私の名前は
そして、レズである。
「許せない女性? 普通にいるけど?」
それはいつの話だったか。梓に「許せない女性とか嫌いは女性っているの?」って聞かれたことがあった。
「とりあえず嫌いなのは小学生や園児くらいの生意気なメスガキ。あれは駄目ね」
「あー。沙樹ちゃん子ども駄目だもんね」
納得する梓。
「あとは、梓をたぶらかす女、梓に危害加えた女、梓を殺そうとする女、そのくらいかな」
「私限定なの?」
「梓限定だけど?」
「じゃあ、例えば猟奇殺人犯とか愉快犯とか、そういう人たちは? 私が関わってない前提で」
「そうね」
私はちょっと考えてから、
「美女や美少女なら、何とか性的に好きでい続けるんじゃない レズのプライドにかけてね」
と、いったのだった。
『……り、の……とり……の……』
誰かに揺すられ、私は起きる。
「鳥乃、よかった。無事だったか」
増田だった。
「あれ、増田? どうして」
私は神簇さんの護衛をしてたはずなのに。なんて、わずかな間記憶が混乱してたけど、頭が回転し始めると同時に直前に起きたことを思い出す。
「そうだった。私」
アンちゃんに薬物を注射されて。
「どうやら強烈な鎮静剤だったらしい。先ほど研究所から分析データが送られてきたよ」
研究所の技術で蘇生した半分機械の私は、不測の事態に対応するためあちらのコンピュータと繋がっている。だから、今回みたいに外から薬剤を注入された場合、即座に情報が博士たちの下に届くのだ。
「私じゃなかったら後遺症が残ってたわね」
脳内で分析結果を確認し、私はいった。下手すれば昏睡状態に陥ってもおかしくない。これで殺す気がないと言うなら、限度を知らないとしか言い様がない薬品だった。
「ところで」
ここで私は辺りを確認する。
神簇さんの部屋だったそこは、肉片が飛び散り、ピンキの塗りたてみたいに辺り一面真っ赤っか。
控えめにいって酷い有様だった。私は顔を真っ青に、
「もしかして、神簇?」
だとしたら私は依頼人と悪友を同時に失ったことになる。
「いや、依頼人は無事だよ。今のところは」
増田はいった。
「この肉片は君たちが倒した5人のものだ。全員、アンが殺した」
「っ」
危険な注射を打たれて言うのもあれだけど、どうしてあのアンちゃんがこんな事を。
「鳥乃、お前の任務は失敗だ。続きは俺が引き継ぐ。鳥乃は支援にまわってくれ」
突然の言葉に私は驚き、
「どうしてよ」
と、睨んだ。「まだやれる。やらせてよ」って。
しかし増田は全て察した上で首を横に振り、
「フィール・カードを持たないお前ではこれ以上は無理だ」
「え?」
それって。
「すべて持ってかれたんだ。クリアウィングも含めすべてアンに」
「嘘!?」
「残念だが、嘘じゃない」
増田は懐からUSBを出し、いった。
「事務所から見た一部始終だ。確認してくれ」
私はデュエルディスクのタブレットにUSBを接続し、中に入ってた映像データを再生する。
そこにあったのは、悪夢としか思えない光景だった。
アンちゃんに奪われる私と神簇さんのフィール・カード。セバスチャンや皆が彼女のナンバーズによって粉砕される様、それを撮影しながら恍惚の笑みを浮かべる私の知らない神簇アンの姿。すべてが終わった後、神簇さんを《ワーム・ホール》の中に放り投げ、最後に自らもホールを潜って動画は終了していた。
「彼女は弱者の仮面を被った狂人だ」
増田は怒りを露わにいった。
「彼女を放っておけば、依頼人のみならず被害は確実に広がって行く。奴は早急に対処しなければならない」
確かに、増田のいう事は正しい。この映像が真実ならアンちゃんは確実に人格が破たんしている。
(けど)
いま私の手元には市販のカードに後から細工してフィール・カード化したものしか残ってない。そんなカードをどれだけ所有していても、一応「フィールが使える」程度の力しか持てない。某RPGで例えるなら、スライムにメラと一発分のMPを与えた程度を超えられないのだ。
「悔しいけど、いまの私では無理って話ね」
落胆する私。その時だった。
「鳥乃様ーっ、増田様ーっ」
外から戸をたたく音。増田があけると、ひとりのメイドがそこに立っていた。それも恐らく小中学生くらいの女の子。
確か名前はヒロちゃんっていったかな。うん、そう呼んで欲しいって言われた気がする。
「良かった。お目覚めになられたのですね」
天真爛漫にヒロちゃんは喜ぶ。しかし、アンちゃんとセバスチャンが敵側だった以上いよいよ屋敷の人は神簇さん以外全員敵でも不思議ではない状況。油断はできない。
「大丈夫、彼女は味方だよ」
増田はいった。
ヒロちゃんは血塗られた部屋に一歩足を踏み入れると私に向かって一礼。
そして、似合わないシリアスな顔をしていった。
「鳥乃様、意識が戻られて早急申し訳ないけど、お渡ししたいものがあります。一度前当主の部屋に来てくれますか?」
(さて)
ヒロちゃんに案内され廊下を歩きながら、私は腕を組み考えた。
(彼女は一体何者?)
屋敷の使用人とは一通り顔合わせしている。その中に彼女の顔は確かにあった。
けど、それだけだ。
元々私が子供嫌いで基本高校生以上しか興味ないのも少しは影響してるだろう。けど、それにしたってヒロちゃんはあまりに私の目に止まらな過ぎていたのだ。
ロコちゃんやアンちゃんみたいなむしゃぶりつきたくなる発育もなければ、神簇さんや苺ちゃんのようなオーラもカリスマもない。あるとすれば、こんな幼くしてメイドしてることと、その天真爛漫さ。
いや。言い換えよう。
それだけ十分な個性も特徴も持っていながら、私はつい先ほどまでモブ以下レベルにまで彼女を視界に映さなかったのだ。
「増田、どうして彼女が味方だといったの?」
私は小声で訊ねる。
「協力してくれたんだ」
増田はいった。
「あの映像を確認して、すぐ俺は
「彼女ってわけね」
「ああ。それもフィールを用いたリアルファイトで」
ここの屋敷の人たち。妙にデュエルよりリアルファイトを重視しすぎてる気がする。
「こちらです」
到着したらしい。ヒロちゃんに促され、私たちは中へと入った。
畳の和室に掛け軸と内装は神簇さんの部屋とだいたい一緒。ただし、敷かれたままの布団と枕元に置かれた一冊の本。恐らく部屋の主が亡くなった当時のままなのだろう。埃ひとつ見当たらない所から掃除はされてるみたいだけど。
「今更だけど、いいの? この部屋に私たちを入れて」
「大丈夫です。許可は取ってありますから」
屈託ない笑顔でヒロちゃんはいった。恐らく何かあった際に神簇さんが伝えたのだろうか。なんて私が思った所へ。
「本家から直接」
と。
「え、本家?」
ちょっと待って。なんで一介のメイドが本家とパイプ持ってるって話なのよ。
しかし当のヒロちゃんは私たちの疑問に触れることなく、
「あ、扉閉めちゃってください。会話が外に漏れると不味いですから」
なんて、客人を動かしやがる。
「ありがとうございますー」
増田が戸を閉めるとヒロちゃんはいい、
「それでは、早速本題に入っちゃいますね」
と、軽快な言葉遣いとは裏腹にシリアスな顔になった。
「そういえば、渡したいものがあるって」
「はい。鳥乃様には金庫の鍵を受け取って欲しいんです」
「え?」
いま、この子金庫の鍵とか言わなかった?
「現在金庫はアンお嬢様の下にあるけど、開けることができないのは琥珀お嬢様から聞いてますよね?」
「ま、まあ。それで金庫は神簇……。琥珀さんしか開けられないって聞いてるけど」
「いいえ、実は琥珀お嬢様でも開けられません」
「はっ?」
どういうこと、それ?
「先代様は偽の錠を琥珀お嬢様に与えていたんです。自分がいなくなっても、財産を間違った形で使われない為に」
「……信用されてないのね、神簇」
「神簇家の伝統ですから。そして、真に当主と認められた時に初めて本家から本物を受け取る形になってるんです。私は、その鍵を預かり見極める役割として、本家から派遣されてきた人間なんです。先代が雇ったメイドって形で」
「なるほどね」
今までの疑問が大体解決した。確かに本家側の人間ならそこまで出来てもおかしくはない。
「こちらが、その鍵です」
ヒロちゃんは懐から2枚のカードを私に差し出す。受け取ると、私の中で力が湧いてきた。
間違いない、これは2枚ともデュエルモンスターズのカード。それも本物のフィール・カードだ。
「この鍵を使った解錠方法自体は琥珀お嬢様もご存じのはずです。どうか、あのカードを餌にアンお嬢様と接触し琥珀お嬢様を助け出してください。それが本家から鳥乃様に。いいえ、ハングドの鳥乃様ではなく琥珀お嬢様の友人である鳥乃様に宛てられたメッセージになります」
「分かったわ」
私は2枚のカードをデッキホルダーに入れる。
ところで。
私はヒロちゃんに今更ながら妙な違和感を覚えていた。といっても、まだ彼女を疑ってるわけではない。気になるのは、彼女の存在自身。
見た目にして子供と判断してる以上、性的に反応しないのは当然だけど、こうして接してると、何かもっと本質的な所でレズセンサーが違和感を持ってるのだ。
「どうしましたか?」
ヒロちゃんがきょとん、として覗き込む。正直、その仕草はすっごい可愛い。
だけど、うん、やっぱり私のレズハートは妙な反応を示す。具体的には幼い抜きに、仮に彼女が実は16歳以上だったとして反応していいのか悪いのか凄く迷ってる的な。
「あ、ううん」
私は一回誤魔化し、
(せっかくだし)
ここでちょっと彼女が何者なのか、もう少し聞き出してみることにしよう。
まずは名前から。
「そういえばヒロちゃん?」
「はい?」
ここで、まず私が聞こうとしたことを察したのか、
「これからも、私のことは『ヒロ』って呼んでくださいね」
「フルネームは?」
「秘密です」
と、満面の笑顔。あ、もう嫌な予感が天元突破しそう。けど私はその「予感」にはまだ触れず、
「なら次に、けっこう幼い気がするけど、年齢は?」
「今年13になります。中学1年です」
良かった。これで16歳と言われたら更にセンサーが混乱する所だった。
さて。
その「予感」に触れよう。
「えっと、ヒロちゃん?」
「はい?」
「もしかして、あなた。…………男だったりする?」
うん。これが私のセンサーとハートが導き出した推測なのだ。もし外れてたら失礼なレベルじゃないけど、果たして。
「!?」
驚くヒロちゃん、そして。
「どっ」
「ど?」
「どうして分かったのですか!?」
正解だったらしい。
「そんなぁ、先代様もお屋敷の人もみんな男に見えないって言ってくれたのに、ほぼ初対面の人にばれちゃうなんて~」
ショックだったらしく、悲しそうな顔で瞳を潤わせるヒロちゃん、いやヒロくん? ぶっちゃけ、男と分かってても普通にめちゃくちゃ可愛いんだけど。これで16歳以上と言われたら駄目な扉を開きそうな程には。
「ま、まあ私ほらレズだから。性別の違いは第六感で分かるのよ」
「ぐすっ、じゃあ私……ちゃんと女の子に見えてますか?」
「見えてる見えてる」
「可愛い女の子に」
「見えてる見えてる」
「よかった~」
安心し、ぱあっと明るくなるヒロちゃん。
「まあ、彼の性別はともかくとして、だ」
増田がいった。その瞳には一筋の涙。あ、このロリコンかなりショック受けてる。ヒロちゃんが男で。
「これから、カードを使うにしてもどうやってアンを誘い込み、依頼人を助けるかだけど」
言った直後だった。
「話は聞かせて貰った!!」
部屋の扉が、外から蹴飛ばされたのだ。
「ヒロくんちゃんの為に、この私が力になろう」
と、入ってきたのは
『……』
唖然となる私たち。えっと、この事態はどこから突っ込みを入れればいいのだろうか。
「ん、どうしたんだ?」
一方、この空気の元凶は一切自覚がないらしく首をかしげる始末。
「あ、あう。鳥乃さまぁ」
そんな中、ヒロちゃんがおずおずと私の背に隠れる。ああ、これは以前にも何かあったな。YesロリータGOタッチされた的な。
増田が呆れ顔で、
「色々言いたいことはあるが。永上、まずどうやって屋敷に入ってきた?」
「正面から直接だ!」
「この家はセキュリティが強くて普通なら入れないはずだけど?」
「だから壊すしかなかった」
と、堂々とのたまう一応現職の警察。
「むしろ、どうすれば壊さずに入れるというのだ、どうやっても開かない扉に」
「鳥乃と俺は《ワーム・ホール》、ヒロは本家から支給されたカードキーだそうだ」
すると永上さん驚きのあまり仰け反って、
「《ワーム・ホール》、その手があったか!」
むしろ、どうして気づかなかったのか。
「まったくお前は」
増田が頭を抱えながら、
「次に、どうしてこの部屋の扉も壊した」
「この部屋も鍵が掛ってたからだ」
なお、この部屋は電子ロックではなく、ただの心張り棒である。
「なら最後の質問だ」
全身を震わせながら増田は、
「そもそも、お前はなぜここにいる」
