私の名前は
そして、レズである。
「Eカップ以上のおっぱいに顔を埋めて一日怠慢に過ごしたい!」
「はい《ハンマー・シュート》《ハンマー・シュート》さらにもう1回《ハンマー・シュート》」
神簇家を後にした当日の朝。私は教室でやっぱり梓のハンマーを受けた。
しかも今回は3連発。もうメメタァなんて言ってられない。
マイエンジェル梓は満面の笑みで、
「そのEカップ以上のって、絶対アンちゃんのこと言ってるよね?」
「な、何でわか――」
はい4発目入りましたー。
「駄目だよー。アンちゃんは私の友だちだから」
最早本当に動けない私を見下ろし、梓はハンマーを担いでいった。
「あ、あれ?
私は生死の境で過去の犠牲者と再会する。そこへ。
「失礼します。鳥乃先輩はいらっしゃいま……」
木更ちゃんがやってきたらしく、いまの私を見て声が止まった。
昼休み。私は改めて木更ちゃんと時間を取り、先に昼食を終えてから人通りの少ない校舎裏に来ていた。
「え、それ本当?」
「はい」
木更ちゃんはいった。曰く、彼女が登校する寸前に事務所から某ゲイ牧師より連絡が入ったらしい。どうやら組織内で木更ちゃん及び《アポクリフォート・カーネル》が完全にターゲットから外れ、それどころか上から直接「彼女に危害を加えないように」と指示が入ったのだそう。
つまり、その話が真実なら今日を最後に木更ちゃんは事務所を出ることになる。元々彼女は匿ってもらう為に住み込んでたのだから。
「まだ事実確認しなくちゃいけないけど、良かったじゃない」
「はい」
嬉しそうに、しかしちょっとだけ寂しそうに木更ちゃんはうなずく。
「でも、これで皆さんとお別れなんですね」
そんな木更ちゃんに私は、
「また手伝いに行けばいいじゃない」
「え?」
「木更ちゃんが手伝ってくれて鈴音さんもアシスタントも助かってたみたいだし、木更ちゃんが帰っちゃうのって案外あそこにも痛手なんじゃと思うのよね。そんなわけで、明日からはアルバイトとして来てくれるって言えばみんな大喜びじゃないのかなって」
「それができれば嬉しいのですけど」
木更ちゃんは、いつもの微笑み顔に憂いを覗かせ、
「いいのでしょうか? 私、未だ簡単なお手伝いしかできませんでしたから」
「まあ私には決定権はないけど、考えてみてよ。雑用に掃除それと給湯とか、鈴音さんしかやろうとしないし、まともに自炊できるのトップのおふたりだけだから、木更ちゃん消えた後どうなると思う?」
言われて木更ちゃんは想像し、微妙な顔をみせる。
「ね。あそこに自分が必要って認識できた?」
「は、はい」
苦笑いしながら木更ちゃんがいう。良かった、これで木更ちゃん事務所に残ってくれる。まだ夜這い成功してないのに逃がしたくはないからね。
「じゃ、決定ね。私も放課後すぐスタジオに向かうから、一緒に伝えるって話でOK?」
「ありがとうございます、鳥乃先輩」
木更ちゃんはぺこりと頭を下げた。
放課後。
ふたりで事務所に顔を出してみると、そこは準備中のパーティ会場だった。
「ちっす、お疲れ」
出迎えたのは高村司令だった。しかも黒のライダースーツの上にエプロンなんていう突っ込み所しかない格好で。
「あの、高村さんその格好は」
木更ちゃんが訊ねると、
「ん? 見て分からない? 飯作ってるのよ飯」
と、司令。いやそれはわかるけど、私たちが言いたいのはそうじゃなくって。
「と、とてもお似合いです高村さん」
って木更ちゃん、この子ゴマすりだした、ずるっ!
「サンキュ」
司令はいってから、
「まあ、そんなわけで今日は木更の送別会を開くことにしたから。鳥乃、きて早速だけど手伝いよろ」
「え?」
「そこに菫がいるからフロアの装飾に入って? 開始は18時だからそれまでには終わらせる感じで」
「ちょっ、待っ」
「それと増田がアンタに用あるみたいだから、先にいつもの部屋に顔出しといて。じゃ、そういうことで」
「あの……」
私が何か言おうとする前に、司令は一方的に連絡を伝えてしまう。
「高村さん、手伝います」
そこへ木更ちゃんがついて行こうとするも、
「今日の主役が手伝ってどうするのよ。アンタは部屋で休んでおいて、荷造りだってあるだろうしさ」
「あ……」
「そうそう鳥乃はこき使っとくから襲いに行く暇ないだろうけど万一あったら遠慮なく《ハンマー・シュート》なり防犯ブザーなりしといて」
と、木更ちゃんも今後のことを相談できず。司令は忙しそうに厨房へと向かっていき、
「あ。鈴音、これ隠し味に醤油小さじ1加えると美味くなるわ多分」
「わかりましたわ」
なんて会話が聞こえてきた。意外と高村司令って鈴音さんより料理上手なのよね。鈴音さんの料理スキルが「普通に食べれる」止まりというのもあるけど。
「なんだか言い出せない空気になっちゃったわね」
「そ、そうですね」
木更ちゃんは困った笑みを浮かべる。彼女の為にみんなここまでしてくれてるのだ。嬉しくないはずがない。そこがなまじ困った所で、
「やっぱり、私これで最後にします。ここまで盛大に見送って頂いたのですから、私もそのお気持ちを汲みたいと思います」
なんて木更ちゃんも木更ちゃんで決意を固めちゃう。とはいえ、私も下の欲求のため逃がす気は毛頭ないので、
「まあ、呼ばれてるみたいだから私も一度増田に顔出してくるわね。ついでに一応この事伝えてはおくから」
「ありがとうございます」
と、木更ちゃんは自分の部屋へ戻る。恐らくまず着替えだろうから覗こうと思ったけど、グヘヘと一歩足を踏み出した途端、周囲の不特定多数から無言の威圧をかけられたので、諦めて私は“いつもの場所”こと資料室へと足を運んだ。
引き戸代わりの移動棚の先に、今日も増田はパソコンに向き合ってた。画面を覗くと、この日はエロゲではなくちゃんと仕事中の様子だった。
「鳥乃か、おかえり」
私に気づいた増田は、椅子に座ったままこちらへ向き合う。
「ただいま。で、用事って聞いたんだけど。なに?」
「ああ」
増田は横目でパソコンのキーを打ちながら、
「実は昼頃だったかな、君を指名して依頼が一件入ったんだ」
「私指名で?」
「依頼主は脳筋だ」
「永上さんから?」
この脳筋=警視庁特捜課の
「本日19時頃、市内M地区で“黒山羊の実”による集会があるとの情報を得たらしい。あの組織は行動原理が解明されてない部分が多い。その為、君に現地へと侵入し何かしら情報を持ち帰って欲しいとのことだ」
「女の子拉致して性的に尋問しても?」
「できるのか?」
「……上層部に見つからなければ」
まあ、本気度は半分って程度だけど。集会の規模次第では分が悪い。
「なら無理だな。今回の集会は上層部も顔を出すそうだから」
あー。
「それに、鳥乃には今日はここで藤稔の相手をしてて欲しい」
「え、じゃあ依頼は?」
「代わりに俺が出るよ」
増田はいった。
「鳥乃は送迎会に参加しながら、他の構成員たちと交代で支援にまわってくれ。この話はすでにうちの司令や永上にも伝えて了承済だ」
了承済なら仕方ない。
「わかった」
私はいった。
「けど、よく踏み切ったわね。普段支援専の増田が」
「この前言っただろう、
確かに、そんな事言ってたっけ。
「まあ大丈夫だ、先日も
実際、増田のいう通りではある。けど、
「もしかして、私の為でもある?」
訊ねると増田は?
