次回はいよいよなのは編の最終回!
あれから一週間。俺達岸波白野とそのサーヴァント達はユーリとの思い出作りをする為、様々な場所へと足を伸ばした。イギリス、フランス、アメリカ、ロシア。それこそ様々な国をその日の気分で向かい、そして遊び倒した。
アメリカでカジノを楽しむ序でに有名マフィアグループを一掃したり、核兵器を積んだ豪華客船にテロリスト達と一戦交えた際には自称コックさんと共にやりたい放題に無双したりもした(主にサーヴァント達がだが)。
また時にははやてちゃん達も誘ってハワイで遊びに行った時は、リップの水着姿に誰もが驚愕したものだ。
何せ驚異の160を誇る伝説の超バストだ。“りっぷ”と平仮名で書かれた旧式のスクール水着を着た彼女の姿は、その時海にいた観光客、地元民達を問わず、その視線を釘付けにした。
特にはやてちゃんには衝撃が大きかったようで、リップの胸を一度揉みたいと凄まじい執念から、リップとの追いかけっこを繰り広げた際には陸上選手顔負けの走りを見せつけてくれたのは記憶に新しい。
それ以降も八神家では時折はやてちゃんは乳揉み魔と化しているらしい。新たな属性が定着したはやてちゃんには今後もきっと新しい変化を見せつけてくれる事だろう。
またイギリスやフランス方面に向かった際はセイバーの故郷でもあるローマの地でなんちゃってローマの休日を体験してしまった。
自転車の後ろにローマ皇帝を乗せて走ったのは自分くらいの物だろう。その後も妬みオーラを全開にしたキャスターがセイバーと取っ組み合いになり、色んな人達に多大な迷惑を被ってしまったのも……まぁ、良い思い出にしておこう。
旅費の事はセイバーとギルガメッシュに任せた為、そこら辺の心配はしていない。キャスターも楽しんでたし、アーチャーも渋々ながら納得してくれた。
笑ったり、驚いたり、色々な顔を見せてくれたユーリ。泣き顔以外の彼女の表情を見れた。それだけでもこの一週間の時間は無駄では無かったと俺は思う。
そしてバイト先でお世話になっている士郎さん達の事だが、……なんていうか、一生自分はあの人達に頭が上がらないと思う。
たった数ヶ月のバイト期間の癖に、度重なる突然の休みと入院、厄介処か多大な迷惑を被った筈なのにバイトを辞めると言った時は嫌な顔一つしないで「お疲れさま」と、ただ一言だけ告げただけだった。
恭也さん達も何も言わずに納得だけしてくれるし、もうね、有り難過ぎて別れの際はあの人達の顔を直視出来なかった。
……そう、この街は居心地が良い。良すぎると言って良いほどに人に優しく、安らぎを与えてくれる。だから───否、だからこそ自分達はここから去らなければならない。
優しさに甘えてしまいそうだから。溺れてしまいそうだから。
それが悪いとは言わない。ただ、それは違うと自分の中にある何かが叫んでいる。
だから今日、俺達は発つ。
極めて近く、限りなく遠い明日へ。
◇
「本当に、いっちゃうんですか?」
海鳴市の海岸沿いにある公園。朝日に照らされ、潮風に髪を靡かせながら高町なのは目の前の人達に問う。
今この場にはマテリアルズとフローリアン姉妹、ユーリと白野達、そして高町なのはしかいない。
既にフェイト達は彼等に挨拶を済ませたのだ。涙を目尻に溜ながら、それでも気持ちよく別れを終えた彼女たちは他にやることがある為に、ここにはいない。
本来ならなのはもフェイト達と共に一旦下がらねばならないのだが、どうしても納得できない故に公園から去る事は出来なかった。
そんな少女の問いを白髪褐色肌の偉丈夫、アーチャーが別れを惜しむなのはに苦笑いを浮かべながらその問いに答えた。
「済まないななのは嬢。だが、これは始めから決まっていた事なんだ。私達も、そして私達の主も、それを承知の上でここにいる」
「……そう、ですか」
悲しげに俯くなのはにアーチャーは苦笑いを浮かべる。無理もない。岸波白野達の旅路は帰り道のない一方通行の片道限定だ。一度世界を移動したら、元の世界に戻ってこられる可能性は限りなくゼロに近い。
そしてそれはマテリアルズやフローリアン姉妹にも言えることだ。未来からの……それも異世界からの来訪者だと知れば次に会える機会など無い事くらい小学生の彼女にも理解できた。
今日が最後。知った人間と今生の別れをする事になったなのはは、初めて感じる寂しさに胸の奥がズキリと痛んだのを感じた。
そんな彼女にアーチャーは苦笑いを浮かべながら少女の頭に手を乗せた。堅くて暖かい。父親と良く似た無骨な掌の温もりになのはは顔を上げる。
