途中までは……。
“シンフォギア・システム”
特異災害ノイズに対抗する為、櫻井理論を基に聖遺物の欠片より生み出されたFG───フォニック・ゲイン───式回天特機装束の名称。
その装束の最大の特徴とされるのが───歌。シンフォギアを纏う奏者が歌を唄う事でそのシステムを起動、活性化させて奏者の心身に合わせて形状の変化、強化がされていくという対ノイズに特化したシステムである。
まだまだ問題点も多く、課題もあるシステムだが特異災害であるノイズには現状唯一効果のあるシステムでもある。
「以上の事が我々二課の保有するノイズに対する武器であり切り札だ。岸波君、ここまで来て何か質問はあるかね?」
弦十郎さんから聞かされるシンフォギアに関する大まかな概要に今の所はありませんと返す。───シンフォギア・システム、歌を媒介に適性を持った奏者に装着し、ノイズと戦う特機装束。
歌に反応するという特徴に驚きもしたが、翼さんが そのシンフォギアに適性した第一号として適例し、アイドル活動の裏でノイズと戦っていると知り驚きの反応は更にドンと高くなる。
けれど一番驚いたのは、先ほどから隣でジロジロと此方を見てくる櫻井了子さん。彼女がシンフォギア・システムの生みの親だと言うことだ。
突拍子な言動が多い事からてっきりアレな人かなと思っていたけれど、独自の理論を提唱している辺り、やはりこの人は天才なんだなと思う。
「ん? 白野君、今私をディスらなかった?」
眼鏡の奥でジト目となる櫻井さんをまさかと簡単に返して追求を逃れる。……しかしシンフォギアか、ウチの女性陣達にも何人か適性出来たりするのだろうか?
別に戦わせる為ではないが……一見コスプレみたいな格好で唄ったり戦ったりするのだ。興味が全くないと言えば嘘になる。
あ、けど約二名程有り得ない人がいる。専門的な事など分からない自分だが、あの二人にだけは絶対適性する事はないと断言できる。
というかそう願いたい。もし何かの間違いで彼女達がシンフォギア奏者として適性される事になったりすれば……それは戦場が地獄と化す事を意味している。
あの二人の歌と攻撃が同時に繰り出されると想像すれば……必ず、イヤ、確実に敵味方問わず壊滅的ダメージを与える事は間違いない。
皆に隠し事をするつもりはないか、取り敢えずこの事はあの二人には伏せておくことにした。
───それとは別にしてふと疑問に思った事がある。シンフォギアが聖遺物の欠片から生成されていると聞いたが、何故欠片なのだろうか? やはり聖遺物というのはそれ程までに稀少な代物なのだろうか。
「当然よぉ、聖遺物は異端技術の結晶。様々な神話伝説伝承に記された超常の力を秘めた武具。古の時代より残された武具の多くは遺跡から発掘されているけど、その殆どが欠片としか残されておらず、完全な形で保たれた完全聖遺物は殆ど発見されていないのよ……」
櫻井さんの詳しい説明にそうなんですかと頷く。聖遺物……それは遙か古の時代、多くの英霊や武具にまつわる神々が使用していた刀剣類の武具。
英雄達や神々が使ったとされる武具が現在の聖遺物として存在しているのだとしたら────ヤバい、今更ながらとんでもない事に気付いてしまった。
聖遺物、神代よ時代から存在する武具をそう呼ぶなら、いっそ不味いとさえ思える人物が一人だけいる。
───ギルガメッシュ。人類が持つ全ての原典を持ち、全ての財を手にしている彼は聖遺物に関する財も持ち合わせている事だろう。
つーか持ってるし、寧ろそれを投擲武器として扱ってるし、使い捨てのカイロの如く投げ放つし、聖遺物の大盤振る舞いだし。
