――時刻は少し遡る。
ボクの名前はフェンリル。宗教組織『黒山羊の実』で生れたプライド様こと
そして、たぶん病んでる人なんじゃないかな。
――現在時刻23:00
「うーん65点かあ」
鷹野邸の人形部屋。辺りには所狭しと人形やぬいぐるみ、フィギュアが並んでる。そんな中で、ボクはいまダンボールで作った簡易机で勉強をしていた。
問題集の1ページを解き終え、答え合わせまでしたけど、結果はあまり良くない。
「フェンリル。アンタまた勉強してんの?」
ミストランが入ってきた。シャツ、ジーンズ、ジャケットのラフな格好にコンビニ袋がひとつ。その袋から頼んであったお茶と弁当をダンボール机に置いて、
「で、注文はこれでいい?」
「うん。ありがとう」
「金は後日貰うから」
「別にいいじゃないか」
ボクはちょっとだけ辟易しながら、
「どうせ盗って稼ぐしかないんだから」
ボクたち作品は、自由に使えるお金が存在しない。戸籍も履歴もないからアルバイトすることもできず、鷹野に養われるしかないのだ。なのに、基本的にボクたちは食事というものを与えて貰えない。
鷹野にとって、ボクたち作品は人形であって人間ではないのだ。人形は飲食も排泄も必要ないからね。だから、よく今日みたいに万引きや窃盗で食いつないでいる。
「で、フェンリル」
ミストランは話を戻し、
「今日も勉強してるみたいだけど、ぶっちゃけ意味あんの?」
「もちろんあるよ。人間は学校で勉強するものだからね」
ボクはかつて人間だった。それも、フィールどころかデュエルさえ知らない完全な一般人だったんだ。
だけど、家族旅行中に観光バスがフィール・ハンターズっていう集団にハイジャックされてね、そこから先はあまり覚えてない。記憶が曖昧なんだ。そして、気づいたらボクは鷹野の作品フェンリルとして生まれ変わっていた。元の名前はもう思い出せない。
「ボクはもう一生鷹野の人形だから学校には行けないけど、それでも、せめて人間らしい苦悩や努力を味わってもいいじゃないか。じゃないと、心の中でさえボクが人間だったことを忘れそうになる」
「まったく。よくやるわ」
ミストランは腕を組んでいった。
「ボクの勝手でしょそんなの」
言いながら、ボクはふと思い至り、
「あ、そうだミストラン」
と、彼女に数学の文章問題をひとつ指す。
「これ分からないんだけど、解き方教えてくれる」
「ん」
ミストランは内容を確認すると、隣にシャーペンでささっと書いて、
「式はこんなもんよ。解き方は自分で考えて?」
「やっぱりミストランも勉強してるんじゃないか」
ボクがにた~と笑うと、ミストランはそっぽ向いて、
「いや、クローン元の記憶よ」
「ほんとー?」
「……ちっ」
ミストランは舌打って罰悪そうに、
「私はフェンリルみたいに
「じゃあ何なのさ」
「鷹野の呪縛からさっさと卒業する」
「え?」
ミストランは何を言ってるの?
「鷹野なしでも生命維持できる手段を見つけて、戸籍も何とか取得して、世界の果てでも何でもいいからヒトとして生きていく」
「そんなの、無理に決まってるじゃないか」
ボクたちが鷹野の下から離れられない一番の理由。それは、正規の手段で生誕してないボクたちは生命として不完全で、彼女の力に頼らないと生命維持さえままならないからだった。彼女が調合するナノマシン入りの薬で体調を整え、定期的にメンテナンスを受けて異常が起きてないかチェックする。それができるのは全世界をおいて鷹野だけで、これを断ったら、ボクたちは1週間生きられるのかどうかさえ分からない。
なのに、ミストランはというと。
「だって面倒くさいし疲れるじゃん。ずっと鷹野の人形として生きるとか」
普通、そこに居直るほうが楽で立ち向かうほうが面倒くさいじゃないかな? なんてボクはそう思う、だけど。
「フェンリルこそ、黒山羊の実の信仰者ならもっと自分の幸せに生きたほうがいいわよ」
ミストランにとっては、それじゃあ駄目なんだ。全く眩しいよ。だけどさ、
「信仰心ゼロの人に、しかも人の勉強にケチつけた人に言われてもね」
「嘘は言ってないわ。そんな夢も希望もない勉強に何の意味があるのって」
「でも、そうだね」
ミストランの返事に反応はせず、ボクはいったんだ。
「これでもボクは十分幸せなんだと思うよ。だって、人間じゃあなくなったけど、ボクは、ボクだけは生きてるんだから」
ボク以外の家族は生きてないのかもしれない。そう思うと、生きてること以上を求めるのは、きっと贅沢なことなんだから。
ミストランはため息一回に、
「やっぱアンタとは仲良くなれそうにないわ」
「奇遇だね。ボクも毎日そう感じてるよ。まあ、ミストランのことは嫌いでもないけど」
「私は嫌いだけど。アンタのマイナス思考っぷりが」
そう言い残しミストランは部屋から出る。しかし、すぐ扉を開け直し、
「あ、忘れてた」
ミストランはいった。
「鷹野が呼んでたわ。あいつの寝室で待ってるはずよ」
「ん、分かった」
となると、急がなくちゃいけない。ボクは参考書を片付けて、貰ったばかりのお茶を口つけずインド飲みで一口。残りはミストランの胃に入るものとして、
(弁当、食べたかったな。お腹空いた)
と、思いながら鷹野の部屋の前に立ち、
「失礼します。フェンリルです」
戸を数回叩いて中に。
鷹野はバスローブ姿でベッドに座り、ワイングラス片手にテレビを見ていた。
「遅かったわね、フェンリル」
リモコンでテレビを消し、鷹野……ううん、鷹野様が振り返る。長身で長髪、そしてバスローブの下には何も着てないらしく、胸元からはグラマラスな谷間が映る。見た目だけなら格好良くてすごく綺麗な美女。だけど彼女は、人形性愛者という歪んだ性癖の持ち主だった。
「ご、ごめんなさい」
「まあいいわ」
鷹野様は微笑み、ボクに手を伸ばす。
「さあ、来なさい」
ボクは心の中でため息を吐いた。
鷹野様には感謝している。ボクを生かしてくれたのだから。だけど、ボクは鷹野のことが大嫌いだ。
せめて食事を与えてくれたら、せめてボクたちの幸せを少しでも考えてくれたら、ボクは忠犬みたいに彼女を慕ってたのかもしれない。だけど、ボクは彼女の欲を満たす玩具でしかないのだ。この肌は機械でも樹脂でもない。人と同じ細胞で造られ生前と同じ血が流れている。ただ、鷹野様の手で改造を施されただけなのに。ボクは、ボクの創造主に「生物」だって思われてないのだ。
さっき、ボクは「生きてるんだから幸せだと思う」といった。だけど、実は少し違う。
ボクは「だから幸せなんだと思わないといけない」んだ。じゃないと、生きることさえ出来なかったみんなに失礼だからね。
「はい。鷹野様」
ボクは、服を脱いで鷹野様の下に歩み寄った。
さあ、今日も
――現在時刻0:15。
鷹野の部屋から出たボクは、ちょっとふらつく体を何とか踏ん張って人形部屋に戻る。そして、外出着に替えようとした所、
「あれ、どしたのフェンリル外出?」
と、ダンボールに包まって寝ていたミストランに訊かれた。
「うん。鷹野に頼まれてね、これから任務」
行為の後、やっと眠れると意識を手放そうとした所を、鷹野より命令を下されたのだ。内容は、美術館倉庫から《No.7 ラッキー・ストライプ》を盗みだせとのことだった。
正直辟易した。ベッドの上で乱暴され疲弊しきってる所に食事も採れずに任務に入らされるのだ。けど、理由を知ったからには頑張るしかない。だって、鷹野の新しい作品。つまりボクたちの仲間を作る作業を成功させる為らしいから。今度の仲間は酷い生涯の末に山に廃棄され亡くなったらしい。その子が生まれ変わり、もう一度人生をやり直せるというのなら、ボクは。
「といった所だから行ってくるね」
迷彩兼ねて黒いコートを羽織り、内ポケットに拳銃を仕舞う。そこでミストランから、
「じゃ、ついでにアレ外でこっそり処分しといて」
と、指さした先には未だ手つかずの弁当とペットボトルのお茶。
「あれ?」
ミストラン、全く手をつけなかったんだ。
「分かった。じゃあ鷹野に見つからないようこっそり処分しておくよ」
なお、鷹野に見つかったら「人形には必要ないでしょ」と没収されるのだ。
ボクは買い物袋に弁当とお茶を戻し、鷹野邸を後にした。
それから公園で遅めの夕食をとり、コンビニでついてくるおしぼりを水飲み場の水で何度も濡らしながら茂みに隠れて体を拭いた。任務でどうせ汗もかくし汚れるのは分かってたけど、鷹野と肌を重ねた跡をそのままにする気はなかった。
服を着直し、何気なく後ろを振り返ると、近くの茂みから、誰かがサッと気配を隠したのが分かった。どうやら見られてたらしい。
(はあ……)
なんだかな。どうして男って生き物はこうも女の裸を見たがるものなのかな? と、ボクは思った。だけど、どうやら違ってたようで、
「き、気づかれてマセンか?」
「大丈夫です。恐らく」
「よかったデスー」
聴覚も改造されたボクでなければ耳に届かないような小声。それは女性三人のものだった。かつ、そのうち一人からは聞き覚えがある。
「誰だい?」
訊ねると、ふたりの驚く気配。程なくして、
「気配を消してこちらに来てください」
と、聞き覚えのあるほうの声。
言われた通り茂みに向かうと、そこには清純な感じの女の子ひとりと、白人の女性がふたり隠れていた。白人のひとりは長身の大人で怪我してるのか松葉杖姿、逆にもうひとりは少し幼い感じだ。
ボクは、その内の清純な子を指して、
「君はたしか、アンちゃんの病室にいた」
「木更です」
と、その子はいった。
「どうしたの、こんな所で」
ボクは言いながら、ふと彼女が小箱をひとつ握ってるのに気付いた。
「その小箱」
訊ねる。すると、
「え、あっ」
木更ちゃんは気付くとすぐ、
「な、何でもありません」
と、小箱を背中に。
「隠しておいて何でもないわけ無いじゃないか」
「ほ、ホントーにナニもありマセン」
長身のほうの白人がいった。続けて幼いほうの白人女性が、
「い、Yesデス! べべべつに私タチは《No.7 ラッキー・ストライプ》を盗み出してなんかいないデスよー」
なんて自爆していた。って、
「ラッキー・ストライプだって!?」
それ、正にいまボクが狙ってるものじゃないか。
「木更ちゃんだっけ、どうして君がそんなものを」
「え、えーっと」
木更ちゃんが苦笑いして反応に困ってると、
「き、気にしないで下サイ、別にワタシたちは怪盗ユニオン・ジャックではありマセンし、ハングドに協力を依頼したなんてアリマセン」
なんて、今度は長身で大人なほうの白人女性が自爆し、
「Yesデス! その末、同じくラッキー・ストライプを狙って現れた“処分人”から逃げてる所なんて絶対ないデス!」
幼いほうの白人が見事に現状まで言ってくれた。
「信じてくだサイ」「信じてくだサイ」
そして、この駄目押し。
ボクは、ふたりの残念っぷりに心の中で盛大にため息を吐きつつ、
「“処分人”か。厄介なのに狙われたものだね」
「はい」
うなずく木更ちゃん。と、そこへ茂みの外を誰かがふたり歩くのが見えた。片方は髪をポニーテールにした、見た目小学生くらいの女の子。しかし、表情はバイザーで隠れており、見た目に似合わぬ重々しいオーラを感じる。
顔を見るのは初めてだけど、ボクの持ってる情報と合致する。間違いなく処分人だ。
もうひとりはセミショート髪のボーイッシュな感じの女性。処分人と組んでるとは考え辛いけど。
「ところで、フェンリルさんはどうしてここに?」
と、木更ちゃんに訊かれたのでボクは正直に、
「偶然にもボクも同じだよ」
「え?」
「そのラッキー・ストライプを盗りにきたんだ」
「えっ」
驚き、木更ちゃんは必死に小箱を抱える。ボクは、木更ちゃんを探してるだろう処分人を観察しながら考え、
「ボクが囮になろうか?」
「え?」
驚く木更ちゃん。大人のほうの白人女性も、
