衛星軌道上、次元航空艦船アースラ。時空管理局が有する航空艦の内部ではオペレーター達による状況報告と各コンソールを叩く喧噪で慌ただしくなっていた。
「海鳴市及び周辺域の魔力反応、尚増大中!」
「通信繋がりません! 異界化の進行も常時広がっている模様です!」
「このままでは海鳴市は疎か地球全てが異界化する恐れも………!」
緊迫する空気。状況が刻一刻と迫ってくる中、艦長たるリンディ=ハラオウンは静かに彼らの報告を耳にしていた。
腕を組み、目を閉じて思考していたリンディは徐に回線を開き、一人の少年の下へ通信を繋ぐ。
「クロノ執務官、そちらの様子はどうなっていますか?」
『今現在なのはが住民らしき人物達と共に闇の書の管制プログラムと交戦中………状況はあまりよくないようです』
「そう……エイミィ、フェイトさんの方はどうなっているの?」
『バイタルは今の所正常値を保っています。ですが闇の書内部の状況が確認出来ない為、早急な救出を検討するべきかと思います』
現地からとオペレーターの報告にリンディはある決断を迫られていた。
それは次元航空艦アースラに搭載された兵器、“アルカンシェル”の事を指している。
アルカンシェルは管理局が有する強力な必滅兵器だ。一度発射されれば対象を周囲百キロ単位で巻き込み、空間ごと湾曲させて消滅させるだろう。
しかし、強力過ぎるが故に周囲に影響を及ぼすこの兵器は使い所を間違えればそのまま甚大な被害を生み出してしまう。
だが、今回自分達が相手をしているのは幾度にも渡り凄惨な被害を生み出した超危険物のロストロギア。
闇の書と呼ばれるそれは、今も尚死と破滅を予感させる余波をまき散らしながら増大し、膨張していく。
このまま放置しておけば、間違いなくアルカンシェル以上の災害と災厄をまき散らす事になるだろう。
故に、決断しなければならない。このまま現状を見守るか、それともアルカンシェルを発射させるか。
ならば……。
「クロノ執務官、そちらにユーノ君とアルフさんも戦力として送ります。二人と合流次第なのはさんとその原住民の方と共に共闘し、管制プログラムの無力化、フェイトさんの救出の手立ては随時此方で検討します。その間、彼等のフォローを……」
『了解です。艦長』
リンディの先送りとも呼べる選択にクロノは一切の口出しをしないで承諾し、通信を切った。
だが明確な状況を分からないままでアルカンシェルを放つ事は許されない。強力故に使い方を誤ればそれこそ悲劇は繰り返されるばかりだ。
「……情けないわね、子供達ばかりに任せて」
本来なら自分も現場へと向かいたい。けれど提督という責任ある立場に自分が立つ以上、勝手な行動は絶対に許されない。
まだ幼い子供達に現状を委ねればならない。そんな呵責の念を抱えながらアルフとユーノに連絡を入れようと通信回線を開こうとする。
と、そんな時だった。
「これは、秘匿回線? こんな時に一体……」
モニターに小さく映し出された秘匿回線。一体何者からだとリンディは訝しげに思いながら通信を繋げると。
『え、えっと、これであってるよね? 間違ってないよね?』
「…………」
形容しがたい程に巨大な胸が目の前に広がっていた。
◇
それは、嘗て“彼女”が愛刀として奮った星の剣だった。
湖の精霊によって打たれたその剣で彼女は王として多くの敵を打ち倒し、国を守り、多くの民を、兵を、騎士を率いていた。
最終的に彼女は後悔に満ちた結末を辿る事になるが、それでも彼女の残してきた伝説は今も語り継がれている。
……今一度、手にした剣を見る。どうして自分がこの剣を手にしているのかは分からない。けれど分かる。この剣は今の自分には必要なモノなのだと本能が……或いは剣そのものからそう言っているように感じる。
だが、これを自分が振るってしまって本当にいいのか? いや、振るえるのか?
ただの一凡人でしかない自分が、果たしてこの剣を奮う事が許されるのか?
