それ往け白野君!   作:アゴン

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相変わらずグダグダですが、楽しんで下されば幸いです。
では、どうぞ


この手を伸ばして…… 後編

 

 

 

 氷に閉ざされた世界。生命の息吹など感じられない死の世界。

 

街の中心に陣取る紅い球体から発せられる膨大な魔力は嵐となり、今もその勢いを増しながら結界をブチ破ろうと暴れ回る。

 

そんな所に一人の……なんの武装も持たない民間人が降り立ち、騒動の原因とも呼べる少女の元へ歩み寄っていく。

 

周囲には誰もいない。何かあった時駆けつけるべき人がいない状態で少年はゆっくりと近づきつつある。

 

そんな光景を目の当たりにしたクロノは我慢できずに声を上げる。

 

「正気ですか、アナタ方は!?」

 

言葉の端に棘がある言い方になってしまったが、それを気にする余裕などない。現になのはやフェイト、八神家の面々は心配の様子で少年────岸波白野を見つめている。

 

彼は魔術師と名乗ってはいるが、その実力は 見習い同然の未熟なモノ、障壁など張れる訳でもなく、自分達と違いバリアジャケットも纏っておらず、身を守る術など持ち合わせていない。

 

そんな民間人とも呼べる人間をいつ爆発するか分からない爆弾へと向かわせる。そんな状況を生み出したとされる元凶四人に、クロノはもう一度問いつめた。

 

「彼はアナタ方にとって大事な人じゃなかったのですか!? そんな彼をムザムザ死にに行かせるような事をして、何を考えているんです!?」

 

 本来なら、彼をあそこに連れて行かせたりせず、安全な場所に避難させる筈だった。どんなに彼が行きたいと懇願しようが、実力行使をしてでも安全な場所に連れて行く……そのつもりだった。

 

だが、目の前の立ちはだかる四人の超人に行く手を阻まれ、白野はクロノ達の制止を振り切って彼女の下へ駆けていった。

 

クロノには分からなかった。いや、それはなのは達全員が抱いたモノだった。

 

岸波白野は慕われている。それぞれが別の形として彼を守り、慕って、想っている。

 

言い合いもしている所も目立つが、総じて彼等の関係は決して悪いものではなかった。そんな彼等が今度は岸波白野を死地に向かわせている。

 

本来なら一番に止めるべき彼等が、一番に白野を見殺しにしようとしている。

 

一体どうして? 疑問ばかりのクロノの思考に今まで黙っていたアーチャーが語り出す。

 

「なに、さほど難しい話ではない。ウチのマスターは底無しの阿呆なのでな。ああなっては梃子でも自分の意志を曲げん。ならば、好きにさせてやるしかあるまい」

 

「うむ。乙女を救うのはいつだって白馬に乗った王子よ。余は知っておるぞ、これを“てんぷれ”と言うのであろう?」

 

「ご主人様の意志は私の意志、そして夫の影を踏まず、妻は三歩下がって控えるもの。つまり、良妻賢母狐の私とご主人様に間違いはねーのです」

 

 アーチャーに続いてセイバーとキャスターも一応応えてはくれるが、そのどれもが説明になっておらず、はぐらかした様に思える。

 

そんな曖昧な態度を取る彼等にクロノは再度問い詰めようとするが。

 

「王の前だ。少しは控えておれ、雑種」

 

 その言葉にクロノは勿論、セイバー達を除いた全員が凍り付いた。背中越しからでも伝わる圧倒的威圧感にゴクリと喉を鳴らす。

 

静かな口調と声色ではあったが、彼から発せられる圧力と重さが次はないぞと警告している。だが、それを良しとする訳にはいかない。自分は管理局の執務官という立場に立つ人間だ。立場を持つ人間には権利がある代わり、責任と義務が存在している。

 

 言葉には出さず目で訴える。震えながらも睨んでくるクロノにギルガメッシュは一度だけ一瞥し、その様子を鼻で笑いながらも先程よりも軽い口振りで話し始めた。

 

「これは奴とあの童女の問答だ。問答というものには論ずる者と応える者が必要なだけで武器は必要ない。……要するに、無粋なのだ貴様等は」

 

「…………は?」

 

 自分達が無粋? 英雄王から返される言葉にクロノを含めた全員の頭に疑問符が浮かぶ。一体何を問いて何を答えるつもりなのだろう?

