深く突っ込むのは無しに気楽に読んで下さると嬉しいです。
───数時間前。
ユーリと、なのはちゃん達のいる世界から別れて早1ヶ月。別の世界へ移住し、漸く落ち着きを取り戻した自分は今日も今日とてマンションの地下、鬼教官の有り難いご指導の下、扱きという名のトレーニングを続けていた。
「ふむ、どうやら少しは下地が出来ていたらし。打ち合って十分、漸く私に一太刀浴びせられるようになったか」
自身の服袖に付いた僅かな切れ目を見て納得するように頷くアーチャー。対する自分はというと、心身共に既にボロボロ。仰向けに倒れ呼吸を整えるのに精一杯である。
一太刀浴びたというが実際はアーチャーの攻撃を避け、その反動で手を出した時偶然当たったものだ。自分の実力のモノじゃない。
「何を言う。以前までの君なら受けに回るだけで反撃する余裕すらなかったのだよ? 反動を付けたという事はそれだけの隙を私から見出したと言うこと、手を出したと言うことはそれだけ私との間合いの差を見極められるようになったという訳さ。それはつまり、君の目に君の体が漸く追いついたという事。素直に褒められたらどうかな?」
と、笑みを浮かべて珍しく褒めてくれるアーチャーに面食らう。ここの所トレーニングがキツかったから、こうした形として結果が生まれるのは確かに嬉しいものがある。
「とは言っても、まだまだ粗く甘い所が多いのもまた事実だ。この程度で満足せず、次からも扱いていくからそのつもりでな」
釘を刺してくるアーチャーに乾いた笑みが零れる。この分だと明日もキツそうだ。そんな事を考えていると向こう側の出入り口が開き、キャスターと凛が入ってきた。
「キャスターか。その分だとそちらも終わったようだな」
「えぇ、凛さんてば此方の教えをスポンジの如く呑み込んでいきますから師としては些か物足りなく感じます。最初こそは戸惑いはしていましたが、魔術と呪術の違いを理解してからはとんとん拍子で身に付けていくのですもの」
「意図的に混乱させる様な教え方しといてよく言うわ。こっちは唯でさえ電脳とリアルの違いに四苦八苦しているってのに……」
「ふっふーん、狐は人を騙し、偽るもの。あの程度で惑わされるとなれば、それは凛さんの器が大したものではないという事ですわ」
何やら軽口を言い合う二人。その口振りからしてキャスターが凛に何らかの試練を与え、凛はそれに見事応えたと言う事なのだろう。
疲れた様子で肩を竦める凛が此方を見ると、ため息を吐いて自分に手を差し伸べてきた。
「相変わらずしんどそうな鍛錬してるわねアンタも、立てる?」
差し伸べた手に捕まり、上半身だけ起こす。その際悔しそうに自分達を見るキャスターが視界に入ったが、取り敢えず無視をする事にした。
「それでアーチャーさん、ご主人様の方は如何な具合です?」
「マズマズと言った所かな。漸く私に一太刀浴びせられたのだ。今日の所はひとまず及第点と言わせて貰おう」
「英霊相手に一太刀とか……アンタ本当ドコに向かっているのよ」
呆れた様子で自分を見てくる凛。ほんの数センチ掠った程度でその反応はあんまりだと思うのは自分だけだろうか?
「流石ご主人様! 見事な進歩ですぅ! この分だと私やセイバーさんもこの鍛錬に協力できるのではないのですか?」
尻尾を振り、微笑みと共にそんな事を言うキャスターだが……ハッキリ言わせて貰おう。
無理だ。そもそもこの英霊相手に組み手の鍛錬できるのはアーチャーという加減が上手い相手があって初めて成り立つものであり、僅かでも手違いがあれば今頃自分はミンチと化している。
キャスターは兎も角として、セイバーが相手だったら恐らく挽き肉となっているだろう。何せ彼女のあの性分だ、手加減とかそういった細かいやり方は不向きな気がしてならない。
ギルガメッシュ? 蜂の巣になって終わるわ。
だからキャスター達が相手をして貰うのはもう少しマトモになってからだなとそれとなく断る。
さて、漸く体も落ち着いた所だし、そろそろ時間も迫っている。バイトに行くとしよう。
と、そこで気付く。アーチャー、セイバーとランサーはどうしたの?