この事がもしお互いの耳に入ったら……うん、よそう。これ以上の予想は自分の身が保たない、主に胃の耐久力的な意味で。
取り敢えず、聖遺物に関してはAUOの耳に入らぬよう勤めよう。幸い彼は現代の娯楽に興じている最中だ。此方が下手にボロを出さなければ気付かれはしないだろう……多分。
「どうしたの白野君。なんだか顔色悪いわよ?」
櫻井さんに言われて我に返る。どうやら考え事に没頭していたようだ。何でもないですとだけ返して弦十郎さんに問い掛ける。
そもそも、何故弦十郎さんは自分にそこまでの話を聞かせてくれたのだろうか。確かにシンフォギア以外でノイズに対抗出来る手段があるとするならば知りたいだろうし、けれどそれだけの理由でここまで自分に話すのは立場的に難しいのではないのだろうか。
唯でさえシンフォギア・システム事態が国家機密レベルの秘匿内容だというのに、その奏者である翼さんの事まで話したりするのは……自分を信用してくれた上で話しているのか───それとも。
考えたくはないが、可能性としてある以上無視は出来ない。下手をすればここの人達全員が一瞬にして敵に回るかもしれないんだ。出来ればそんな事態は避けたい。
と、自分がそんな不安に煽られた時、弦十郎さんはオペレーターの友里あおいさんが注いでくれたお茶を飲み干し……。
「俺は、自分がそれなりに大人だと自覚しているつもりだ。だが、実際の所は年端も行かぬ姪っ子を戦場に送り出し、自分は高見の見物しか出来ない卑怯者だ。何かの役に立つ為に、誰かを守る為に磨いたこの力も、ノイズという災害相手には何の意味も為さない」
自身の拳に視線を落とし、そう語る弦十郎さんからはその鍛え上げられた肉体とは正反対の悲壮感が漂っていた。
……誰かの為に、何かの為に築き上げた力。それが通用しないと思い知らされ、自分よりも若い者達を戦場に送り出さなければならないといつ事実は、弦十郎さんにとって酷く苛まされている事実なのだろう。
「此方の都合だという事は重々承知している。だが、その上で君に頼みたい。翼が戻ってくる合間君のその力を俺達に貸してくれ」
そう言って頭を下げてくる弦十郎さん。周囲を見渡せば友里さんや藤尭朔也さん、櫻井さんまでもが自分を懇願するように見ている。
弦十郎さんはプライドの無い人という訳ではない。ただ、自分のプライドよりも大事なモノがある事を知っているだけ。
だから必要なら自ら頭を下げる。それが自分に出来る事なのだと……そう自分に言い聞かせ。
自分に出来ること、そこに力の優劣など関係事を改めて知った自分は───自然と口を開いた。
自分に出来ることがあるなら、その時は喜んでお手伝いします───と。
「……司令、本当に宜しかったのですか? “上”に連絡を通さずに独断で決めてしまって」
「それに、彼には不可解な点が多すぎます。戸籍も恐らくは偽造だろうし、結局此方には彼の持つ異端技術を公開する事はなかったですし……」
「その点に関しては私も同意見だわ。弦十郎ちゃん、彼に協力を申し出たのは良いけど私としてはもう少し突っ込んだ話をしても良かったのに~」
岸波白野が基地を出て、弦十郎は三者三様それぞれの部下と同僚に愚痴紛いの話を聞かされていた。
確かに、岸波白野という存在は不可解で不確かだ。戸籍も偽造されているし、この街に滞在してから一ヶ月の合間の記録しか彼の存在は確認されていない。
見た目は凡庸、その辺にいる一般人しか変わらないのにノイズと戦う術を持つ。それ故の怪しさ、それをオペレーターである友里あおいと藤尭朔也は危惧していた。……だが。
