられないと思うけど、本当に特撮番組のヒーローみたいな事をしてたんです。けど、いまのシュウはもう」

 本来シュウがやっつけるはずの、悪の戦闘員、か。

「その時、シュウって人なにか言ってなかった? お互い大事に想ってたなら無断で組織に入るとは思えないけど」

 するとシルフィは、

「知りません! だってシュウは、正義のヒーローだったのに。私ごとこの街を裏切ったんだもん、言い訳なんて聞きたくない!」

 と、ヒステリックに嘆く。

「……分かった」

 私はこれ以上なにも追求せずにうなずいた。

「大会に出場してシュウを止めればいいんだね?」

「はい」

 うなずくシルフィ。

「けど、あらかじめ言っておくけど、シュウを警察に突き出すことはできないわ。それだけの材料がないもの、それでも構わない?」

「構いません」

「そ」

 私は、そっとシルフィの体を抱き寄せる。

「なら任せて、必ずシュウは私が止めてみせるから」

「ダニエルさん。ありがとうございます」

 シルフィは私の胸で小さく泣きじゃくった。

 

 そんな流れの後、私はシルフィと別れ、先生の通勤用の車を個室代わりに同乗する。

 先生は一回ほっとした後、笑顔で、

「ありがとう、引き受けてくれて」

「ま、依頼だからね」

「けど、どうしてよくわからない偽名を使ったの?」

 訊ねる先生。どうやら本当に分かってないらしい。こっちの世界に無知な人ではないはずだけど。

「さっき彼女が言ってた絶対正義(ジャスティス)なんだけど、巷ではシュウとシルフィの二人組って言われてるのよ」

「えっ?」

 驚く先生。

「ってことはシルフィちゃんそっち側だったの?」

「見たところ実際は私たち組織が思ってるより彼女自身は裏に関わってなかったみたいだけどね。けど、鳥乃 沙樹って名乗ったらハングドってバレる可能性は十分あったって話よ」

「そうだったの、ごめんね言いそうになっちゃって」

「気にしないでください、結果的にバレなかったんだから」

 私はいいつつ、

「けど、今日は役得だったわ」

 と、座ったまま一回伸びする。

「役得?」

「だって、教え子っていうから期待してなかったのに、まさか私より年上のOGを紹介してくれるなんてね。さーて、難易度は高そうだけど、どうやって堕とそうか」

 シュウがハイウィンド入りしただけであの反応なのだから、夜遊びの「よ」の字を受け入れさせるだけでも大変そうだけど。何というのか、さっきの特撮じゃないけど悪堕ちとか闇堕ちとかすっごく似合いそうな子なのよね。他の色を受け入れない純白なだけあって、欲望色に染めてみたい。スタイルも凄くいいからボンテージも似合いそうだし。

(ぐへへ)

 なんて考えてると、

「えっと、あのね沙樹ちゃん」

 先生がなにやらすっご~く言いづらそうに、

「シルフィちゃんだけど、あの子、在学生だから」

「……。…………え?」

 さっき何か受け入れ難い言葉が聞こえたような。

「いま先生、2年生の担任をやってるんだけど。そのクラスの教え子なのよシルフィちゃん」

「嘘……」

「はい、クラス名簿。特別に見せてあげる」

 と、渡された紙には確かにシルフィード・フォスの名前が。

 唖然としてる私の隣で先生はいった。

「すっごく綺麗よねあの子、背も高くて、モデルさんみたいで。だからあの子、小学校の頃から虐められてたらしいの。デカ女とか、おっぱい星人とか、見た目は外国の子なのに英語が話せるわけじゃないから偽物だーとか」

「ああ」

 小中学生の頃ってそういうのでよく虐められたりするのよね。

「でも、いくら娘が虐められても親は無関心」

「……」

 私は、そこには上手く反応できなかった。何故なら、

「沙樹ちゃんなら分かるよね。そういう子の気持ち」

「まあね」

 私の親もそんな感じだったから。

「だから、あの子は段々人を許せれなくなっていったの。みんな敵に見えちゃうのよ」

「なるほどね」

 私はうなずき、

「そんなシルフィの唯一の心の支えがシュウで、そのシュウに裏切られたわけね。シルフィにとっては」

「うん」

 先生はしょんぼり俯く。

「中学に入ってから、シルフィちゃんね、少しだけだけど友達もできたのよ。みんな、いつもシルフィちゃんの味方になってくれるいい子ばっかり。だけど、つい最近その友達とも喧嘩しちゃってね、ていうか一方的に友達を悪者扱いして拒絶しちゃった感じ」

「絶対シュウに裏切られたダメージね」

「うん。だから、沙樹ちゃんお願い。シルフィちゃんを助けてあげて」

 どうやら、それが私に依頼した本当の意図なのだろう。

「分かったわ」

 私はうなずく。

「じゃあ私は先に失礼するわ。任務前にやっておかなくちゃいけない仕事もできたし」

「やっておかなくちゃいけないこと?」

「まず、大会の登録、次に大会のルールの確認、そして勝ち進む為の作戦って所」

 そういって私は車から降りた。

 

 

 それから私は事務所で調査や準備に入ったのだけど。

「でも、ダニエルは絶対ないよね。うけるー」

 パソコンで調べ物をしてる私の横で、パイプ椅子に座り脚を組んだ女性が笑いながらいった。

「咄嗟だったんだから仕方ないって話でしょ。飛奈ちゃん」

 言いながら私は、そんな女性の下着を覗き込む。

 女性は「きゃっ」とすぐスカートを押さえるも、

「沙樹ちゃん先輩、ブレなさすぎー」

 と、ノリの良い返事。

 今回、私の支援に入った構成員はふたり。その内のひとりが、この双庭 飛奈(ふたば ひな)である。学校は違うけど現在高1の木更ちゃんと同じ歳。左側で結んだサイドテールが特徴の、ノリの良い子だ。

 現在、飛奈ちゃんは学校指定のブラウスに短めに穿いたスカート姿。パンティの色はベージュだった。

「でもねー。さすがにダニエルだと男になっちゃうから絶対おかしいでしょ。せめてエバとかLとかカマル・マジリフとか。あ、そうだ旅行者ナッシュとかどう? あとはクワトロ・バジーナとか。あ、せっかくハングドみたいな組織いるから……うーん山田妙子? ちなみにオススメは藤田五郎だよん」

 と、飛奈ちゃんは首を乗り出してマシンガントーク。なお、この中で元ネタが女性の名乗った偽名なのはエバだけである。一応、山田妙子はあるゲームの男主人公が女装したときの偽名だと聞いた事があるけど。高村司令から。

 そこへ。

「飛奈、鳥乃さん、コーヒー淹れたよ」

 と、別の女性がコーヒーカップをふたつデスクの上に置いた。私の支援に入ったもうひとりの構成員、双庭 弓美(ふたば ゆみ)だった。歳は私より1つ上の高3。飛奈ちゃんの姉であり、妹とは逆にショートカットでクールな印象。こちらも現在は学校指定のブラウスにスカート姿だが、下にスパッツを穿いてるせいで下着は覗けそうにない。

「ありがとう、双庭先輩」

 なので、私は下着を覗くかわりにスカートの上からお尻を触ることにする。

「っ」

 先輩は一回ぴくんと反応し、

「鳥乃さん、あんまり触らないで」

 と、控えめに懇願する先輩をあえて無視し、お尻撫でたまま、

「それじゃあ、今回のチームが揃った所で現状の確認でも行おっか」

「鳥乃さん、話聞いて欲しいんだけど」

「ん、何かいった?」

 私は難聴のフリして、

「とりあえず先輩が調べてくれた結果だけど、大会は今週の土曜に複数の会場で予選を行って、翌日の日曜に予選を勝ち抜いた32名による本戦が開催って流れらしいわ。で、飛奈ちゃんが調べてくれた結果だと、大会ルールは《スピード・ワールド2》を使ったライディングスピードデュエルだっけ?」

「そうそう、決勝だけはライディングマスターデュエルだけどねん」

「飛奈~」

 わざとシカトしすぎた結果、双庭先輩が涙目になって妹に助けを求める。可愛い。

「もう沙樹ちゃん先輩、お姉ちゃん虐めちゃめっ!」

 怒られちゃった。けどそんな妹も可愛い。

 ところで、今回のルールである《スピード・ワールド2》を使ったデュエルでは、基本的に通常の魔法カードを使用することは禁止されている。代わりに、

「あ、ちゃんと高村司令から備品のSp(スピードスペル)持ち込みの許可は取ってきたから。その代わり『おい、デュエルしろよ』ってスパーリング押し付けられちゃったから後で付き合ってあげてね」

 と、飛奈ちゃんがいうように、このルールではSp(スピードスペル)という専用の魔法カードが使用でき、《スピード・ワールド2》の効果もあってSpの使い方がとにかく重要な変則ルールになっているのだ。って、

「高村司令それ絶対ストレス解消のサンドバックにする気でしょ」

 実際殴ったりリアル化したフィールで怪我させるって意味じゃないだろうけど、スタジオでの仕事ストレスの捌け口に、全うなデュエルでさえボッコボコにやられる未来がみえる。

「ご愁傷様、頑張って」

 ああっ、双庭先輩も助けるの放棄してる。むしろ、これさっきの意趣返しされてる?

「ところで」

 飛奈ちゃんが聞いた。

「大会にはやっぱりダニエル名義で出場するの?」

「まあ、それしかないわね」

 

 そして週末土曜。

 私は見事予選を突破した。

 

 

 

 ――予選終了後。時刻20:20

「ごめん、遅くなったわ」

 予選会場から飛ばしてきた私は、ライダースーツ姿のまま『BARなばな』の戸を開けた。ジャズが流れ、和と昭和レトロの混ざった内装を白熱電球が薄暗く灯す大人の空間。客はふたり。一番隅のボックス席に、小学生の女児が水のようなものを嗜み、そのひとつ前のボックスに女性が1名待ちくたびれた顔でノンアルコールカクテルを飲んでいた。

 その後者が私を見つけると「あ」と席を立ち手を振る。

「遅いよ沙樹ちゃん先輩」

 飛奈ちゃんである。この日、私は彼女と20時頃を目安に待ち合わせしていたのだ。

「ごめんごめん、予選決勝の相手がフライング寄生遅延デッキで長引いちゃったのよ」

 と、私は隣の席に座る。

「で、ちゃんと勝てた?」

 訊ねる飛奈ちゃんに、

「当然。所詮は表の住民相手だものフィールをこっそり使えばね」

 と、言いながら私は店員に向かって、

「ウォッカとオレンジジュース」

 と、注文。

「で、そっちはどう? 何か起こった?」

「ううん平和そのもの。事務所は地獄そのものだったけど」

「修羅場だしね」

 と、さりげなく私は飛奈ちゃんの腰に腕をまわす。

「もしかして飛奈ちゃん、手伝いに駆り出された?」

「ちょっとだけ。って、沙樹ちゃん先輩いまは仕事中、セクハラ禁止」

「いいじゃない、ちょっとだけ」

「ちょっと、ってどこまで?」

「ホテルまで」

「それちょっとじゃないよー」

 と、ケタケタ笑う飛奈ちゃん。その隙に胸揉もうとしたらペチンと手の甲叩かれ、

「だからいまは駄目だってば」

 なんてじゃれてる間に注文のウォッカとオレンジジュースが運ばれてきた。

 さて、私はウォッカを誰も座ってない対面の席に置き、

「ヴェーラ、仕事の時間よ」

 私は後ろのボックス席に声をかける。懲りずに飛奈ちゃんの胸に手を伸ばしながら。

ハラショー(OK)