「ここにヒロくんちゃんがいるからに決まってるだろう!」
言い切る永上さん。
「事件現場に可愛い子を野放しにしろというのか、そんな恐ろしいこと私にはできない!」
「その本人はお前に怯えてるようだが」
「何故だ!!」
ああもう、そんな大声でいうからヒロちゃんさらに怯えてるよ。
「ご、ごめんなさい鳥乃様。私あの方苦手で」
本人に聞こえないよう小声で囁くヒロちゃん。うん、苦手っていうか怖いのは見てて分かるよ。
「何された? あのロリコン兼ショタコンの脳筋に」
「だ、抱きしめられて、匂い嗅がれて、お股触られて『男の娘だったのか』って」
「うわぁ」
これは酷い。
「鳥乃様みたいに初見でばれたのも初めてだったけど、あんな力技でばれたのも初めてでした」
「でしょうね」
私は内心ヒロちゃんに同情する。普段の自分の行いからは目をそらして。
「まあ、私のことはさておきだ」
永上さんはいった。
「接触方法についてだが、正面突破なら私にいい考えがある」
『……』
誰も何もいえなかった。私にいい考えってそれフラグだから。そもそも正面突破って言っちゃってるし。
「ん? どうしたお前たち」
「い、一応聞いておこうか」
そんな中、最初に応対できたのはやはり彼女と付き合いの長い増田だった。
「うむ」
永上さんは嬉しそうにふんぞり返る。
そして、ドアップの集中線でも発生しそうなドヤ顔で、いった。
「私の提案は。――正面突破だ!」
『……』
辺りが、再び何ともいえない沈黙に包まれる。
「ん? どうしたお前たち」
しかも当の本人はやらかしに全く気付いてないし。
「ま、まあ実際、上手い奇策が思いつかなかった場合正面突破しか手はないらしい」
増田がいった。そして自前のデュエルディスクのタブレット画面を見せていう。
「アンの現在位置を特定した。依頼人も一緒のようだ」
「本当?」
私は覗き込む。そこには、地下鉄のホームを表す3Dマップ画像と、そこから続く一本の筒が表示されていた。
「彼女は現在、名小屋駅から続く地下調整池にいる」
「調整池?」
すると永上さんが、
「だから言っただろう。先日その調整池が占拠されたと。場所柄正面から進むしかないから警察として互いに協力関係を結びたいと」
『そんなの一言も聞いてない』
満場一致の反応。そんな時だった。
私のデュエルディスクに通話がかかってきたのだ。相手はアンちゃん。
通話に出ると、
『ごきげんよう、鳥乃様』
それは間違いなく本人の声。
「アンちゃん、まさかそっちから連絡をよこしてくれるなんて手間が省けたわ」
『ハッキングの形跡があったものですから。やはりあのハッキングは鳥乃様?』
「まあね」
厳密には増田だけど、ヘイトは自分に集めておく。
『残念ですけど、私たちはもう貴女と面会する気は御座いません。……うふふ、聞こえますか?』
すると程なくして、タブレット越しに遠くから「ぎゃあああ」悲鳴が聞こえた。
「神簇っ」
その声の主は、間違いなく神簇さんのものだった。
『はい、いま私は姉上様を尋問にかけてる最中でして』
アンちゃんはいった。
『姉上様ったら酷いんですよ。金庫を開けろと言ってるのに、開けれないとか分からないとかしか言わないんです。そんなはずありませんよね? 金庫の開け方を知ってるのは姉上様ただひとりだというのに』
危ない所だった。いま私たちがアンちゃんと接触できなかったら、神簇さんは延々と悪魔の証明を強いられる所だったのだ。いまのアンちゃんは何をしてもおかしくないというのに。
「神簇が言ってることは本当よ」
私はいった。
『あら、今さらそんな冗談を言って、そんなに姉上様に酷い目にあって欲しいみたいですね」
「厳密には、偽の鍵を与えられてたみたいなんだけどね」
すると、タブレット越しにアンちゃんの様子が変わる。
『何かご存じなのですか?』
「ん、ぶっちゃけると。まだ神簇は本家から真の当主に認められてなかったって話。まさか偽物の鍵を与えられてたなんて知らなかったはずよ。で、いま本家の人から本物の鍵を預かってるんだけど」
そこまで言ってから、私は少し声のトーンを変え挑発するように、
「でも、アンちゃんもう私と面会する気ないんだっけ?」
『……気が変わりました』
アンちゃんはいった。
『その様子だと、恐らく私たちがどこにいるかも特定されてるのでしょう。ですから、私たちはここから動かず、貴女がいらっしゃるのを姉上様で遊びながら待つことにします』
「神簇で遊びながら?」
『はい。姉上様を後遺症なく返して欲しければなるべく早く、よく考えて来てくださいね』
そういって、アンちゃんは通話をきった。
これらの会話は、三人には丸聞こえにしてある。最初に口を開いたのはヒロちゃんだ。
「つまり、なるべく早くかつ鳥乃様ひとりで来いってことでしょうか?」
「恐らくな」
増田が同意する。
「いえ」
そんな空気に私は首を横に振って、
「私はここの4人全員で今すぐ向かうべきだと思うわ」
「おおっ、私も同意だ」
何も考えてない永上さんから支持を貰っても嬉しくない。
「一応、理由を聞こうか」
訊ねる増田。私はいった。
「まずは構造ね。いまアンちゃんがいる所の」
そういって、増田のタブレットを借りて全員に見せる。
「たぶんだけどこの筒型のフロアが例の地下調整池なんでしょ?」
「ああ、ここが地下調整池だ」
増田がうなずく。私は続けて、
「だとしたら、敵の暫定アジトはこの通りに一本道。ここにアンちゃんの他に彼女側についたメイドや黒山羊の実のメンバーが何人かついてるとしたら、その全員を突破してアンちゃんの下にたどり着く形になる。そんなの現状厳しいって話でしょ」
「確かにな。仮に突破できたとしても、いまの鳥乃のフィール量は少ない。それを更に消費してアンに対峙した所で、ということか」
「そういう話。だから、勝てる見込みのある戦いに出るなら、少し危険だけど私たちで正面突破を仕掛けるしかない」
と、そこまでいってから。
「っていうのが私の案なんだけど、意見聞いてもいい?」
「なるほどな」
すると、増田はいった。
「だけどまだ甘い。その作戦、俺が考えてしまってもいいか?」
駅のホームから関係者以外立ち入り禁止区域に入った私たち。地下深く続く階段を下りながら増田はいった。
「さて、作戦を確認するぞ。俺、ヒロ、永上、そして鳥乃の4名は、これよりアンのアジトに突入する。恐らく相手も応戦の体制が整ってる中の正面突破になる」
すると永上さんが、
「正面突破という時点で作戦もなにも無いではないか」
『お前が言うな!』
満場一致のツッコミ。
増田は続けて、
「鳥乃は極力デュエルもリアルファイトもせず、万全の状態でアンの下にたどり着いてくれ。反対に俺たち3人は積極的にリアルファイトを行い、敵対する者を気絶に追い込む。ただし、デュエルは極力避けてくれ」
「デュエルなしだと! 何故だ!」
驚く永上さんに、ヒロちゃんが、
「デュエルに捕まったら鳥乃様を護れなくなるからですね」
「その通りだ」
増田はうなずいた。
「恐らく相手も最初はリアルファイトを仕掛けてくるだろうが、すぐ俺たちを足止めする為にデュエル中心に切り替えてくるだろう。気をつけてくれ」
「わっかりましたー」
と、笑顔のヒロちゃん。
「よし」
地下調整池に辿り着いた。階段を降りきってすぐの位置に、円筒形の白いトンネルが口を開けて待っている。
調整池とは豪雨などの洪水を一時的に溜める施設をいう。ここ最近は豪雨も振ってないので、見たところトンネルの床も所々濡れてる程度みたいだけど。
「作戦開始だ」
増田の言葉を皮切りに、私たちは突入した。
最初に対峙したのは、トンネル付近で待機していた機関銃を構えたメイドさん2名。
『きた!!』
ふたりは私たちに向けて銃を乱射するも、永上さんがフィールの防壁を張った肉体で自ら盾になり、そのまま1名にタックル。
「温い、温い! 温いぞっ!!」
などと叫びながら、突き飛ばしたメイドが手放した機関銃を拾うと、ふたりにフィールの非殺傷弾にして発砲。逆に2名を気絶に追い込む。
「敵陣だぞ、叫ぶな永上」
と、増田は小声でいうも、恐らく本人には聞こえてない。私はそんな増田を盾に走ってたけど、
「鳥乃様、左に跳んで」
そこへヒロちゃんの言葉。
言われるまま反応し、私は左に跳ぶ。直後、私の隣を上から一筋の赤外線が突き抜けた。
危ない。この赤外線を受けたら、私のデュエルディスクは強制的にデュエルモードになってたのだ。
ヒロちゃんが懐から何かを取り出し、天井向けて投擲。すると、壁に張り付いてたらしいひとりの男が落下した。
胸にはビームサーベルとよぶにはあまりに小型の光学兵器が突き刺さっていた。というより、その武器の形状はどうみてもクナイ。いや、ビームクナイ。
「に、ニンジャ?」
私が反応すると、
「はい。黒瀬一族は遠い昔に影武者や隠密の役目を果たした忍者の一族なんです」
「黒瀬一族?」
私、この子の名前「ヒロ」という愛称しか知らなかったんだけど。
「どうしましたか、鳥乃様……あ!?」
ここで、やっと失態に気づいたらしく慌てるヒロちゃん。
その後、私は改めてヒロちゃんから
「やられた」
と、悔しげに言ったのは増田。
ヒロちゃんから改めて自己紹介を受けてた横で、彼はひとりのメイドから強制デュエルに捕まってしまったのだ。
「私もだ」
そして、永上さんも。
「ヒロくんちゃん! 鳥乃を頼む!」
叫ぶ永上さんに、ヒロちゃんは。
「承りましたーっ!」
と、うなずくヒロちゃんは、円筒形のトンネル道を縦横無尽に飛び回りながら現れる敵を殲滅していく。もしかしたら、私が今日の今日までロクに彼女を視界に映さなかったのも、ヒロちゃんが忍者だったことに影響してるのかもしれない。独特のフィールの使い方をしてるとか、気配を消してるとかね。あ、ぱんつ見えた。熊さん。
しかしそんな彼女も、
「鳥乃様、危ない!」
と、私の前に立つと、トンネルの奥から放たれた赤外線を浴びデュエルモードに。
「ヒロちゃん!」
「私は大丈夫。1ターンキルしてすぐに追いつきますから」
そこへデュエルを追えたらしい増田が、
「鳥乃、もうすぐ終点だ」
と、合流しては再び奥からの赤外線を受けデュエルモードに。遠距離からの赤外線強制デュエル。まるでスナイパーの狙撃だ。
「分かったわ」
私が見た所、さっきの2回の遠距離赤外線は、普通に伸びる赤外線のそれより速く見えた。恐らくフィールで高速化させているのだろう。
さすがに次に同じような赤外線を飛ばされたら今度こそデュエルを覚悟しなければならない。
私は覚悟して進んだ。
道中、D・パッドとD・ゲイザーをつけた男2名とすれ違った。増田とヒロちゃんをデュエルで拘束した人たちだろう。そして、あのふたりが最後だったらしく私は妨害を受けないまま出口を視界に映す。
そこには、アンちゃんが立っていた。後ろには機械装置のようなものでがんじらがめに拘束された神簇さんの姿も。
「ごきげんよう、鳥乃様」
アンちゃんが淑やかに頬笑みいった。しかし、以前に会ったときと違い目は笑っておらず、ずっと眺めてるとどこか寒気を覚えてしまいそう。
「例の鍵は?」
「ここに」
私はデッキホルダーから該当のカードを抜き取ってみせる。
「意外だったわ。まさかアンちゃんが元凶だったなんて」
「ふふ、私もです」
アンちゃんは頬に手を添え、
「まさか鳥乃様が、ここまで私をないがしろにして姉上様を優先するなんて思いませんでした」
「どっちかを優先した覚えはないんだけどね。襲撃を受けたのがアンちゃんだったら、神簇を増田に任せてでも助けに向かったし」
アンちゃんから反応はない。まるで「そんな嘘信じるとでも?」と言いたげに笑顔のままだ。
そこへ神簇さんが、
「と……りの……さ…き……」
「神簇、大丈夫?」
「ぁ……う、ぁ……」
どうやら意識が朦朧としてるらしい。それでも私を見つけ何かを伝えようとしてるのが分かるが、残念ながら上手く聞き取れない。
「アンちゃん。どうしてこんな事をしたの、良かったら教えてくれない?」
すると、アンちゃんはいった。
「嫉妬です」
「嫉妬?」
「はい。鳥乃様は、姉上様が私を嫉妬してると言ってましたけど本当に嫉妬してたのは私のほうなんです」
そういって、アンちゃんは憎らしげに、
「だって、そうじゃないですか。姉上様はとても不器用で私と比べて何もできない御方なのに、神簇の第一子で、将来が約束されてて、周りから期待されて。それに、小さい頃から振り飾す権力があって、虐めの加害者になることだって許されたんですよ? 鳥乃様だってご存じでしょう。姉上様が梓さんを虐めてた時も、周りの大人がどちらの味方をして、どちらの言い分に耳を傾けたか」
「……そうね」
大人はみんな、クソだった頃の神簇さんの味方だった。彼女が白を黒といえば誰もがそれに従った。
