あと九尾も。
その辺もご容赦下さい。
時空管理局所属次元航空艦船アースラ、そこの艦長室では闇の書という特一級危険指定遺失物の調査の任を受け持ったリンディ=ハラオウンが目の前の画面に浮かぶ一人の少女と睨み合っていた。
……いや、睨み合うというには少々語弊がある。正確にはリンディが忌々しく一方的に画面の少女に睨んでいると言った方が正しい。
『では、以上の内容でのご報告で宜しいですね』
「────今回の闇の書事件では現地の民間人の協力の下、闇の書の暴走体の撃破。夜天の管制プログラムも夜天の書も諸共消滅した為、八神はやての監視、保護も一切不要となった。……こんなの、どうやって説明しろと言うの?」
手元に置かれた電子文の内容を読んでリンディは少女────BBを睨み付ける。
この報告文は全て偽りだ。現地の協力者から夜天の書の消滅まで全てが嘘で塗り固められている。管理局の手柄というなんとも耳障りの良い言葉を選んで事を巧く運ぼうという魂胆が目に見えている。
『何かご不満な点でも? 闇の書という危険な遺失物を消滅したという手柄を全て貴方達のモノになるのですよ? 恨まれる筋合いはないと思いますけど? ていうか、寧ろ感謝して欲しいですね』
だが、そんなリンディの鋭い眼光にもBBはどこ吹く風。黒いコートを靡かせて呆れ顔で竦めている。
クロノやエイミィから話は聞いていたが、まさかここまで傍若無人とは……。自身が想像していたモノより斜め上を行くBBなる人物を前に、リンディはどう言葉を選ぶべきか悩んでいた。
なにせ交渉の余地など、この少女の前には初めから存在しない。彼女はただ真実だろうが偽りだろうがただ確定事項を此方に叩きつけてくるだけなのだ。
この分ではたとえエイミィが迂闊にアクセスしても向こうから直接乗り込んできた事だろう。現に今もこうして秘匿回線で介入してきているのだ。その可能性も十分にあっただろう。
だが、彼女とて提督の立場を預かる身。そうそう何度も向こうの言いなりになる失態は犯さない。
「……BBさん。一つ聞いてもいいですか?」
『ん? 何がです?』
「彼……岸波君の側にいた黄金の鎧を纏った男性、彼は一体何者なのかご存じ?」
リンディの脳裏に蘇る光り輝く黄金の鎧の男。クロノの記録した映像だけでは剣にも槍にも似つかないモノを手にした時、全てが終わっていたという事しか分からない。
だが、あの男が何かをしたのは分かる。何故ならどんなに破壊しても必ず転生してしまう闇の書を完全に消滅させてしまったのだ。
異界化ごと破壊する出鱈目なナニか、その正体の情報だけでも何とか得ようとするが……。
『あぁ、アレですか。私からは言えませんが……まぁ、その辺は本人と話し合って決めて下さい。私には興味のない話なので』
BBのその言葉にリンディは意外に思った。彼女の事だから絶対に教えないだろうと予想していたが、まさか好きにしろと返事が来るとは……。
『ただ、命の保証はしませんよ。あの金ピカに“それは物騒な代物だから我々が管理するー、だから此方に引き渡せー”なんて言うものなら即殺されるのは目に見えてますからね』
「…………」
此方を小馬鹿にするようなBBの態度に何らかの訂正を求めたい所だが、その気力はリンディにはない。
彼女の言い方は少し棘があるが、大体同じ内容の話をするつもりだったリンディにとっては九死に一生を得た思いだからだ。
黄金の鎧の男についての報告を上層部に連絡すれば、間違い無く管理局は彼等に接触を試みる事だろう。
そうなれば激突は必至。最悪闇の書を葬ったあの一撃が今度は此方に向けて放たれる事になる。───リンディの頬を冷たい汗が流れ落ちる。
『大体、貴方達という組織は私的に気に入らない点が多すぎるんですよねー。誰も頼んでいないのに次元世界の守護者とか名乗られても正直困るし、管理世界とか管理外世界とか区別する癖にいざ魔法関係となると容赦なく介入してくるし、貴方達の言う管理外世界の人達からすれば一体何様なんだと言われても仕方ないと思いますよ? オマケに人材不足とか言って未成年の戦場への投入とか、私達のいた世界も大概でしたがこっちも結構アレですよねぇ』
「…………」
『ま、余所の組織にアレコレ言うのもどうかと思うし、此方に変に手出しをしなければ文句はありません。あ、でもあの人に僅かでも迷惑を掛ければ容赦なく潰しますのでその点は覚悟してください。────それじゃあ私はこの辺で失礼します。報告の方、よろしくお願いしますね。次元の守護者さん?』