「アナタがデスか?」
「うん、これでもボクは黒山羊の実の戦闘員だ。君たちの誰かよりは生き残る目があると思うよ」
すると幼いほうの白人女性が、
「く、黒山羊の実デスか?」
と驚き、
「キサラちゃん。ハングドってもしかして黒山羊の実と協力関係にあるデスか?」
「いえ、基本敵対みたいですけど」
木更ちゃんは応え、だからこそ「どうして?」と目で訴えてくる。
「うん、確かにハングドとは現状敵対関係に近いけど」
ボクはもう一度処分人に視線を向けて、
「処分人とハングドどっちの側につくかと言われたら、ボクは断然ハングドかな。それに、ここで君たちからカードを奪うにもフィールを全く消費せずなんて無理だろうし、そっから処分人と相手する位なら先に処分人の相手をしたほうがまだ安全だよ。ラッキー・ストライプは後からユニオン・ジャックを狙えばいいからね」
「う……」
顔を歪めるユニオン・ジャック。
「それに」
ボクは木更ちゃんをみて、
「君がアンちゃんの友達だから、かな」
ボクは、絆とか友情とか、そういうのに凄く飢えている気がする。
一度全ての繋がりを失ったせいか、それとも新たな
恋人なんて出来たら、悪い虫を排除してでも独占しそうだ。鷹野に好意を持ってたら、人形はボクだけで十分ってミストランに手をかけてたかもしれない。
この前だったそうだ。例え友達ならアンちゃんが黒山羊の実を抜けようというなら、ちゃんと理由を聞いて影で手を貸せば良かったんだ。なのに、黒山羊の実だけが繋がりだと思ったから。ボクはショックで何もしなかった。鷹野がミストランに「殺せ」って命令を下したときも、ボクは心のどこかで「ボクの捨てるやつなんて死んでしまえ」って思ってたんだ。きっと。
そして今度は、友達の友達であって、ボクの友達じゃないのに。つい助けようとしてる。
全く馬鹿な選択をしてると思う。敵の為に別の敵と戦おうっていうんだから。それも、敵の敵は味方って流れでもないのに。
「死なないでください」
そんなボクに、木更ちゃんはいってくれた。そんな一言がボクには結構響くんだ。
「任せて」
そういってボクは外に出た。
直後、フィールの竜巻がボクを襲う。
「うわっ」
《サイクロン》? いや、これは腕の振りで巻きあげた風をフィールで強化したもの。しかし、たったそれだけの動作でこの威力、なんてフィール量だ。まるでミストラン級じゃないか。
ボクはフィールでバリアを放ち何とか相殺するも、直後ボクの喉元と胸に一発ずつ弾丸が迫っているのに気づいた。
(っ!?)
駄目、反応が間に合わない。
ふたつの弾丸は、ボクの動作と次の動作のタイムラグを正確に射貫いてきてるのだ。
(そんな、足止めどころかデュエルさえできないなんて)
迫る死にボクの全身は恐怖に包まれる。
さっき、死ぬなって言って貰ったばかりなのに。嫌だ、いやだいやだいやだいやーー。
直後、激痛と共にボクの意識は途切れた。
私の名前は
そして、レズである。
「だけどグロは専門外」
「同意だ」
うなずくアインス。
現在、私は木更ちゃんと合流する為、来た道を引き返していた。
すでに赤外線センサーは解除してあるので、ただ真っすぐ走り抜ければいい。
「で、どうして
私は外へ急ぎながら訊ねた。
「あなたがどちらかと手を組むならまだしも、絶対正義と処分人は水と油みたいなものじゃない、特にシルフィなんてあなたさえ受け入れないでしょ」
「まあ、そうだね」
否定せず微笑むアインス。
「事と次第によっては、今度あなたと鉢合わせした時の対応も、組織レベルで考えなくちゃいけなくなるわ。積極的に敵対する気がないなら説明して欲しい話なんだけど」
すると、アインスは数秒ほど無言を貫いてから。
「本当は、断るつもりだったんだ。今回の仕事は」
「え?」
「だから、受ける条件にわざと無理難題を出したんだ。絶対正義と処分人も誘えとね。そしたら、まさか本当にシュウとフィーアを雇ってきたんだから、断れなくなってしまったよ」
とか言いながら、どこか満足そうにアインスは笑う。
「ただフィール・カード1枚を奪うのに業者を3人も雇うって、どんな依頼人なのそれ」
私が訊ねると、
「いや。それはちょっと違うな」
アインスはいった。
「誘われたんだ。組織に加入して欲しいと」
「え、それじゃあいまアインスは」
「ああ」
アインスはうなずき、
「いまの私たちは個人じゃない。ある組織の構成員だ。非正規の所属ではあるけどね」
「ちょっ、待っ」
「そして、いまの私たちの雇い主からハングド宛に伝言を預かっている。『私たちの組織の名を掴んでみせろ』だそうだ」
伝言。いや、それってむしろ挑戦状の類じゃ。
「ただ、これだけは言いたい」
アインスがいった所で出口に辿り着いた。アインスは戸に手を伸ばし、
「雇い主は、
言いかけた手が止まった。
扉を開けた先で見える公園で、いま正にフィーアが第三者を撃っていたのだから。
しかも、撃たれた子には見覚えがある。一本の三つ編みに眼鏡姿の一見文系らしい少女。確か名前はフェンリルといったはず。その彼女が、喉元と胸に銃弾を受け、まるでスローモーションのように、その場で倒れたのだ。
「……」
そのフィーアが、そのまま茂みの先に手を伸ばし、指を鳴らす。直後、それだけの小さな音がフィールで膨張し、破壊音波のようになって辺りを破壊。すると、ユニオン・ジャックふたりをフィールのバリアで護る木更ちゃんが顔を出した。
「ターゲット発見。処分かい――」
そのままフィーアが銃を3人に向ける。そこを、
「開始すんな!」
“絶対正義”シュウがジャンプキックで蹴り飛ばした。
「何するのですか、シュウ」
地面に倒れつつ首だけ起こしフィーアがいうと、
「それはこっちの台詞だ。あれだけ殺傷するなと言われてるだろうが」
「問題ありません。これは処分ですから」
「屁理屈いうな!」
「? 屁理屈とはどんな効果ですか? いつ発動する?」
「カードじゃねえよ」
「いえ、私は作戦名を聞いただけで」
「もういい黙れポンコツ!!」
なんてやり取りしてる間に、私とアインスは皆の下へ向かう。そして、
「シュウ、フィーア」
と、アインスが叫ぶと。
「アインス!」
シュウが反応する。
「良かった、無事だったのか。って何でおまえ敵と一緒にいるんだよ!」
「その事なんですけど。鳥乃」
「ん」
私はアインスとアイコンタクトを交わすと、互いに銃で急所を狙いあう。
「なっ」
驚くシュウ。
「鳥乃せんぱ、えっ」
一歩遅れて木更ちゃんも私たちに気づき、現状を見てやっぱり驚く。
アインスがいった。
「悪い、デュエルで同時討ちになってしまってね。作戦で死傷者を出すわけにもいきませんから、ひとつ私と鳥乃で賭けに出ることにしました」
「賭け、ですか?」
訊ねるフィーア。「はい」とアインスはいい、
「現状を見て分かる通り、私たちは互いに引き金を引くだけで相手を殺せる状態にある。ですから、私たちが合流した時点で、カードを所有していた側を勝者とし、負けたほうは潔く身を引くことにしま」
と、伝えようとした所、フィーアは私に発砲しだした。
「ちょっ」
私が避けると、アインスが。
「フィーア、一体何を」
「互いが互いを殺せる状態にあるのなら、ターゲットがアインスを殺す前に私が処分すればいいのですよね?」
「馬鹿野郎!」
シュウ、フィーアに今度はかかと落し。
「互いが互いを殺せる状態ってのは言葉のあやだ! おまえがそうやってすぐ人を殺すから、アインスが協定を組んできたんだろうが」
その言葉にフィーアは痛む頭をさすりながら、
「なるほど。分かりませんけど分かりました」
「で、賭けはアタシらの負けだ。そこも理解したか?」
するとフィーア。
「え?」
「は?」
「……。…………わかりました」
「おい理解してないだろ」
大きなため息を吐くシュウ。
「すまねぇアインス。例のカードはまだあいつらの誰かが持ってる」
「そうか」
アインスはいい、
「賭けは私の負けみたいだ。鳥乃」
「二重の意味でね」
私はフェンリルの傍に寄り、
「犠牲者も出ちゃったわけだしね」
「……ええ」
表情を落とすアインス。
シュウは被害者の下に駆け寄って脈を測り、
「駄目だ。心臓が停止してやがる。どうすんだよおい! アタシは嫌だぞ、このまま放置するのも、不正に遺体処理するのも」
「処理するしかないでしょう」
アインスは懐からカードを取り出し、シュウに渡そうとする。そこを、
「ちょっと待ってくれない?」
私は制止していった。
「アインス、そしてあなたは絶対正義のシュウよね? ここでひとつ交換条件といかない?」
「そういえばテメェは?」
訊ねるシュウに、私はいった。
「ハングドの鳥乃 沙樹よ。巷では」
「ゲッ、レズの肌馬」
こちらが言う前に、シュウは仰け反る。
なんて失礼な人だ。今度ホテルで私の安全さをしっかり教えてあげないと。見た所年齢も問題なさそうだし。
アインスがいった。
「それで、交換条件というのは?」
「この子の遺体、こちらで預からせて貰うわ。試してみたいことがあるからね」
「まさか、屍姦!?」
と、反応するシュウに、
「いやレズだからって美女なら死体でも犯したいとかあんまり無いから」
「少しはあるのかよ」
「それはともかくとして」
と、はぐらかし。
「その代わり、ラッキー・ストライプからは完全に手を引いて頂戴? 一度撤退し時間を改めて取りに行くとかそういうの一切ナシで」
「アタシはOKだ」
シュウがいった。
「その代わり、被害者を出した責任自体を放棄するつもりは無ぇ。もし死より悲惨なことしたら、いまの取引は即刻解除だ。いいな?」
「分かったわ」
「勿論、被害者に手を出すのもナシだからな」
「そこも心配ないわ」
こうして改めてフェンリルを見ると、彼女はなんとなく中学生くらいな気がするのだ。
「アインスは?」
「勿論OKだ。フィーアもそれでいいかい?」
「分かりました」
と、フィーアもうなずく。
「なら、私たちは退散するとしよう」
アインスが仲間ふたりにアイコンタクトを取りいった。そして、
「鳥乃、せっかく交戦したのだから、ひとつ君の上司に伝えておいてくれないかい?」
と、アインスはいったのだった。
「私たちアインス、シュトゥルム、フィーアの三人は、これよりある組織の下で『ハイウィンド隊』を組むことになった、とね」
――現在時刻、深夜2:30
「つまり、その出来立てほやほやの『ハイウィンド隊』に宣戦布告されたわけね」
通信機超しの高村司令に私は、
「まあ、宣戦布告っていうわけでもないけど。アインスの言葉を信じるなら優先的に敵対する気なさそうだし」
「いやあっちになくても私らにあるから」
まあね。フィーアに構成員をひとり殺されたんだから。
私だってアインスやシュウと共闘はしても、フィーアだけはお断りって話。
「しかしその『ハイウィンド隊』ってのはどこ所属なのよ全く。アインス・ハイは私も欲しい人材だったのに」
「今更だけど、何でハングドは人格に問題ある人を優先的に欲しがるの?」
「私の組織だから」
納得するしかない。
「ま、じゃあ引き続き何かあったら報告よろ」
司令が通信を切った。私は後ろを振り返って、
「それで、フェンリルはなんとかなりそう?」
訊ねると、後ろにいた森口博士と
「今すぐというわけにはいきませんが、なんとかしましょう」
現在、私たちはユニオン・ジャックと共に田村崎研究施設、つまり私を半機人にした施設の廊下にいる。
試してみたいこととは、この施設の力を借りることだった。
フェンリルは自分のことをプライドの作品と呼んだ。そして同じくプライドの作品であるミストランはクローン人間。つまり彼女も何かしらの技術をうけて生誕している可能性が高い。それなら、田村崎研究施設の科学力なら、フェンリルの人体構造を解析して蘇生させることも可能かもしれない。そう思ったのだ。
