遊☆戯☆王THE HANGS   作:CODE:K

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MISSION13-軌跡

 私の名前は鳥乃 沙樹(とりの さき)。陽光学園高等部二年の女子高生。

 そして、レズである。

「そうだ。ソープに行こう」

 いつものように私はふざけた事をいうも、今回ばかりは誰からも反応がない。

 現在時刻22:00。いま私たちは病室にいる。消灯時間は過ぎており、中は暗い。

 病室は個室で、私の他には、梓、木更ちゃん、そしてベッドの上で昏睡状態のアンちゃんと、傍でつきっきりの神簇。

 アンちゃんは生きていた。重傷を負い未だ目を覚まさないけど、ちゃんと息はしている。

 神簇がいうには、グラトニーを名乗る黒山羊の実がアンちゃんを助けてくれたらしい。最初に病室に駆け込んだ時に彼女(推定)がいて、頭を下げ謝罪されたのだとか。

「鳥乃様~」

 やっと貰えた反応は、一本の光学兵器の刃。

「さすがにこの場面でこれ以上のおふざけはお部屋の退場かこの世の退場かの二択ですよー」

 ヒロちゃんが背後にドロンと現れ、私の喉元にビームクナイを突きつけたのだ。

 なお突然のヒロちゃんに誰も驚かない程度には、いまの空気は重苦しい。

 私はフッと笑って、

「猶予を残してくれるならクナイ引っ込めてくれると嬉しいんだけど」

「皆それだけ怒ってるってことですよ」

 ヒロちゃんが言うも、そこで神簇が、

「凶器をしまって頂戴。じゃないと鳥乃、クナイに向かって倒れ込むわよ」

「っ」

 ヒロちゃんは、ハッとした顔で私をうかがう。

 大正解だった。

 いまの私の精神状態は、喉元に突きつけられた刃があの世という逃げ道行きの片道切符に見えている。先ほどのおふざけも、つい魔が指して、いやつい気が狂って起こしてしまったものだった。

 本当なら、私が犠牲になるはずだったのだ。

 だけど、度重なる失敗で自信を喪失してたから、ショックから立ち直れてなかったから、私のかわりに増田が任務に出て、私はサポートにまわった。その結果、増田は死んで、協力してくれたアンちゃんが未だ目を覚まさない。

「承知しました。鳥乃様すみませんでした」

 一度憐れみの目で私を見てから、ヒロちゃんは再びドロンと消える。すると、

「ま、まるで『海に行こう』みたいなノリで言わないでよー」

 梓がいった。その顔は、必死に苦笑いを取り繕っている。無理してでも、いつものノリに付き合ってくれるらしい。

「行かせてよ梓、死ぬほど疲れてるから性的に癒されたいのよ」

 直後、梓の《ハンマー・シュート》。

 私がいつものようにメメタァすると、梓は皆に向かって笑顔で、

「沙樹ちゃんを起こさないであげてね、死ぬほど疲れてるみたいだから」

 と、いった所で神簇と目があい、

「あ……」

 と、梓は途端萎縮する。

 神簇が呆れた顔で、

「貴女たちね……」

 と、何か言うか言わないか、そんな折だった。

 病室の戸が開き、ふたりの女性が中に入ってきたのだ。

「な」

 私は、その女性を前に全身を強張らせ、

「ミストラン!」

 と、叫んだ。

 あろうことか、やってきたのはアンちゃんを昏睡状態に追い込んだ本人、そして増田とアンちゃんが会場から逃げる直接の原因を作った、あのボクっ娘文系少女だったのだ。

「ん?」

 ミストランは私を見ると、

「ああ、アンタは確か」

「鳥乃よ。まさかアンちゃんが生きてたからって追い打ちを仕掛けに来るとは思わなかったわ」

「は? いや、別にそういうわけじゃ」

「これ以上犠牲者は出させないって話よ。アンちゃんと増田の仇! 強制デュエル受けて貰うわ」

「だから今は危害加える気はないって」

 何かほざいてる気がするけど、私は関係なくデュエルを仕掛け、

 

 

沙樹

LP0

手札1

[][][]

[][][]

[《サイバー・タキオン・ドラゴン(ミストラン)》]-[]

[《銀河眼の光子竜》][《No.107 銀河眼の時空竜》][]

[][][]

ミストラン

LP4000

手札0

 

 

 ワンショットキルで終わらされました。これで私のフィールは一旦全損。

「だから落ち着けって言ってるでしょ」

 私のフィールを全損させつつ、ミストランはしかめっ面でいう。

「嘘、フィールでとどめを刺さないなんて」

「だからさっきから、まあいいわ」

 ミストランは何故か折れた様子を見せ、

「ハングドにも用事があったのよ。ちょっとコイツの頭冷やすついでに借りてくわ」

「は? え、ちょっ、待っ」

 服の襟の後ろを掴み、ミストランは私を引きずって連行した。

 こうして連れてこられた場所休憩室。縦長のスペースの最奥には自販機と流し台と、その横に電気ポットと湯飲みも備え付けられてある。もっとも、すでに消灯時間の為に自販機以外は使えない状態だけど。

「理解ある病院で助かったわ。普通の病院だとこんな時間じゃ個室でも面会謝絶だしさ」

 ミストランが椅子に座った。続けて文系少女も座ったのを見て、私も対面の席に座る。

「で、少しは頭冷えた?」

「少なくとも、あなたたちがいま誰かを殺す気がないって程度にはね」

 と、私は返す。正直、正常に戻れるほどメンタルが回復したわけではないけど、病室から離れたせいだろうか少なくとも彼女たちに耳を傾けれるだけの思考は取り戻せた。

「そう、なら良かったわ」

 ミストランはいい、そこへ続けて文系少女が、

「今日ボクたちがきたのは、黒山羊の実はこれ以上アンちゃんも関係者も攻撃する気がないこと、そして死傷者を出したことを謝る為なんだ」

「ふぅん、あれだけ散々殺る気満々にやっておいてねぇ」

 私はじとっと睨みつける。

「増田とかいうのとデュエルした時、すでにふたりへの処罰は放免になってたのよ」

 ミストランがいった。続けて文系少女が、

「グラトニー様が動いてくれてたんだ」

「確かあなたたちのトコの幹部のひとりだっけ?」

「うん。元々グラトニー様は幹部の中でも一番の穏健派でね、今回も『ここで殺害したらハングドとの対立を激化しかねない』って」

「けど、増田を殺してアンちゃんも意識不明に追い込んだ」

「いちいち痛い所をついてくるね」

 苦い顔で応える文系少女。

「全速力でバイク運転してたからさ、通信受ける暇なかったわけよ」

 と、ミストランはいった。

「フィールが0になった後、撤退しながら上に報告にでたらさ、もう何回も私に連絡したって。で、内容を確認したら……うげっ!? ってわけ」

 ミストランは煙草を一本取り出し、火をつける。

「で、そんなわけで増田とアンにしてしまったことはもうどうにもならないけどさ、グラトニー様はふたりの関係者にも危害加えられないよう手まわしてくれたから、せめてそっちのほうは厳守させて貰うわ」

「そんなの信用しろと?」

 私は半眼でいった。

「確か黒山羊の実って三幹部の誰かの直属になるわけで、ミストランはプライドとかいう人の部下なわけでしょ」

「うわ、アンの奴そんな事まで洩らしやがった」

 げっと嫌そうな顔するミストラン。すると文系少女は自分の髪を弄りながら、

「まあ、確かにボクもミストランも上司はプライド様なわけだけど。正直いって、ボクたちプライド様嫌いなんだよね。だから、部署は違うけど気持ち的にはグラトニー様の言葉を優先したいんだ。今回のは黒山羊の実全体に向けた決定だからプライド様だって無視できないだろうしね」

 嘘は言ってない様子だった。ミストランもぼそっと「あのクソババアが」とか漏らしてるし。けど、私にとってはグラトニーこそ。

 そう、言いそうになった所に文系少女は続けて、

「まあハングドにとってはグラトニー様こそ信じられないと思うけどね。でも実際、最初に美術展を襲撃したときも、グラトニー様が藤稔さんって人の命を奪おうとしたのも、この前アンちゃんが殺戮の限りに出たときだって、どれも皆驚いたくらいなんだよ」

 そこまで言って文系少女は立ち上がって、

「信じる信じないは君たち次第。けど、ボクたち黒山羊の実は今回の件から手を引いたのは事実だよ。だから、この通り」

 と、頭を下げた。

「謝って済む問題じゃないけど、ごめんなさい」

 一方、殺った張本人であるミストランは、罰の悪そうにそっぽを向いている。文系少女が気づくと、

「ほら。ミストランこそ謝らないと」

「っっっ」

 しかし、ミストランは顔を更に歪めるだけで何もいわない。

「もういいわ」

 私はいった。その態度に苛々となりながら。

 文系少女は焦って、

「ああもうミストラン!」

「仕方ないじゃん、こんな状況どう謝ったって刺激するだけよ」

「だからって余計刺激することしなくたって」

「これからの行動で示すわ」

 言い合うふたり。そこに、

「鳥乃先輩」

 と、やってきたのは木更ちゃん、そして梓のふたり。

「琥珀さんが帰れって」

 梓がいった。

「神簇が?」

 と、訊ねると。

「いまの沙樹ちゃんは見てて苛々するからって」

「言ってくれるわね」

 私はオーバーにため息を吐く。やれやれって。

「それと、いまの鳥乃先輩がまた暴れておふたりに迷惑かけないか見て欲しいとも」

「……そう」

 としか、私は言えなかった。

 神簇どうしてそんなに冷静でいられるのよ。アンちゃんは実の妹じゃないのよ。これじゃあまるで私のメンタルが相対的に豆腐にみえるわ。

 ……違う、神簇も潰れる寸前なのか。

 だから私を追い返した。先に潰れた私が目障りにしか映らないから、いや……もっといえば。

「沙樹ちゃん?」

 梓に覗き込まれて、私はハッとなった。いけない、思考がダークな方角に嵌りかけてたわ。

「帰るんだね」

 と、文系少女。

「まあそうなるわ」

 私がいうと、

「じゃあ、最後に伝えて欲しいことがある」

「誰に?」

「アンちゃんに」

 強い後悔の眼差しを真っすぐ向ける彼女。

「分かったわ」

 私はいまだけ向き合うことにした。

「アンちゃんが目を覚ましたら伝えて欲しい。ごめんって、それと……もう二度と会う事はないと思うけど、今度こそ幸せになってって、ボクは君の分まで、君の幸せを神様に願ってるよ、って。以上だよ」

 強く強く想いのこもった伝言。

 私は訊ねた。

「名前は?」

「え?」

「そういえば、まだあなたの名前は知らなかったから」

「フェンリル」

 文系少女はいった。

「ボクの名前はフェンリル。ミストランと同じく、プライド様の手で造られた作品のひとつだよ」

 

 

 

「ところで」

 病院を出た辺りで木更ちゃんがいった。

「鳥乃先輩も、あんな風に不機嫌になる時もあるのですね」

「まあ人間だからね」

 私はいいながら、

「木更ちゃんこそ大丈夫なの? ショッキングなのはそっちも同じはずだけど」

 すると木更ちゃんは小さく嘆息してから微笑み、

「自分よりずっとショックを受けてる人を見ると、逆になんだか冷静になれますよね?」

 とのことらしい。

「それに、決めたこともありますから」

「決めたこと?」

「あ、気にしないでください。つい口から洩れただけですから」

「そう」

 木更ちゃんがいうので、私はこれ以上追及しないことにした。

 手前の車道を車が一台通り抜けた。程なくしてもう一台。その度に輝くライトの眩しさに私の視界は黄色に染まる。

 大切な相棒が死んで、一度助けた悪友の妹が意識不明の重体。だというのに、夜道は私たちにいつも通りの光景を見せてくれる。

 まるで私たちは踏みつぶした蚊に悲しんでたかのよう。その位、増田の死やアンちゃんの重体なんて他人にとって意味のない出来事なのだ。

 世界とか運命とかに色々と否定された気がして、なんだか心が凍えそうになった。

「ねえ、みんな小腹空かない?」

 程度の差こそあれ、この場の三人全員がショックを受けてる中、一番重傷の私が突然言ったものだから、ふたりは「え」となる。

「う、うん。確かにちょっと小腹空いたかもー」

 それでも、すぐに応対してくれたのは梓だった。

「どこかバイキングないかな」

「いや、食べ放題行くほどガッツリじゃなくって」

 そもそも梓、小腹程度で店ひとつ潰す気なの?

「なんだー、残念」

「ま、まあ適当に目についた店に入ってみない?」

 と、提案したら。

「そうしましょう!」

 突然、木更ちゃんが激しく食いついた。そんな様子に今度は私が驚くも、

「なら梓もそれでいい?」

「あーここなら。うん、いいよー」

 何故か梓も察した様子。

 この時点で私は気付くべきだった。

 アンちゃんが運ばれた病院は駅前に位置する。そして、木更ちゃんが強く反応し、梓も好意的な反応を示すもの、そんなの一軒しかないことに。

 私たちは適当に歩い……たつもりで、最前列を歩きだした木更ちゃんに誘導され、数分であるお店に辿りつく。

 Kasugayaラーメン。木更ちゃんが本性を遺憾なく発揮する魔境だ。

「あっ」

 私が呟くと、

「どうしましたか?」

 と、目を輝かせる木更ちゃん。

「今日は沙樹ちゃんの奢りだって」

 誰もそんな事言ってないのに、梓も梓で。

「本当ですか? でしたら今日は奮発してKasugaya野菜ラーメンを大盛りで頼んでみます。徳光先輩はいつものですか?」

「うん、Kasugayaプレミアムチャーシュー麺大盛りの煮たまごトッピング」

 ふたりとも、なんて遠慮のない。

 とはいえ、こちらも温かくてほっとするものが食べたかったのは事実、その点Kasugayaは地元のソウルフードでしかもラーメン。これ以上適任の食事はない。

「まあいいけど、いま言ったもの以上は各自払ってよ」

 私は財布の中身を確認し、店内に入る。

 すると、

「えっ?」

 と、正面のテーブル席でラーメンをすすってた女の子が、私たちを見て驚いた。

「沙樹ちゃん、アズちゃん、どうしてこんな時間に」

 ロコちゃんだった。

「それはこっちの台詞だよー」

 梓が訊ね返す。続けて私も、

「どうしたの、こんな時間にひとりなんて」

「私はバイト帰りでいまから夕食だけど」

 と、ロコちゃん。

「みんなは?」

 改めて訊かれるけど、正直どう答えればいいか分からない。

(どうしよう)