「俺は、そうは思わんさ」
「……司令?」
弦十郎だけは違うと、明確に否定する。
確かに彼は怪しい。胡散臭さで言えばカンフー映画に出てくる敵組織の構成員並に怪しい。
だが、弦十郎は見た。彼の───岸波白野の真っ直ぐな瞳を。いっそ愚かしいとさえ思える真っ直ぐなその瞳に弦十郎は怪しさ以上の確信を得た。
「彼は……岸波君はきっと俺達を騙したりはしない。仮に協力できなくとも、敵対する事はないと信じている」
「……その根拠は?」
「勘だ!」
訝しげに訪ねる櫻井の問いを即答で断言する弦十郎。一組織の司令官とは思えない発言にオペレーター両名は諦めた様に溜息をこぼし、異端技術の権威は呆れた様に溜息を漏らす。
仕方ない。これが自分達が付いていくと決めた男なのだと、それぞれが諦めた時。
ノイズ発生の警報が鳴り響いた。
◇
『全く、相手側が搦め手とか使って来なかったから良かったものの、先輩の不用心さにBBちゃんは呆れてモノも言えません』
自分がリディアン音楽院から出て数分。既に自分は街中を歩いていると言うのに携帯に潜むBBは先程から不機嫌が直らない。
携帯越しで何を話しているのかと思われがちだが、幸いして時代は現代。テレビ通話というものが存在している以上、自分の今の行動は人目に付くことはなく、自然と画面の向こう側にいるBBと話すことが出来るのである。……ただ、道を歩いている以上は気を付けないといけないんだけどね。
端から見れば携帯画面に注視しながら歩く若者……うん、マナーの悪い若者として見られていそうである。
『そもそも、勝手に一人で協力を約束するとか……他の皆さんにどう説明するつもりなんですか?』
腕を組んでジト目で睨んでくるBBに返す言葉もなく、自分はただ乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。
……ま、まぁ二課の人達は皆悪い人ではなさそうだし、最悪皆には内緒にしても大丈夫かなぁとは思うんだけど、ダメかな?
『弱い癖に何生意気なこと抜かしてるんですか?』
容赦のないBBの言葉の刃が岸波白野の胸にズブリと突き刺さる。確かに色々勝手な事を言っているとは思うが、そこまで言う事は無いと思う。
『はっ、そんな一人前の科白はアーチャーさんから一度でも一本取ってからのたまって下さい。いつもボコボコにやられて息も絶え絶えな癖に、以前偶々掠めた事で調子に乗っているなら、それ、改めた方がいいですよ?』
BBからのトドメの言葉に自分は今度こそ何も言い返せなくなってしまう。確かに自分は自身すら満足に守れない未熟者だ。誰かの力を借りなければ戦う事もままならない。
だが二課の人達と協力を結んだ事に間違いはないと思う。それはノイズと長い間戦って来ていた訳ではない。自分が彼等を信用に値すると確信したのは彼等が誰かの為に戦って大事なモノを守っている人達なのだと……そう思えたからだ。
───だが、それもあくまで自分の主観から見ての勝手な解釈だ。ひとまずは皆に相談し、その上で今後の事について話し合おう。
その時にはBBにも手伝って欲しいなと言うと、彼女の方は深い溜息を零して仕方ないと口にし……。
『ほんっっと、世話の焼ける先輩ですねぇ。今回だけですよ?』
そういって了承してくれる彼女にありがとうと礼を言い、我が家に向かって歩き出す。
───が、その前に一つ疑問に思った事がある。何故自分がアーチャーにまぐれとは言え一太刀掠めた事を知っているのだろうか?
