これでシンフォギアはシリアスと化す(暗黒微笑
その日は、私にとって運命の日でもあった。
立花響。嘗て私と同じ歌い手でツヴァイウィングの片翼である天羽奏と同じシンフォギアを纏っているのを知った時は、胸の奥が張り裂けそうになった。
何故死んだ奏のシンフォギアを彼女が纏っているのか、戦う事の意味も分からない少女に託されているのか、その時の私は胸の奥底から沸き上がる黒い感情を押し殺すのに必死だった。
ひとまず立花響は叔父が管轄する二課に預け、引き続き私はノイズが消滅されたとされる戦場の調査を続け、その際───あるものを見つけた。
それは私、歌い手としての私の曲の入ったCDジャケットだった。そういえば今日発売日だったなと今更な事を考えながら私は二課に戻り、立花響にこれはお前の物かと問い詰める。
返ってきた答えは否。シンフォギア関連の身体検査を終え、再び皆の所に連れてこられた後、立花響は当時の出来事を混乱しながらも私達に説明した。
赤い外套の男と赤いドレスの少女、そして青い巫女服を着た狐の様な耳と尻尾を生やした少女に助けられたと、説明された。
……どうやら、余程怖かったらしい。そんな幻覚を見てしまうまで追い詰められている彼女に対し、私は不慣れながらも謝罪した。
だが、立花響は夢ではないと断言する。その根拠はなんだと問いかけると、彼女はある人物の名を口にした。
岸波白野。最近立花響とその学友が贔屓にしている飲食店の新バイトらしく、その戦場には彼もいたのだと彼女は語る。
……俄には信じがたい。何故シンフォギアも纏わない人間がノイズと戦えるのだろうか? 新たな異端技術が発見されたのか? だとすれはどこの国が介入してきたのか、やはり米国辺りか? 尽きない疑惑が思考を埋め尽くすと、ある解決策が浮かんだ。
現場に落ちていたCD、これを調べれば購入者の身元も判明するのではないかと櫻井女氏の的確過ぎる指摘を最後に、今日の所は解散となった。
そして翌日、早くも身元が割れ、その人物がいるであろう飲食店に入ると───。
「いらっしゃいませー、お客様は何名……様?」
───いた。どこにでもいそうな平々凡々とした見た目一般人である彼は、とても戦場に立てるとは思えない優男だった。
これが私、風鳴翼の岸波白野に対する最初の印象だった。
◇
本物の風鳴翼と黒服の人達に連れられ、やってきたのは街中にあるごく普通のファミレスだった。先程“フラワー”で食べたのにまだ食べるのと聞いたら顔を赤くして怒られた。
今から二時間ほど前、突然自分達と来て欲しいと言われて少し呆然としてしまうが、生憎こちらはまだ業務時間中だ。女将さんが留守にしている以上店を空ける訳にはいかないと説明しすると、何やらヒソヒソと話し込む黒服さんと翼さん。
翼さんが失礼するといって携帯電話で話をすると、此方に聞こえないよう小声で話し、二、三回程頷くと再び自分に向き直り、終わるまでここにいてもいいかと訊かれた。
お客様を追い返す訳にもいかないのでどうぞと店の奥にある座敷へ案内し、そこで待って貰う事にした。その際、厳つい黒服のお兄さんが注文をしてお店に貢献してくれたりもした。グラサンで如何にもアレな人に見えたけど、意外に話しやすい人だったと追記しておく。
そうしてバイトも終わり、今まで待っていてくれた翼さん達と共に連れられてきたのだが……何故にファミレス?
取り敢えずついて行き、店の奥まで進むと───。
「やぁ、始めまして、君が岸波白野君かな? 俺は風鳴弦十郎。そこの風鳴翼の叔父をしている者だ」
赤茶けた髪が印象的な笑顔が眩しい爽やか系おっさんが席に座りながら自己紹介してきた。驚きながらも此方も返す。
ご丁寧にどうも、岸波白野です。
自分の紹介に何を満足したのか、弦十郎さんはウンウンと腕を組んで頷いている。え? なに?
「では司令、私はこれで」
「おう、ありがとうな翼。けど、ここでは司令ではなく叔父さんな」
「失礼しました。……では」
「仕事、頑張れよ」
司令という気になる単語を残し、翼さんは黒服さん達と一緒にファミレスを出る。
その時のすれ違い様に自分を見定める様な目が気になったけど……何だったんだろう?