「それに比べて、幾らスペックが姉より優れてても、私は姉のおまけでしかありません。期待されてませんし、優れた姉に従う妹の構図しか求められてませんから、誰も私を見てくれません。鳥乃様だけです。私が何かいう前に、姉より優れてるって気づいてくれたのは」
確かにありえる話だった。強気で自己主張する姉に大人しく自己主張の少ない妹。ふたりが並んでれば、そりゃ姉が目立つにきまってる。実際、普段のアンちゃんは自尊心が低く自分を低く見てる子だった。
けど、もしその構図も、それに至るアンちゃんの性格もすべて環境のせいだとしたら。
「それに、実際は本当に姉のほうが優れてますから」
アンちゃんはいった。
「確かに姉上様は不器用で素のスペックは低い方で、逆に私はある程度のことなら何でも器用にこなせます。ただ、姉上様は努力ひとつで何でも私を軽々超えていくんです」
「努力で?」
そんなイメージなかったけど。
「はい」
アンちゃんはくすくす笑った。
「白鳥タイプなんです、姉上様は。私は努力した姉には敵いません。あ、私も頑張るんですよ? 追い抜かれたくありませんから。でも姉が頑張るとすぐ追い抜かれてしまうんです。愉快ですよね? 私の唯一の利点も姉にとっては無いも同然なんです。うふふ、どうして同じ親の下で生まれてここまで差がつくのでしょう? 地位も、信頼も、能力も。ふふ、あぁぁぁァァアア、あはははははアハハハハハハハハハハハハッハハハ」
お腹をかかえ、愉快が過ぎて苦しそうに。そして、
「根っこは下種のクセに!」
笑いすぎた涙目で、怒鳴った。そして、今度はとても悔しげに、
「生意気だそうです、私。一歩引いて、自分より周りを優先して、皆の脇役に徹して。そしたら、人生余裕ぶって馬鹿にしてる、うざい。おどおどしたフリしてぶってるつもり? 気持ち悪い。次女のくせに何様のつもりよ、死ね。同じ空気を吸いたくない。学園の恥。色々言われました。お弁当も食べてはいけないそうです。蓋を開けたら砂塗れでした。私の机にクラスメイトの筆箱が入って窃盗犯にされました。階段から突き落とされた傷はまだ残ってます。もちろん、学校の先生も虐めなんて存在しないといって助けてくれません。だから、自分で解決しようとしても何倍にも返ってきますし、私だけじゃなく家ごと潰そうとされて泣き寝入りを強いられました。そのうえ私の転校が決まった時、学校の裏サイトでは『何であいつ自殺しないの、最悪』って」
これでもかと、自分の虐め体験談を語るアンちゃん。その内容は酷いとしかいい様がなかった。
「それからでしょうか。私、努力することも、我慢することも、頑張ることも、全部嫌いになってしまったんです。何をやっても、報われませんから」
「アンちゃん……」
「不公平ですよね? 姉上様は祖父のスネを乱用して散々使用人や梓さんを虐め抜いて女王様ごっこをしてたのに、いまだに地位も信頼も能力も、家の資産までも独占するんですよ? 一方私は地位も信頼も与えられず、能力だって姉に明け渡して籠の鳥を強いられ、与えられたのといえば従順な次女を演じて刻まれた弱者の烙印。そして家の姉の代わりに被るやっかみ。その結果、私は虐められたというのに」
「あ……アン……」
神簇さんが悲痛な顔で妹に言葉をかける。しかし、アンちゃんが振り返ると、機械装置が触手みたいに蠢き、神簇さんを締め上げる。
「アアア……あ、がっ」
声量こそ小さいのに、妙に響くうめき声。アンちゃんは笑い、
「だから、姉上様の地位も信頼も能力もすべて奪おうと決めたんです。そして、新たな当主になろうと思ったんです」
アンちゃんはいった。
「私はまず以前から私と親しくしてくれた先生を味方につけ、使用人の何人かに姉の過去の行いを吹き込んで不信を抱かせ、とどめの一言を吐いて私側につかせました。こんな感じに」
アンちゃんは怯えた顔をつくり、
『もし姉上様が当主になったら、化けの皮を剥がして恐怖政治を始めてしまいます』
迫真の演技だった。これを当事者の使用人たちが聞けば、本気で自分のことを心配している天使様だと錯覚してしまいそうな程に。
「あとは、物量作戦でセバスチャンを籠絡しました。彼自身、完璧とは言い難い姉に次期当主を任せることに不安を抱いてたみたいですから、私の手腕を見せれば簡単でした」
「けど、セバスチャンはあなたが」
すると、アンちゃんは愉快げな笑いに戻り、
「はい。姉上様ったらセバスチャンの残虐ミンチショーの映像をみたら、軽く発狂してくださって。他の使用人のショーも見せましたけど、やっぱり彼が一番でした」
と、自分がした行いに少しも罪悪感を感じる様子もなく、
「セバスチャンを味方につけて正解でした。とても役に立って頂きました」
などとのたまう。
「狂ってる……」
仮にもあなたを信じついてきた人なのに。
私は、ついいってしまった。
「あら、ふふふふ」
すると、アンちゃんは再びお腹を抱えて笑い、
「狂ってるのは鳥乃様のほうじゃないですか。自分の大切な方を虐げた人間なのに、他の誰かを犠牲にしてでも護ろうだなんて。梓さん、未だ姉上様を許してなかったですよ? それなのに、鳥乃様は姉上様の側につくのですか?」
「一番は梓よ」
私は即答する。
「けど、私が抱きたいと思った美女美少女もみんな大切。それは、アンちゃんも、いまの神簇だってね。だから、護れる限りはみんな護るわ。私のレズのプライドに誓って」
「やっぱり狂ってるじゃないですか。その時点で梓さんを裏切ってますのに」
アンちゃんはまだ笑ってる。いや、これは嘲笑ってるのか。
「まあ、私もこの前まで許してなかったけどね」
私はいった。
「けど、久々に会って神簇は変わってた。見栄っ張りで強情な所は残ってたけど、筋は通すし、責任感もある。何より周りを大切にする人間になった。梓もいまの神簇に会えばきっと分かってくれるわ」
「随分な自信ですね」
「だって、現在進行形であれを見ればね」
と、私は神簇さんを指さす。
神簇さんは泣いていた。アンちゃんが胸の内を吐露し、その内容に耐え切れず泣きだしたのだ。
「いまの神簇は当時の下種じゃない。それどころか、あれだけ酷いことをしたアンちゃんの為に心を痛め泣けるのよ。そんな姿を見て、梓が分からないはずがないわ」
私はいった。言いながら、
『私、そこまで人望がなかったのかしら?』
『私の何がいけなかったの? 私がまだ若いから? 昔の私のツケ? それとも私、まだ皆に恨まれるような人間だったの?』
と嘆いた神簇さんを思い出す。
彼女は今日までどれだけ努力して自分を変えたのだろう。そして、アンちゃんが虐められ、かつて自分がしたことを目の当たりにし、どれだけ心を痛めアンちゃんを想ったのか。そのすべてが裏目に出る様はむご過ぎる。
もし、すれ違いさえしなければ、互いに互いの今の想いが伝わってれば。
こんな悲劇は起こらなかっただろうに。
「ふふ、本当に鳥乃様は姉上様の理解者で救世主ですのね」
アンちゃんはいった。
「貴女が姉上様に報復しなければ、姉は目が覚めることもなかった。私の刺客から貴女が姉上様を逃がさなければ、いまごろ姉は依頼人と会うこともできなかった。そもそも貴女が姉上様の依頼を受けなければ、姉のハングドに向けた嘆きは届かなかったのですから」
言いながら、アンちゃんはデュエルディスクを構える。そこから赤外線が伸びると、私のデュエルディスクもまた強制的にデュエルモードに。
「そして、いまの貴女はここまで姉を理解し味方してくださる。ずるいですよね? 私にはそんな理解者ひとりもいないのに」
「それがいるのよ。それもあなたの真後ろに!」
私は叫んだ。
「アンちゃん! あなたはこんな形で報復するんじゃなくて、胸の内をお姉さんに打ち明け、正面からぶつかるべきだったのよ」
しかし、直後アンちゃんから放たれたフィールの衝撃を受け、
「うっ」
と、私は弾き倒される。そんな様をアンちゃんは不気味な笑みで見下ろし、
「ふふ、もうそんな戯言を聞く気はありません。ここで貴女を殺せば、姉上様は目の前で最後の支えを失い、一生立ち直れない傷を負う事でしょう。それから、例の鍵もデュエルで回収させて頂きますね」
「まあ、こうなった以上デュエルは避けられないって話よね」
私は起き上がり、デュエルディスクを構える。そして。
『デュエル』
私たちは同時に叫んだ。
沙樹
LP4000
手札4
[][][]
[][][]
[]ー[]
[][][]
[][][]
アン
LP4000
手札4
「デュエル開始時、私はスキルを発動させて頂きます」
デュエルディスクにフィールドとライフが表示されると、いきなりアンちゃんはこう宣言した。
「スキル《エクシーズチェンジ・マイスター》。この効果によって、私はエクストラデッキにないカードをエクシーズチェンジできます」
つまり、「自分のモンスターの上に重ねてX召喚する」効果でX召喚する場合、エクストラデッキの枚数制限を無視した展開が可能ということらしい。
「けど、先攻はこっちが貰ったわ」
私はいい、最初の手札を4枚引く。が、同時にアンちゃんからフィールの奔流が私を襲い、
(あっ)
気づけば事故っていた。見事にモンスターばかりで、かつ絶妙に展開できない。恐らく、さっきのフィールでドロー運や流れに干渉されたのだ。いまの私とアンちゃんとでは圧倒的にフィール量の差が生まれてる。私にこれを止める術はない。
「どうされましたか?」
微笑んで訊ねるアン。分かってるくせに。恐らくいま彼女の手札は「完璧な手札だ」状態なのだろう。
「私は手札から《幻獣機テザーウルフ》を召喚」
フィールドに出現したのは、1機のヘリ。
「このカードの召喚に成功したことで、私は場にトークンを生成。ターン終了よ」
いまはこういう形でやり過ごすしかない。その為にテザーウルフを使うしかなかったのが余計心苦しい所だけど。
「では、私のターンに入りますね。ドロー致します」
アンちゃんはカードを1枚引き抜き、
「では参りますね。私は手札から《ギミック・パペット-ギア・チェンジャー》を通常召喚、そして、鳥乃様の場にモンスターがおり、私のモンスターがギミック・パペットだけの場合、手札から《ギミック・パペット-マグネ・ドール》を特殊召喚します」
アンちゃんの場に現れたのは、2体の不気味な形相の人形。
「ギア・チェンジャーの効果。これにより、ギア・チェンジャーのレベルをマグネ・ドールと同じ8に致します。そして、私はこの2体でオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築」
天井に銀河の渦が出現すると、2体のギミック・パペットは霊魂の姿になって取りこまれる。そして、浮かび上がったのは15の数字。
「おいでなさいませ、No.15! 運命の糸を操る地獄の粉砕機! さあ、私に立ち向かう愚か者に残虐なるおもてなしを、ギミック・パペット-ジャイアントキラー!」
現れたのは、1体の巨大な機械人形。その胸部には巨大なローラー粉砕機が搭載されてある。
「早速、きたわね」
私はいった。このモンスターは、映像に映ってたセバスチャンをミンチにしたモンスターだったのだ。
「ジャイアントキラーのモンスター効果。オーバーレイ・ユニットを1つ取り除き、特殊召喚されたモンスター1体を破壊します」
やっぱり、効果は破壊関連みたいね。
セバスチャンがされたように、ジャイアントキラーの指から糸が伸びる、幻獣機トークンを胸元に引き寄せる。そして胸の粉砕機で飲み込み、ローラーが起動する。フィールでリアル化してるようで、振動は実際にトンネル全体に響いていた。
「い……いやあぁあああああああ!!」
神簇さんが悲鳴をあげた。大切な使用人を何人も殺した音に、トラウマを呼び起こしてしまったようだ。
「あ、ぁぁ……セバスチャン……みん、な……ごめ…ごめん、なさ……許して……許して……」
フラッシュバックに支配され、わなわな震え、謝り、錯乱しながら許しを請う神簇さん。
「許しません」「許さない」「許すわけない」
そんな姉に、アンちゃんが追い打ちをかけるように囁く。しかも微妙に毎回トーンを変え色んな人の怨念を表現する徹底ぶり。この子、演劇部の適正でもあるんじゃないだろうか。
「いい趣味してるわね、アンちゃん」
私はいった。目は笑わず。
「あら、お褒め頂いてしまいました。ありがとうございます」
アンちゃんはわざと頭を下げる。
「ジャイアントキラーの効果は1ターンに2回使用できますけど、通常召喚したテザーウルフはこの子の粉砕機にかけることはできません」
そういって、アンちゃんは手札を1枚ディスクに差し込んだ。
「ですので、こうします。魔法カード《RUM-アージェント・カオス・フォース》」
やっぱり手札にあったみたいね、RUMカード。一部を除けば「自分のモンスターの上に重ねてX召喚する」効果というのはほぼRUMを指す効果なのだから。
が、直後だった。
「ぎゃああぁああああああああああ!!」