 反応したのは、水らしきもの(ウォッカ)を飲んでいた女児、ヴェーラだ。

 ヴェーラは一旦、最奥のボックス席を離れ、ウォッカの置かれてる体面の席に座る。

「プリベェット。やあ、今日は何の用事だい?」

「ちょっと聞きたいことがあってね」

 言いながら、私は飛奈ちゃんの胸を。……あ、距離取られた。え、メモ? なになに「明日の任務後にカラオケに付き合って」? そこでならセクハラ許してくれるんだろうか。私はメモの裏に返事を書いた。「我慢できない、いますぐ揉ませろ」って。

絶対正義(ジャスティス)のシュウとシルフィが、いま仲違いしてるのは掴んでるよね」

(まあね)

「で、その原因はシュウが王子(プリンス)処分人(スローター)とつるみだしたからっていうのも?」

「ハイウィンドだったね。あ、そうだ作者そろそろ地の文をジャックしてもいいかい?」

 私は後半部分は無視して、

「ま、当然そこも掴んでるって話よね。じゃないと私も困るって話だったけど」

「という事は、今回の依頼はハイウィンドの雇い主の名前かい? プローハ、悪いけどそれは教えられないんだ」

「なんで?」

 訊ねると、

「ヌ……まあ、この前その本人が私と接触してきてね。その情報は売らないでくれって本場スコットランド産のスミノフを譲ってくれたよ。理由はすでに掴んでたからね。面白そうだったからその話は受けることにしたんだ」

「そう」

 まさか先に手回しされてるとは。しかも日本で流通してる韓国産じゃなく本場物を餌にするとは彼女への交渉を弁えてる。それがロシアじゃないという点も、そういう少しひねくれた選択が逆に良かったのだろう(創業はロシアだけど)。

「まあ、いつかは聞くと思ってたから予定外の収穫だったけど、今回ヴェーラに聞こうと思ったのは別件よ」

アガ(了解)。なら改めて話を聞こうか。あ、地の文のジャックはなしになったよ。作者からNOを出されたんだ。それをあえてジャックしてもいいけど、スムーズな執筆の為に今回は許してあげたよ」

 まるで作者コメントの中にあるキャラとの対話ネタみたいに言わないで。

「実際、対話したからね」

 地の文を読まないで。

「プローハ、悪いねそれは無理なんだ」

 OKわかった。もうこの件は無視しよう。

「それで、今回の要件は何だい?」

 訊ねるヴェーラに私は札束の入ったポチ袋を出し、

「シュウがふたりとつるむ理由。特にシュウ視点での情報を買いたい」

「ハラショー。なら料金を頂くよ」

 ヴェーラはポチ袋を受け取り、中身を確認する。

スパシーバ(ありがとう)。じゃあ情報の提供に入ろうか」

 ヴェーラはいった。

 飛奈ちゃんはメモの内容を誰か(木更)に写メールで送っていた。恐らく週明けには梓にまで流れてるだろう。

 

 

 ――日曜、本戦当日。

 会場となるネオトヨタ内のサーキットに飛奈ちゃん、その姉の双庭先輩との三人で向かった所、受付の近くで島津先生とシルフィを発見した。

「おはよう」

 私はDホイールを引きながら、ふたりに手を振った。現在時刻8時半。十分、朝といえる時間帯だ。

「おはよう、と……ダニエル」

「おはようございます、ダニエルさん」

 挨拶を返すふたり。ってか先生早速本名言いかけないで。私が視線で追及し、先生が両手を合わせ「ごめん」としている中、シルフィは、

「シュウは、もう中にいます」

 と、いった。

「ごめんね。予選で潰せれたら良かったんだけど、これも運だから」

 大会の予選は、それぞれ数日前に封筒で自分の予選会場を通知され、それぞれの会場から1~2名が本戦に選ばれるという仕組みだった。そこでシュウと同じ予選会場なら良かったのだけど、残念ながら今回はそうはならなかったのだ。

「それは仕方ないことだから分かってます。けど」

 本戦では必ず勝て。言葉には出さないけど、彼女の瞳からしっかりとそれが伝わる。

「勿論、本戦では任せて頂戴」

「ありがとうございます」

 シルフィはやんわりと笑顔を出し、

「ところで、後ろのおふたりは」

「あ、私のピットクルーよ」

 すると、ふたりはそれぞれ、

「ティモシーだよ、よろしくねん」

「エバです」

 と、挨拶する。なお、ティモシーが飛奈ちゃんで、エバが姉の双庭先輩だ。

「じゃあ、私たちは先にゲートの先に行くけど。その前にシルフィちゃん一言だけいい?」

「え? はい」

 きょとんとするシルフィに、私はいった。

「あなたの味方は、いつだってあなたを見てるし手を差し伸べてるわ。忘れないでね、その意味を」

「? はい、ありがとうございます」

 いまは、その「味方」が私たちだと思って感謝を告げるシルフィを横切り、私たちは受付前へ。

「32番ダニエルです」

 予選景品であり本戦出場者の印であるホログラフィックレア仕様の《Sp-アクセル・ドロー》を見せると、

「二代目ダニエル様ですね。はい、確認致しました」

 と、受付がゲートを開き、私たちは奥へと進む。

 ところで、二代目ダニエル名義でエントリーした経緯なのだけど、大会に向けて調査を続けていた内、どうやら増田が過去に一度ダニエル名義で決闘疾走(ライディングデュエル)の大会に出場してるのが分かったのだ。その為、3人で相談した結果、初代ダニエルの名を継ぐ弟子という設定で出場することを決めたのだ。

 その移動中。

 私は進みながら後ろを向いて、

「ところで飛奈ちゃん、さっきはよく我慢できたね」

 とは、先ほどのシルフィを前にした時だ。彼女はテンション高くお喋りな性格なので、いつボロを出さないかと心配だったのだけど、

「だって、沙樹ちゃん先輩。事前にボロ出したら犯すとか言ったじゃない。しーかーもー市販の媚薬をフィールでガチでヤバいのにして潰すとかできることできないこと色々」

「そりゃあ、ここでボロ出されたら任務失敗な上、私の恩師に泥塗ることになるし、飛奈ちゃんの半生くらい私にくれないと割に合わないって話でしょ」

 私としてはそっちでもいいんだけどね。見知った友達や同僚を性奴隷にして滅茶苦茶にするって、興奮しない?

 すると双庭先輩が、

「鳥乃さん、飛奈に何かしたら」

 と、腐ってもお姉さん。実妹に危険が及ぶような発言を前に静かに睨まれ、

「ご、ごめんごめんワンナイトラヴに留めるから」

「NLTに通報されたい?」

「ごめんなさい」

 そんなこんなしてる内に、私たちは他の選手もいる待機スペースに到着した。自分の持ち場を目指し足を進めていた所、

「うげっ」

 と、私に向かって嫌そうな声。見るとそこには、

「なんでテメェがここにいるんだよ!」

 と訊ねる、今回の討伐ターゲットであるシュトゥルムことシュウがいた。

「ん、依頼でだけど?」

「何のだよ」

「あるターゲットが優勝できないよう大会で正々堂々と潰して欲しいって話。それ以上言えないのは業界上察してくれると嬉しいわ」

 言いながら、私はシュウをまじまじと眺める。

 ワイルドさを感じさせる癖毛の入ったセミショート髪に、勇ましさを感じさせるバシッと決まった顔立ち。よく見ると彼女も外国の血が混ざってるのが肌質と顔の造形で分かる。

 背はそこまで高くなく胸も控え目。だけど、少年のようなイケメンさのおかげでライダースーツがバッチリ似合い、それでいてボーイッシュの中に所々「女の子」を感じさせるのがとてもグッド。

 なんてジロジロ見てると、シュウが半眼で、

「な、なんだよ。アタシになにかついてんのか?」

「ん? いや何でもないわ」

「そっか、ならいいケドよ」

 と、シュウが落ち着きかけた所を見計らって、

「ただシュウって裸にひん剥いたら相当可愛い顔見せそうよねって」

「何でもなく無いじゃねーか! 出会って早々何考えてやがるテメー」

「何って、ナニ?」

「当然のようにその返しするなよオイ!」

 ヒートアップするシュウ。そこへ更に飛奈ちゃんが、

「わっかるー。この子見るからに脱がせたら絶っ対乙女だと思うよねん」

「分かるなー!!」

 まさかの同意と追い打ちだった。

「でしょ。一度ホテルで優しく激しくシてみたいと思わない?」

 私もそんな飛奈ちゃんに食いつき返してると、

「てゆうか、まさか後ろのふたりもハングドなのか?」

 と、話題を変えようと訊ねるシュウ。

「そんな所よ。ちなみに今日私たちはそれぞれ二代目ダニエル、ティモシー、エバで参加してるから」

「5D'sかよその偽名」

 おいおい、とシュウは呆れながら、

「てか、何で勝手に二代目襲名してやがんだよ」

「そりゃまあ仕方ないって話でしょ。ダニエル名乗ろうとしたら既にダニエルが存在してて、ついでにダニエルはもういないから継がせて貰ったって話」

 すると、シュウは顔色を変え、

「え? おい、いま何て。初代ダニエルがもう居ねえって?」

「飛奈、鳥乃さん、そろそろ行かないと間に合わないよ」

 会話を遮って双庭先輩がいった。タブレットから現在時刻を確認すると、そろそろDホイールのメンテナンスを始めないとやばそうだった。

「ん、分かったわ先輩。じゃ、そういう事だから大会で当たったらよろしく」

 私はシュウとの会話を打ち切り、急ぎ足で再び持ち場へと向かう。

「お、おい! さっきの話」

 後ろでシュウが呼び止めようとしてたけど、時間をみるに振り返る余裕はなさそうだった。

 

 

「レディースエンドジェントルメェン! これよりいィィッ! 決闘疾走ネオトヨタシティカップを開催しまァァァッス! 実況はァァッ、このワタクシぃティモンズ剛田がお送りしまァス!」

 現在時刻9時50分。本戦が始まった。

「あー。やっと始まったー。これならもっとシュウと話してても良かったんじゃないのぉ?」

 飛奈ちゃんが待ちくたびれた顔でいった。持ち場についてから1時間以上、彼女は何もすることがなく暇で暇で仕方がなかったのだ。

 もっとも、暇を持て余したのは彼女だけ。双庭先輩はタブレットで念入りに選手の情報を集め、私も双眼鏡で念入りにレースクイーンを眺めながら時間ギリギリまでDホイールの整備をしていた。

「何もなかったのは良いことよ、飛奈」

 双庭先輩がいった。その横で私はうんうんとうなずき、

「じゃ、そろそろ選手紹介が始まるから行ってくるわ」

 私はヘルメットだけ持って持ち場を離れ、案内役(男だった残念)の指示に従って移動。PRIDEのテーマ曲としか思えないBGMをバックに、他の選手たちに混ざってサーキットに出る。

 実況のティモンズ剛田が叫んだ。

「地上最強の決闘疾走者を見たいかー!!」

『オー!!』

「ワシもじゃ、ワシもじゃみんな。全選手入場!!」

 なぜかグラップラー〇牙のノリだった。早速キャラも一人称も変わってるし。

 直後、ソリッドビジョンのスポットライトが選手のひとりを照らし、サーキット上空にひとり選手の立体映像が表示される。

 それは、中指立ててブチギレしてるツインテールの女の子。

「覚えてろ竹〇房。地べたを這いドロ水すすってでもネオスズカカップにもどってきてやる。そう言い残し表舞台から出禁された伝説の少女は生きていた! 更なる研鑽を積みクソ決闘疾走者が蘇った! だが、この大会はネオスズカじゃない、ネオトヨタだ! エントリーNo.1、今大会覇権候補、ボブ子だァー!!」