「つまり、助かる可能性はあるのね」
「ええ、鳥乃さんの目論見通り」
と、小杉さんはいった。
「ですが心臓が止まってるのも確かです。蘇生の見込みは五分五分より悪いと思って考えてください」
「分かってるわ、ありがとう」
私は自販機でホットドリンクを4つ買って、
「じゃあ、私たちは先に戻るわ」
と、後ろにいた木更ちゃん、ユニオン・ジャックの3人に、
「好きなの取ってって。奢るわ」
「サンクスデス」
予想通り、アメリアさんはストレートティー、グレイスちゃんはミルクティーと、姉妹は紅茶系を真っ先に選んでいった。
続いて木更ちゃんがゆずのホットドリンクを取ったので必然的に私はホットコーヒー。
木更ちゃんがドリンクを一口飲んで、いった。
「よかったですね。フェンリルさんの件」
「まだ安心はできないけどね」
移動中、木更ちゃんから話を聞いた。曰く、黒山羊の実もラッキー・ストライプを狙ってたこと。そして、フェンリルは木更ちゃんの囮になる為にフィーアの前に立ったらしいこと。私たちとユニオン・ジャック相手なら後で奪えばいいからって話らしいけど、それが理由ならもっと狡賢い選択もできたはず。
友達の友達を助けようとした。それが彼女の本当の理由なんだろう。私はそれを信じたい。
「さてと」
私はコーヒーのプルタブを開け、
「じゃあ、後はカードをふたりの依頼者に届ければ任務完了ね。どこまで手伝えばいい?」
「え、どこまでッテ」
アメリアさんが驚き、続けてグレイスちゃんが、
「まだ手伝ってくれるのデスか? 確か依頼はカードを手に入れるまでだったはずデス」
「ハングドはアフターフォローも重視してるのよ」
私はいった。
「何よりハイウィンドに加え黒山羊の実とふたつも組織が狙ってるのよ。ここでおさらばしたら、絶対どっかで狙われるじゃない」
「それに、おふたりの依頼者から『ドラゴン・キャノン』を頂くチャンスでもありますから」
ふふっと笑顔でいう木更ちゃん。言えない、そんな狡賢い策は考えてなかったなんて。
「なるほどデス」
納得するユニオン・ジャックのふたり。
「でしたら、早速同行を」
と、アメリアさんがいった所だった。
突然、施設が激しく揺れだしたのだ。
「What? oh..No! 地震?」
驚くアメリアさん。
森口博士が、
「み、皆さん。避難を、この施設は耐震はできておりますから、大丈夫とは思いますが」
とはいうものの、横揺れとはいえ地震あまりに激しく、そして突然すぎて「机の下に隠れる」的な行為さえできそうにない。
「Wow! ガッ」
そんな内に、まず松葉杖のアメリアさんが姿勢を崩し、壁に体をぶつけてしまう。
何か適当な所に捕まりたい所だけど、揺れが激し過ぎてそれさえままならない。反面、不幸中の幸いにここが廊下だったので落ちてくるものはないが、それでも自販機やベンチはあるし、各ドアの先から色んなものが雪崩出てくる危険性はある。
「鳥乃先輩」
《クリフォート・アーカイブ》を召喚し、上によじ登って避難した木更ちゃんが、アメリアさんに手を伸ばし救出に出ながらいった。
「この地震なんだか変です。一向に収まる気配が」
「もしかして、フィール攻撃?」
私がいうと、森口博士はハッとなり、
「制御室にアンチ・フィール装置がある。誰かがそれを起動できれば」
「なら、それこそ木更ちゃん!」
「はい」
アメリアさんがアーカイブにしがみついたところで、木更ちゃんがデュエルディスクで施設のコンピュータにハッキング開始。さすが研究施設のセキュリティなので時間は掛かったものの、5分か10分か。突如辺りが緑色の光に覆われ、
「起動しました」
と、木更ちゃん。同時に地震もピタッと止まった。
「誰かが襲撃してきたのかもしれません。僕たちは室内に侵入してないか調べますので、鳥乃さんたちは外をお願いします」
と、小杉さんがいうので。
「分かった。木更ちゃんはグレイスちゃんとアメリアさんを、どこか施設で一番安全な場所に誘導して頂戴。外は私ひとりで向かうわ」
「私もいきます! と、言いたい所ですけど分かりました。通信は常に繋いでおいてください」
ただ庇護したわけじゃないと察してくれて嬉しい。
「言われなくても」
私はいって、外に出た。そこを一筋の火花が私を襲う。
「っ、うわ!」
咄嗟にフィールのバリアで護ったつもりだった。しかし、火花は着弾と同時に大爆発を起こし、私は巻き込まれる。アインスとのデュエルでフィールを全損してしまったせいで、一応自然回復分の発動はしたけど、この一撃を防ぎきるには足りなかったのだ。
施設で借りたポンチョが焼き焦げ、私の体はパンティ1枚を残してすっぽんぽんに。しかも肌の一部が火傷というおまけつき。
「っ」
誰? と視線を動かす必要はなかった。真正面からフィーアがショットガンを構えてたからだ。
「処分」
フィーアがショットガンの引き金を引く。すると、先ほどの火花が。
今度被弾したら絶対にやばいので私は避ける。
フィーアが使ってるのは恐らくドラゴンブレス弾。それをフィールで強化してるのだ。
「フィーア、早速約束を破るとはいい度胸してるじゃない」
言いながら私は2・3発ほど腕に内蔵してる銃で発砲。それをフィーアはその場で宙を殴り、幾らフィールなしの弾丸とはいえフィールを用いた拳圧で銃弾を纏めて弾き落すバケモノじみたことをやってのけ、
「別に約束は破ってません」
と、今度は宙を一振り引っ掻く。それをフィールでかまいたちにして攻撃してきた。私は内蔵のワイヤーを屋根に引っ掛け、上空へ避けながら、
「だったら、何で襲撃してるって話なんだけど」
膝に内蔵したミサイル発射。そのまま屋根に登って走りながら腕の銃で狙う。フィーアはミサイルをフィールバリアで防ぎつつ、再びドラゴンブレス弾を発射しながら、
「取引の内容はラッキー・ストライプから一切手を引くという内容だったはず。なら、カードは二の次にしてターゲットを殺処分すればいいだけのこと」
「なんて屁理屈。さすが処分人って話ね」
火花を避けながら、私は施設の後ろに飛び降りた。もちろん、ワイヤーを使って安全に。
そして息を殺し、フィーアが私を探して施設の裏側にくるのをじっと待つ。
「……」
しかし幾ら待ってもフィーアがやってこない。どうして、と思った所にデュエルディスクから木更ちゃんの通信が。
『鳥乃先輩、処分人が施設への侵入を開始しました』
「うげっ」
そっか。彼女のターゲットは私だけじゃないのだ。
ここで私を追いかけるのではなく、後回しにして残りのターゲットを優先しに行くとは。そうされると私もフィーアを追いかけるしかないのだから、成る程いい判断をしてくれる。
「分かった。すぐに追いかけるわ。ルートの指示をお願い」
しかし、木更ちゃんは、
『いえ、先輩は待機してください』
「え? どうして?」
『ごめんなさい、私もうっかりしてました。先輩のフィールが一度空になってたことに気付かなかったなんて。いま、そんな先輩を危険な場所に送らせるわけにはいきません』
「大丈夫だから」
私はいった。
「私ならフィールがなくても、全身に内蔵した武器である程度戦えるから。それに依頼人やここの人たちが危険に晒されてるのに逃げるわけにはいかないでしょ」
『ですけど、駄目です』
と、木更ちゃん。そこへ、
「いや、案内して」
後ろから、誰かが私たちの会話に割り込んできた。
「え」
私は振り返る。そこには、
「処分人の処分は私がやっとくわ」
黒山羊の実のミストランが、デュエルディスクを装着した姿で立っていたのだ。
「で、実際の所なにしに来たの?」
フィーアを追いかけ、施設に突入しながら、隣を走るミストランに訊ねる。
正直、頼もしいことこの上ないけど、それ以上にゾッとした。
ミストランが強いのは認める。高村司令のクローンなのだから、人格面も過ぎる程に自由ではあれど悪じゃないだろう。しかし、彼女は私を一度殺しかけ、増田を殺し、前日まで彼女サイドだったアンちゃんも未遂とはいえ殺そうとしたのだ。
そんな因縁の相手が、一時的とはいえ共闘を申し出たなんて。
「もちろんフェンリルの迎えよ」
ミストランがいった。
「ついでにフェンリルに危害加えた奴に制裁を加える為? ま、そんな所だから。フェンリルが何の任務であんたたちと接触したか言わないでくれると嬉しいわ」
「え?」
普通、逆じゃないの? と、思ってたら、
「それ知ったら私が引き継がないといけないから、任務」
「なるほどね」
どんな裏があって、そんなことを言ったのかは分からない。ただ、あちらから敵対したくないと言ったのだから、こちらとしてはそれに従う他ない。
いや、彼女に頼る他ないほど私たちは追い込まれてるのだ。
『次の道を右に曲がった所に処分人がいます』
木更ちゃんがデュエルディスク越しにいった。
『なるべく急いでください。研究員二名と交戦中です』
「ちょっ」
これはやばいと私は隣に視線を向ける。しかし、そこにはすでにミストランの姿はなく、
(え)
視線を前に戻すと、猛スピードで走り抜けたミストランが、一足先に右の道へと飛び込んでいた。
私も追いかけ右に曲がると、そこにはすでにフィーアに強制デュエルを仕掛けるミストランの姿が。直前まで襲われてたと思われる施設の研究員は、無傷とはいかないものの何とか無事の模様だった。
「“処分人”フィーアね」
ミストランがいった。フィーアは何でもなさそうに彼女に顔を向け、
「誰?」
「今だけハングドの協力者。ミストランよ」
「分かりました。処分します」
なんだこの会話。しかも、この突っ込みたくなるやり取りのままふたりは、
『デュエル!!』
と始めてしまったのだ。
ミストラン
LP4000
手札4
[][][]
[][][]
[]-[]
[][][]
[][][]
フィーア
LP4000
手札4
「私の先攻です」
フィーアは淡々といい、まずは手札から1枚のカードをディスクに差し込む。
「まずは永続魔法《地獄門の契約書》を発動。1ターンに1度、デッキからDDを手札に加える。効果で私は《DDバーゲスト》をサーチ。そして召喚する」
フィールドに現れたのは一匹の黒犬の姿をした悪霊。実はフィーアのデュエルに関する資料はまだハングドの資料にない。ミストランのデータも不足している以上、このデュエルはしっかり記録しておかないと。
「ステージ解放。開け、時空の扉」
フィーアがいった。すると、彼女の背後に電流が走り、空間に裂け目を作るようにリンクマーカーが出現する。
「召喚条件はDDモンスター1体。私は《DDバーゲスト》をリンクマーカーにセット。リンク召喚、目覚めろ《DD魔導賢者ゲイツ》!」
リンクマーカーから竜巻が出現し、バーゲストが取り込まれる。こうして出現したのは、0と1の数字だけで構成されたマントに体を包む、眼鏡をかけた一体の悪魔。
「《DDバーゲスト》はPモンスターの為、墓地ではなくエクストラデッキに。続けて手札の《DDスワラル・スライム》の効果。このカードと手札の《DDラミア》を墓地に送り2体を融合させる」
どうやらフィーアは融合使いらしい。再び次元に裂け目を作り、今度は融合の渦が出現すると2体のモンスターが混ざり合う。
「未来に流れる血よ、神秘の渦とひとつになって、新たな王を生み出せ。融合召喚! 目覚めろレベル6《DDD烈火王テムジン》!」
こうして出現した融合モンスター《DDD烈火王テムジン》は、間違いなくフィール・カードだった。それも、コピーでも後から科学技術でフィール化したものでもない、天然の。
「手札の《DD魔導賢者コペルニクス》を墓地に送り、墓地のチューナーモンスター《DDラミア》の効果。自身を特殊召喚」
しかし、フィーアは更に展開を続ける。って、いまさっきチューナーって?
