それ往け白野君!   作:アゴン

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主人公は巻き込まれてなんぼ

 

 ムーンセルでの戦いから既に一ヶ月近い時間が経過し、地上………即ち地球では冬真っ只中の季節に直面していた。

 

もうじき季節はクリスマス。街の人々は来るべき聖誕祭に備えてその胸の内を踊らせている事だろう。

 

さて、そんな浮かれている街中に対し、自分こと岸波白野というと。

 

「ほら、姿勢が崩れているぞ。単純な筋力トレーニングだからって手を抜くんじゃない」

 

「よん……ひゃく、きゅうじゅう………なな! よんひゃくきゅう……じゅう」

 

現在、鬼教官(アーチャー)の指導の下で今日も今日とて体力トレーニングに勤しんでいます。

 

聖誕祭? クリスマス? なにそれ美味しいの?

 

外は冬特有の寒さに覆われているのに、地下にいるこの空間は異様な熱気に包まれていた。

 

「ご、ひゃ……く!」

 

「よし、これで午前のトレーニングは終了したな。早々に疲れを取っておけ、午後はキャスターの魔術鍛錬があるのだろう?」

 

 淡々とそれだけを告げると、アーチャーは地下のトレーニングルームから出て行く。

 

流石は英霊のシゴキだけあってその内容はキツいものがあった。最初の頃は腕立て、腹筋、スクワット、それぞれ十回程度でランニングも精々1~2キロが限度だったのに………。

 

 それが今や最初の頃の五十倍と来たものだ。しかも身体が慣れないように日々量も増しているし。

 

時々、あの白髪頭から二本の角が見える時があるのだが………気のせいだろうか?

 

……まぁ、自分には出来ると思っているからこそ厳しいのだろう。それに、限界を超えそうになった時はアーチャー自身が止めてくれるだろうし。

 

それに、彼の厳しい指導のお陰で目覚めた当初の弱々しい身体は影をも失い、腹筋はうっすら割れ、腕にも筋肉がつき始めている。

 

 自分も男だ。ガチムチな体型はご遠慮願いたいが逞しい体つきにはやはり憧れたりもする。

 

そんな体型に徐々にだが近づいている。これまでの成果が目に見えるとやる気も出てくると言うもの。

 

ふと、思う。あれ? たかだか一ヶ月程度で筋力トレーニングの効果って出てくるものだっけ?

 

筋力トレーニングは種まきの様なものだと誰かが言ってた。地道に反復的に繰り返すからこそ肉体に変化が生じ、筋肉が付くものだと。

 

成果が現れ始めるのはどんなに早くても3ヶ月後位。なのにたかだか一ヶ月で効果が現れるなんて……。

 

 と、そろそろ着替えて上に戻らないと。もうじき昼食だ。確か今日の当番はキャスターだった筈。

 

彼女の味付けもアーチャーとは異なり、とても美味で違った旨味が楽しめる。

 

そんなキャスターの料理の腕前はアーチャーも認めており、我が家の家庭を味を支配する二大柱の一柱である。

 

桜もそんな二人に習って料理を学び、時々皆に振る舞っている。

 

俺も桜と一緒に余裕がある時は二人に教授して貰っているが、なにせこんな生活だ。まともに教えて貰えたのはほんの一、二回程しかない。

 

何とかして自炊出来るようになれないものか、男性の中で唯一料理出来るのがアーチャーだけとか……何だか情けなく感じる。

 

 ギルガメッシュとセイバー? 出来ると思うかい? いや、やると思うだろうか? あの二人に。

 

身体の調子に付いては後でアーチャー辺りに相談してみよう。桜は………よそう、もしこの身体に異常があったとき、彼女に余計な心配を掛ける訳にはいかない。

 

 そう思い、トレーニングルームの端に架かっていたタオルを手に取り、額から滝の様に流れる汗を拭い、息を整えていると────。

 

「ご苦労様です。先輩」

 

「相変わらず無様な姿よな。雑種」

 

 桜と────ギルガメッシュ? 桜ならいつもトレーニングが終われば迎えに来てくれるから分かるがギルガメッシュが来るなんて珍しい。彼は汗臭いからと言ってここには来る事は滅多にないのに。

 

「なに、あの贋作者がいつにも増して張り切っていたのでな、貴様がよりヘロヘロになっているのを見られると思ってな、ここへ来たしだいだ。崇めるがよい」

 

あぁ、そうですかい。それで? 見応えはあったんですか英雄王様?