機械装置が怪しく光ったと思うと、神簇さんが再び悲鳴をあげたのだ。それも先ほどのトラウマではなく、物理的な激痛にみえる。
「ちょっ、アンちゃん。一体何をする気?」
慌てて訊ねると、アンちゃんは愉快げな声で、
「あら、いつから私が手持ちのカードを使うといいましたか?」
「え?」
カードを創造する気なの? けど、なんで神簇さんが苦しんで。って、まさか。
「ましてや、私のフィールを使うとも」
神簇さんの胸元から光るカードが浮かび上がる。それをアンちゃんが手に取ると、神簇さんは意識を手放しその場で項垂れ、
「あぎゃああああ!!」
装置から電流が走り、強引に起こされる。
「私はジャイアントキラー1体でオーバーレイ・ネットワークを再構築。ランクアップ・エクシーズチェンジ! おいでなさいませ、CNo.15! 続けて残虐なるおもてなしの第二幕ーチップソー粉砕機による演舞になります。主役はこの、ギミック・パペット-シリアルキラー!」
再び天井に銀河の渦が出現すると、今度はジャイアントキラーが霊魂になって取りこまれる。こうして出現したモンスターは1体の金色の機械人形。
「如何ですか? いま姉上様を拘束してる機械装置には、姉上様のフィールを私のフィールの代わりに使用する機能が備わっております。それも、姉上様に命を抜くような激痛を与えて。もちろん、耐え切れるはずもなく姉上様は気絶されてしまいますけど、機械装置にはそんな安息も許しません。姉上様が意識を失った時、高圧電流を流し込んで強制的に起こす機能も備わっております」
「……な」
なんてことを。
「姉上様には誘拐してからずっとこの機械装置で拘束してあります。もちろん睡眠も許しませんから、鳥乃様が来るまで既に数回電流を浴びちゃってます。さて、姉上様はあとどれくらい耐え続けるでしょうか? 鳥乃様がデュエルを続ければそれだけ姉上様は苦しみ続けます。ひょっとしたら、デュエルが終わった頃には死んじゃってるかもしれませんね。ふふ、うふふふふふ」
「酷い……」
愉快気に声をあげて笑うアンちゃんに、私は必死の形相で叫んだ。
「そんな、神簇の喘ぎ声を何度も聞かされるなんて、濡れてデュエルに集中できないじゃない!!」
「……は?」
途端、笑い声が止まり、目を丸くするアンちゃん。
「美女が拘束されて、電流で喘ぐのよ。一種のハードSMじゃない!」
力説する私に、神簇が叫んだ。
「鳥乃 沙樹! 貴女、こんな時になに考えてるのよ」
「私はいつもナニ考えてるわ!」
「ブレなさすぎでしょっ」
言い終えると、再び神簇は項垂れる。いまにも再び意識を手放しそうだ。
けど、あえて私はいった。
「そこまで叫ぶ気力があるなら問題なさそうね」
「振り絞った……のよ、気力」
「なら言い換えて、突っ込みに気力振り絞る元気あるなら問題ないわね。神簇、ささっと終わらせれる保証はないけど、何とか耐えてくれる?」
「鳥乃……」
神簇は呟く。そして、
「当たり前でしょ」
彼女の首がゆっくり縦に振られた。
「……。……ああ、なるほどそういうことですか」
アンちゃんが頬笑みいった。
「フィールに差がありすぎるから、せめて口頭で流れを掴もうとされてたのですね? けど、無駄なことですよ。姉上様のフィールを取り込んだ、いまの私のフィールの前ではそんな足掻きは通用致しません」
あー。そう解釈しちゃったか。そう思わないと理解できたなかったのね。
「神簇、妹に現実教えてあげたら?」
「そんな気力残ってないわよ、鬼」
とはいうも、私の目には最初に見たときよりずっと元気を取り戻してるように見える。
「《CNo.15 ギミック・パペット-シリアルキラー》のモンスター効果です。このカードのオーバーレイ・ユニットひとつを取り除いて、相手フィールド上のカードを1枚破壊し、それがモンスターだった場合は元々の攻撃力分のダメージを与えます。対象は勿論テザーウルフになります」
シリアルキラーの胸部が開くと、そこから複数の丸鋸が飛ばされテザーウルフを切り刻む。しかも、フィールを入れてるらしく風を裂く衝撃やモンスターを破壊した爆風がこちらにまで届いてきた。
「ふふ、では攻撃力1800分の、身を裂かれる痛みを味わってください。そして、直接攻撃でジ・エンドになります」
嬉しそうなアンちゃん。テザーウルフを切り刻んだ丸鋸は、そのまま私に襲い掛かる。しかし、私の体に届く直前、1機の幻獣機の立体映像が出現し、盾になった。
「えっ」
驚くアンちゃんに私はいった。
「《
さらに、テザーウルフは破壊されたけど新たにトークンを呼んだ以上、このままではシリアルキラーで直接攻撃もできない。もっとも、このカードも1ターンに2回使える場合は話は別だけど。
「……。カードをセット。シリアルキラーで邪魔なトークンを破壊してターンを終了します」
どうやらシリアルキラーの効果は1ターンに1回だけの模様。顔を苦め、アンちゃんはいった。
しかし、威圧なのかトークンに対しての攻撃さえもアンちゃんはフィールでリアル化し、ライフが削れないにしても衝撃が私にまで届く。
「私のターンね、ドロー」
と、カードを引く瞬間、再びアンちゃんのフィール妨害。引いたカードはやっぱり使えそうにない。
「モンスターをセット。ターン終了するわ」
「私のターン、ドローします。今度こそお受けください、シリアルキラーの効果です」
再びシリアルキラーの胸から丸鋸が飛び、セットモンスターを切り刻む。破壊する寸前に正体を現したモンスターは。
「《幻獣機オライオン》の効果。このカードが墓地に送られたことで幻獣機トークンを呼ぶわ」
「また……」
アンちゃんはうんざりした顔で、
「ですけど、効果破壊のほうは防げません。今回は受けてくださいね」
と、鬱憤で必要以上にフィールのこもった丸鋸が私を切り刻む。
「っ!」
強烈な激痛。裂かれた全身から血のビジョンが流れ、さらにリアルな味のする血のビジョンが吐き出される。
沙樹 LP4000→3400
数秒後には映像は消えるも、脳に刻まれたダメージの体験に私は一回膝をついた。
「あら、反応はそれだけですか? むっと苦しんでも良いのに」
「生憎私はMじゃないからね」
私は、軽くよろめきながら起き上がり、
「相手を悦ばせるような喘ぎは慣れてないのよ」
「まだ言いますか。残念です」
再び、アンちゃんの顔が不満気なものになり、
「では、もう1度シリアルキラーの攻撃でトークンを破壊。ターン終了します」
再びシリアルキラーに破壊されるトークン。その際にリアル化した衝撃で爆風が舞い、よろめいてた私は再び倒れる。
「私のターン、ドロー」
その姿勢のまま私はカードを引くも、やはりアンちゃんのフィールで逆転のカードを引けずに終わる。
「モンスターをセット、ターンを終了するわ」
「私のターン。もう1度シリアルキラーの効果で」
そこまでいって、アンちゃんはハッとなる。
「オーバーレイユニットが」
シリアルキラーは、すでに手持ちのオーバーレイユニットを使い切っていた。
「これで、破壊効果は使えないわ」
私はまた立ちあがる。
「でしたら、普通に攻撃するだけです!」
吠えるようにアンちゃんはいった。思うように私を蹂躙できず苛々してるのが見てとれる。
「シリアルキラーでセットモンスターを攻撃」
やはりモンスターは戦闘破壊され、リアル化した爆風が舞いあがる。しかし。
「《幻獣機ハムストラット》のリバース効果。今度は幻獣機トークンを2体出すわ」
出現する2体の立体映像。
「む、無駄なことを」
言いながらも、一歩たじろぐアンちゃん。
「そのような雑魚をいくら並べても壁にしかなりません」
「その割には、その壁に気押されてるみたいだけど」
「っ」
より一層、アンちゃんの顔が歪む。
そして、鬱憤が爆発した。
「煩い、煩い、煩い! 貴女が何をされようと、間違いなく私はデュエルに勝って、姉上様から全てを奪うんです! 真の当主になるんです。……既に私は鳥乃様より姉上様より上の存在です! 権力も、財力も、信頼も、フィールも! だからっ」
「で、何が言いたいの?」
訊ねると、アンちゃんは全然やり慣れてない威張り顔で、
「私が見たいと言っているのです。早くぶざまな敗北と死に様を晒してください!!」
なんて言ったので、私はいった。
「昔の神簇みたいね。私の宿敵みたいな
「っ」「っ」
ハッと衝撃を受けた顔をするアンちゃん。その後ろで神簇さんも昔を思い出してハッとなる。
「い、いけませんか?」
アンちゃんは体をぶるぶる震わせながら威圧的に、
「私だって神簇の娘なのに、ずっとできなかったんですよ? 少しくらい、いいじゃないですか!」
と、怒鳴る。
「ターンを終了します。さっさとドローしてターンを終了してください!」
「じゃあお言葉に甘えて、私のターン」
沙樹
LP3400
手札2
[][][]
[][《幻獣機トークン》][《幻獣機トークン》]
[]-[《CNo.15 ギミック・パペット-シリアルキラー(アン)》]
[][][]
[《セット》][][]
アン
LP4000
手札3
ドロー! と、私はカードを引く。当然フィールでパッとしないカードを引かされたけど、すでに手札事故なりに準備は整っている。
「私は《幻獣機ハリアード》召喚、続けてハリアードの効果でトークン1体リリースし、手札の《幻獣機ブラックファルコン》を特殊召喚」
出現する2体のモンスター。幻獣機の共通効果によってレベルはそれぞれ4から7に上昇する。
「レベル7が2体。……もしかして」
まさか動かれるとは思ってなかったのだろう。驚くアンちゃんを前に私はいった。
「私は、この2体でオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築」
今度は床に銀河の渦が出現すると、私の幻獣機たちは霊魂の姿になって取り込まれていく。
「竜の名を持つ機械の鳥よ。いまこそ空を支配し、私に勝利を輸送せよ! エクシーズ召喚! 発進せよ、ランク7《幻獣機ドラゴサック》!」
銀河の中から浮上したのは、先端に竜の首を模した部位の追加された大型の幻獣機。表示形式は守備表示なっている。
「ドラゴサックの効果。このカードのオーバーレイ・ユニットをひとつ取り除き効果発動。私の場に幻獣機トークンを2体発生。その後、幻獣機トークン1体をリリースしてもうひとつの効果。シリアルキラーを破壊」
ドラゴサックの周りに新たな幻獣機の立体映像が2体出現すると、その内1体がドラゴサックの背に搭載され、発射される。
本来ソリッドビジョン上の世界でも立体映像でしかない幻獣機トークンだったが、シリアルキラーにカミカゼ突撃すると爆発を起こし、モンスターを撃墜する。
「後者の効果を使ったターン、ドラゴサックは攻撃できない。もっとも最初から守備表示で攻撃できないけどね。私はカードを1枚セット。これでターン終了」
と、ターンを明け渡すと、
「どうして、ですか?」
アンちゃんが訊ねた。
「どうしてシリアスキラーを倒せたのですか? 鳥乃様、貴女本当は手札事故を起こしてなかったのですか?」
「ん? おもっきり事故ってたけど?」
私はいった。
「それでも、いまの手札で出来る最善の一手を狙っただけ。粘って粘ってシリアルキラーのオーバーレイユニットを使い切らせ、《幻獣機ハムストラット》の2体のトークンを残して私のターンを迎える。そこまですれば何とか動くことはできたって話」
「粘って、粘って……」
復唱するアンちゃん。その表情が、だんだん険しいものへと変わって行く。
「やっぱり、どうして皆は努力が、我慢が報われるのですか? 私は、私はこんなに……」
そんな怒りをぶつけるように、
「こんなに報われないのに! 私のターン!」
カードを引くアンちゃん。しかし、新たな手札を確認すると、
「ふふっ」
と、笑顔に戻る。
「鳥乃様、どうやら無駄な努力だったみたいですね。《ギミック・パペット-
アンちゃんのフィールドに人型の人形をつなぎ合わせて作られた不気味な人形が出現し、すぐ分解される。
「《ギミック・パペット-
分解された人形を触媒に、新たに2体の不気味な人形が出現する。そのレベルはどちらも……。
「またレベル8が」
「はい。私はこの2体でオーバーレイネットワークを構築します」
再び上空に現れた銀河に、2体のモンスターが霊魂になって取り込まれる。
「エクシーズ召喚! おいでなさいまで、No.40! 神の糸を操りし運命の奏者よ、これより天獄の音楽会を開幕せよ! ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングス!」
現れたのは弦楽器と剣を持った一体の片翼の人形。その攻撃力は3000。
「ランク5以上のエクシーズモンスターが特殊召喚されましたので、墓地の《RUM-アージェント・カオス・フォース》を回収しますね。そして、ヘブンズ・ストリングスのモンスター効果」