 何だろうこの空気、いますぐ逃げ帰りたい。

 それからも普通の選手(モブ)とネタ極振りな選手(モブ)が半々くらいの比率で紹介されていき、そろそろ頭が痛くなってきた辺りで、シュウの立体映像がサーキットに表示された。

絶対正義(ジャスティ)ィィィス! 説明不要! しかし今回はピットクルーのシルフィちゃん無し単独での出場だ。どうした! 何があった! エントリーNo.18、絶対正義(ジャスティス)シュトゥルム・ハイツヴァイテ!」

 なんて、実況から紹介されたとき、シュウの顔は深く沈んでいた。シルフィの名が出たせいだろう。

 しかし、なんて元ネタ的に一回戦敗退しそうな紹介の仕方だろうか。

 なんて思ってたら、最後に私の立体映像が映され、

「若き王者が帰ってきたッ! どこへ行っていたンだッ、チャンピオンッッ! しかし、そこに立つのは、チャンピオンの名を襲名したひとりの少女! 残念、別人! しかし、我々はあえて言おう! 俺達は君を待っていたッッッ二代目ダニエルの登場だ――――――――ッ!」

 しかも主人公だったという。

 とはいえ、このまま〇牙ネタのまま事が進んでくれれば好都合この上ない。だって、選手紹介の元ネタに沿うなら、初戦の相手はシュウになるのだから。 

 ちなみに、驚くことに初代ダニエルこと増田がチャンピオンなのは事実である。とはいえ、数年前の話だけど。当時特捜課だった増田が大会参加者に紛れ込んだ凶悪犯罪者を捕まえる為にダニエル名義で参加したと、ハングドの資料にあった。

「しっかし初代ダニエルこんなに大人気って話だったのね」

 私の紹介を前に、サーキットは今日一番の歓声に包まれていたのだ。私はダニエル本人じゃないっていうのに。

「当たり前だろ。かつてのチャンピオンが肩書だけでも戻ってきたんだ」

 と、後ろから私の独り言を拾ったのはシュウだ。

「数年前に突然と現れ、颯爽とチャンピオンの座を掻っ攫った伝説のDホイーラー。しかし、奴が出場したのはその1度きり。彼の決闘疾走を見たい声がいまでも多く寄せられる中、奴は二度と大会の表舞台に姿を現さなかった」

 シュウは言いながら、私の前に立つ。

「その大会の時、アタシはあそこにいたんだ」

 指さした先はサーキットの客席。

「ダニエルの決闘は凄かったんだ。風に乗り、流れを掴み、クールでスタイリッシュで、まるであの大会は奴の為に用意されたステージだったぜ。比喩じゃなく風に乗ったようにみえるライディングテクニックを披露したり、ソリッドビジョンだったはずのスキルで出した嵐から本当に風を感じたって声が続出したりよ。いまになってみると、全てフィールの賜物だったんだけど、当時フィールを知らないアタシがそんな決闘疾走を見た気持ち、テメェも少しは分かるだろ? そんなフィールを知らない表舞台の住人がいまもアイツの帰りを待ってるんだ」

 私は、そんな熱く語るシュウに何も言えなかった。

 まだまだ私のメンタルは回復してなかったらしい。ダニエル伝説を知る生の声を聞いて、自分がどれだけ大それた名前で参加したのかを知ると同時に、ダニエルのファンに応えられるかどうか不安が押し寄せてきたのだ。

 以前の私なら「任務で名前借りただけだから何言われても知った事じゃない」って、割り切ることもできたのだろうけど。

「それでは早速トーナメント表を発表しまァス!」

 実況のティモンズ剛田が叫ぶと、サーキット上空にソリッドビジョンで巨大なトーナメント表が映し出される。その左上、第一回戦の対戦カードを告げる箇所には、予想を裏切らずダニエルとシュトゥルムの名前が。

「〇牙ネタから予想はしてたけどよ。早速当たっちまったな」

 表を見上げ、シュウはいった。

「二代目ダニエルよ。その名を名乗ったからには、ファンたちを裏切るような決闘疾走するんじゃねえぞ」

 そのままシュウは私を指さし、

「そして、この絶対正義がテメェを倒す!」

 といったシュウの言動はスピーカーとソリッドビジョンの中継で見事晒され、

「おおっと! シュウ選手、早速対戦相手のダニエル選手に宣戦布告だァァァッ!!」

 再び包まれる歓声。

 仕方ない、気は乗らないけど私もリップサービスといこうか。

「シュウ、そろそろお家に連絡しておいたほうがいいわよ。予定が狂って午前中に帰るってね」

「しかしダニエル選手も黙ってはいない、シュウ選手に勝利宣言で返したぞォォォッ!!」

 更に高まるサーキットのボルテージ。

「では、これより早速第一試合ダニエルvsシュウの試合を始めまァッス! 両選手Dホイールと共にスタート位置についてください」

 ダーニエル! ダーニエル! ダーニエル!

 早速応援コールが響き渡る中、私はDホイールに乗る為、一旦持ち場へと戻る。

 さて、これで私は逃げられなくなった。

 

 

 Dホイールに乗ってスタートラインにつくと、まず私は小声で、

「先輩、周囲の状況は」

 すると耳に装着した通信機から、

『不審な反応なし。大丈夫よ』

 と、双庭先輩から反応が返る。続けて飛奈ちゃんから、

『頑張ってね~ん。私も全力で応援しちゃうよー』

『飛奈、愉しんでないで仕事して。鳥乃さんも、熱くなるのはいいけど私たちは任務で来てるのを忘れないで』

「勿論って話よ」

 私は返事する。

「おい、二代目」

 シュウがスタートラインについた。私の隣で試合開始の合図を待ちながら、彼女は横目で鋭い視線を私に向け、

「アタシが勝ったら、さっきテメェが言ってた『ダニエルがもういない』って言葉の真相聞かせて貰うからな」

「ん、いまこっそり話してもいいけど?」

 私は周囲に聞き取られないよう気を配りながら、

「初代ダニエルの正体はハングドの増田よ。その名の構成員がどうなったかはアインスから聞いてない?」

「な……」

 ショックを受け、固まるシュウ。

 増田の名前でならちゃんと耳にしていたらしい。

「それでは、両者揃った所でカウントダウンを始めるぞォッ!」

 そんなシュウの動揺に気づかない実況は、「5……4……」と言い始める。同時にサーキットの上空に実況に併せて数字が映し出され、Dホイールのモニターからも同様の映像が表示されていき、

「3……2……1……ライディングデュエル! アクセラレーション!」

 試合開始。

 私はアクセルを踏み、走行を開始する。

「おおっと! シュウ選手スタートが僅かに遅れたぞ。これはダニエル選手の有利かあ?」

 決闘疾走では、最初のコーナーを先に曲がった者が先攻というルールがある。そして、シュウは私の狙い通り動揺してスタートダッシュを失敗。このまま彼女のメンタルが復活する前に終わらせれたらいいのだけど。

「先攻は、アタシだああああああああああッ!」

 後ろから絶叫をあげるシュウ。直後、彼女のDホイールが猛加速し、私の機体を一気に追い抜く。

 一般の人たちからは分からない事だけど、それは明らかにフィールだった。

「おおっと、意外や意外。第一コーナーを制したのはシュウ選手。シュウ選手の先攻でライディング・スピードデュエルスタートだ!」

 

ダニエル

LP4000

手札4

[][][]

[][][]

[]-[]

[][][]

[][][]

シュウ

LP4000

手札4

 

 サーキット上空、そしてDホイールのモニター画面にデュエル状況が表示される。私はとりあえず最初の手札を引き、Dホイールのホルダー部に挟む。

 同時に、互いのフィールドに《スピード・ワールド2》が発動される。

「アタシのターン」

 シュウがいった。

「いっくぜぇぇっ! アタシは手札から《剣闘獣ラクエル》を召喚! さらにカードを2枚セットしてターン終了だ」

 シュウの場に現れたのは、腰に特徴的な炎の輪をつけた、武装した虎型の獣戦士。その攻撃力は1800と下級としては高め。

 さらに伏せカードが2枚。

「じゃ、私のターンね。ドロー」

 私は片手でハンドル操作しながら、カードを1枚引き抜き、

 

ダニエル スピードカウンター0→1

シュウ スピードカウンター0→1

 

 直後互いのフィールド魔法にスピードカウンターが1つ置かれ、Dホイールが僅かに加速する。

 《スピード・ワールド2》にはお互いのスタンバイフェイズ毎にスピードカウンターを1つ置く効果がある。ただし、テキストには無いが先攻の1ターン目には発動しない仕様だけど。

 そして、このスピードカウンターを使って、スピード・ワールドの効果を使用したり、専用の魔法であるSp(スピードスペル)を使って戦うのが、このルールの最大の特徴である。

「手札から《サイバース・ウィザード》を召喚」

 私は1体の魔術師を場に出す。すると、

『おおっ』

 それだけで周囲が歓声に包まれる。

「出たァッ! 初代ダニエルも使っていたサイバース族モンスター、《サイバース・ウィザード》だァァァッ!!!」

 どうやら、増田も大会で出したことがあるらしい。

「握ってやがったか、そのカードを」

 うげっと嫌そうな顔でシュウはいい、

「っていうか。そのカードもしかして」

「ご名答、正真正銘初代ダニエルの物よ」

 私はいって、

「そして《サイバース・ウィザード》は1ターンに1度、相手モンスター1体を守備表示することができる。私は当然ラクエルを守備表示に」

 魔術師の杖から光が放たれると、ラクエルは跪いて防御態勢に。

「この効果を使用したターン、私のモンスターはラクエルにしか攻撃できない。かわりに私のサイバース族がラクエルに攻撃する場合、貫通効果を得る」

 ラクエルは攻撃力こそ高いが守備力は400しかない。攻撃が決まれば比較的高ダメージを与えた上で対処できる。

「バトル! 《サイバース・ウィザード》で《剣闘獣ラクエル》を攻撃」

 宣言すると、魔術師はその場で高く跳躍し、杖を鈍器に力いっぱい振り下ろす。その一撃がラクエルの脳天に直撃する寸前、シュウの伏せカードが1枚オープンした。

「破壊はさせ無ぇ! 罠カード《攻撃の無敵化》! このバトルフェイズ中、ラクエルは戦闘・効果じゃ破壊されない」

「けど、ダメージは受けて頂戴」

 バリアが出現し、ラクエルこそ破壊を免れるが、魔術師のフィジカルな一撃による衝撃を免れることはできず、余波がシュウを襲い、

 

 シュウ LP4000→2600

 

 と、彼女のライフが一気に削られる。

「だが、そのバトルフェイズ終了時にラクエルの効果発動! このカードをデッキに戻す事で、デッキからラクエル以外の剣闘獣を特殊召喚する。ここはコイツだ。来い、《剣闘獣ムルミロ》!」