「まぁ立ちっぱなしもなんだ。君も座って何か注文してくれ、いきなり呼び出した無礼もあるし、好きに注文してくれ。奢るぞ」
弦十郎さんに促されて席に座る。奢るぞと言ってメニューを渡してくれるのはいいが、それよりも話を進めたい。用件はなんですかと訊ねると弦十郎さんの目は細くなり、刃の様に鋭くなる。
「…… 立場上、俺は君に色々訊きたい事がある。が、その前に一つだけ訊ねたい。君は昨夜特異災害───ノイズと接触したかね?」
瞬間、目の前の男性の姿が一回り大きくなった気がした。この並外れた気迫に自分には覚えがある。
いつも拠点の地下で行われるアーチャーの組み手、目の前の男性からはその時のアーチャーと同じ威圧感が感じられていた。
唯の鍛えられたおっさんかと思ったが、どうやら少し違ったらしい。先程の翼さんの司令という単語といい、もしかしたらこの人はどこかの組織の上の立場にいる人なのだ
ろうか。
それに、確かに威圧感は凄いがこの人からは殺気は感じられない。恐らくは嘘を付かない方がいいと脅しているみたいたがこの程度の威圧には馴れているし、苦にもならない。
だが、嘘を付く必要も理由もない。弦十郎さんの質問に自分は「はい」と一言で返した。
一分位時間が経っただろうか。静かになる自分と弦十郎さんの空気が凍り、外から聞こえてくる音や他のお客の声が遠くなり始めた時、彼は動いた。
「そうか……ありがとう。この街に生きる一人の人間として礼を言う。響君を、子供を守ってくれてありがとう」
そういって弦十郎は礼を言い、自分に向けてその頭をテーブルにぶつかりそうな勢いで深々と頭を下げてきた。
────え? どゆこと? 目の前のおっさんの突然の行動に面食らってしまう。取り敢えず頭を上げてくれ、周囲からの視線がイタいから、コラ、そこの坊や人に向けて指差さない。
自分の言葉を散々に受けた後、弦十郎さんは漸く頭を上げて改めて自己紹介をする。
「改めて自己紹介させて貰う。俺は風鳴弦十郎。先程も言ったが風鳴翼の叔父であり、特異災害対策機動部二課の司令官を勤めている」
自己紹介の後に付け足してくる役職らしき名に新たに疑問が浮かぶ。……というか、本当に司令官さんだったのか。
「君も知ってはいると思うが我々の組織は特異災害……通称ノイズを相手に活動している政府機関だ。一般的には一課のイメージが強いが、我々は独自にあるシステムを使ってノイズとの対策を構築している」
何やら難しい事を言っているが、確かに特異災害対策機動部というのは聞いた事がある。何でもノイズの発生を事前に検知し、住民の避難やノイズの進路変更の誘導等々、ノイズの出す被害を最小限に留める為に政府が考案した組織だと聞いている。
ただ、一課は聞いた事はあるが二課という部署が存在するのは知らなかった。表に発表されていないということはやはり何らかの極秘資料を扱っている組織なのだろうか。
そう思うと何だか危険な所に自ら足を踏み入れた気がしないでもない。けど、目の前の弦十郎さんからはそういった危険な感じがしない。何の根拠にもならないが、ここは弦十郎さんの人柄を信じて続きを聞いてみよう。
「“シンフォギア”ノイズに対抗すべくある博士が発案したシステムなのだが……君は、このシステムについて聞いた事があるかな?」
弦十郎さんの質問に自分は首を横に振って明確に否定する。───シンフォギア。それがこの世界に於ける戦う為の術なのかとこの時自分は悟った。
先程の独自にとか言っていたし、どうやらそのシンフォギアなるシステムはまだこの世界に完全に普及されてはいない研究段階のシステムなのだろう。
───それにしてもそんな重要機密ッポイ話を自分に話しても大丈夫なのだろうか。いや、別に誰かに話すつもりはないですけどね。
となるとこの人の聞きたい事も大体見えてきた。多分自分達以外にノイズの対抗手段を持っている事に驚き、その技術を知りたいと言った所だろう。
先日戦っても分かったが、ノイズは本当に危険な存在だ。無差別に人を襲って死をまき散らす、そんな奴らを相手にそのシンフォギア以外に対抗できる手段があるのなら知っておきたい。恐らくはそういった腹積もりだったのだろう。
だから自分は弦十郎さんが次の台詞を言う前に口を開く。そちらにどういった事情があるかは知りませんが、此方は敵対する意思もなければシンフォギアについて口を割るつもりもありません、と。
次いで困ったことあれば出来る範囲で協力しますと付け足すと、弦十郎さんはその目を丸くさせ……。
「くっ、ハッハッハッハッ! これは参った。まさか此方の腹の底がこうも簡単に見破られるとは、いや完敗だハッハッハッハッ!」
声を大にして笑い出した。うん、何となく分かっていたけど豪快な人格だこの人。
この人の下で働く人は大変かもしれないが、存外やりがいがありそうだなと思う。
「度重なる失礼、本当に申し訳なかった。出来る事なら明日辺りもう一度話を聞かせて貰いたい。……俺の携帯の番号だ。予定が空いたら是非連絡してくれ」
そう言って渡される一枚の紙切れ、そこに書かれた番号に弦十郎さんの番号らしい数字の羅列が書かれている。
大した話もしていないし、深い思慮があった訳ではないが、今までの会話を聞く限り悪い人ではないようだ。
その時は是非、ご連絡させて頂きますと返し、時間も時間なので返らせて貰った。────その際。
「どうした? 食ってかないのか? さっきも言ったが奢るぞ。遠慮も不要だ」
好きなのを奢るぞと景気よく言ってくれる辺り、本当に豪快な人だと改めて実感する。
けれど、ここは遠慮させて頂く。ウチのオカンは食生活には厳しいのだ。下手に間食したりすれば明日以降の特訓が鬼の様にキツくなってしまう。
次の機会にとやんわりと断り、今度こそ自分は皆の待つ拠点に帰る事にした。
───シンフォギア。二年前に起こったとされるあの事件と何らかの関わりがあるのだろうかと、小さな疑問を胸に抱きながら。
◇
時刻は既に七時を過ぎ、家へと帰ってくる時には既に夜の帳が空を覆っていた。弦十郎さんと話をしていた為いつもより帰ってくるのが遅くなってしまった為、アーチャーから何か小言があるのかなと覚悟をする。
ただいまー。帰宅の声を出すが帰ってくるのは静寂のみ、……どうしたのだろう? いつもだったらセイバーかキャスター辺りが迎えに来てくれるというのに……。
もう一度、今度は先程よりも大きめでただいまと言うが、やはり返事はない。もしかしてもう先に食べてしまっているのだろうか?