と、RUMを手札に戻し、アンちゃんはいった。
「1ターンに1度、このカード以外のモンスターの上にストリングカウンターを1つ置きます」
ヘブンズ・ストリングスが音楽を奏でると、上空から私のモンスターに糸が伸びる。
「次の鳥乃様のターン終了時、ヘブンズ・ストリングスはカウンターの乗ったモンスターをすべて破壊し、その数×500ダメージを与えます」
つまりこれは、時間差のある全体破壊? けど、幾らなんでも悠長すぎる。
「そんな鈍い効果、通用するとでも?」
「もちろん、このままでは通用しないと思っております。ですので、ここで私はもう一度あのカードを使います」
っ!? さっきアンちゃんが手札に戻したカードって、確か。
「まさか。……神簇っ!」
咄嗟に私は神簇を見る。彼女もまた察したみたいで、恐怖で体を強張らせていた。
「ふふ、いいですね。その反応」
うっとりした顔でアンちゃんはいった。
「では、ご希望にお応えしましょう。魔法カード《RUM-アージェント・カオス・フォース》を発動」
アンちゃんが今回2回目のRUMを発動する。すると、再び機械装置が怪しく光り、
「い、いや。やめ……て、いやああああああああああああああ!!」
再び走る激痛に悶え、悲鳴をあげる神簇。その胸元から光るカードが浮かび上がると、アンちゃんは奪い取り、ディスクに読み込ませる。
「ヘブンズ・ストリングス1体でオーバーレイ・ネットワークを再構築。ランクアップ・エクシーズチェンジ! おいでなさいませ、CNo.40 天獄による音楽会その第二幕ー運命の奏者は転調し、必然の死を奏でる悪魔となる。響け、殺戮の
霊魂になった巨人の人形が銀河の渦に飲み込まれ、現れたのは鍵爪のような翼を持った、巨大な悪魔の人形。攻撃力は3300。
「ぁ……ぁ……」
瞳から光が消えうせ、事切れるように意識を手放す神簇。
「神簇!」
まさか、本当に……! 最悪な可能性が脳裏に過り、私は必死に叫びあげる。
直後、神簇の体に高圧電流が流れた。
「ぎ……ぁ……っ」
声にならない悲鳴をあげ、意識を取り戻す神簇。酷い光景だけど、今回ばかりは生きてたことにほっとする。
「お、おげっ」
しかし、彼女の内臓は限界だったらしく、その場で神簇は嘔吐。
「あらあら、お姉さま汚いことを」
言いながら本心かわざとか、言葉通り汚物を見る目で少しだけ距離を取るアンちゃん。
「と……とり、の……」
神簇が、声を絞り出していった。
「みな……見ない、で。……こ、こんな……吐いてる……私、なん……なんて……」
こんな状態になっても、そんな事を心配するなんて。
私は心の中で彼女のプライドに尊敬を覚えつつ、いった。
「この
「ばっ……」
「心配しなくても神簇はゲロってる時も素敵だから、いまは耐え切ることに集中して」
「っ……い、いわれなくても。耐えはするわよ」
何とか返事する神簇。しかし彼女は続けて、
「……でもっ」
「神簇……」
「嬉しかった。……人格者になったって、尊敬できるって。そう、なりたくて……いままで頑張って、一番認めてもらいたかった人に……認めて貰えたんだもの」
今度こそ事切れそうな途切れ途切れの声で、まるで命がけで。神簇は何とか伝えようとする。
「だから。……その評価を、崩したく、ない……に。……き、決まってるじゃない。……やっと……やっと、聞けたんだからっ」
彼女のプライドに尊敬、なにを馬鹿な勘違いしたんだろう。
神簇がそんな風に私をみてたなんて思わなかった。そりゃあ、数年ぶりの喧嘩をしたときに胸の内を少しは聞いてたけど。
私はそれで、知った気になってただけだったんだ。
なら、尚更言わなければいけない。
「やっぱり
って。
「なっ!?」
「あの時、一緒に言った言葉忘れたの? 完璧な人間とは程遠いけど、そこが神簇の魅力だって。そのままでいいのよ。完璧じゃなくても、私が見たそのままの神簇を私は尊敬してるんだから。目の前で吐いた? そんな程度で幻滅するわけないじゃない。――それが分からないっていうんだから馬鹿って言ったのよ、この
恐らく、こんな言葉梓にも言ったことないだろう。私にとっても、いつのまにかそれだけ大切な存在のひとりになってたのだ。神簇は。
「ば、馬鹿馬鹿馬鹿って、何度も馬鹿って言わないでよ!」
「馬鹿だから馬鹿って言って何が悪いって話よ!」
「この、馬鹿!」
「そっちだって馬鹿言ってるじゃない!」
違う。この遠慮のない子どもの喧嘩みたいな関係、梓と比べるなんて畑違いだ。悪い意味で。
「と、とりあえず」
しかし、ここは私より2つも上のお姉さん。神簇は一足先に口喧嘩を降り、いった。
「私は大丈夫なんだから、鳥乃は早くデュエルでアンを救うこと。いいわね!」
それも一番に助けられるべき存在が自分だというのに、妹の心配を。
「分かったわ」
私は再びアンちゃんとデュエルに目を向ける。
アンちゃんは、とっても白い目をしていた。
「あの……。鳥乃様」
「なに?」
「どうして、こんな状況でイチャつけるのでしょうか?」
いや、イチャついてないんだけど。
とはいえアンちゃんは完全に気分が白けてしまった模様。このまま終わってくれるなら嬉しかったんだけど。
「はあ。……もう、鳥乃様をいたぶる気も失せてしまいました」
アンちゃんはいい、召喚したデビルズ・ストリングスの足を一回撫でる。
「ですから、さっさと殺しておくことにしますね」
口元だけで笑みを浮かべるアンちゃん。不覚にもえろい。
「デビルズ・ストリングスは特殊召喚した時、フィールド上のストリングカウンターの乗ったモンスターをすべて破壊し、私はカードを1枚引きます」
なるほどね。
実質的に、カオス化することで破壊効果を時間差なしで使用できるわけだ。ドロー付きで。
「更にその後、破壊したモンスターの内、一番高い元々の攻撃力分のダメージを相手に与えます。ドラゴサックの攻撃力は2600! これで鳥乃様のライフは残り800」
破壊されていく私のトークンたち。しかし、彼女にとって破壊したい本命だったドラゴサックは、デビルズ・ストリングスの破壊を免れる。
「残念だけど、ドラゴサックは幻獣機の共通効果で破壊されない」
「えっ?」
「殆どの幻獣機は、場にトークンが存在する限り戦闘・効果では破壊されないのよ」
全体破壊を受けた瞬間は、まだ場にトークンがいた。その為、トークンは全部破壊されたけどドラゴサック自身は生き残ったのである。
「そんな」
どうやら、本気で知らなかったらしい。
「で、このターンで私を倒すつもりらしいけど、ここからどうするの?」
なんて煽ってみると、
「っっっ!……デビルズ・ストリングスで、ドラゴサックを改めて戦闘破壊、ターン終了します」
ぐぬぬ顔でアンちゃんはいい、そしてターンを明け渡した。
「じゃあ、いくわ。私のターン」
私はカードを引く。瞬間、今回もアンちゃんからフィールの波で妨害が入る。
いや、入りはしたんだけど。
(あれ?)
私は思った。フィール量が低い。相殺できそうなのだ。いまの私のフィールでも。
「ドロー」
私はフィールを込めてカードを引く。こうして手札に加わったカードは。
「魔法カード《貪欲な壺》!」
天然のデスティニードローだった。
「そんな! フィールで妨害したはずなのに」
驚くアンちゃん。私はいった。
「アンちゃん、あなたこのデュエルで何回フィールを使った? 攻撃の度に割と大盤振る舞いに消費してた気するけど」
「それは……」
「あれだけ使えば、幾らフィール量に差があってもこうなるわよ。フィールは消耗品なんだから」
とはいったけど。経験上それだけではないのは分かっていた。
以前、人間の生命エネルギーの正体もフィールなのではないかという学説を聞いた。それなら、扱う人の気力やメンタルでもフィールの出力は左右されるのではないだろうか。実際、デュエル開始時と今とでアンちゃんのテンションは間違いなく違うのだ。
でなければ、いまのアンちゃんのフィールがたった数ターンで尽きるはずがない。
「私は墓地から《幻獣機テザーウルフ》《幻獣機ハムストラット》《幻獣機ハリアード》《幻獣機ブラックファルコン》《幻獣機ドラゴサック》の5枚をデッキに戻す。そして、2枚ドロー」
攻めるなら今! 私は、フィールを込めてカードを2枚引き抜く。
「《幻獣機テザーウルフ》召喚! 効果でトークンを1体生成」
まず引いた1枚は、このデュエルで最初に召喚した狼型の幻獣機モンスター。効果でトークンも一緒に出し、さらに私は墓地のカードを1枚抜き取る。
「墓地の《幻獣機オライオン》を除外して効果発動。《幻獣機ハムストラット》通常召喚!」
こうしてフィールドに出現する2体のモンスターと1体のトークン。2体は効果によってレベルがそれぞれ7と6に。
「そして」
私は、伏せていたカードを表向きにする。
「永続罠《マーシャリング・フィールド》を発動! 効果で2体のモンスターのレベルを9に!」
「レベル9!?」
驚くアンちゃん。そして、私がいまから出すカードに気付いただろう。
「もしかして、金庫を開く為の、あのカードを」
ご名答。
「私はレベル9となった《幻獣機テザーウルフ》と《幻獣機ハムストラット》でオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築」
天井に銀河の渦が出現し、2体のモンスターは霊魂となって取り込まれる。そこから浮かび上がったのは、ナンバーズを示す9の数字。
「エクシーズ召喚! 機動せよNo.9! 未来より建造されし球体の建造物よ。時を超え、いまこそ降臨し天空を覆え! 天蓋星ダイソン・スフィア!」
銀河の中から、いや銀河の広ささえ飲み込むように出現したのは球状のスフィアのついた巨大な宇宙建造物。それはあまりに大きすぎてソリッドビジョンでは表示されず、下を向いたダイソン・スフィアが上半分にも満たない程度にトンネルの天井を突き抜けて出現していた。
その攻撃力は2800。
「これは、お爺様のエースだったカード!」
神簇が驚きいった。
「え、そうだったの?」
「ええ。亡くなる数日前に手放したと言ってたけど」
実際には、本家に預かって貰ってた。ということみたい。
まあ、それはともかくとして。
反撃開始といきますか。
「ダイソン・スフィアの効果。相手フィールド上にこのカードより高い攻撃力を持つモンスターが存在する場合に、このカードのオーバーレイ・ユニット1つを取り除いて効果発動。このカードは相手に直接攻撃できる」
「えっ!?」「攻撃力2800で?」
どうやら、姉妹揃って効果は知らなかった模様。私はダイソン・スフィアからハムストラットを取り除く。
私は叫んだ。
「ダイソン・スフィアの攻撃! ブリリアント・ボンバードメント!」
「ひっ!」
わざわざ攻撃名まで言ったせいだろう。アンちゃんは両手を突き出し、全力でフィールの防護壁を張る。とはいえ、アンちゃんの思考的にフィールで防御するとは思ってたけど、ここまで怯え、必死に防御してくれるのは嬉しい誤算。
しかし、手ごたえが全く感じられないのに気づき、
「え?」
と、アンちゃんは茫然とする。
「入れると思った?」
「どう、して……」
「だって、フィールの無駄でしょ? デュエルより先にリアルライフを0にする気なら別だけど」
「なら」
アンちゃんはわなわなとしながら、
「さっき攻撃名を叫んだのは」
「もちろん、アンちゃんにフィールを使わせるため」
「そんなっ」
仕様なのか気づいてないのか、アンちゃんってばカードの創造以外に姉のフィールを使おうとしてないからね。しかも、フィールの扱いは全くの素人。ただ莫大なフィールを手に入れて最強になった気でいるだけの三流決闘者だ。そこを突かない手はない。
「これがプロのデュエルよ」
「あ……あっ」
ショックで呆然とするアンちゃん。しかし、すぐ何か思いだした模様で。
「そ、そうでした。と、罠カード《ギミック・ボックス》!」
ここで伏せカードか。
「このカードはプレイヤーへの戦闘ダメージが発生した時に発動する事ができます。その攻撃を無効にし、その後無効にした数値と同じ攻撃力を持つレベル8のモンスターとして特殊召喚します」
攻撃を無効にされた上、ここにきて攻撃力2800のモンスターが相手の場にも出現してしまう。
しかし、ダイソン・スフィアはオーバーレイ・ユニットを持つ限り、このカードへの攻撃を無効にできる。しかも、オーバーレイ・ユニットが無い状態で攻撃されたら、墓地のモンスター2体をオーバーレイ・ユニットに補給し、即座に攻撃無効の効果に繋げられる。
だから、このままでは幾ら高打点のモンスターを並べようとも私には傷ひとつ付かない。
(って、何だかフラグっぽいわね)
なんて考えてしまいながら、
「ターン終了」
と、伝えた所。
「わ、私は……」
アンちゃんは、私の宣言が聞こえてないようで、茫然とした顔で辺りを見つめていた。