「? どういうことだ?」
と、やさしい笑顔。
「いや、何でもないわ」
私は追及するのをやめた。
だって、分かっちゃったからね。
美術館でのミストランとの交戦、依頼は成功したものの護りきれなかったロコちゃんと神簇。現在、私のメンタルはこう見えてショックでガタガタ。自信だって喪失して前線任務を万全にこなせる保証がないのだ。
「ありがと」
私はぼそっと言った。
「ん、どうした?」
「いや。何でもないわ」
よくある難聴みたいな反応してくれたけど、恐らく聞こえてはいるのだろう。
「まあ、そんな事より」
黒山羊の実に関わるなら、言っておかなくてはいけない言葉がある。
「ミストランには気を付けて」
「ああ。確か鳥乃を負かした相手だったか」
増田は呟き、
「わかった」
と、マウスを動かしてフォルダを開く。現状掴んでるミストランのデータを確認してるようだった。既に何度も確認済のような手慣れた手つきで。
「俺からは以上だ。持ち場に戻ってくれていいよ」
「あ、ならちょっといい?」
私は木更ちゃんの件を切り出すことにした。
「ん? まあいいか、時間は余裕があるから」
「ありがと。木更ちゃんの事なんだけど」
と、私は一連を増田に伝える。
「なるほど」
増田は納得したようにうなずくも、
「俺は反対だな」
「え?」
まさかの返事に私は驚く。
「どうして?」
「鳥乃、彼女が関わってきたスタジオはあくまで表の顔、本来この場所はどんな場所か分かってるな?」
「え? そりゃあ」
「なら分かるだろう、この場所は世界の裏側に踏み込んだ組織。そして、彼女は表の世界の人間なんだ。真実を伝えないまま、そっと日常に帰してあげるべきじゃないか?」
「でも、みんな木更ちゃんが加わって助かってたじゃない」
「これ以上関わりすぎると危険だと言ってるんだ」
「あ」
私はハッとなる。
そうだった。スタジオが助かってるとか助かってないとか関係ない。本来彼女はここにいてはいけない人間だったのだ。
木更ちゃんを逃がしたくないあまり、どうやら知らず知らず自分の感情を正当化してたみたい。
「その事は既に他の人には?」
「まだ」
「なら良かった」
増田はほんのり笑い、
「司令の耳にでも届いてたら説教を喰らってたぞ。普段があんなでも締める時はしっかり締めれるから司令なんだしな」
ごもっとも。
「それに、お前が彼女を手放したくない理由は夜這いだろう? だったら、彼女の家に直接向かえばいいじゃないか」
「え?」
「既に友達と呼び合えるだけの関係は築いてるんだろ? だったら年頃の女子高生として堂々と遊びにいけばいい。何だったらかすが店長の依頼のアフターサービスで目を光らせてるって名目でもいいじゃないか。スタジオの敷地内に拘らなければ幾らでも方法はある」
「あ」
まさに目から鱗だった。考えもしなかった手段の数々に「はー」となる。しかし、
「……遊びに行って、いいものなのかな?」
なんて私は呟いてしまう。すると、
「ぷっ」
増田は突然に吹き出したのだ。
「えっ、ちょ、何笑ってるのよ突然」
「いやすまんすまん」
言いながらも増田は笑いながら、
「レズの肌馬といわれるお前が、プライベートではここまで人付き合いに慣れてないとは思わなくってな」
「う」
私は適当な壁に背を預け、
「し、仕方ないじゃない。割と最近まで……」
梓さえいれば何も要らない、梓以外のすべてが色あせて見えるような人生だったんだから。
「手放すなよ。人生を通して本当に大切だと思えれる人間は思ったより多くないものだ」
増田は、パソコン越しに何を見てるのか。遠い目をしていった。
資料室から出た私は、早速報告することにした。
「木更ちゃん、沙樹だけどいま大丈夫?」
彼女が自室にしてる客室の前に立ち、戸を数回叩いて呼んでみる。
「先輩? はい、大丈夫です」
返事があったので、私は戸を開け中へと入った。
既に荷造りは終えてたらしい。棚や机の上はがらんとしてて、ガムテープの貼られたダンボール箱の上に明日学校に持っていく鞄が置かれてる。
そんな部屋の中で、木更ちゃんはひとりベッドに座って漫画を読んでた。スタジオから借りたものだろう、かつて鈴音さんが月刊誌で連載してた少女漫画だった。
「もう、いつでもさよならできますって状態ね」
「元々最低限の荷物と貴重品しか持ち込んでませんから」
なんて、ちょっと寂しそうに木更ちゃんは笑った。
「荷物は、明日私が学校に行ってる間に届けて下さるそうです」
「そっか」
私も隣に腰かける。木更ちゃんからシャンプーの匂いがした。もう、お風呂は済ませた後らしい。
「一応、今後のこと増田に話してみたんだけど。やっぱ駄目だって」
「そう、ですか」
予想はしてたみたいだけど、やっぱり木更ちゃんの表情からは「落胆」の二文字が浮かぶ。
「ごめんね。何とかしてみたかったんだけど」
「いえ」
木更ちゃんは首を振って、
「先輩はよくしてくれました。ありがとうございます。先輩がこれからもって誘って下さっただけでも、私本当に嬉しかったですから」
「ありがとう」
優しいなぁ、なんて思った。そして暖かい。
こうして隣にいると、触れずとも梓や鈴音さんとはまた違った“人の温もり”みたいなものを感じる。ふたりより力強さはないけど、梓より穏やかで、鈴音さんより柔和な。ちょうどベッドの上だし、何ていうの、優しく抱きしめながら激しく抱いてみたい。
まあ、そんなレズ衝動抜きにしても。
増田のアドバイスも影響してか、彼女を手放したくないと思った。
「ねえ、木更ちゃん」
「え、はい?」
突然のことにかしこまる木更ちゃん。私は、ちょっと勇気を出して。
「ここでの繋がりが終わってもさ、私たちこれからも友達として関係続けれないかな?」
「……え?」
「今日を最後に、私たちの接点なくなったら嫌って思ったわけよ。だからこそ、なのよね。これからもスタジオで働かないかなんて提案しちゃったの」
そこまで伝えてから、私は木更ちゃんの顔を見て一言。
「どうかな?」
我ながら不器用な申し出とは思う。けど仕方ないじゃない。「友達になって」なんて言うの初体験なんだから。
木更ちゃんは驚いた顔をしてた。それが、次第に動揺したものへと変わり、
「あ、えっと、あの……」
なんて、もじもじしだす。あれ? 私、愛の告白したわけじゃないよね?