「レベル6《DDD烈火王テムジン》にレベル1《DDラミア》をチューニング。次元の扉よ、疾風の速さを触媒に新たな王を生み出せ。シンクロ召喚! 目覚めろレベル7《DDD疾風王アレクサンダー》!」
「融合召喚に続いてシンクロ召喚!?」
私は、つい声をあげてしまった。そこをミストランが、
「融合、シンクロ、エクシーズ全部使う奴が何言ってるのよ」
「ま、まあそうだけど」
あれ? けどミストラン相手に融合は見せたっけ? どうやら黒山羊の実側も私の過去のデュエルのデータを持ってるらしい。
それはともかくとして、テムジンに続きこのアレクサンダーも見た所天然物のフィール・カードにみえる。
「《DD魔導賢者ゲイツ》の効果。このカードは自身をリリースして墓地のDDモンスターを手札に加える。かつ、それがエクストラデッキに戻る場合、かわりに特殊召喚が可能。私はゲイツをリリースし、墓地の《DDD烈火王テムジン》を特殊召喚」
こうして融合・シンクロそれぞれの上級モンスターがフィールドに。
「《DDD疾風王アレクサンダー》の効果。このカードが場にいて、DDが召喚・特殊召喚された場合に発動。墓地からレベル4以下のDDを特殊召喚できる。墓地の《DD魔導賢者コペルニクス》を特殊召喚」
まだ展開する気? 彼女の手札はとっくにゼロなのに。これでメインモンスターゾーンも全て埋まったのに?
「《DD魔導賢者コペルニクス》は召喚・特殊召喚成功時にデッキからDDか契約書を1枚墓地に送る。私は《DDユニコーン》を墓地に送る。このカードは墓地に送られた場合に私のライフを1000回復する。そして、エクストラデッキの《DDバーゲスト》の効果。私の場に融合・S・X・Pモンスターの内、2種類以上存在する場合、エクストラデッキ・墓地からこのカードを特殊召喚する。さらに、その後私のDD1体と同じにできる効果を使用し、レベルをコペルニクスと同じ4に」
フィーア LP4000→5000
これで、レベル4が2体。って、ちょっと待って?
「この効果で特殊召喚したバーゲストは、場から離れた場合に除外される。しかし、この方法なら問題ない。私はレベル4の《DD魔導賢者コペルニクス》と《DDバーゲスト》でオーバーレイ! 2体の悪魔族モンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築」
フィーアの足元に銀河の渦が出現し、コペルニクスとバーゲストが霊魂となって取り込まれる。
「次元の渦よ、この世を統べる王を生み出せ。エクシーズ召喚! ランク4《DDD怒濤王シーザー》!」
こうしてフィールドには融合・シンクロ・エクシーズそれぞれのDDDがフィールドに降臨した。それも全て天然のフィール・カード。
私はミストランにいった。
「さすがに私はあんな芸当できないから」
「え、出来ないの?」
なぜか残念そうにミストランがいい。
「ふーん」
と、フィーアに感心するようにいった。
「ってことは、あいつやるじゃん」
「まあ、相手はあの処分人だしね。見た目に騙されたら駄目って話よ」
と、私は返すものの。私ができないプレイングをしたから「やるじゃん」になるって。それだけ自分が強すぎて基準が分からないということなのだろうか。それとも、私がそれだけ評価されてる?
「私はこれでターン終了」
フィーアはいった。彼女の1ターンの間に、研究員はちゃんと逃げられたのが見えた。
ミストラン
LP4000
手札4
[][][]
[][][]
[]-[《DDD怒濤王シーザー(フィーア)》]
[][《DDD烈火王テムジン》][《DDD疾風王アレクサンダー》]
[《地獄門の契約書》][][]
フィーア
LP5000
手札0
「なら、私のターンね。ドロー」
ミストランはカードを引き、直後辺りが暗転し、暗闇を細切れに切り裂いて一体のモンスターが出現する。
「まずはフォトスラ」
ミストランが出したのは《フォトン・スラッシャー》。通常召喚できず、自分の場にモンスターがいない場合に特殊召喚できるモンスターだ。
「続けて、私の場のモンスターがフォトンかギャラクシーのみの場合、《
ミストランの前方にも八方のマーカーが出現し、
「召喚条件は光属性モンスター2体。私は《フォトン・スラッシャー》と《
2体のモンスターが霊魂の矢印となってマーカーに取り込まれると、現れたのは黄金色に輝く《サイバー・ツイン・ドラゴン》の姿。その攻撃力は2000。増田とのデュエルの中でスキル《リ・コントラクト・ユニバース》によって書き換えられたモンスターだ。
「さらに《
このカードは私とのデュエルでも出てきたギャラクシーモンスター。確か効果はレベル5以下のギャラクシーモンスターを蘇生させるものだったはず。
「《
これで、ミストランの場にはレベル4が2体。って、もしかして美術館から奪ったあのカードを!?
「私はレベル4の《銀河の霊術師》と《銀河の案内人》でオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築」
床に出現する銀河。2体のモンスターは霊魂となって取り込まれる。
「漆黒の闇より愚鈍なる巨乳に抗う反逆の牙!今、降臨せよ。エクシーズ召喚!殺れ、ランク4!《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》」
サイバー・タキオンのリンク先に現れたのは、下あごに巨大な牙を持つ黒い竜。
「ミストラン。あなた、まだこのカード使ってたのね」
てっきり、上に献上したものと。
「私じゃないと、こいつのフィールを引き出せないって分かったのよね。で、私のカードになった」
「え」
それって……。
クリアウィングを含む美術館の4枚のカードは、強大なフィールを保有しつつも、普通の人では殆ど引き出せないことが分かっていて、陽井氏は娘さんの為にも4枚のカードを使いこなせる人を探していた。その内のひとりがミストランだっていうの?
「《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の効果。このカードのX素材を2つ取り除いて効果発動。相手モンスター1体の攻撃力を半分にし、その数値だけダーク・リベリオンの攻撃力に加える」
「なっ」
ここで、ずっと最低限の受け答えしかしなかったフィーアが初めて反応した。
《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》 攻撃力2500→3750
《DDD疾風王アレクサンダー》 攻撃力2500→1250
攻撃力が半減するアレクサンダーと、逆に攻撃力の膨れ上がるダーク・リベリオン。相変わらず凶悪な効果だ。しかも、確か私はこのモンスターのフィール攻撃を防ぎきれず、結果的に一度片足を失う事態になったんだっけ。
って、やばい。
「ミストラン。さっき一応“いまだけハングド協力者”を名乗ったんだから、殺しちゃ駄目よ?」
「え?」
固まるミストラン。やっぱり殺る気だった。
「え?」
しかも、なぜかフィーアのほうからも。しかもこちらからは、
「デュエルとは殺しあいではないのか?」
と、色々ブッ飛んだ言葉が。
「いや、そこは私も違うというけど」
さすがのミストランもフィーアの言葉を否定はしたものの、
「とはいえ正気? 相手は処分人よ? 幾ら一度フィールを全損させても、一度狙った獲物は死ぬまで殺しにくるわよ」
「前ならね。けど、いまは本来あのお子様は容易に人を殺したらいけない環境にあるはずなのよ。ちゃんと死者を出さず最後まで協力してくれたら、報酬代わりとしてその件についてあなたに情報提供するわ」
私がいうと、
「ま、情報に興味はないけど。分かったわ」
ミストランはいった。
『ま、待ってください』
そこへ木更ちゃんからの通信。
『黒山羊の実に情報提供するのですか?』
「そうなるかはミストランの自由よ。だって私が情報提供するのは組織じゃなく個人だし」
何より、事情次第ではゲイ牧師以外の黒山羊の実だって共闘の意志があると分かったのだ。ここでコネ作っておくのは悪くない。増田の仇という私個人の恨みは抑えるとして。
「悪いけど、フェンリルとグラトニーには言うわ」
ミストランはいった。
「ただ、殺したら駄目なら予定は変更ね。《
「ちょっ、え?」
私はつい聞き返しそうになった。《RUM-デス・ダブル・フォース》ってRR専用のRUMじゃない。
「大丈夫よ、問題ない」
しかしミストランはいう。どこか古いネタみたいな台詞にも聞こえるけど。
「あ、そだ2つほど忘れてたわ」
と、ミストランは思いだしたようにフィーアに向けて、
「まずひとつ。《サイバー・タキオン・ドラゴン》は自分のリンク先のモンスターの数だけ攻撃力が400アップ。これにより攻撃力2000のサイバー・タキオンは攻撃力2400になったわ。で、ふたつ目が大事なんだけどさ」
なんて改まった様子で。何を言うのかと思いきや、
「処分人、さ?」
「何ですか?」
「
出た。それ、フィーアにまで聞くの?