地下の修練場には電子機器などなく、様子を見る術など無い筈なのだが……。
『べ、べべべ別に先輩の事が心配だとかアーチャーさんに一撃入れた事に喜んで保存用と鑑賞用、布教用に分けてムーンセルに記録させている事なんてないんですから! 勘違いしないで下さいね!』
何をどう勘違いするのだろう。自分の質問に顔を真っ赤にして慌てふためくBBを不思議に思った時。
────ノイズ発生の警報が響き渡り、同時に離れた高速道路から派手な火の手が上がった。
瞬間、街中の人々はその顔を混乱と恐怖に歪め、シェルターに向かって駆けて行く。
平和な街並みが一変して恐怖に支配される光景を目の当たりにして、自分は煙が上がっている方角へと睨みつける。
『───先輩、行くんですね?』
自分の考えている事が分かったのか、BBはその目を鋭くして自分に問いてくる。
行くなと、戦うなと、彼女の瞳は自分の身を案じているかの様に、まっすぐと此方を見てくる。
その問いに自分はそうだ、と一言返す。自分はシンフォギアの奏者ではない。ノイズの一撃をマトモに浴びればその瞬間灰となって消える事だろう。
勿論怖い。戦えば無傷で済む訳がないのだし、サーヴァントの無い自分では精々時間稼ぎ程度が関の山だろう。
だが、以前桜にも言ったがここで何もしないでいる事の方が余程自分には耐えられない事なのだ。
それに約束もした。翼さんが復帰する合間、自分も協力するのだと。
……というか、翼さんが入院している原因が自分達にあるのだと知っている身としては、このまま逃げるのは余りにも気が引ける。や、マジで。
だから自分が時間を稼いでいる合間、BBは皆に連絡をしてくれ。そう頼むとBBは深い溜息を吐き出し。
『分かりました。───ですが、無理だけはしないで下さい』
BBの言葉に了解と返し、ノイズが発生したと思われる地点に向かって駆け───。
『と、その前に餞別です。先輩が連中と話をしている合間、暇だったのでシンフォギア・システムの概要と情報をハックし、それを基に先輩用の礼装に仕立て上げました。存分に使って下さいね♪』
BBのその言葉を最後に、彼女の姿は自分の携帯から姿を消す。すると入れ違いに携帯の画面に礼装召喚アプリの起動画面が浮かび、そこには今まで見たことのない礼装の銘が書き込まれていた。
まさかあの短時間で新たな礼装を作り上げるとは……流石はムーンセル(仮)に於ける超級のAIだ。
ひとまず彼女の問題発言は置いといて、ここにきて新たに実装された礼装の説明に目を通すと……。
……え? 何これ?
◇
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
ノイズが発生されたとされる地点。聖遺物の融合症例第一号である立花響は、弦十郎の制止も聞かずに単身ノイズの群と相対していた。
その身にシンフォギアを纏い、ノイズの恐怖に抗いながら懸命に立ち向かう姿。それは未熟ながらも彼女の覚悟を明確に表していた。
「私が、やらなくちゃ! 翼さんの分まで、奏さんの代わりに───私が!」
ここにはいない風鳴翼の為、自分を庇って逝った天羽奏の代わりに、少女は戦わなくちゃと自己暗示の様に呟く。
その言葉に、想いに嘘はない。だが……それ以上に歪だった。
故に、弦十郎は響の出撃に待ったを掛けた。今の立花には無理だと、体ではなく、心が悲鳴を上げて入ることに気付いて、だから行かせられないと、現在彼は立花響の救出に向かって行動を起こしている。
だが、それでも彼女は変わらない。二年前の惨劇と、その後に彼女を待ち受けてきた仕打ちを経て、彼女には無意識のレベルにまで浸透したある観念が刻まれてしまっている。
「お前達なんかに……負けるもんかぁぁぁ!!」
少女が……吼える。その手を拳に変え、目の前のノイズに特攻を仕掛けようとした───その時。
『待てぇぇぇい!』
戦場に声が響きわたる。その声に響もノイズすらも行動を止め、声の聞こえて来た方角へ視線を向けると……。
夜間の高速道路を照らす街灯の一つに、月を背にその人物は佇んでいた。
『力なき者、罪なき者に対する不条理な暴力。人それを悪という』
全身を覆ったパワードスーツ、顔を隠したフルフェイスの仮面。首に巻いたマフラーが風と共に緩やかに靡く。
その風体はまるで彼女の友人が良く口にする特撮のヒーローのようで、月の光に反射し、淡く輝くその姿に響は思わず見とれてしまった。
「だ、誰!?」
我に返った響が乱入者に問いかける。響の問いにソレは街灯の上でビシリと空を指さし。
『天に星、地に花、人に愛。月光戦士ザビエル仮面、呼ばれなくとも即参上!』
『月に代わって……お仕置きだ!』
バーン! とそんな効果音が聞こえてきそうな登場だったと、ここに追記しておく。
ザビエル仮面、一体何者なんだ!?(棒