「木更、ちゃん? もしかしてお困りだった?」
それはそれで反応違う気もするけど、私が訊ねてみると、
「い、いえ。決してそういうわけでは。ただ」
「ただ?」
「実は、私も同じこと言おうと思ってタイミング伺ってた所だったから。驚いたのと、気恥ずかしいのと、それと嬉しくなってしまって」
ああ。なにこのいきもの可愛い。
私はたまらず彼女を抱き寄せる。木更ちゃんは一瞬びくっと怯えるも、すぐ私に体を預けるようにし、
「あの、変なことしないでくださいね? そういう関係はお断りですから。けど、もう少し抱きしめられてていいですか?……っていうのは、我儘ですか?」
「ん~ん、別に」
変なことさせてくれないのは残念だけど、正直女の子の体って全身性器だから抱きしめるだけでも割と最高なのよね。まあ、今回は「レズ抜きに抑えられず」って健全な衝動もあったけど、せっかくの機会このまま終わらせる気も到底ない。
「ありがとうございます、先輩」
ゆったりした声で、木更ちゃんはいった。
「そういえば、最初にボディガードをお願いした時もこうやって抱きしめてくれましたよね?」
「そうだったっけ?」
「はい」
木更ちゃんはやんわりと微笑み、
「あの後、すぐに襲われかけた印象が強くて忘れてましたけど、暖かいんですね先輩って」
「暖かい?」
「はい。なんだか落ち着くんです先輩の抱きしめ方。まるで人を駄目にする枕のような」
なるほどね。それにはちゃんと理由があるのだけど、あえて言わないでおく。しかし木更ちゃんは、
「恐らく先輩のことですから、女の子が気を許しやすい抱きしめ方でも心得てるのでしょうけど」
「う」
図星である。
「いまも、頭の中では『どうやって「抱いて」と言わせようか』とか考えてそうですし」
「ぐ」
大正解。
「おまけに、本当はまだ夜這いを成功させてないから『今日を最後に接点なくなったら嫌』なんですよね?」
「ぅ」
なんでそこまで分かってるの。
「それでも、いまは先輩にちょっとだけ甘えたりじゃれたりしたい時なんです。襲われさえしなければ、信じていいんですよね?」
なんて言いながら木更ちゃんは私の胸の中で丸くなり、茶目っ気のある微笑みを浮かべると、ごろにゃんとばかりに頬を摺り寄せてくる。この子、人が発情するのを分かって愉しんでやがる!? そのうえ実は襲って欲しいとかじゃなくて、目で訴えてくるのだ。「襲ったら叫びますよ」と。
「あぅ……ぁ……」
やばい、頭に血が上っていく。私って女の子のハニートラップへの耐性0なのよね。心の中の天秤が瞬く間に本能へと傾いていく。
そして。
「(据え膳食わぬはレズの恥)」
脳裏に悪魔の囁きが過ぎった瞬間、私は理性の糸がプツンと切れ。
「き、木更ちゃーー」
防犯ブザー鳴らされちゃった。
――現在時刻18:00
「全く、こういう日くらい自重できないのですか?」
場所は事務所隅の物置。木更ちゃんを襲えないよう簀巻きにされてた私は、送別会開始と同時に鈴音さんによって解放された。
「状況は何度も話したでしょ。あれは絶対誘った側が悪いって」
「はいはい、もう分かりましたわ」
鈴音さんは、もう何度目かのため息を吐いて、
「それよりも沙樹のシフトは19:00から1時間ですわ。それまではアルコール類は飲まないでくださいませ」
と、小声で伝えてくる。
「了解」
私は立ち上がり、「それまでは楽しんでいいのよね?」と倉庫を出た。
「あーシャバの空気が美味しいわ」
「何いってるのですか、行きますわよ」
と、先導する鈴音さんの後についてパーティ会場となってるオフィスに着くと、いままさに。
『木更ちゃんの護られた日常に乾杯』
なんて、皆が杯を掲げる瞬間だった。
「あ、鈴音と鳥乃」
幹事をしてた高村司令は私たちに気づくと、
「悪い。時間だから先に始めちゃったわ」
と、紫色の液体が入ったシャンパングラスを私たちに渡す。
「ありがと」
受け取って私は一口。中身はファ○タグレープだった。
司令は何故かドヤ顔で、
「シャンパンと思った? 残念ただのジュースよ」
テーブルには開封済の瓶が一本。ちゃんと本物も用意してあるのは見て明らかだ。
「ヘマして渡してくれれば良かったのに。木更ちゃんには既に?」
「まあね。鳥乃も後で飲ませてあげるから。ただし、私と鈴音は増田が帰ってくるまでお預け」
と、司令は自分のグラスを見せていう。中身は私のグラスのと完全に同じ色をしてた。
「鳥乃先輩」
そこへ木更ちゃんが輪に入ってきた。
「倉庫に閉じ込められてたと聞いてたのですけど」
「まあね、たったいま解放されてきたとこ」
私はいい、お互いのグラスをカチンして乾杯する。
パーティに合わせたのだろう。木更ちゃんは部屋で着てた私服ではなく、お洒落なドレスに身を包んでた。さらによく見るとお化粧まで。
「木更ちゃん、こんな服持ってたんだ」
「はい。着る機会は殆どないですけど」
と、木更ちゃんは少し恥ずかしそうに「似合いますか?」と。
「ん」
言われて私は合法的にまじまじ視姦する。
色は赤一色。肩出しの露出多めなデザインもあってか情熱的なエロスを感じさせ、それを見た目清純系の木更ちゃんが着てるのだから物凄い新感覚。
かつ、ここは人によって評価が変わる所だけど、彼女の控えめな胸部が服装のきつめな色気をマイルドにしてるように映る。
「そうね。正直いますぐベッドインした……って、木更ちゃんストップ!」
危ない危ない。もう少しで満面の笑みで防犯ブザーを鳴らされる所だった。
「ふふっ」
木更ちゃんはそのまま声を漏らして、
「徳光先輩から教えて頂いたのですけど。笑顔で先輩を脅威に晒すのって面白いですね。鳥乃先輩相手だからこそできるのですけど」
最近、梓がどんどん暗黒面に堕ちてる気がする。
「木更ちゃん。もしかしてわざと誘惑するような事言ってからかってる?」
思えばさっきも「襲うな」と言いながら抱き着いてきたわけだし。今回だって色っぽい服着て感想求めてるしね。
「バレちゃいましたか」
いつもの微笑んだ顔に戻って、木更ちゃんはいった。
「程々にしないと、いつか噛みつかれますわよ」
困った顔でいう鈴音さん。しかしその横で司令は、
「別にいいんじゃない、そうなっても」
なんてのたまい、
「その時はちょっと取材させて貰うけどOK? エロ漫画のネタにするから」
途端「うおおお」と辺りに歓声があがる。まるでオタサーの姫のサービスに悦ぶ豚のように。
「え、えっと」
さすがに少し引いちゃってる木更ちゃんの傍で、
「せめてそうならない日を願いますわ」
鈴音さんは匙を投げた。
――19:00
シフトの時間が始まった。
私は菫ちゃんと入れ替わりで資料室に入り、本来増田の定位置である奥のパソコン机に座りヘッドフォンマイクをつける。
「シフトの交代に入りました。これより1時間鳥乃がサポートに入ります」
繋ぎっぱなしの通信機に話しかけると、
『こちら増田。現在、車で集会所に移動中だ』
実際、パソコンのモニターからは街中を移動する車内の様子が映されてる。
『予定では後5分程度で到着する。正直、このタイミングで鳥乃が入ってくれたのは嬉しいよ』
「なに気持ち悪いこといってるのよ。まさかドがつくロリコンがJK趣味に目覚めたわけじゃあるまいし」
『逆だ逆。お互い恋愛対象の外だから気楽なんだ』
増田は笑い、
『何より、ハングド内で現状一番“黒山羊の実”と交戦経験があるお前がサポートなんだ。心強いよ』
「ま、仕事はしっかりやってみるわ」
返事をした辺りで、映像先に会館のような施設が映った。
『あそこだ』
増田は近くのコンビニに車を停める。
「ここまでは順調みたいね。それで、どうやって侵入する算段?」
『内部に協力者が紛れ込んでる。彼女にこっそり裏口の鍵を開けて貰う手筈だよ』
車を降りた増田は、会館の敷地内に足を踏み入れ、誰かに見つからないよう慎重に建物の裏へとまわりこむ。
「彼女ってことは、その協力者は女性ってわけね」
しまった。そんな情報があるんだったら私が向かえばよかった。
『お前が期待するようなものじゃないよ。じゃあ、行こうか』
階段を上り、その先のドアから増田は突入する。もちろん、先に隙間開けて覗き中を確認してから。
まず最初にモニターに映ったのは、白い壁の廊下だった。ドアの上には緑色に光る『非常口』の標識。
増田は腰の銃に手を伸ばし、忍び足で慎重に進む。程なくすると下に続く階段、その手前に大きなドアを発見した。
まず増田はドアに耳を傾けて内部の様子を確認し、そしてからドアを隙間程度に開けて中を確認する。
そこは、いうならホールだった。
黒いローブに身を纏った黒山羊の実メンバーがずらっと並び正面を向いて祈りを捧げている。その中にはゲイ牧師の姿も見えた。彼らの視線の先はステージになっており、ローブを深く被って顔を隠した3人の人間が立ち並び、さらに背後には1枚の絵が飾られていた。
絵に映るのは、山羊のようではっきりとした不自然さを持ち、何本かの触手があって、冷笑的な、しかし人間的な感情を感じさせる化け物の姿。
(って、これもしかして!?)
私には、この絵の正体に思い当たりがあった。推測が正しければ、これはクトゥルフ神話という架空の神話に登場する邪神の一柱だ。その名前まで特定できるほど知識があるわけではないけど。
『我々は豊穣神の子、
3人のうちのひとりがいった。性質から、ボイスチェンジャーとスピーカーマイクを併用してるのが分かる。続けて別のひとりが、
『豊穣神は、我々ひとりひとりの愛ある願いが実を結ぶことを望んでおられます。汝、崇高なる願いを祈りましょう。汝、愛を唱えましょう。汝、私たちの下で共に幸福になりましょう』
そして、最後のひとりが、
『神は我々に手を差し伸べてくださる。我々は願いを叶えなくてはならない。我々は幸せになるのを諦めてはならない。幸せこそが神の大地に愛の実を生らせ、神への供物となるのだ』
なるほど。
願いを叶え幸せになること。要約すればそこがこの宗教組織の教義にあたるらしい。確かに言ってることは素晴らしいし、神もそれを供物にする為に協力を惜しまない設定から互いに需要と供給ができてるように映る。ここだけ聞くと魅力的な言葉だ。
けど、願いを叶える為、そして幸せになる為に、奴らは手段を選ばない。きれいな言葉を盾に民間人に危険を晒すテロ集団であることを私たちは知っているのだ。
そんな時だった。
『ちっす』
誰かが、増田の肩を叩きながら話かけてきたのだ。
そのドライでクレバーで声、
(え、高村司令?)
