………知ってる天井だ。
目の前に広がる見慣れた天井を見て、ここが自分の部屋なのだと認識する。どうして自分が寝ているのか、不思議に思いながら起き上がると。
────っ!
肩に鋭い痛みが走る。なんだと思い恐る恐る痛みのある左肩に触れると、白い包帯が肩から体へと巻き付いている。
一体これはどうした事だろうと首を傾げた時、昨夜の出来事がフラッシュバックのように鮮明に蘇る。
そうだ。自分はレヴィと名乗る少女を拾って、その時ピチピチの格好をしたおかしな連中に襲われたのだった。
果たしてレヴィちゃんは無事なのだろうか。覚えているのは暗殺者達を撃退した所までだが、こうして自分がここにいるということは彼女もまた無事である可能性が高い。
肩の傷はズキズキと痛むが動けない程ではない。自分はベッドから起き上がり、自室の扉を開いて廊下に出る。
────と、その時。
「あ、お兄さんだー!」
……へ? ぶほぉっ!?
声の聞こえてきた方に振り返ると、蒼い閃光が自分の腹部に突進してきた。まるでボーリングの玉がそのまま突撃してきたような衝撃に自分は為す術なく地面に倒れ伏す。
「ちょ───なにしてやがりますかこのチビッ子は!? ご主人様、ご無事ですか!? ご主人様!」
「あれー? お兄さんピクピクしてる? カエルさんの真似をしてるのかな?」
「はわわわわ! だ、ダメですよレヴィちゃん! 先輩は怪我してるんですから上に乗っちゃダメー!」
薄暗くなっていく意識の中、キャスターと桜の割とマジで焦った声が耳に響いてくる。
────良かった。無事だったんだねレヴィちゃん。
「おお奏者よ、死んでしまうとは情けないぞ!」
そしてセイバー、それ割と洒落になってませんよ。
混乱する空気の中、どうにか意識だけでも回復した自分はキャスターとセイバーに担がれ、目覚めて数分後にベッドへ戻されるのだった。
そして、それから更に数分後。
「ゴメンナサイ」
何とか回復した自分にレヴィちゃんが深々と頭を下げてくる。気にする必要はないよと声を掛ける。……まぁ、ベッドの上でという少し情けない姿なのは見逃して欲しい。
そしてベッドで横になりながら桜から昨夜の話を聞かせて貰った。どうやらあの後気絶した自分とレヴィちゃんの前にアーチャーが降り立ち、自分達を回収してくれたようだ。
血だらけとなった自分が戻ってきた時、それはそれは大騒ぎになったとか。桜は泣きセイバーは狼狽しキャスターは怒り狂って暗殺者達を追うとしたのだから………うん、割と想像できるな。
そんな事より、レヴィちゃんの方こそ怪我は大丈夫なのだろうか、礼装で回復したのはいいが発見した時は相当衰弱していたのだ。気にならないと言えば嘘になる。
「ボク? ボクならへっちゃらだよ! なんたってサイキョーだもん!」
えへんっと胸を張るレヴィちゃんに自分もそうなのかと変に言及しないでおく。一応確認の為に桜とキャスターに目線を送ると、桜は苦笑いキャスターは肩を竦めて呆れている。
……どうやら、本当にレヴィちゃんは回復しているようだ。礼装の効果のお陰かそれとも彼女自身の回復力が凄まじいのかは知らないが、兎に角無事のようで良かった。
だが、これで本題に入る事も出来るというものだ。恩着せがましい事は言えないが、彼女からは事情の説明を聞く義務がある。
ワクワクと此方をキラキラした目で見つめてくるレヴィちゃんに罪悪感を感じながら問い掛ける。
出来るだけ優しく、親しみやすさを込めて、決して尋問紛いな質問にはならないよう注意をしながら────。
────レヴィちゃんは、一体何者なのかな?
その答えに
「え? さっきも言ったじゃん。レヴィ=ザ=スラッシャーって、“雷刃の襲撃者”それがボクの名前だよ。お兄さんって意外と物覚え悪い? バッカだなー」
“雷刃の襲撃者”か、何だろう。それは名前というよりどちらかと言えばセイバーやキャスターといったクラス名のようにも聞こえる。
彼女の改めて聞かされる名乗りにより更なる深まる謎。彼女にはこれから色々聞かせて貰いたい所だが────その前に。
人をおバカ呼ばわりする口はこれかな?