 私はふたりと視線で会話する。しかも、ふたりは知らないけどロコちゃん増田と会ったことあるのよね。

 なんてやってると、厨房のほうから頭にタオルを巻いた中年の男がひとり、

「いらっしゃいま……出たあああああああああああ」

 と、即座に奥に逃げようとするかすが様、直後、

「あっ、かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様かすが様」

 目をハートにし、かすが店長を追いかけようとする木更ちゃん。

「はいストップ」

 それを私は羽交い締めにして止める。

「鳥乃先輩、離してください」

「駄~目。ここに関しては仕事のアフターサービス入ってるから」

 言いながら、暴れる木更ちゃんを必死に押さえてると、

「藤稔さん、沙樹ちゃんの手が!」

 と、梓がいい、

「え? あっ」

 木更ちゃんは胸元を手ブラで隠す。

 そんな様子に私は(なんと)何も気づかず、

「?」

 きょとんとしてしまう。

 その結果、

「じゅっ」

「じゅっ」

「じゅっ」

『重傷だーー』

 三人は完全に声をステレオさせ、夜中の店内で絶叫したのだった。

 

 

「はい、Kasugayaプレミアムチャーシュー麺大盛り煮たまごトッピングに普通のKasugayaラーメンの大盛り、それとKasugaya野菜ラーメンの大盛りお待ちどう様。って大盛りだとっ!?」

 と、注文したメニューを届けつつ驚く店長を尻目に、

「今日は奢りだそうですから、奮発してしまいましたかすが様あぁ今日も麗しい」

 そんなかすが店長を恍惚な目で眺める木更ちゃんもスルー。

 私はラーメンのスープを一口飲んで、

「ふうっ」

 と、安堵の息を漏らした。ショックで冷え切った心が、少しだけ温まった気がした。

「世界って狭いねー」

 そんな中、すでに食べ終えたロコちゃんが私たちを見ながら、

「まさかアズちゃんたちとかすが店長大好きっ子が同じ学校でお友達だったなんて」

「ほんとだよー」

 梓はラーメンをすすりつつ、

「ロコちゃんが藤稔さんのこと知ってたなんて」

「といっても、お顔くらいだけど」

 はにかむロコちゃん。

 お互い電話やメールではよく話してる仲みたいだけど、実際に会うのは久しぶりらしい。ふたりはしばらくの間会話に花を咲かせる。けど、私ほどでないにしろ梓も傷心なのを察してか、ロコちゃんは時折言葉を選び、元気づけるように話してるのが窺えた。

 そして、私が麺を食べ終えある程度落ち着いた頃、

「ところで沙樹ちゃん」

 ロコちゃんは、ついに話を切り出してきた。

「何があったの?」

「っ」

 途端、私は全身を硬直させた。ふたりの死が脳裏に何度もフラッシュバックし、再びショックに飲み込まれそうになる。

 しかし、私は梓と木更ちゃんの様子を確認してから、

「事故でね。バイト先の先輩が死んで、私たち共通の友人が意識不明の重体なのよ」

 と、一部嘘を交えて私は伝えた。なお、梓にもこの表現で伝えてある。

「そっか」

 ロコちゃんは表情を沈ませる。

「それは辛いよね。私も妙子を失ってるから、わかるよ」

「ロコちゃん……」

 私は呟く。

「沙樹ちゃん、アズちゃん。私で良かったら聞くよ? それくらいしか、できないけど」

 それが、何より嬉しかった。

 別に何かしようってわけではなく、ただただ親身になって、一緒に哀しんで、聞き手に徹しようとしてくれるのが。

 私は。

「最近、ずっと失敗ばっかりだったのよ」

 気づいたら口を洩らしていた。ある程度ぼかしはしたものの、事情も知らない梓の前で、胸のうちをだらだら垂れ流した。ロコちゃんは、何も否定することなくうんうんと頷いて聞いてくれた。

「ねえ、ロコちゃん」

 ある程度話した後、私はふと訊ねる。

「ロコちゃんは、どうやってここまで歩きだせるようになったの? 妙子のショックから、どうやって抜け出せたの?」

 失敗して、ミストランに殺されそうになって。

 失敗して、ロコちゃんを助けきれなくて。

 失敗して、神簇を危険に晒してしまって。

 もう、自力でも最前線に立てないほど心が弱って。その状態で任務に関わった結果、とどめに増田とアンちゃんを失った。いまの私には、正直自力で立ち上がる術なんて残ってない。あともう一度、私の心に木枯らしが吹けば、私のメンタルは砂のように舞って形を失うだろう。

 すると。

「うん」

 と、梓がうなずき、

「私も聞きたいなー。教えて、ロコちゃん」

 気づくと、梓もまた思いつめた末に疲れ切った顔をしていた。

「え」

 驚くロコちゃん。そして、

「私、それをふたりに教えて貰ったんだけど」

 今度は私たちが「え?」となり、

「梓が?」

「沙樹ちゃんが?」

「それに私?」

「それに私?」

 なんて妙に息ピッタリに訊き返してしまう。

「うん……」

 ロコちゃんはやさしい笑みを浮かべて、

「ショックでいつまで落ち込むのも自暴自棄に身を投げ出すのも妙子は望んでないって、それを望んでるのは妙子を殺した加害者。そんな癪なことしたくないよねって教えてくれたのは沙樹ちゃんだったよね?」

 確かに。それを教えたのは誰でもない私だ。

「そして、いつまで落ち込んでても何も動かない。願い叶えるのも、希望を掴むのも、どんな形でもいいから私がまず一歩動かないと届かない。アズちゃんからはそう教えて貰った」

「ぁ……」

 梓が小さく呟く。

 知らなかった。梓がそんな前向きで強い考えを持ってて、それをロコちゃんに教えていたなんて。

「だから私、まずアズちゃんの助言に従って妙子の真実を知ろうって動いて、そしたら沙樹ちゃんと巡り合えてた。全てを知った代償に、私とんでもない罪背負っちゃったけど、妙子も猫俣さんも、きっと罪に押しつぶされる事なんて望んでないよね? だから今度は沙樹ちゃんの助言も加えて、どうしたらふたりが天国で安心できるかなって。そしたら、まずバイトを続けて、学校にも通って、特別なことはしなくていいから、頭が動かなくても足だけは動かそうって」

 ここでロコちゃんは「ふふっ」程度に笑いをこぼし、

「いまやっと強引に続けてた日常生活に心が順応してきた所」

 と、いった。

 ロコちゃんの経験は、聞いてみれば私と梓が教えた事を120点満点で実行しただけのこと。なのに何故だろう、こんなに胸にズドンとくるのは。

 元は自分の言葉だったのに。私は、それをロコちゃんに教えられていた。

 増田もアンちゃんも、いまの私を望んでなんかいない。私が潰れて喜ぶのは黒山羊の実なんだって。

 そして、かつての自分の言葉に教えられたのは梓も同じだったみたいで、見れば涙を流して感動してた。

「ありがとうロコちゃん、まあ何とかやってみるわ」

 私はいった。ロコちゃんは、

「良かった」

 と、ほっとした顔を見せてから、

「ごめんね私の話ばかりしちゃって」

「ううん、私たちが聞いたんだもん。私もとりあえず足を動かしてみるね」

 梓はいった。彼女がどこを向いていまの決断をしたのかは、いまの私には分かり様もないけど。

 ところで。

 私はふと《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》の今後を考えた。

 いままでずっと頼りにしてきたカードだけど、本来このカードは自分が持ってはいけない物である。しかも、任務の過程で一度奪われたこともあった以上、そろそろ力を借り続けるのも潮時だろう。

 ただ足を動かすだけなら、身軽でいたほうがいい。

 私は、カードを返すことに決めた。

 

 

 翌日、現在時刻10:30。私は再び病院に赴いていた。

 手には見舞い用のフルーツ籠がふたつ。もちろん片方はアンちゃんの分だけど、今回病院にきた理由はもう片方の為。鈴音さんに訊ねた所、どうやら陽井氏の娘である花梨ちゃんもこの病院で療養してると分かったのだ。

 クリアウィング本来の持ち主である陽井氏とは、事件後から一度も直接連絡が取れていない。その為、彼と会うためには娘さんの見舞いに行く口実で張り込みするしかなかった。

 私は室内に入ると、まず花梨ちゃんの病室に向けて足を進めた。エレベーターからアンちゃんの病室より1つ上の階層に出ると、まず顔を出したのは広々としたリビングと、そこで談笑している患者たち。長期入院してる方たちのフロアだからか、みんな顔なじみらしい。正直、満員電車に乗るサラリーマンよりよっぽど生気に溢れている。

 私は脳内でファイルを開き、メモを確認する。それによると、花梨ちゃんの病室は505号室。この病院は4の数字を省いてるから、本来は404号室と不吉な部屋だ。

(あったあった)

 廊下を歩くと、程なくしてその部屋はあった。私は扉の前に立つと数回ほどトントン。

「どうぞー」

 中から声がした。男の人の声だった。

 入ると、そこにはベッドの上から半身起こした花梨ちゃんと、傍のパイプ椅子に腰かける陽井氏の姿。

「あ、陽井さん」

 私は小さく驚いた。さっきの返事からまさかとは思ったものの、いきなり会えるなんて。

「あー沙樹ちゃんこんにちはーだよー」

 私という来客を喜び手を振る花梨ちゃん。その傍で、

「待ってたよー」

 陽井氏はいった。

「待ってた?」

「うん、鈴音ちゃんから連絡があってね。いまから君がクリアウィングを返しに向かうって」

「……」

 鈴音さん、陽井氏と連絡取れてたのね。思えばふたりは昔馴染みで同期だというし、最初から鈴音さんの繋がりを頼りにするべきだったと私は反省しつつ絶句する。

「結論から言うと、クリアウィングは引き続き沙樹ちゃんが持ってて欲しいんだよー」

「え?」

 どうして?

「理由は幾つかあるかなー」

 私が訊ねる前に、陽井氏はそう答え、

「まず沙樹ちゃん。聞いた話だとクリアウィングのフィールを引き出せたんでしょー?」

「ん、まあね」

 元々クリアウィングは他のカードより高いフィールを有するカードだった。しかし、陽井氏にはどれだけ手を尽くしても、その内の半分も使うことができず、そんな現状に変化が起きるのを期待して最初の美術展に関わった程だった。

 そして、私によってその「変化」が生れたのだ。

「次に、実はあのカードあまり褒められたルートで手に入れたカードじゃないんだよ。流れ流れて僕に縁が回ってきたけど、元はフィール・ハンターズが強奪したカードって噂があるくらいでー」

 フィール・ハンターズが?

「そして最後。沙樹ちゃん、君は以前、そのフィール・ハンターズにカードを奪われてるよねー?」

「っ!?」

 その通りだった。

 私は、一度目の死を体験する原因となったデュエルで、私が一番最初に手に入れたフィール・カードを奪われている。しかも、名前や見た目とか、そのカードの記憶だけが切り抜かれたように無くなってるのだ。

「もしかして、そのカードが」

「かもしれない、って程度だけどねー」

 陽井氏はうなずいた。

 確かに、クリアウィングを手に入れた時、このカードは私のカードだという妙な実感はあったけど。

「そうでなくても、クリアウィングは自分の主人を何度も失ってる憐れなカードなんだよ。だからねー、もう二度とこの子に辛い経験をさせないであげて欲しいなーと思うんだよー」

「優しいわね陽井さんは」

 そういう事なら、と流れのせいで一瞬思いかけたけど、そもそも私が手放す為に彼との接触を急いだのは、私自身がカードを護りきれる自信がないからだったのだ。

「一声足りない?」

 そんな私の様子を、今度は間違って受け取ったらしい陽井氏はいった。

「それなら、ひとつ頼まれて欲しいことがあるんだけどー」

「え?」

「花梨に見せてあげて欲しいんだ。リアル化したクリアウィングの姿を」

 なるほど。そういえば前の美術展では、あの4枚だけリアルソリッドビジョンの姿で見せてあげられなかったのだった。それがなぜ「一声」かは分からなかったけど。

「そういうことなら」

 デュエルディスクを起動し、ご希望通りクリアウィングを召喚する。

「わあー」

 花梨ちゃんの眼前に現れる白いドラゴン。彼女は目を輝かせてモンスターの顔をぺたぺた触る。

「乗ってみるかい?」

 陽井氏はいった。

「できるのー?」

「大丈夫だよー。いいかな?」

 と、確認を取る陽井氏に私は、

「ご希望なら、窓を出てお空の散歩まで」

「だって」

 と、頭を撫でられ花梨ちゃんは嬉しそうにしていた。

「じゃあー乗るよー」

 そういって花梨ちゃんがドラゴンをよじ上る中、

「護りきれる自信なくなっちゃったんだって?」

 突然、陽井氏が訊ねてきた。

「え?」

「詳しいことは聞いてないけどねー」

「まあね」

 情報源は鈴音さんだから問題ないだろう。私は肯定した。

 すると、

「確かに、ギリギリの状況にあっても、他人を頼れない人はいる。けど、幸運にも君は違うよね?」

「まあ……」

 元々ハングドは個人で行う仕事ではないから協力を要請することはできるけど、

「大丈夫なんて言葉は無責任だけど、失った自信を皆から補うといいんじゃないかな。もちろん、クリアウィングからも」

「失った自信を、皆から……」

「クリアウィングもね、たぶんこう思ってると思うよ。いままで護って貰ったから、今度は自分が沙樹ちゃんを護るって」

 そういって、陽井氏は私の頭を撫でてくれる。

 もし私に父親がいたらこんな感じなのだろうか、私はちょっとだけ不思議な気持ちに襲われた。

「沙樹ちゃん、人という字は人と人が支えて合ってるんだよ。たまには支えさせてよ、僕やクリアウィング、それにみんなにも君のことを」

 なんて陽井氏の言葉に、私は一瞬甘えそうになる。けど、頼るのと甘えるのは違う。少なくとも、私はハングドのみんなにこれ以上甘えてはいけない。すでに、最近は任務の成績が悪くハングドの評判に悪影響与えてるかもしれないのに在籍している。この時点で既に温情に甘えてるというのに。

 そして、私は裏側の人間なのだから、木更ちゃんや梓が相手でも甘えられない。

 それに人という字は支え合ってるのではない。本当はひとが腕を垂らして立っている姿、人は一人で立って歩いていくもの。私は所詮ひとりなのだ。

(とはいえ)

 言った当事者なら、いまなら嫌でも断れないだろう。私はいった。

「じゃあ早速甘えさせて貰うわ」

 そして、クリアウィングに乗る花梨ちゃんを眺める。

「もう少し、花梨ちゃんの相手させて貰ってもいい?」

「もちろんいいよー」

 陽井氏は笑顔でいってくれた。

 この父娘といると何となく心が休まる。それは恐らく、私の慣れ親しんだ梓の“ほんわか”オーラを何倍にも凝縮したような人たちだからだろう。

 さすがに外に出るまではしなかったけど、花梨ちゃんはしばらくの間、クリアウィングに乗って病室の中を飛び回って愉しんだ。

 

 

 和やかな空気を愉しんだ一方、体面の為に寄ったもうひとつの病室では未だ重苦しい空気が続いていた。

「しばらく来るなと伝えたはずだけど」

 扉の前で仁王立ちした神簇が、白い目で私を見ていった。

「別の用事のついでよ。病院来たのに寄らないのも失礼でしょ、はいお見舞いのフルーツ」

 初耳だったことはともかく、私は不機嫌な顔で籠だけ渡し、すぐ立ち去ることにした。

 まわれ右して十数歩、

「待ちさない」

 神簇は声をかけてきた。

「帰る前にひとつだけ言わせて」

 振り返ると、彼女は沈痛な顔をしながら、

「鳥乃、どんな時でも、現実から目を逸らしたり、驕ったり、逆に塞ぎこんだり、後ろ向きになったりしたら駄目よ」

 それでも、真っすぐ私の顔を見ていったのだ。

「これは、たったいま私の体験談からの忠告だから」

「たったいま?」

「ええ」

 神簇は小さく、けど強く強くうなずく。

「もう少しで、再び貴女との絆が断ち切れてしまう所だったから。いま貴女をそのまま帰してしまったら、絶対後悔することになるってギリギリで気づけたから」

 確かに。

 いま私がこのまま帰ったら、次に会うときどんな顔をして彼女の前に立つのだろうか。いや、そもそも姉妹との接触を避ける私の未来が強く想像できた。

「さっきまで私自身がショックで、まるで自分が一番悲しいんだみたいに驕って、塞ぎ込んで、現実から目を逸らして後ろ向きになってたのよ。貴女の前でまた過ちをまた繰り返す所だったわ」

 そこまで言ってから、神簇は努めて優しい笑顔をつくった。

「鳥乃 沙樹。さっき来るなと言ったばかりだけど、撤回させて頂戴。私は貴女をもう責めようとは思わないわ。だから、貴女がしっかりアンに向き合えるようになったら、その時に来てあげて」

 私は、こっそり神簇の姿に尊敬と劣等感、そして僅かな嫌悪感を抱いた。

 彼女はこれだけ深い闇の中から、自分の力ひとつで抜け出したのだ。そして、自分が犯してしまう所だった間違いをギリギリで回避した。

 一方の私は、彼女が堕ちた闇よりずっと浅い所にいるのに未だ浮かび上がる気配がない。それどころか、足を動かせば動かすほど深みにはまってはいないだろうか?