「別に死ぬわけではないさ。我々が往くのはこことは違う少し遠いところへ移動するだけ。……君達は世界を開拓する組織に属するのだろ? ならば、またいつか、どこぞの世界でバッタ出会うかもしれんぞ?」
その言葉になのはの顔に光が灯る。これで別れじゃない。いつかまた会える可能性を知った彼女はアーチャーに満面な笑顔で返事をした。
「ハイっ! 私、待ってます! 皆さんとまた会えることを!」
元気な返事、その事にアーチャーは満足そうに頷くと、なのはは踵を返して走り去る。
けれどその時、一度だけ振り返って……。
「ユーリちゃん、ディアちゃん、レヴィちゃん、シュテルさん、アミタさん、キリエさん! また会おうねー!」
左右に束ねた二本のツインテールを揺らしながら、なのはは既に去ったフェイト達を追って街の中へと走り去った。
その様子を微笑みを浮かべながら見送るアーチャーに、二人の影が近寄った。
「ちょっとアーチャーさん? 幾ら女性に飢えてるからといって小学生に手を出すのは流石にどうかと思いますけど?」
「いきなり現れて何を言い出すんだキャスター。どこをどう見ても幼子を諭すお兄さんの図であっただろうが」
「いいや、目が厭らしかったぞ。獲物を前にした狼の目だ。何故そんな事言い切れるかだと? それは余だからだ!」
「誇らしげに胸を張るな。そんな有り様だから淫蕩皇帝なんぞと呼ばれるのをいい加減知れ」
いきなり絡んできた二人の女性、セイバーとキャスターから掛けられるロリコン疑惑にアーチャーは先程までの爽やかスマイルから一気にゲンナリさせる。
「というか、お前達は別れを済ませたのか? 時間的にもうそろそろ始まる頃だろ?」
「無論、既に余はレヴィ達マテリアル娘と別れの挨拶を済ませた。これが最後になりそうだからな、めい一杯堪能してきたぞ!」
ほっこり顔のセイバーを後目にアーチャーは視線を遠くに向けると、海側に大きく描かれた魔法陣の近くで目を回しているレヴィと、髪をかき乱されたシュテルが疲れ切った様子で呆けている。
その凄惨さにその時の惨事を思い浮かべたアーチャーは嗚呼と、達観した様子で溜息を零す。
「私も既に別れを済ませました。アミタさんは兎も角、キリエさんが少々礼儀というモノが知らないので少し教育して差し上げたかったのですが……時間が無かったのが堪らなく悔しいです」
軽く舌打ちをするキャスターに苦笑い。そんな彼女の熱意を感じ取ったのか、向こうの方でキリエが辺りを見渡しながら青い顔をしていた。
それぞれが別れを済ませる中、アーチャーはある事に気付く。それは自分達の中でも一番の問題児とされるAUO、ギルガメッシュの存在だ。
「そういえば、英雄王はどうした? 先程から姿を見せないようだが……」
「我を呼んだか雑種」
声のする方へ振り返れば、横にあったベンチに優雅に腰掛ける英雄王がいた。
……何気にベンチを金箔にしている辺り、彼の黄金に対する並外れた拘りが垣間見える。
「英雄王、貴様は……いや、貴様は誰かに対し一々別れを告げる男ではなかったな」
「当然だ。何故雑種如きにこの我自ら礼を言わねばならん。最も、既に向こうから頭を垂れにきていたがな。雑種といえども王に礼を尽くす姿勢は関心するがな」
そう言って、ギルガメッシュはマテリアルズ達の方へ視線を向ける。何だと思いアーチャー達も振り返ると、レヴィやシュテルとは違いディアーチェだけは敵意と悔しさを滲ませながらギルガメッシュを睨みつけていた。
若干涙目になっている彼女を、ギルガメッシュはニヤニヤと悪い笑みを浮かべている。その様子から最後にまた何かやらかしたなと察したアーチャーは、追及する事なくギルガメッシュから視線を外す。
しかし。
「だが、そんなものは単なる余興よ。これから起こる父と娘の最後の別れを見るのだ。愉悦を嗜む者としては見過ごすことは出来まい?」
そう言ってくるギルガメッシュにアーチャーの目が鋭くなる。二人の別れを楽しむ。そう言いきるギルガメッシュの悪趣味さにアーチャーは少なからず敵意を抱くが……。
仕方ない。この別れを言いだしたのは他ならぬ岸波白野とユーリなのだ。互いのやるべき事の為に別れをする事になった二人を、誰かがとやかくいう事は出来ない。
ならば、後は見守るだけ。その事を察したキャスターとセイバーも二人に干渉することなく、遠巻きで見守る事にしたのだろう。
もうじき、儀式が始まる。別れの時が刻一刻と迫る時間の中で、彼等サーヴァントは二人の親子の行く末を静かに見送る事にした。
◇
ユーリ、忘れ物はないかい? ハンカチは持った? ティッシュは忘れていない? アーチャーから貰った弁当は向こうに行ってから皆で食べるんだよ?