 

「うむ! 実に滑稽な姿よ。貴様を見れば生まれたての牝鹿も貴様を敵とは見なすまい。流石我がマスター。そうでなければ困る」

 

 ワッハッハと、豪快に笑うギルガメッシュに溜息をこぼさずにはいられない。

 

というか、本当にそんな理由でここまで来たのか? もうすぐ昼飯なのに………。

 

「おっと、貴様の滑稽さに本命を忘れる所であった。桜よ、こやつにあれをくれてやれ」

 

「は、はい。先輩、飲み物を持ってきました」

 

 ギルガメッシュに促され、桜が渡してきたのは柄の書かれていないボトルだった。

 

恐らくはいつものスポーツドリンクなのだろう。ありがとう。と、桜に礼を言って一口飲む。

 

 口から含んだスポーツドリンクの養分は全身に広がり、疲弊しきった肉体に安らぎと癒しを与えてくれる。

 

甘く爽やかな口当たり、いつまでも呑んでいたい衝動に駆られ、俺は一気にボトルの中身を飲み干してしまう。

 

ぷはーっ! いつも思うがこのドリンクの美味さは格別だ。これを飲んでしまえば先程までの疲れが嘘のように消えていってしまう。銘柄が分からず、どこに売っているのかは分からないが……もしかしてこれは手作りなのか?

 

「ほう。雑種の割に中々舌が肥えているではないか。良い。その才に免じ、貴様に一つ我に対し質問する事を赦そう」

 

 ギルガメッシュ? 今のはどういう意味だ?

 

突然のAUO様の問いに頭を傾げてしまう。助け船を渡してもらおうと桜に視線で訴えると、桜は困ったように苦笑いを浮かべている。

 

え? もしかして……このドリンクを作ってたのは────。

 

「ふん、少しばかり間があったのは気になる所だが……良い、特に許す。貴様のその間抜け面に免じて教えてやろう」

 

 じゃ、じゃあ本当にギルガメッシュが? 

「我のありがたみに平伏するがよい。我が財をこんなにも使うのは後にも先にも貴様────」

 

「奏者よー! キャスターめがご飯できたと申しておるぞ! はやく来ぬか! 余は腹が減った!」

 

 ギルガメッシュの言葉を遮ってセイバーはトレーニングルームに入ってきた。

 

自分の台詞を遮られ、且つ割って入ってこられたセイバーにギルガメッシュは腕組みの仁王立ちのままプルプルと震えていらっしゃる。

 

明らかに激怒している英雄王に隣にいる桜はビクリと身体を震わせて自分の後ろに隠れてしまう。

 

あの、桜さん? そんなに近付かれると……汗臭いでしょ?

 

「す、すみません。け、けど別に嫌じゃないですよ?」

 

それはそれで恥ずかしいから、今は自重して下さい。

 

と、それ所じゃなかったか。まず何とかすべきは目の前の光景。激昂しているギルガメッシュなどどこ吹く風、セイバーはプルプル震えている英雄王に向かって。

 

「む? 何を震えておるのだ金ピカ。というか珍しいな。何故お主が此処にいるのだ?」

 

と、空気も読まず更に刺激するような事を言ってのけた!

 

やややややべぇ! 英雄王の王裸いやオーラが更に膨れ上がって……っ!

