それ往け白野君!   作:アゴン

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バイト戦士に、俺はなる!

 

 

 

 翌朝、何やら慌ただしく急いでいたクロノ少年に彼のデバイスを渡して帰るのを見送った後何事もなく朝食を戴き、その後はキャスターの指導の下、今日の午前は魔術の鍛錬を行った。

 

最近体力作りばかりでマトモに魔術の鍛錬がしていなかった為、キャスターがアーチャーに言い含めて今日は彼女が先生となっていた。

 

 ………やたら体をすり寄せてきたのは気になったが、これも精神を集中させる為の鍛錬だと自分に言い聞かせて何とか耐えた。

 

そして午後、昼食を食べ終えた自分は単身でとある場所に来ていた。

 

そこは───。

 

「やぁ、待っていたよ岸波君」

 

昨日ぶりです士郎さん。

 

 今自分は昨日バイトの面接(面接と言っていいのか?)を受けた喫茶店、喫茶翠屋へと来ていた。

 

「あらあら岸波君、来てくれたのね。早速で悪いんだけど厨房の方、お願いしてもいいかしら?」

 

 出迎えに来てくれたのは士郎さんと桃子さん。お昼を過ぎた為かお客の数はそれほどでもなく、今は食休みで珈琲を飲んでいるお客が多い。

 

来る時間帯に少し不安だったがこれなら向こうも迷惑ではなかった……と、思いたい。

 

まだ見習いですらない自分が手伝っては足手纏いになるだろうし、士郎さん達に余計な負担を掛けるのも気が引けるし……。

 

と、此方の考えを読みとったのか士郎さんは微笑みながら腕を組み。

 

「ま、仕事に関してはこれから覚えていけばいいさ、あまり気に病まず何かあったら僕達に相談してくれ。恭也」

 

「なんだい父さん」

 

 笑顔を絶やさずに気にするなとだけ告げる士郎さんは奥にいるだろう従業員の名前を呼ぶ。

 

息子さん…なのだろうか、厨房があるだろう店の奥から現れたのは自分より少し年上の好青年なお兄さんだ。

 

「こっちは息子の恭也、今日は息子も手伝いに来てくれたから分からないことは聞いてくれ」

 

「恭也だ。君の事は親父達から聞いている。取り敢えず奥へ引っ込もう。何時までもここにいては他の客の迷惑になりそうだからな」

 

 恭也さんに言われ、自分は彼の後を追い厨房の方へ向かう。その様子に士郎さん達は苦笑いを浮かべながら頑張れとだけ言ってくれた。

 

そして予め用意してくれたエプロンを身に纏い、バイトとして自分に待ち構えていた仕事は……。

 

「それじゃ、先ずは皿洗いから初めて貰おうか」

 

 食べ物を提供するお店らしい仕事だった。

 

 

 

 

それからというもの、恭也さんの指導の下で様々な仕事とそのやり方を教えて貰った。

 

テーブルに残った配膳の片付け、厨房の掃除、レジ打ちから注文を受け付けるフロアスタッフのオーダーまで、本当に色々な事を教わった。

 

そして口調こそ冷たく感じるものの、恭也さんの教え方はもの凄く丁寧だったし、仕事に失敗したときはフォローまでしてくれた。

 

 まんま仕事場の頼れる兄貴だと最初の頃の印象がガラリと変わり、そして恭也さん自身も少しは気心を知れてくれたのか、此方の呼び方を少し柔らかくなっていた。

 

そして本日の仕事が終わりに差し掛かった頃、お店の裏で小休止していた時。

 

「どうだ。喫茶店のバイトは? 意外に疲れるだろ?」

 

慣れない仕事に疲弊していた自分に、恭也さんが缶コーヒーを片手に歩み寄ってきた。

 

「まぁ、今日は他のバイトの子がいなかったからお前に掛かる負担が大きかったが……いや、中々助かったぞ」

 

 そういって恭也さんは此方に缶コーヒーを投げ渡し、自分の隣に座る。

 

奢ってくれた恭也さんに礼を言い、蓋を開けてコーヒーを飲み干す。今まで水分を取っていなかった為かコーヒーの冷たさに喉が潤っていく感覚が心地良い。

 

「実際助かった。父さんや母さん達だけでは少しキツい時間帯だったからな。お前が物覚えがいいからついこき使ってしまった。……初日だというのに済まないな」

 

 恭也さんの謝罪に気にしないで下さいと返す。確かに初めてやる割には仕事量が多くて驚いたけど、その分経験も出来たし失敗した時の対処法も教えて貰えたのだからこれはこれで悪くない。

 

そう言うと恭也さんは自分の何に驚いたのか、一瞬だけ目を見開かせ。

 

「……意外に前向きなんだな。普通はこんなにやらされたら心のどこかでは多少なりゲンナリするものだが、お前にはそんな機微が全くない」

 

 驚いている恭也さんにそんな事はないと返す。確かに自分でも自覚はあるがどちらかと言えばそれは開き直りや強がりの方だと思う。

 

「………お前、他の人から鈍いとか言われてたりしてないか?」

 

 あれ? なんか呆れられてる?