「だ、大丈夫。ちゃんと全部持った」
大丈夫といき込んでいるユーリだが、不安が拭えない。この子はしっかりしているように見えて実は結構抜けている所があるのだ。
旅行の際にお土産を買い忘れたりするし、少し目を離せば一人でどこかに行ってしまう。迷子になった時、見知らぬ場所で一人ぼっちになって泣きそうになっているのを知っている身としては、ユーリのこれからを心配になるのは仕方のない事だと思う。
もう一度ユーリに忘れ物をないか確認する。と、その時。キリエちゃんとアミタさん達フローリアン姉妹がそれぞれ申し訳なさそうな表情で此方に歩み寄ってきた。
「白野さん……その、本当に良かったんですか?」
アミタさんの質問に自分は目を丸くした。え? どしたの?
「だって、その……私達の為にユーリと、娘さんと別れる事になったんですよ? 私達に対して何も思う事はないんですか?」
悲しげに、そして不安に表情を歪めるアミタさん。……まぁ、確かに端から見れば彼女達の為にユーリと別れるのはそういう風に見られても仕方ないのだろう。
彼女たちの住まう世界は“エルトリア”。未来の世界で且つ異世界の場所だ。喩え時間旅行の術を持つ自分達でもそこに辿りつくのは至難の業だろう。
だから、実質ユーリとはここで別れる事になる。それが分かっているから、アミタさんは自分達が悪いというような口振りで尋ねてきたのだろう。
けれど、それは違うと自分は明確に否定する。何故なら、その世界に往くと決めたのは他でもない、ユーリ自身の意志によるものだからだ。
娘が自分からやりたい事を言い出したのだ。それを応援してやりたいと思うのも親としては当然の感情なのではないだろうか。
故に、君達にはなんの非はない。そう言うとアミタさんは感極まったのか、泣きそうになるのをグッと堪えながら自分に頭を下げる。
「白野さん。私、貴方の事絶対に忘れません。私の故郷を助けてくれて、ありがとうございます」
真摯の籠もった礼に自分は良いよと返す。彼女たちは自分の故郷を救いたいが為にここまできたのだ。特にキリエちゃん。彼女は姉の反対を押し切り、周囲を敵に回そうとしてまで故郷を救おうと頑張ったのだ。その事を誰も責めやしないし、自分もまたそんな彼女に尊敬するのだ。
だけど、そんな彼女達に一つお願いがある。色々迷惑を掛けるだろうユーリを、どうか面倒を見てやって欲しい。
そう言うと、キリエちゃんもお姉さんに倣って頭を下げ……。
「絶対、守ってみせます。私の故郷が元に戻っても、その先もずっと私達が守ってみせます」
誓うように宣誓するキリエちゃんに自分は安堵する。娘を頼む。そう言うと二人揃って大きな声でハイっと返事してくれた事に頼もしさと共に嬉しさがこみ上げてくる。
これで思い残すことはない。いや、無いことはないが、それでもユーリを託す事の出来る最後の覚悟が完了できた。
そんな時だ。公園の中心に青白い魔法陣が現れると、黒い法衣を纏った少年、クロノ君が杖を携えながら姿を現す。
「時間です。皆さん、準備はいいですか?」
その言葉にユーリと自分は手を繋ぎ、海側の方に描かれた巨大な魔法陣の方へ一緒に歩き出す。
この一週間、遊びに出掛けた際に繋いだ娘の手のぬくもり。それを離すと思うと、自分の胸の奥で言い知らぬ痛みを感じた。
◇
海鳴市の海を背景に、魔法陣に立つユーリ達。その背後には亀裂が浮かんでいる。魔法陣を使い、彼処を通って元の時代と世界へユーリ達を送るというのが今回の儀式の内容だ。
次元の裂け目。それは管理局の人達が次元を渡る際に使う次元の海ではなく。時間と時空、そのどちらもが曖昧となった虚数空間と呼ばれる空間と似ているもの、らしい。
そしてそれが先の闇の書事件でギルガメッシュが放った宝具の名残だと知った時はそれは驚いたものだ。
何せ目の前のアレが原因でアミタさんはこの時代に妹のキリエちゃんを追う際に次元の嵐に巻き込まれ、目を回して全く別の世界に跳ばされ、その時に気絶してピチピチ過激団に捕まる羽目になり、この裂け目を塞ぐために管理局の人……主にリンディさん達にエラい目に合わせた大本らしいのだ。