沙樹
LP3400
手札0
[][][]
[][][]
[《No.9 天蓋星ダイソン・スフィア(沙樹)》]-[《CNo.40 ギミック・パペット-デビルズ・ストリングス(アン)》]
[《ギミック・ボックス》][][]
[][][]
アン
LP4000
手札2
「やっぱり、私は無力なのでしょうか? ただ姉上様の脇役で、家の足手まといでい続けるしかできないのでしょうか?」
誰かに向けられた言葉ではない。ただ漠然と現状に絶望するアンちゃんの姿。
そして、彼女の呟きは嘆きに変わる。
「あれだけ有利な状況でデュエルしたのに! 確実に勝てるデュエルだったのに! いつの間にか、流れも、フィールも、何もかも鳥乃様の手の下にわたってしまう! どうしてですか? 私には何かを掴み取る運命がないということですかッ!!」
「だったら諦めてサレンダーする?」
私はいった。
「そうしてくれると私は助かるんだけどね。神簇を助けて依頼は達成。あなたの手に渡らない為にも金庫の中身は報酬で全部頂けばこれ以上なくスマートに全部解決でしょ」
「だ、駄目です。そんなの」
しかし、それはそれで駄々こねるアンちゃん。まあ、私がそう誘導させたんだけど。
「ならドローしてみればいいじゃない」
すると、アンちゃんは「え?」となる。
私は続けて、
「別に努力が足りないって言ってるわけじゃないし、どっかの元プロテニス選手みたいに頑張れ頑張れ諦めるなとか暑い言葉を押し付ける気もない。ただドローするだけ。どうせ無理って気分で引いてもいいし、フィールを使っていいカードを引き当ててもいい。それ位ならできるでしょ」
「わ、私は……」
唇を震わせ、アンちゃんは呟く。そして、彼女の表情が諦めの境地に達したものになると、
「そうですね。せっかく、ことごとく私が何しても駄目だって思い知らされたんです。だったら、デッキに裏切られてもっともっと深い絶望と諦めに冒されても」
なんて、マイナスなことを言いながら“ただ”カードを引き、
「……え?」
と、なった。
彼女のデッキは応えてくれたらしい。
私は神簇さんにいった。
「神簇、悪いわねもう少し我慢できる?」
「仕方ないわね」
神簇さんは半眼でいってから、「心配しないで」と言いたげに笑みを浮かべる。
まあ、「諦めるなとは言わない」なんて言ったものの、実際の所諦めるには早すぎるのだ。
この時点でアンちゃんの手札は3枚あるのに対し私は既にゼロ。ライフだって彼女は無傷だし、ぶっちゃけちょっと私が噛みついただけで流れもアドバンテージも、まだ全然アンのほうに分がある。
「で、どうするの?」
私はいった。
「デュエル、続ける気?」
すると、
「私はデビルズ・ストリングスをリリースして《ギミック・パペット-ナイトメア》特殊召喚。このカードは私のXモンスターをリリースすることで特殊召喚できる効果を持つモンスターになります」
返事のかわりに、アンちゃんはプレイで応えた。
攻撃力3300のモンスターを使ってまで出現したのは、幾つもの人型の人形が絡まって構成されたような不気味な人形。以前《ギミック・パペット-
これでレベル8が2体。再びエクシーズ召喚する気なのだろう。
「この方法で特殊召喚に成功した時、私は手札もしくは墓地から《ギミック・パペット-ナイトメア》を特殊召喚することができます」
「レベル8が3体」
墓地から出現する2体目のナイトメアを前に私はつぶやく。
「え、まさかアン」
その上、何やら神簇さんまで驚いてる模様。
「行かせて頂きますね。私は《ギミック・ボックス》と2体の《ギミック・パペット-ナイトメア》でオーバーレイ。3体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築致します」
今回何度めかの銀河の渦。3体のモンスターが霊魂になって飲み込まれると、ナンバーズを示す88の数字が浮かび上がる。
「おいでなさいませ、No.88 玉座に座りしカラクリの鉄獅子、ギミック・パペット-デステニー・レオ!」
現れたのは、玉座に座った巨大な二足の獅子の姿。
「なんか、いままでのギミック・パペットとはどこか違うわね神簇」
「ええ」
神簇さんはうなずく。
「あのカードはアンの奥の手よ。実際、見た目だけじゃなくて効果までいままでの戦術のどれとも毛色が違うわ」
「奥の手? 切り札じゃなくて?」
「アンのフェイバリットはジャイアントキラー。最後の切り札はデビルズ・ストリングスよ」
もしかしてアンちゃんはCNo以外のエクストラデッキのカードは3枚しか持ってないのかもしれない。だとすると、確かにデビルズ・ストリングスが駄目になった時点で負けたと判断してもおかしくはない。
「デステニー・レオのモンスター効果。1ターンに1度、私の魔法・罠ゾーンにカードが存在しない場合に発動可能です」
きた! アンちゃんが“その奥の手”の効果を起動しだす。
「私は、このカードのオーバーレイ・ユニットを1つ取り除き、このカードにデステニー・カウンターを1つ置きます。この効果を使用したターン、私はバトルフェイズを行えません、そして」
と、ここまで一気に喋ってから、アンちゃんは喋りつかれたように深呼吸。そして、
「このカードにカウンターが3つ乗った時、私はデュエルに勝利します」
「うわっ」
まさかの特殊勝利効果。これはやばい。
現在、私の場にはダイソン・スフィアが存在している。このカードのおかげでアンちゃんは高攻撃力を並べても戦闘で私を殴り倒すことが不可能な状況にあるが、逆に私も攻撃を1度《ギミック・ボックス》で止められてしまい、削りきることができずにいる。
そんな状況で私があと2ターン以内にデステニー・レオを倒すというのは。
「ですけど」
そこへアンちゃんはいった。
「ただのデステニー・レオでは鳥乃様を倒すことは不可能。これは貴女とのデュエルでしっかり学ばせて頂きました」
つまり、私視点だと実はピンチだというのにアンちゃんは私を評価した結果さらに行動に出るというらしい。
「そこで。さっき鳥乃様のおかげで引き当てたカードを使わせて頂きます」
と、アンちゃんはデュエルディスクにカードを叩きつける。とはいっても、怒ってるわけでも、虚勢を張ってるわけでも、もちろん私を煽ってる様子でもない。
ただ必死なのだ。
「私は《RUM-アージェント・カオス・フォース》を発動します」
直後。
『えっ』
私と神簇さんは同時に驚く。
「鳥乃、今度は貴女も覚悟して!」
神簇さんが余裕なく叫んだ。
「持ってなかったのよ。アンはデステニー・レオのカオス形態を。だから、何が出てくるのか私も分からないわ」
「えっ」
つまり、この先は神簇さんさえ知らない。いや、むしろアンちゃん本人でさえ未知の領域。
「スキル《エクシーズチェンジ・マイスター》の効果」
手を掲げ、アンちゃんがいうとやはり機械装置が怪しく光る。しかし、今回は今までの半分ほどしか怪しく光らず、代わりに掲げたアンちゃんの手からもフィールの光が。
「うっ……ぁぁっ」
実際、神簇さんも苦しみ声をあげるも過去2回ほど悶える様子はなく、アンちゃんの頭上でふたりの光が混ざり合い、1枚のカードを創造しアンちゃんの手元へと降りてくる。
アンちゃんはカードを掴み、ディスクに置いた。
「ランクアップ・エクシーズチェンジ! いきます、CNo.88! 私の持つ負のフィールよ! 姉上様の正なるフィールと混ざり、カラクリの鉄獅子に全てを滅ぼす混沌なる災厄を刻め! ディザスター・レオ!」
こうしてフィールドに表れたモンスターは、球状の爆弾の上に乗った翼を持つ黄金の獅子。その攻撃力は3500。
「ディザスター・レオのモンスター効果。このカードのオーバーレイ・ユニットをひとつ取り除いて、相手に1000ポイントのダメージを与えます」
アンちゃんが宣言すると、ディザスター・レオの口から炎が溜めこまれる。
「バーン効果。なるほど」
互いに拮抗してる現状を考えるとこれ以上ないベストな創造だ。
「この効果でしたら直接攻撃を貴女に与えられるはずです。マキシマム・カラミティー!」
効果名の宣言。同時にディザスター・レオから激しい炎のブレスが吐き出される。
防ぐ手はない。炎は広範囲に放たれ避ける事もできない。諦めて私はフィールのバリアを張ってやり過ごす。けど、全部は防ぎきれない。
「あ……ぐ、ぁ……」
直火焼きは防げても、バリア超しの熱だけで肉焼く痛みが全身を襲う。必死に意識しないとフィールの出力が弱まってしまいそうだ。
程なくして炎は弱まる。耐え切った。
沙樹 LP3400→2400
「はあっ、はあっ」
膝をつき、私は荒く息を吐く。
「まだ、終わっておりません」
アンちゃんはいった。
「鳥乃様のライフが2000以下かつディザスター・レオのオーバーレイ・ユニットが0の時に私のターンが終了される場合、私はデュエルに勝利します」
「その効果って、デステニー・レオの」
忘れてた。このカードはデステニー・レオのカオス態なのだから、特殊勝利効果を強化した形で受け継いでてもおかしくないじゃないか。
「残念ながらディザスター・レオのオーバーレイ・ユニットはまだ2つありますけど、これで鳥乃様の未来は焼かれて屈するか、特殊勝利に屈するか、ふたつにひとつになります。じっくり追い詰めてさしあげますから、ごゆっくり考えくださいませ。私はこれでターンを終了します」
そんな言葉を、さっきまでの愉悦で恍惚な顔ではなく、必死な形相で叫ぶアンちゃん。じっくりなんて冗談、いまのアンちゃんに相手をいたぶって愉しむ余裕なんてない。本気で私のリアルライフを焼き切るつもりでフィールを行使してるのだ。
だから私は、ここは真正面に少年漫画みたいなノリで返す。
「どっちもお断りよ。ディザスター・レオを倒して、デュエルに勝利してみせるから。私のターン、ドロー」
叫びながらカードを引――。
「させません」
アンちゃんが叫び、手を突きだす。そこからフィールの波が私を襲い、ドローカードが事故る。
「ふふ、引かせませんよ逆転のカードなんて」
だから真面目な顔でドS発言しないでアンちゃん。ギャップで濡れるから。
「なら、ダイソン・スフィアの効果を発動。オーバーレイ・ユニットを1つ使い、アンちゃんに直接攻撃」
アン LP4000→1200
その巨大なモンスターで攻撃を行うも、フィールを使ってはいないのでアンちゃんに傷ひとつ入らない。もっとも、アンちゃん自身も今回は無駄な防御にフィールを使うことはしなかった。しかも油断ではなく、一応に両腕を突き出して防衛体制を取り、五感を総動員し、ビジョンがリアル化してるかを一瞬で嗅ぎ分けた様子。何でも器用にこなすとは聞いたけど、これ程とは。
「私はこれでターン終了」
「私のターン、ドローします」
一息つかせる暇なくアンちゃんのターン。
「もちろん、オーバーレイ・ユニットを使ってディザスター・レオの効果。マキシマム・カラミティー!」
そして、まだ肌に痛みが残った状態で受ける2度目の炎。
沙樹 LP2400→1400
「鳥乃様のライフは2000以下ですけど、ディザスター・レオのオーバーレイ・ユニットは残ってる以上特殊勝利にはなりません、カードを1枚セットしてターンを終了します」
とはいえ、次のアンちゃんのターンがまわってきたら、そろそろ炎を浴びて気絶するパターンも、特殊勝利効果で負けるパターンも両方ありえる。
「そういえばアンちゃん、忘れてないよね?」
そんな状況の中、全身から立ち上る煙を払い私はいった。
「? 何を、でしょうか」
と、アンちゃん。
「依頼よ」
「依頼?」
反応したのは神簇さんだ。
「依頼人が姉だから、もしもの時は自分は切り捨てられる。だから、姉の依頼とは別に護衛の依頼をした。忘れてるとは言わせないけど?」
「ちょっと待って、そんなの私聞いてないわよ。それに二重依頼でしょ」
と、叫ぶ神簇さんに私は、
「まあ、本来御法度だけど。アンちゃんを安心させる為に契約通り臨機応変に対応させて貰ったわ」
「うっ」
言い返せないらしい。
「あ、あんなの無効です!」
代わりに反応したのはアンちゃん。
「鳥乃様は、護るといいながら契約違反で護らなかったではないですか! 姉上様が襲撃されたときに」
「実は護ってたのよね」
私は返す。
「監視用の《幻獣機テザーウルフ》、迎撃用の《万能地雷グレイモヤ》、アンちゃんを護る為の《安全地帯》に緊急避難用の《強制脱出装置》、セキュリティに《ギャクタン》。それでも突破されたらすぐアンちゃんの下に向かうよう《ワーム・ホール》も抜かりなく」
「え……」
本気で驚くアンちゃん。
「“すでに手を打ってある”ってあの言葉、嘘じゃなかったのですか?」
「逆にあそこで嘘つく理由がどこにあるのって話。神簇の契約アンちゃんの契約どっちから考えても、神簇のためにアンちゃんを危険に晒していいはずないでしょ」