するとフィーアは真顔で、
「何の言語だ、それは」
「いや普通に英語だけど」
「日本語かドイツ語でお願いしたい」
ドイツ語は分かるんだ。
「……。……アンタは巨乳派? それとも貧乳派?」
日本語で言い直すミストラン。しかし今度は。
「何々派とはなんだ?」
「なら言い換えるわ。アンタは巨乳と貧乳どっちが好きでどっちが嫌い?」
「好き嫌いとはどんな効果だ、いつ発動する?」
「アンタの好みが分かるという効果よ」
「好みとはどんな効果だ、いつは――」
「もういいわ」
あ、あのミストランが折れた!?
「バトル。《サイバー・タキオン・ドラゴン》でアレクサンダーとテムジンにそれぞれ攻撃」
ミストランが宣言すると、フィーアのモンスター2体にそれぞれ、アンを重体に追い込んだ光線ブレスが放たれた。
ブレスがモンスターを貫き、そのままフィーアの下へ飛来する。それは明らかにフィールでリアル化してて、
「待っ、ミストラン!」
まさか、あれだけ言ったのに殺す気? しかし、止めるなんてことは敵わず、ブレスはフィーアに当たり、爆風が舞い上がる。
フィーア LP5000→3850→3450
「いや、殺す気はないから安心して」
ミストランがいった。
「ただ手足を一本ずつ折って、しばらく人殺せない状態にしてやろうと思ったんだけど、さ」
とか、恐ろしいこと言う中。爆風の中からフィーアが出てきた。その様子は全く無傷であり、
「私フィール量には自信あるはずなんだけど、防がれたわ」
と、少し残念そうなミストラン。フィーアから反応はまるでなかった。やはり余計な事は喋らないタイプらしい。もしくは、いままでの彼女の言動から、常識とかコミュニケーションとか感情とか嗜好とか、そういうものを知らずに今日まで育ってきたのかもしれない。
「なら、続けてダーク・リベリオンでシーザーに攻撃」
続けてダーク・リベリオンが床スレスレを低空飛行しつつ、下顎の牙でシーザーを両断。その直前、
「オーバーレイ・ユニットをひとつ取り除き、シーザーの効果発動」
と、フィーアはいい、モンスター効果が発動された所でシーザーは破壊される。
フィーア 3450→2100
「シーザーの第二の効果。このカードが場から離れた場合、デッキから契約書を1枚手札に加える。私は《戦乙女の契約書》を手札に」
フィーアの手札に契約書カードが加わる。しかし、その効果は第二の効果によるもの。第一の効果は発動が間に合わなかった様子はなかったのだけど、現状さっきの効果で様子が変ったようには見えない。
「ターン終了よ」
ミストランがいった。すると直後、フィーアの前に3つの次元の穴が開き、そこからテムジン、アレクサンダー、シーザーがそれぞれ現れたのだ。
「怒濤王シーザーの第一のモンスター効果。このターンに破壊されたモンスターをバトルフェイズ終了時に、墓地から可能な限り蘇生する」
ちょ、それ何て効果よ。
「ふぅん」
しかし、ミストランは特に驚いた様子を見せず、
「で、デメリットは? まさか2体素材のランク4程度がそんな効果デメリットもなしに持ってるとも思えないけど」
「次の私のスタンバイフェイズ時、私はこの効果で特殊召喚したモンスターの数×1000ダメージを受けます」
なるほど。だからミストランは驚きもしなかったのか。そして、フィーアが蘇生したモンスターは3体。つまり3000のダメージがフィーアに入るわけだけど、現在フィーアのライフは2100。このまま通ったらミストランの勝利になる話で。
ミストラン
LP4000
手札2
[《伏せカード》][][]
[][《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》][]
[《サイバー・タキオン・ドラゴン(ミストラン)》]-[]
[《DDD怒濤王シーザー》][《DDD烈火王テムジン》][《DDD疾風王アレクサンダー》]
[《地獄門の契約書》][][]
フィーア
LP2100
手札1
「私のターン」
フィーアはカードを1枚引き、
「ここで私はシーザーの効果で3000ダメージ、さらに《地獄門の契約書》の効果でさらに1000ダメージを受ける」
計4000ダメージ。初期ライフでも終わる数字である。
「ですが、私がここで《DDユニコーン》を除外して効果を発動。このターン、私は自分のカードの効果でダメージを受けない」
「やっぱり対策してあったわけね」
私は呟く。しかし、《DDユニコーン》の効果はそれだけでは終わらず、
「さらにユニコーンは自身が除外された場合に手札の契約書を発動する効果を持つ。永続罠カード《戦乙女の契約書》を発動」
ここでフィーアの場に新たな契約書カードが。
「《戦乙女の契約書》もスタンバイフェイズ時に1000ダメージを受ける効果を持つ。しかし《DDユニコーン》の効果でダメージは受けない。そして、手札から2枚目の《地獄門の契約書》を発動」
これでフィーアの魔法・罠ゾーンが3枚の契約書で埋まってしまった。これでフィーアは以後最低でも毎ターン3000ダメージを受けることに。
「2枚の《地獄門の契約書》の効果。デッキから《DDユニコーン》と《DDD覇龍王ペンドラゴン》を手札に加える」
と、思ったら再び手札に《DDユニコーン》のカードが。
「《戦乙女の契約書》の効果。この契約書は1ターンに1度、手札のDDか契約書を墓地に送ることでフィールド上のカードを1枚破壊する。私は《DDユニコーン》を墓地に送ってダーク・リベリオンを効果破壊」
《戦乙女の契約書》から光の奔流が放たれ、ダーク・リベリオンが浄化されるように破壊される。
「ダーク・リベリオンがいなくなった事により、サイバー・タキオンもリンク先のモンスターを失い攻撃力が400下がるはず」
フィーアの問いにミストランは、
「その通りよ」
うなずく。
《サイバー・タキオン・ドラゴン》 攻撃力2400→2000
「そして、《DDユニコーン》が墓地に送られたことで、私は1000ライフ回復」
フィーア LP2100→3100
何だかんだで気づけばフィーアのライフは初期ライフに近い数値に戻っていた。この子供、何だかんだで攻めも守りもかなり優れてる。もしデュエルしたのが私だったら負けていたかもしれない。
だけど、ミストランが負ける図は想像できなかった。
「バトル。《DDD怒濤王シーザー》で《サイバー・タキオン・ドラゴン》を攻撃」
フィーアの宣言を受け、シーザーがサイバー・タキオンに向かうも、直後ミストランは手札を1枚墓地に送って、
「手札の《クリフォトン》の効果を発動。このカードを捨て2000ライフ払うことで、このターン私が受けるダメージを0にする」
と、サイバー・タキオンこそ破壊されるも、このターンにミストランのライフが削り切られることはなくなった。
ミストラン LP4000→2000
「ターンを終了します」
フィーアは、少しだけ悔しげにいった。
ミストラン
LP2000
手札1
[《伏せカード》][][]
[][][]
[]-[]
[《DDD怒濤王シーザー》][《DDD烈火王テムジン》][《DDD疾風王アレクサンダー》]
[《地獄門の契約書》][《戦乙女の契約書》][]
フィーア
LP3100
手札1
「私のターン、ドロー」
ミストランはカードを引き、確認すると、
「ふぅん、ここできたか」
と、つぶやきいてから、
「あ、えっと鳥乃だっけ?」
いきなり私に話しかけてくる。
「ん、なに?」
「いまデュエルして何分くらい経った?」
「えっと」
言われて時間を確認しようとした所、
『約20分です。先輩』
と、木更ちゃん。途中、割と雑談とかあったから思ったより時間が経過していた。
「なら、十分ね」
ミストランがいった。
「え、どういうこと?」
訊ねると、
「時間稼ぎよ。その位時間経ってれば、施設の人らも大体フィーアから避難するなり非常口から脱出してるでしょ。
「え!?」
私は驚き、続けて木更ちゃんも、
『た、確かに。施設の方たちの避難は完了しています。依頼人のおふたりも既に施設にはいません。ですけど、処分人を相手にまさかそこまでして下さったのですか?』
「何となくよ。それに、最初は時間稼ぎなんて考えず後攻1ターン目にワンキルで殺す気だったし」
うわ。ミストラン、前のターンですでに倒そうと思えれば倒せたんだ。
「けど、もう終わらせるわ」
「ですが、ここで《戦乙女の契約書》の効果」
突然フィーアがいった。
「《戦乙女の契約書》は、相手ターンの間、私の悪魔族モンスターの攻撃力を1000ポイントアップさせます」
《DDD烈火王テムジン》 攻撃力2000→3000
《DDD疾風王アレクサンダー》 攻撃力2500→3500
《DDD怒濤王シーザー》 攻撃力2400→3400
ミストランが倒す宣言した矢先、いきなりフィーアの3体のDDDは揃って攻撃力3000超えの化け物へと姿を変える。
しかし、
「関係ないわ。その雑魚モンスターと一緒に地獄に逝け」
関係なかった!!!
ミストランはいい、指一本の上に《RUM-デス・ダブル・フォース》を立て、フィールを用いてくるくる回しだす。この動作は確か、《サイバー・ツイン・ドラゴン》を《サイバー・タキオン・ドラゴン》に変えたときと同じもの。
そして、もう片方の手でディスクを操作し伏せカードを起動し、
「スキル発動! 《RUM-デス・ダブル・フォース》よ、過去へ渡り、より
前のターンに破壊されたダーク・リベリオンが再び姿を現す。すると、指先でくるくるされてたRUMが別のカードに姿を変え、
「速攻魔法《RUM-タキオン・ダブル・レイズ》を発動!」
さっきまでデス・ダブル・フォースだった魔法カードが発動される。
「このカードは墓地のドラゴン族Xモンスターが特殊召喚された場合に発動可能。そのモンスターを倍のランクを持つタキオンモンスターにランクアップさせる」
ダーク・リベリオンのランクは4、その倍であるランク8のタキオンといえば。
「リ・コントラクト・ユニバース! 殺れ、No.107! 宇宙を貫く巨乳撲滅の雄叫びよ、遥かなる時をさかのぼり銀河の源よりよみがえれ! 顕現せよ、そしておっぱいこのやろう!
ダーク・リベリオンが霊魂となって銀河の渦に取り込まれると、ナンバーズを示す107の数字が浮かび上がり、そこから一体のギャラクシーアイズが姿を現す。その攻撃力は3000、そして恐らくミストランの真のエースモンスター。
「出た」
ついに現れたこのモンスターに私は呟くも、
「けど、これでどうするのって話だけど。フィーアのモンスターの攻撃力は全員、いまのギャラクシーアイズより上だけど」
「あ、そっか。アンタはまだ時空竜自体の効果は見てなかったっけ」
そういえば。タキオンをサポートするカウンター罠のほうは印象に残ってたけど。
「関係ないのよ。幾ら効果で強化してもコイツの前には」
ミストランはそういって、
「バトルフェイズ開始時、《No.107 銀河眼の時空竜》のオーバーレイ・ユニットを1つ使い効果発動」
私の目の前で、初めてその効果を行使した。
「この効果によって、このカード以外のフィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの効果は無効化され、その攻撃力・守備力は元々の数値になる。つまり、《戦乙女の契約書》で強化されたアンタの雑魚モンスターの攻撃力も」
ミストランが効果説明する間に、3体のDDDに表示された攻撃力がどんどん減退を始め、
《DDD烈火王テムジン》 攻撃力3000→2000
《DDD疾風王アレクサンダー》 攻撃力3500→2500
《DDD怒濤王シーザー》 攻撃力3400→2400
「こうなるわ」
と、いった時には、3体の攻撃力はすべて銀河眼の時空竜の攻撃力を下回っていた。
「バトル。時空竜で《DDD怒濤王シーザー》を攻撃」
時空竜のブレス攻撃によって、まずはシーザーが飲み込まれ、墓地へ還される。
フィーア LP3100→2500
「《DDD怒濤王シーザー》の効果。このカードがフィールドから墓地に送られた場合、デッキから契約書カードを手札に加える。この効果は墓地から発動される効果だから発動可能。デッキから3枚目の《地獄門の契約書》を手札に」
「なら、私も銀河眼の時空竜第二の効果」
「えっ」
あのモンスターに、他にも効果が?