ふと、視線を感じた。誰もいる筈がないこの虚数空間の中でその人物が誰なのか半ば確信しながら振り返ると……。
王がいた。嘗て民と国を守るため円卓の騎士を率いた王がその誇りを、その在り方を一切淀みなく佇む王の姿が自分の目の前で佇んでいた。
驚く……よりも、その姿に圧倒された。ギルガメッシュやセイバーとは真逆の……正しく王として存在した彼女の堂々した佇まいに、自分は唯々圧倒された。
その碧眼は慈愛でもなく、怒りでもなく、ただ問い掛ける瞳をしていた。それでどうすると、その力でどうするのかと、王はその問いの眼差しだけを自分に向けてきている。
自然と、口が開いた。
「助けたい人がいるんです。だからこの剣を少しの間俺に貸して下さい」
驚くほどすんなりと言葉が出た。まるで友人にゲームを貸してくれと言ってるような軽い口振り。
相手が相手ならその場で斬り捨てられてもおかしくはない。それほどの事を自分はしているのだ。
一方で自分の内心では後悔はなかった。だってありのままの、今の自分の気持ちで言ったのだし、嘘の気持ちなど欠片たりとも持ち合わせてはいない。
だから、真っ直ぐ此方を見つめてくる王の碧眼を自分は恥じることなく見つめ返す事が出来た。
すると今まで無表情だった顔が微笑みを浮かべ、彼女は口を開く。
『ならば奮いなさい。その気持ちを、意志を乗せて……その思いに聖剣は呼応するだろう』
それだけを告げると王は踵を返して暗闇の中を歩き、光の粒子となって消えていく。
その後ろ姿にありがとうございます。と礼を言い、消えた彼女とは逆方向へと向き直る。
目の前に広がる闇は依然として広がったまま……いや、更なる闇になるべき手にした聖剣ごと呑み込もうと押し寄せてくる。
これも、人の意志。悪意に呑まれた負の感情。
きっと、彼等も諦めたくはなかったのだろう。でなければこうしてしつこく自分を呑み込もうと躍起になるはずはない。
結末を変えれず、悲しみのままに終わらされた彼等は魂の残滓となった今も、後悔の海に沈んだままなのだろう。
ならば……終わらせよう。
自分には精々借りた力を奮うだけしか能がない人間、自分一人では彼等の無念に応えられる術はない。
だから、もう少し待っていて欲しい。自分の頼もしい相棒達と新たな『夜天』の主は、きっと終わらせるだけの光を見せてくれる。
この薄暗い暗闇を照らす程の……光を。──だから、これはその証拠だ。
俺は王から許可を戴いた剣を両手で高く掲げ、声を高らかに叫ぶ。
これは、嘗て理想を信じて戦った王の剣。
その名は────
「『約束された───勝利の剣』!!」
雄叫びと共に振り下ろされた黄金の剣は暗闇に染まる世界を───
───一刀の下に切り裂いた。
まるで十戒の如く分け隔たれた暗闇の世界。その中心を敷かれた光の道を自分は全速力で走り抜ける。
この先に彼女がいる。手にした剣を逆手に持ち替え、一心不乱に走り抜けた。
そしてその先に彼女がいた。光に包まれながら────信じられないモノを見た───そんな驚愕の表情を浮かべて。
後少しで手が届く。肩が外れる勢いで彼女に向けて手を伸ばすが……届かない。
彼女とはそう遠くない距離に位置しているのに、どうしても手が届かない。何か不可視の力が働いているのか、それとも別の要因があるのか……。
「……どうして?」
ふと、声が聞こえてきた。自分の手を見て怯えとも見える表情を浮かべ、彼女は疑問の眼差しを自分に向けていた。
「どうして、貴方は私を助けようとするの?」
……………へ?
「私の正式名称はアンブレイカブル・ダーク。私が存在する限り闇は消えない。私がいるから闇は生まれる。貴方達がナハトと呼ばれる蛇がいるのは……私がいるから」
アンブレイカブル・ダーク………『砕けぬ得ぬ』そう自称する彼女はこう語る。
全ての原因は自分だから、自分という存在がいた所為でこれまで多くの悲劇を生み出してきたのだと。
だから───
「私を、私ごと……消して下さい。その剣で私を斬って下さい」
その笑顔を見た瞬間、自分の体は一歩前に出た。
そして次の瞬間、全身に身を引き裂くような衝撃が自分の意識を引き裂こうと襲いかかってくる。
恐らく、ここから先は彼女の絶対領域なのだろう。異物である自分が彼女に近付けさせまいと、躍起になっているのが分かる。
「止めて下さい。憐れみなんかいりません。さぁ、その黄金の剣で私をこの闇の世界ごと消して下さい。その剣ならば、それが可能です」
目の前の少女が何か言っているけれど、生憎それに耳を貸せる程今の自分は余裕がない。
何せ僅かでも気を逸らせば忽ち彼女の領域に吹き飛ばされるのだ。堪える事に全力を尽くさねば今こうして耐える事すらできないのだから。
「お願いです。私を消して下さい。まだ完全に目覚めてはいない今なら……まだ、間に合います」
また一歩前にでる。今度は明確な敵意を乗せた衝撃が自分の体を八つ裂きにしようと襲いかかってくる。
続いてもう一歩前に出る。内側から何か破裂したような音が聞こえてくるが……なに、大した事はない。
この程度の痛みは散々迷宮で味わってきたものだから、今更どうと言うことはない。
「………分からない。どうしてそこまで強情になれるのですか? 貴方にとって私など何の意味も、価値も、関わりもない存在です。害悪しか生み出せない怪物です。なのに……どうして?」
踏ん張りながら、自分は僅かに言葉を迷わせる。どうして言われてもただ自分が感じたままにしか行動していないし、そもそもそんな深い理由など自分は持ち合わせていない。
ただ……そうだな。自分を斬って欲しいといった彼女の顔が、自分の知っている笑顔と瓜二つだったからだろうか?