一瞬思ったけど、すぐ違うと気づく。だって、そこに司令がいるはずないのだから。そして、私は司令によっくりな黒山羊の実の人間を知っている。
『っ』
増田が警戒しながら後ろを向く。
そこにいたのは、適当に整えられたセミロングの銀髪、膨らみのまったくない胸部。
「増田、ミストランよ」
私は通信機越しに小声で伝える。
返事はなかったけど、増田の顔が一瞬強張るのがわかった。
『アンタ、入んないの? ホールに』
ミストランがいった。この組織の人間と認識してるのだろうか。
増田はいった。
『ああ、入るタイミングを逃してね。いまから入ると目立ってしまうから、外から話を聞かせて貰ってるんだ』
『そういうことね』
『で、ミストラン。君こそこんな所でどうしたんだい?』
『サボりだけど何か?』
うわ、司令がやりそうで言いそうな返事をドンピシャで。
『大体あんなの信仰する気ないし』
しかも、ステージの三名に聞かれたらヤバそうな台詞を堂々と。
『あ、そだ。ところでアンタ名前は?』
『米国生まれの
ちょ、増田なんて濃い偽名使ってるのよ。
『そ、じゃあダニエルちょっと聞いていい?』
しかもミストランは不審に感じることなく、
『
うわ、出た。
「増田。ここで出す答えは分かってるわね」
しかし増田は、
『どちらでもない』
『なに?』
『そんなもので俺は女性の価値を定めたりはしない。何故なら俺は、
とかのたまったのだ。
「うわぁ」『うわぁ』
私とミストラン双方からドン引きする声が。
『更に言うと普通のロリとロリ巨乳を区別する気もない。ただし童顔なだけの巨乳BBAは駄目だ。俺が愛するのは14歳以下の幼女であってロリータではない』
『ちょ……おま、何いって』
ミストランが生理的に受け付けなそうに顔を青くする。
『しかし、君はどうしても宗派を聞きたいそうだ。貧乳か巨乳かを聞くように、幼女の何を信仰するのか』
『いや聞く気は無――』
しかし増田は無視して、
『俺が最も信仰するのは、バブみだ!』
と、ガッツポーズ。それも「俺の大好きなバブみは最強なんだ!」とか言いそうなポーズで。
『俺の夢は、雷ちゃんに甘やかされながら、桃華ちゃまにママーと叫び、ナナコンを発症させつつ、みりあに抱きしめられてオギャる。そんな人生を送ることだ。そして――』
『わ、分かったから寄るな変態』
未だ語り続ける増田に怯え、ついに自分から逃げ出すミストラン。
彼女の姿が完全に見えなくなると。
『ふう』
と、増田はスマホを開き、さっき挙げた幼女たちの画像を眺めながら、
『ようやく行ったか。これで彼女も好き好んで近づこうとはしないだろう』
わざと拒絶させて離す作戦だったらしい。しかし、これは酷い。
「増田。今度から私も距離を取ってもいい?」
『心配するな。永上と違って普段からあんな言動は取らないよ。これでも俺は、アニメや漫画が好きと言っただけで後ろ指をさされ犯罪者予備軍とよばれた世代のオタクだからな』
が、直後だった。
ホールの前で騒がしくしすぎたせいか、ミストランと入れ替わりに今度は扉が開いて、
『騒がしいなぁ、一体だれだい?』
と、ボーイッシュな口調とは裏腹の、見た目文系少女みたいな子が話しかけてきた。
同時に、ホール内の視線が増田とその少女に集中する。
「増田。慌てず冷静に切り抜けて。何なら一員のふりして輪に混ざるのも手よ」
私は通信機から指示した。増田は返事の代わりに、
『すみませんでした。先日入信したばかりで色々と分からなくて。
と、再び名を偽って取りつくろう。
しかし、誰かがいった。
『こいつ、増田だ! 元警視庁特捜課で現在ハングドに所属している』
しまった。身バレした。
『チッ』
増田は銃を構えたまま非常口に引き返す。しかし、増田の手がドアに伸びるより先に。
『逃がすと思う?』
先ほどの文系少女が非常口の外からやってきた。なるほど《強制脱出装置》で一回室外に出てから入りなおしたらしい。
『悪いけど、ボクはこれでも組織の戦闘要員なんだ。拘束させてもらうよ、デュエルで』
少女はデュエルディスクを掲げいった。しかもボクっ娘とはポイント高い。
どうやら先日の赤外線タイプではなく半径数mのデュエルディスクに強制デュエルを働きかける、いうなら円形タイプのようだった。
増田はすぐ後ろに跳びのく。良かった、強制デュエルの射程からは逃れたらしい。
が、そのまま増田は後ろに逃げようとするも既に遅くホールから直接追跡してきた者たちによって挟み撃ちになってしまう。
『悪いけど、そろそろ観念してくれると嬉しいな』
強制デュエルモードを起動しながらじりじりとにじり寄る少女。恐らく増田が《ワーム・ホール》で逃げようとしたら誰かがフィールで帳消しにしてしまうだろう。
完全に逃げ道が塞がってしまった。
『ここまでか』
増田が呟いた。その時だった。
『おいでください、No.15!』
それは、突如として発せられた。
『運命の糸を操る地獄の粉砕機! 強き瞳に絶望を、勇気ある魂に残虐なるおもてなしを! ギミック・パペット-ジャイアントキラー!』
ホール側の集団の最後尾から巨大な機械人形が出現し、その指から糸が伸び、前列の人たちを次々に拘束する。
そして、胸の粉砕機で骨砕くローラー音を響かせながら人々を飲み込み、数人ほど犠牲になった所で胸のローラーが砲身に変形、犠牲者を弾丸に発射した。
ホール側の集団はモンスターの射撃によってドミノ倒しに倒れる。そこで気づいたけど、さっきのローラー音はあくまで演出で誰ひとりとして血を流す様子は見られない。
続けてジャイアントキラーは二発目の砲撃で非常口側の少女を狙うも、彼女はフィールのバリアで身を護る。しかし、その間に増田は《強制脱出装置》を発動。モニターの映像が瞬く間に光に塗りつぶされ、次の瞬間には既に増田は会館の外、非常階段を降りきった場所に立っていた。
直後、同じように《強制脱出装置》でひとりの少女が増田の隣に降り立つ。
『助かったよ。君がきてくれなかったら俺は今頃どうなってたか』
『お気になさらず』
それはアンちゃんだった。もっとも現在は袴姿でも制服でもなく、他の黒山羊の実同様黒いローブに身を包んでいるけど。
「増田、もしかして協力者って」
『彼女だよ』
増田はいった。すると隣のアンちゃんが、
『もしかして鳥乃様ですか?』
『ああ、いまハングドの事務所から通信で後方支援にまわって貰ってる』
『そうでしたか、先日は失礼致しました』
ぺこりと頭を下げるアンちゃん。しかしすぐに、
『とはいえ、のんびりしている余裕は御座いません。すぐ移動致しましょう』
『分かった。こっちだ』
こうしてふたりは、コンビニに停めてある車へと駆け出す。途中、黒山羊の実に見つかったけど既にふたりが車に乗りこんだ直後。アクセルを踏み車が動けば所詮は生身の人間、轢かれないように避けるしかできない。
そんなわけでふたりは見事に脱出に成功したのだった。
『ふう、何とか振り切ったか』
運転席で増田がいった。
『時間的にもお腹が空いてるだろうし、走った直後喉も乾いてるだろう。もう少し我慢してくれ』
『いえ、お気になさらず』
アンちゃんは辺りに視線を配りながらいった。
『今日の集会、一階フロアで立食パーティもやっていたんです。そこで幾らかつまみましたから』
『そうか』
増田は運転しながら、
『実は俺たちのアジトも、いまある事情でささやかな祝会をやってるんだ』
『そうだったのですか』
『この時間なら何とか合流できそうだよ。君のおかげだ、ありがとう』
『いえ、そんな……』
アンちゃんは控えめに微笑んだ。
『そういえば、藤稔さんがもう大丈夫ということは』
藤稔とは木更ちゃんのことである。フルネーム
『ああ、今朝連絡を受けたよ。知ってたのか、彼女が組織に狙われてたのは』
『はい。私とテスタメント兄弟は同じ幹部の下で動いておりましたから』
アンちゃんがいうには、黒山羊の実には実質的にトップを担う三人の幹部がおり、名前通り三幹部様と呼ばれている。そして、大抵のメンバーは三幹部様の指揮下に置かれるとのことで、
『私とテスタメント兄弟は三幹部のひとり、グラトニー様に仕えておりました』
なお、アンちゃんはそのグラトニーに誘われて黒山羊の実入りしたらしい。
『グラトニー。確か七つの大罪にうち暴食の英語読みだったか』
増田はいった。……暴食かぁ。
『美術展の襲撃も2回ともグラトニー様の計画です。もっとも2回目はプライド様という他の三幹部が戦力を提供してくださいましたけど。それがミストランになります』
「そういえば、
と、ここで私は訊ねた。現在、通信は車内のスピーカーと繋がってるため、ちゃんとアンちゃんの耳にも届く、
『鳥乃さん!? あ、そういえば通信で繋がられてたのでしたね』
アンちゃんは突然私が会話割り込んだことで一回驚くも、
『はい。その件ですけど、私が確認した限りではグラトニー様の意向が影響しているようでした。プライド様は鳥乃さんを逃がしたことに立腹なされてましたし』
『つまり、今度鳥乃がミストランと相対したら』
増田が訊くと、アンちゃんは小さくうなずいて、
『そうなりますね。恐らくミストランは鳥乃様を殺害するでしょう』