「銀河眼の時空竜が効果を使ったターンのバトルフェイズ中、相手がカードの効果を発動させる度に。このカードの攻撃力は1000ポイントアップする」
《No.107 銀河眼の時空竜》 攻撃力3000→4000
フィーアがシーザーの効果を使ったことで、時空竜の攻撃力がアップし、
「そして、この効果で強化された時空竜は、このターン2回目の攻撃を行うことができる」
しかも連続攻撃!?
「バトル。私は続けて《No.107 銀河眼の時空竜》で《DDD烈火王テムジン》に攻撃」
2発目のブレスが、今度はテムジンを墓地へ還す。
フィーア LP2500→500
しかし、フィーアのライフは残ってる。
「……良かった」
呟くフィーア。
「でさ」
そこを、ミストランはいった。
「処分人、アンタいま『良かった。私のライフはまだ残ってる。これで次のターン《戦乙女の契約書》で目の前のトカゲを倒し、アレクサンダーの一撃で処分完了』とか、ロマンチストなフラグ考えてたりしてない?」
「ッ」
フィーアの顔が硬直する。図星のようだった。
「残念だけど、アンタのターンはないわ。速攻魔法カード《RUM-ドラゴン・レイズ・ラッシュ》発動!」
このターンにドローした、ミストラン最後の手札がディスクに挿しこまれる。しかも、RUMということは。
「このカードは私のターンのみ発動できる速攻魔法。私の場のドラゴン族Xモンスター1体を、ランクの1つ高いドラゴンにランクアップさせる」
ミストランは、《No.107 銀河眼の時空竜》を更にランクアップさせる気だということだ。
「私は《No.107 銀河眼の時空竜》1体でオーバーレイ・ネットワークを再構築。エクシーズ召喚! 殺れ、CNo.107! 逆巻く銀河を貫いて、ホルスタイン生ずる前より蘇れ。永遠を超える巨乳撲滅の星! 顕現せよ、そしておっぱい死すべし、慈悲はない!!!
現れたのは、まるでキ〇グギドラを連想させる長い三首の黄金の龍。その攻撃力は4500と《青眼の究極竜》と同等。
「で、処分人。こいつの攻撃を止める手段は?」
「……ありません。私の負けです」
「そ。なら超銀河眼の時空龍でアレクサンダーに攻撃」
ミストランが宣言すると、三つの首からそれぞれブレス攻撃が放たれ、アレクサンダーを過去に還すように破壊する。
フィーア LP500→0
今度こそフィーアのライフはゼロになった。
「ですが」
この一撃がフィール攻撃であることを読んでたフィーアは、フィールが全損する直前、片手の掌に全てのフィールを注いで時空龍の攻撃を受け止め。
「殺処分は執行する」
そのままフィール攻撃を受け流すようにして、私の懐に飛び込んできた。そして、デュエルが終了時彼女のフィールがゼロになったと同時に隠し持ってたナイフで私の喉下へ刺殺を狙う。
まあ、私も読んでたんだけどね。
私は喉を片腕で庇い、ナイフで刺されながら、もう片方の腕に内蔵してあるワイヤーをフィーアの喉に巻き付ける。
「一切の武装を解いて頂戴。余計なことをしたらワイヤーであなたの喉絞め殺すから」
「ッ」
しかし、フィーアは武装解除はせず私を睨みつけるまま。恐らく諦めず一瞬の隙を狙ってるのだろう。もしくは、自分の死を重く考えてないのか。
ミストランが近づく。それを私は、
「骨折処分はちょっと待って」
と、制止し、
「フィーアちゃん? ほんと、武装解いて投降してくれない? そうしたらアインスに引き渡すだけだから」
「ありえません、その程度で済むなんて」
睨みつけたまま、フィーアはいう。
「……はあ」
しばらく視線を合わせ警戒した後、私は一回ため息を吐く。
「だから子供は嫌いなのよ。こいつは殺戮者で、すでにハングドのメンバーも殺されてる。だけど、子供ってだけである程度は許されてしまうし、ハングドとしては裁いちゃいけないのよね」
「裁けない?」
フィーアの目が「何故だ」という問いかけに変る。本当に、何もわかってないのだ。このガキは。
私は彼女の問いに応えず、
「木更ちゃん。私のタブレットの電話帳にハッキングしていいからアインスと連絡取って頂戴。迷子の仔犬を迎えにこいって」
すると、
『すでに司令からの指示でさせて頂きました。もうじき到着するそうです』
恐らく木更ちゃんのほうから司令に連絡を取ってたのだろう。仕事が早い。
私はポーズだけ「ほっ」とした様子でミストランに顔を向け、警戒を解かないまま。
「助かったわミストラン。保護者がきてくれるそうだから、これで何とかなりそうよ」
すると、ミストランとは別の位置から。
「保護者とは誰のことだい?」
「アインスとかいう名のバイ王子よ」
私はいい、続けて、
「遅かったじゃない」
あえて「いつからいたの」的なノリはせず、到着していたアインスに背を向けたまま声をかける。
「悪いね。まさに迷子の仔猫を探しに持ち場を離れてたんだ。おかげで連絡を受け取るのが少し遅れてしまったよ」
アインスは私の傍に歩み寄り、
「それより鳥乃、まだ服を着てなかったのかい。さすがに下着一枚はレディとしてどうかと思うよ」
と、私の肩に上着をかける。
「最初に服を駄目にしたのはアインスのほうじゃない」
「そうだったかな? まあ、それはそれとして」
「全然よくないって話だけど」
しかし、アインスは私との会話を打ち切り、フィーアの下へ。
「アインス」
フィーアがすまなそうにいった。
「申し訳ありません。任務を失敗した上、後始末もできずこのような」
「大丈夫だ」
アインスはフィーアの頭を撫で、
「もう、後始末なんてしなくていいんだから」
「え、それはどういう」
「それを正く伝えられなかった私のミスだ。おかげで君にこんな姿を晒してしまった。すまない」
「アインスは悪くありません。これは私の」
「鳥乃」
いきなり、アインスは私に向かっていった。
「彼女の拘束を解いてくれないか?」
「ん」
分かった、と私は彼女の首に巻き付けたワイヤーを緩め、回収する。
直後、フィーアは銃を抜くも、アインスが彼女の銃口に手を添えて、首を横に振る。
フィーアの銃が下を向いた。
「懐いてるのね、アインスに」
「ハイウィンドのリーダーは私だと伝えてあるからね。上には忠実なんだこの子は。ところで」
アインスはミストランに向かって、
「君はもしかして、黒山羊の実の」
「ミストランよ」
「やっぱり。君が相手なら、フィーアが負けるのも納得だ」
そう言いながら、アインスはフィーアの肩をやさしく抱く。
「まさか黒山羊の実まで。今回は様々な組織が同時に動いてしまったようだ」
「NLTとフィール・ハンターズが関わらなかったのは不幸中の幸いだったって所ね」
私がいうと、
「いや。どちらも関わってるよ」
アインスはいった。
「今回、私たちの組織はNLTと協力体制の下で動いてたからね。そして、ラッキー・ストライプの現在の持ち主はフィール・ハンターズの息がかかった人間だ」
うわ。
「つまりハングドは間接的にNLTと敵対してたって話?」
「さて、私たちはそろそろ失礼しようか」
あ、ちょっ。話はぐらかしてきた。それって肯定と受け取っていいのよね?
「鳥乃、今回の損害賠償諸々は私に送って欲しい。その後、こちら側みんなで何とか工面して払おう」
どうやら、本当にこれ以上情報を漏らさず帰る気らしい。仕方なく私は、
「分かったわ」
「それじゃあ、フィーア行こうか」
「了解しました」
こうして、王子と処分人改めハイウィンドは来た道を引き返し、施設を後にした。
「んじゃ」
ふたりの姿が見えなくなってから、ミストランがいった。
「早速だけど、報酬代わりの情報提供、聞かせて貰っても構わない? ハイウィンドとは何か、どうして処分人と王子が一緒なのか、とかさ」
「そういう約束だったわね」
私はうなずき、
「といっても、私たちも全貌を知ってるわけではないけど、実は――」
言いかけた所。
「その話、ボクも聞いてもいいかな?」
と、奥から女の子の声。
「え」
驚き、ミストランが振り向く。続けて私も。
そこには、喉に包帯を巻いたフェンリルが、森口博士と一緒に立っていた。
博士はいった。
「何とか、応急手当は完了しました」
続けてフェンリルが、
「迷惑かけて悪かったね、ありがとうミストラン」
「別に、アンタのためにしたわけじゃないし」
ミストランはぷいっと視線を逸らし、
「あの部屋から出る口実と、それとまあ暇潰しってやつよ」
なんて、すっごく分かりやすい照れ隠し。
私は、ふたりにハイウィンド隊の情報を包み隠さず提供した。
――現在時刻、午前06:30
ユニオン・ジャック、木更ちゃん、そして私の4人は、店を開けたばかりの『喫茶なばな』にいた。この店は、以前
あの後、黒山羊の実と別れた私は木更ちゃんと合流し、一足先に避難したユニオン・ジャックをふたりで夜通し護衛。仮眠を取って貰った彼女たちを連れてモーニングに出かけたというわけだった。
「お待たせしましたです、モーニング4人前になりますです」
BARではマスターを務める、なばな副店長が4人分のプレートとホットコーヒーを運んできた。市松人形のようなおかっぱをセミロングにした髪型に狐目の、見た目小6前後くらいの女児。だけど、実は鈴音さんと同期という噂が。
確か名前は、
「今日は
とは、ロリ対象外の私なのだから当然性的な意味ではない。単純に、彼女が厨房に入ったときの料理は普段に増して美味しいのである。
「さてと」
私はコーヒーで睡眠不足の脳にカフェインを投下しながら、
「一晩警備したけど、あれからハイウィンドからも黒山羊の実からも襲撃が無かったのはさっき伝えた通り。それで、あなたたちの依頼人には、いつカードを渡すかって話なんだけど」
「ウーム」
アメリアさんは腕を組み、
「出来れば早いほうがいいのは間違いありマセン。その二つの組織が引き渡し後を狙ってなければの話ですケド」
「実際、フェンリルさんも後から狙えばいいと言ってましたからね。ふぁ」
言いながら欠伸する木更ちゃん。相当眠そうだ。私も眠いけど。
「やってもいいなら、依頼者との接触に同伴したいわね。護衛を押しうる気ってのも間違いじゃないけど、下手に連絡を取ると、そこからハイウィンドと黒山羊の実に場所を特定され、先回りで襲撃されかねないわ」
「その辺は心配ないデス」
グレイスちゃんが得意気にいった。
「依頼者とはすでに連絡を取りまシタ。いまこっちに向かうそうデス」
「ちょっ」
驚く私たち。それには姉のアメリアさんも唖然としてた。
「It's Speedyデス。これなら特定される暇はありまセーン」
と、グレイスちゃんはいうも、
「あの、連絡を取ったのはいつ頃ですか?」
訊ねる木更ちゃんに、
「出発直前デスから20分くらい前デスね」
「連絡手段は」
「普通にメールデス。返事もきてマス」
「暗号は使いましたか?」
「暗号? 何のデスカ?」
きょとんと返すグレイスちゃん。駄目だ、これはリアルタイムでハッキングされてたら特定余裕だ。
私は頭を抱えた。
「最悪ね。もし先回りされてたら今更護衛に向かっても手遅れって話よ」
「OH! Oh My Godネー」
と、しゅんとなるアメリアさんに、
「これはアメリアさんの貞操で追加料金ね」
「ここぞとばかりに言わないでくだサイ」
脱力した声でアメリアさんが突っ込むも、
「手遅れ、デスか?」
何もわかってないグレイスちゃんが首をかしげる。
「とりあえず行動は起こしておくわ」
私はデュエルディスクのタブレットでインターネットを開き、
「ラブホの予約はこっちでやっとくから、アメリアさん依頼者の情報を教えて頂戴、秘匿義務には反するけどそんな場合じゃないのは分かるわよね?」
「……」
葛藤を顔に出して数秒、アメリアさんはうなずき、
「ウーン、分かりマシタ。人命には替えられまセン」
やった、今晩はお楽しみね。私は心の中でガッツポーズする。
そんな時だった。
「お取込み中すみません」
不意に、私たちはひとりの女性に話しかけられた。
「貴女たち、イギリス国旗の方で間違いないですか?」
イギリス国旗の通称はユニオン・フラッグもしくはユニオン・ジャック。つまり、彼女たちのことをいってるのは間違いなさそうだ。
席の前に立ってたのは、腰にビームサーベルを帯刀した、長い髪にハイカラな袴姿の美女。あれ、え?