 ラクエルのビジョンが縮小しながらシュウのデッキに戻ると、入れ替わりにデッキから現れたのは魚族の剣闘獣。

「《剣闘獣ムルミロ》は剣闘獣の効果で特殊召喚された場合にフィールドの表側表示モンスター1体を破壊する。《サイバース・ウィザード》を破壊!」

 魚族の剣闘獣はそのまま奇襲とばかりに魔術師に一撃を入れ、討ち取る。

「随分と攻め急いだプレイングね」

 私は《サイバース・ウィザード》を墓地に送りながら、

「てっきり《剣闘獣ベストロウリィ》でこのターン伏せたカードを破壊しに来ると思ったんだけど」

 ベストロウリィには、いまのムルミロのような形で特殊召喚された際に、場の魔法・罠を1枚破壊する効果を持つ。エンドサイクという言葉があるように、発動できない状態のうちに伏せカードを破壊するアドバンテージは大きいはずなのだ。たとえ次のターンに2枚とも破壊する手段があったとしても。

「どういうプレイしようと勝手だろ?」

 気に障った様子のシュウ。もしかして。

「……手札に他の剣闘獣がいない?」

 私が指摘したベストロウリィは攻撃力1500と、1800の《サイバース・ウィザード》には敵わないものの、剣闘獣には《融合》なしで特殊召喚できる融合モンスターが幾つか存在する。この方法を取れば急いでムルミロで対処する必要はないはずなのだ。

「チッ」

 舌打ちするシュウ。どうやら正解だったらしい。

「おおっと! ここで二代目ダニエル選手の舌戦が炸裂ゥ! シュウ選手、これはメンタルを揺さぶられた上、手札の状況を晒してしまったかあッ?」

 会話に反応する実況。そうだった、このデュエルには大勢が見ている上実質ジャッジを兼ねたような実況もいるのだった。

 今回の心理フェイズは好評だったみたいだけど、いつ反則扱いになるか分からない。気をつけないと。

 私は通信機に小声で、

「先輩、一応私の言動にもちょっと注意凝らしてくれる?」

『まっかせてー』

 反応したのは妹だった。まあ伝わったならいいや。

 

ダニエル

LP4000

手札2

スピードカウンター1

[][《伏せカード》][《伏せカード》]

[][][]

[]-[]

[][《剣闘獣ムルミロ》][]

[][][《伏せカード》]

シュウ

LP2600

手札1

スピードカウンター1

 

「アタシのターンだ! いよっし、実況、実況!」

 突然、シュウが実況を呼ぶ。

「おお? どうしたことかシュウ選手突然私に向かって喋り出したぞお!」

 反応する実況に向かってシュウは。

「もう半分バレてるようだから言わせて貰うが、いまアタシの手札にモンスターカードはいねえ。更にいまアタシの場にいるモンスターは攻撃力たった800のムルミロだ。ダニエルの場にモンスターはいねえが、奴の場に伏せカードは2枚。そのカード次第によっては、次のアタシのターンは無いって可能性さえ想定できる!」

 と、わざわざ自分のピンチをアピールし、

「だが!」

 と、シュウは続ける。

「アタシのデッキには、そんな現状を突破できるカードが眠っている。その名は《剣闘獣ベストロウリィ》! 宣言するぜ。アタシはこのドローでベストロウリィを引き当てる! 初代ダニエルの神引きの株を二代目から奪ってやる!」

「なんとぉぉぉっ! シュウ選手、ここで初代ダニエルの技を逆に使う宣言だぁっ!」

 実際はシュウの場にも伏せカードが1枚残ってて、ムルミロの攻撃が通ればデッキの別の剣闘獣と入れ替わるので盤面は互角といえる状況。さらにいうと、私が伏せたのは《スキル・サクセサー》と《ブレイクスルー・スキル》。どちらもシュウの攻撃自体を止めることはできない。

 しかし、周囲はシュウのパフォーマンスに中てられ、

『おおっ』

 と、興奮に包まれた。

「いっくぜぇえぇえええええっ! ドロー!」

 シュウがカードを引き抜く。普通の人には分からないだろうけどそれなりにフィールを込めたドローになっている。つまり、ドロー運が上がってるので高確率でベストロウリィを引き当ててくる。

 やろうと思えばフィールで相殺はできそうだけど、あえてしない。

 

ダニエル スピードカウンター1→2

シュウ スピードカウンター1→2

 

「運命のドロー! シュウが引いたカードは一体」

 スピードカウンターが増える中、実況の言葉から数秒ほど間を置いてシュウは、

「アタシは。――召喚、《剣闘獣ベストロウリィ》!」

 と、宣言と同時に二足歩行のバードマンタイプの剣闘獣を呼び出す。

「きたあああああああ! 宣言通り、シュウ選手ベストロウリィを引き当てたあああっ」

 沸きあがる会場。

「いっくぜぇ、ダニエル! アタシは場のムルミロとベストロウリィをデッキに戻す。いにしえに生きる猛禽の闘士よ! 戦友(とも)との絆ここに束ね、いまこそ歴戦の勇者になれ! コンタクト融合! いくぜレベル6、《剣闘獣ガイザレス》!」

 2体の剣闘獣がデッキに戻ると、新たなバードマン型の剣闘獣が姿を現した。その攻撃力は2400。

「《剣闘獣ガイザレス》は場の素材モンスターをデッキに戻すことでEXデッキから特殊召喚できる専用の融合モンスターだ。そして、こいつの特殊召喚の成功時、場の魔法・罠を2枚まで破壊する。喰らいやがれぇい!」

 シュウが力強く拳を突き出すと同時に、ガイザレスから双つの竜巻が放たれ、私の伏せカードを巻き込む。けど、そのうちのひとつを私は表向きにし、

「残念だけど、罠カード《ブレイクスルー・スキル》を発動。その効果は無効よ」

「させねえよ! デッキから《剣闘獣ノクシウス》を墓地に送ってカウンター罠《剣闘獣の柔術》! このカードは場に剣闘獣がいる場合に、デッキの剣闘獣を墓地に送って発動。罠カードの発動と効果を無効にし、デッキに戻す」

「デッキに!?」

 ちょっ、待って。《ブレイクスルー・スキル》の真価は墓地からも発動できることにあるのに。

「テメェがアタシのデッキを対策してることくらい想定済なんだよッ!」

 シュウは吐き捨てるようにいい、Dホイールを私の真横に張りつかせる。そして、実況に伝わらないよう小声で、

「シルフィなんだろ? テメェに依頼したのは」

「……黙秘権を行使するわ」

 私がいうと、通信機の先から「それって肯定にしか聞こえないのよねん」とケタケタ笑う声。

「まあ無理もねぇ。アタシだってアインスならまだしもフィーアとつるむなんて言ったら悪魔に魂に売ったって思うだろうしな。どっかでシルフィがアタシを悪魔の手先認定して倒しにくるだろうとは確信してた」

「売ったの? 悪魔に魂」

「……」

 シュウは僅かな魔の後、

「さあな」

 と、シュウは打ち切り、私の前についてバック走。

「だがな、アタシはここで負けるわけにはいかねえ! 《剣闘獣の柔術》の効果で《ブレイクスルー・スキル》は無効。伏せカードは全て退場して貰った。バトルだ! 《剣闘獣ガイザレス》、二代目ダニエルにダイレクトアタック!」

 再び双つの竜巻が、今度は攻撃として私に直接襲いかかる。しかも、僅かながらフィールが掛っており、私を飲み込んだ竜巻は観客席にまで突風を浴びせ、

「きゃあ」「うわ何だ! ビジョンなのに風が」「レースクイーンはどこだ? いまならスカートがめくれて」

 と、シュウのパフォーマンスに周囲が反応を見せる。勿論、私は風でめくれたレースクイーンの下着は拝みました。じゃなくて、何かを吹き飛ばすほどの威力ではないので被害といったものはなく、

「おおっと! ソリッドビジョンなのに風! これも初代ダニエルが起こした奇跡! シュウ選手、完全に二代目の株を奪いにきてるぞ!」

 実況が大興奮で叫ぶ中、シュウはいった。

「二代目、初代はこのパフォーマンスもやってのけたぜ? テメェは当然できるんだろうな?」

 パフォーマンス、か。

 増田がそういう意図でフィールを使ったかは分からない。けど、相手がここまで観客を沸かせようとしてるのに、私がそれに乗らないのはダニエルの名に傷がつくというもの。

「勿論って話よ」

 私はいった。

 

ダニエル LP4000→1600

 

「バトルフェイズ終了時にガイザレスの効果発動! このカードをエクストラデッキに戻し、デッキから剣闘獣を2体特殊召喚する。来い、《剣闘獣アウグストル》そして《剣闘獣エクイテ》!」

 そして現れる2体の剣闘獣しかも、そのうちのアウグストルは攻撃力2600の最上級モンスターときたものだ。そして、もう片方も攻撃力こそ1600だけど、

「《剣闘獣エクイテ》のモンスター効果。このカードが剣闘獣の効果で特殊召喚された場合、墓地の剣闘獣1体を手札に戻す。アタシは《剣闘獣ノクシウス》を手札に戻すぜ」

 こうして、柔術で墓地に送ったモンスターが見事シュウの手札に。しかも、このノクシウス。直接攻撃時に特殊召喚されて盾になる手札誘発モンスターなのだ。

 私はいった。

「ジャスティスだ何だ言ってる割には、盤上の動き自体はセコくてチマチマしてて地味なデッキよね、それ」

「失礼だなおい」

 シュウが突っ込む。

「むしろヒーローらしい結束とコンビネーションのデッキだろ! 例え場のモンスターはひとりでも、そいつは単独で闘ってるんじゃねえ! デッキの仲間と常に一緒に闘ってるんだ。熱いだろっ!」

「ああ……」

 なるほど、そういう取り方もできるわけね。

「そのテメェのいうチマチマしてセコいっていうのも、基本戦闘を介してるってのがポイントだしな。メインフェイズでガンガン回してワンショット狙いにくる奴とは違ぇ! ってわけだアタシはこれでターン終了」

 さて、と私はドローする前に現在のデュエル状況を確認する。

 

ダニエル

LP1600

手札2

スピードカウンター2

[][][]

[][][]

[]-[]

[][《剣闘獣アウグストル》][《剣闘獣エクイテ》]

[][][]

シュウ

LP2600

手札2

スピードカウンター2

 

 お互い手札は2枚。だけど、シュウの場には2体のモンスターが、しかもその内1体は最上級モンスターがいるのに対し、私の場は空っぽ。そのうえライフも私のほうがちょうど1000低いと完全こちらの不利。

 そして、私の手札はというと。

(なるほどね。あのカードが足らないって話)

 そうと決まると、私は指先にフィールを込め、

「私のターン、ドロー」

 と、目当てのカードを呼び込む。

 

ダニエル スピードカウンター2→3

シュウ スピードカウンター2→3

 

 スタンバイフェイズに私たちのカウンターがひとつ増える。

 私はいった。

「なら見せてあげようじゃない。それもダニエルらしく」

 そして、私は手札を1枚フィールドに置く。

「《ドラコネット》召喚。このカードの召喚に成功した時、私は手札かデッキからレベル2以下の通常モンスターを特殊召喚する。私はデッキから《デジトロン》特殊召喚」

 すると、

「おおっと! このカードは、そしてこのサイバースの通常モンスターは! まさしく、まさしく初代ダニエル!」

 と、実況。

「そして、座標確認、私のサーキット。ロックオン!」

 私は前方にリンクマーカーを出現させると、Dホイールを加速させ、マーカーの中央へと飛び込む。すると辺りは暖色の電脳空間に書き換わり、

「アローヘッド確認。召喚条件は通常モンスター1体! 私は《デジトロン》をリンクマーカーにセット! リンク召喚! 起動せよ、LINK-1《リンク・スパイダー》!」

 《デジトロン》が霊魂の矢印になってマーカーに取り込まれ、現れたのは蜘蛛のリンクモンスター。

 召喚の演出が終わると、辺りの電脳空間も消え私は僅か上空からサーキットに着地する。なお、リンクマーカーに飛び込んで召喚するのは増田つまり初代ダニエル式のリンク演出だ。