 

「ふん、興がそがれた。雑種、種明かしはまた後でだ。首を長くして待っているがいい」

 

と、爆発すると思われていたギルガメッシュのオーラは消え失せ、踵を返して此方に一瞥すると、その口元を邪悪に吊り上げてトレーニングルームを後にした。

 

 き、気が抜けた。ギルガメッシュの強さを間近で見てきただけに彼の怒気を前にした時は生きた心地がしなかった。

 

隣にいた桜も自分と同様に気が抜けたのか、今はヘナヘナと床に座り込んでいる。

 

そして、そんな自分達に対しセイバーはと言うと────。

 

「むぅ、一体どうしたのだあの金ピカは。いつもなら余をチビだのちんまいだとバカにしてくる癖に……い、いや余は別にちっちゃくないぞ。うん」

 

と、相変わらずの平常運転だった。

 

 ……所で、ギルガメッシュは先程何を言い掛けたのだろう? 何やら今まで飲んできたドリンクに付いて秘密があったみたいだけど。

 

まぁ、後で訊けばいいか。本人も今は興が乗らないみたいなこと言ってたし、夜にでも訊きに行けばいいだろう。

 

その後、特に目立った荒事はなく、俺たちはキャスターの作ってくれた昼食を堪能した。

 

メニューはカレー。インド発祥の伝統的料理。味の方はやはり上等のものだった。

 

ただ食べている最中、ふと“彼女”を思いだして一人冷や汗を流したのはここだけの話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして午後。魔術の鍛錬をするために俺はマンションの空いた一室でキャスターの下、その指導を受けていた。

 

「ではご主人様、身体内部の魔術回路をゆっくりと開いて下さいまし」

 

 言われて自分の内に眠る回路を呼び起こす。

 

────瞬間、全身に熱い電流のような感覚が流れていく。

 

ゆっくりと、体中に染み渡らせる様に馴染ませると、やがて力が湧いてくる錯覚を覚える。

 

いや、錯覚ではなく実際に身体能力が向上しているのだろう。腕や手足に宿る力が以前とは比べ物にならないと身体全体から歓喜を起こしている。

 

「はい。ではその状態を維持(キープ)したまま一時間程マンション内を歩いてきて下さい」

 

 魔術鍛錬とは、謂わば精神面の鍛錬に他ならない。魔術回路から流れる魔力のコントロールはそれだけで精神的に多大な負荷をかける。……まぁ、それは素人である自分だから掛かる負担な訳なのだが──────。

 

つまり、何が言いたいのかと言うと………キツいですキャスターさん。

 

「頑張って下さい。マスター」

 

 くっ、電脳世界では難なく魔術を行使出来ていたのに………これが地球の重力に縛られた魂の末路か!

 

「結構余裕そうですので二時間に追加で」

 

 すみませんごめんなさい勘弁して下さい。

 

意外にも肉体派なキャスターの指導の下、泣き言を口にしながら岸波白野の魔術鍛錬は続いた。

 

そして、本日の鍛錬も終えて午前同様息も絶え絶えで床に大の字で倒れる自分にキャスターが寄り添ってくれる。

 

 「……………」

 

キャスター?

 

どうしたのだろう。今のキャスターにはいつものような陽気で尽くしてくれる良妻(自称)の面影はなく、その暗い表情はまるで子の身を案じる母親の様……。

 

「ご主人様、やはり魔術の鍛錬は続けるおつもりなのですか?」

 

────え?

 

「魔術……魔道とはその字の如く“魔の道”です。人の倫理、価値観とは全く異なり、場合によっては『人で在ることを捨てる』事もあるのです」

 

「私は、ご主人様にその様な道を歩いて欲しくない。力が欲しいというのならもっと別の道を歩んで欲しいのです」

 

 耳と尻尾を垂らし、彼女が口にするのは主である自分への心の底からの案じだった。

 

たとえそれが自分に嫌われる要因になろうとも間違っていることなら正す。それが彼女の良妻としての在り方なのだろう。

 

そして彼女の言い分は、それは正しく正論(ただしい)なのだろう。

 

だから俺は言った。─────それは、出来ないと。

 

何故なら────万が一、アーチャーやギルガメッシュが戦いに参加出来ない状況に陥った時、キャスター達を守れる男が自分しかいないからだ。

 