「あぁ、あの二人なら今日も娯楽エリアで勝負しているさ。今日こそ決着を付けると言ってこれで何度目なのやら、……そろそろBBに施設補強の申請を出しておくか」
疲れた様子で語るアーチャーに乾いた笑みが零れる。セイバーとランサー、共に自らの歌声に自信と自負を持ち合わせている二人は互いにアイドルとしてライバルと見定め、どちらがより歌姫(ディーヴァ)に相応しいか、娯楽エリアにあるカラオケボックスで日夜歌い続けている。
勿論防音設備は完備しており、更に防御の術式も施されており、───自分達への───安全面は完璧な仕上がりを見せている。
だが、そんな彼女達の度重なる歌声に遂に音が漏れ出したとアーチャーから報告があった時は二人を除く全員が戦慄し、恐怖を感じた。
BBもその事実には重く受け止めている事から、修理は近い内に施されるだろう。
そもそも何故あの二人がこうまで歌うことに熱中しているのか、その原因はある人物に対する対抗意識から来るものだった。
“風鳴翼”この世界に於ける日本代表の歌声の持ち主で十代の若さでありながら世界から注目されているトップアーティストである。
その激しさと可憐さの二つを持ち合わせている彼女の歌声と実力は世界中にファンを持ち、世界進出も夢ではないと言われている程である。
で、そんな風鳴翼の話を耳にしたウチの歌姫(笑)がこれに激しく対抗意識を燃やし、自分の方がより人々を熱狂させると言って日夜カラオケで歌の鍛錬と言って歌い続けている。───というのが、今の我らの陣営事情である。
どうにかならないものか。意外な所で意外な展開になってしまった現状に嘆いていると。
「まぁ、あの二人には近い内金ピカさんがどうにかするみたいですし、私達は気にせず過ごしていきましょうそうしましょう」
そうキャスターは言ってくれるが、どうも自分は嫌な気がしてならない。あの愉悦大好きAUOが姿を見せずにここ数日大人しくしているのも不気味だが、出掛ける際に自分に向けたあのイヤ~な目つきが脳裏にこびり付いて離れない。
絶対何か企んでいる。そう理解しつつも止められない事実に更に憂鬱に思いながら立ち上がる。
そろそろバイトの時間だ。体を軽めに動かし、適度に疲労を流すと、出入り口の扉に向かって歩き出す。
「あ、せ、先輩……お、お疲れさま……です」
新たに出入り口から出てくるのは桜と同じ顔の別人──アルターエゴのパッションリップだった。
戦闘機人の技術を用いてリアルでも会えるようになった彼女の手には鍛錬の後にいつも飲んでいるドリンクが握られている。
ワザワザ届けに来てくれたのだろう。気を利かせてくれた彼女にお礼を言って受け取ると、リップは顔を真っ赤にさせて俯いてしまっている。
「お、お礼……言われちゃった。──えへへ」
電脳世界でも結構な人見知りなのに、リアルではそれに更に拍車が掛かっている気がする。メルトの話では電脳とリアルの違いに戸惑っていると言うが……流石にこれでは日常生活が大変なのではないだろうか?