 

いや、問題はそこじゃない。無粋とは一体どういう事だろう? 脅威を前に備えるのは人としての生存本能だ。何の備えも知識もないまま脅威に近付くのは自殺行為に他ならない。現に“砕け得ぬ闇”に岸波白野が近付く様はその様に見えて仕方ない。

 

 そんな彼等の思考など読み取ったのか、ギルガメッシュはフンと鼻を鳴らしながら岸波白野ユーリのいる方角へ向き直る。

 

その紅い瞳には主への無事を祈る慈愛のモノではなく、これから起こるであろう演目に愉しみを待つ観覧者のようで、隣にいたアーチャーはため息を吐きながら同じく岸波白野へ目線を向ける。

 

これ以上語る事はないのか、四人とも何も言わず、ただ立ちふさがる様にそこに立っていた。

 

ただ、高町なのは一つだけ英雄王に質問した。

 

「あの、白野さんとユーリちゃん。二人は無事に帰ってきてくれるでしょうか?」

 

懇願とも聞こえるなのはの問い。そんな彼女の質問に……。

 

「さてな、それを決めるのは我が雑種か……ユーリであろうよ」

 

英雄王はやはり振り返らずに淡々と応えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凍り付いた外気が肌に突き刺してくる。半袖という薄着を差し引いてもこの冷たさは異常だと自分の本能が告げている。

 

夏を控えた季節だというのに、まるで南極にいるみたいだと錯覚する。凍り付いた街、凍り付いた世界。生命の息吹が感じられない死の世界なのはここが結界の中という事だけが原因ではないだろう。

 

そんな死の世界で────。

 

「………………」

 

 氷よりも冷たい無機質なユーリの視線が自分を貫いている。

 

まるで機械だ。そんな言葉が一瞬浮かんだが、即座に頭を振って否定する。ユーリは機械ではない。確かに生身という意味では違うかも知れないが、それでも自分達と同じように笑ったり怒ったりする感情のある生命だ。

 

きっと誰かに操られているのだろう。ここに来るときBBから大まかな話は聞いたが…………どうやら、戦闘機人に捕まったのが自分の所為だと思いこんでいたらしい。

 

確かに奴等はユーリを狙っていたらしいが、別に誘拐された事自体は自分の不甲斐なさが原因だ。ユーリが気に障る事はない。

 

だが、そうですかと簡単に納得できなかったのだろう。ユーリは優しい娘だ。事の全ては自分の所為だと思い込んで、どうしようもない気持ちで一杯になって………。

 

 助けよう。今すぐに。ユーリがこんな事をするなんて何より彼女自身が望んでいない筈だ。

 

宙に浮かんでいるユーリを見つめながら、自分の足が一歩前に出る。そんな時だ。

 

『あらあら~? どうしてアナタがそこにいるんですかぁ? 人間さん?』

 

─────!

 

突如、人を小馬鹿にしたような声色の声が周囲に響きわたる。……この口振り、間違いない。ピチピチ過激団のトーレと一緒に襲ってきた腹黒陰険眼鏡────クアットロ!

 

『はぁいご名答! その様子だと私がなんの為にここにいるか分かっているみたいね』

 

ケラケラと笑いながら響いてくる声に自分は苛立ちを募らせながらも事の全てを把握した。奴は戦闘能力自体はなく、幻術で相手を翻弄するのが得意だと言った。その幻は人間に対して視覚的に惑わすだけでなく、機械……システムにも干渉出来る能力なのだと 。

 

人でもあり一つのシステムでもあユーリには奴の能力は効果覿面だったようだ。

 

どこかで高笑いしながら眺めている腹黒眼鏡に舌打ちを打つ。だが、これで原因が掴めた訳だ。後はソイツをとっちめてユーリを元に戻すだけ。

 

問題はその犯人である腹黒眼鏡をどう捕まえるかだが……何せ探索範囲は街中全土だ。その中から奴を見つけ出すには些か厳しい。

 

だがやらなくては、ユーリを助け出す為にもこの騒動は早い所終わらせねば………。

 

『あら? もしかして……私を捕まえれば全て終わりだと思ってません? だとしたらそれはトンだお門違いですわよ』

 

………なに?