「…………マスター?」

 

呆然と此方を見るキャスターに堪らず視線を逸らしてしまう。

 

きっと、今の自分の顔は赤くなっているに違いない。実際頬の部分が熱を帯びている。

 

「で、では、ご主人様は私達を守る為に?」

 

そ、そうだよ。

 

我ながら情けない声だ。彼女達からすれば毛の生えた程度の素人が歴戦の英傑に対して「君達は俺か守る!(キリッ」と言っているようなものだ。

 

「プップスー! 戦闘力たったの5の癖に見栄張りすぎー」とか、「楯くらいしかならないじゃないですかヤダー!」とか鼻で笑われても可笑しくない。

 

いや、絶対に言いそう。特にギルガメッシュ辺りは。

 

折れそうになる心を必死に奮い立たせ、それでもと言葉を付け加える。

 

 ────これは、意地だ。戦う必要なんてこれからは無くなるだろうが、男として生まれた以上誰かを守れるようになりたいと願うのは仕方がない事。

 

電子の世界での仮初めの肉体ではない本物の身体を得られたのだからこれくらい夢見ても……いいと思う。

 

 

 今回はその対象が我が家の女性陣達だっただけのこと。その為にアーチャーに無理を言ってトレーニングのコーチを頼んでいるし、こうしてキャスターに魔術の先生をお願いしている訳で……。

 

まぁ、つまり………何が言いたいかと言うと。

 

 

────意地があるんですよ、男の子には。

 

「────────っ!」

 

ホント、我ながら恥ずかしい事を話したものだ。キャスター、この事は誰にも言わないでって………キャスター?

 

とうしたのだろう? 俯いてプルプル震えているキャスターに大丈夫かと肩に手を置こうとした時──────

 

「マスタァァァーッ!!」

 

 どわぁぁぁぁっ!?

 

腹部に衝撃が走ると身体が床に打ち付けられる。

 

「あぁんマスターのイケ魂ぶりが半端ない所為で私もう我慢できません! ヤるなら今しかねぇー! そうだそうすれば良かったのだ! これで正妻戦争は私の勝利! という事でタマモ、行きまーす!」

 

 やらせはせんぞぉぉっ!

 

「むらくもっ!?」

 

ルパンダイブしてくるキャスターを横に転がる事で回避。床に顔面を強打したキャスターは口から煙を吐き出して気絶している。

 

そんな彼女を放って行く訳にも往かず、取り敢えずこの部屋にあるベッドに寝かせ、自分はそそくさと部屋を後にする。

 

やはり彼女はいつも通りの彼女だった。

 

まぁ、だからこそキャスターと呼べるのだろうけど。

 

「おぉ奏者よ。ここにおったのか!」

 

あれ? セイバー、どうしたんだ?

 

 

「うむ、実はアーチャーに今宵の夕餉の材料を買ってこいと頼まれてな。一人では寂しいし、そなたを探しておったのだ」

 

アーチャーが? 珍しいな。彼が買い物を人に頼むなんて……普段の彼はその生粋のオカン性質故にこういう事に頼むことはないのに。

 

「そろそろ君たちにも買い物の一つを覚えてもらわないと……と、あやつが申してな。全く、皇帝たる余を小間使いするとは中々度胸のある奴よ」

 

 アーチャーの真似をするセイバーにくすりと笑い声が出てしまう。

 

「まぁ、何事も経験よな。アーチャーの指図を受けるのは少々癪だがそなたと一緒であれば楽しい時間になろう」

 

 そうだね。と、にこやかに微笑むセイバーに同意し、着替えてくるから先に玄関で待っていてと告げるとセイバーはこれまた嬉しそうに満面の笑みを浮かべて走り去っていく。

 

嘗ては暴君と恐れられてきた彼女だが、やはりこういう面では一人の女の子なのだなと思う。

 

────と、呆けている場合じゃないな。余計な時間を掛けてしまえばその分彼女の機嫌を損なってしまう。

 