『俺が出て正解だったな。いまの鳥乃にミストランの相手をさせるわけにはいかない』
そんな会話を聞きながら、私はふとバックミラーにモニターのカメラを動かす。
直後、一台のバイクが交差点を曲がって車の後ろについた。体格も趣味も高村司令そっくりなヘルメット&ライダースーツ姿の女性だった。
『あ』
すると、周囲に気を配ってたアンちゃんが反応する。ってことはやっぱり、奴はミストラン。
「増田! バックミラー見て、後ろ!」
私は通信先に呼びかけた。
『分かっている』
増田がバイクを振り切ろうと車の速度を上げる。
しかし、車とバイクの追いかけっこだと、小回りの利くバイクに利がありすぎる。バイクは車の全力についていくどころか、そのままフィール攻撃を仕掛けれる余裕さえみられる。
「増田。ここでリアルファイトされたら」
『分かってる。これしか無いか』
増田は運転席にデュエルディスクを連結し、強制デュエルモードを起動する。車を基点に円形状にプログラムが伸び、巻き込まれたミストランのデュエルディスクが強制的にデュエルモードに入ったのが確認された。
『デュエルカー! モードチェンジ!』
更に増田が別のスイッチを押すと、車はローラーダッシュ式の二足ロボットに変形し、機体の胸部からコードに巻かれた状態の増田が上半身だけ顔を出した。
一応言っておくけど、私と違って増田は純然たる生身の人間だ。しかし、その姿は正に「Dホイールと合体」そのもの。
『こ、このお車は一体……』
状況が読み込めずポカンとなるアンちゃん。彼女は増田の下、ロボットの腹部の辺りのコクピットに搭載されている。なお、こちらは外気に晒されてはいない。
『車のままデュエルすると先に車体が破壊されてしまうからね。機体をフィールで護りやすい形状に変形させて貰った』
増田は説明し、
『大丈夫か?』
『はい。私は平気です』
アンちゃんは辺りを見渡し、
『このような時に言うのは不謹慎ではありますけど、何だかかっこいいですね』
『意外にも少年漫画やロボット物が好きなノリか?』
『ここ最近から』
アンちゃんは「ふふっ」と淑やかに頬笑み、
『先日、め○かボックスというものに出会いまして』
そこから入る漫画やアニメの世界って凄く歪んでない?
『まあ現実は喜びに浸ってられる状況ではないけどね』
と、バイクで横に張り付いたミストランを見下ろす増田。
『先ほどぶりだな』
『げっ』
ミストランは増田の顔を見ると露骨に嫌な顔をし、
『討伐対象ってアンタだったの?』
『嫌なら辞めてもいいんだぞ、そのほうが俺は嬉しい』
『それはそれで私の首と命に関わるわ。プライドに増田とアンを殺せと言われてるし』
と、ミストランがいうと、
『プライド、先ほど言ってたミストランを指揮する幹部か』
『はい』
増田の確認に、アンちゃんが応える。
『まあそんなわけだから大人しく死んで』
ミストランが、まるで「淡々と仕事を処理する時の司令の目」でいった。
そして、前を向き続けて言う。
『ミストラン。これより害獣駆除に入る』
『いや俺は害獣では』
増田が反論すると、
『ああ、そうね。子どもに母性覚える変態ロリコンを害獣と言ったら、害獣に失礼だったわ』
『おい』
悪いけどここはミストランに同意。
そんなやりとりをしながら、だけどミストランの淡々とした殺意を前に増田の頬からは脂汗が滲むのがみえる。
ライディングデュエルが始まった。
増田
LP4000
手札4
[][][]
[][][]
[]ー[]
[][][]
[][][]
ミストラン
LP4000
手札4
『先攻は貰った。俺のターン』
先攻は増田だ。
『お気をつけください、ミストランのフィール量はすでに鳥乃様と戦った頃とは比べ物になりません』
と、アンちゃんは心配そうに助言する。
『分かった。だが、やる事は変わらない』
増田はロボットを運転し走らせながら、
『まずはこれだ。俺は手札から《アップデート・ドロー》を発動。手札のサイバースを捨て、カードを2枚ドロー。そして墓地に送った《ドットスケーパー》の効果、このカードが墓地に送られた場合、自身を特殊召喚する。続けて俺は手札から《苦渋の決断》を発動。デッキからレベル4以下の通常モンスター《デジトロン》を墓地に送り、同じく《デジトロン》1体をデッキから手札に加える』
まず増田は手札を消費せず、手札・墓地・フィールド全部を整え、
『《サイバース・ガジェット》を召喚』
と、1体のサイバース族モンスターを場に呼び出す。
『《サイバース・ガジェット》は召喚成功時に墓地のレベル2以下のモンスターを特殊召喚する。現れろ、《デジトロン》!』
そして現れたのは先ほど《苦渋の決断》で墓地に落としたモンスター。
『早速行かせて貰う。現れろ、俺のサーキット!』
前方に八方のマーカーが出現し、増田はアンちゃんごと中に飛び込む。すると辺りは暖色の電脳空間に書き換わり、
『アローヘッド確認。召喚条件は通常モンスター1体! 俺は《デジトロン》をリンクマーカーにセット! リンク召喚! 現れろ、LINK-1《リンク・スパイダー》!』
《デジトロン》が霊魂の矢印になってマーカーに取り込まれ、現れたのは以前私も増田から拝借して使った蜘蛛のリンクモンスター。
召喚の演出が終わると、辺りの電脳空間も消え街中へと光景を戻した。
けど、増田の行動は当然まだ終わらない。
『《リンク・スパイダー》のモンスター効果。1ターンに1度、手札からレベル4以下の通常モンスターを特殊召喚する。現れろ《デジトロン》! さらに《デジトロン》と《サイバース・ガジェット》をリンクマーカーにセット! リンク召喚! 現れろ、LINK-2《ハニーボット》! 《サイバース・ガジェット》が墓地に送られた事で効果発動。場に《ガジェット・トークン》を特殊召喚、さらに、現れろ三度目の俺のサーキット!』
なんというソリティアを披露する増田。
『アローヘッド確認。召喚条件はモンスター2体以上。俺は《リンク・スパイダー》と2体分のリンク素材となった《ハニーボット》をリンクマーカーにセット! リンク召喚! 現れろLINK-3《デコード・トーカー》!』
こうして出現したのは1体のサイバース族の戦士。増田のフェイバリットだ。
『カードを2枚セット。俺のターンはこれで終了する』
と、増田はターンを終了する。それをみて私は、
「って増田。これ大丈夫なの?」
と、思わず聞いてしまった。だって増田。
増田
LP4000
手札0
[《セットカード》][《セットカード》][]
[《ガジェット・トークン(守備)》][《ドットスケーパー(守備)》][]
[]-[《デコード・トーカー(増田)》]
[][][]
[][][]
ミストラン
LP4000
手札4
手札が既に、ゼロなのだから。
『大丈夫だ。これで布陣は完成している』
増田はいった。確かに《デコード・トーカー》の元々の攻撃力は2300ながら、リンク先のモンスターの数×500攻撃力を上げる効果を持つ。その為、
《デコード・トーカー》 攻撃力2300→2800
現在は十分な攻撃力を持っている。そして、リンク先のモンスターも守備力2100の《ドットスケーパー》。2枚の伏せカードで恐らくタキオン・ドラゴンを対処する予定なのだろう。手札の残りさえ確認しなければ悪い布陣には見えない気はする。
けど、相手はミストラン。正直不安だ。
『これだけ?』
ミストランが訊いた。
『ああ、これで問題ない』
『そ』
ミストランはいい、
『私のターンね。ドロー』
ミストランはカードを1枚引き抜く。
『結構色々ソリティアしてたから少し期待してたけど、まあこんなもんよね』
と、一回落胆した顔を見せてから、
『相手フィールド上に攻撃力2000以上のモンスターが存在する場合、このカードは手札から特殊召喚できる。《限界竜シュヴァルツシルト》』
ミストランの場に現れたのは、長い胴で∞の文字をつくる竜。レベルは8。
「増田、早速出す気よ」
『そのようだ』
増田がうなずく中、
『魔法カード《エルゴスフィア》! このカードはフィールドに《限界竜シュヴァルツシルト》が存在する場合、同じ《限界竜シュヴァルツシルト》を手札に加える。そして、こいつも特殊召喚!』
現れる2体目のシュヴァルツシルト。
「厄介ね。召喚権も使ってないし、ここで対処するには分が悪いわ」
『ああ』
このモンスターたちは効果故に、仮にバウンスしても《デコード・トーカー》を場から離さないと何度も特殊召喚されてしまう。
『じゃあ早速行かせて貰うわ。私はこの《限界竜シュヴァルツシルト》2体でオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築』
ミストランが宣言すると同時に、上空に銀河の渦が出現し、2体のドラゴンは霊魂となって取り込まれる。
「増田!」
『分かってる』
増田が構える中、銀河からナンバーズを示す107の数字が顔をだす。
『エクシーズ召喚! 殺れ、No.107! 宇宙を貫く巨乳撲滅の雄叫びよ、遥かなる時をさかのぼり銀河の源よりよみがえれ! 顕現せよ、そしておっぱいこのやろう!