 

『私がやったのはただの精神干渉、確かに私がこうなるよう誘導したのは認めますが……そこから先はその子自身が決めたこと』

 

ドクン。腹黒眼鏡の言葉に心臓の音が跳ね上がる。

 

では────何だ? この騒動を終わらせるには腹黒眼鏡を捕まえるのではなく………。

 

『そう、この異変を終わらせるには私ではなく、その娘を────』

 

 

 

“殺す事”

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、頭の中が沸騰したような錯覚を覚えた。周囲に腹黒陰険眼鏡がいないか辺りを見渡すが、それらしい姿はどこにも見えない。聞こえてくるのは冷たい冷気の風とクスクスと自分を嘲笑う声のみ。

 

『確か、アナタはその娘からお父さんと呼ばれていたそうじゃなぁい? なら殺し合いなさい。父と娘、仲睦まじい親子の殺し合いを! うふふふふ、アハハハハハ!』

 

その耳障りな笑い声を最後に腹黒眼鏡の声は聞こえなくなった。本当に悔しくて腹立だしいが、今自分がするべき事は奴を追う事じゃない。

 

もう一度、ユーリと向き合う。その瞳は先程と同じく無機質な機械の様で、その紅い眼に一瞬身を震わせるが……大丈夫、落ち着けと自身に言い付ける。

 

あの陰険眼鏡に言いように言われたが、なにもそんな戯れ言に従う必要はない。ユーリが正気であるというのなら、此方が言葉を尽くして語りかけるだけの事。

 

そう思い一歩踏み出した……瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 極大に圧縮された魔力の光が自分の腹部を貫いた。

 

───────っ!

 

痛みが襲ってきたのはそれから数秒経った後だ。

 

灼けるような痛みが腹部から前進にジワジワと巡りながら押し寄せてくる。その激痛に耐え切れず、自分は貫かれた腹部を手で押さえながら地面に膝を着く。

 

痛い。槍で貫かれたような錯覚を覚えながら、魔力の弾が放たれた方へ視線を向けると。

 

「……………」

 

 そこにはやはり、無機質な表情と眼で自分を見下ろすユーリが此方に指を向けて宙に佇んでいた。

 

ユーリがやった……のか?

 

認めたくない事実に痛みよりも驚きが大きかった。

 

─────嘘だ。と、そんな言葉が出るよりも先に、ユーリの周囲には無数の魔力の弾が浮かび上がり……。

 

「フォトンランサー、ジェノサイドシフト……ヴァリアヴルモーション」

 

赤黒い魔力の弾が嵐の如く降り注いできた。

 

襲い来る脅威にポケットに仕込んでいた携帯を操作し、ある礼装を顕現させる。

 

“強化スパイク”キャスターとの追いかけっこの際に使用可能となった礼装により自分の速度が劇的に向上する。

 

その速力を以て襲い来る魔力弾の嵐を横に逃げることで回避、完全に避けきったものだと思われたが……。

 

 甘かった。速度を上げれば何とか回避できると思われた魔力弾の群に、幾つか追尾機能が施されていたようだ。

 

肩が抉られた痛みが自分の動きを僅かに鈍らせる。ポタリと滴れ流れる血が肩から手に伝わって地面に落ち、氷の大地に赤い斑点が彩らせられていく。

 

止めるんだユーリ! そう声高に叫んでもユーリは眉一つ動かさずに相変わらず自分を見下ろしている。

 

冷たい眼だ。本当にこれがあのユーリなのかと、一瞬だけ疑ってしまった。

 

あの闇の中でいた時よりも、更に深い奈落のような……そんな暗く、冷たく、悲しい眼をしたユーリ。

 

そんな彼女に自分は手を差し伸べて告げる。帰ろうと、帰って温かいご飯を一緒に食べようと。

 