(ああ、そういうことなのか)

 アンちゃんがあそこまで歪んだのは、きっとこんな体験を幾度となく経験したからなのだろう。そして、私もまたそんなアンちゃんの辿った経緯をなぞり始めていた。

 ――神簇ほど強い人間に、私の見せてる世界がどこまで理解できるのよ。

 って。

 

 

 昼からはちゃんと学校に登校した。

 コンビニで買った栄養補給のゼリーで手早く昼食を終え教室に入ると、梓が鞄の中身を机の引き出しに入れてる所。偶然にも私たちは揃って午前を休んでたのだった。

「おはよう、梓」

 言いながら私は自分の机に鞄を置く。

「おはよう、沙樹ちゃん」

 梓は瞼の下に隈をつくっていた。お疲れと寝不足だろうか、だけど気が休まらず眠気を自覚できない様子だ。

「沙樹ちゃん、瞼の下に隈できてるよ?」

 梓がいった。

「それは梓のほうでしょ」

「え、嘘」

 どうやら、気が休まってないのは私も同じだったらしく一緒にトイレに駆け込み鏡で確認すると、ふたり揃って疲れ切った顔をしていた。

「お揃いだね」

 鏡の前で、梓が力なく笑った。

「揃って酷い顔よね」

 私も力なく笑って返す。

 それから、しばらくの間私たちは並んで鏡越しのツーショットを眺め続けた。特に理由はない。あえていうなら、気力が疲弊しきってて、このタイミングで完全にストップしちゃったからだろう。助言に沿って、ただただ動かしてた足が。

「ロコちゃんって、強いね」

 程なくして、先に口を開いたのは梓だった。

「確かにロコちゃんの言ったのは私たちの言葉だよ? でも、こうして私が実行するとすっごく難しくって」

「ほんとにね」

 そして二人揃ってため息一回。

「思えば、あの時できたのって心が限界超えてたからなのに」

 その場に私は「え?」と振り向き、

「あの言葉、梓の体験談だったってこと?」

「うん」

 梓はうなずく。

「沙樹ちゃんが行方不明になってた時の、あのクリスマスイブの日覚えてる?」

「ん、まあね」

 覚えてますとも。あれがあったから、ある意味私はいまも生きてるのだから。

「私、沙樹ちゃんがいなくなって、世界の終わりみたいな気分だった。ずっと落ち込んで、ずっと泣いてて、気づいたら幽霊みたいに外を彷徨い歩いてた。けど、それがいつの間にか明確に『沙樹ちゃんを捜す』になってて、それであの日ついに」

「私を見つけた」

「うん。だから、何でもいいからまず一歩踏み出すことが重要だって私は思ったの」

 まさか、ここであの日のエピソードと繋がってくるなんて思ってなかった。

「でも」

 しかし、梓はうつむき、

「今回はそんな私のせいで」

「梓?」

「あ、ううん。何でもない」

 どうやら、梓は梓で、自分のせいでアンちゃんがああなった、と思い悩んでるらしい。

(そんなことは無い、実際は私の支援ミスよ)

 本当ならそう言いたかった。けど、それが私の裏の立場を、そして組織の情報を無関係者に伝えてしまうことになる。だから、梓に真実を言えないのがもどかしい。

 それに、もしかしたら言った所で納得はしてくれないかもしれない。

 どうやら私の知らない所で、梓とアンちゃんだけの背景があるようにも映ったから。

「そういえば」

 梓は訊ねた。

「沙樹ちゃんのほうは、ロコちゃんに言ったアドバイスはどうやって出たの?」

「……悪いけど、こっちは特別な背景ないのよね」

 私はいった。

「経験談でもなければ、中身もないし根拠もない。ただその場で慰め彼女を諭す為に口から出た言葉よ。だから、いざ自分がその言葉を言われると、最初はガツンときたけど、思えば私がこうなってるのをアンちゃんが望んでない根拠は何もないし、悪意持った人が望んでるってのは確かだろうけど、だからって、癪だからって簡単に動ける問題じゃないわよね」

 そこに梓の言葉を加えたとしても、すでに失敗から何度も踏み出した末のとどめなのだ。

「あ」

 そっか。私はいま初めて、自分がここまで抜け出せないのか理由に気付いた。

 失敗から傷を残したまま立ち上がりを繰り返し、完膚なきまでに心を折られたから。それも多分あるだろう。

 でもそれ以上に、いまの私、自分に自信も信頼もないんだ。

 そして、だからこそ私に接してくれる人たちも信じきれないでいる。

 私自身が周りの信頼に応えられないし、そんな私を周りが信頼するはずがない。

 もう消えたと思ってた、けどまだ私の中にはしっかり残っていたらしい。

 人間不信という私本来の性格は。

 

 

 昼休みが終わり午後の授業が始まった。

 自覚というのは恐ろしいもので、一度人間不信を自認してしまうと、梓以外の全てが色あせて見えてしまう。世界が一度死ぬ以前に逆戻りした感じだ。

 あらゆるものへの拒絶が強く授業が身に入らないので、休憩時間に入ると同時に私は教室を抜けだし、授業をフケた。実は依頼関係なくサボったのは久々だった。

 そんなわけで、現在私は立ち入り禁止の屋上で日向ぼっこをしている。

 次の授業は体育だったらしい。グラウンドを見ると、クラスメイトの女子たちが体操服姿で組体操をしていた。が、その中には梓はいない。少し探すと、隅で見学してるのが見えた。どことなく瞳は虚ろだった。

「駄目ですよ。授業は受けないと」

 突然、誰もいないはずの隣から声がした。振り返ると、

「木更ちゃん?」

 がいた。

「そっちこそ、授業はどうしたのよって話だけど」

「早退です」

 木更ちゃんはいった。

「早退?」

「いまから試験があるんです。ですから、午前のうちに先生には伝えてあります」

「試験って?」

「いまは秘密で」

 木更ちゃんは詳細に触れることなく、

「本当はこのまま帰るはずだったのですけど、いま先輩のクラスが体育の授業だったじゃないですか。なのに先輩の姿が見えませんでしたので《ワーム・ホール》で屋上に来てみれば」

 木更ちゃんはくすりと笑って、

「ビンゴでした」

 そして、木更ちゃんは私の隣に腰を下ろす。

「お隣、よろしいですか?」

「って既に座ってるじゃない」

「そうですね」

 最初から断らせる気のない木更ちゃんは、その場で体操座りした。

 柔和な頬笑みは健在。けど、よく見るとその瞳に力がなく疲弊しているのが見て取れた。一見私や梓と比べたら余裕があるようにみえる木更ちゃんだけど、彼女だってお世話になった人が死んで友人が意識不明の重体なのだ。精神が参っててもおかしくない。

「アンさん、昨日復学したばかりなのにまたこんな目にあってしまって、クラスでも沈痛な空気が広まってました」

 彼女の口から長いため息が漏れる。その原因は私にあるのだけど。しかし、悪意もなければ地雷を踏んだ自覚もない様子。

 そういえば、アンちゃんは(本人が主犯の)襲撃事件で自宅待機してて、私が任務に就いたことで復学するも二日で再休学、そして昨日復学した当日夜に意識不明の重体、中学時代は虐められてたというし、アンちゃんもしかして学校生活に厄でも憑いてるのではないだろうか。

「何人かはむしろ喜んでそうだけどね」

 私は、自分が酷い返事をしてることに気付かずまま、

「アンちゃん中学時代や酷い虐めを受けたらしいわ。高校ではまだ問題は起きてないみたいだけど、いまでも当時と同じようにアンちゃんが癇に障ってみえる生徒だっていると思うのよね」

「そうですね」

 お互い地雷を踏み合ってるのに気づかないまま、

「実際、いました」

 と、木更ちゃん認める。

「やっぱり」

「けど、私のクラスには彼女に好意的な生徒が多かったですから。それでも何かしようものならリアルPKKが動きます」

「リアルPKK?」

 PKって、リアルと付いてる以上サッカー用語じゃなくてネットのプレイヤー・キラーのほうよね?

「クラスメイトです。法律を勉強してる子で、虐めっ子とかDQNのような方を社会的に潰すのを趣味にしてるんです」

「濃いというよりえげつないわね」

 ああ、だからリアルにPKをKするっていう。

「クラスの敵に回したくない人No.1と評判です」

 むしろNo.1が他にいたら、木更ちゃんのクラスは魔境である。

「あと、それにこれからは鳥乃先輩もいますから」

「私が?」

 まあ、確かに護れそうならアンちゃん護るとは思うけど。

 木更ちゃんは笑顔をつくり、

「下手にアンさんを虐めて先輩の目に止まったら、レズナンパのターゲットにされてしまいますから」

「私に話しかけられるのって罰ゲームか何かなの?」

 なんというクラスだ。

 木更ちゃんは「ふふっ」と、

「下級生や同級生ならまだしも先輩は上級生ですから、誘いを軽々しく断れないからだと思います」

「それはそれでいい気分しないって話だけどね」

「下級生ならナンパの相手をしてくれると受け取ればいいと思いますよ」

 と、木更ちゃんは良い面だけをピックアップして提示してくれる。

「むしろ、クラスメイトに受け入れられてないのは私のほうで」

「……え?」

 木更ちゃんが?

「といっても、虐められてるわけでもないのですけど。機械的で不気味に映るのだそうです、私」

 機械的で、不気味? むしろ彼女は笑顔が多く、特に柔和に微笑んでる姿が魅力的な子なのに。

「心当たりは?」

「いえ」

 首を振る木更ちゃん。確かに、いまの木更ちゃんも「少し哀しい」って顔に出てるも、笑顔といえば笑顔をしている。でも、それが機械的ってどういうことだろうか。

「だからでしょうか、アンさんと先ほどのリアルPKKと私の三人が揃うと、たまに腹黒トリオって」

 アンちゃんは事実腹黒だったし、そのリアルPKKは露骨に腹黒キャラなのだろう、だけど。

「木更ちゃんって、実際腹の底で黒いことを考えてたりは?」

「いえ」

 木更ちゃんは否定し、

「一面真っピンクのかすが様色です」

「よね」

 恐らく冗談なのだろうけど、私からすれば木更ちゃんが機械や腹黒っていうのは正直考えられない。一体彼女のクラスメイトは何をみて彼女をそう言うのだろうか。

 なんて話してて数分。気づくと、私は段々「いつもの私」のノリで談笑しつつあった。あれだけやさぐれてたというのに。

「それでは、私はそろそろ行きますね」

 木更ちゃんはそっと立ちあがった。

「あ、もう行くの?」

「はい。そろそろ、行かないと遅刻してしまいますから」

 と、木更ちゃんは元から笑顔なのに、また微笑み直す。

「では先輩、実技試験はよろしくお願い致しますね」

「え?」

「では」

 私は強く振り返るも、木更ちゃんはそのままデュエルディスクを起動し《強制脱出装置》で消えてしまった。

 校舎に視線を移すといま正に歩いて校門をでる木更ちゃんの姿が映る。

「……木更ちゃん。一体何をしようとしてるの?」

 その答えは、同日の夕方に知ることとなる。

『至急、本日17:30より開始する実技試験を担当せよ』

 という、ハングドからのメールによって。

 

 

 午後16:00、学校が終ると私は《ワーム・ホール》で真っすぐ事務所へと向かった。

「ちっす。早いじゃない」

 室内に入ると、まず高村司令がデスクに座ったまま迎え入れる。

「何が起こったのか気になったしね」

 オフィスは現在、表の原稿作業の真っ最中らしかった。インクの匂いと慌ただしい空気。とても、あと1時間後に裏の仕事があるとは思えない。

「木更ちゃんでしょ?」

「なんだ知ってたの? その通りよ。……あ、そのページの背景は鈴音を回して」

 司令はハングド構成員という名のアシスタントに指示しながら、

「昨日の帰りにハングド入りするって言いだしてさ、まあ決意の眼差しで断れなかったから、落とすつもりで突貫作業の筆記試験用意してみたのよ。そしたら予想に反してクリアされちゃってさ」

 ちなみにハングドは試験を通過しないと入れないとかそういう規定はないし、いつでも加入の門が開いてるわけでもない。

 言ってしまえば、高村司令と鈴音さん、さらにふたりの奥には元帥とよばれる私も知らない真の司令がいるらしくって、その2~3人の判断によって決まるのだ。

「で、これが実際あの子を落とす為に用意した筆記試験だけど」

 はい、と手渡された数枚の用紙に目を通す。1枚はデュエルの知識を指す問題だったけど、残りは軍事知識や戦闘知識など一般人が分かるはずのない問題がズラリと。

「え、これ木更ちゃんがクリアしたの?」

 私でも満点は難しい上、ハングド加入前ならデュエル以外1問も解けなそうな内容なのに。

「まあギリギリではあったけど。どうやらうちの漫画から色々知識吸収しちゃったらしくてさ」

「あー」

 その道のプロがやってるだけあって、どうしてもスタジオミストの漫画は軍事や戦闘において凝った作りになっている。少女漫画やレディース物が主流の鈴音さんでさえ、代表作に海軍舞台のBL物(曰く気の迷い)がある程だ。