急いで自室に戻り着替えを済ませ、セイバーの所へ向かうためにマンションに付いているエレベーターへと乗り込む。

 

そうだ。ついでにお詫びとしてキャスターに油揚げを買っていこう。

 

何に対して……とは、訊かないで欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、街中へとやってきた俺とセイバー。

 

まだ聖夜には時間があるというのに街並みはクリスマス一色に包まれている。どこもかしこもカップル達で賑わい、その喧騒はクリスマスの予定について愉しそうに話し合っているものだった。

 

互いにコートを着用の防寒対策を施し(我がセイバー様はコートも赤いのがお好きの様子)、突き刺さるような寒気に抗いながら買い物に向かう最中。

 

「ムッフフー、奏者よ。愉しいな!」

 

え? そ、そう?

 

ただ腕を組んでだけで上機嫌のセイバーに思わずそんな言葉がでてしまう。

 

いや、自分も頗る嬉しいですよ? セイバーのような美少女に腕を組まれているのだ。男である自分としては嫌になる訳がない。

 

彼女という美少女が買い物とはいえ随伴してくれるのだ。故に周りから飛んでくる矢のような嫉妬の眼差しなど何とも思わないさ。

 

あ、でもこの事を桜やキャスターに知られたら……ちょっと怖いかな。

 

特にキャスターからはいつ玉天崩がくるのかと内心怯えていた。

 

だって、あの一撃を受けた男性サーヴァントの悶絶っぷりは見ていた此方もゾッとするんだもの。

 

 隣ではしゃいでいるセイバーを宥めながらそんな事を考えていると。

 

「奏者よ、余は嬉しい。いつもはそなたの後、或いは前に立って戦いを共にしたのものだが……戦いなどなく、ただこうして並び歩くのもいつもとは違う喜びを感じるのだ」

 

 嬉しい。先程のようにはしゃいでいるのは嘘のように静かにそう語るセイバー。

 

そんな彼女の横顔に一瞬ドキリと心臓が高鳴る。普段と違う悲哀に、けれど嬉しそうに微笑む彼女に視線が一瞬だけ釘付けになってしまったのは、このクリスマスを前にした街の空気に当てられたものか。

 

「見よ奏者! このケーキスゴいぞ! スゴく大きいぞ! 余はこれを聖夜に食したいぞ!」

 

 と、青春ぽいのも束の間、いつの間にか大通りの向こう側で子供の様にはしゃいでいる彼女を見て、やれやれと肩を竦ませる。

 

あまり離れるなよ。と、迷子にならないよう少し大きな声で言うと。

 

───────っ!!

 

瞬間。世界は凍り付いた。

 

今まで聞こえてきた喧騒も、街中に響いていた聖夜を思わせる音色も、何も聞こえなくなった。

 

 いや、音だけではない。人が、先程まで大勢いた人間達が何の前触れもなく一瞬にして消え去っていた。

 

セイバー!?

 

堪らず声を上げて振り上げる。

 

───しかし、そこにいる筈の彼女の姿はどこにもなく、今この空間にいるのは自分だけだと思い知る。

 

音もなく、人も消え、残ったのは一瞬にしてゴーストタウンと化した街と自分唯一人。

 

……いや、違う。消えたのは人でも音でもセイバーでもない。消えたのは自分自身だ。

 

自分一人が先程までいたあの場所から“意図的”に消されたのだとこれまでの戦いを通じて得た本能がそう告げる。

 

 ならば、これをやったのは誰だ? こんな結界を施してまで一体何をしようというのだ?

 

 

──────ジャリ

 

 

っ!

 

 音が、聞こえた。今まで自分しかいなかった空間に自分以外の足音が、地面を踏みしめる足音が、背後から聞こえてきた。

 

ゆっくりと、振り返る。

 

「────お前には、何の恨みもないが」

 

それは────騎士だった。

 

桃色のポニーテールを靡かせ、騎士甲冑を身に纏い、手にした剣は敵を切り裂く日本刀に近い形状をしている。

 

性別こそは違うが、アレは自分の知る騎士と全く同一のものだ!