「い、いふぁいいふぁい! おひぃひゃん、やめふぇよ~!」
頬を引っ張られて涙目になるレヴィちゃん。ムクムクと沸き上がる嗜虐心を堪えながら彼女のもっちりとした柔肌を暫くの間堪能する事にした。
「きゃん、ご主人様ってば子供相手にも容赦しないんですね。そこに痺れる憧れるぅ!」
「むぅ、狡いぞ奏者よ! 余もレヴィの柔肌を堪能するの我慢していたのに! 余も混ぜよ!」
「先輩、流石にそれは……」
三人からの情景、嫉妬、呆れの三者三様の視線を受け、色々大事なモノを失いながらレヴィちゃんの頬を弄り倒すのだった。
………え、Sじゃないよ!
◇
さて、それではレヴィちゃん。改めて聞かせて欲しい。失礼を承知で言わせてもらうけど、君は自分の知る人物と瓜二つなのは……どういう事なのかな?
「散々乙女の頬を弄り倒したというのにその余裕さ……これがご主人様の賢者モード!」
はいそこ茶々いれない、こっちは今割と真剣な質問をしているのだ。余計な発言は控えて欲しい。
「しかし奏者よ、そのほっこり顔で真面目な台詞を吐かれても正直……微妙だぞ」
「そうですよ。それに、女の子の頬を弄ぶなんて酷いですよ。ちゃんと謝って欲しいです」
うぐ、無理矢理にでも話を戻したかったが、どうやらそれは叶わないらしい。だ、だってレヴィちゃんのほっぺた柔らかくて気持ち良かったんだもの。仕方ないじゃないか。
だが、確かに先程までの自分の行動はちょっと色々拙かった。年端のいかない女の子を弄ぶとか、言葉の並びから読みとれば普通に警察に厄介になるレベルである。
ただでさえこの岸波白野には犯罪王などという不名誉極まりない名称が付き始めているのだ。どうにかしてイメージの回復を果たさねば!
「うぅ、ゴメンよシュテル、王様、ボク……汚されちゃったぁ」
一体どこでそんな言葉を覚えたのこの子はぁぁぁっ!? アレか! 最近話題の際どい昼ドラからか!?
けどアレは先週過激な描写が多すぎて打ち切りになったって話じゃなかったっけ?
すると頬を少し赤くした桜がオズオズと手を上げ……。
「す、すみません。その、私………録画してたのを一緒に見てまして」
桜ぁぁぁっ!? 女の子にそんなモノ見せちゃダメでしょぉぉぉぉっ!? ていうか桜って昼ドラ好きだったの? そっちの方が驚きだよ!
「あー、確かあの昼ドラって貴族の娘と婚約関係だった学生を平民の女の子が奪っちゃってテンヤワンヤな話でしたよね。私NTR系の話は嫌いですからすぐに飽きちゃいました」
「余はまだ理解できたぞ。叶わぬ恋とは知っても望まずにはおれない。うむ、まさに恋の王道話よな!」
「そうなんですよ。その後、学生の男の子の同級生の赤い女の子とか、インド系のノーパン主義の女の子とか、更に平民の女の子の生き分かれた三姉妹とか、更には貴族の許嫁が九人に増えたり、あとはとある国の皇帝を名乗る少女とか竜の血族の娘とか色々出て来ちゃったりするんですよねー」
「その後に現れた神父の発言には余も驚かされたな。まさか正妻戦争なるものが始まるとは……流石にそこまでの超展開は余も読めなかったぞ」
いや、なにそのトンでもドラマは? あと登場人物がやたらとデジャヴを感じるのはどうして? 僕の気の所為?
というかそんな戦争起きたらその学生君死ぬから、間違いなく巻き込まれて死ぬから、序でにその舞台となる街諸共ね!