「《リンク・スパイダー》のモンスター効果! 1ターンに1度、手札からレベル4以下の通常モンスターを自身のリンク先に特殊召喚。再び来て頂戴、《デジトロン》! さらに場にサイバース族がいることで手札の《バックアップ・セクレタリー》を特殊召喚」

 こうして、EXゾーンを含め私のモンスターゾーンが全て埋まり、

「再び座標確認、私のサーキット。ロックオン!」

 私はもう一度マーカーの中央へと飛び込む。

「アローヘッド確認。召喚条件はモンスター3体! 私は《リンク・スパイダー》《デジトロン》《バックアップ・セクレタリー》をリンクマーカーにセット! リンク召喚! 起動せよ、LINK-3《パワーコード・トーカー》!」

 こうして出現したのは、増田のフェイバリットだった《デコード・トーカー》に類似するコード・トーカーモンスター。攻撃力は2300。

「決まったああああ! 二代目ダニエル、初代お得意の通常モンスターを使った連続リンク召喚に成功だあああああああああああああああ!!!」

 実況が叫ぶ中、

「きやがったか。待ってたぜコード・トーカー!」

 と、シュウも興奮気味。そういえば彼女も初代ダニエルのファンだったんだっけ。

「さあ、二代目ダニエルのファンサービス、とくと味わって頂戴。バトル! 《ドラコネット》で《剣闘獣エクイテ》に攻撃」

 《ドラコネット》から電子のブレスがエクイテ向けて放たれる。しかし、《ドラコネット》の攻撃力は1400と200ほど届かない。

「ダメージステップ時、墓地の《スキル・サクセサー》を除外して効果を発動。この罠カードは自分のターンに墓地から除外して発動することで、場のモンスター1体の攻撃力を800上げる」

 

《ドラコネット》 攻撃力1400→2200

 

 その効果を受け、モンスターの攻撃力が膨れ上がり、

「《剣闘獣エクイテ》撃破!」

 

シュウ LP2600→2000

 

 エクイテの攻撃力を超えた分だけ、シュウのライフにダメージが入る。

「ちいっ」

 と、舌打ちながらも、ダニエルのエース級モンスターを相手に嬉しそうなシュウ。けど、

「その笑顔もどこまで続くって話だけどね」

「なにっ」

 と、流れに乗ってくれたシュウに対し、

「《パワーコード・トーカー》で《剣闘獣アウグストル》に攻撃。ダメージ計算時、パワーコードの効果を発動」

 宣言すると、《ドラコネット》の体が光の粒子に変わり、パワーコードに取り込まれる。

「《パワーコード・トーカー》はダメージ計算時にリンク先のモンスター1体をリリースすることで、そのバトルのみ攻撃力を倍にする」

 すると、《パワーコード・トーカー》はスー○ーサイヤ人のように闘気の奔流を沸きあがらせてから、腕からワイヤーを飛ばしアウグストルに巻きつかせ、そのまま跳躍する。そして、引っ張られ全身の自由の利かないまま宙を舞ったアウグストルに、ラ○ダーキックをお見舞い。

 

《パワーコード・トーカー》 攻撃力2300→4600

 

 その脚はアウグストルを突き破りつつ破壊し、その爆風によって景色は消し飛び辺りは荒野のビジョンに早変わり、《パワーコード・トーカー》はポーズを決めて着地する。

 その際、爆風にはフィールが込められており、観客たちは爆風の軽い衝撃と荒野の砂の匂いを感じとったことだろう。

「うわあ、また風が!」「す、砂が目に……あれ、痛くない」「この砂嵐だ。いまなら隣の子にセクハラしたって」

 再び観客たちはフィールでリアル化したビジョンに反応を。

「って待った誰、三人目それは私がす――」

 思わず言いかけ、けど私はやめた。三人目はオカマで、セクハラのターゲットは青年だったから。

 と、とりあえず。

「アウグストル撃破!」

 何もなかったかのように、私がいうと、

「な、なにか妙な一幕があった気がしますが! き、決まったあああああああああッ!」

 実況の絶叫が響き渡る。

「パワーコードの攻撃力は4600、対しシュウ選手のモンスターは2600、ライフは2000、ダメージも2000! 二代目ダニエル選手、シュウ選手を相手にジャストキル成り――」

 言い切りかけた所だった。

 

「まだ終わっちゃいねええっ!!!」

 

 荒野のビジョンに巻き込まれ、姿を消したままシュウが叫ぶ。そして、ビジョンが消え本来の光景に戻ると。

 

シュウ LP2000→1

 

 シュウのライフは、たった1残っていた。一体何が?

「スキル発動、《根性》!」

 シュウは叫んだ。

「このスキルは、アタシのライフが0になる場合、このターン、アタシのライフを1未満にならなくするスキルだ。発動するかしないかは運次第だがな」

「え、ちょっ」

 なんてギャンブル的なスキルを。いや、その未確定なスキルをフィールで発動確実化させたのか。

「な、ななな、なんとおおおおお! シュウ選手、《パワーコード・トーカー》の一撃を耐え切ったあああっ」

 そんな予想外な展開に、実況も驚きを隠せていないようだった。なにせ手札誘発ならともかく、発動するか分からないようなスキルを使って耐え切ったのだから。

「まさか、こんな方法で耐えきるとは思わなかったわ」

 隣について話しかけると、シュウは「へへっ」と鼻をかき、

「当たり前だろ。ついにテメェのコード・トーカーモンスターを出させたんだ。このままフィニッシュなんてさせるかよ」

 なんて。ホントに男の子みたいな熱い返事。

「なら見せて頂戴、私はこれでターンエンド」

「おう! アタシのターンだ」

 

ダニエル

LP1600

手札0

スピードカウンター3

[][][]

[][][]

[《パワーコード・トーカー》]-[]

[][][]

[][][]

シュウ

LP1

手札2

スピードカウンター3

 

 シュウはまだまだ元気有り余ってる様子でデッキに手を伸ばし、

「ドロー」

 と、カードを引き抜く。

 

ダニエル スピードカウンター3→4

シュウ スピードカウンター3→4

 

 同時にお互いのスピードカウンターが4になり、そろそろフィールド魔法やスピードスペルの効果が牙を向いてくる頃。

「一手足り無え」

 シュウが呟くのが聞こえた。その声は実況の耳にも止まり、

「おっとシュウ選手、ここでいいカードを引けなかったようだ。どうなるシュウ選手」

 と、心配そうに。

「シュウ、あれだけ会場を盛り上がらせといて酷いオチつけたりしないでよ?」

 なんて私がいうと、通信先から、

『鳥乃さん、任務なのだから熱くなっては駄目だと』

「分かってるって」

 私は双庭先輩に返す。

『なら、何か作戦でも?』

「まあね」

 と、私は再びシュウに向き直り、

「で? まだ手はあるんでしょ?」

「当たり前だ」

 シュウはいった。そして、手札を1枚直接ディスクに差し込み、

「ここでアタシは《Sp-オーバー・ブースト》を発動! この効果でアタシのスピードカウンターを4つ増やす。代わりにターン終了時にアタシのスピードカウンターは1になっちまうけどな」

 

シュウ スピードカウンター4→8

 

 魔法カードの発動が受理されると、彼女のDホイールは急加速を始めグングンと私のDホイールと差を広げていく。おかげで私はフィールの妨害が届かない。

「そして、続けてアタシは《スピード・ワールド2》の効果を使用、スピードカウンターを7つ取り除き、デッキからカードを1枚ドローする。いくぜ、ダニエル! この1枚でアタシは流れを引き戻してやる!」

 シュウが一旦Dホイールをマニュアル操作からオートパイロットに切り替えたのが見えた。眼を瞑り、ドローに意識とフィールを集中させてるのが見える。

「いくぜ!」

 Dホイールがヤバいほど加速する中、シュウが目を開く。

「ドロー!」

 そして、突風の中でカードを1枚引き抜く。

 

シュウ スピードカウンター8→1

 

 シュウのカウンターは1に減り、失速していくDホイール。さて、引いたカードは?

「よっしゃあ!」

 シュウが叫んだ。

「アタシは手札から《スレイブ・キメラ》を召喚」

 シュウが召喚したのは、象の胴にライオンの前足、そこから伸びる熊の上半身に猿の顔を持ったまさにキメラモンスター。

「《スレイブ・キメラ》のモンスター効果。こいつをリリースし、手札の剣闘獣を表側守備表示で特殊召喚する。来い、《剣闘獣ノクシウス》!」

 続いて現れたのは、柔術で墓地に送ってエクイテで回収していた二足歩行のチーター型剣闘獣。

「《スレイブ・キメラ》による特殊召喚は剣闘獣の効果による特殊召喚として扱う。《剣闘獣ノクシウス》のモンスター効果、デッキから剣闘獣1体を墓地に送る。アタシは《剣闘獣ラクエル》を墓地に送る」

 わざわざ手札誘発用のカードを場に出してまで、ラクエルを墓地に?

(まさか)

 そう思った所へ。

「続けて墓地の《スレイブ・キメラ》第二の効果を発動!」

 と、シュウは宣言した。

「墓地の《スレイブ・キメラ》をゲームから除外して効果発動。アタシの墓地のモンスターを素材に、剣闘獣のコンタクト融合を行う!」

 やっぱり。

「アタシは墓地の《剣闘獣エクイテ》《剣闘獣アウグストル》《剣闘獣ラクエル》の3体をデッキに戻す。いにしえに生きる猛虎の闘士よ! 戦友(とも)との絆ここに束ね、いまこそ英雄の皇となれ! コンタクト融合! いくぜレベル8、《剣闘獣ヘラクレイノス》!」

 シュウの墓地から3体の剣闘獣の魂が降り立ち、融合の渦で混ざり合い出現したのはラクエルをベースに様々な剣闘獣の特徴の見られる大型モンスター。

「出たああああああ!!! 攻撃力3000の超大型モンスターの登場だァッ! その名前は、《剣闘獣ヘラクレイノス》! 二代目ダニエルこの大型モンスターを相手にどう立ち向かう?」

 やはり、観客にとって攻撃力3000のエースモンスターはデュエルの華なのだろう。「いいぞー」「やれー」といった熱意の籠った応援が大勢シュウに投げられる。

「これがアタシの真のフェイバリットだ。いくぜ、バトルだ! 《剣闘獣ヘラクレイノス》で《パワーコード・トーカー》に攻撃!」

 それは、ただの斧の一振りだった。

 しかしその重い一振りは、パワーコードを正面から叩き潰すには十分で、身を守って尚、力任せに両断され破壊される。

 

沙樹 LP1600→900

 

 こうして私のライフはついに1000を下回った。

「《剣闘獣ヘラクレイノス》には手札を1枚捨てる事で魔法・罠カードの発動をカウンターできる。手札の尽きた終盤でこのモンスターだ! 突破できるものならしてみやがれ、アタシはこれでターンエンドだ」

 

ダニエル

LP900

手札0

スピードカウンター4

[][][]

[][][]

[]-[《剣闘獣ヘラクレイノス》]

[][《剣闘獣ノクシウス》][]

[][][]

シュウ

LP1

手札1

スピードカウンター1

 