今度一緒に外に出掛けてみようか。彼女の人見知りが外の環境を通じて少しでも改善してくれればと思い、自分はさり気なくそんな言葉を口にするが……。
「ふぇ!? せせせせ先輩と外に!? そそそそそれってでででででデートという奴なのでは!?」
何やら酷く狼狽しているご様子。しかも頭から煙が出ていることからどうやら熱暴走を起こしているようだ。
大丈夫か? そう言ってふらついた彼女を抱き抱えると更に悪化。リップは顔を真っ赤にさせて気絶してしまった。
「はぁ~あ、全くあの天然ジゴロは……いつかモゲテしまえば良いのに」
「うふふ~、ご主人様ってば最近ワザとかってぐらい誑し込んでいますね~。タマモ、そろそろ本気だしてもいいのかな? かな?」
何やら向こうでは凛とキャスターが物騒な事を言ってアーチャーは呆れた様に嘆息している。あれ? 俺が悪いの? そんな理不尽に呆然としている間もなく、時間も押している事からひとまずリップの事はアーチャー達に任せて彼女を壁により掛かせ、ひとまずバイト先の店に急行する事にする。
世界を移動しても、岸波白野の日々は変わらず。慌ただしい毎日を過ごしているのだった。
◇
「はぁ、私呪われてるかも……」
お好み焼き専門店『ふらわー』店長の女将さんに認めて貰い、力仕事だけだがどうにかバイトの面接に受かった自分は、女将の指導の下で今日も仕事に精を出していた。
そんな時、カウンターの席から聞こえてきた暗い溜め息に下拵えをしていた自分の耳に入ってくる。
「どうしたんだい響ちゃん? また何か悪いことでもあったの?」
「それが聞いてよおばちゃーん。私ってば学校の登校中に犬に吼えられてさ、それにビックリしてたらドブに片足突っ込んじゃって、オマケに先生に怒られるわ先生に怒られたり先生に怒られちゃったりしたんだよ~」
「最後の三つは完全に響の自業自得じゃない」
女将に同情の言葉を貰おうと自身の不幸話を披露としているが、隣に座る女の子に戒められ、響と呼ばれる少女は再びカウンターのテーブルに突っ伏した。
二人の名前は小日向未来ちゃんと立花響ちゃん。ここの近所の学校、市立リディアン学院の生徒さんでこの『ふらわー』の常連客でもある。
最初の頃は男の俺が雇われた事で少しギクシャクしていた時もあったが、響ちゃんの明るい性格のおかげで今は地元住民に受け入れられ、働き出して1ヶ月経った今ではもうその違和感は拭い去られていた。
そんな響ちゃんは未来ちゃんに言い負かされて此方に目を向けると、今度は自分に助けを求める様に迫ってきた。
「岸波さんなら私の気持ち分かってくれますよね! 私の不幸な出来事の数々を!」
鬼気迫る勢いで言ってくる響ちゃんにどうしたものかと悩むが、その背後では甘やかさないでと目で語ってくる未来ちゃんがいる。
心苦しいがここは未来ちゃんの訴えに従おう。……良いかい響ちゃん、世の中には段ボールをマイハウスと言い切る漢がいてね、犬に吼えられては犬を喰らい、ドブにハマればドブに住まうネズミを喰らったりして生きているんだよ。
「マジですか!?」
「ほらほら本気にしないの。岸波さんもそんなバレバレな嘘言わないで下さい」
本気に仕掛ける響ちゃんを未来ちゃんが戒める事で話を有耶無耶にする。うん、分かってはいたが年下の子にバッサリ言い捨てられると心に来るモノがあるね。
「だったら言わなきゃいいのに……ほれ、岸波君。そこのゴミだし終わったら今日の仕事は終了だよ。響ちゃんも、今日は何か用事があったんじゃなかったのかい?」
「ハッ! そうだった! 今日は翼さんのNewシングルの発売日だった! ゴメン未来、先行ってるね!」
そう言って響ちゃんは慌ただしく店を出ていく。お金も払わずに去っていく響ちゃんに呆れの溜め息を吐く未来ちゃん、二人分の代金を払って席を立つ未来ちゃんの姿は学生とは思えない哀愁さが漂っていた。
「いつもいつも大変だねぇ未来ちゃん。あの子の世話焼いて」
「もう慣れちゃってますから」
そう言って笑う未来ちゃんは疲れた様子もなく、ただ綺麗に笑っていた。その様子から二人がどれほどの仲なのか、付き合いの浅い自分でも容易に想像できる。
麗しい友情に心が満たされるのを感じながら、自分も仕事を続行。ゴミだしをして本日のバイトを終了させるのだった。
◇
バイトも終わり、日が暮れ始めた時間帯になって自分は最寄りのCDショップから出ていく。
CDショップに何の用事かと思われるが、何を隠そうこの岸波白野も風鳴翼のファンの一人であるからだ。
響ちゃんも言っていたが今日は風鳴翼のNewシングルの発売日。この日を楽しみにしていた自分は予めCDショップに予約を入れていたのだ。