「ま、そんなわけでひとつ頼まれてくれない?」

「断るわ」

 私は即答した。

「理由は?」

「言ってしまえば、デュエルで木更ちゃん負かして不合格にしろとかそういう話なんでしょ?」

「ま、そうなるわね」

 肯定する司令。

「けど、私はすでに一度木更ちゃんに負けてるのよね。そんなのが適任とは思えないわ」

「だからよ」

「え?」

 と、訊ねると。

「アンタの最近の成績はあまり良くないわ。一応任務成功を続けてるけど、依頼人の匙加減ひとつで失敗扱いとして処理されてもおかしくないものばかりなのは分かるわよね」

「まあね」

 残念ながら否定する材料はない。

「さらに私が支援に入った結果、増田という大事な人材を失った」

「わかってるじゃない。まあ、そんなわけでさ」

 司令はいった。

「ついでにアンタの契約更新試験も行うわ。あんまり結果が悪いとハングドから登録抹消するからそのつもりで」

「ああ」

 なるほどね。

「ひとつの席をかけてふたりで潰しあえと」

 まあ当然だ。いまの私はハングドの癌なのだろうから、首切る目処がつくなら切りたい存在だろう。そこへ木更ちゃんが筆記試験を突破してきたのだから、私は用無しというわけだ。それが嫌ならまだ戦えることをアピールしろと。

 しかし。

「いや、そんな易しい話じゃないから」

 司令はわざわざ手を振って。

「いま一番可能性が高いのは、“どっちも受け入れない”だから」

「え?」

 木更ちゃんが採用され私が切られるのが内定してる、ならともかくとしてもどっちも切る気って。

(なるほど)

 つまり、人員が更に減るリスクより私を追い出すリターンのほうが高いって算段だったわけね。かつ、木更ちゃんは最初から本当にハングドに迎え入れる気はないと。妥当な判断だ。今日までが温情が過ぎてただけで、私だって立場が逆ならそうする。

「試験内容はスピードデュエルとライフ4000のマスターデュエルを1回ずつ行って貰う。で、木更には最低限どっちか片方には勝利しないとハングド入りはないと伝えてあるわ」

「で、私は最低限全勝しない限り明日から私の席はないわけね」

「少なくとも全敗したら素で無いわ」

 微妙にはぐらかされたけど、意味は同じと私は受け取る。

「木更はいつもの部屋で待機してるわ。時間まで会いに行くのは自由よ。それとデッキ調整は資料室の奥で行って頂戴。以上」

 そこまで言い終え、司令は再び原稿作業に戻ってしまった。

 必要以上に誰かと会う気はなかったので、私は早速資料室へと向かう。

 奥のデスクには花瓶が飾られてあった。

 

 

 午後17:25。

 そろそろ時間だ。私は資料室を出てオフィスへと向かう。

「ちっす」

 他の人たちがまだ原稿作業に精を出す中、高村司令はひとりコーヒーを飲んでいた。まだ木更ちゃんはオフィスに来てないらしい。

「鈴音は先に試験会場をセッティングしてるわ」

 司令はいった。

「木更がきたらすぐ出発するから」

「お待たせしました」

 言った傍から木更ちゃんがやってきた。学校制服の上から紺色のパーカーを羽織り、私服にみせている。

 司令は振り返り、

「きたわね。デッキ調整は大丈夫?」

「はい。試験に臨める最高の仕上がりになったと思います」

「そ、じゃあこれより現地に向かうわ。ついてらっしゃい」

 一足先にオフィスに出る司令。私と木更ちゃんはそれについていく。

 ビル共有のエレベーターに乗り、ハングド専用の隠しボタンを押して地下2階へ。

 扉が開くと、そこは射撃場だった。

 入ってすぐ防弾ガラスに覆われた一室があり、中では鈴音さんがひとり射撃訓練を行っていた。

「拳銃!?」

 驚く木更ちゃん。そういえば彼女は、まだ私たちが発砲する姿さえ見たことがないのだった。モンスターの攻撃でなら見せたものの。

「アンタもハングド入りしたら握ることになるわ」

 司令は扉を開けながら、

「怖気付いた?」

「い、いえ……」

 首を振る木更ちゃん。

「そ」

「来ましたわね」

 鈴音さんが振り返りいった。

「もうお聞きと思いますけど、おふたりには実技試験と称しここでデュエルを2回行って頂きますわ」

「はい」

 緊張した声で木更ちゃんはいった。

「鳥乃、一応試験官として合格条件を」

 司令に諭され私は、

「合格条件は最低限私に1勝はすること。その後、私たちがデュエル内容を審査して欲しい人材と判断されたら合格となるわ」

「はい。よろしくお願い致します」

 ぺこりと丁寧に頭を下げる木更ちゃん。私はそれを虚無を見るような目で眺めた。

 彼女がなぜハングドに入ろうと思ったかは分からない。

 だけど、合格させるわけにはいかない。何故なら、私がここで組織を去るわけにはいかないからだ。

 私は生きるためにこの組織にいる。

 私は一度死に、森口博士らの手で半機械化蘇生された。その為、定期メンテナンスや生命維持には莫大な資金が必要で、その賃金をハングドから稼がなくてはならない。

 それを辞め、梓に別れを告げるわけにはいかないのだ。

「先輩……?」

 木更ちゃんが心配そうに私を見つめる。

「何でもないわ」

 私は返す。

「では、最初はスピードデュエルから行いますわ」

 鈴音さんの言葉に、私たちはデュエルディスクを起動する。

「……」

 木更ちゃんは目を閉じ、数回ほど深呼吸する。そして、

「行かせて頂きますね。鳥乃先輩」

 柔和な頬笑みからの決意の籠った眼差しが、私に真っすぐ向けられ、

『デュエル』

 私たちは同時に叫んだ。

 

 

沙樹

LP4000

手札4

[][][]

[][][]

[]-[]

[][][]

[][][]

木更

LP4000

手札4

 

 

「今回のデュエルの先攻後攻の決定権は木更さんに、マスターデュエルは前回の敗者に与えるものとしますわ」

 と、鈴音さんが宣言すると、デュエルディスクは自動的に選択権を木更ちゃんに譲り渡す。

「では先攻を頂きますね。私のターン」

 そう言うと、木更ちゃんは早速1枚のカードをデュスクに読み込ませた。

「魔法カード《強欲で謙虚な壺》発動します。デッキから3枚のカードをめくり、そのうちの1枚を手札に加えます」

 木更ちゃんの前に、3枚のカードが姿を現す。

 

 《クリフォート・アーカイブ》《スキルドレイン》《スキルドレイン》

 

「私は《スキルドレイン》を手札に、残りをデッキに戻します」

「早速きたわね」

 しかも私の記憶が正しければ、前にデュエルしたときもこの流れだった気がする。

「そして、《クリフォート・ゲノム》を召喚して、カードも2枚伏せて私はターンを終了します」

「なら、私のターンね」

 私は少しフィールを込め、

「ドロー」

 と、カードを引く。そして、

「ライフを1000払い、《スキルドレイン》を発動」

 と、予想通り使ってきた罠カードを。

「速攻魔法《サイクロン》」

 いまフィールで呼び込んだ速攻魔法で対処。そのまま手早くプレイングを進める。

「《幻獣機テザーウルフ》を通常召喚、効果で幻獣機トークンを生成。カードをセットして《クリフォート・ゲノム》に攻撃。ダメージステップ時にトークンをリリース。攻撃力を800上げて撃破。ターンを終了」

 突き放すように、かつノータイムで自分の手番を終えると、

「……え?」

 木更ちゃんがきょとん、となった。

 瞬きひとつしてる間に再び自分のターンがまわってきた。狙い通りに事が進んでるなら、いま彼女はそんな心境にあるだろう。

「何で、こんなに私のライフが削れて」

 

《幻獣機テザーウルフ》 攻撃力1700→2500→1700

木更 LP4000→3000→2300

 

 《スキルドレイン》も効果の適用前に破壊された為にゲノムの効果無効は不発。発動コストはしっかり払われた分、想定以上のダメージに思考が追いついてないらしい。

「どうしたの、木更ちゃんのターンだけど」

 私はわざと急かした。

「は、はい。私のターン。ど、ドロー……します」

 木更ちゃんは困惑を残したままカードを引き抜く。が、そんな状態で引き抜いたカードは、やはりあまりよろしいものではなかったらしい。彼女の表情が一瞬落胆したのが見えた。

「私は《クリフォート・シェル》を通常召喚し、テザーウルフに通常攻撃します」

 その結果、テザーウルフが攻撃力1700だからと攻撃力1800で戦闘破壊に掛かる短絡的な戦術に至るわけで。

「ダメージ計算前に、手札の《幻獣機ジョースピット》を墓地に送って効果を発動。テザーウルフの攻撃力を400アップさせて、幻獣機トークンを1体生成」

 

《幻獣機テザーウルフ》 攻撃力1700→2100

 

 テザーウルフの攻撃力は2100、これでシェルの攻撃を返り討ちに。

「でしたら、私もリバースカード《禁じられた聖杯》を発動します」

 え?

「この効果によって《クリフォート・シェル》の効果を無効にし、攻撃力を400アップします」

 

《クリフォート・シェル》 攻撃力1800→2800→3200

 

 もしかして、短絡的な攻撃じゃなかったって話?

 ジョースピットの援護射撃と連携しつつテザーウルフは《クリフォート・シェル》を鉄網で括りつけようとするも、シェルは全ての攻撃を防護フィールドで弾き、代わりに光線を一発テザーウルフに叩きこむ。本来ならこれで破壊されていたのだろうけど。

「っ、私の場にトークンがいる場合、テザーウルフは戦闘・効果では破壊されないわ」

 言ったものの、揺さぶりが失敗していた事に私は内心ショックと苛立ちに囚われてしまう。実際には《禁じられた聖杯》は前のターンに既に伏せられてたカードなので、テザーウルフが攻撃した前のターンに使ってれば逆に返り討ちを狙えたので「ちゃんと揺さぶりは成功して自分のターンで持ち直した」のだろうけど。

(そんな、もっと何もさせずに勝つ位じゃないと私の首が危ないのに)

 なんて、元々メンタルがボロボロだったのと焦りとで、少なくともデュエル中は気づくことがなかった。

 

沙樹 LP4000→2900

 

「私はこれでターンを終了します」

 木更ちゃんの手番が終わる。私はここで手と口が勝手に動き、

「速攻魔法《航空衝突(バードストライク)》を発動」

 と、脊髄反射でカードを発動してしまう。

「え?」

 今度は木更ちゃんからこの反応。私も心の中では同じ反応をしたけど、思えばこれが正解だったのだ。

「このカードは私の幻獣機と相手カードを1枚ずつ選択して発動し破壊するカード。私は《クリフォート・シェル》と《幻獣機テザーウルフ》を選択して破壊。だけどテザーウルフはトークンがいる限り効果破壊されない効果を持つ。その為」

「私のシェルだけが破壊、ですね」

 木更ちゃんが認めたと同時に2体のモンスターは衝突し、《クリフォート・シェル》だけが破壊される。

 危なかった。

 どうやら焦って頭のほうはやるべきプレイングを忘れてたけど、ハングド生活で培ってきた体はちゃんとプレイングを覚えてくれてたらしい。

 そして、木更ちゃんが変な手札を握ってなければ、この勝負は終わった。

「私のターン」

 と、私はカードを1枚引いて、

「ユニオンモンスター《幻獣機カジキソード》を通常召喚」

 フィールド上に出現したのは鋭い剣のような吻を持った幻獣機。

「そして、カジキソードをテザーウルフに装備。この時、カジキソードの効果によって幻獣機トークンを1体生成」

 カジキソードが幾つものパーツに分解されると、それぞれがテザーウルフの追加装甲として装着されていく。最後にテザーウルフの鉄網の先に吻が取り付けられ一本の長い凶器へと早変わり。

「カジキソードを装備したモンスターは自身のレベルまたはランク×200ポイントアップ。そして私の場には幻獣機トークンが2体いるから現在テザーウルフのレベル10」

 

《幻獣機テザーウルフ》 攻撃力1700→3700

 

 表示されたテザーウルフの攻撃力を前に、木更ちゃんは少し残念そうに柔和な表情を浮かべ、

「これは、スピードデュエルは私の負けですね」

 と、認めた。

「まだ終わった気になるのは早いって話よ」

 私はそう伝え、

「《幻獣機テザーウルフ》で木更ちゃんにダイレクトアタック」

 攻撃を宣言。

 テザーウルフは木更ちゃんに向けて鉄網を伸ばし、フィールでリアル化した凶器で木更ちゃんの腹部を貫く。

 

木更 LP2300→0

 

「――え?」

 何が起こったのか分からない、といった様子で目を見開く木更ちゃん。その口からは一筋の血が垂れ落ち、テザーウルフが刃を引き抜くと、傷口から血を流しながらその場で倒れた。

「ちょ、鳥乃!?」

「沙樹、一体何を!」

 驚いた司令と鈴音さんが声を荒げる。

「大丈夫、殺してはいないから」

 私はいった。

 実際リアルに傷がつかないようフィールは調整してた為、程なくして血のビジョンは消滅。先に彼女の口から垂れたものもただの嘔吐物がビジョンで血に映しててたものと判明する。しかし、

「やり過ぎですわ、沙樹」

 鈴音さんはいった。続けて司令も、

「確かにハングドに所属すれば死の危険性はあるわ。これが実戦ならあの子は死んでたわけだし、実際それで増田は死んだわ。けどさ、さすがに試験でアレはないわ。幾ら肉体傷つけてはいなくても、ショック死だってありえたでしょ」

 けど私は、

「これで死ぬなら、どっちみちハングドじゃ不採用じゃない。それに幾ら試験だからって簡単に無防備晒すような人をハングドに入れれないって話よ。違う?」

 と、突っぱねてやった。

 言ってることは間違ってないはずだ。いまの木更ちゃんの失態はハングド加入を検討する上で大きなマイナスになったのは確実。しかし、

「アンタもね」

 直後、腹部で覚える激痛。それが司令の放った腹パンと気づいた時には、私は胃からこみ上げるものを我慢しながらその場に蹲っていた。

「不必要に人殺しかけるような奴はウチの組織に要らないから」

 司令はそういって、床に転がる私を蹴飛ばした。

「ぐっ」

 更に転がる私。

「沙樹!」

 こちらに駆け寄る鈴音さん。

 そんなふたりを背に、司令は木更ちゃんに手を伸ばし、

「立てる?」

「は、はい……なん、とか」

 未だ痛みに顔を歪ませながら、木更ちゃんは司令の手を受けて何とか立ち上がった。

「次のデュエル。何ならチェンジ受け付けるわよ?」

「いえ、私は大丈夫ですから」

 司令の言葉に木更ちゃんは首を振って断る。

「いいの? こんな試験で命を賭けなくても」

「ありがとうございます。けど、賭ける必要もありませんから」

 木更ちゃんはいつもの柔和な微笑みを取り戻して。

「先輩が私を殺すつもりなんてありえませんから」

「けど、さっき」

「先ほどは加減を忘れていただけなのでしょう? 寧ろ、増田さんとアンさんを失って、それだけ心に余裕がないのに試験官を引き受けて下さったんです。そのお気持ちを無下にはできません」

 なんて事情を知らずにのたまう。

「木更……」

 その異様な程にプラス思考な言葉を聞かされ、司令は唖然となる。

 私は彼女の言動に苛立ちを覚え、

「どうして笑顔でいれるのよ」

 と、自力で起き上がりながら訊ねた。

「木更ちゃん、あなた死ななかったにしても死ぬほどの痛みは受けたはずでしょ。なのに、どうしてその加害者を前に笑顔でいられて、そして私を味方してるのよ」

 私だって、腹貫かれて平気でいられるなんて無理なのに。

「先輩を悪者にしたくありませんから」

 木更ちゃんはいった。その柔和な表情のまま。

「もちろん、私も人間ですから、怖くないはずがありません。またあんな目に遭うかもしれないのですし、いまだって先輩に睨まれて、さっきのトラウマで体震えてるんですよ、ほら」

 と、木更ちゃんは貫かれた腹部に両手を当てる。確かに震えていた。いや、ここで木更ちゃんの全身がずっと怯えるように震えてたのに気づいた。

 その笑顔のせいで気づかなかったのだ。

「けど、私も覚悟と目的があってこの場にいるのですから逃げるわけにはいきません。そして、先輩を悪者にしたまま私がハングド入りするのは望むものではありませんから」

 だから微笑むの? あんなに全身震えてるのに。

 そういえば、屋上でも木更ちゃんは疲れ切ってたのに柔和な笑みを浮かべていた。あのときは気にならなかったけど、木更ちゃんは普段から無理してでも笑い続けてるのだろうか。

 それも、頬笑み慣れて、痛々しさを見せないほどに。

「この世に、そういう方は割といるそうですわ」

 鈴音さんがいった。

「人の特徴なんてものは千差万別ですから一概には言えませんけど」

「けど?」

「心の闇を抱えてる方のパターンのひとつに、普通の人間では笑えない状態でも笑顔を出せる方がいるそうですわ」

 え?