 シュウの手札は1枚。つまり1回は魔法・罠の発動を無効にできるというわけだ。その上攻撃力3000、次のドロー1枚で突破しろなんていうのは確かに難しい。

「これは、もしかすると、もしかするぞおおおっ! 二代目ダニエルまさかの初戦敗退かあっ?」

 実況の言葉が地味に突き刺さる。実際、やばいのだ。

 とりあえず、私はDホイールを加速させ、失速し私の傍まできたシュウを逆に追い越し、フィールの妨害が届かない位置まで距離を広げる。

「ちっ、妨害はさせないってか?」

 苦そうにいうシュウ。

「その通りって話。私のターン、ドロー」

 フィールを込めて私はカードを引く。そして、新たな手札を見てあることを決意する。

 私は一旦、Dホイールをマニュアル操作からオートパイロットに切り替え、目を閉じる。そして、暗闇の深層に潜るように私はそっと瞑想に耽った。

 …………。

 ……。

 …。

 

 気づくと、目を閉じた先の世界は、海のど真ん中だった。

 空は黒い雲に覆われており、そこに紫色の光で描かれた鯨模様のナスカの地上絵が、幾多もの光の粒子と共に光源になっている。

 私は、そんな粒子の中から目当てのものを探し出す。粒子はどれも同じ姿形をしていたけど、波長が違うのだろうか1つ1つ私には別のものに見えた。

 これらは、私が過去に地縛神の贄に取り込んだ被害者たちだった。実際、探している最中にいまでも憎くて仕方ない牡蠣根と思われる光の粒子も。私は牡蠣根を無視して更に探し、ついに目当ての粒子を見つけた。

 私は、その粒子に手を伸ばし、いった。

「増田。力を借りるわ」

 そして私は現実世界で目を見開く。

 

ダニエル スピードカウンター4→5

シュウ スピードカウンター1→2

 

 Dホイールはちょうどカーブに差し掛かっており、私はすぐマニュアル操作に切り替え、スピードを落とさず曲がりつつ、自ら描いた曲線の軌道にフィールを注ぎ、嵐を創り出す。

「こ、これはまさか」

 その様子に何かを察した実況が呟き、シュウもまた、

「そういやアイツのライフは1000以下。って、おいおいまさか!?」

 と、反応する。

「そのまさかって話よ」

 私は自ら作りあげた嵐にDホイールごと飛び込む。

 私は叫んだ。

「スキル発動、《ストームアクセス》!」

『え、ちょっとおおおおおっ』

 嵐の中、通信先で飛奈ちゃんがいった。

『確か沙樹ちゃん先輩、今回デュエルで使うスキルって《デスティニー・ドロー》でしょ? なんでスキル変更されてるの?』

「そりゃあまあ」

 私はDホイールにしがみつきつつ波に乗りながら、

「三人目の協力者がいるって話」

『えええっ、待ってそんなの聞いてないよ』

「そりゃ話さなかったんだから」

 ちなみに姉のほうには伝えてあったり。

 それじゃあそろそろ。私は嵐の中で腕を伸ばし、

「《ストームアクセス》は私のライフが1000以下の場合に発動可能。私はこの効果で、データストームに眠るゲームに使用してないサイバース族・リンクモンスター1体をランダムにエクストラデッキに加える」

 伸ばした腕の先で、光の粒子が集まり1枚のカードに姿を変える。私はそれを逃さずキャッチし、嵐の中から脱出する。

「なるほどね。思った通りのカードがきたわ」

 私は呟く。つまり増田はあのカードを使えといってるのだ。

 飛奈ちゃんがいったように、先ほどまで私が使うスキルは《デスティニー・ドロー》で登録されていた。そもそも、実は私は《ストームアクセス》のスキルを所有していなかった。その為、私が《ストームアクセス》を使うには、一度増田の光の粒子にもう一度会い、スキルを借りなければいけなかったのだ。

 そして、まだ名を明かしていない3人目の協力者には、私が《ストームアクセス》を仮に行おうとした際、登録してあるスキルをこっそり変更するように頼んであったのだ。

「こ、これは間違いない! このスキルは《ストームアクセス》! まさしく過去に初代ダニエルが使ったスキルそのものだああああっ」

 大興奮の実況。一方シュウも、

「おいおい、アインスも使えてたけど。テメェも使えるのかよそのスキル」

 と、驚いてる様子だった。

「まあ、カードも手に入れたことだしデュエル終わらせましょ」

 私はいい、

「《スピード・ワールド2》の効果発動。このカードの効果でスピードカウンターを4つ取り除き」

「って、ここにきてまさか」

「という野暮はやめて《Sp-エンジェル・バトン》を発動。デッキからカードを2枚引き、その後手札を1枚墓地に送る」

 と、フェイクをひとつ置いてから私は魔法カードを発動する。

「な」

 シュウは驚き、

「ちょっと待てよ。《スピード・ワールド2》のカウンター4つの効果といったら、手札のスピードスペルの数×800ダメージだろ? それを使えば勝てたのに、何故それをしなかったんだよ」

「だから言ったじゃない。そんな野暮はやめたって」

「けどよ。アタシの場にはヘラクレイノスがいるんだぜ、その魔法カードだってアタシの手札1枚で」

 と、言いかけた所を私は不敵に笑って返す。するとシュウは察して、

「ヤロウ。アタシの性格を察してあえて途中まで《スピード・ワールド2》の効果を使うフリしやがったな」

「ご名答」

 わざと勝てるプレイングをやめて、正面からヘラクレイノスに立ち向かおうとしたのだ。シュウの性格なら「負けるはずの試合が続いた」のに、その恩と熱いパフォーマンスに仇で返すことはできないだろう。

『鳥乃さん。あれほど熱くなっては駄目だと言ったのに』

 通信機の先から双庭先輩のブーイングが入る。しかし、同時に。

『そう? 私はアリだと思うよん』

 と、飛奈ちゃん。

『シルフィちゃんの依頼を聞くだけなら勝てばいいけど、確か今回の本当の依頼人って、先輩の恩師さんだったよね?』

『なら尚更』

『恩師さんの依頼はシルフィちゃんを助けるだったよね? 沙樹ちゃん先輩こう思ってるんでしょ? ただシュウを倒すだけだと、あの子を助けたことにはならないって』

 その言葉に押し黙る双庭先輩。

『だけど』

 と、飛奈ちゃんはいった。

『それで負けたら元も子ないんだから、沙樹ちゃん先輩分かってる?』

「当然」

 私は返す。

「いいぜ、引けよ」

 シュウはいった。

「その代わり、テメェの持つ最高のドローでアタシのヘラクレイノスに立ち向かって来い! それ以外は認めねぇ!」

「言われなくても」

 私は指先に意識を集中させ、フィールを込める。

「ドロー」

 私はカードを2枚引き、その内の1枚を墓地に。

「いいカードは引けたか?」

 訊ねるシュウに、私はこの言葉で返した。

「墓地に送った《幻獣機オライオン》のモンスター効果。私の場に幻獣機トークンを1体生成する」

 私の場に出現したのは、本来私のデッキで見飽きるほど出るはずの、1体のホログラムのデコイ。

「って、おい! なんで入れてんだよ」

 ツッコミを入れるシュウ。続けて実況も、

「なな、なんと! ここで二代目ダニエル選手。サイバースではなく機械族、それもチューナーモンスターを使用したあ!」

 なお、今さらながら幻獣機トークンはチューナーではないけど、オライオンはチューナーである。

「続けて、私は手札から《サイバース・ガジェット》を召喚。墓地の《幻獣機オライオン》を特殊召喚」

「なっ! サイバースと幻獣機をかみ合わせてきただと」

 驚くシュウ。最近は割とこういうデッキを使ってるのだけど、恐らく持ってる情報が増田の死ぬ前のものだったのだろう。

「まだ驚くのは早いって話よ。実況もね」

 ここで私は初めて実況にも言葉を伝え、

「座標確認、私のサーキット。ロックオン! 召喚条件はチューナー1体以上を含むモンスター2体! 私は《サイバース・ガジェット》と《幻獣機オライオン》の2体をリンクマーカーにセット! リンク召喚! 起動せよ、LINK-2《ラピッド・プロト・ドラゴン》」

 と、私は先ほどのストームアクセスで引き当てたカードを召喚する。フィールドに出現したのは、小型かつデフォルメされたサイバースの竜で、明らかに《クリアウィング・ラピッド・ドラゴン》らしい特徴を持っている。

「何ということだァァァッ! これはもしかしてストームアクセスで引き当てたカードなのか? ダニエル選手、リンク召喚が売りのサイバース族において、リンク素材にチューナーを必要とするリンクモンスターを出してきた! これが二代目! 二代目ダニエルの真のサイバース戦術か?」

 私は実況の反応を聞いてから、その「二代目ダニエルの真のサイバース戦術」に応えるように。

「その通りよ。《サイバース・ガジェット》のモンスター効果! このカードがフィールドから墓地に送られた場合、ガジェット・トークンを特殊召喚する」

 こうして、私の場にはLINK-2のリンクモンスター1体とトークンが2体。

「《ラピッド・プロト・ドラゴン》はリンク4以上のモンスターの素材にすることができない。その代わり、こんな効果を持っているわ。フィールド上のこのカード自身をゲームから除外して効果発動。私のエクストラデッキからレベル7以下のクリアウィングをシンクロ召喚扱いで特殊召喚する」

「なにいっ!?」

 驚くシュウ。それだけではなく、会場も異質なモンスターを前に湧き上がる。

「いくわ。私は《ラピッド・プロト・ドラゴン》でラピッド・プロト自身にチューニング! 未だ穢れに染まらぬ無垢なる翼よ。その透明さで敵を討て! シンクロ召喚! 飛翔せよ、レベル7! 《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》!」

 こうして場に現れたのは、もはや説明不要な私のエースモンスター。

「待てよ! テメェまさか最後の最後でダニエルの名を捨てて闘う気か?」

 叫ぶシュウに。

「大丈夫それはないって話。そもそも、ラピッド・プロトの効果で特殊召喚されたクリアウィングは、攻守が0になりターン終了時にリリースされるのよ」

「なら何でそんなカードを」

「こうするのよ。再び座標確認、私のサーキット。ロックオン!」

 私はここで更にリンクマーカーを出現させ、中に飛び込む。

「アローヘッド確認。召喚条件はモンスター2体以上。私は《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》そして場のトークン2体をリンクマーカーにセット! そして、このモンスターを召喚する場合、《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》はLINK-2として扱う」

「な、クリアウィングがLINK-2だと!?」

「リンク召喚。初代の魂、無垢なる翼に宿れ! 起動せよLINK-4、《クリアウィング・ラピッド・ドラゴン》!」

 こうして現れたのは、3Dかつ電子的な見た目のクリアウィング。その攻撃力は2500。

「お、おいおいマジかよ。チューナーだけじゃなくSモンスターも使ってリンクモンスターを出しやがった」

 驚きすぎて茫然とするシュウ。私はそんな彼女の横に移動し、

「このカードは、増田が最後の《ストームアクセス》で引いたカードよ」

 と、実況に聞こえないよう伝える。

「え?」

「そして、増田から直接私に渡された形見でもあるわ」

「……なるほどな」

 僅かな間の後、シュウはいった。

「確かに、そんなカードを持ってるんじゃあケチの付けようも無ぇ。テメェは間違いなく二代目ダニエルだ」

「シュウ」

「だからといって、アタシのフェイバリットを倒せるってわけじゃあ」

 と、何気なく私に顔を向けたシュウ。その表情が一瞬にして青ざめたものに代わる。

 直後。

『危険反応感知。鳥乃さん、気をつけて』

 と、双庭先輩への返事。続けて、

「危ねえ! 鳥乃伏せろ、オートパイロットだ!」

 と、シュウが私の肩を跳び箱にして、私のDホイールを飛び越える。

 直後だった。

 何処からか私を狙ったフィールの矢がシュウの肩を貫く。私を庇ったのだ。

「があっ」

「シュウ!」

 倒れこむシュウ。私は即座に彼女を抱きとめ、Dホイールを止める。

 矢が放たれたのはサーキットの屋上。そこに立っていたのは、一体の悪魔族の射手。しかし、直後に背後から《馬頭鬼》が現れ、手に持つ斧で叩き切られていた。なお、どちらも「協力者」が使うカードではない。一体誰が?