というか、君達は女の子の前でなんつー話をしているのかね。そんな事を話していたら……。
「お兄さん、女誑しの人でなしなの?」
ほらぁ! また妙な言葉覚えちゃった! この子は純真(AHO)なのだからすぐ他人に影響されてしまうのだから少しは自重して欲しい。
それと、それは自分の話ではなくドラマの話だからね。故に、自分には全く関係のない話だから気にしなくていいからね。
念の為に再三に渡って誤解を解くと、それが功を制したのか、レヴィちゃんははーいと元気よく返事してくれた。
さて、ここで本題に入りたい所だけど……昼ドラの話ですっかり盛り上がってしまっているためそんな話が出来る雰囲気ではなくなった。
傷がまだ完治していない所為か体がダルい。今日の所は解散し、話を聞くのは傷を治してからの方がいいのかもしれない。
桜、携帯を取ってくれないか? バイト先の士郎さんに事情を説明したいんだけど……。
「お、それなら私から先程連絡しておきました。休みの理由は風邪にしておきましたけど……大丈夫ですかね」
事前に連絡しておいてくれた桜にありがとうと礼を言う、士郎さん達は物騒な話とは無関係の人達だ。下手に正直に話して心配させるわけにもいかない。
ただ、やはり自分も後で連絡しよう。今はお仕事中で忙しそうだし、謝罪を含めての連絡はお昼を食べて少し落ち着いてからにしよう。
というか、既に時刻はお昼に差し掛かっていた。道理でお腹の虫が鳴くものだと妙な関心を抱いていると。
「そうですね。そろそろお腹も空きましたし、今日は私がお料理を作りますね。消化に良くてお腹も膨れるスパゲッティなんてどうでしょう?」
期待して待ってますと、桜シェフに返すと桜は笑みを浮かべながら部屋を後にする。
「桜さん一人では大変でしょう。私もお手伝いしときます。セイバーさん、ご主人様とちびっ子のお守り、お任せしましたよ」
「うむ、万事余に任せるがよい」
続いてキャスターも桜の手伝いをすると言い出して部屋を後にする。残ったのはレヴィちゃんとそのレヴィちゃんに抱き付くセイバー、そして自分だけとなった。
「ちょっと、セイバー離してよー」
「良いではないか。童女の柔肌に触れるのは稀なのでな。大人しく余の抱き枕になるがよい」
相変わらず抱き癖のあるセイバーに苦笑いを浮かべつつ、ふとあることを思い浮かぶ。
そう言えばセイバー、アーチャーとギルガメッシュはどうしたの? なんだか二人ともいないっぽいけど……。
そう思ったのはアーチャーが自分を回収したと言う事、彼の事だ。自分が目を覚ましたと知れば皮肉を口にしながら駆けつけてくるものだと思っていたのだけど。
ギルガメッシュの方は……まぁ、なんだ。自分を見て愉しむ彼なら先程の遣り取りを見逃す筈がないという、割と曖昧な理由からだ。
するとセイバーは自分の方を見ながら。
「アーチャーならユーリを連れてはやての家に行ったぞ。金ピカは二人に付いてった」
………なんだって?
セイバーの台詞に自分はどこか違和感を感じた。こと生活環境と健康管理に煩いアーチャーが誰かに家事を任せて出掛けるのもそうだが、どうしてユーリまでもが連れ出す必要があるのだろうか。
それとも、“ユーリを連れて行かなければならない事情”でもあるのか? 頭に浮かぶ疑問、けれど全てが憶測に過ぎない推測であるため、勝手な判断は出来ない。
一体自分の知らない所で何が怒っているのか、嵐の前の静けさのように感じるその不気味さに自分は悪寒を感じていた。
ただ一つ言えることは。
付いていったというギルガメッシュ、彼が余計なトラブルを起こさないか心配でならない。という事だ。
◇
──────その頃、とある料亭では。
「あぁ、そうか。………分かった。帰りには私の方で夕飯の買い出しをしておこう。では、引き続きマスターの事を宜しく頼む」
「桜からか?」
「あぁ、どうやらマスターが目を覚ましたらしい。今は怪我を治すことに専念し、大人しくしているらしい」
「白野さんが……良かったです」
「は、相変わらず丈夫で渋いな我がマスターは。こと生き残る事にはゴキブリ並の渋とさよ」
「黙れ英雄王、その褒めてるのか貶してるのかよく分からん評価は今はやめておけ────失礼したリンディ女氏、見苦しいモノを見せた」
「いいえ、お気になさらず。────では、始めましょうか」
本人(白野)が知らない所で、重要な会談が行われようとしていた。
────オマケ────
“ピピピピピピ”
「む、我だ。少しまて……うむ、うむ、そうか、ならばすぐに制作に取り掛かれ! あまり我を待たせるなよ!」
「────英雄王、今のは何だ?」
「なに、我が造っていたドラマが漸く再開し始めたのでな、部下がその報告の連絡を寄越したのだ」
「貴様、ドラマなんぞ制作していたのか?」
「因みに、モデルはウチのマスターだ。我の手掛けたドラマは昼ドラの頂点に君臨するだろうよ!」
(……一体、何の話をしているのだろう)
と、言うわけで今回は久々にギャグを書かせて貰いました。
いやー、やっぱりギャグはいいものですね。筆が進む進む。