部屋に戻らず食堂へ向かうが……おかしい、セイバー達の賑やかな声は疎か人一人の気配すら感じない。
確かにウチのマンションはかなりの広さを有しているが、それでも十人近い人数が住んでいるのだ。誰にも顔を合わせず、すれ違いもしないなんて……少しおかしくはないか?
疑問に思いながら食堂に辿り着くが……やはり誰もいない。あるのはてーに置かれた一人前分の食事の用意と置き手紙らしき紙切れが二枚置かれてあった。
……なんだろう? 二枚の内の一枚を手に読んで見ると、アーチャーらしい丁寧な文面が書かれていた。
『済まない、暫し野暮用が出来た。食事は用意したので必ず食べること』
珍しい。あのアーチャーが食事時に姿を見せないなんて……余程その野暮用というのは重要な案件らしい。
こちらは何だろう。もう一枚残った紙を手に取ると。たった一言。
『八時、テレビ見ろ』
とだけ書かれてあった。……この問答無用の無さ、恐らくはギルガメッシュ辺りが書いたモノだろう。筆跡も何となく偉そうだ。
一体なんだろう。時計を見れば時刻はもう八時、手紙に書かれた言葉に疑問を感じながらご飯の隣に置かれたチャンネルのリモコンを手に取る。
余談だが我が家の食堂には壁に大きな液晶テレビが取り付けられている。アーチャーは行儀が悪いと言ってあまり見ようとしないが、人数も増え、我が家の朝は皆テレビのリモコンの争奪戦を繰り広げられている。
閑話休題。
リモコンの電源を入れ、画面に映像が映し出されると、ちょうどこの時間帯に放映される音楽番組がオープニングテロップと共に流れていた。
『どうと皆さん今晩は! ミュージック広場の時間がやってきました!』
『今回はなんと! 最近噂になっているアイドルグループが満を持して番組に登場! では早速出てきてもらいましょう!』
やたらノリノリのMCさん。というか、アイドルグループなんてあったんだ。有名な歌手なんて風鳴翼さん位しか知らない自分は新鮮な気持ちでテレビを見ながら夕食を口にする。
ステージの壇上から現れる複数の影、グループと言うからには人数も結構いるなとのほほんと考えながら注目していると。
ステージにライトが照らされる。沸き上がる歓声と共にその姿を現したのは……。
『今、人気急上昇のアイドルグループ、その名も!』
『『『『CCC48!!!』』』』
……………………………………。
『さぁ、全国の豚ども! 私の為に感激の悲鳴を上げなさい!』
『うむ、やはり歌を吟じるのは観衆の前でこそ心が踊る! さぁお茶の間にいる民達よ、余の歌を聴けぇぇぇ!!』
『あ、あのあのあの、あんまり見ないで下さい。恥ずかしい……です』
『あんの腐れ金ピカ、まさかこんな事を企んでいただなんて……え? うそ、これもう回ってるの!? は、ハロー、皆さん、応援宜しくお願いしまーす。テヘぺろ』
『ふっ、私のトイストーリー実現の為に、視聴者共、タップリ課金なさい!』
『……何で私、ここにいるんだろう?』
………………。
画面に映る六人の少女達。その全員が統一されたポーズで壇上から姿を現し、観客達から割れんばかりの大歓声を上げている。
どれもこれも見たことのある人達ばかりだが、世界には似た人が三人もいたりする。きっと画面に映る彼女達もそう言った人達なのだろう。
画面を消して席を立つ。食べた食器を片付けて部屋に戻り、今日は早く寝るとしよう。
遠くから歓声が聞こえてくる。そういやあの番組のスタジオ、ここら辺にあるんだったな。
歓声が悲鳴に聞こえてきた気がするが、あくまで気がするだけなので放っておく。
あーあ、皆……ハヤクカエッテコナイカナー。
次回からはシリアス路線一直線。
間違いない。(スットボケ