……うん、やはりノリで彼の宝具を使わせるのは不味いな。この時自分は今後は使い所を良く考える事を決めた。
というかあのAUOは何故この事を黙ってた? 問いただしてみた所「その方が面白いから」らしい。
ウチの王様にも困った事だ。そんな事を考えている内にクロノ君が儀式開始の合図をする。
「では、これより転移を開始します。危険なので白野さん達は下がってください」
クロノ君の指示に従い、魔法陣から離れていく。青白い光がより強くなっていく時、それが本当に別れの合図なのだと嫌でも気付かされる。
魔法陣の中心に立つユーリ達。感情で胸がかき乱されそうになるのを堪えながら、彼女達を見据えた。
……後悔はない、と言えば嘘になる。けれど約束したのだ。あの時、ユーリと別れの挨拶をした時にサヨナラは笑いながらしよう、笑顔のまま別れを告げようと、そう約束したのだ。
だから、胸の奥から沸き上がる感情は抑える。それはユーリも望まないし、何より自分がそんな別れはイヤだから。
「ユーリよ、達者でな」
「君達との生活は、中々楽しかったぞ」
「其方に行ってもお元気で!」
セイバー達の別れの声が耳朶に届く。嗚呼もうすぐだ。もうすぐ自分は娘と呼んだあの娘と別れる。それは永遠に近く、そして二度と会えない事を意味している。
感情で胸が締め付けられそうになった時、ユーリと目が合った。……酷い顔だ。泣きそうになるのを必死に耐えながら笑顔を振り撒く彼女の姿は、いっそ痛々しく見える。
……何をやっているんだ俺は。こんな時にまで娘を泣きそうにさせて、これでは親と名乗るにはあまりにも不格好だ。
情けない。結局自分は娘一人笑顔で送ってやれない。
そんな考えが頭に過ぎった時、ふと身体が一歩前に出た。
そうだ。分かっていた事だ。こんな時に自分がどうするべきか、どう言葉を紡ぐときか。
そう思ったとき、自然と喉から声が出た。
「ユーリ!」
「っ!」
「絶対に会いに行く! 何年掛かるか分からないけど、何十年掛かるか知らないけれど、それでも絶対会いに行く! ────だから!」
“またな”
そう声高に叫んだとき、ユーリは目を一瞬見開いて。
「───はいっ!」
大粒の涙と共に大輪の笑顔を咲かせながら、光と共に消えていった。
眩い光。それが一瞬だけの輝きと知る頃には、海鳴の公園に描かれた魔法陣は綺麗サッパリとなくなり、ユーリ達もまた姿を消していた。
◇
「………行ったか」
「さて、我々も行くとしよう。次の世界への座標も整ってきた所だろう」
ユーリ達を見送った後、次は自分達の番だとセイバー達は公園を後にしようとする。
けれどその時、その場から離れようとしない白野が目に入った。どうしたんだと思い声を掛けようとするセイバーだが、その様子から彼が今どんな心境か察し、声を掛けず、ひとまず先に拠点に戻ることにした。
その場で立ち尽くす白野。何も言わず、ただ水平線を見つめ続ける彼の所に唯一残ったギルガメッシュが空気を読まず声を掛けた。
「おい雑種、何を呆けている。我を待たすのは万死に値するものだと貴様は知っている筈だぞ」
相変わらずの上から目線、付け加えて容赦ない物言い。けれど白野はそれでも応えず、ただ水平線を見続けていた。
僅かに、白野の身体が震える。それを目の当たりにしたギルガメッシュはヤレヤレと嘆息しながら彼の下へ近寄り、彼の頭にポンと掌を置いた。
「雑種、貴様はあの娘に生きる意味を教えた。生きる楽しさを学ばせた。辛さも、痛みも教え、あの娘の為に命懸けで身体を張った。貴様は正しく、あの娘の父であった。───故に」
「泣くな」
諭すように語りかける英雄王。しかし、それでも岸波白野の涙は止まらなかった。
父と娘の別れ、そんな時でも海鳴の空はどこまでも青かった。
次回は凛達の選択。果たして彼女達はどの道を選ぶのか?