─────温かいモノを信じていたい。温かいモノを守っていたい。そんな未来を夢見て永い眠りについた自分を知っている。
だから、この体はきっと─────そういもので出来ていた。
『なんだ…………お前は?』
目の前の巨人の驚愕に満ちた声に少しだけやり返せたように思えた自分は、僅かに口端を吊り上げる。
自分を捉えて振り下ろされた巨人の拳は一本の輝く剣を前に完全に停止していた。
手元を見て嗚呼、と声が洩れる。握り締めた手の中に収まっているのは以前闇の書の内部から脱出する際に使われた聖剣。アーサー王が奮ったとされる“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”だった。
目の前で光り輝く聖剣を前に、自分は再び力を貸してくれた王に心の内で感謝する。
『このぉ、アジな真似をぉぉぉ!』
死に体だった自分に拳を止められたのがそれ程屈辱的だったのか、目の前の巨人は声を荒げてもう一度拳を振り上げる。
その手には先程以上の力が込められており、今度こそ潰してやると息巻いているように見える。
相変わらず此方の方は未だ動けやない。聖剣のお陰で今の一撃は防げたが次も防げるかどうかは……正直言って自信がない。
だが、それは些細な心配だ。例え自分には借り物の力しか震う事しか出来なくとも────。
「ディバイン────バスター!!」
「サンダー……スマッシャー!!」
ここには自分と違い、確かな力を持った心強い味方がいるのだから。
『なぁにぃ!?』
頭上から触り注げられる桃色と黄色の閃光に巨人は為す統べなく後退する。
「白野さん!」
「大丈夫ですか!?」
そして自分と巨人の間に割って入ってきたのは白と黒、の幼い魔法使いだった。
「─────って、酷い傷じゃないですか白野さん!?」
「そんな傷でよく立っていられますね!?」
と、自分の方へ振り向いた二人が揃って顔を青ざめて絶句する。ああ、そういや腹をぶち抜かれたんだっけ。
今は礼装のお陰で傷は塞がっているが……いや、改めて見れば体中血塗れだ。確かにこの格好は小学生には些か刺激が強すぎたか。
せめて心配はないという事をアピールする為、敢えてお決まりの台詞を吐く。
────大丈夫だ。問題ない。
「それ全然大丈夫じゃないですよぅ!」
「ハクノ、絶対病院に行った方がいい」
─────どうやら、選んだ台詞が拙かったのだろうか。先程よりも真剣な剣幕で詰め寄ってくる二人に自分は思わず後ずさる。
い。いやね。確かに先程までは軽く死にかけましたけど、今は大分楽になったんですよ? その証拠に折れた筈の腕から何の痛みも感じませんから。
「それ、単に痛覚が麻痺してるだけですよぉぉぉ!!」
「ハクノ、兎に角今すぐ病院行こう。大丈夫、注射が痛いのは最初だけ」
何だろう。自分が言葉を発すればそれだけなのはちゃん達が混乱しているような気がする。フェイトちゃんは比較的落ち着いて────あ、ダメだ。この子目を開けたまま気絶してる。瞳に光が宿ってない。
気絶していながら相手の事を思いやるなんて、なんて健気でいい子且つ器用な子なんだろうと、暫し場違いな事に考えを浸らせていると。
『がぁぁぁぁっ!!』
雄叫びを上げながら拳を振り下ろしてくる巨人を前に、我に返ったなのはちゃんと意識を取り戻したフェイトちゃんが自分の腕を掴んで飛翔する。
振り抜かれた巨人の拳は自分たちに当たる事はなく、地面に深々と突き刺さる。
巨人の力が強すぎたのか、巨人は突き刺した状態で宙返り、そのまま仰向きに地べたに倒れ伏す。……その行動には理性と呼べるモノが何一つ見受けられなかった。
……おかしい。あの策略に秀でた陰険眼鏡が無意味に力を奮う事にどうしようもない違和感を覚える。また何か余計な策謀を張り巡らせているのか?
「多分、違うと思います」
と、自分の呟き声が聞こえてしまったのか、なのはちゃんは真剣な眼差しで巨人を見下ろしている。
「恐らくはユーリを操っていた者自身が、ユーリが送り込んでいる力に耐え切れなくなったんだと思う」
そしてフェイトちゃんは自分なりの考えを自分に教えてくれる。……成る程、確かにそれは納得の出来る話だ。
ユーリの内封していた力はそれこそ無尽蔵に溢れてくる。幾ら戦闘機人とはいえ無限に押し寄せてくる力という波には対処しきれず、処理仕切れなくなって暴走を始めたのか。
なのはちゃんとフェイトちゃんの優れた観察眼により、状況は何となく理解できた。────さそれはそれとしてだが、人に呟き声が聞かれるのは何となく恥ずかしいモノなのだな。
巨人が倒れ伏している間になのはちゃんとフェイトちゃんは巨人との距離を充分に開けた位置に自分を下ろしてくれる。
そこには、はやてちゃんと守護騎士達の八神家メンバーとレヴィちゃん達マテリアルズ、そしてウチの最大戦力であるセイバー達が自分の戻りを待っていてくれた。
ただ、見事にボロボロとなった自分の姿にセイバーは大きく目を見開かせ、アーチャーは心底呆れたように溜息を吐き、ギルガメッシュに至ってはつまらなそうに舌打ちを打っていたなど、それぞれ反応を見せてくれた。
けど……何でだろうか。キャスターだけは送り出してくれた時と同じようにニコニコと変わらぬ笑みを向けてくれている。
何故だろうか。そんな彼女に途轍もなくイヤな予感がするのは……自分の気の所為か?