「木更ちゃんが、心の闇?」

 私の知る木更ちゃんは、いわゆる清純系の見た目で、立ち振る舞いも丁寧で、微笑んだ顔が魅力で、力強さは足りないけど柔和で穏やかな子だ。

 そして、とても間に合う子でもあった。家事ができて、気配りも上手で、聞き分けもよくて従順。程々に自分の意見はいうけど逆らったりせず、だけど許される範囲で相手を困らせる程度の茶目っ気も見せる。

 だけど、私が好意的に見てた木更ちゃんが全て作りものだとしたら、心の闇を隠す為の仮面だったとしたら、私は木更ちゃんの何を見てたのだろうか。屋上で彼女が言ってた「腹黒くない」も嘘だったのか。

 私は彼女のことを何も知らなかったのだ。彼女を機械的で不気味と称する彼女のクラスの子たちよりずっと。

「私はもう大丈夫ですから、実技試験の続きをお願いします」

 木更ちゃんはいうも、今度は周囲のほうが動揺している。

 程々に感情豊かにみえてた彼女の思考が、いまは全く読めない。機械的とはよくいったもので、「円滑な対人と進行」というプログラミングに沿って動いてる人間を相手にしてるかのよう。

 感情を感じさせないのだ。笑顔からも、一見自然に見える言動からも。

「分かったわ、司令も鈴音さんも、それでいい?」

 いつもの私なら、その本心を引き出しワンナイトラブにとか言ってたんだろうけど、いまの私にそんな余裕はない。

 心が折れたままだからか、“レズの肌馬”になる前のキャラに戻ってるせいか、それだけ木更ちゃんの正体にショックを受けてたからか。

「霧子さん、私からも、もう一度沙樹にチャンスを与えてあげてくださいませ」

 鈴音さんが頭を下げると、

「いいわ」

 司令がいった。

「ただし鳥乃、今度は木更を殺しかねないことはしないように」

「分かってるわ」

 私はうなずき、

「私だって、ここでハングドを辞めるわけにはいかないって話だし」

 そういって私は木更ちゃんに向き直る。

 そして、

『デュエル』

 私たちは同時に口にした。

 

 

沙樹

LP4000

手札5

[][][][][]

[][][][][]

-[]-[]-

[][][][][]

[][][][][]

木更

LP4000

手札5

 

 

 今回のデュエルは、前回の敗者に先攻後攻の決定権がある。そして、このデュエルは変則マッチ戦として受理されたらしく先ほど一度ライフが0になった木更ちゃんのフィールは全損していない。

「先攻を頂きます」

 木更ちゃんは宣言しながら手札を5枚引き抜く。その際、いきなり結構な量のフィールを初期手札にぶち込んだのが見えた。

 恐らく、木更ちゃんの手札はかなり『完璧な手札だ』状態のはず。

「いきますね」

 木更ちゃんは早速手札からカードを2枚私に見せると。

「私はスケール1の《クリフォート・アセンブラ》とスケール9の《クリフォート・ツール》でペンデュラムスケールをセッティング!」

 木更ちゃんの左右に光の柱が並び立つと、それぞれの内側にクリフォートモンスターが昇っていく。

「これで私はレベル2~8のクリフォートモンスターを同時に召喚が可能。ペンデュラム召喚! 来てください、私のモンスターたち」

 上空に時空の穴が発生すると、中から3つの光が降り立ち、3体のクリフォートに姿を変える。

「私が召喚したのは《クリフォート・エイリアス》2体、そして《クリフォート・ゲノム》になります」

 Pゾーンを埋めて、いきなり3体のPモンスターの召喚。しかし、これで木更ちゃんの手札はゼロだ。

 でも、Pゾーンに置かれてる《クリフォート・ツール》には、

「ツールのP効果。ライフを800払ってデッキからクリフォートを手札に加えます。私はこの効果で《アポクリフォート・カーネル》をサーチ」

 カーネルをサーチって、まさか。

「私は《クリフォート・エイリアス》2体と《クリフォート・ゲノム》をリリース。アドバンス召喚。プログラム実行、クリフォト・ドット・エグゼ。起動せよ、《アポクリフォート・カーネル》!」

 3体のモンスターが光の粒子になって消え、出現したのはまるで要塞かのような巨大なモンスター。そのレベルは9。

 確か《アポクリフォート・カーネル》は黒山羊の実に狙われ、スタジオミストに匿って貰う原因にもなった彼女の切り札にしてフィール・カード。そんなカードをまさか初手で、それも手札をフルで使った出してくるなんて。

「私はこれでターンを終了します」

 木更ちゃんの強烈な初手が終わる。しかし、それでは終わらず、

「そのターン終了時、アセンブラのP効果。私がアドバンス召喚の為にリリースしたクリフォートの数だけカードをドローします」

「あ」

「私はこれでカードを3枚ドローします」

 ハンドレスだったはずなのに、一気に手札を肥やす木更ちゃん。

 そういえば、私が前にデュエルしたときも、このカーネルとアセンブラで詰み同然になりダーク・ドローを使ったのだ。しかも、今回は初手で。軽く悪夢を覚えそうな光景である。

「私のターン、ドロー」

 カードを引くも、私の手札にはいますぐカーネルを対処できるカードはない。

 あのモンスターは攻撃力は2900な上、魔法・罠・レベルもしくはランクが8以下のモンスター効果を受けず、1ターンに1度《心変わり》効果を使ってくる極悪カード。下手なデッキだと、この1枚を対処する為にリソースを全て注ぎかねない上に、機会を待つにも上手く耐えないと希望の目を根こそぎ奪われかねない。

(なら)

 私は手札からカードを2枚選び、ディスクに差し込んだ。

「私はこのターン、モンスターを召喚しない。カードを2枚セットしてターンを終了するわ」

 私の前方に2枚の裏側表示のビジョンが浮かび、すぐさま手番は木更ちゃんに戻る。

 

沙樹

LP4000

手札4

[][《伏せ》][《伏せ》][][]

[][][][][]

-[]-[]-

[][][][《アポクリフォート・カーネル》][]

[《クリフォート・ツール》][][][][《クリフォート・アセンブラ》]

木更

LP3200

手札3

 

 一方、外野でも、

「あれが鳥乃を倒したっていう木更のフィール・カードね。何というかアレね。初手ラスボス」

 司令の呟きに、

「その通りな性能なのがまた恐ろしいですわ」

 と、鈴音さんは同意し、

「沙樹にとってもプレッシャーですわね。自分を負かした盤面に初手から立ち会うんですもの、けど」

「まあね。幾らメンタルにガタが来てるとはいっても、前回と違って手札に余裕がある以上ここを乗り越えれないようなら素でハングドは諦めて貰うわ」

 と、更にプレッシャーをかけてくる。

「私のターン、ドローします」

 木更ちゃんはカードを引くと、

「まずはツールの効果です。800ライフを払って、デッキから《機殻の凍結(クリフォートダウン)》を手札に加え」

 

木更 LP3200→2400

 

 忘れずサーチを行った後、

「《クリフォート・アーカイブ》を通常召喚します」

 と、新たなクリフォートを場に出す。って、EXデッキからP召喚できるのにどうして?

「そして、このまま《クリフォート・アーカイブ》で先輩に直接攻撃します」

 アーカイブから一本の光線が私に向けて放たれた。そこへ、クリボーを垂らした一機の偵察機が現れ、攻撃を代わりに防ぐ。

「手札から《クリ瑞雲》を捨てて効果発動。私の場に幻獣機トークンを特殊召喚し、代わりにこのトークンと戦闘を行って貰う。そしてこの戦闘では幻獣機トークンは破壊されないわ」

 そしてカーネルの攻撃を幻獣機トークンで受ければ、このターンは耐えられる。

「やっぱり、幻獣機トークンで防いできましたね」

 そこへ木更ちゃんの言葉。

「え」

 読まれてた?

「ごめんなさい、ハングドに記録されてる先輩のデュエル戦歴はすべて確認させて頂きましたので」

「はァ?」

 反応したのは司令である。

「ちょ、木更アンタ。どうやってそのデータ入手したのよ。ハングドだってセキュリティガバガバじゃないのよ?」

 慌てる司令に木更ちゃんは、あの柔和な顔で。

「昨日ハングドのパソコンから先輩と通信していたときに、《アポクリフォート・カーネル》のフィールで直接」

「な……」

 そういえば、木更ちゃんは元々かすが店長のマンションのセキュリティをハッキングして突破するようなフィールの持ち主だったのだ。タブレットから回線を繋いでハッキングするならともかく、起動中のパソコンに直接手を出したのなら何とかなってしまうのかもしれない。

 そもそも何故か神簇までも情報を色々入手してたようだし、あっちは忍者のおかげかもしれないけど。

「と、とりあえず。ハングドで雇う上でハッカーや斥候の適正が高いことが発覚しましたわね」

 鈴音さんが頭を抱えいった。

「確認した所ですけど、鳥乃先輩は幻獣機トークンを使っての防御力が高いようでしたから今回も直接攻撃に対し使ってくるものと思ってました」

 そう木更ちゃんはいうと、

「《アポクリフォート・カーネル》で攻撃はしません。メインフェイズ2に移行します」

 と、宣言。

「《アポクリフォート・カーネル》のモンスター効果、ターン終了時まで幻獣機トークンのコントロールを得ます」

 破壊せず、カーネルの効果でモンスターを奪ってきた木更ちゃん。しかし、すでにモンスターの通常召喚は終わったはず。なら一体何を?

「これで、私のフィールドにはアーカイブとトークンで機械族が2体」

 木更ちゃんはそっと手を伸ばす。すると、彼女を基点に眩い光が放たれ、瞬く間に辺りは真っ白の世界に切り替わる。

 その中心から、木更ちゃんはいった。

「かすが様に届け、私のサーキット!」

『えっ!?』

 驚き声を発したのは、私たち3人全員だった。

 木更ちゃんの真上にリンクマーカーが出現する。いまの私でさえ「ここにきてかすが様なの?」と言いたくなる口上はともかく、これはリンク召喚。

「召喚条件は機械族モンスター2体。私は《クリフォート・アーカイブ》と幻獣機トークンをリンクマーカーにセット。プログラム起動、クリフォト・ドット・エグゼ。リンク召喚、解放せよリンク2、《クリフォート・ゲニウス》!」

 光の世界が終わると同時に出現したのは、クリフォートの中から一体の黒い精霊が半身抜け出たモンスターの姿。攻撃力は1800。

「霧子さん! あのカード、フィール・カードですわ」

 鈴音さんが即座に解析を終え、いった。

「ちょ、木更が持ってたフィール・カードってカーネルだけじゃなかったってこと?」

 驚く司令。

 まさか、ここにきて新たなフィール・カード、それもリンクモンスターがくるとは思わなかった。

「更に、私はここでペンデュラム召喚を宣言します。再び来てください、私のモンスターたち。《クリフォート・ゲノム》! 《クリフォート・アーカイブ》!」

 そしてゲニウスのリンク先にEXデッキから2体のクリフォートが召喚される。

「ここで《クリフォート・ゲニウス》の効果が起動します。このカードのリンク先にモンスター2体が同時に特殊召喚された時、私はデッキからレベル5以上の機械族モンスター1体を手札に加えます。私が手札に加えるのは2枚目の《クリフォート・ツール》」

 と、デッキから目当てのカードを探し、木更ちゃんは手札に加える。

「生前の増田さん曰く木更さんはデュエルの腕は並程度だそうですわ」

 ここで、鈴音さんと司令の会話が耳に届いた。

「このターン、木更さんはEXデッキのクリフォートをペンデュラム召喚できる状況でわざわざアーカイブを通常召喚してましたわ。私はあの時プレイングミスと思ってたのですけど」

「最初から鳥乃のトークンを使うつもりで手札のクリフォートを使ったと」

「ええ」

「その結果、リンクモンスターを介して2体のモンスターをEXデッキから呼び出しサーチまでやってのけた。相当デュエルの腕が上がったってわけね」

「いえ、問題は別にありますわ。考えてみてくださいませ、そもそも沙樹の戦歴を調べるために“昨日の時点で”データを収集してたのですわ」

「あ、滅茶苦茶研究する時間あるじゃん」

「そこじゃないですわ」

 鈴音さんの呆れた声。

「そこも正解ですけど、私が言いたいのは。……この実技試験まで、それも試験官に沙樹が選ばれるまで全て木更さんの計画のうちだったのでは、ということですわ」

「ちょっ」

 驚く司令。しかし、

「そしてカードを2枚セットしてターンを終了します」

 木更ちゃんのターン終了宣言。会話が凄く気になる内容に入りだしたのだけど、これ以上耳を傾ける余裕はない。

 しかも、ここにきて2枚のセットカード。恐らく1枚は《機殻の凍結(クリフォートダウン)》なのだろうけど。

「なら、こっちもターン終了時に速攻魔法《スケープ・ゴート》を発動。場に羊トークンを4体特殊召喚」

「えっ!?」

 今度驚いたのは木更ちゃんだった。このカードは間違いなくハングドの戦歴にない、私が初めてデュエルに使ったカードだからである。

 