 

溜息を吐いてジト目になる恭也さん、一体どうしたのだろうと声に出そうとすると。

 

「っと、そろそろお前も休憩終わりだろ? 次はフロアで注文を受ける仕事だ。今度は俺からのフォローはないからしっかりやれよ」

 

 恭也さんは先に立ち上がり、最後に頑張れよと言葉を掛けて厨房の方へ向かう。

 

期待してくれるなら応えるしかない。

 

缶コーヒーを飲んだ事でやる気と元気を取り戻し、本日最後の仕事場であるフロアへと向かった。

 

────が。

 

「ほう、ここが雑種の働き場か。雑種らしくなんともこじんまりとした店よな」

 

「むっ、このシュークリームとやら中々の美味! 店主、これをもう一個、いや二個追加だ!」

 

フロアにある一番目立つ席に座る一組の男女。赤と金、それぞれ目立つ過ぎるコートを着る二人に思わず突っ込んでしまう。

 

というか、何故二人がここにいる! セイバー&ギルガメッシュ!!

 

「む? 雑種か。ほうほう、中々様になっているな。給仕姿が早くも板に付いているではないか。このケーキは貴様が造ったものか?」

 

 違ぇよ。今日来たばかりのバイトがいきなりケーキなんて作れる訳ないだろ。

 

というか、なにしに来た。

 

「ふ、そう邪険にするでない。我が雑種が如何様に働いているのか、それを見定めるのも王の役目」

 

 なんからしい事を言っているが、要するに自分という弄りキャラを遠巻きに見つめて面白おかしく肴にするって話だろうが。

 

「うむ、正にその通りよ。流石は雑種、その鋭さはもはやAランクよな」

 

 喧しい。何がAランクだ。

 

……まぁ、ここであーだこーだ言っても埒が開かないし、自分にも仕事がある。ここで二人だけに構っている訳にもいかない。

 

咳払いをし、気持ちを切り替えて訊ねる。ご注文は?

 

「このメニューにある品物、上から全部だ。無論、テイクアウトでな」

 

 うっはー。やると思ったが本気でやりやがったこのAUO。

 

というかそれだけの品、全部食べきれるのか?

 

「我をどこぞの腹ペコ王と同列に扱うなたわけめ。ここで買った品は全て我の蔵に入れておくだけよ」

 

 そう言えばギルガメッシュの財宝をしまっている蔵は時間という概念がないんだっけ?

 

時間が進まなければ生物だって腐らないだろうし、そもそもこの英雄王の蔵に入っているのは武器武具の類だけではない。

 

 聞いたところによるとギルガメッシュの蔵には槍や剣だけではなく、酒や霊草なる食物等も収納されているとか。

 

前も酒を自分に振る舞おうとしてくれたし、自分の身を案じて霊草まで出そうかと気遣ってくれたりもしたっけ。

 

 まぁ、ひとまずはその話は置いといて今はギルガメッシュの注文に従おう。

 

少々時間が掛かりますが宜しいですか?

 

「ならん、四十秒で支度せよ」

 

 では少々お待ち下さい。

 

「奏者も段々と金ピカの扱いに慣れてきたな……」

 

 それも今更である。というかセイバーさん、鼻とほっぺたにクリームついてて子供っぽいですよ。

 

「全く、貴様は中身も外面もちんまいな」

 

「だ、誰が豆粒ドチビか!」

 

「そこまで言っておらんわ!」

 

はいはいお客様、他のお客様のご迷惑になりませんよう大人しくお待ち下さい。

 

 騒いでいる二人を尻目に、自分はその後も黙々と仕事を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからフロアでの注文の受け取りも難なくこなし、バイト初日の仕事は滞りなく完了した。

 

 時間的には夕方過ぎ、お客の姿は疎らになり、外も夜の帳が降りようとしていた。

 

ギルガメッシュとセイバーの姿もいつの間にか消えている。飽きて帰ったかそれとも別の所へ遊びに行ったか。

 

自分としては早々に帰って大人しくしていて欲しい所だが……あの二人にそれは無理な注文というものだろう。

 

「お疲れ様岸波君、バイト初日からこき使ったけど大丈夫だったかな?」

 

 仕事を終え、私服に着替えようとした自分に士郎さんから声が掛けられる。

 

 此方を気遣ってくれる士郎さんの心意気に感謝しながら、彼の手元を見る。

 

お疲れ様です。士郎さんは明日の仕込みですか?