「シャマルさん! 白野さんに治癒を!」
「分かった!」
と、キャスターの奇妙な態度に呆けていた間に、バリアジャケットに身を包んだシャマルさんが自分に向かって駆けだしてくる。
目の前で立ち止まり、改めて自分の体を見ると、ギョッと目を丸くして驚きを露わにしている。
気を取り直してシャマルさんは指輪に軽く口付けをすると、自分の周囲を淡い光の渦が包み込み自分の体を治癒していく。
キャスターの治癒術も相当だが、シャマルさんの治癒魔法も相当なものだ。体中の傷が見る見る内に癒えていく。
やがて光が収まる頃には自分の体に付いた傷は全て癒え、気分も大分よくなっていた。
「これで全ての傷は修復しました。けれど、ダメージまで消えた訳じゃありませんから……どうか、ご自愛下さい」
そう言ってシャマルさんは頭を下げてはやてちゃんの所に戻る。彼女は暗にこれ以上無理するなと言ってくれているが、正直それは出来ない。
何せ、自分はまだ取り戻していないのだ。あそこに囚われた娘を、まだ自分は取り返せてはいない。
「全く、あれほど啖呵を切って出て行ったというのに返り討ちとは、我がマスターながらつくづく情けないものよ」
「英雄王に同意するわけではないが……まぁ、確かに骨折り損であることは否定しきれんな」
「ふん! そこの男二人は何も分かっておらん! 奏者はユーリの心を先に救おうとしたのだ。うむ、余には分かっておるから安心するがよいぞ」
「うふふふふ」
ギルガメッシュの呆れ、アーチャーの溜息、そしてセイバーのフォローに苦笑いしか浮かばない。そしてキャスターは……うん、なんというか物凄く不気味だ。けどここで変に反応すると余計怖いので取り敢えず後回し。
未だ倒れ伏した状態の巨人を尻目に自分は皆に向き直る。──────情けない事だが、今の自分ではユーリを助けることは出来はしない。
『グゥゥゥゥ……』
だから、力を貸して欲しい。此方の問題で巻き込んでしまった上に、図々しいだろうが……頼む。自分に─────俺に、娘を助けるだけの力を貸して欲しい。
そういって皆に頭を下げる。格好悪い話だが自分一人でどうこう出来る相手じゃない。手にした聖剣は今の所消える様子はないが、騎士王の剣をいつまでも借りている訳にもいかないし、何より自分の魔力が持たない。
闇の書内部では精々二発が限界だった。……いや、実際は何かがブーストされて二発も撃てたとも言える。
どうして自分の手に顕現されているかは不明だが、この力もいつまで続くのかは分からない。
だから頼んだ。手前勝手な言い分だとしても今の自分に頼れるのは皆しかいない。
すると。
「全く、何を言うのかと思えば……雑種、さっさと顔を上げよ。我以外に頭を垂れるなど、我に対する侮辱だとまだ気付かぬか」
「私は君のサーヴァントで君の為の剣だ。今更その問答は愚問というものだぞ」
「私もです! ユーリちゃんとはもっとお話したいですし、それ位お安いご用です!」
「せやせや、困った時はお互い様。それに、白野さんにはいつか助けて貰ったお礼もせなあかんかったし、丁度ええタイミングや。皆もそれでええな?」
「はい。……白野、貴方の意志と覚悟、しかと見させて頂きました。ならば、次は我らが示す時」
「ふっふっふ、ここで我の強さを示せば自ずと塵芥共も私の凄さに恐れおののくのは確定的に明らか、よいぞ! 存分に暴れてやろうではないか!」
「あ、今王様が喋ってたの? 全然気付かなかった」
「…………」
「王よ、どうか膝を抱えて座り込まないで下さい。大丈夫、キャラ立ってますよ」
「ふふん! 奏者に言われずともユーリは余の娘とも呼べる童! 救わずにして何が母か!」
自分の声に、言葉に、それぞれの反応がそれぞれの言葉で返ってくる。
そのどれもが自分の言葉に同意してくれる事に、岸波白野の胸には言いし難い熱いモノが込み上げてきた。
ありがとう。そう呟きながら巨人の方へ振り返る。先程まで倒れていた筈の巨人は側にあったビルを支えに立ち上がる。
その姿は最初に見たときよりも歪になっていた。左腕は触手の様に変異し、右腕は獣の顔が幾つも浮かび上がってそれぞれ雄叫びを上げている。
その異形な姿はクリスマスに起きた闇の書事件の暴走体を連想させる。ならば、その回復力も並外れて高いに違いない。