「大丈夫、シュウ?」

 すでに矢は消えていたが、シュウの肩は出血していた。彼女もフィールで防壁を張ってはいたみたいだけど、あの矢はフィール量の差で正面から撃ち貫いたらしい。

「だい……じょうぶ、だ」

 シュウは肩を抱えながら、耳元の通信機に向かって、

「フィーア! テメェこのヤロ! 余計な事するんじゃねえ!」

 と、叫んだ。

「アタシがいつ対戦相手を狙えと言った。確かにテメェとはチームになったが、アタシはいまでも絶対正義(ジャスティス)だ。外道に成り下がったつもりも、悪魔に魂売ったつもりも無ぇ!」

 シュウは通信機を耳から外し、握力で握りつぶす。

「すまねぇ鳥乃、余計なことに巻き込んじまった」

 言いながら、シュウは私から離れ、肩を抱えたまま自分のDホイールに向かって歩き出す。

 シュウのDホイールはすでに転倒しコース上にころがっていた。

「て、ちょっと待って。まだ試合続ける気?」

 実況が慌てて手配したのだろう。観客たちは慌てて避難を開始し、入場ゲートからは救護班が担架を持ってこちらへ向かっていた。

「当たり前だろ。まだアタシのフェイバリットとダニエルの遺作どっちが強いのか雌雄を決してねえんだ」

 言いながら、痛めた肩で、苦痛に顔を歪ませながらDホイールを起こし再び股がるシュウ。

「分かった」

 私は覚悟を決め、再びDホイールのアクセルを踏む。

 デュエル続行だ。

「《クリアウィング・ラピッド・ドラゴン》のモンスター効果! このカードのリンク召喚に成功した場合、クリアウィングSモンスター以外のリンク素材の数まで、クリアウィング・ラピッドのリンク先にラピッド・ドラゴントークンを守備表示で特殊召喚する」

 シュウが走行を開始したのを確認してから、私は効果の発動を宣言。

「《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》以外の素材の数は2体。よってクリアウィング・ラピッドの上下のリンク先。つまり私の場とシュウの場それぞれにトークンを生成」

「アタシの場にもモンスターが?」

 直後、私とシュウそれぞれの前に小型の《クリアウィング・ラピッド・ドラゴン》のようなモンスターが出現。

「さらにクリアウィング・ラピッドのモンスター効果。1ターンに1度、このカードのリンク先のモンスターの数まで、フィールド上のモンスターを選択し、ターン終了時まで効果を無効化する。私が選択するのは《剣闘獣ヘラクレイノス》と《剣闘獣ノクシウス》!」

「だが、いま効果を無効にした所でこいつらには痛くも痒くもないぜ」

「焦らないで頂戴、効果はまだ終わってないわ。《クリアウィング・ラピッド・ドラゴン》は、この効果を受けたモンスターの数×500ポイント攻撃力をアップする」

「なっ」

「リブート・プロト!」

 クリアウィングは上空を舞いあがり、両の翼から光を撒き散らす。

 その光を浴びたモンスターは、一瞬その体がデータ化し、プログラムが真っ白に書き換えられる。

 

《クリアウィング・ラピッド・ドラゴン》 攻撃力2500→3500

 

「これで私のモンスターはヘラクレイノスの攻撃力を上回った。バトル! 《クリアウィング・ラピッド・ドラゴン》でヘラクレイノスを攻撃、イニシャライズ・タイピング!」

 クリアウィングの体が半透明な球状に変ると、そこから《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》同様に飛翔からの急降下ダイブ攻撃でヘラクレイノスを破壊。

「ちっくしょう」

 その光景を見たシュウはちょっとだけ悔しそうに。

 

シュウ LP1→0

 

「負けちまったぜ」

 けど、それ以上に満足そうにいうのだった。

 

 結局、この試合が終わった時点で大会は一時中断、後日改めて再開されることが決定した。

 モンスターが人間に攻撃して怪我人が出た。

 そんな事実は、後から介入したNLTたちによって観客たちは「凶悪犯による銃撃事件」として記憶処理され、架空の人間が特捜課によって逮捕された。

 ついでに私はNLTにお金を払い、記憶処理のついでに「私は大会に参加していない」ことにして貰った。結果、これまた架空の「二代目ダニエルがシュウを撃破、第二回戦を辞退した」形として大会の歴史に刻まれることになる。

 

 

 ――同日。現在時刻12:30

「ごめんね。シルフィってば『身元を騙して接触した人に会いたくない』って」

 島津先生が心底すまなそうに手を合わせて謝るので、

「気にしないでください。失態したのはこっちなんだから」

 パスタをすすりながら、私は「むしろごめんなさい」と逆に謝った。

 現在、私たちは双庭姉妹を含めた4人で、ドリアが300円前後で食べれるイタリアンの某ファミレスで昼食を取っている。

「本当にねー。あそこで素直に《スピード・ワールド2》を使ってたら最後まで身元騙せてたのに。沙樹ちゃん先輩なんだかんだで本当に熱くなってたんじゃないの?」

「う……」

 飛奈ちゃんの言葉が鋭く刺さる。試合が終わりクールダウンしてから思い返すと、割と否定できないのだ。

 なお、私の身元がバレた原因は、幻獣機やクリアウィングを出してしまったことに加え、フィーアが狙撃に出た際、シュウが誤って何度か私を「鳥乃」と呼んでしまったのが原因である。

「ところで、もしかして今回は依頼未達成になるのでしょうか?」

 双庭先輩が訊ねる。確かにシュウを優勝させないというシルフィの頼みは達成したが、島津先生の“依頼”は「シルフィを助けて欲しい」なのだから、シュウに勝てばいいというわけではない。何よりシルフィが接触を拒んだ以上失敗した可能性が高いのだ。

「もしそうなら、最近の沙樹ちゃん先輩のジンクスって相当ヤバイんじゃない。いよいよ本気で白樹神社でも頼ったほうがいいんじゃないの?」

 と、飛奈ちゃんはいうも、先生はいった。

「そこは大丈夫。シルフィちゃん、いまごろシュウちゃんが運ばれた病院に向かってるはずだから」

「え?」

 と、私と双庭先輩が訊き返すと。

「ほら、デュエル中にシュウちゃん、沙樹ちゃんを庇ったじゃない。それを見てやっと悪い人になったわけじゃないって気づいたみたい」

「じゃ、じゃあ」

「うん。後日経過をお知らせすることになるけりょ……けど」

 あ、噛んだ。

「い、依頼したのは私だかりゃシルフィちゃんがみんなを拒絶しても、そこは今回の依頼とは関係にゃいかりゃ大丈びゅ」

 しかも羞恥を誤魔化そうと一気にまくしたてようとしたけど、酷いレベルで噛み噛みだった。この先生、見た目が幼いだけじゃなくて、時おりすっごい舌足らずになるのよね。

「えっと、これで先生?」

 ああっ!? 飛奈ちゃん一番言っちゃいけないことを。

「むー」

 先生は頬をぷっくら膨らまし、

「もういいもん、これでも先生はちゃんと先生だもん。あ、ワインをデカンタで」

 と、丁度近くを通った女性店員を捕まえ、先生はいうも。

「あの、失礼ですけど年齢を確認しても」

 言われてしまった。

 私は間に入って、

「あ、オーダー受け付けないでオッケーだから。この人は確かに20歳以上だけど、ドライバーだから」

「えっ?」

 20歳以上といわれ店員は固まりつつ、

「し、失礼しました。ごゆっくりどうぞ」

「ところで私もオーダーあるんだけどいい? あなたを朝までテイクアウトで」

「え゛」

 再び固まる店員。

 今度は飛奈ちゃんが間に入って、

「あ、そのオーダーも受け付けないでオッケーだから」

「しょ、承知致しました。ではごゆっくりどうぞ」

 なんて、店員は逃げていく。

「ああ、行かないで」

「はいはいこれ落ち着いて」

 と、先生に飲み物を渡され一口。

「って、これビールじゃない」

「そうだけど?」

 先生はそのコップで間接キスとか気にせず飲みだす。

「あの、大丈夫なのですか飲酒運転」

 と、確認をとる双庭先輩に、

「大丈夫よ。ノンアルコールだもん」

 先生はいった。この飲兵衛。

「あ、そうだそうだ沙樹ちゃん先輩。どうして私だけに三人目の協力者教えてくれなかったの? 聞いたらお姉ちゃんは知ってたみたいじゃん。ねえねえどうして、それと結局三人目の協力者って誰なの?」

 と、早口でまくしたて(こちらは噛みなし)た飛奈ちゃんに、

「ん? 三人目? 目の前にいるけど?」

 私がいうと、

「え?」

 と飛奈ちゃん。

「ごめんね。私が三人目だったの」

 先生がいった。

 飛奈ちゃんは驚き、

「えーーっ!? 鳳火ちゃんだったの~ん? もしかして沙樹ちゃん先輩、依頼人に直接協力させてたの?」

「まあ、形としてはそうなっちゃったわね。けど」

 ちらっと先生に視線を向けると、

「飛奈ちゃんだったよね? 気にしないで、私何度かハングドに外部協力してる立場だから」

「正確にはNLTや特捜課とも協力経験ある中立側だけど」

 先生のカミングアウトに、私は補足を入れた。

「で、まあ言わなかったのは。悪いけど飛奈ちゃんに伝えると、どっかでボロ出しそうな気がしちゃったって話」

「ひっどーい。酷いよ沙樹ちゃん先輩ー」

 ぷんすかする飛奈ちゃんに、

「飛奈落ち着いて。私だって飛奈だけ知ってて鳥乃さんに伝えられてないことあったんだから」

 と、双庭先輩がこちらもどこか不満そうに。

「え? そうなの?」

 きょとんとする飛奈ちゃんに私は、

「ほら、昨日の帰り、つまり本戦前日の夜になばな行ったじゃない。その時のことよ」

「え? あのことお姉ちゃんに教えてなかったの? どうして? 教えても良さそうだったじゃない。むしろ共有しないと駄目そうな内容だったよあれ、ねえ」

 再びきょとんとする飛奈ちゃん。

「双庭先輩には、情に左右されず任務に当たって欲しかったからね」

 私たちの中で双庭先輩は一番落ち着いた性格だからね。実際、デュエル中も彼女の言葉があったから、あの熱血正義なシュウ相手のペースに付き合えど飲まれずに済んだと思うし。