銀河の中から、黒くシャープなボディの竜翼を広げ降り立つ。その攻撃力は3000。
『ここだ。俺は罠カード《奈落の落とし穴》を発動する』
増田が動いた。
『《奈落の落とし穴》は召喚されたモンスターを破壊してゲームから除外するカード。その厄介な竜は墓地にも置かせず消えて貰うよ』
上手い! 確かに墓地と違って除外されたカードは、元々それを利用したデッキじゃない限り対策が苦手な場合が多いのだ。
『なら、手札からカウンター罠《タキオン・トランスミグレイション》を発動』
『想定済だ。俺もカウンター罠だ。《魔宮の賄賂》!』
『チッ』
舌打ちするミストラン。どうやら2枚目の《タキオン・トランスミグレイション》は握ってなかったらしい。
タキオン・ドラゴンの下に時空の穴が発生し、例え飛行しようとも異次元からの重力によって強引に引きずり込んで破壊する。
『ふうっ』
増田はほっと一息。
「第一関門はクリアね。後は《銀河眼の時空竜》を複数積みしてなければいいんだけど」
と、私は呟く。その刹那。
『なめられたものね』
ミストランはいった。
『タキオンを排除しただけで、もう勝った気分でいるとか』
『まさか、複数積みなのか?』
『してるけど、そんな次元の話してるわけじゃないから』
さりげなく複数積み確定。
『どういうことだ?』
『《銀河眼の時空竜》は囮よ。見てる限り対策されてるみたいだし、あえて出せば全力でリソース使い切ってくれると思ったわけよ。で、大正解』
『あっ』
増田そして私は気付く。すでに増田のフィールドにセットカードはないのだ。
『じゃ、行かせて貰うわパート2。手札の《銀河眼の光子竜》墓地に送って《銀河戦士》特殊召喚。効果でデッキの《銀河騎士》をサーチして、《銀河騎士》を自身の効果でリリースなしで通常召喚。この方法で召喚に成功したから第二の効果、墓地の《銀河眼の光子竜》を守備表で特殊召喚』
《銀河眼の時空竜》を全力で対処したと思ったら、すぐに上級モンスターが計3体も。
『で、ここで私はスキルを使用』
言いながらミストランは、エクストラデッキから何故か《サイバー・ツイン・ドラゴン》を出し、フィールを用いて指先でカードをくるくる回す。
『《サイバー・ツイン・ドラゴン》よ、過去へ渡り、より
《サイバー・ツイン・ドラゴン》のカードが光の粒子に変わり別のカードへと構築し直されていく。さらに、ミストランの前方にも八方のマーカーが出現し、
『召喚条件は光属性モンスター2体。私は《銀河眼の光子竜》と《銀河戦士》の2体をリンクマーカーにセット。リ・コントラクト・ユニバース! 現れろLINK-2《サイバー・タキオン・ドラゴン》!』
《サイバー・ツイン・ドラゴン》が青色のカードに変わると、ミストランはそれをディスクに読み込ませる。
《銀河眼の光子竜》と《銀河戦士》が霊魂の矢印となってマーカーに取り込まれると、現れたのは黄金色に輝く《サイバー・ツイン・ドラゴン》の姿。その攻撃力は2000。
「《サイバー・ツイン・ドラゴン》が」
『タキオンの名を持つリンクモンスターに……』
私と増田が驚く中、ミストランはいった。
『私のスキル《リ・コントラクト・ユニバース》は、手札・エクストラデッキのカードを任意の枚数だけ、別のカードに書き換える事ができる。そこにタキオンの「過去に渡り自分に有利な未来を選択し直す」って設定を付与したのが私流のこのスキルよ』
つまりは運命操作と書き換え系のスキル。しかし、私の知る限りこの系列の能力には多大なフィールを消費するテキスト外コストを持っている。《ダークドロー》や《シャイニングドロー》はメ○ローア級。《デスティニードロー》だってダ○の大冒険版のベ○ン級だ。
なのにミストランは、《リ・コントラクト・ユニバース》を使い確かにフィールを消費した形跡を感じるのに、未だピンピンしているように見える。
『魔法カード《死者蘇生》を発動』
ミストランは更に展開してきた。
『効果で、私は墓地の《銀河眼の光子竜》を、《サイバー・タキオン・ドラゴン》のリンク先に特殊召喚。ここでサイバー・タキオンの効果。このカードはリンク先のモンスター1体につき攻撃力を400上げ、リンク先にモンスターが存在する場合、1度のバトルフェイズにモンスターを2体まで攻撃できる』
《サイバー・タキオン・ドラゴン》 攻撃力2000→2400
効果自体は《サイバー・ツイン・ドラゴン》より弱体化しているとはいえ、いまの増田のフィールドには十分脅威な効果だ。
『バトル! まず《銀河騎士》で《ガジェット・トークン》を戦闘破壊』
まず、リンクと繋がってない《ガジェット・トークン》が増田のフィールドから退場し、
『次! 《サイバー・タキオン・ドラゴン》の第一打。《ドットスケーパー》を粉砕』
サイバー・タキオンの首の片方から光線のブレスが放たれ、まともに《ドットスケーパー》の体が爆発する。直後、モニター先が軽く振動。
「フィール攻撃!? 増田、アンちゃん大丈夫?」
私が確認を取ると、
『大丈夫だ』
と、増田。
『俺自身は不意を喰らってしまったのだが、彼女が予想以上に間に合う子で助かった』
「アンちゃんが?」
すると、
『はい、確認させて頂いた所、どうやら同乗者のフィールも機体から発動できるみたいでしたので』
このロボットは、言うなら本来操縦者の使うフィールを機体から直接発動する為の機構である。
例えば、フィールでバリアを張る場合、車や通常のバイクから発動するとなると機体を包むほど広範囲にフィールを張らなくてはならず、必要なフィール量もそれだけ多くなる。
しかし、ロボットの機体から直接発動する場合、生身の時と同じ要領で膜を張るようにバリアが形跡でき、最小限のフィールで済むのだ。
そして何よりこのロボット最大の特徴は同乗者もこの機能を使える。その機能をアンちゃんは、誰かが伝える前に自力で確認し行使してくれたのだ。
『ふふ、ですからミストランに攻撃するときはお任せください。一撃で潰して差し上げますね』
と、アンちゃんドSな色気たっぷりの黒い笑み。うわあ、改心したと思ってたけどそのヤバい部分まだ残ってたのね。
が。
『それはどうかな』
会話に割り込むようにミストランがいった。
『続けてサイバー・タキオンで《デコード・トーカー》を攻撃。100点分の超過ダメージを受けろ!』
サイバー・タキオンのブレスが続けて《デコード・トーカー》に放たれる。
「あっ」
そうだった。
リンク先の《ドットスケーパー》がいなくなったので、《デコード・トーカー》の攻撃力は2300に戻ってたのである。
一瞬で消し炭になる《デコード・トーカー》。その光線ブレスは勢いこそ弱まるも、ロボットの腹部つまりアンちゃんの操縦席にまで届き、
『きゃ――』
一瞬の悲鳴。直後、光線はロボットの機体を貫通したのだ。
増田 LP4000→3900
「アンちゃん!」
機体の腹部が爆発し煙をあげる中、私は叫ぶ。しかし、アンちゃんから返事はない。
そして。
煙が消えた時、ロボットは何とか動作を続けるもアンちゃんの操縦席があった箇所は丸々空洞になっていた。
たった100ダメージの攻撃で。
「え、うそ、そんな……」
アンちゃんが死んだ? それも、あんなに呆気なく?