だが、ここで引く訳にはいかない。未だあそこで苦しんでいるユーリを助ける為にも、今は一刻も早く動くべきだ。
────行くぞ! その言葉を口にした瞬間、皆がそれぞれに瞬時に行動する。
なのはちゃんが桃色の光を幾つも放ち、巨人を牽制する。
巨人の触手がなのはちゃんに目掛けて放たれるが、閃光となったフェイトちゃんが触手を切り裂き、なのはちゃんの援護をしている。
巨人の向かいビルにはアーチャーとシグナムがそれぞれ弓矢で狙撃、炎と爆撃が同時に押し寄せてくる衝撃に巨人は後ろに後退する。
そこをすかさずセイバーが追撃、その舞踏服と同様、真紅の大剣を巨人のアキレス健を裂く様に振り抜き、だめ押しとばかりにヴィータちゃんの鉄槌が巨人の眉間に向けて振り下ろす。
バランスを崩され再び地面に倒れ伏す巨人、すぐに立ち上がろうと近くのビルを支えにするが……。
黄金の帆船────ヴィマーナに跨がった英雄王とディアちゃん、そしてはやてちゃんがそれを許さないとばかりに刀剣と魔力の雨を降り注がせる。
……遠巻きに見て思ったが、全く遠慮する事をしない彼等に自分は疑問に思う。
ユーリ、大丈夫だろうか?
呆然となって見ていたが、全員が全員容赦なく攻撃している。────ヤバい。何がヤバいってあの中にいるユーリが心配でたまらないくらいヤバい。
巨人の方もその再生機能をフルに活用して傷を治しているが……その度にボコボコにされる様を見て。
何故だろう。確かにあそこにいる腹黒眼鏡には自分も思う所はあるし、寧ろ怒りを覚えた相手であるのだけれど。
なんでかな、いいようにフルボッコにされている様を見ていると、怒りよりも憐れみが浮かんでしまう。
だが、そんな余裕に似た考えも束の間、無限にも等しい力を得た巨人はその驚異の再生能力で徐々に此方の戦力を圧し始めていた。
やはり決定打が無いのが痛手なのか、破壊した途端に傷を修復し、襲いかかってくる攻撃にアーチャー達は兎も角なのはちゃんやフェイトちゃん等の子供達は少しずつ疲労の色を見せ始めていた。
レヴィちゃんやシュテルちゃんもフォローに回る事で何とか保っているみたいだが、それも限界に近い。
何せ皆の持つ魔力量は有限、無限と呼べる巨人の相手にするにはやはりこれといった一撃が足りていない。
このままでは拙い。だが、ここで自分が“約束された勝利の剣”を放っても巨人を仕留められる可能性は低い。
下手に強力な一撃を撃とうものなら、あの巨人はそれを学習し、その一撃に耐えうるだけの肉体に作り替えるかもしれない。
徐々に圧され始めた戦線、どうにかして手を打たなければ、ジワジワと押し寄せてくる焦りに聖剣を握った手に力がこもる。
と、そんな時だ。
「簡単な事ですよご主人様、相手が無限に再生するのであれば、此方も無限に痛めつければ良いだけの話です」
ふと、背後からの声に振り返る。そこには何故か戦線に参加せず、ずっと黙りだったキャスターが、その目をうっすらと開けて裂けた様に口元を歪ませていた。
────悪寒が走る。彼女の瞳を見た岸波白野は一瞬、しかし確かに自分の横を通り抜ける美女に対し畏れを抱いた。
「かの銀行員も言いました。やられたらやり返す、倍返しだと、ならばその言葉にあやかり───」
そして巨人の前に立ち止まると、キャスターは一度だけ振り返り。
「百倍返し、その魂が八つ裂きに切り裂かれ、輪廻転生に返れぬ程に砕いてくれようぞ」
その、恐ろしい程に美しい笑顔を向けてきた。
──────ん? なんか、キャスターさん。口調が変わってません?
そんな自分の疑問など口にする間もなく、キャスターは自身の周りに多くの札を撒く。
続いて紡がれる言葉は……言霊、神の力の一部を引き出す神秘の言霊を紡ぎ始めた。
『ここは我が国、神の国、水は潤い、実り豊かな中津国、国がうつほに水注ぎ、高天巡り、黄泉巡り、巡り巡りて水天日光』
それは神の側面として崇められ、奉られ、そして畏れ恐れられた彼女の力。“権能”
その力の一部を解放した時、世界は一時的に彼女の所有物となる。
『我が照らす。豊葦原瑞穂国、八尋の輪に輪を掛けて、これぞ九重天照らす……!』
『水天日光天照八野鎮石』
九十九の社に囲まれ、天照の力────日の本の力の一部が権限する。
はい。というわけでクアットロのフルボッコはもう暫くお待ち下さい。