 けど、そんな私の判断を前に姉妹は、

「それって、ねえ……」

「うん。信頼はされてると思う。けど」

「信用はされてないよね。私たちをそれなり上手く起用してるとは思うけど、やっぱりいまの沙樹ちゃん先輩」

「え?」

 予想外の不評に私は目を真ん丸くする。するとそこへ、

「やっぱ、いまのアンタの相方は藤稔以外無理ね」

 と、後ろのテーブル席から声が。

「え?」

 と、振り向くと、そこには大会参加者のボブ子が私たちの席に体を乗り出していた。

「ぼ、ボブ子?……さん?」

 すると、

「ん、私のこと分からない? てか気づいてなかったの?」

 と、よく分からない返事。

「私だよ、私だよ!!」

「だから分からないって」

 と、私が返すと。ボブ子は顔……に張り付けていた特殊メイクのマスクを破り、

「私だよ!!!!」

『高村司令ーーーっ!?』

 私たち三人は同時に絶叫してしまった。

 確かにマスク被って出場しようかとか言ってた気がするけど、まさかボブ子の正体が司令だったなんて。

「何? 双庭姉妹も気づいてなかったわけ?」

「頭身も違ってたんだから、気づくわけ」

 双庭先輩はいい、続けて飛奈ちゃんが、

「もしかして、過去の大会もずっと司令ボブ子名義で」

「あ、いや。それはないわ」

 司令はいった。

「少なくとも参加登録の時点では本物のボブ子だったわ。けど、そのボブ子が大会前に拉致されてさ。ちょうど犯人が菫・木更ペアの任務のターゲットだったから、行方不明って騒がれない為にも救出されるまで私がボブ子のフリしてたのよ」

 司令はいい、

「で。なばなで情報買った話、私の耳にも届いてないんだけど。それも弓美の耳に届かせない為?」

「いや。それもちょっとはあったけど、いまスタジオ修羅場じゃない。だから」

 私がいうと、「全く」と司令はため息一回、

「修羅場でもそういう報告は聞くわよ大事な事なんだから。で、せっかくだし聞かせて頂戴。アンタが情報から買ったもの」

「分かったわ」

 そして、私はヴェーラから得た情報を司令に報告する。

「とりあえず、今回の大会には元々シュウは参加予定だったらしいわ。けど、優勝景品のネックレスがフィールを有する特殊なアクセサリーであることが発覚した為、今回ハイウィンドが動いたって話よ」

「それを聞く限り、ハイウィンドの主な活動内容はフィール・カードやフィールを持ったアイテムの回収に集中してる感じね」

「そうね。どっかで似たような活動してる人を知ってる気がするけど」

 残念ながら該当者を思い出すことはできない。

「今回ハイウィンドは優勝して正規のルートでネックレスを回収するシュウと、忍び込んでこっそりレプリカ、といってもフィールが入ってないだけの同じものとすり替えるアインスに分かれて行動してたらしいわ。で、フィーアは指示が出るまで何もするなと厳重注意を受けた上で待機」

「けど、鳥乃を殺ろうとしたわね。あれは独断?」

「独断ね」

 私はドリンクバーのアイスコーヒーを一気に飲み干す。

 司令がいった。

「弓美。今度ウチの誰かがハイウィンドと接触する機会がきた場合、狙撃を頼んでもいい?」

「つまり、処分人を殺せ……ですか」

「そ。依頼料は私が直接出すわ」

 司令は煙草を口に咥え火をつける。なお、ここは禁煙席だ。

「アインスとシュウは見逃してもいいけど、処分人は速見を殺したわ。その上今回も鳥乃の殺害を企てたとあっては、今後も処分人はウチらを殺しにくると判断するしかない。悪いけどアインスやシュウには今回の決定を納得して貰うしかないわね」

 そこへ私は。

「ところが。それをするとアインスやシュウは自爆テロも辞さない覚悟でハングドを壊滅しに来るって話よ」

「何? つまり、ふたりはあの糞処分人が自分の命より大事と?」

「その通りよ」

 私はいった。

「さっきまで話した内容は殆どおまけ。ヴェーラから買った情報の本題は別にあるのよ」

 と、私は一拍おいて。

「司令、ちょっと厄介なことになったわ」

 私はいった。

「ハイウィンドのメンバー。アインス・ハイ、シュトゥルム・ハイヴァイテ(シュウ)、フィーア・ヴィルベルヴィント、そして現在組織にはいないけどシュウの腹違いの妹であるシルフィード・フォス。この四人は、同じドイツ人の男を父とし互いに認知のない腹違いの姉妹だった事が分かったわ」

 その報告を聞いて、司令の顔が険しくなる。

「そもそも、アインスとシュウは姉妹捜索という目的の為に裏稼業に就いてたらしくてね、それでアインスは一足先に三人が姉妹である真実に辿り着いていたのよ。だから、彼女が組織に誘われた際、三人が入るならという条件をつけた。そして内ふたりが受けたことで三人一組のハイウィンドは発足された。アインスとシュウがハイウィンドで活動する目的は、四人が家族になること。そして、四人の居場所と揺るがない絆をつくること。そんな中、目の上のたんこぶとはいえ末っ子のフィーアが、私たちハングドの手に殺されたら、きっと半狂乱になって私たちを潰しにくるわ。仮に理屈では報復されて当然と認識できたとしてもね。買った情報は以上よ」

 伝え終えると司令は煙草の煙を吐き、

「事情は分かったわ。けど、私の考えは変わらないわ」

 と、返した。

「ならハングドの絆は家族未満だっていうの? 人それぞれだと思うけど私は違うわ。これ以上ウチの仲間が犠牲になる位なら、アインスもシュウも三人纏めて心の臓止めてやる。これはアンタたち三人を危険から守る為でもあるわ。その位しないと、あの処分人からこれ以上の犠牲なしではいられないって言ってるの、分かる?」

 司令の言いたいことは凄く伝わった。でも、

「なら、少し時間を貰えない?」

 私は少し視線を落としいう。

「その、私も両親の愛って全く知らず育ってきて、鈴音さんや司令と出会って初めて親の愛みたいなの知ったようなのだから、家族が恋しいって何となく分かるのよ。で、アインスとシュウはやっと手の届く所にそれがきたんでしょ? 私にとってのハングドみたいなのが」

「鳥乃……」

「それにアインスはハイウィンドは私の味方といった。なら、それをちゃんと証明して貰おうって話よ。フィーアの件も含めてね。その期間を頂戴」

「分かった」

 うなずく司令。しかし、だからといって無条件で首を縦に振るわけではなく。

「なら、期間はこれで決めるわ」

 そういって出したのは、赤と白それぞれの色の六面ダイス。

「いまから私はこのダイスを振るわ。赤は1が時間、2・3が日、4・5が週で、6が月よ。で、そこに白のダイスで出た数字を適用する。つまり例えば6ゾロが出れば6か月猶予を与え、逆に1ゾロなら猶予は1時間になるわ」

 そうでなくても、赤のダイスで1が出た時点で実質猶予は与えないということになってしまう。けど、私はそれを受けるしかない。

「分かったわ」

 私がいうと、

「ちなみに期間を超えてフィーア殺害の決定に逆らうようなら、鳥乃は悪いけどハングドをさよならして貰う。いいわね?」

 私はそれにもうなずく。

「なら、運命のダイスロールよ」

 司令がその場で私たちのテーブルにダイスを投げた。その結果は。

 

:d66

DiceBot : (D66) → 46

(今回のダイス判定は実際にどどんとふのオンラインダイス機能を使わせて頂きました)

 

「6週間、つまり1か月半が猶予よ」

 不満そうに、司令はいった。

 

 




今回登場した「双庭 飛奈」と「双庭 弓美」はHANGSとシェアワールドさせて頂いている『遊☆戯☆王-昏沌狂躁ピカレスク-』に登場した正気山脈さんのキャラになります。自分ではふたりの魅力を殆ど表現できませんでしたが、ピカレスクでのおふたりは本当可愛いキャラですので、もし気が乗りましたらあちらも読んで下さると嬉しく思います。
正気山脈さん、ありがとうございました。

また、今回シュウが使ったスキル《根性》ですが、デュエルリンクスではデュエル開始時に公開されますが、今回は演出の為にデュエル開始時の公開はなしにしました。


●今回のオリカとスキル

スピード・ワールド2
フィールド魔法
(1):「Sp(スピードスペル)」と名のついた魔法カード以外の魔法カードを プレイした時、自分は2000ポイントダメージを受ける。
(2):お互いのプレイヤーはお互いのスタンバイフェイズ時に1度、 自分用スピードカウンターをこのカードの上に1つ置く。(お互い12個まで)
(3):自分用スピードカウンターを取り除く事で、以下の効果を発動する。
●4個:自分の手札の「Sp」と名のついたカードの枚数× 800ポイントダメージを相手ライフに与える。
●7個:自分のデッキからカードを1枚ドローする。
●10個:フィールド上に存在するカードを1枚破壊する。
(遊戯王5D's)

剣闘獣の柔術
カウンター罠
(1):フィールドに「剣闘獣」モンスターが存在する場合に、デッキから「剣闘獣」カードまたは「パリィ」1枚を墓地に送って発動する。
罠カードの発動を無効にし、そのカードを持ち主のデッキに戻す。

Sp-オーバー・ブースト
通常魔法
このターン自分用スピードカウンターを4つ増やす。 エンドフェイズに自分用スピードカウンターを1つにする。
(遊戯王5D's)

スレイブ・キメラ
効果モンスター
星3/地属性/獣族/攻 800/守 600
このカード名の(2)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):このカードをリリースして発動できる。手札から「剣闘獣」モンスター1体を表側守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは、「剣闘獣」モンスターの効果で特殊召喚した扱いとなる。
(2):このカードをゲームから除外して発動する。
自分の墓地から、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを持ち主のデッキに戻し、
「剣闘獣」融合モンスター1体を召喚条件を無視してEXデッキから特殊召喚する。

Sp-エンジェル・バトン
通常魔法
自分用スピードカウンターが2つ以上ある場合に発動する事ができる。 デッキからカードを2枚ドローし、その後に手札1枚を墓地へ送る。
(遊戯王5D's)

ラピッド・プロト・ドラゴン
リンク・効果モンスター
リンク2/風属性/サイバース族/攻1400
【リンクマーカー:左/右】
チューナー1体以上を含むモンスター2体
このカードはリンク4以上のモンスターのリンク素材にできない。
(1):フィールドのこのカードを除外して発動できる。
EXデッキからレベル7以下の「クリアウィング」Sモンスター1体をS召喚扱いで特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力・守備力は0になり、ターン終了時にリリースされる。

クリアウィング・ラピッド・ドラゴン
リンク・効果モンスター
風属性/サイバース族/攻2500/LINK-4
【リンクマーカー:上/左/右/下】
モンスター2体以上
「クリアウィング」Sモンスターをリンク素材にリンク召喚する場合、そのモンスターはLINK-2として扱う。
(1):このカードのリンク召喚に成功した場合に発動できる。このカードのリンク先に、「クリアウィング」Sモンスター以外のリンク素材の数まで「ラピッド・ドラゴントークン」(サイバース族・風・星3・攻/守0)を表側守備表示で特殊召喚できる。
(2):1ターンに1度、このカードのリンク先のモンスターの数まで、フィールド上のモンスターを選択して発動する。選択したモンスターの効果をターン終了時まで無効化し、1体につきこのカードの攻撃力を500ポイントアップする。この効果は相手ターンでも使用できる。

根性
スキル
このスキルは自分のターン開始時毎に、確率で判定が行われる。次の相手ターン終了時まで自分のライフポイントは1未満にならない。

ストームアクセス
スキル
ライフポイントが1000以下の場合に発動できる。
ゲームに使用してないサイバース族・リンクモンスター1体をランダムにエクストラデッキに加える。
(遊戯王ヴレインズ/アニメの内容次第で今後エラッタがあります)

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