私は顔から血の気がサーッと引くのを感じる。同時に、両腕が机から離れだらんと垂れ落ちた。
『まずは一匹』
淡々と喋るミストランの声が、とても恐ろしく感じる。
『じゃあ、これでライフが残ってもフィニッシュね。《銀河眼の光子竜》で変態に直接攻撃。死ね、フォトン・ストリーム!』
銀河眼のブレスがロボットを横一文字になぎ払う。
増田は明らかに全力でフィールを展開し護ろうとしたが、機体が一瞬で消し炭になるのを防ぐのが精いっぱい。
小さな爆発を幾度となく起こしながらロボットは上半身と下半身が千切れ崩れ堕ちて行く。
増田 LP3900→900
『まだ、終わってない。俺のターン』
それでも、増田は未だ諦めずカードを引く。しかし、ミストランからフィールが放たれ、ドローしたカードは《ビットロン》。ただの通常モンスターだ。
そして、上半身は床に墜落し炎をあげ大爆発を起こした。
「ま、増田?」
いま、何が起こったの?
まず最初に、アンちゃんが死んだ。
次に、モンスターの攻撃でフィールの上からロボットを両断した。
そして、いま増田が。
『まだだ! 俺はこの爆風をデータストームと見立て、スキル《ストーム・アクセス》を発――』
モニターから映像が途切れた。
「増田ぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
私は叫びながら部屋を出た。
ちょうど、資料室の前にいた鈴音さんが、
「鳥乃、一体何が……」
「鈴音さん、鳥乃 沙樹出撃するわ!」
理由も語らず、何も知らない鈴音さんを突き飛ばし、私はパーティ会場となった出入り口前のオフィスに。
「鳥乃?」
と、驚く司令と目があった。私は、
「ミストラン!」
見間違え、私は胸倉に掴みかかってしまう。が、すぐ気付き、
「あ、し……司令」
一瞬、私は顔を青くするも、
「鳥乃先輩?」
その横で私を止めようとする木更ちゃん。私は一瞬だけ冷静を取り戻し、
「木更ちゃん、ごめん!」
また司令とミストランの見分けがつかなくなる前に私は逃げるように外へ。そして共用のDホイールに乗って私は戦いのあった場所へ向かった。
現場は既に人だかりがいっぱいだった。
「増田、増田!」
人と人をかきわけ、私はいまだ炎の舞い上がる壊れたロボットの傍に。しかし、増田の姿はない。
けど、上半身の胸部からコードを引き千切った跡がみられた。増田はまだ生きている。
私は人だかりの外に出て辺りを見渡した。そこへ。
「ここだ、鳥乃」
増田の声。
「どこ、増田?」
言いながら、私はビルとビルの隙間から、壁によりかかった状態の増田を見つける。
「増田! 良かった、生きてたのね」
私は駆け寄る。しかし、近くまできて私は気付いた。
増田は、片腕が焼け落ちて既になく、ロボットの破片が心臓辺りに深々と突き刺さってたのだ。私なら生きてる所だけど、生身の人間である増田は。
「お前が来てくれると信じてな。ディアン・ケト等の回復魔法カードで……生き永らえてたんだ」
「それって、フィール。でもデュエルは」
ライフは残ってたけど、《ビットロン》だけでは。
「それが、勝ったんだよ」
増田がいった。その声が段々かすれ弱くなりながら、
「ミストランの奴……俺が死んだと早まって……デュエルを終了、させたんだ。そしたら、俺は……まだ、ライフ900……残してたから、な。逆に……ミストランのフィールが全損、そのまま撤退して……いったよ」
そして、逆に増田のフィールは僅かに残った。
「けど、ここまでだ」
増田はいった。
「直に……俺のフィールは尽きる。その上、回復……するにも限度が、あるから……な。心臓……潰されて、まだ息してるんだ。いまの俺は、ゾンビみたいなもの、だよ」
と、増田は笑い、
「鳥乃、お願いがある」
「お願い?」
「ああ……。俺を、地縛神の贄に、取り込んでくれ」
「えっ」
増田を? そんな事できるわけが。
「理由は三つある」
と、増田はいった。
「ひとつ、鳥乃に……俺のフィール・カードを、デッキごと、託したい」
増田のデッキを私に?
「ふたつ、相手は黒山羊の実だ。……俺の遺体を残すと、後々……面倒になりかねない」
確かに。クローンを作るような組織だ。最悪、洗脳した状態で増田を蘇生なんて考えられてしまう。
「みっつ、生きたまま取り込んだ者は……死んでは、いない、ん……だろう?」
「あ」
確かに生きたまま地縛神の贄に取り込んだ者は、その状態のまま魂ごと光の粒子に分解されている。だから厳密には生きてるわけでも死んでるわけでもないのが正しいのだけど、もし、その後被害者を取り込む寸前の状態で元の姿に戻せたとしたら。
「分かったわ」
私は、地縛神のフィールを行使。増田の体が段々と光の粒子に変わっていく。
「これが……お前の贄になる、感覚……なの、か」
既に半透明となった増田がいった。
「正に、俺という存在が消滅するのが分かる。これは……恐ろしいな」
「悪いわね、こんな体験させちゃって」
「気にするな」
増田の瞼が閉じていく。
「鳥乃、後は……た……の…………」
言い切ることなく、増田の体は完全に粒子に変わり、私の体に取り込まれていく。
直後、“私の中に”収納される増田のカード。そして何枚ものフィール・カードが私の手元に浮かび上がった。その中から、増田が最期にスキルで手に入れたカードに気付く。
「《クリアウィング・ラピッド・ドラゴン》?」
増田のスキル《ストームアクセス》は、サイバース族のリンクモンスター1枚をランダムに1枚エクストラデッキに加える効果を持つ。もしかしたら増田は、最後の最後でこんなカードを手に入れたから、自分のすべてを託そうと思ったのかもしれない。
(アンちゃん、増田……)
ここまで気を張って崩れないようにしてたけど、アンちゃん、そして増田を失ったショックはとっくに限界を超えていた。
意識が遠のく。視界が暗転しだす。
そんな直後、通信機から連絡が入った。
『鳥乃先輩?』
「っ」
その言葉に、私はハッなり卒倒しかけてたのを踏みとどまる。
「木更、ちゃん?」
『はい』
どうして木更ちゃんから通信が。まあ、そんなことより。
「見ちゃっ……たんだ」
『はい。高村さんや鈴音さん、他にも数名と一緒です』
ということは、恐らく公認で木更ちゃんはモニタ前に立ってるのだ。たぶん私があれだけ取り乱したせいだろう。
「なら、木更ちゃん。ちょっとだけ泣きごと言わせて」
私は倒れるように壁に寄り掛かった。さっきまで増田がよりかかってた壁と対面になる形で。
『…………皆さんがご一緒でもよろしければ』
モニタ前で皆と目を配りあってたのだろうか。反応は少しだけ遅かった。
「ありがとう」
私は、起爆寸前の感情を抑え、絞るような声でいった。
「私、助けれなかった。増田も、アンちゃんも、みんな……みんな……」
『え、アンちゃん……って、もしかしてアンさん?』
驚く木更ちゃんの声。私はうなずいて、
「今回の任務の外部協力者よ。……けど、いま木更ちゃんが見てるモニター越しに、私の目の前で」
『そんなっ』
「そして、間もなく増田も」
『っ……』
モニターから、涙を抑える声が聞こえた。それも複数。
「でも、その時点で増田はまだ生きてて、でも……もう虫の息で、フィールも尽きかけてて。それで、私にすべて託して……」
『自ら地縛神の贄になったと』
と、高村司令。
「……はい」
『で、ふたりを殺ったのはミストラン。私のクローンを名乗る黒山羊の実の小娘ね』
「たった100ダメのフィールでデュエルロボの装甲を貫く化け物よ」