そう言ってBBは接触してきた時と同様に一方的に通信を切られる。散々好き放題言われた挙げ句誤った情報の提出を余儀なくされたリンディの心中は、察するにあまりあることだろう。
だが、今の自分達では彼等に手を出すことなど出来ないというのも、覆せない事実。震える右拳にそっと左手で覆い、リンディは深い溜息と共に自身を落ち着かせる。
「……今回は私達の完全な敗北ね。あの様子だとかの艦にまだ何か細工を施しているみたいだし、素直に従うしかないか」
なんて諦めと共に自嘲の笑みをこぼしながら、どこかリンディは少し晴れやかな顔をしていた。
「望んでいた結末とは違ったけど、これで闇の書に苦しむ人はいなくなった訳……か。今度夫に報告しておこうかしら」
デスクの隅に置かれた家族三人で並んで映っている写真を見て、リンディは静かに目を伏せるのだった。
─────尚、これは岸波白野がBBを呼び出す五分前の出来事である。
◇
「なんじゃ、折角久し振りに呼んでやったのにつまらんの。もうちっと喜んだり泣き叫んだりしたらどうじゃ?」
目の前に横になっているのは以前、自分がキャスターの原初に触れたときに出会った根源。まだ世界に神と言うモノが存在出来ていた頃の彼女の真の姿。
その力は時や次元の壁を容易く乗り越え、魂だけとはいえ自分を呼びつける程である。
というか、そんな友人を呼びつけるノリで時間や次元を軽く越えないで欲しい。マジびっくりするから。
「その割には結構余裕そうではないか? もうちっと神気を強めてみるか? なぁに、今の主なら五分位は耐えられるじゃろ」
そんな居酒屋に行くノリで神気を強めないで欲しい。あんな対峙しただけで殺傷できる神気を当てられる凡人の身にもなってみろ!
というか、一体今回は何の目的で呼びつけたんだこのジャイアントBBAは? いや、そもそも目的があるから呼ぶとか、そんな殊勝な存在だったら最初からここに自分はいないか。
「は、相変わらずチンマい癖に強気じゃのう。しかもあれから幾分か育ってきておるし、存外、将来は大物になるやもしれんな」
……その言葉に一瞬呆けてしまう。え? もしかしてこの巨大狐、自分の事を褒めたのか?
驚いた。神様というのはこの巨大狐のように英雄王張りに傍若無人だと思っていたから……。
なんて思っていると、此方の考えが読まれたのかソレは見るからに不機嫌な顔付きになり、その口元からは鋭い牙を覗かせている。
「図に乗るでないわ。今の主は微生物から小動物に成長しただけのとるに足らん矮小物よ。そもそも、あの楔の小僧と同列に扱うなぞ二度とするなよ? でなければ次は妾の腹の中に収まると知れ」
うわ。なんか凄い怒り出した。というかギルガメッシュの事知ってたのか。……まぁ、知っててもおかしくないか。次元の壁すら壊す彼女の事だから自分の記憶くらい読み取るのは訳ないか。
それよりも彼女の言った自分の成長具合が気になる。微生物から小動物か、……うん。割と結構成長しているみたいだ。自覚は出来ていないけどこの分なら次また会う時は犬や猫位の動物には成長しているといいな。
「…………今の罵詈雑言を誉め言葉と捉えるか。その阿呆みたいに前向きな姿勢も変わらずか。ああ、忘れてた。主は生粋の阿呆じゃったな」
あれ? なんか呆れられてる? 自分の言った言葉になにか思う所があるのか、キャスター(面倒だから以下G狐で)は横になり、頬杖の姿勢で深々と溜息をこぼす。
何だかよく分からないがそろそろ帰らせてくれないだろうか。明日も約束事があるし、出来るだけ早く戻りたいのだけど……。
「………む、なんじゃ。妾との逢瀬にもう飽きたのか? 流石は一級フラグ建築士、この妾すら袖に扱うとは、そんな事ができるのは天地開闢から終焉まで主ただ一人だろうよ」
───────。
い、一体いつの間にこんな世俗的になったのだろうかこのG狐は? あれか? こんなんでもやっぱり今のキャスターとどこか通じてんのか? ……って、そう言えば通じてるんだった。
「まぁよい。主の相手にも飽きてきた所だし、供物を寄越せば後は用無しよ」
そう言って差し出してくる巨大な手。……え? なに?
「なにとはないだろう。妾の分身だけでなく淫蕩皇帝の小娘にまで供物を捧げたのだ。ならば、妾にも供物を捧げるのが道理であろう?」
いや、その理屈はおかしい。というか、供物なんてそんなもの自分は渡した覚えは────まて、もしかしてこのG狐はプレゼントを強請っているのか?