 

「そうだね。正確に言えばクリスマスに備えてだけど。やっぱり今年も予約が一杯でね、今の内にスポンジ部分だけでも焼き増ししておかないと」

 

 苦笑いを浮かべながら士郎さんは手元にある容器の中を専用の道具でかき混ぜる。

 

やはりプロの人間が手掛けるだけあってその手際は見事なものだ。

 

ただ、自分としてはこのまま帰るのは些か後味が悪い。本来なら自分もクリスマスケーキに備えて手伝う筈だったのに……。

 

「気にしなくていいよ。実は君が主な雑務の殆どを担当してくれたお陰で桃子も僕もケーキ作りに専念できた。既に予約の大半は完成したし、後は今晩中に全て作り終わらせるさ」

 

 そ、そうだったのか。なんだか士郎さんも桃子さんも厨房から出て来ないものだから何してるんだろうと変に勘ぐったのだが、そういう事なら自分も頑張ったというものだ。

 

ただ、自分としてはケーキ作りをしてみたかっただけに少々拍子抜けではあるが。

 

と、そんな自分の考えを見抜いたのか、士郎さんはクスリと笑みを浮かべ。

 

「そうだね、今は無理だけど時間があった時は教えるよ。桃子もお菓子作りは得意だし、恭也の話では岸波君は飲み込みが早いみたいだから案外はやくお店に並べられるだけの腕になるんじゃないかな?」

 

 士郎さんのお世辞に自分はただ苦笑いを返すだけで精一杯だった。

 

士郎さんの仕事の邪魔をするわけにもいかず、 自分は着替える為にロッカーに向かう。

 

それでは士郎さん、また明日。

 

「はい、お疲れ様」

 

 士郎さんに挨拶をして出入り口を後にする……と。

 

「ひゃわ!」

 

 自分の腹部に軽い衝撃が響く、何かと思い視線を下ろすと栗色髪の少女が鼻を押さえて涙目になっていた。

 

「だ、大丈夫? なのは」

 

「う、うん、大丈夫だよフェイトちゃん」

 

 隣にいた金髪ツインテールの少女が栗色髪の少女に寄り添う。

 

しまった。士郎さんに挨拶をしていた為に前方不注意になってしまった。

 

鼻を押さえて痛がる少女に謝罪と共に大丈夫かと訊ねる。

 

「あ、はい。大丈夫です。此方こそすみません」

 

 栗色髪の少女は此方に振り向くとぶつかってすみませんと頭を下げてきた。

 

まだ小学生位だろうに礼儀が出来てる子だと思わず関心してしまう。

 

「あの、もしかして新しく入ったバイトの人ですか? あの、私高町なのはって言います」

 

 元気よく自己紹介してくれるなのはちゃんにこれはご丁寧にありがとうと返す。

 

……ん? 高町ってもしかして士郎さんの?

 

「はい! 高町士郎は私のお父さんです!」

 

 これまた元気よく手を挙げるなのはちゃん。その仕草に微笑ましく思いながら自分も今更ながら此方も自己紹介をしておく。

 

「初めまして、岸波白野です。これから士郎さん、桃子さんのお世話になるから宜しく」

 

「はい。此方こそ宜しくお願いします」

 

 満面の笑顔で返される。この子、ええ子や!