私は肯定する代わりに、ミストランの恐ろしさを伝える。そして、
「そもそも、ここで負けて死ぬのは私って話だったのよ! だって、元々あれって私を指定して出された依頼なんでしょ?」
気付いたら、私は吐きだすように感情を吐露していた。
さらに、一度起爆してしまったものは、もう抑えようもなく、
「けど、私は実質的に任務を3連続で失敗してて、私が依頼人を助けれなかったショックから立ち直れてなかったから! 増田は代わりに依頼を受けてくれた! そして、死んだのよ!」
涙が零れた、そう気付いた時にはすでに視界がかすみ、声が泣きじゃくったものに変わる。
別に、増田には特別な感情を抱いてたわけではない。レズな私がノーマルな恋愛に目覚めてたわけでもない。
増田がいうように、私たちはお互い恋愛感情を抱きようがなく、お互い性の対象が被ることさえない。だからこそ安心感や信頼感を築きあってたのだ。いなくなってみれば、増田は最高のビジネスパートナーで相棒で頼れる先輩だったのだ。
「増田は私のサポートを信頼してくれた。でも、私は何もできなかった! おかげでアンちゃんも、増田も護れなかった、死なせてしまったのよ、私のせいで!」
――手放すなよ。人生を通して本当に大切だと思えれる人間は思ったより多くないものだ。
増田の言葉が脳内で再生される。
あの言葉は、ずっと私にとって梓と木更ちゃんを指す言葉と思ってた。まさか増田も大切なひとりだったなんて、なんでいま気付いたんだろう。
そういえば高村司令と鈴音さんがデュエルした時、私はふたりの関係を「いいなぁ」と言った。そのとき増田は「お前だけが築ける関係がある」と言ってくれた。
私はずっと「梓と」とばかり思い浮かべてたけど、すでに増田と築いてたんじゃないか。
『先輩……』『沙樹……』『鳥乃……』
木更ちゃん、鈴音さん、高村司令がそれぞれ呟く。
私は最後の力を振り絞り、いった。
「鈴音さん、司令、ごめん……回収をお願い」
恐らく、この局面で冷静に伝えられたのは私が半分機械だったかもしれない。後からそう思う程度には、直後にはもう一切なにも考えることができなくて。
「うあ、うわあああああああああああああああああっ!」
ハングドのメンバーに回収される瞬間まで、私は増田の消えたその場所でずっと泣き崩れていた。
私は夢を見る。
辺り一面増田のリンク召喚時みたいな暖色の電脳空間。前方は途中から雲の上になっており、長い長い階段が見られる。
階段は途方もなく遠くまで伸び、しかも昇りきった先は眩い光に遮られ窺い知れない。しかしその光は何故かとても心地よいものに映った。
私の体から光の粒子が抜け出た。
粒子は階段を辿るように上空へ飛びながら、次第に半透明の増田へと姿を変える。
「……増田?」
私は、わけもわからず手を伸ばすも、彼を捉えることはできない。
代わりに、どこからか猫俣さんとセバスチャンが現れ、増田の肩を担ぐ。そして、ふたりは私に頭を下げてから光の先へと飛び上がっていった。
「ま、待って。……待ってよ!」
私は叫んだ。
「逝っちゃ駄目よ、増田! 猫俣さん、セバスチャン、連れてかないでよ。増田はまだ生きてるのよ? だから!」
しかし、3人は振り向くことも立ち止まることもなく、ついには光の奥へと去っていった。
「増田! 増田! 増田ぁっ!」
私は何度も何度も叫び、雲の上を駆ける。
しかし、夢の中で私の足はおぼつき、スローモーションでしか動けず、一向に階段に辿り着けないのだ。
こうして目を覚ました時、“地縛神の贄”の中に増田の抜け殻はあっても魂はすでに存在していなかった。
実は、ストーリー中にハングズのメインキャラが誰か死ぬのは連載開始当初から決まっておりました。
ただそれが増田という初期構想はなく、(そもそも開始時点では誰を殺すか決めてませんでしたけど)むしろ最初に白羽の矢が立ったのは木更でした。そして、木更に妹を出しそれをハングズ第二のヒロインにしようかなと。
増田を殺そうと決めたのは恐らくMISSION4.5の辺りだったかなと。それを裏付けるのが警視庁特捜課の永上という新キャラです。
彼女の登場により、増田が元特捜課で昔は永上さんとコンビを組んでいたという背景が生まれました。
この背景は、彼が「ハングズで死ぬメインキャラ」ことを裏付ける、とても重要な意味を持つからです。
ところで、最初この小説は「レズ版シティーハンター」を書きたくて始めたとMISSION1でお伝えました(もっとも見る影ないほど崩壊してるでしょうけど)。
この時点で気づかれた方もいるでしょうけど、シティーハンターには主人公の相棒で、特捜課キャラと元コンビを組んでいて、そして序盤に死ぬキャラが存在します。
槇村です。
沙樹が当初女版冴羽獠としてデザインしたなら、元々名前つきモブだった増田は、冴羽の相棒“槇村秀幸”の位置に昇格し、沙樹をサポートする相棒として、今回をもって退場となったのです。
元々このMISSION12は、 MISSION7と同時に執筆してましたが、結果的にMISSION7~11まで沙樹をサポートする増田を(作者の中では)しっかり描写することができ、自分としては満足いく形で今回MISSION12を迎えたと思っております。
ここまで読んで下さった皆様、誠にありがとうございます。
そして、遊☆戯☆王THE HANGSはこれからも普段の沙樹のノリを続けながら、しかし新たな気持ちでこれからも書き続けるつもりでおります。
これからも、どうかこの駄文にお付き合いくだされば嬉しく思います。
ここまで読んでくださってありがとうございました。そして、今後ともよろしくお願いいたします。
……それとごめんなさい。アンが犠牲になったのは偶然です。出せそうだからと再登場させたら、キャラが勝手に動いてこうなりました。
●今回のオリカ
アップデート・ドロー
通常魔法
(1):手札からサイバース族モンスター1体を墓地に送り、デッキからカードを2枚ドローする。
エルゴスフィア
通常魔法
自分フィールド上に「限界竜シュヴァルツシルト」が存在する時に発動できる。
自分のデッキから「限界竜シュヴァルツシルト」1体を手札に加える。
(遊戯王ゼアル)
サイバー・タキオン・ドラゴン
リンク・効果モンスター
リンク2/光属性/ドラゴン族/攻2000
【リンクマーカー:左下/右下】
光属性モンスター2体
このカードはルール上「ギャラクシーアイズ・タキオン・ドラゴン」カードとしても扱う。
(1):このカードの攻撃力は、このカードのリンク先のモンスターの数×400アップする。
(2):このカードはリンク先にモンスターが存在する場合、1度のバトルフェイズに2体まで相手モンスターを攻撃できる。
リ・コントラクト・ユニバース
スキル
(1):自分の手札・エクストラデッキのカードを任意の枚数だけ、別のカードに書き換える。この効果は相手ターンでも使用できる。
(2):このスキルの(1)の効果で書き換えたカードを元のカードに戻すことができる。この効果はデュエル中に使用できない。
(遊戯王ゼアル/アークⅤの《オッドアイズ・ドラゴン》等をPモンスター化した効果もこのスキルに含みます)
ストームアクセス
スキル
ライフポイントが1000以下の場合に発動できる。
ゲームに使用してないサイバース族・リンクモンスター1体をランダムにエクストラデッキに加える。
(遊戯王ヴレインズ/アニメの内容次第で今後エラッタがあります)