沙樹

LP4000

手札3

[][][《伏せ》][][]

[《羊トークン》][《羊トークン》][《羊トークン》][《羊トークン》][]

-[]-[《クリフォート・ゲニウス(木更)》]-

[][][《クリフォート・アーカイブ》][《アポクリフォート・カーネル》][《クリフォート・ゲノム》]

[《クリフォート・ツール》][《伏せ》][《伏せ》][][《クリフォート・アセンブラ》]

木更

LP2400

手札3

 

「そして、私のターン」

 私はカードを1枚引き抜き、早速羊トークンを1体フィールドから剥がす。

「座標確認、私のサーキット。ロックオン!」

「っ!?」

 木更ちゃんは更に驚き、

「サーキット、ということは先輩もまさかリンク召喚を」

「召喚条件は通常モンスター1体。私は羊トークンをリンクマーカーにセット」

 上空にリンクマーカーが出現した。ただし、木更ちゃんと違うのは辺りの風景を書き換える事はなく、位置も前方、大体私と木更ちゃんの位置のちょうど真ん中に浮かび上がっている。そこに羊トークンがカタパルトから射出されるように地を滑り飛び上がり、音速を超える演出でマーカーに搭載された。

「リンク召喚! 起動せよ、リンク1《リンク・スパイダー》!」

 こうして出現したのは、以前増田から勝手に借りて神簇とのデュエルで使った電子の蜘蛛。現在は増田を取り込んだ事で私のカードとなっている。

「そして続けて、座標確認、私のサーキット。ロックオン!」

「二度目!?」

 またまた驚く木更ちゃん。

「召喚条件はモンスター2体。私は羊トークン2体をリンクマーカーにセット」

 同じように出現したリンクマーカーに、今度は2体の羊トークンが射出され、マーカーに搭載される。

「リンク召喚! 起動せよ、リンク2《セキュリティ・ドラゴン》!」

 2体目のリンクモンスターは、電子で出来た小型の竜。

「《セキュリティ・ドラゴン》のモンスター効果。このカードが相互リンク状態の場合に1度、相手モンスター1体を持ち主の手札に戻す」

 この効果で私は《クリフォート・ゲニウス》をバウンスしようと思ったけど、

「ですけど、《クリフォート・ゲニウス》は魔法・罠、そして自身以外のリンクモンスターの効果も受けません」

 と、木更ちゃんがいうので。

「だったら《クリフォート・アーカイブ》を手札に戻して貰うわ」

 この効果ならカーネルを戻す選択もできた。けど、何となくこの選択は駄目な気がしたのだ。このカードはちゃんと破壊し墓地に置かないといけないって。

「そして、三度目の座標確認、サーキットロックオン!」

 再びリンクマーカーを出現させる。さすがに今度は木更ちゃんも予想してたみたいで驚かれなかった。

「召喚条件は効果モンスター2体以上。私は《リンク・スパイダー》と《セキュリティ・ドラゴン》をリンクマーカーにセット。リンク召喚! 起動せよ、リンク3《デコード・トーカー》!」

 こうして出現したのは、ミストラン戦で増田も使った、彼のフェイバリットだったモンスター。

「そして《幻獣機メガラプター》を通常召喚」

 続けて1体の幻獣機を《デコード・トーカー》のリンク先に召喚しておく。攻撃力は1900。

「《デコード・トーカー》はの攻撃力は、このカードのリンク先のモンスターの数×500アップするわ。いまこのモンスターのリンク先には羊トークンとメガラプターの計2体、それにつき攻撃力は1000ポイントアップする」

 

《デコード・トーカー》 攻撃力2300→3300

 

 この効果によって、《デコード・トーカー》の攻撃力は3000以上。これでカーネルを戦闘破壊可能になった。

「じゃあ行かせて貰うわね。《デコード・トーカー》で《アポクリフォート・カーネル》を、《幻獣機メガラプター》で《クリフォート・ゲニウス》をそれぞれ戦闘破壊」

 私が宣言すると、まず《デコード・トーカー》がカーネルに飛び掛かり、手に持つ剣で横薙ぎに両断し、続けてメガラプターが機銃の雨を降らせてゲニウスを蜂の巣にし、破壊する。

 

木更 LP2400→2000→1900

 

「私はこれでターン終了するわ」

 まだ木更ちゃんの場には《クリフォート・ゲノム》が残ってるけど、それも対処するだけの手札は残念ながら持ち合わせてなかった。

 とはいえ。

「一応、増田さんのカードは使いこなしてるみたいですわね」

 と、鈴音さん。一応アピールには成功したらしい。

「じゃなければ浮かばれないわ」

 けど司令は不満のようで煙草を一本咥え、煙を吐いた。

 

沙樹

LP4000

手札3

[][][《伏せ》][][]

[《羊トークン》][][《幻獣機メガラプター》][][]

-[《デコード・トーカー》(沙樹)]-[]-

[][][][][《クリフォート・ゲノム》]

[《クリフォート・ツール》][《伏せ》][《伏せ》][][《クリフォート・アセンブラ》]

木更

LP1900

手札4

 

「私のターン、ドローしますね」

 しかし木更ちゃんはカーネルを倒されたというのに、柔和な表情を崩さずカードを1枚引き抜く。それが無言のプレッシャーになると分かってやってるのか、もしくは本当にショックという感情を刺激されなかったのか。

「私はここで罠カード《機殻の凍結(クリフォートダウン)》を発動。このカードは発動後、機械族の効果モンスターとして場に特殊召喚されます」

 その上、この《機殻の凍結(クリフォートダウン)》は1体で3体分のリリース素材になるのだけど、すでにカーネルは破壊済。問題はない、と思いきや。

「再びかすが様に届け、私のサーキット!」

 まさかの再リンク召喚!?

「召喚条件は機械族モンスター2体。私は《クリフォート・ゲノム》と《機殻の凍結(クリフォートダウン)》をリンクマーカーにセット。プログラム起動、クリフォト・ドット・エグゼ。リンク召喚、解放せよリンク2、《クリフォート・ゲニウス》!」

 しかも、また《クリフォート・ゲニウス》だった。

「2枚目の同名フィール・カード!?」

 司令が驚く。続けて鈴音さんが、

「しかも解析した所複製フィール・カードではありませんわ」

 つまり、木更ちゃんは本物のフィール・カードでかつ同じゲニウスを最低2枚所有していることになるのだ。

「そして再び来てください私のモンスターたち。EXデッキから《クリフォート・エイリアス》と《クリフォート・アーカイブ》をペンデュラム召喚。これにより、ゲニウスのリンク先に2体同時にモンスターが特殊召喚された事で効果を発動、デッキから」

 と、木更ちゃんはデッキから目当てのレベル5以上の機械族を探し当て、

「《アポクリフォート・キラー》を手札に加えますね」

 と、思考停止したくなるような言葉をさらっといった。

 え? いま、アポクリフォートって? しかもカーネルではなくキラーっていった?

「《クリフォート・ゲニウス》のもうひとつの効果を発動します。私のモンスターと先輩のモンスターを1体ずつ対象として発動し、ターン終了時まで効果を無効にします。私が選択するのは《クリフォート・エイリアス》と《デコード・トーカー》」

 ゲニウスはそんな効果まで持ってたらしい。だけど。

「自分フィールドのカードを対象とする相手の魔法・罠・モンスターの効果が発動した時、このカードのリンク先の自分のモンスター1体をリリースして、……あ」

 しまった。そうじゃないか。

「はい。《クリフォート・ゲニウス》はリンクモンスターの効果を受けません」

 《デコード・トーカー》には、リンク先のモンスターをリリースする事で、私のカードを対象する効果を無効にして破壊できる。しかし、ゲニウスはその効果を受け付けないのだ。

「では、2体の効果をターン終了時まで無効にしますね」

 《デコード・トーカー》の体を闇が絡みつき、効果を封じられる。これにより、

 

《デコード・トーカー》 攻撃力3300→2300

 

 攻撃力のほうも元々の数値へとダウン。一方、《クリフォート・エイリアス》のほうは。

 

《クリフォート・エイリアス》 攻撃力1800→2800

 

 と、効果が無効化され攻撃力が寧ろアップしている。

「装備魔法《機殻の生贄(サクリフォート)》を《クリフォート・アーカイブ》に装備します。このカードは装備モンスターの攻撃力を300アップし、戦闘で破壊されず、クリフォートをアドバンス召喚する際に2体分の素材にできます」

 そして、木更ちゃんの手札にはさっきサーチした。

「私は《クリフォート・アーカイブ》と《クリフォート・ゲニウス》リリース。このモンスターは特殊召喚できず、自分フィールドのクリフォートを3体リリースしてのみ通常召喚できます」

 予想通り、出してくるらしい。

「アドバンス召喚。プログラム実行、クリフォト・ドット・エグゼ。起動せよ、《アポクリフォート・キラー》」

 2体のモンスターが光の粒子に消え、代わりに現れたのはカーネルとはまた別の巨大な要塞のようなクリフォート。レベル10、攻撃力3000。

「《アポクリフォート・キラー》のモンスター効果。このカードは魔法・罠カードの効果を受けず、このカードのレベルよりも元々のレベルまたはランクが低いモンスターが発動した効果も受けません」

 ここまではカーネルと同じ効果。予想できたもの。しかし、

「そして、このカードがモンスターゾーンに存在する限り、特殊召喚されたモンスターの攻撃力・守備力は500ダウンします」

「……は?」

 私は、つい半眼でガン付けるようにいった。普段の私ならそこまでヤンキーな反応はしなかったと思うけど。

 それでも、カーネル耐性のレベル10で、攻撃力3000のくせに、特殊召喚されたモンスターの攻守が500下がる? それだけでカーネルが優しく感じるレベルの性能だ。効果がそれだけだったなら嬉しいのだけど。

 

《クリフォート・エイリアス》 攻撃力1800→2800→2300

《デコード・トーカー》 攻撃力2300→1800

 

 現状の救いといえば、この効果は木更ちゃんのクリフォートにも効果が及ぶことだろうか。

「墓地に送られた《機殻の生贄(サクリフォート)》の効果、デッキから2枚目の《クリフォート・アセンブラ》をサーチします」

 しかも、さらにクリフォートをサーチする木更ちゃん。さりげに彼女の手札には2枚目のツールとアセンブラが握られてることに。

「そしてリリースされた《クリフォート・アーカイブ》も効果を発動します。このカードがリリースされた場合、フィールドのモンスター1体を持ち主の手札に戻します。私は《デコード・トーカー》を選択します」

「なら、羊トークンをリリースして《デコード・トーカー》の効果を」

「残念ですけど、ゲニウスの効果で無効になってますから」

「あっ」

 しまった。

「では、ここで戦闘に入ります」

 《デコード・トーカー》がフィールドを離れたのを確認してから、木更ちゃんはバトルフェイズへと移行する。

「まずは《クリフォート・エイリアス》で羊トークン戦闘破壊します」

 羊トークンの守備力は0、耐えられるはずもなくエイリアスの光線を浴び一瞬にして消し炭に変り、

「《アポクリフォート・キラー》で《幻獣機メガラプター》を攻撃します」

 トークンを失った所へ、キラーの巨体が起動、巨大なビーム光線をメガラプターに向けて放つ。しかし、私が伏せカードを使用すると、そのホログラムのデコイが出現し、攻撃の囮となる。

「罠カード《空中補給(エアリアル・チャージ)》を発動。1ターンに1度、このカードは場に幻獣機トークンを生成するわ。そして《幻獣機メガラプター》はトークンが場にいる限り戦闘・効果では破壊されない」

「けど、戦闘ダメージは受けていただきます」

 ビジョン上ではトークンが代わりに受けたように映ったものの、ルール上は間違いなく《幻獣機メガラプター》が攻撃を受けた。結果、攻撃力の差分が私のライフから削られる。

 

沙樹 LP4000→2900

 

「そして、メインフェイズ2に入って《アポクリフォート・キラー》のモンスター効果」

 やっぱりキラーは他に効果を持っていたらしい。

「この効果によって、相手は自身の手札・フィールドのモンスター1体を墓地へ送らなければならなくなります」

 は?

「なにそれえぐい」

 言ったのは私ではなく司令である。私は再びガン付けながらも、最早声さえ出ない。

「幻獣機トークンを墓地に送るわ」

 フィールドから消滅するトークン。《空中補給(エアリアル・チャージ)》のコストが払う余裕がなくなるものの仕方ない。

「私はこれでターンを終了します。この時、私は《クリフォート・アセンブラ》のP効果でカードを2枚ドローし、手札が7枚になった為いまドローした《クリフォート・シェル》を捨てますね」

 そして肥やされる木更ちゃんの手札。むしろ肥やされ過ぎる木更ちゃんの手札。

 気づくと4枚も開いてる私とのハンドアドに、このままだとキラーを対処しても手遅れなのでは思わせられる状況に、私は《空中補給(エアリアル・チャージ)》を墓地に送りながら、脳裏に敗北の二文字を浮かばせずにはいられなかった。

 

沙樹

LP2900

手札3

[][][][][]

[][][《幻獣機メガラプター》][][]

-[]-[]-

[][][《クリフォート・エイリアス》][《アポクリフォート・キラー》][]

[《クリフォート・ツール》][《伏せ》][][][《クリフォート・アセンブラ》]

木更

LP1900

手札6

 

「私のターン」

 言いながら、私はこのターンで必ずキラーを倒そうと自らの手に闇色の輝きを浮かばせる。

「あ」

 反応したのは木更ちゃんだ。続けて鈴音さんが、

「沙樹! まさか、実技試験で使うつもりなのですか?」

「負けるわけにはいかないもの、当然って話よ」

 私は返事し、

「暗き力はドローカードをも闇に染める!――ダークドロー!」

 手持ちのフィールを総動員し、私はカードを1枚引き抜く。

「私はスケール0の《幻機獣カイテング》とスケール5の《幻機獣アベンジャガー》をPスケールにセッティング」

 そして引いたのがこの《幻機獣カイテング》である。木更ちゃんの時同様私の左右に光の柱が並び立つと、それぞれの内側にモンスターが昇っていく。

「そのカードは」

 と、木更ちゃん。そういえば、このアベンジャガーは木更ちゃんとのデュエルでダークドローして創造したのだった。

「これで私はレベル1~4のモンスターを同時に召喚可能。生と死の境界よ。いまこそ歪を開き、幻世より甲板を下ろせ。ペンデュラム召喚! 発進せよ、私のモンスター!」

 私が口上を終えると同時に、上空から光の穴が開き、中からひとつの霊魂が舞い降りてフィールドでモンスターへと姿を変える。

 そのモンスターは、つい先ほど木更ちゃんの腹を貫いた《幻機獣カジキソード》。

「あっ」

 一瞬だけ、木更ちゃんからついに笑顔が消え、その表情が恐怖に染まる。

「そして《幻機獣カイテング》のP効果。私がペンデュラム召喚に成功した時、フィールド上の魔法・罠を全て破壊する。そして、私の場の幻獣機モンスター1体につき互いのプレイヤーは400ポイントのダメージを受けるわ」