父と呼ばれて嬉しかった。娘と思えて嬉しかった。そんな日々が過ごせて楽しかった。

 

あの時の笑ったユーリはどんな花よりも綺麗で可愛かった。だから……

 

「戻ってこい! ユーリ!」

 

手を差し伸べて、力強く叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────けれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなモノ、私には必要ありません」

 

そんな自分の言葉に返ってきたのは、なんの感情もない無機質な声と。

 

自分の腹部を貫いた紅い腕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 倒れ伏した岸波白野を見て、ユーリは背中に生えた異形の翼を見やる。

 

“魄翼”魂すら抜き取る手の形をした紅い翼は、ポタポタとその腕の色とは別の赤い雫を垂らしている。 

 

これで……終わった。血溜まりの中に沈む彼の姿をもう一度見つめ、ユーリは自身がもう後戻りが出来ないことを悟る。

 

…………戻る? 一体、自分はどこに戻るというのだろうか? 元から居場所などない。破壊し、破壊され、滅ぼしながらも滅びず、未来永劫“負”をまき散らすのが自分の役割だ。

 

未練など今更感じない。後悔など腐るほどしてきたが……その全てが無駄に終わった。

 

自分は“砕け得ぬ闇”だ。滅びず、消えず、仮に消えても必ず甦る不滅の存在。

 

闇は消えない。光が強ければ強いほど、闇は濃く、暗く、黒くなる。

 

だから消えない。消されない。そう望まれたから、そうなるように造られたから。

 

だから壊す。憎しみも悪意も悲しみも怒りも、その全てを私の糧にする。

 

もう、自分には何もいらない。────だから。

 

「消してしまおう。ここにあるモノ、その全てを……」

 

全ては唯の夢、闇である自分には悪夢でしかないこの街を、その全てを消すことで終わらせよう。

 

…………さぁ、終わらせよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────ジャリ。

 

 

「─────っ!?」

 

その音に“砕け得ぬ闇”はビクリと肩を震わせた。そんなバカなと、内心で否定しながらゆっくりと後ろを振り返る。

 

…………有り得ない。致命傷だった筈だ。先程放った一撃は一人の生命を刈り取るには十分過ぎる威力があった。

 

急所を僅かに外した? いや、そんな事はない。仮に外したとしても立ち上がれる程の力なんてある訳がない。ましてや、此方に向かって歩き出す程の力なんて……それこそ!

 

「なら、もう一度倒すまで」

 

今まで無表情だったシステムU-Dの顔に、僅かな苛立ちが垣間見えた。瞬間、今度こそ止めを刺そうと彼女は白野に向かって魔力弾を叩き込んだ。

 

グシャリ。腕に当たった白野は骨が砕けた音を立てながら吹き飛び、近くの瓦礫に吹き飛んだ。舞い上がる砂塵に今度こそ仕留めたと確信するが……。

 

「…………」

 

 男は、立ち上がっていた。先程よりも血を流しながら、青黒く張れた左腕を押さえながら、それでも男はその瞳に光を宿したまま歩き出す。

 

亀の様な鈍さだった。ナメクジにも劣る愚鈍さだった。恐らくはこの世で最もひ弱な存在になったであろうその男に……。

 

「─────!!」

 

砕け得ぬ闇は、嘗て無いほど危機感を感じた。

 

それから、魔力弾の雨を浴びせ、体中の至る所を撃ち抜いて見せた。烈火の如き炎で炙り、皮膚を爛らせた。

 

あらゆる手段で、闇は男をなぶった。そしてその数だけ男は吹き飛び、地に倒れ伏した。

 

────そしてその数だけ、男は何度も立ち上がり、少女に向かって歩き出していた。

 

ボロボロだった。死に体だった。動くなんて有り得ない。生きてるのなんて不思議な位だった。

 

顔なんて見るも無惨に腫れ上がっていた。別人と思えるくらいにボコボコになっていた。

 

だが、それでも男は歩き続けた。何もする事もなく、ただ無様に、醜く、血と泥にまみれながらその眼に変わらぬ光と力を灯しながら、男は一歩ずつ歩き続けた。

 

「なん……で、何で!?」

 

いつの間にか、少女の目には涙が溢れていた。何故この男は立ち上がる? 何故この男はこんなにも私を求める?