 

『女性の好みですか? そうですね。強いて言うなら年下でしょうか? 年上の女性というのは私の守備範囲外ですので』

 

…………ごめん、ちょい違うかも。

 

「悪いが、此処で倒れてもらう」

 

!!!!!

 

気が付けば頭で考えるよりも先に身体が動いていた。全身に魔力という血流を流し込み、一瞬だけ自身の身体能力を向上させ、横へと飛ぶ。

 

瞬間、自分がいた場所は弾け飛び、爆風により身体ごと吹き飛ばされてしまう。

 

───────がっ。

 

背中に衝撃が貫き、肺から空気が強制的に排出される。

 

 全身に広がる痛みに堪えながら何とか立ち上がり、目の前の立ち上る煙に睨みつける。

 

やがて煙は消え、抉れた地面には先程の女騎士が悠然と立っている。

 

────なんて威力だ。あんなもの一撃でも受ける場粉微塵に吹き飛んでしまう!

 

一体何者だ! 何のために自分を襲う!

 

疑問の叫びを口にしても、女騎士からは何の反応も示さない。

 

ただ彼女から向けられるのは鉄の様に冷めた瞳のみ。

 

そこからは殺意どころか微塵の敵意も感じない。だが、確かな意志が彼女の瞳から感じ取れた。

 

意志があるのなら話が出来る。喩え届かなくても言葉を聞かせる事ができる。

 

────貴女が何を目的としているのは知らない。けれど、仮に貴女が騎士であるなら此方の問答に応えて欲しい。

 

「───────」

 

 一瞬、彼女の目元がピクリと動いた気がした。

 

「済まない」

 

!!!

 

 瞬間、自分の横っ面に衝撃が疾る。

 

反射的に手を出して防御してみたものの、女騎士の力は強く身体を横に吹き飛ばされてしまう。

 

壁に打ち付けられ、鋭く、それでいて重く鈍い痛みが全身を覆っていく。

 

消えかける意識を必死につなぎ止めながら、俺はゆっくりと歩み寄る女騎士に視線を向ける。

 

参った。弱い弱いと思っていたがまさか張り手一発でこうも簡単にやられるとは思わなかった。

 

足に力が入らない事から、走って逃げることも出来やしない。

 

一歩、また一歩近付いてくる女騎士を睨みながらどうしようもない自分に嘆いていると。

 

……ふと、思いついた。

 

あった。一つだけだが出来る事が自分にあった。

 

だがそれは無意味に近い。何せ、もう自分にはそれが出来るだけの“令呪”は残されていないのだ。

 

けれど、それしかない。

 

今も近付いてくる女騎士を見据えながら、俺は深く息を吸い込む。

 

相変わらず俺は弱い。強くなろうにもまだまだ足りない物が多い。

 

だから、申し訳ないけど、今一度俺に力を貸してくれ!

 

「………こい、セイバー……!!」

 

両手を広げ、ただ叫ぶ。

 

そんな自分に目の前の女騎士は一瞬驚き、これ以上何かされる前に潰すと、一気に此方に詰め寄ってくる。

 

ダメか! 目の前に振り下ろされる刃を睨む──────。

 

「───────ッ!?」

 

突然、白い閃光が女騎士の前に立ちはだかる。

 

光が放つ一撃に吹き飛ばされ、女騎士は吹き飛びながらも体勢を整えるが、その時の彼女の顔は驚愕に染まっていた。

 

何故なら。

 

「よくも……よくも余の奏者との至福な一時を邪魔してくれたな。覚悟は出来ているだろうな? 下郎!!」

 

憤怒に染まる花嫁が、その剣の切っ先を女騎士に向けていたのだから。

 

 

 




と言うわけでまず主人公達が介入する世界はリリなのA‘sの劇場版です。
故にグレアム叔父さんも猫姉妹も出てきません。

下手したらなのはやフェイトの出番すらなくなる……かも?

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