 

太陽に輝く彼女の笑顔に癒されるとなのはちゃんの横に立つ金髪の少女は困った顔付きでオロオロとしていた。

 

「あ、そうだ。折角何で紹介します。此方はフェイト=テスタロッサちゃん。私の大事なお友達です」

 

「ふ、フェイト=テスタロッサ……です」

 

 どうやらテスタロッサちゃんは少しばかり人見知りのご様子。仕方ない、いきなり見知らぬ人に名乗るというのはこの年頃の女の子には抵抗があるのだろう。

 

さて、お互い自己紹介を済ませたからお近付きの意味を込めて自分の奢りでシュークリームの一つくらいご馳走してあげたい所だが、生憎今の自分の金銭にはその余裕すらない。

 

加えてここはお店の出入り口だ。もう間もなく店終いとはいえここにいては邪魔になってしまう。

 

「なのはー? 家に帰ってたんじゃなかったのかー?」

 

 店の奥から士郎さんの声が聞こえてくる。

 

 

「あ、お父さんが呼んでる。ごめんなさい白野さん。もっとお話をしたかったんですけど……」

 

 此方に気を遣っているのか、申し訳なさそうに顔を伏せるなのはちゃんに気にしなくていいと声を掛けて道を譲る。

 

「ありがとうございます! いこ、フェイトちゃん」

 

「う、うん」

 

 そう言うとなのはちゃんは礼儀正しく頭を下げて店の奥へと向かい、フェイトちゃんもペコリと頭を下げてなのはちゃんの後を追った。

 

礼儀正しい子だなと関心しながら自分も帰路に付いた。

 

「………ねぇ、なのは」

 

「うん? どうしたの? フェイトちゃん」

 

「あのね、エイミィから渡された映像に映ってた花嫁さんなんたけど……その隣にいた男の人って、あの人じゃない?」

 

「ふぇ?」

 

「見切れてたから分かりにくいけど、多分間違いないと思う」

 

「………あ、確かにそうかも」

 

「でしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな遅いなー、一体どこまで遊びに行ったんやろ?」

 

「全くアイツ等ったら、折角はやてが奮発して鍋にしようかって時に」

 

 既に時刻は九時を過ぎている。夕食の時刻はとうに越えているのに以前として帰る気配のない四人の家族にはやては寂しそうに呟く。

 

そしてそんなはやての呟きが聞こえた凛は怒りを露わにして腕を組んでいる。

 

「凛姉ちゃん、そんなに怒っては血圧あがるよー?」

 

「そうよ凛、あまりカリカリしてると皺が増えるわよ?」

 

「やかましい! 大体はやて! アンタもアンタでアイツ等の主をやってるんだからもっとしっかりしなさいよー!」

 

「あわわ、藪蛇やった」

 

 怒っている自分に対し茶々を入れてくる二人に凛は憤怒の叫びを上げてはやての頬を引っ張る。

 

十歳特有の柔らかいプニプニ肌を堪能しながら、凛は呆れの混じった溜息を深々と零す。

 

「ホンッとアイツ等ってば何回言っても分からないんだから、はやてを寂しい思いをさせてる自覚があるんだったら側にいてやりなさいよね」

 

 遠坂凛は自身に自我が目覚めた時は既に天涯孤独の身の上だった。

 

幼い頃から生きるか死ぬかの日々を強いれられ、戦い、他者を傷付け、そうすることでなんとかこれまで生きてこられた。

 

西欧財閥にテロ行為をしていた頃には色々な仲間ができてたりしていたが、それまでは孤独の日々を送っていた彼女にとって、はやては自身の過去を見ているような気分になっていた。

 

ましてやはやての足は不随、車椅子がなければ満足に外に出歩くことさえ出来やしない。

 

幾ら両親が残してくれた遺産があるとはいえ、財産が孤独を癒すことは出来ない。

 

 今この小さな少女に必要なのは力でもお金でもない。痛みや寂しさを和らげてくれる“家族”だ。

 

なのに、その家族ときたら今ははやての事などは放っておいて闇の書の蒐集なんぞに精を出している。

 

(ったく、何が守護騎士よ。主の騎士を名乗るんだったらそれぐらいのアフターケアをしてみなさいっての!)

 

 帰ってきたら折檻ね、と凛は内心決意した。

 

ふと、はやての頬を摘んでいた手に暖かい感触が宿る。

 

何かと思い顔を上げると、はやては微笑みを浮かべながら凛の手に重ねるようにして手で触れていた。

 

「凛姉ちゃん。ありがとね」

 

「………はやて?」

 

「ウチは幸せもんや。今はシグナム達はおらんけど、凛姉ちゃんやエリーちゃんもおる。そんで凛姉ちゃんがシグナム達に本気で怒ってる。それがウチにとってどんな宝物よりも大事に思えるんや」

 

 はやては言った。嘗て願っても決して叶わなかった願いがあったと。

 

そして今、一生叶わないと思ってた願いが叶えられ、それがどんな宝石や財宝よりも美しく、尊いものなのだと。

 