『最期に見る私の姿が────格好悪かったらイヤだなって』
「そんな……そんな理由で? 意味が分かりません。訳が分かりません。私はその人ではありません。貴方の言っている事はなんの脈絡もない……支離滅裂な言葉の羅列です」
それはそうだろう。彼女は君ではない。比べる事自体おかしな話だ。けれど、それでいいのだ。
「………え?」
自分は……岸波白野は君を助けたい。善意も悪意もなく、ただ自分がそう思ったから──自分はこうしてここにいる。
そもそも、そんな損得勘定ができる程自分は賢くない。気が付いたら体が動いていたのだ。理由を訊ねられても正直……困ります。
「ただ……私を助けたいから? それだけの為に貴方はここまで……」
なんか感銘を受けているが、そんな大層な話じゃない。なんの見返りも求めず助けようとする愚者が、みっともなく足掻いているだけの話だ。
けれど、それもそろそろ限界。踏ん張っていた足の感覚は無くなりつつあり、自分を排除しようとする彼女の領域がそろそろ本気で自分を消しに掛かってくるだろう。
だから、精一杯の力を込めて手を伸ばし。
「一緒に行こう」
ただの───何の捻りもない言葉を口にした。
するとその言葉に何かを感じ取ったのか、彼女は一瞬だけ目を見開かせて────。
「────はい」
満面の笑顔と共に自分の手を握ってくれた。
やっぱりその手は彼女の外見と同様に小さく、強く握り締めれば壊れてしまうのでは?と、錯覚するほどに細い。
けれど同時に───生きているような───暖かさに頬が弛む。
さぁ、ここから出よう。幸いにまだ彼の王の剣は未だこの手に残っている。
自分の躯に引っ付いてくる彼女の頭を安心させる様に撫でて、再び剣を両手で握って天に掲げる。
さぁ、帰ろう。俺達の世界へ。
振り下ろされた剣、そこから放たれる光の帯は夜の世界を切り裂き。
あるべき世界へ繋ぐ標となった。
◇
「お前達が……お前達さえいなければ!」
降り注がれる魔力弾の雨、その無限とも錯覚する魔力の量に高町なのはと凛は精神、体力共に限界を迎えていた。
唯一超人の域にいるランサーは体力的にはまだ余裕があるが、凛というマスターを魔力弾から守るだけで手一杯。
未だ援軍は此方に来ている様子はない。このままではじり貧になる一方だと凛は内心で舌打ちを打つ。
「はん、私達がいなければ何? はやてはシグナム達と一緒に穏やかなクリスマスを迎えられたとか、そんな事が言いたい訳?」
「そうだ。そうすれば我が主は家族という夢に浸りながら幸せの内に逝けたのだ」
「穏やかに死ねるのが幸せ? 冗談じゃないわ。アイツがいつそんな事を望んだの? アンタが言っているのはただの勝手な思い込みよ。そんなの幸せでも夢でもない。ただの逃避よ」
管制プログラムの言葉に、凛は歯に衣を着せない言い方で吐き捨てる。そんなものは幸せではないと、ただの逃げ、楽になりたいだけの現実逃避なのだと。
「あの子は私に約束してくれたわ。今の幸せに満足せずもっと我が儘に、もっと幸せを望むんだって、アンタも知ってる筈よ。あの日あの時、あの子は安寧の今ではなく、辛くも未知のある未来を選んだって!」
はやては言った。もっと今を楽しむと、もっと皆と話をして、時には喧嘩をして、怒り、泣き、笑い、それを繰り返して未来へ生きていくと。
だから、それを阻もうとするのならどんな奴が相手でもぶちのめす。そう自分に言い聞かせ、凛は地に付いた膝を上げてよろめきながら立ち上がる。
だが、それを嘲笑うかのように。
「……お前がなんと言おうが、私のやることに変わりはない」
空を、大地を、そして自分の周辺を覆う無数の光弾が凛達に狙いを定め。
「フォトンランサー、ジェノサイドシフト」
管制プログラムが手を降ろすと同時に、それらはそれぞれ必殺の威力を以て襲いかかる。
「凛っ! 子リス!」