 光の柱が私たちのフィールドに傾くと、中のモンスターは霊魂へと姿を変え、床目掛けて突撃、爆発する。

 直後、木更ちゃんは最後の伏せカードを表向きにして、

「罠カード《隠されし機殻(アポクリフォート)》を発動。EXデッキから《クリフォート・エイリアス》と《クリフォート・ゲノム》を手札に加えます」

 更に肥やされる木更ちゃんの手札。伏せカードの除去は意味のないものに終わってしまったけど、

「私の場の幻獣機はメガラプターにカジキソード。計800ダメージが双方に入る、っ」

 爆発の余波は私たちにまで及び、無意識にフィールが入ってたらしく爆風に巻き込まれ私は自らのフィールで一度床に倒れる。ダークドローでフィール量が激減してたおかげで、爆風のリアル化が弱くて気づかなかったのだ。

 

沙樹 LP2900→2100

木更 LP1900→1100

 

「ら、ライフが……」

 呟く木更ちゃんの声。舞い上がる煙のビジョンが薄れると、彼女も一度床に倒れており、そこからゆっくりと起き上がる姿が見えた。

「もちろんこの程度じゃないって話よ。続けてカジキソードの効果。このモンスターはユニオンだから、《幻獣機メガラプター》に装備」

 前回のデュエル同様、カジキソードは一度分解されメガラプターの追加装甲となっていく。最後にメガラプターの口が開くと、そこに剣のような吻が微妙に形状を変えつつ搭載される。

「カジキソードを装備したメガラプターの攻撃力はレベル×200ポイントアップする。さらに、カジキソードがモンスターの装備カードとなった際、場に幻獣機トークンを生成し、メガラプターも場にトークンが発生した場合に幻獣機トークンをさらに1体特殊召喚するわ。これにより幻獣機トークンの数は2体、メガラプターのレベルは10」

 伝え終えると同時に、デュエルディスクは効果による攻撃力の変動を処理し終え、

 

《幻獣機メガラプター》 攻撃力1900→3900

 

 一気に攻撃力を4000手前にまで上昇させる。

「っ」

 その攻撃力を前に、今度こそ木更ちゃんから完全に笑顔が消え、目を見開き「そんな……」と呟いたかのような顔へと変貌する。

 先ほど「ライフが」と木更ちゃんが呟いた通り、彼女のライフはカジキソードを介することでキル圏内に入っているのだ。

「バトルフェイズ。《幻獣機メガラプター》で《アポクリフォート・キラー》を攻撃」

 私は攻撃を宣言した。

「え?」「え?」「え?」

 直後、三者からそれぞれ同じ反応が飛ぶ。

 メガラプターに搭載された長砲の吻から、大型の弾丸が無数に掃射される。一撃一撃受けるほどにキラーはよろめき、煙をあげ、そして最後に爆発した。

「《アポクリフォート・キラー》爆殺。そして、これで木更ちゃんのライフは」

 ゼロに。

 

木更 LP1100→200

 

「え?」

 ならなかった。

「ど、どうして」

 もしかして木更ちゃん何か手札誘発を? しかし、どうやら彼女の手札が減ってる様子は見られない。墓地に変なカードが落ちてた様子もないし、一体どうして。

「キラーに攻撃では駄目なんです先輩」

 木更ちゃんが言った。どこかすまなそうな、けど真っすぐ見据えた視線で。

「やっぱり、キラーに効果が」

「いいえ」

 木更ちゃんは否定し、

「魔法や罠を使ったわけでも、手札誘発を使ったわけでも、墓地効果でもありません。普通に攻撃力3900で攻撃力3000のキラーを攻撃した所で、私のライフ1100を削りきることはできません」

 あ。

「先ほどの攻撃は、《クリフォート・エイリアス》を狙うのが正解でした」

 こちらなら攻撃力2300なので、十分相手のライフを0にすることができる。恐らく木更ちゃんは、そしてみんなはエイリアスを狙うものと見てたのだ。それを私が凡ミスで。

「っ」

 何て様だろうか。私は小さく床を踏み抜いて当たる。こんな姿を、よりにもよって司令や鈴音さんに晒してしまうなんて。

「カードを1枚セット。ターン終了」

 私は最後の手札である《死者蘇生》を伏せてこのターンを終える。

「先輩」

 木更ちゃんが話しかけてきた。笑みも怯えもなく、代わりに真っすぐ私を見据えて。

「どうして、そんな躍起になってるのですか?」

「え?」

「ずっと、私は先輩が増田さんやアンさんのショックで動転してるのだと思ってました。私をフィールで攻撃したときも、先輩が本当はデュエルできる状態ではなくて、だからつい攻撃的になってと」

「その通りよ」

 だから何だというのだろうか。

「いえ、それだけはない気がします」

 木更ちゃんはいった。

「それでも試験されてるのは私なのですから、私のほうが必死にならなくてはいけないのに。まるで先輩のほうが勝たなくてはいけないと追い詰められてるみたい。私にはそう見えたんです」

「それは……」

 私が口ごもると、

「ああ悪い、それ私が原因だわ」

 司令がいった。

「このデュエル、鳥乃は鳥乃でハングド継続を賭けた試験になってるのよ。あんまり酷いデュエルしたらクビってね」

「え、本当なのですか?」

 驚き訊ねてくる木更ちゃん。

「本当よ」

 私はいった。

「だから負けるわけにはいかなかったって話。ここで木更ちゃんに二度も負ける程度の決闘者はハングドに要らないじゃない。それに木更ちゃん、私の戦歴見たなら最近ガタガタなの知ってるでしょ?」

「……はい」

 僅かな間の後、うなずく木更ちゃん。

「それでもって前線を離れてサポートに入ったら、その私の不手際で増田とアンちゃんがああなった。私が司令や鈴音さんの立場ならとっくに戦力外通告してる所を、こうやってチャンスを与えられてるってわけ」

 そこまで言ってから、私は自虐的に笑ってみる。

「ま、でもさっきのミスで私の手崖から離れたわ。私はここでさよならだけど、入れるといいわねハングド」

「そんな、そんなこと私は望んでは!……っ」

 木更ちゃんは訴えようとし、出かかった言葉を噤む。そして、

「いえ、まだ大丈夫。私のターン、ドローします!」

 木更ちゃんは、いままで見たこともない程力強い言葉でカードを引き抜いた。

 

沙樹

LP2100

手札0

[][][《空中補給》][《幻獣機カジキソード(装備)》][《伏せ》]

[《幻獣機トークン》][][《幻獣機メガラプター(装備)》][《幻獣機トークン》][]

-[]-[]-

[][][《クリフォート・エイリアス》][][]

[][][][][]

木更

LP200

手札9

 

「私はスケール1の《クリフォート・エイリアス》とスケール9の《クリフォート・ツール》でペンデュラムスケールをセッティング」

 再び木更ちゃんの左右にそびえる光の柱。

「先輩が消える、それでは意味がないんです」

 木更ちゃんはいった。昂る感情を抑えたような、静かで落ち着いた機械的な声色。

「私が入ると決意したのは鳥乃先輩のいるハングドです。決して先輩と入れ替わりに入る組織ではありません」

 ゆっくり、木更ちゃんの手が私に伸ばされ、

「友達として先輩を助けたくて、手を差し伸べたくて、今度は私が先輩を支えたいと思って。――ペンデュラム召喚、来てください。私のモンスターたち」

 彼女の語りの合間に出現したのはEXモンスターゾーンも含めて5体のクリフォート。元々いるエイリアスを含めて使用可能な6つのゾーンが全て埋まった。

「そして、少しでも増田さんの穴を埋めて、増田さんの遺志を継いで、先輩を支援しようと、そう思っていまここにいるんです。――私は2体の《クリフォート・アーカイブ》と《クリフォート・ゲノム》をリリース」

 3体のクリフォートが光の粒子に変って消滅すると、

「ですから、そんな希望をつかみ取らせて頂きます」

 伸ばされた手はやさしく宙を掴み、胸元に引き寄せられる。そして、

「プログラム実行、クリフォト・ドット・エグゼ。起動せよ、《アポクリフォート・キラー》」

 木更ちゃんは2体目の《アポクリフォート・キラー》を召喚したのだった。

「リリースされた2体の《クリフォート・アーカイブ》と《クリフォート・ゲノム》の効果。これらのカードがリリースされたことで、先輩の幻獣機トークン2体をバウンスし、先輩の伏せカードを破壊します」

 《アポクリフォート・キラー》から3つの光線が放たれ、トークンと伏せた《死者蘇生》を消滅させる。

「続けて《アポクリフォート・キラー》の効果。先輩は手札かフィールドからモンスター1体を墓地に送らなければなりません」

 選択肢はひとつ。メガラプターをカジキソードごと墓地に送るしかなかった。

 これで、私の場はガラ空き、手札はゼロ。

「解析完了、この2枚目の《アポクリフォート・キラー》は複製フィール・カードですわ」

 鈴音さんがいった。

「はい」

 木更ちゃんはうなずき、

「生前、増田さんが護身用にとこっそり複製してくれたんです。そして、キラーを複製した際に副産物で発生したのが《クリフォート・ゲニウス》です。ですからこのカードは、鳥乃先輩が使ったサイバースと同じ、増田さんの想いを継いだカードになります」

 ってことは、木更ちゃんの下にも増田の形見が。

「高村さん、鈴音さん」

 ここで木更ちゃんはふたりに話しかける。

「今日、実技試験を見てきて私のデュエルと情報収集能力に御不満はありましたか?」

「いえ、想像以上ですわ」

 鈴音さんがいった。すると木更ちゃんは、

「では」

 と、柔和な顔で、

「元々先輩は万全の状態ではありません。そんな状態で、私に何度も追い詰められたのですから、きっと強いプレッシャーを受け続けていたはず。そう考えると先ほどのミスは十分考えられる失敗と思うのですけど、如何でしょうか?」

 ここにきて、自分を売り、自分を高く評価し、私のメンタルをディスり、それを使って私をフォローしようとする木更ちゃん。

 実際は、カーネルもキラーも割と適切に対処してたのだから、私自身は追い詰められたしプレッシャーに悩まされたけど、見てる分にはそれほど苦戦は感じなかった可能性がある。だけど、いま現在私は手札もフィールドもなく、木更ちゃんの場にはキラーを含む4体ものクリフォートに、手札もいまだ2枚残している。

 結果的に木更ちゃんの圧倒的勝利を物語る構図を前にすることで、彼女の自分あげあげのアピールに説得力が生まれていた。

「つまり、今回のデュエルで鳥乃は登録を抹消されるほど無様な負けを曝していない、そう言いたいわけね」

 司令がいった。

「はい」

 木更ちゃんはうなずく。

「なら条件がひとつあるわ」

 司令はちらっと視線を鈴音さんに。そんなアイコンタクトを受け取ると、

「木更さん、これから何としてでも沙樹を支え立ち直らせてあげてくださいませ。言いたくはありませんけど、いまの心の折れた沙樹ではハングドを名乗り続けるのは難しいのは事実ですもの」

「はい。言われるまでもなく」

 木更ちゃんはいった。

「ならもう茶番はいいわね。実技試験は文句なしの合格、鳥乃もウチとの契約は更新。以上だから藤稔、さっさとデュエルを終わらせちゃって」

 と、司令は新たな煙草を口に咥える。また、お客様からメンバーに変ったからだろうか、いままで木更と呼んでたのが藤稔と苗字に変っている。

「わかりました」

 キラーの攻撃が、私の体を飲み込む。

 そこ一撃はフィールでリアル化しており、だけど痛みとは無縁の、どこかほっとする温かさだった。

 

沙樹 LP2100→0

 

沙樹

LP0

手札0

[][][《空中補給》][][]

[][][][][]

-[]-[《クリフォート・アセンブラ》]-

[][][《クリフォート・エイリアス》][《クリフォート・アセンブラ》][《アポクリフォート・キラー》]

[《クリフォート・ツール》][][][][《クリフォート・エイリアス》]

木更

LP1000

手札2

 

 

「おふたりとも、元々ここを追い出す気なんてなかったと思いますよ?」

 実技試験が終わり、現在ハングド内の木更ちゃんの部屋。私と木更ちゃんはベッドの上に腰かけていた。

 増田が死んでばたばたしてたせいで、まだ木更ちゃんの荷物は置きっぱなしだ。

 木更ちゃんは、いつもの柔和な笑みで、

「だって、凄く先輩のこと心配してましたから。特に鈴音さんなんて、あれはまるで娘を心配する母親のそれでしたもの」

「そう」

 と言われても信じきれないわけだけど。まあ、ハングド継続にはなったから結果オーライではあるか。

「それに、おふたりだけではありません。昨日出会った神簇さんという方やロコさんという方も、みんな先輩を心配をしてました。いままで先輩は、ただ仕事としてではなく、下心もあったのでしょうけど真心から皆を助けてくれました。だから、そんな先輩のピンチにみんな手を差し伸べたいんです。もちろん、私もそのひとりです」

 そういえば、ロコちゃんに陽井氏に神簇。昨日今日と私は、過去に引き受けた依頼人たちから慰めや助言を貰いっぱなしではある。特に陽井氏には同じことを言われた気さえある。もっとも、まともに聞き入れれたのはロコちゃんだけだったけど。

「だからハングド入りしたってこと?」

「私は私のできることをしただけですよ?」

「むしろ過ぎたことでしょ」

 そんな為にわざわざ裏世界に足踏み込むなんて。

「けど、デュエルでは先輩に勝ちました」

「スピードデュエルでは軽くあしらったけどね」

「それは今後の課題ですね」

 木更ちゃんの笑みに苦みが混ざり、

「その為に先輩の戦歴まで入手して対策したのに」

 あ、そういえば。

「てことは、やっぱり私が試験官になる所まで計算の内だった?」

「いえ」

 木更ちゃんは否定し、

「ですけど理想の流れではありましたね。どちらにしても先輩からは反対されると思ってましたので、デュエルで勝利すれば実力面で安心して頂けるかなと」

 なるほど。実技試験あるなしさえ関係なく、私のことはデュエルで勝利しないといけない壁とみられてたわけだ。それを鈴音さんは深読みしすぎて変に勘ぐってしまったと。

 とはいえ実際、マスターデュエルの木更ちゃんは脅威だったものの、スピードデュエルだと案外大したことがなかった。任務をする上でどちらがより頻度があるかというとスピードデュエルのほうなので、これは大きな不安要素になる。

「それに、元々私もこちら側の世界を何も知らなかったわけではありませんから」

「え?」

 そうなの?