因みにこの事はウチの連中には基本的に秘密である。特にランサーとセイバーには最善の注意をしなければならない。
もし万が一自分が知られてしまえば……それこそ想像したくない事態が自分を待っている事だろう。
風鳴翼の歌は良い。何しろ今でこそはソロで活躍しているが、“ツヴァイウィング”の頃から活躍している彼女の歌声はこの界隈で留まることを知らない人気を博している。というか、前の世界のフェイトちゃんと声が瓜二つなのだ。
フェイトちゃんもアイドルに転身してたらこのくらい人気者になったのかな。そんな事を考えていた自分の耳に突如、警報を報せるサイレンが鳴り響く。
まさか。そう思った時、携帯のアラームが鳴り、電話に出ると、慌てた様子の桜が大声で叫んできた。
『先輩、大変です。“ノイズ”が現れました!』
ノイズという単語に自分の心臓の音が一瞬高鳴ったのが聞こえた。
“ノイズ”13年程前からその存在を認識されている特異災害。突発的に発生し、人間を無差別に襲いかかる事から災害とまで呼ばれるようになったソレは、この世界の人類に対して脅威となっていた。
人間の様な形状をしたモノや怪獣の様に巨大なノイズが観測されていて、何もない空間からにじみ出てくる様に現れる等、様々な特徴が述べられるノイズだが、その最大な特徴は……此方の物理干渉が一切通用しない事である。
銃弾や普通の刀剣ではノイズに当たらず、逆にノイズに触れた者は炭素化……所謂炭となってノイズと共に消滅してしまう。
発生確率こそ低いとされるノイズだが、人類の脅威である事には変わらない。そんなノイズに対抗出来る手段と言えば、攻撃を仕掛けてくる一瞬を突くか、特別な方法で無理矢理当てる他ない。
そして自分には先日、その可能性が高い礼装が解禁されたばかりである。
……怖い。失敗した事に対する恐怖で手が震える。が、それ以上にここで震えるだけの自分に『ソレは間違っていると』強く叫んでいる自分がいることを自覚していた。
『…………』
通話越しの桜も黙っている。恐らくは自分の意図を知って、此方の意志を汲んでくれているのだろう。
『──先輩、行くんですね?』
桜の問いにはっきりと応える。ノイズがこの近辺で発生して、自分に対抗出来る手段があるのなら、ここでジッとしている訳にはいかない。
せめて住民の避難が完了するまで、ノイズを食い止める役目が必要だ。そこまで話すと、電話の向こうから盛大な溜め息が聞こえ、根負けした桜の諦めの言葉が語りかけてきた。
『───分かりました。先輩がそこまで言うのなら私は止めません。……いえ、そもそも貴方は人に言われて立ち止まる人ではなかったですね』
苦笑いの桜の顔が浮かぶ。済まないと謝る自分に対し、桜はその代わりと話を続けた。
『既にサーヴァントの皆さんを現地に向かわせています。アーチャーさん達と連携し、無茶の無い行動を心掛けると約束するのなら、私もこれ以上言いません』
その言葉に約束すると即答し、再び聞こえてくる溜め息と共に通話を切り、自分は携帯に内蔵された礼装召還アプリを機動させる。
礼装“破邪刀”
嘗ては鬼を斬ったとされるこの刀はムーンセルでの戦いでは相手にダメージを与えると同時に一定確率でスタンさせる効果を持っていた。
それが現実という干渉を受け、本来の役目、本来の効果を発揮できるのであれば恐らくは宝具クラスの代物になるだろうとアーチャーは語る。
“破邪刀”の真の役割。それは鬼を斬った事により文字通り破邪の効果を現す事だろう。
魔を滅し、妖を祓い、邪を調覆させる破邪の刀。それがこの破邪刀の本当の力。
ノイズが魔に連なる存在だとすれば、恐らくはこの破邪刀も通るはず。足にもう一つの礼装、強化スパイクを装備し、速力を強化した自分は急いで現場へと急行した。
結果的に言えば、実験は成功。礼装破邪刀は此方の狙い通りの効果を発揮し、十分な成果を挙げる事が出来た。
アーチャーやセイバー、キャスターの行動や何故かコスプレ姿で巻き込まれている響ちゃんと女の子の様子を伺いながら戦えていた事から、どうやら自分も少しは成長できていたようだ。
……ただ、その時の自分は少し舞い上がっていたのだろう。あの後立ち去り際に良く現場を注意しないで去った自分のミスである事にはなんら変わりない。
何故なら。
「貴方が岸波白野……さんですね? 申し訳無いが私達と一緒に来て貰いたい」
翌日、モノホンの風鳴翼さんが自分が買った筈のCD片手に黒服のお兄さんを連れてバイト先に押し掛けてきたのだ。
え? 何この羞恥プレイ?
岸波君って、メンタルのタフさだけならOTONA顔負けが気がしないでもない。