ランサーが慌てて駆け寄ろうとするが、管制プログラムのバインドが彼女の四肢に巻き付き、それを許さない。
瞬く間に光の雨の中へ呑み込まれてゆく凛となのは、やがて爆炎の中で吸い込まれていく魔力は行き場をなくした渦となり、周囲を巻き込んで爆散する。
深々と地表を抉った凄まじい一撃、流石にこれで終わっただろうと管制プログラムは立ち上る煙を前に冷ややかな視線を落とす。
────が。
「何者だ………お前は?」
煙の中現れた黄金の剣を携えた少年が、二人を庇う様に出現していた。
有り得ない。今この場には彼女達と自分以外誰も存在しない筈。この異界に誰かが侵入してきた反応など感知していない……
混乱する意識の中、管制プログラムは少年に疑問をぶつける。
すると少年は頬を吊り上げ。
「俺は───通りすがりの魔術師だ」
そう、不敵に笑うのだった。
◇
「白野……君? 貴方、どうやってここに!? それにその剣は……嘘でしょう? 本物の聖剣じゃない!?」
イヤホント、どうしてここにいるんだろう? 狼狽した凛の疑問の言葉に自分も分からないと頭を掻いて返事をする。
あの闇の中を聖剣で造った道を頼りに走り続けて、気が付いたらここにいた。
聖剣についても……何て言ったら良いのかなぁ? なんか根性だしたら出てきた。
「根性で聖剣がだせるかぁぁぁぁっ!! アンタ今、色んな英雄達に喧嘩を売ったわよ!? 寧ろ私が買ってやるわこらぁぁっ!」
胸倉を掴み、揺さぶってくる凛に落ち着けと言い聞かす。
落ち着け凛、なのはちゃんが呆気に取られているぞ。遠坂は常に優雅に振る舞うんじゃなかったのか?
「誰の所為でこうなったと思ってんのよ!」
何か間違った事を言ったのか、凛は更に力を込めて揺さぶってくる。
すると今まで呆気に取られ、呆然としていたなのはちゃんが声を上げる。
「あ、あの! 剣、剣が消えていますけど?」
なのはちゃんに言われて振り返ると、地面に突き立てた聖剣が光の粒子となって四散し、消えてゆく。
その光景にあるべき所へ還ったのだと悟った自分は、納得しながら見送っていると──。
「今頃一人増えた所で変わりはしない。あの剣が消えた今、お前達に勝機は───ない」
冷たい瞳で見下ろしてくる銀髪の女性。……いや、夜天の管制プログラムを前に自分も一歩歩み出る。
背後から聞こえてくる凛やランサーの言葉を耳にしながら、自分は管制プログラムとの距離をまた一歩近付く。
『お願いします。彼女を……夜天の管制プログラムを助けて上げて下さい。この悲劇を、終わらせて下さい』
ここに来る前に交わしてきたあの子との約束に、分かっていると頷く。
だけど………。
「今頃お前一人が加わった所で、状況は変わらない。寧ろ、お前という犠牲が増えるだけだ」
────そう、彼女の言っている事は何もかも正しい。一介の魔術師にすら劣る自分ではこの状況を打破するだけの力は持ち得ない。
出来るのはそう────
「闇に……眠れ」
何時だって───
「────来い。俺の────」
彼等を呼び続ける事しかできないのだから────!
「サーヴァント達!」
夜天の管制プログラムが魔力弾を放った瞬間、天から降り注ぐ四つの光の柱がソレラを防ぐ。
「全く、相変わらず貴様の声はよく通る。お陰で酒を煽って微睡んでいた気分が台無しではないか」
「ふん、遠見の筒で常に心配そうに見ていた癖によく言う」
「きゃっはーん♪ ご主人様ー! お待ちしておりましたー! さぁ、地獄の宴の始まりじゃーっ! 覚悟は出来てるんだろうなぁ?」
「うむ! なにやら良く分からんが楽しそうではないか奏者よ!」
四人の英霊が揃った今、この宴の終演は間近へと迫りつつあった。
そろそろA’s編は最終局面へ。
てゆーか、この後の防衛プログラム戦が酷いことに……なるのか?
色々突っ込む所はありますが、あまり気にせず読んで下されば嬉しいです。