 

力を望むのか? 権利を求めるのか? 財を求めるのか? 名声を求めるのか?

 

いや、そのどれも違う。そんな目的の為にここまで出来る人間ではないと、少女は何となく理解出来た。

 

「私は、闇! 砕け得ぬ闇! システムU-Dでアンブレイカブルダークで! そうなるように造られて!」

 

頭を抑えながら、少女は喚いた。自分の存在意味を、自分がここにいる理由を。

 

或いは答えを探すように、或いは救いを求めるように─────。

 

「アナタが、アナタさえいなければ!」

 

 全ては、あの暗闇から自分を連れだしたのが原因だった。この男がいたから、何もかもがおかしくなった。

 

だから消してしまおう。魂を引き抜き、砕き、喰らうこの魄翼で、目の前の男を─────殺してしまおう。

 

翼を肥大化させて、一個の拳を作り上げる。そこに一切の情けも容赦もいらない。あるのは殺意の一撃だけ。

 

既に少女の目には涙はない。あるのは力の作用で生まれた────血涙のように赤く伸びたラインだ。

 

これで私は戻れる。闇を生み出す闇に、砕け得ぬ闇そのものに。

 

少女は駆ける。全てを終わらせる為に、全ての一撃を込めて男に向かって拳を振り上げる。

 

─────その時だった。少女が男の間合いに入った瞬間。

 

「なっ!?」

 

男は、突然倒れるように少女の体にもたれ掛かった。不意打ちにも近いその動作に少女は反応できず、男に抱き留められてしまう。

 

そして

 

「────────」

 

「───────え?」

 

男のその一言に、少女の思考は停止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えば、自分はまた悩んでいたのだろう。ギルガメッシュの言う小さな悩みで、いつまでも悩んでいたのだろう。

 

事実そうだった。小さいかどうかは別として自分は悩んでいた。どうすればユーリを元に戻せる? どうやったらあの子を救ってやれる?

 

─────今更ながら、何も見えてなかったのだ。結局、自分はユーリの事を何一つ理解してやれなかった。

 

いや、知った気でいたのだ。あの子は可哀相な子だと、守って上げなくてはならない存在なのだと、勝手気ままに思い込んでいただけで……。

 

以前、BBが言っていたではないか。彼女はその存在が既に完成されていると。

 

システムU-D。砕け得ぬ闇。アンブレイカブルダーク。それが彼女の意味であり証明なのだと。

 

なら、どうすればいい? どうやったら……などと、堂々巡りの思考を一巡した後、嗚呼、やっぱ自分はバカなのだと思い知る。

 

結局、どうすればいいかなんて初めから分かっていた。あの時、暗闇の中で一人で佇んでいた彼女を見たときから、答えは見つかっていたのだ。

 

そしてそれを言葉にする事も出来る。────後は、その気持ちと想いを彼女にぶつけるだけ。

 

たが、体が思うように動かない/それがどうした。

 

だが、体中が痛みがあって死にそうだ/そんな事はどうだっていい。

 

だが、呼吸がうまく出来ない/言葉さえ話せれば充分だ。

 

眼が潰れた為、あまり良く見えない/うっすら見えるから問題ない。

 

 あれから何度も地面に這いつくばっているが……何、差ほど問題ではない。

 

歩みは遅くなるばかりだが………足が動けるのなら充分辿り着ける距離だ。

 

体が動けなくなっても、伝えたい想いがある。

 

だから、彼女が自分から近付いて来た時は思わず笑みがこぼれた。

 

足が躓き、彼女にもたれ掛かりながら────けれど、しっかり抱き締めたまま。

 

 

 

紡ぐべき言葉は救い? それともここにいるべき説得?

 

たぶん、どれも正しくはない。正しい選択なんてないんだけれど……敢えて言わせて貰えれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生まれて来てくれて……ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この子と、出会えた事に対しての……感謝だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 







次回『たった一つのシンプルな答え』

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