見れば心なしかG狐の尻尾がユラユラ揺れているようにも見えるし……案外、楽しみにしていたとか?
け、けれど今の自分にはそんなプレゼントを用意出来るほどの余裕なんて持ち合わせては……。
「む? 主よ。その手に持った糸屑はなんじゃ?」
G狐に言われ、疑問に思いながら自分の右手を見ると、そこにはセイバーに渡そうと準備した時、初めての作業で慣れず失敗した手編みのマフラーだ。
そう言えば部屋に置いたまま放置してたんだっけ。けど、どうして自分の手に?
なんて疑問に思っているとG狐は自分の手からソレを取り上げ、マジマジと物珍しそうに眺めている。
「なんともみずぼらしいな。これではまるでゴミではないか。まさかコレを妾に献上するつもりだったのかえ?」
ジロリと値踏みするような視線が岸波白野に突き刺さる。弁解したいところだが、相手は自分の考えなど容易く読み取れる。ならばいっその事全てを話してしまえと、G狐のいう糸屑について話をする。
「……成る程、つまりはこのまふらーの出来損ないを小娘らに渡すつもりだったのだな?」
G狐の問いにそうだと返す。その声色からして怒っている様子ではなさそうだ。
だが、いつ気分を変えて自分を消しに来るか分からない。
忘れてはいけない。彼女は自分達人間とは根本から違う原初の塊。自分一人殺す事など息を吸うよりも容易い事なのだから。
ここからどう説得しよう。そんな事を考えていると────
「ふむ。供物としては下々の下じゃが……まぁよい。此度の献上品はこれで許してやるとしよう」
…………へ?
「ではな主様よ。精々面白おかしく余生を楽しむが良い。また気分次第で呼ぶこともあるじゃろう。楽しみにしておれ」
意外にも彼女の言う糸屑で我慢するという彼女らしからぬ言葉に呆然としていると、自分の意識は宮殿らしき場所からドンドン遠ざかっていくのが分かる。
G狐の方は自分に興味を無くしたのか、ゴロンと寝返りを打って自分に背中を見せている。
「おっと、忘れる所じゃった。主は淫蕩皇帝の原初も垣間見たようじゃが───気をつけておけよ。もし奴が神格を得ようものなら、あの小娘────魔人に堕ちるぞ」
それは、彼女からの真摯の警告だった。神格を得るのに何故魔人に堕ちるのか、そもそも何故そんな事も知っているのか人間でしかない自分には分かりかねない。
ただ、彼女のその後ろ姿を見て思う所は一つ。
──────なんかめっさ尻尾揺れてるんですけどぉぉぉぉぉっ!?
フリフリと九つの尻尾がめっさ揺れてるんですけどぉぉぉぉぉっ!?
まさか、嬉しかったのか!? 意外にも純情だったのか!?
G狐なんて言ってごめんよキャス狐ぉぉぉぉっ!!
◇
───────なんか、もの凄い疲れた。
何か凄く重要かつレアな光景を目の当たりにしたような気がするけど……ダメだ。思い出せない。
思い返せるのは昨夜赤い満漢全席を全て平らげてなのはちゃん達と別れの挨拶をして……セイバーとキャスターにプレゼントを渡して……。
「そうだ。今日はリインフォースとヴィータちゃんが来るんだった」
漸く思い出した約束事に慌てて起床し、時計を見る。
時刻は朝の七時を回った所。よかった。朝食時には間に合ったか。
今頃はアーチャーが朝食を作っているだろうし、このまま食堂に向かうとするか。
────ふと、机に視線が向く。何だろう。そこにあるはずのモノが無くなっている。そんな奇妙なデジャヴが自分を襲う。
「マスター。起きているか? 起きているならセイバー達を起こすのを手伝ってほしいのだが?」
と、扉越しから聞こえてくるアーチャーに返事を返し部屋を後にする。思い出せないのなら差ほど大したモノではないのだろう。
何だか寄り道をした気分だが、今朝からは色々忙しくなる。アーチャーの出来立てのご飯を戴く為にも、自分はセイバー達のいる大広間に向かうのだった。
「主様の初めてのプレゼントか……ふむ、悪くない」
今回は前の時と同様長くなりそうでしたのでキリの良いところで区切らせて貰いました。
そして、今回で語った魔人云々はネタバレになるのでツッコミはご容赦下さい。
また、何のことだか訳ワカメと言う方には一つだけヒントを。
ズバリ、メガテンです。
分かった人は厳密には違うと思いますがどうか内密に、そうでない人はそのままで結構です。
それでは、次回もお楽しみに!