それを覚悟の上でお読み下さると嬉しいです。
どうも皆さんおはようございます。昨夜危うく悲しみの向こう側へと逝く所だった岸波白野です。
自分の言葉不足とセイバーの勘違いの所為で半暴走していたキャスターは駆け付けたアーチャーとギルガメッシュの協力の下、どうにか彼女の無力化に成功。いや、本当に良くやったと皆を褒めてやりたかった。
いやだって、明らかにキャスターの様子がおかしかったんですもの。接近戦最弱と言われていたキャスターが三人のサーヴァントを相手に圧倒してきたのは嘗てないほどに戦慄しました。や、マジで。
けれどそこは長い間付き合いのある自分の洞察眼と観察眼で何とか対応、冷や汗をダラダラ流しながらキャスターの一挙一動を凝視しているのは流石に骨が折れた。
だってあの時の彼女が火・氷・風のいずれかのスキルを使ったらそれこそ街一つが消し飛びそうなんだもの。闇の書事件より緊張感がハンパないってどういう事?
アーチャーもこれだからヤンデレは! と意気消沈で溜息吐いてたし……あ、でもギルガメッシュは「これで当分ネタには尽きぬわ!」とか言って爆笑してたっけ。ネタって何のことだろう?
まぁ、それは別にいい。重要な事じゃない。大事なのはこれからどうするかだ。
無論、この言葉の意味は戦闘機人やレヴィちゃん達に対する物でもある。だが、それ以上に重要視しているのは……。
「むふー、ごしゅじんさま~」
「そうしゃ~、もっとよを愛でるのだ~」
この現状をどうにかするかが岸波白野に課せられた最重要ミッションである。文字の羅列だけでは分かり辛いと思うので、今の自分の常態を簡潔に述べたいと思う。
今自分達はベッドの上でキャスターは左側から、セイバーは右側からと抱きつくように眠っている。つまり、この岸波白野は二人のサーヴァントの抱き枕にされているという事だ。両側からの抱き付き、所謂サンドイッチ抱き枕である。
……言いたい事は分かる。けれど落ち着いて聞いて欲しい。就寝する前はいつもと変わらず一人で寝ていたのに、目が醒めるといつの間にか二人がいたのだ。誓って自分からは誘っていない。
……先程から一体自分は誰に言い訳しているのだろう? どうやらこの異常な事態と寝ぼけた思考が相まって碌に頭が回っていないようだ。
目が醒めてしまった以上、ここでいつまでも寝ている訳にはいかない。早いとこ起床して今後の事について皆と話し合わねば。そう思い起き上がろうとするが……。
────動けない。結構な力で起き上がろうとしているのにこの体は指先以外僅かな身じろぎも出来はしない!
まさかと思い二人の顔を見やるが、掴んでいる本人達は未だ夢の中、スヤスヤと眠っている二人からは心地よさそうな寝息が聞こえてくる。
……じゃあどいう事か、答えは単純。起き上がろうとする自分の力よりも眠った常態の二人の力の方が強いという事。
眠った女の子二人も引き離せない自分が貧弱なのか、それとも眠った常態でも頑強な力を持つ彼女達が異常と言うべきなのか……自分としては後者である事を願いたい。
いい加減声を張り上げて二人を起こそうか? 気持ちよさそうに寝息を立てている二人に僅かな罪悪感を抱いた時。
────フニュン。
おうふ。
────フニュニュン。
おぉうふ! こ、この万力の如く閉じられた密閉の空間に更なる衝撃が岸波白野を襲う!
この柔らかく、けれど弾力があり尚且つ母の腕に抱かれているような錯覚を起こすこの感触は……!
「む、うん……」
「きゅ─────ん」
……も、もう少し起こすのは待ってあげてもいいのかも知れない。昨夜は遅くまで暴れ回った事で二人とも疲れているだろうし、そもそもあの騒動はちゃんとセイバーに説明しなかった自分にこそ非がある。
セイバーには最近構ってあげられなかったし、キャスターには誤解を負わせた償いがある。この現状はつまりそう言う事なのだ。
自分一人が我慢するだけで二人の機嫌は良くなり、仲良くなることも間違いなし。そう、これは自分達の間を修復させる最善の手段なのだ。
二人の抱き枕になる事で、これからの活動が円滑に進められるのであれば自分には何の不満もない。
そう、決して二人のふくよかなお胸に溺れた訳ではない。決してな!