「Yes.私タチがユニオン・ジャックデス」
アメリアさんがいうと、
「初めまして、依頼をした神簇 琥珀です」
「……え?」
私が呟くと、依頼人を名乗ったそいつは初めて私に気づき、
「え」
「え」
「うそ……」
「うそ……」
「アイエ?」
「アイエ?」
「アイエエエ!? トリノ=サキ!? トリノ=サキナンデ!?」
「アイエエエ!? カムラ=サン!? カムラ=サンナンデ!?」
お互い、いつぞや再会したときと全く同じ反応をみせるのだった。
「ちょっと鳥乃、なんで貴女がそこにいるのよ」
「それはこっちの話よ。神簇がふたりの依頼人ってどういう話よ」
「まずは貴女から説明しなさいよ。こっちは貴女以上に状況分かってないんだから」
「私だって混乱してるって話なんだけど」
喧嘩腰で返しながら、ちらっとアメリアさんに視線で確認を取る。そして、小さくうなずいたのを見てから、
「任務中、私が撃った流れ弾で彼女を怪我させちゃったのよ。そのおかげあなたからの依頼の実行が困難になったらしくて、弁償代わりに護衛と協力の依頼を受けただけ」
と、私は説明する。ユニオン・ジャックの不利になるような情報は省いて。例えば、すでに彼女たちが2度盗むのを失敗してるとか、思い返してみせば多重依頼というこの業界の禁忌を破ってるとか、そういうの。
「全く、何やってるのよ貴女は」
呆れ顔の神簇。
「何やってるのっていうのはこっちの話なんだけど」
私はいった。
「何で神簇が《No.7 ラッキー・ストライプ》なんて反則じみた物を求めてるのよ。まさかアンちゃんの回復ならまだしも、家の復興に利用する気なんじゃ」
「そ、そんなわけないでしょ!」
神簇は顔を真っ赤に起こり、
「そうじゃなくて家の仕事よ。私の家が古物を扱ってるのは依頼した日に話したでしょ。その中には危険な古物を回収するのも含まれてるの。事件でアンが使った、あの機械装置とかね」
ああ、あの神簇を拘束した機械触手ね。それはともかくとして、
「古物って。仮にも他に持ち主がいるのを盗み出して言う事じゃないでしょ」
「合法じゃないから回収したの」
なんとまあ強引な。確かに所有者がフィール・ハンターズの時点で正規に所有してるものじゃないのは確定的に明らかだけど。
「えっと、横から失礼しマス」
僅かな間を縫うように、アメリアさんが会話に割り込み、
「肌馬サン、ワタシたちの依頼者とお知り合いだったのデスか?」
「うん、まあ。前に彼女の依頼を受けたことがあるのと、小学生時代の宿敵って所」
「Wow」
アメリアさんは驚き、
「日本の言葉に『世間は広いようで狭い』とありマスけど、正にその通りネ」
むしろ神簇に対しては狭すぎる。なんでここにきてまたエンカウントするのだろうか。
「私たちの関係はいいわ」
神簇はいって、
「それでユニオン・ジャックさん。例のカードの回収に成功したと聞いたのだけど」
「ハイデース」
グレイスちゃんがいい、カードの入った小箱を神簇に渡す。
「こちらでよろしかったデスか?」
神簇は中身を開けると、デュエルディスクに挿し込んで何かのプログラムを起動する。恐らく本物かどうかを識別するプログラムなのだろう。しかし、扱いに慣れてないのか傍からみても操作がたどたどしく、見てて可愛い。
「確かに。これでユニオン・ジャックさんへの任務は以上になるわ。報酬は後日指定された口座に振り込みで構わないかしら?」
「ノープログレムネ! むしろ期日を大幅に遅れてソーリーデス」
アメリアさんがいった。ああ、2度も失敗してるだけあって、すでに遅れてたのね。
「別にいいわ、その件で私も迷惑かけたもの」
「え?」
「いえ、こちらの話よ」
神簇は何故だか、はぐらかす。
「あ、そうそう神簇」
私はふと思い至り、
「せっかく喫茶店に来たんだから一緒にモーニングでも食べてかない? 早朝から足を運ばせたお詫びってことで奢るわ」
「そうね。せっかくだから頂いていくわ」
席に座る神簇。私は水菜さんを呼んで、
「すみません、モーニング追加で一人分」
と、神簇の分も注文。
「ところで神簇、今回の依頼の件だけど、確かにカードはあなたの手に渡ったものの、まだ完全に解決したとは言い切れてないのよね」
「どういうこと?」
「狙ってる組織がいるのよラッキー・ストライプを。黒山羊の実も狙ってるし、所属不明のハイウィンド隊ってトコがNLTと協力関係な上に交戦があったわ。それに元々フィール・ハンターズの所有物なら奴らが狙ってくる可能性も高いでしょうし。そんなわけだから」
と、言いかけた所、
「ありがとう、けど必要ないわ」
神簇はいった。
「ハングドに護衛の依頼を頼まないかってことでしょ? 残念だけど、こちらで手は打ってあるわ」
「え」
手を打ってあるって。
「大体、フィール・ハンターズを相手にするかもしれないのに、回収してからを考えないわけないでしょ」
なんてのたまう神簇を、私は半眼で眺める。
「……」
不安だ。この人、しっかりしてるようで割と致命的にうっかり屋だから。……なんて見てたら、たった今ひとつ発見。
「な、何よその目は。まさか、また私がミスするとでも思ってるの?」
「うん」
「何で信用ないのよ!」
つい声のトーンが上がる神簇。この時点で煽り耐性がないのを露見してることさえ気づいてないのだろうか。と、まあそれより。
「じゃあ木更ちゃん。頭の体操にちょっと問題」
「え、私ですか?」
突然振られ驚く木更ちゃんに、
「いまの神簇、すでにうっかりミスやらかしてるんだけど何かわかる?」
「煽り耐性の無さですか?」
「ぐはっ」
柔和な笑顔でさらっと返した木更ちゃんに神簇がまず一回ノックダウン。
「まあ、それもそうなんだけど。例えば持ち物でほら」
「持ち物ですか?」
木更ちゃんはきょとんと神簇を眺め、数秒後「あれ?」となる。
「腰につけてるもの、それって」
「え? ああ、これのこと?」
神簇は腰につけたビームサーベル(?)を抜いて、
「あ」
となった。
神簇がビームサーベルのつもりで護身具に持ってきたそれは、ただの玩具のライトセーバーだったのである。それも、ご丁寧にトイザらスのお買い上げシール付き。
「……。あ、えっと。……。…………たまたまよ」
神簇が顔を真っ赤に硬直する。なんだろう、この面白い生き物は。本当にかつての宿敵で梓を虐めたこともある人間なのだろうか。
「鳥乃様ー。心配はご無用ですよー」
突如、玩具のライトセーバーから煙幕が巻き上がったと思うと、中から現れたのは男の娘メイドにして忍者であるヒロちゃん。
「!?」「!?」「!?」「!?」
神簇を含め、私以外の全員が驚く中、
「今回の件はアンお嬢様とも相談してますし、最終的に私もチェックを通してますから」
「そう言われて安心できない程度には惨状を一度見てはいるんだけどね」
私はいいながらも、
「ま、いいわ。そこまで言うならいまの神簇家の手腕を信じてみることにするわ」
「ありがとうございますー」
えへへーと嬉しそうに、ヒロちゃんがはにかむ。そこへ、
「あのー。失礼しマス」
アメリアさんが口を挟んできた。
「アナタは一体」
「あ、失礼しましたー」
ヒロちゃんは軽くしなを作り、
「初めまして。私は神簇家のメイド長をやってます。ヒロちゃんって呼んでくださいねー」
「アーいえソーいうワケではなく」
なぜだかアメリアさんは視線を泳がせ、
「何だか違和感のようなモノを感じマシテ」
「違和感、ですか?」
きょとん、と首をかしげるヒロちゃん。
「う~ムムム」
アメリアさんはずいっと顔を覗かせ、半眼でじーっとヒロちゃんを眺める。
「あ、あのー」
ヒロちゃんが照れ照れし始める。その時だった。
「やっぱりネ!」
突然、アメリアさんは大声で叫んだ。
「ヒロちゃん! Youはもしかシテ男デスか?」
「ええっ!?」
ヒロちゃんは驚き、
「どうして分かったのですか!?」
するとアメリアさんは喜びだし、
「Wow! イッツジャパニーズ名物、男の娘デース」
と、ヒロちゃんにハグしだす。松葉杖とは思えない、小回りの利いた俊敏な動きで。
「ひゃっ」
驚くヒロちゃん。その瞳にはうっすら涙。
そんな様子を前に私は、
「え、えーとグレイスちゃん聞いていい?」
「何デスか?」
「もしかしてアメリアさんって」
「ハイ」
珍しくグレイスちゃんは疲れた顔をみせてうなずく。
「お姉ちゃんは俗にいうショタコンというクリーチャーデス」
なんてことだ。私は軽くショックを受けた。
すでにユニオン・ジャックはポンコツという印象のある私だけど、その点を除けばアメリアさんはちょっとリアクションオーバーなだけの人畜無害な常識人というイメージができつつあった所なのだ。セクハラしても暴力に訴えないし、言動ほどキャラがぶっ飛んでるわけでもなし。そう思ってた所にこのぶっ飛んでた一面なわけで。
「お、お嬢様ぁ……鳥乃様ぁ」
恐らく某脳筋のトラウマで怯えるヒロちゃん。涙は数粒ほど垂れ、マジ泣き号泣寸前だ。
「OH! イッツ、ベリーベリーキュートネー」
しかし、アメリアさんのヒートアップは止まらない。これはやばいと思った私は、彼女の後ろに回り込む。
そして、お尻を撫でた。
「ひあっ」
驚き、姿勢が崩れるアメリアさん。そのまま私はヒロちゃんから引きはがすように抱き寄せ、
「ヒロちゃん。いまのうちに」
「は、はいー」
ヒロちゃんはすぐアメリアさんから離れ、そのまま数歩ほど距離を取る。
「あ、あああ。ヒロちゃん。ななな、何するネー」
アメリアさんが悲愴な顔でヒロちゃんに手を伸ばす。私はそのまま後ろからアメリアさんの片乳も鷲掴み、お尻と同時に揉み揉みしながら、
「何って当然じゃないヒロちゃん怯えてるんだから」
「What? なぜデスかー? って、それ以前にセクハラは駄目ネー!」
じたばたするアメリアさん。しかし今回はグレイスちゃんも、
「肌馬サン、せめてセクハラはやめて下サイデス」
と、言いながらも強く止めれない模様。むしろヒロちゃんの前に立って姉から護る盾になってくれちゃって。そういえば木更ちゃんは。そうチラッとみて、
「ふふっ」
と、素敵な笑顔を浮かべてタブレットで撮影してるのを見て、私は顔を青くしながらアメリアさんを解放。
「木更ちゃん、それ」
「ごめんなさい。徳光先輩から先輩がセクハラしてたら報告してと言われてますから」
「やめてーっ!」
私が悲鳴をあげると、木更ちゃんはわざとらしく考える素振りを見せ、
「仕方ありませんね。ですけど、次セクハラしたら送信致しますから」
「残念。なら代わりに木更ちゃんで」
「送信しました」
「ぎゃーーーっ」
しかも木更ちゃんのタブレットからピロンとか音したよ、これ本当に送信されたって話じゃない?