はやてにはもう願うべき夢がない。全てが叶った今、彼女には欲というものは存在していなかった。

 

ただ一つ願うとすれば、この“今”が自分に許された限り続いて欲しいということ。

 

──だが。

 

「バカ言ってんじゃないわよ」

 

「あいた」

 

遠坂凛は、そんな少女の儚い願いをチョップで以て両断に斬り伏せた。

 

「アンタのその願いは願いじゃない。今の日々が宝物? 冗談じゃないわ。そんなものはあって当たり前、誰もが持ってる当然の権利よ」

 

「ふぇ? り、凛姉ちゃん? で、でもウチは今のまんまで十分幸せやよ?」

 

 叩かれたおでこを押さえ、若干涙目になるはやて。一体自分の何がいけなかったのか、それが本気で分からない彼女は凛に心底呆れた様子で溜息を吐かれた。

 

「そんなものは幸せって言わない。単なる心の贅肉、余分な心の油の塊よ。本気で幸せを願うんならもっと利己的にならなきゃ」

 

 凛の幸せ理論にはやては目をパチクリさせる。

 

彼女の言っている言葉の意味を半分程度も理解出来ないはやてはただ凛の幸せ抗議を聞くしか選択は残されていなかった。

 

「アンタは一度家族を失い、そしてあの守護騎士(バカ共)という家族を得た。分かる? アンタは今幸せを得たんじゃない。漸く願いを叶える為のスタートラインに立った所なのよ」

 

「スタート……ライン?」

 

はやての呟きに凛は力強く頷いた。

 

そう、この八神はやては自身の願いを叶える最低限の位置に立っているだけに過ぎない。

 

まだ家族と遊びに行ったり、泣いたり、我が儘言ったり、喧嘩の一つもしていない。

 

それなのに十分幸せ? 願いはもうない?

 

嘘ばっかりの強がりはそこまでにして欲しい。というか、まだ十年程度しか生きていない小娘が自分を差し置いて幸せ云々を語らないで欲しい。

 

こちとらまだ彼氏らしい彼氏のいない寂しい青春の真っ只中にいるのだから!

 

(この子、アレね。SGがあったら見栄っ張りとか強情っぱりとかの類ね、絶対)

 

 呆けた様子で此方を見つめるはやてに凛はそう評価する。

 

子供なら子供らしくもっと我が侭言えば良いのだ。もっと大人を困らせて自己アピールすれば良いのだ。

 

「兎に角、そんな年寄り臭い願いは空の彼方に吹き飛ばしなさい。アンタは自分の“今とこれから”にバカみたいに期待で胸を膨らませとけばいいのよ」

 

「今と……これから?」

 

噛みしめる様に呟くはやてに凛はそうだと応える。

 

二、三回程頷いた後、はやては今までとは違う年相応の無邪気な笑顔を見せて。

 

「うん。そうやね、ウチ、もうちょっと欲張りになる」

 

「そうよはやて、欲望は女を美しくするの。下手な我慢は美貌の大敵よ」

 

「おー、なんやエリーちゃん大人やな~」

 

「アンタが言うと……洒落にならないわね」

 

ランサーからの横やりに苦笑いをするも、はやてが年相応の子供らしさを取り戻したことに良しとする。

 

「さて、それじゃあ食べるとしますか。いい加減お腹空いちゃった」

 

「あ、アカンよ凛姉ちゃん。ちゃんとシグナム達の分も残しておかんと」

 

「帰ってこない連中が悪いのよ。今日のお肉は私が貰ったー!」

 

「や、やめて~!」

 

 こうして、騒がしい夕飯を堪能して夜は耽っていった。

 

そうだ。絶対にはやては死なせはしない。

 

シグナム達もそうだ。あの聞き分けのない連中は揃って折檻してやらねば気が済まない。

 

だから……そう、だからこそ。

 

(守ってみせる。絶対に!)

 

遠坂凛はその決意の下、終始はやてに付き添うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし翌朝、はやては突然の発作を起こし、病院に入院する事になる。

 

決意は無意味、闘志は無価値。

 

希望はなく、あるのは絶望と無力のみ。

 

暗き聖夜の日まで……あと、数日。

 

 

 




いよいよリリなのAsもクライマックスに近づきました。

今回凛の心情を自分なりに書いてみました。

物心ついた時から天涯孤独な身の上だった彼女は、その心の奥底で家族というものに憧れを抱いていた……なんて自分の妄想を多分に含まれておりますが。

楽しんで戴ければ幸いです。

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