さて、幸い朝食までまだ時間がある。二人が自然に起きるまでもう一眠りをすると───「残念だけど、お眠の時間はお終いよ~、白野君?」────!
突然耳朶に響いた聞き慣れた声、その声を聞いた瞬間岸波白野の体は髪の毛先から手足の指先まで一瞬にして凍りついたように膠着する。
首だけを動かし、恐る恐る声のした方へ振り向くと……。
「はぁい。随分いいご身分じゃない白野君。良い夢見れた? 見れたわよね? だったらもう思い残す事はないわよね?」
……成る程、これがラヴコメの主人公に課せられた使命か。よし、腹は括った。凛、何故君がここにいて自分の寝室に来ているのか、そして何故そんな怒り心頭なのかは敢えて問うまい。だが一つだけ、一つだけ君に言わせて欲しい事がある。
「………何よ」
幾ら最近暖かくなってきたとはいえ、ミニは如何なものかと────
「女王ナッコォ!!」
彼女の放った右ストレートは、それはそれは素晴らしく、キレがあり、思わず悲しみの向こう側へ飛び立つ所だった岸波白野の朝の出来事でした。
◇
そして数分後、騒ぎに駆けつけたアーチャーが凛を抑え、食堂へと連れて行き今はお互いが対峙しているように座っている。
「で、その光景を目の当たりにした君はウチのマスターにその右拳を叩き込んだ訳だ」
「う……わ、悪かったわよ。いきなり殴ったりして」
今はこのように、借りてきた猫の如く大人しくなった凛が、アーチャーの説教に渋々頷いている。
流石にマウント取ってのぶん殴りはアーチャーから見ても相当アレな光景だったようで、彼は素直に謝っている凛を前にしてもあまり許している様子はなかった。
まぁまぁ、本人も反省している事だし、それくらいで勘弁してあげなよアーチャー。折角の朝食が冷めてしまうじゃないか。
「そうは言うがなマスター、そんな潰れたパンの様な顔をされては私としてもやりきれない思いなのだが……」
「白野、大丈夫ですか?」
隣から聞こえてくるユーリの声に大丈夫だと応える。顔面が内側にめり込んでいる所為で何も見えないが、時間が経てば元に戻るだろうさ。
因みにセイバーとキャスターはまだ寝ている。どうやら昨日の一件が随分と響いているようだ。何せすぐ隣で自分が凛のマウントポジションからのぶん殴りにも気付かなかったのだ。その疲労は相当なものなのだろう。
この際だから二人には今日一日は大人しくして貰おう。それが自分にも二人の為になる筈だ。
尤も、その原因が身内&自分の所為というのが何ともやり切れないが……。
さて、そろそろ本題に入るとしよう。凛、君がこのマンションに来ているという事は事情はやはり……魔法関連の事かな。
自分のその言葉に凛は頷く。真剣な顔付きになった彼女にアーチャーも表情から感情を消して自分の言葉に静かに聞く。
「……えぇ、そうよ。貴方とリンディって人とのやり取りは翌日私達の方にも連絡が届いたわ。戦闘機人に闇の欠片、特に後者の方は私達も無関係とは言えないし、はやて達もアンタに協力する事で話は纏まったわ」
……え? はやてちゃん達にも話ちゃったの?
凛の話に自分は内心でしまったと愚痴をこぼす。レヴィちゃん達闇の欠片は謂わば闇の書の一部。そんな彼女達が動き出し、何かを企んでいると知れば元主だったはやてちゃんが関わろうとするのは明白だった。
はやてちゃんはあの年で責任感の強い子だ。今回の件を自分の所為だと勘違いしたり変に自責の念に囚われたりしなければ良いのだが……。
「あぁ、その心配はないわ。あの子、今回の闇の欠片について特に思う所はないみたい。寧ろ、自分のそっくりさんと会ってみたいみたいな事を抜かしてたわ」
向かい側で溜息を吐き、呆れを露わにしている凛に此方も苦笑いが漏れる。そうか、はやてちゃん、強くなったんだな。
「図太くなったって言った方が正しいわよ。それ」
凛の指摘にまたもや苦笑い。まぁ、はやてちゃんはどこか強かそうな印象があるから、どこかの守銭奴に似て。
「なによそれ、褒めてるの?」
ジト目で睨んでくる凛に勿論と応える。そう言えば凛はワザワザこんな連絡係りみたいな事をする為にウチに来たのだろうか。正直、その話は携帯でも連絡できたと思うのだけれど……。
「あぁ、それはね。あんたの所のキャスターに用があったのよ」
キャスター? 何故凛がキャスターに?