「キサラちゃんって、こんなに強かでお茶目な子だったのデスね」
私たちのやり取りを見て、グレイスちゃんがいった。
「あれ、知らなかったの?」
訊き返すと、
「ハイ。クラスではそんな姿見せないデスから」
「だって、クラスでやったらお茶目ではなく腹黒にしか取られそうになくて」
木更ちゃんがいった。あー、そういえば木更ちゃんクラスでは無償の笑顔が不気味とか思われてるんだっけ。
「まあ、本当の腹黒がいるとどうしてもデス」
グレイスちゃんが苦笑いしていった。おそらく例のリアルPKKのことだろう。
「ねえ、そっちの会話で盛り上がってる所悪いんだけど」
神簇がいった。
「アメリアさん、だっけ? 彼女、ついに泣きそうなんだけど」
言われて「え?」となりながら私はアメリアさんに視線を向ける。そこでは、
「Oh...どうして怯えるネー。ワタシはタダ……ぐすっ」
と、この世の終わりみたいな顔をするアメリアさん。みると、ヒロちゃんもそんな彼女の姿に罰の悪そうな顔でおどおどしている。
「ま。まあ急に襲われたら誰でもびっくりするって話だから」
私が宥めるようにいうと、
「お、襲っ!? そ、ソソソそんなハレンチなことしてないネー! 肌馬サンと一緒にしないで下サイ」
と、顔を真っ赤に反論。さりげに酷い扱い受けたのはともかく。
「いやでも、さすがにあのまま放置したらあなた、キスしたり押し倒したり股間弄ったり」
「無いデスカラ! そんなコト致しマセンカラ!」
必死に否定するアメリアさん。
「じゃあ、何しようとしたのよ」
「デスから何モ」
「ナニも?」
「違いマスーーー!」
もうアメリアさん叫びすぎて息が切れてらっしゃる。他に客がいないからいいものの、ここ喫茶店なのに。
まあ、叫ばせたのは私だけど。
「なら何をしたいと思った?」
「で、デスから何モ」
「本当に?」
すると、アメリアさんは照れ照れと、
「あ……」
「あ?」
「アーン、してあげたり。一緒に公園で遊んであげたり……」
「平和だっ!」
私は思わず仰け反ってしまった。私に木更ちゃんにアインス、高村司令にアンちゃん、何より永上さんと、いままでぶっ飛んだ人格の持ち主ばかりで、こんなピュアなことをのたまう人はいなかったのだ。
「あ、あの……」
トラウマ持ちのヒロちゃんも、さすがに安堵し、
「その位でしたら、たぶん大丈夫です」
「ホントですか?」
アメリアさんが、すがるような目でいう。
ヒロちゃんはもう一度笑顔で、
「はい」
「OH! サンキューネ」
感動し、アメリアさんは再びヒロちゃんを抱きしめに向かう。しかし、その際松葉杖を放って両足で走ろうとしてしまい、
「ひぎいいいいっ」
怪我した足の激痛で呻き声をあげ、そのまま床に転がってのたうち回る。
「ヒロ、私のことはいいから、彼女の傍についてあげなさい」
神簇は朝から疲れた顔をみせた。
色々ばたばたしたものの依頼はとりあえず終了。朝食後、木更ちゃんとも一旦別れてから私は自宅に戻り、シャワーと身支度を済ませ、学校に向かう。
「おはよう」
教室に入ると、まず私の視線はひとりの女子生徒を探す。そして目に飛び込んできたのは、栗色のセミショートカール髪に制服越しでもわかる豊満なバストをしたゆるふわ系女子、私の幼馴染にしてマイエンジェル
「あ、沙樹ちゃん」
梓は私に気付くと、笑顔で近づく。
私もまた笑顔で、
「おはよう、あず――」
さ、と言い終える寸前、私は梓の《ハンマー・シュート》を脳天で受け、床に倒れた。
梓は満面の笑顔で、
「藤稔さんからメールが届いたよ。沙樹ちゃん、朝からアメリアさんって先輩に悪質なセクハラ行為したって」
「あ、へ、いや、その……」
何とか言い訳に及ぼうと思うも、苦痛のあまりに上手く声が出せない。今回は完全に不意打ちで心身共に構えることもできなかったのと寝不足で普段以上にダメージが大きい。
私は倒れたまま上目で梓を見上げる。
梓は満面の笑み。恐ろしい。
(誰か、助け……)
私は視線で周囲に助けを求めるも、
「おお開幕ハンマー。やっぱ一日一回はこれ見なくちゃなあ」
「ねえねえ、今度私にもハンマー持たせて? 私も一度殺ってみたい」
「フッ……鳥乃よ、この
なんて、いつの間にかクラスメイトたちは梓のハンマーに馴れ親しんでらっしゃる。誰も私を助けようとしない。絶望した。
ふと、私は思った。
もしかして、私たちの周囲で一番ぶっ飛んだ人格の持ち主って、実は梓なんじゃなかろうか。
なんて考えながら、私の意識は闇に沈んだのだった。
実は今回のデュエルは「フェンリルvsフィーア」の予定でした。しかし、いざ執筆するとデュエルを介する前に決着がついてしまい……。
フェンリルのデュエルは今後いつか改めて用意しようと思います。
今回は投稿が予定より遅くなってしまい申し訳ありません。そして、ここまで読んで下さってありがとうございました。
●今回のオリカ
DD魔導賢者ゲイツ
リンク・効果モンスター
リンク1/地属性/悪魔族/攻 900
【リンクマーカー:下】
「DD」モンスター1体
このカード名の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):このカードをリリースして発動する。墓地から「DD」モンスター1体を手札に加える。そのモンスターがエクストラデッキに戻る場合、かわりにそのモンスターを特殊召喚できる。
(名称元ネタ:ビル・ゲイツ)
DDバーゲスト
ペンデュラム・チューナー・効果モンスター
星1/闇属性/悪魔族/ATK1300/DEF 0
【Pスケール:青7/赤7】
(1):1ターンに1度、自分フィールドに融合・S・Xモンスターがそれぞれ1種類以上存在する場合に発動する。フィールドの魔法・罠カード1枚を破壊し、デッキから「DD」モンスター1体を手札に加える。
【モンスター効果】
このカード名の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):自分フィールドに融合・S・X・Pモンスターの内、2種類以上存在する場合、エクストラデッキ・墓地からこのカードを特殊召喚する。その後、このカードのレベルを自分フィールド上の「DD」モンスター1体と同じレベルにできる。この効果で特殊召喚されたこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。
DDユニコーン
チューナー・効果モンスター
星4/闇属性/悪魔族/ATK1400/DEF1200
(1):このカードが墓地に送られた場合、自分はライフを1000ポイント回復する。
(2):このカードを手札・墓地から除外して発動する。ターン終了時まで、自分のカードの効果によって自分が受けるダメージは0になる。
この効果は相手ターンでも使用できる。
(3):このカードがゲームから除外された場合、手札の「契約書」魔法・罠カード1枚を発動できる。
星5/光属性/魔法使い族/攻1000/守1000
(1):フィールドのモンスターが「フォトン」モンスターおよび「ギャラクシー」モンスターのみの場合、このカードを手札から特殊召喚できる。
(2):このカードの特殊召喚に成功した場合、フィールドの「フォトン」モンスターもしくは「ギャラクシー」モンスター1体を選択して発動する。
このカードのレベルを、選択したモンスターのレベルまたはランクと同じ数字にする。
(3):X素材のこのカードが墓地に送られた時、デッキから「RUM」魔法カード1枚を手札に加える。
星4/光属性/魔法使い族/攻1800/守 0
「銀河の霊術師」の(1)の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):自分メインフェイズに発動できる。自分の墓地から「銀河の霊術師」以外のレベル5以下の「ギャラクシー」モンスター1体を選択して特殊召喚できる。
(2):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。このカードのレベルをターン終了時まで1つ上げる。
サイバー・タキオン・ドラゴン
リンク・効果モンスター
リンク2/光属性/ドラゴン族/攻2000
【リンクマーカー:左下/右下】
光属性モンスター2体
このカードはルール上「ギャラクシーアイズ・タキオン・ドラゴン」カードとしても扱う。
(1):このカードの攻撃力は、このカードのリンク先のモンスターの数×400アップする。
(2):このカードはリンク先にモンスターが存在する場合、1度のバトルフェイズに2体まで相手モンスターを攻撃できる。
リ・コントラクト・ユニバース
スキル
(1):自分の手札・エクストラデッキのカードを任意の枚数だけ、別のカードに書き換える。この効果は相手ターンでも使用できる。
(2):このスキルの(1)の効果で書き換えたカードを元のカードに戻すことができる。この効果はデュエル中に使用できない。
(遊戯王ゼアル/アークⅤの《オッドアイズ・ドラゴン》等をPモンスター化した効果もこのスキルに含みます)
RUM-タキオン・ダブル・レイズ
速攻魔法
(1):自分の墓地からドラゴン族Xモンスターが特殊召喚された場合、
そのモンスターの倍のランクの「タキオン」Xモンスター1体を、
対象のモンスターの上に重ねてX召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。
RUM-ドラゴンズ・レイズ・ラッシュ
速攻魔法
このカードは相手ターンに使用できない。
(1):自分フィールドのドラゴン族のXモンスター1体を対象として発動できる。
その自分のモンスターよりランクが1高いドラゴン族モンスター1体を、
対象のモンスターの上に重ねてエクストラデッキからX召喚する。