「まだ、かすが様と出会う前の話なのですけど」

 と、木更ちゃんは語りだした。

「私には昔、双子の姉がいたんです。二卵性だからそこまで似てるわけでもありませんでしたけど。そんな姉がフィール・ハンターズに狙われて、デュエルに負けて攫われたんです。私の目の前で」

「え?」

 木更ちゃんにそんな過去が。

「犯人の顔は覚えてませんけど、確か髪型がオールバックの男だった気はします」

「オールバック!?」

 それって、もしかして。

「ご存じなのですか?」

「知ってるっていうか、その男もしかして《魔王ディアボロス》使ったりする」

「!? は、はい」

 間違いない。あの男だ。

「木更ちゃん、いま私の体がどんな状態かとか、ハングド入りした経緯とかはすでに知ってる?」

「はい。手に入れた戦歴と一緒に」

 なら私が一度死んで半分機械なのも知ってるのだろう。私はいった。

「私を一度殺した男よ」

「えっ」

 驚く木更ちゃん。

「そう、ですか……」

 驚いてから一回深呼吸、一度柔和な笑みを取り戻すも、ここで笑顔はないと判断したかのように木更ちゃんはシリアスな顔になり、

「私がこの街にきたのも、かすが様を追いかけて、というのもそうですけど。実はその男を追いかけてきたのもあるんです」

「え、ということは」

「はい。オールバックの男は、いまこの近辺にいます」

「そっか」

 あの男が、またこの街にいるのか。

 恐怖はあれど怨恨は残ってないつもりだった。だけど、木更ちゃんまでもが奴の犠牲になってるのなら、もし次に会ったときには必ずデュエルでリベンジを果たし、全てを聞かなくてはいけない。

 とか何とか考えてた所、ふと私は再び自分の情緒が落ち着いてきてるのに気付く。もしかしたら、木更ちゃんと談話することが私にとっての特効薬なのかもしれない。

「話を戻して、それからですね。姉は無事でいつか戻ってきてくれるって、そんな希望を捨てないように逃さないようにしてるうちに、希望や理想に沿って物事を考えるようになったんです。いま思えば、私が機械的で不気味ってそのせいかもしれませんね。どうすれば目的に近づけるか考えて動くから、そこを重視しすぎてたまに人間味の欠けた私になってるのかもしれません」

 確かに、腹を貫かれたのに笑顔を向ける木更ちゃんは理解に困った。鈴音さんでさえ心の闇を疑った。

 だけど蓋を開けてみれば、心の闇は確かにあったたかもしれない。けど、彼女の本質は光だった。それも、闇を土台に更に輝く強い光。

「木更ちゃん、強いわね」

 私は自虐的にいった。しかし、

「先輩も強いんですよ? 私が先輩だったら、さすがに試験官にもなれない程に潰れてると思いますから」

 と、木更ちゃんはいってくれる。恐らく彼女のいう理想や目的に沿って慰めを口にしてるのだろう。本心ではないのかもしれない。しかし、彼女の言葉は妙に救われる。

「けど、私はいま何とか潰れずにここにおります」

 そういって、木更ちゃんは私をそっと抱き寄せてきた。

「先輩が私の分まで傷ついてくれたから、私は無事なんです」

「木更ちゃん」

「先輩知ってますか? 人という字は人と人が支えて合ってるんです。私も辛くなったら先輩を頼ります。ですから、先輩も私を頼っていいんですよ? 私は理想や信念のままに動いてるだけの人間ですから、遠慮しないでください」

 いまの私が人間不信気味なのを知っての言葉だろうか。木更ちゃんの言葉は下手に「私を信じて」と言われるよりよほど信頼が持てる。

「まるで機械は嘘をつかないとか言ってるみたいね」

「言いえて妙ですね。機械がするのはプログラムに沿った計算ですから」

 木更ちゃんは笑った。いつもの柔和なではなく、声に出して笑った。

 

 

「おはようございます、朝ですよ」

 と、起こされて目を覚ますと、そこが家の天井ではないことに気付いた。

 久々に熟睡したせいか寝ぼけること数秒、

「あ、木更ちゃん。おはよう」

 私を起こしにきた声の主である木更ちゃんに挨拶しながら、そういえば今日は事務所で寝泊りしたのだと思いだした。

 あの後、私たちは司令の運転する車で葬儀館に向かい、増田のお通夜に参加した。参列者は私たちの他に永上さんたち警察時代の仕事仲間たち。天涯孤独だったらしく家族や親戚らしき顔は見られなかった。

 その帰りに、今日は葬儀館で寝泊まりするらしい司令より、今日は事務所で寝泊まりしろと指示を受けた。戦線復帰の為にも、いまは心も体も休めるのが先決。しかし職業柄ひとり暮らしの自宅では夜襲を警戒して熟睡できないのを見越して配慮してくれたのだ。

 すでに明日の学校の準備は終わらせた後だったし、そんなわけで昨晩は木更ちゃんの部屋とは別の宿泊スペースを借りさせて貰った。

「朝食の準備はできてますから、着替えたらオフィスにきてくださいね」

 木更ちゃんはすでに制服姿だった。エプロンを上にかけてたらそそるのだけど仕方ない。

 私は木更ちゃんの腕を掴んで、

「オフィスに行かなくても朝食ならここに……あ、待ってブザーはやめて」

 朝のイッパツと思ったのだけど、危うく防犯ブザー鳴らされそうになり私は慌てて手を放す。

「それでは先輩、待ってますから」

 ブザー片手に微笑み一回、木更ちゃんは部屋から出て行った。

 

「おはよう」

『はよーっす』

 オフィスでは、スタジオミストの留守番兼徹夜組である構成員たちが数名、眠たげな顔して朝食を食べていた。ちらっと周りを伺ったが、司令や鈴音さんはいない。司令はいまも葬儀館だろうし、元々鈴音さんはシングルマザーで家庭があるので、有事でなければ定時で帰る形になっている。その割には主にスタジオの仕事で帰れない日も多いのだけど、昨晩は無事帰宅されていた。

「先輩、席はこちらでいいですか」

「ん、ありがと」

 木更ちゃんに促され、私は席に座って木更ちゃん手製の和朝食を頂く。

「そういえば鳥乃先輩。昨晩は一度も夜這いにこられませんでしたよね?」

 隣で朝食に箸を伸ばしながら、木更ちゃんに訊ねられると、

「そういえば、そうだったわね」

 疲れてたのもあったのだけど。思えば増田が死んでからの昨日一昨日とレズセンサーが反応してなかった気がする。どうやら、性欲までも一度死ぬ前に逆戻りしてたらしい。

「そのままマトモになってくれたら嬉しいのに」

 徹夜組のひとりである菫ちゃんの言葉に、

「それは無理でした」

 と、木更ちゃん。

「だって、今朝早速防犯ブザーを押しかける事態になっちゃいましたから」

『おい、ちょっとツラ貸しな』

 何人かの男がギロッと睨みつける。私はそれを無視して、

「ごちそうさま」

 と、食器を持って流し場へ。

「あ。そいつは俺らがやっとくから、学生組は遅刻する前に早く学校行きな」

 さっき睨みつけたうちのひとりがいった。

「じゃあお願いするわ」

 私と木更ちゃんと菫ちゃんの三人は洗い物を大人組に任せ、先に私と木更ちゃん、次に菫ちゃんの順番で事務所を後にした。

 

 道中、バス停に向かって歩いてると、車を運転する神簇とエンカウントした。

 曰くたったいまアンちゃんが目を覚ましたそうで、いまから急いで病院に向かうのだとか。うっかり事故らないでよと言ってあげた所、

「大丈夫よ、そう遠くないんだから」

 と、全然安心できない返事。

 神簇と別れた後、木更ちゃんと「学校が終わったら梓と三人でお見舞いにいこう」と約束した。

 向かう病室がふたつになってなければいいのだけど。

 

 バスに乗ると、今度は中でロコちゃんと再会した。

 一昨日のアドバイスに改めて感謝を伝えた所、「そんな感謝されるほどのこと言ってないよ。あ、そうそうこの前コンビニで新しいスイーツが」といった流れで、木更ちゃんも交えた珍しいトリオでガールズトークに花を咲かせた。

 

 そうそう、事務所に置きっぱなしの木更ちゃんの荷物だけど、今度こそ放課後には木更ちゃんの家に届くそうだ。

 

 完璧に護りきれたわけではない。けど、確かに助けることはできたのだ。だからこそ、彼女たちはそれぞれの道を歩み進んでいる。

 ロコちゃんは妙子の分まで日常を生き、神簇はこれから妹と手を取り合って生きて行くだろうし、木更ちゃんはハングドに入る道を選んだ。

 そして、そんな彼女たちに今度は私が助けられた。

 護りきれなかった軌跡ではなく、助け続けた軌跡が実ったのだ。

 そう感じた時、確かに猫俣さんやセバスチャンなど助けられなかった人はいるけど、皆が許してくれる私を少しだけ許すことができた。深い闇から抜け出せる瞬間は、もう近い。

 大丈夫。

 私は、やっていける。

 だから私は、学校に到着し教室に入ると、梓と「おはよう」を交わしてから、いつものおふざけをいった。

 

「梓、この世にセクサロイドは必要だと思うのよ」

 

 私の名前は鳥乃 沙樹(とりの さき)。陽光学園高等部二年の女子高生。

 そして、レズである。

 これからも。




 前回の更新からちょうど二ヶ月経ってしまいましたけど、なんとかMISSION13を公開することができました。
 とはいえ、ファイルサイズが2年越しの遺言の前編後編を合わせた量にほぼ近く、本来なら前編後編と分けるべきとは思いましたけど、下記の通りの事情で一括させていただきます。
 お久しぶりです、CODE:Kです。
 13話目というと、1クールのアニメならちょうど最終回ってパターンが殆どだと思いますが、このHANGSでも最終回ではありませんが、自分の中の構想的にはこの話が第一章ラストに値する話と思い執筆させて頂きました。
 自分がここまで駄文を書くことができたのは、間違いなくいまこの文章を読んで下さっている読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございました!
 そして、これからもHANGSをどうかよろしくお願いします。



※ 補足

・当初フィール・カードに同じカードは(複製を除き)複数存在しない設定があった筈でしたけど、《クリフォート・ゲニウス》の通り、今回より設定を撤回させて頂きます。(どこにその描写をしたのか思いだせず見つからずだったので、まだ描写前だったことを信じて話の中では触れずにおきました)



●今回のオリカ



幻獣機ジョースピット
効果モンスター
星3/風属性/機械族/攻1400/守 900
(1):自分の「幻獣機」モンスターが戦闘を行うダメージステップ開始時からダメージ計算前までに、このカードを手札から墓地へ送って発動できる。
そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで400アップし、自分フィールドに「幻獣機トークン」(機械族・風・星3・攻/守0)1体を特殊召喚する。
この効果は相手ターンでも発動できる。
(2):このカードのレベルは自分フィールド上の「幻獣機トークン」のレベルの合計分だけ上がる。
(3):自分フィールド上にトークンが存在する限り、 このカードは戦闘及び効果では破壊されない。
(スピットファイア+ジョーズ@サメというよりあご)

航空衝突(バードストライク)
速攻魔法
(1):自分フィールド上の「幻獣機」モンスターと、相手フィールド上のカード1枚をそれぞれ選択して発動する。選択したカードを破壊する。

幻獣機カジキソード
ユニオン・効果モンスター
星3/風属性/機械族/攻1300/守2100
(1):1ターンに1度、以下の効果から1つを選択して発動できる。
●自分フィールドの機械族モンスター1体を対象とし、このカードを装備カード扱いとしてそのモンスターに装備する。
装備モンスターが戦闘・効果で破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。
●装備されているこのカードを特殊召喚する。
(2):装備モンスターの攻撃力・守備力は、トークンの場合は2000ポイント、それ以外なら装備モンスターのレベルもしくはランクの数×200ポイントアップし、自分フィールド上にトークンが存在する限り、 戦闘及び効果では破壊されない。
(3):このカードがモンスターに装備された場合、自分フィールドに「幻獣機トークン」(機械族・風・星3・攻/守0)1体を特殊召喚する。
(4):このカードのレベルは自分フィールド上の「幻獣機トークン」のレベルの合計分だけ上がる。
(ソードフィッシュ+カジキ)

クリ瑞雲
ペンデュラム・効果モンスター
星1/風属性/悪魔族/攻 300/守 200
【Pスケール:青1/赤1】
(1):相手が直接攻撃を宣言した時、このカードを墓地に送って発動する。
自分フィールドに「幻獣機トークン」(機械族・風・星3・攻/守0)1体を特殊召喚し、相手モンスターの攻撃対象をそのカードに移し替えてダメージ計算を行う。
「幻獣機トークン」はその戦闘では破壊されない。
【モンスター効果】
このカードはルール上「幻獣機」カードおよび「クリボー」カードとしても扱う。
(1):相手が直接攻撃を宣言した時、手札・エクストラデッキからこのカードを墓地に送って発動する。
自分フィールドに「幻獣機トークン」(機械族・風・星3・攻/守0)1体を特殊召喚し、相手モンスターの攻撃対象をそのカードに移し替えてダメージ計算を行う。
「幻獣機トークン」はその戦闘では破壊されない。
(瑞雲+クリボー)

幻機獣カイテング
ペンデュラム・効果モンスター
星7/風属性/炎族/攻2400/守2100
【Pスケール:青0/赤0】
このカード名の(1)のP効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):自分フィールド上に「幻子力空母エンタープラズニル」もしくは「飛行甲板(フル・フラット)」が存在し、もう片方の自分のPゾーンにカードが存在しない場合に発動できる。自分のデッキから「幻機獣」Pモンスター1体をもう片方のPゾーンに置く。そのカードの効果は無効化される。
(2):自分がP召喚に成功した時に発動する。フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊し、自分フィールド上に存在する「幻獣機」モンスター1体につき、互いのプレイヤーは400ダメージを受ける。
【モンスター効果】
このカードはルール上「幻獣機」カードとしても扱う。
(1):このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上のトークンは戦闘及び効果では破壊されない。
(1):このカードの通常召喚に成功した場合に発動できる。フィールド上の全てのモンスターを破壊し、自分フィールド上に存在する「幻獣機」モンスター1体につき、互いのプレイヤーは400ダメージを受ける。
(回天+天狗)

幻機獣アベンジャガー
ペンデュラム・効果モンスター
星2/風属性/炎族/攻 500/守 200
【Pスケール:青5/赤5】
(1):自分フィールド上にトークンが存在する限り、「幻獣機トークン」が戦闘を行う事によって受けるコントローラーの戦闘ダメージは0になり、「幻獣機」モンスターと戦闘を行ったモンスターはダメージ計算後に破壊される。
【モンスター効果】
このカードはルール上「幻獣機」カードとしても扱う。
(1):このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上のトークンは戦闘及び効果では破壊されない。
(2):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。
自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた、
このカードを含む「幻獣機」融合素材モンスターを自分フィールドから墓地へ送り、
その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。
この効果によって特殊召喚したモンスターはターン終了時に破壊される。
(GAU-8 Avenger:アヴェンジャー+ジャガー/P効果(1)のテキスト変更)

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