「そ、それでも私が危険に晒されたら」
「だから《ワーム・ホール》も入れた」
「っ」
今度こそアンちゃんは押し黙る。
「で、契約の報酬だけど」
私はにやりと笑い、
「確か依頼料はアンちゃんの体だったよね?」
「は? 待ちなさい鳥乃沙樹!」
姉が反応しムキャーしてるけど無視。
「特に、無事にアンちゃんを護りきって事件を解決したら改めてアンちゃんは私の物になる。だったよね?」
「っ、そ……そう、だったと思います」
どことなく、顔を青くするアンちゃん。
「そして現状。まず私は一度も攻撃にフィールを使ってないからアンちゃんを危険に晒してない。そこはOK?」
「はい。私は無傷です」
「次、事件の解決つまり黒幕だったアンちゃん本人を止め、神簇を救出。これで依頼は達成とみていいのよね?」
「で……できるのでしたら」
そして、一歩また一歩と後ずさるアンちゃん。
「そっ」
直後、私のドローする手が闇色のフィールに包まれる。
「なら行かせて貰うわ。私のターン、ドローフェイズにスキル《ダークドロー》を使用」
「こ、ここでスキルを!?」
驚くアンちゃん。
「このスキルはドロー時に発動し、ドローするカードをデッキの内外問わず別のカードに書き換える効果。暗き力はドローカードをも闇に染める! 《ダークドロー》!」
口上と共に私はカードを1枚引き抜き、同時に私の中からフィールがごっそり抜け落ちた。《ダークドロー》を使うには、某漫画でいうメ○ローア並のフィールを消費してしまうのだ。
結果、不覚にも私のフィールはこれでゼロに。
それでもって、ここまでして引き当てたカードはというと。
「速攻魔法《ダブル・サイクロン》!」
残念ながらOCGで既に存在するカードだった。もっとも、いま私のデッキにもサイドデッキにも投入してないカードではあるけど。
「この効果でアンちゃんの伏せカードと私の《マーシャリング・フィールド》を破壊」
お互いのフィールドに1つずつ竜巻が発生すると、お互いにカードが1枚ずつ破壊されていく。彼女の伏せカードは《安全地帯》。偶然にもさっき私が「アンちゃんを護るカード」に挙げてた1枚だった。
「そして、《マーシャリング・フィールド》の効果。このカードが破壊されたことで、デッキから《RUM-アージェント・カオス・フォース》を手札に加える」
「えっ」「あっ」
神簇姉妹がそれぞれ驚く。
「ま、そんなわけで私も使わせて貰うわ。魔法カード発動《RUM-アージェント・カオス・フォース》!」
アンちゃんが今回のデュエルで3枚も使ったRUM魔法カードを、今度は私が使用。このデュエル実に4回もこのカードが発動されたことになる。
「この効果で私は《No.9 天蓋星ダイソン・スフィア》1体でオーバーレイ・ネットワークを再構築。ランクアップ・エクシーズチェンジ! 脈動せよCNo.9! 冒涜なる科学の力、未来のスフィアに隠されし禁断の扉を開放せよ。森羅万象を取り込む混沌にして不吉の星となれ! 天蓋妖星カオス・ダイソン・スフィア!」
天井に銀河の渦が出現すると、ダイソン・スフィアが霊魂となって取り込まれ、花のような形の宇宙建造物へと姿を変える。その攻撃力は3600。
「カオス・ダイソン・スフィアのモンスター効果。1ターンに1度、このカードが持っているオーバーレイ・ユニット1つにつき300ダメージを与える。さらにもう1つ。このカードがダイソン・スフィアをオーバーレイ・ユニットに所有している場合、任意の数だけオーバーレイ・ユニットを取り除き、その数×800ダメージ。私はオーバーレイ・ユニットを1つ取り除き、300ダメージと800ダメージ、合計にして1100ダメージを与えるわ」
まず最初にスフィアの中央からの拡散レーザー。続けてカオス・ダイソン・スフィア全身から放たれる闇色の光の雨。2つのバーン効果がアンちゃんを襲う。当然フィールを注いでない(実は注ぎようもない)のでリアルダメージは入らない。とはいえ、
アン LP1200→900→100
デュエル的なライフポイントは、これで風前の灯に。
もっとも。
「終わった、わね」
神簇さんはいった。
「カオス・ダイソン・スフィアの攻撃力は3600、対してディザスター・レオの攻撃力は3500。ここで鳥乃が攻撃すれば、差分のダメージがアンに入って、ジャストキルが成立するわ」
「……はい」
アンちゃんもうなずく。
「いまの私には、手札・フィールド・墓地ともにカオス・ダイソン・スフィアの攻撃を防ぐ手立ては御座いません。私の負けです」
デッキに手を当てアンちゃんはいった。これはサレンダーを意味する。
『対戦相手が降参しようとしています』
デュエルディスクのタブレットに以上のメッセージが表示された。私は画面を操作し、そのサレンダーを受け入れた。
アン LP100→0
ソリッドビジョンが、アンちゃんの手前で「LOSE」と表示される。同時に、機械装置が神簇さんの拘束を解除。その場で落下した。
「きゃっ」
「神簇っ」
私は慌てて飛び掛かり、アンちゃんの横を抜け、床にダイビングしながら神簇さんをキャッチ。そのまま腕から装置に衝突。骨が折れたかもと思うくらい激痛を受けたが、なんとか彼女に傷はない。
「っ、神簇、大丈夫?」
「え、ええ」
神簇さんはうなずく。
「結局、終わってみれば姉上様から何も奪えず終了、ですか」
アンちゃんがいった。現在の位置からは彼女の顔はうかがえないが、
「やっぱり、私はこういう運命みたいですね。姉に友人にあらゆる人々に従順に従い、家に溜まった負の捌け口に使われ、たまに他者が愉悦するための計になって、自由もなく、地位もなく、籠の鳥生活を強いられるのがお似合いな、人間未満。――鳥乃様、姉上様。完敗でした」
ここぞとばかりに自己卑下に浸るアンちゃんは、悔しさと落胆と、だけど「やりきった」と感じさせる顔をしているように見えた。
アンちゃんは私たちに背を向けたままいった。
「姉上様、改めて当主の座はお譲りします。鳥乃様、依頼通り私のことは性奴隷にでもサンドバッグにでも、お好きなように使い下さい」
「それがさ」
そんな彼女に、私はいった。
「そうともいえないって話なのよ」「そうにもいかないのよ」
いや、なぜか神簇さんもだった。
『え?』
そして私と神簇さん、互いが互いに驚き、顔を見合う。
「どういうことですか?」
アンちゃんが私たちに振り返る。涙を押し殺してる以外は、大方想像通りの表情だった。
「じゃあまず私から」
痛みの残る腕をあげ、私はいった。
「いや実はさっきのデュエルなんだけど、勝ったには勝ったけど、任務って視点でみると事実上の相打ちなわけよ」
「え?」
「うん、さっきの《ダーク・ドロー》でフィール全部使っちゃって。いまなら銃一本あれば私の命イチコロなのよ、正直な所万事休す」
「ちょっ」
驚く神簇さん。アンちゃんも唖然としている。
――実は、増田、ヒロちゃん、永上さんの三人はデュエルに勝利しフィールも残してるのだけど、この時点で私は味方の存在をすっかり忘れてた。
「で、では姉上様は」
アンちゃんが訊ねる。神簇はいった。
「あのねアン。貴女、私から全て奪いたいって言ってたけど、もう全部ちゃんと奪ってるのよ」
「私が、姉上様から……もう?」
信じられなそうに聞き返すアンちゃん。神簇さんは「ええ」といい、
「あれだけ沢山のウチの関係者を引き抜いた時点で、私では当主なんて務まらないって痛いほど思い知らされたわ。その上あれだけされれば地位も信頼も能力も貴女のおかげでガッタガタよ」
「そ、そんなことは。私はまだ」
「まだ、なに?……なにを奪い足りないの?」
段々、神簇さんの瞳から力が抜けていく。
「その強さです!」
アンちゃんは叫んだ。いや、嘆いた。
「この状況にあってもまだ立ち直ろうとする強さです。その強さがある限り、姉上様はまた努力されて、すぐに私を超えてくるじゃないですか! 私は知ってるんです。数日あれば、私が引き抜いた使用人も全て味方につけ、姉上様は何事もなかったかのように立派に当主をしていられるって」
「……そう」
対し神簇さんは、ただ微笑みを浮かべるだけだった。
「何ですか! それは余裕の笑みですか? やっぱり、姉上様も内心は私を馬鹿にっ」
憤慨するアンちゃん。しかし神簇さんは首を横に振るだけ。
そこへ。
「本当にできちゃうと思いますか?」
奥からヒロちゃんが歩いてきた。デュエルで苦戦したのか、割とぼろぼろだ。
「え?」
と、振り返るアンちゃんに、ヒロちゃんは続けて。
「お嬢様は完全燃焼しちゃったんですよ。全てを失い、精魂尽き果て、絶望に打ちひしがれながら、残された執念に今日まで突き動かされてきたんです。……それが、たったいま終わったんです」
「それって」
「はい。先ほどアンさんがされてた顔と同じ理由になります。……そして」
ヒロちゃんは続けていった。
「残ったのは希望のない世界。これから琥珀お嬢様が辿る道は、万事尽き、立ち上がる心もなく、無力に甘え他者を嫉む生活。それが、これ程なくぬるま湯で心地よい日々」
「ご、御冗談をヒロさん」
アンちゃんは笑った。顔を引きつらせ、唇を震わせ、
「それって。私のことでは御座いませんか?」
「その通りですよ。良かったですねアンお嬢様。明日からの琥珀お嬢様は昨日までのアンお嬢様です」
どうやら、ヒロちゃんは全て見据えてるらしい。さすが本家の遣いにして忍者の一族。
「姉上様……」
再び、アンちゃんは姉の様子をうかがう。神簇さんは依然として微笑み浮かべるままだ。
「そんなはずはありません!」
アンちゃんは叫んだ。
「あんなに強かった姉上様が、そんな簡単に堕ちるなんてありえません! 私の計画だって、何もかもが上手くいっても、恐らくその顔は見られないって想定ですのに!」
「だから言ったじゃない。すでにアンは私から何もかも奪ってるって」
ここで、神簇さんが口を開いた。
「そもそもね、貴女が滅茶苦茶してくれたおかげで神簇の家は地位も名誉も失って没落同然なのよ。神簇家のブランドに修復不可能な傷がついたから外からの信用も失ったし、内部に至っては、こちらから言うまでもないでしょ?」
「ですけど、まだ財産があるじゃないですか」
「事件の損害と修繕で借金が確定してるわ」
「えっ」
驚くアンちゃん、しかし当然ではある。
「アンティーク類などの現品は可能な限り本家に引き取って貰って残りは質屋で換金になるわ。それでも人も死んでるから多分全然足りないでしょうね。だから、先にハングドへの報酬や残った使用人の退職金にまわしてから、アンにはどこか安全な所に匿って貰って、私は家を売ってできた金で夜逃げするしかなかったのよ。――たとえ今日この戦いに勝っても負けても」
「そんな。……私、家がそこまで悲惨な事になってるなんて考えても」
「人殺しておいて何よ今更」
なんて笑う神簇さん。痛々しい、怒る気力も叱る余裕もないのだ。いまはただただ、アンさえ無事ならそれでいい。そんな悟りを開いてるようにも映る。
「もっとも、その『安全な所』もセバスチャンか先生を頼りにするつもりだったから、もう無いのだけど。……その辺はアンが鳥乃と二重依頼したのを幸と取るしかないわね。鳥乃、アンをよろしく」
まさか、あの報酬内容がこんな形で姉公認になるなんて。
「ま、待ってください。やっぱりおかしく思います」
それでも、アンちゃんはいう。
「暴君で権力を使って何でも解決した姉上様が、それでいて努力でも何でも乗り越えられた姉上様が、どうしてこの程度を解決できないのですか? 姉上様は、やろうと思えば地球を掌で転がせるのではないのですか? 昔は転がして遊んでたではないのですか?」
瞳で懇願するアンちゃんに、
「アン……。そうね、確かに昔の私は地球だって掌で転がせられる。そう信じてたわ」
神簇さんはいった。
「けど現実は、当時も今もそんなはずないじゃない。昔の私だって、もし祖父にたてついたら、もしよそ様の家に火を放ったら、もし万引きでもしたら、もし飛行機で暴れて緊急着陸でもさせたら、もし人を殺したら、きっと私は許されなかった。運が良かったのよ、それをしなかった私は」
そして、そっとアンちゃんを抱きしめる。
「けど、そんな事もう関係ないわね」
「え? そ、そんな事って」
アンちゃんは聞き返すも、神簇さんは触れず、
「色々あったけど、私がここまで頑張ってきたのはアンの為だった。けど、足掻いて……耐えて、努力して。一矢報いようとしてきた先にあったのは、先生とセバスチャンの死、そして何より大切だったアンが、実は黒幕だったっていう真実」
「姉上様……」
「私にはもう這い上がる力なんて残ってないわ。ただ、貴女がここまで強くなれた。よくここまでやり遂げた。それだけが私に残った全て。……アン、貴女は私の誇りよ」
すると、
「ふ……ふふ、うふふ……あはははハハハハ」
突然、アンちゃんが笑い出した。もちろん、それは歓喜によるものではなく、哀しみのそれ。