「ほら、アンタの所のサーヴァントは四体もいるし、アーチャーとキャスターから師事を受けているらしいじゃない。私もいい加減独学じゃ厳しいから、その筋の人に教えて貰おうと思ってね」
成る程、つまり凛は自分と同じようにキャスターに弟子入りしたいと言うわけか。朝早く来たのはその意気込みの顕れなのだろう。
キャスターは本職こそは呪術に精通した呪術師だが、なにも魔術は全く無知という訳ではない。寧ろ、彼女の本質を考えればそのどちらも極めていてもおかしくはない。
そんなキャスターにマンツーマンで指導して貰っている自分は……もしかして恵まれている?
「ま、その意気込みもアンタのやらしい光景の所為で台無しだけどね」
凛にジト目で見られ咳払いをして話を戻す。漸く顔が元に戻ったのにまた殴られるのはたまったものじゃない。
ひとまず朝食を食べたらはやてちゃんの家に行って詳しい話をしておこう。凛、はやてちゃん達は今日は暇かな?
「待って、今連絡してみるから」
自分の言葉に対し、凛は携帯を取り出してはやての家に電話する。
待つこと数秒、依然として電話に出る様子のないはやてちゃんに凛の顔は少し曇る。
「おっかしいわねー、いつもならあの子この時間には起きてる筈なのに……」
時刻は既に九時を回っている。平日なら既に彼女は学校に復学している頃だが、生憎今日は休日の日曜だ。
もしかして出掛けているのでは? と凛に問い掛けるが、凛は首を横に振ってこれを否定。
そもそもここに来るとき凛ははやてちゃん達に自分が帰ってくるまで大人しくしていると約束したのだ。彼女達が無意味に約束を反故にするのは考えにくい。
……ふと、最悪の状況が脳裏を過ぎる。戦闘機人、奴らは“砕け得ぬ闇”……つまりはユーリを狙っている。
けれど、奴らの後ろにいる者はどうだ? リンディ提督が言うには戦闘機人達の背後には高い技術力を有した科学者がいる可能性が高いと言う。
彼女達を生み出した科学者が何もユーリだけに狙いを定めるとは限らない。ユーリを内封していた闇の書……つまり、八神はやてには興味を示さないという保証は何処にもないのだ。
ガタリ。互いに向き合う形で座っていた自分と凛が同時に立ち上がる。凛も自分と同じ考えに至ったのだろう。その顔には僅かだが焦りの色が見えている。
アーチャー、悪いが朝食の準備は一時中断。自分達の後に続いて周囲に対して牽制、警戒行動に移ってくれ。
「了解した」
ユーリは桜を探して一緒に避難してくれ、場所は自分の部屋、必要を感じたら寝ているセイバーとキャスターを起こしても構わない。
「わ、分かりました!」
自分の指示に従い、アーチャーもユーリもそれぞれすぐさま行動に移る。そして自分達もはやてちゃんの家に向かう為に急ぐことにした。
その際、試しに昨夜使えるようになった礼装、“強化スパイク”を使用した所……凛に今後の使用は控えるよう言い渡された。
まぁ、車よりも速い人間を見れば、誰だってそんな反応をするだろう。というか、使った自分が一番ビビった。
そして到着した八神家。張り詰めた緊張感が支配する空気の中、自分は正面から、凛は外から侵入するという即興の奇襲作戦を構築しながら、最悪の事態を予想して中へと入る。
緊張の鼓動が耳元で鳴って五月蠅い。……リビングから声が聞こえる? 自分は恐る恐るリビングの戸を開けると─────。
「おー! これ美味い! ねぇねぇ王様! このお魚スッゴく美味しいよ!」
「はしたないですよレヴィ、レディならもっと慎ましく食べないと……あ、すみません。そこのお醤油取ってくれません?」
「あ、はい……」
「あははー、ホンマにフェイトちゃんやなのはちゃんにそっくりや!」
「一体なにしに来たんだよお前等、アタシ等を襲いに来たんじゃなかったのかよ?」
「そうなんだが……なんか、もう、どうでもいいや」
例の闇の欠片こと、レヴィちゃん達が八神家朝食の食卓に着いていた。
えっと……まぁ、なんだ。はやてちゃんのご飯、美味しいよね。
あ、凛の奴盛大にコケた。
今回から暫くはこんなグダグダな話になるかもしれないです。
ホント、済みません。