そして、アンちゃんは語る。
「不思議ですね。ずっと、ずっと姉が潰れる瞬間を愉しみにしてたのに。……いま私、とても辛いんです。求めてた以上に最高の結末なのに、こんな結末見たくなかったって思ってしまうんです。それに、『どうしてですか? 先生、セバスチャン』って訊ねそうになるんですよ。おかしいですよね? ふたりとも私のせいで死んだのに」
結果だけいえば、前回に引き続き今回も、デュエルには勝った、黒幕も倒した、だけど護衛は失敗したっていう後味の悪い結果に終わってしまった。
抱き合いながら、疲れ切った顔で涙を流す姉妹を前に、私は何もいえなかった。
――それから数日後。
「はい、これでいいかしら」
神簇さんは私の渡した書類に印鑑を押し、
「了解。これで今回の依頼は無事満了ね」
私はそれをファイルに戻す。
現在、私は神簇家の応接間にいる。椅子の隣にはバッグが幾つか。
任務の為、ずっと神簇家に滞在してた私だけど、今日をもって慣れ始めた神簇家を後にする予定になっている。
結局。
事件に対するハングドの手回し、現場に居合わせた永上さん(一応警察)の証言、そして本家のバックアップもあって神簇家はギリギリの所で没落を免れた。
使用人も半数は辞めていったけど、住み込みで帰る家もない人たちが「クビにしないで」と神簇家の残留を希望した為、いまでも家は何とか機能している。
ヒロちゃんは、最年少の使用人にしてメイド長に就任。セバスチャンの抜けた穴を埋めるべくひーひー言いながら奮闘中だ。
「けど、良かったの?」
と、神簇さん。
「ん、なにが?」
「報酬よ。金庫の中身が丸々無事だったというのに、貴女ったら殆ど持ってかなかったじゃない」
「え、そう? これでもお言葉に甘えて相場以上に持ってったつもりだけど」
今回の依頼。報酬はアンちゃんが盗みだした金庫の中身ということになっていた。金庫の中にはアンティークの品々を所有する権利書も含まれており、神簇家の財産なら没落するまで奪い取れるような状況だった。
こっちも商売なので、毎回無報酬というわけにはいかない。特に今回は増田にもかなり動いて貰ったので、神簇の財政を圧迫し過ぎない程度に欲張った金額を頂戴したわけだけど。
「無欲過ぎるわよ。アンの依頼料も払うっていってるんだから、あの増田って方と併せて相場の4倍取るくらいしなさいよ」
と、当の当主様はこんな調子である。そんな思考回路してたらセバスチャンが不安に思うのも無理ない。その辺はアンちゃんのほうがまだしっかりしてそうだしね。
「あーもう分かった分かった。それなら神簇家が安定してきたら、残りの2.5を取り立てに行くから」
「本当ね?」
「本当本当」
「なら、いいわ」
ようやく収まってくれた神簇さん。……いや、もう
ところで。
もう言うまでもないけど、神簇はアンちゃん化を免れた。彼女には、まだひとつだけ希望が残されてて、それを立ち上がる理由に今必死に傷ついた心の療養中なのだ。
もちろん、その「希望」というのは、
「失礼致します」
と、たったいま応接間に入ってきたアンちゃんである。
ちなみに彼女もハングドの手回しによって襲撃犯の黒幕ではないことになっている。もちろん、セバスチャンを殺した犯人も彼女以外ということになり、法律上では問題なく無罪に落ち着いている。
もっとも、当然ながら、これで彼女に罪がなくなったわけではない事は再三伝えてあるし、本家の下にはいつでも真実を公開できるだけの証拠が保管済。
「姉上様、鳥乃さん。お茶が入りました」
そうそう。黒幕として対立してた間、再び私を「様」で呼んでたアンちゃんだけど、事件後はまた「さん」付けで呼んでくれるようになった。
「ありがとう、アン。机の上に置いてくれる?」
「はい」
姉に従い、“以前と変わらず”アンはお茶を配る。
「あら?」
早速一口飲み、姉はつぶやいた。
「このお茶、以前より味が落ちてるような」
「あ」
すると、アンちゃんはすまなそうに、
「実は、今日からはいつもの茶葉ではなく安物を使うことに致しまして」
「え、どうして?」
「勿論、節約の為になります」
アンちゃんはいった。
「これからは身近な所から贅沢を取っ払おうと思いまして。とはいえ食材はスーパーだと幾ら安くても粗悪品ですので、今後は形が悪くて根下がりしたものを中心に取り寄せてコストカット。それと、残念ながらシェフの方々が昨日を最後に全員辞められましたので、あえて新しいシェフを雇わず屋敷の皆で楽しく当番制にしようと思っております」
うわぁお。しかも私のお茶はしっかり「いつものお茶」な辺り、しっかりしている。
すると神簇は慌てて、
「え、ちょっと待って。屋敷の皆で当番制ってことは、もしかして」
「はい」
アンちゃんはわざとらしくおっとりした笑みを浮かべ。
「もちろん、私も姉上様も当番に参加致します」
「ま、待ってよ! 私、家事は苦手」
「努力は姉上様の領分です。頑張ってください」
「そんなっ!」
ガーンって顔する神簇に、アンちゃんは更に追い打ち。
「あ、私は昨日一昨日と二日間ほど料理長から師事を受けてきました」
「ずるい!」
「うふふっ」
これはある意味で雨降って地固まるとでもいうのだろうか。
事件の前後で比較して、アンちゃんは一見前の性格に戻ったように見えて遠慮がなくなった。やさしい笑みのまま姉を転がすことを覚えた気がする。――それができる程度には、ふたりの間に壁がなくなったのだろう。
「ねえ、神簇」
と、私もそんな空気の恩恵に預かってみた。
「な、なに?」
「あなたが療養を名目に呆けてる間に、
「……う」
「いいの? このままだと本当に今度こそ元当主って言われるかもね」
そうそう。この度、アンちゃんは正式に新当主に就任した。厳密には、琥珀とアンふたりで当主という1つの席に座ってる形になるけど。
これは、ヒロちゃんの提案である。つまりは、
『確かに、琥珀お嬢様は不器用過ぎて誠実過ぎて当主には駄目駄目ですけど、アンお嬢様も継続が苦手でマイナス思考癖ってそれも当主として駄目じゃないですか?』
とか、いずれ誰かが言わないといけない爆弾をさらっと投下なされたのだ。終いには『細かい調節は私がやっちゃいますから、ふたりで当主されるのはどうですか?』と。実際、ものの見事に片方の短所はもう片方の長所みたいな姉妹だから、二度とふたりが対立しないのを前提に考えれば、これ以上ない程の名案だった。
「し、仕方ないじゃない。手回しとか仕事の早さとか、そういう所でアンには敵わないんだから。……いくら努力しても」
『え?』
私とアンが驚き呟く。ここで初めて、姉側にも「いくら頑張っても敵わない」というコンプレックスがあった事実が発覚したのである。
「そ、それはそうとして!」
顔を真っ赤に神簇はいい、
「鳥乃、貴女実はずっと無理してたんじゃないの?」
突然そんなことを言い出した。
「ちょっと気になって、ここ数回の貴女のハングド内の成績を調べてみたのよ」
え、どうしてそんな事調べられるの?
「そしたら、前回は今回の依頼とまるでそっくりな名目上満了の実質グレーゾーン、その更に前は作戦中の交戦に負け重傷を受けての任務失敗」
「……だから?」
自分の恥部を覗かれた気がして、つい私が口調が強くなってしまう。直後、神簇の目が「やっぱり」となる。
(やばっ)
墓穴を掘った。しかし、既にもう遅い。
「貴女が私に連絡入れたの、私が依頼して数日後だったでしょ。ずっと、単純に優先順位が下で他の依頼優先してたのだと思ってたけど……もしかして」
「大正解」
神簇に言われる前に、私は自分から打ち明けることにした。
「ついでに言うとさ、さっきの『実質グレーゾーン』だった任務、依頼人が知人だったのよ」
「えっ」
そこまでは調べてなかったのだろう、神簇は驚く。
「だから、それもあって余計に今回の依頼には消極的だったわ。護りきれる自信とか全然残ってなかったし、実際護れなかったものね」
その言葉を聞き、そこまで追い込んだ当人であるアンちゃんの顔が沈む。
……この状況でいうのは、かなりきついけど。
「で、『交戦に負け重傷』のほうだけど、実はそっちもそっちで相手は“黒山羊の実”よ」
「えっ」
今度はアンちゃんが驚く。
事件中に彼女が雇った黒コートの男は、“黒山羊の実”のエージェントであることが発覚している。つまり、アンちゃん自身も組織に席を置いてる可能性が高いのだ。
「もしかして、その相手とはミストランですか?」
しかもピンポイントでその名を。
「正解」
するとアンちゃんは、
「やっぱり、あのエージェントは鳥乃さんでしたか」
「え、もしかしてあの場にいたの?」
「いいえ」
アンちゃんは首を振り、
「私を組織に誘ってくれた幹部の方からお聞きしました。何でもミストランは、鳥乃さんが発したあるワードを聞き始末するのを辞めたと」
「あるワード?」
あの時、何か言ったっけ?
それはともかくとして、これでアンちゃんが“黒山羊の実”の人間であることは確定してしまった。こんな身近に。
「まあ、それはまた後に話すとして。それでも、今回この依頼を受けようと思ったのは。……まあ、またかと思うかもしれないけど、原因は梓の為だったのよ」
「徳光さんが?」
と、反応する神簇に私は、
「梓が銃声の噂を聞いちゃってね。だから、近所に怯えたりしないようにそういう種は早めに積んでおかないとって。……ま、こういう話は本来依頼人にすべきじゃないけど、悪友相手だし問題ないわよね」
「悪友……」
「でしょ、昔もいまも。だから神簇にだけは終わったことをいつまでも心配される筋合いはないってこと」
「……ああもう、そうくるのね貴女は。全くもう」
助けになりたい、とか何か言うつもりだったのだろう。私を心配するあまりに。だから私は言われる前に丁重にお断りした。これを本当に丁重と捉えるかは人それぞれだけど。
「もっとも、アンちゃんは別だからね。何だったら、ベッドの上でその大きなお饅頭に顔埋めて甘えてみたいって話だけど」
「駄目に決まってるでしょうがあッ!!」
机をバンと叩き、ヒステリックに怒る神簇。ま、そんな感じで余計な心配する気は失せたでしょ。
神簇が脱力混じりにいった。
「まあいいわ。私もまだボロボロだもの、本当なら鳥乃に構ってられる余裕なんてないんだったわ」
その言葉に私は、
「奇遇ね。私もボロボロだから、依頼じゃないのにこれ以上あなたたちの面倒見るのはお断りよ」
と、返し。
「くすっ」
「ふふっ」
ふたりして変な笑いを漏らす。
「あ、姉上様? 鳥乃さん?」
いまの私といまの神簇。
その独特の距離感と信頼感に、アンちゃんがひとり困惑する中、
「鳥乃 沙樹。勝負よ、どちらが先にボロボロから脱出するか」
「望む所よ、神簇。恥垢洗って待機してて頂戴」
私たちはハイタッチするのだった。
これにて、やっと「アンバーカラーの想い出」終了になります。
次の話は久々に1話完結……できたらいいなぁ。
なお今回はメモ帳サイズにしてMISSION9+ MISSION10の合計サイズより大きくなってしまいました。
分割できる所も見当たらなかったので、このように一括投下になりましたが、ここまで読んで下さった方本当にありがとうございました。
●今回のオリカ
幻獣機ピーバー
星3/風属性/機械族/攻1500/守1200
(1):相手がダメージを与える魔法・罠・効果モンスターの効果を発動した時、このカードを手札から墓地へ送って発動できる。このターン、以下の効果を適用する。
●自分が効果ダメージを受ける場合、代わりに自分フィールドに「幻獣機トークン」(機械族・風・星3・攻/守0)1体を特殊召喚する。
(2):このカードのレベルは自分フィールドの「幻獣機トークン」のレベルの合計分だけ上がる。
(3):自分フィールドにトークンが存在する限り、このカードは戦闘・効果では破壊されない。
(零式観測機@ピーター+ビーバー/《幻獣機コウライデン》のかわり)
ギミック・ボックス
永続罠
(1):プレイヤーへの戦闘ダメージが発生した時に発動する事ができる。
そのダメージを無効にする。発動後、このカードはモンスターカード(機械族・闇・星8・攻?/守0)となり、自分のモンスターカードゾーンに特殊召喚する。
このカードの攻撃力は無効にした戦闘ダメージの数値になる。
このカードは罠カードとしても扱う。
(遊戯王ゼアル)
エクシーズチェンジ・マイスター
スキル
(1):デュエル開始時に使用する。自分は「自分のモンスターの上に重ねてX召喚する」効果でXモンスターをX召喚する場合、
ゲームに使用してないカードをエクストラデッキに加えてX召喚できる。
ダークドロー
スキル
(1):自分がカードをドローする場合に使用できる。そのカードを別のカードに書き換えてドローする。
この効果で書き換えたカードはデュエル終了時に元々のカードに戻る。