転生した。
目が覚めた場所はなんかでっかい塔が見えるファンタジーっぽい都市。己は草臥れた服にポーチをつけた小さい子供。パルゥムという種族らしい。
ありきたりだなー、と思いつつ、欲しいと願ったドラえもんの「ひみつの道具」が使えることに狂喜乱舞し、そしてすぐさま近くの廃墟を借りて隠棲する事になった。
え、冒険者? ダンジョンに潜ってモンスターと戦闘?
嫌です。
何が悲しゅうてガチの命のやり取りをしなくてはいけない。あれはアニメやゲームで見て楽しむのだ。
ひみつの道具あるから大丈夫? チート万歳?
嫌です。
確かに、ドラえもんのひみつの道具は凄い。道具を使えば碌な特技が無い己でもすぐに一流になれる。
【スーパーてぶくろ】を使えば怪力に。
【名刀電光丸】を使えば超一流の剣士に。
【魔法事典】を使えば大魔法を自在に操る魔法使いになれる。
その万能感は凄まじい。実際にテンションが上がって、こっそりダンジョンに潜ったことがある。潜ったのは上層部のみだが、道具を使えば余裕で勝てる。
が、無理。精神的に無理なのだ。
まず、モンスターが怖い。
いや、道具はちゃんと攻撃を防ぐし、普通に倒せるけどね? 自分とさほど変わらない大きさで、生臭くて醜悪な顔のモンスターがギャアギャア言いながら襲いかかってくるのだ。
あたしゃ、ゾンビ系とかドッキリとか、そういうの嫌いなんだよ。
後ろから急に音がしたと思って振り向いたら壁からモンスターが「こんにちわ」って出てくるし、倒したら倒したでドバドバ生臭い血を流す死骸が出来るし……。
うえっぷ。思い出しただけで気持ち悪くなってきた……。
魔石を取れば死骸が灰になるが、そもそもさっきまで生きていた生物にナイフか手ででグチャグチャほじくる必要がある。嫌だよやりたくない触れたくない。
よく小説で現代人が異世界行って生活するという話はあるが、よくこういうグロいのに耐えられると思う。慣れればイケると言われそうだが、慣れる前に己の精神がイカれる。
それに、あれだ。冒険者がLv.2になると神々から貰える二つ名。
あれ、思いっきり黒歴史に直撃してああああアアあァあ―――――。
うん、前世のHDDに残してきた数々はひみつの道具で無かったことにしたが、冒険者になったら神々の玩具となり、【
これでまだマシなのだ。神々が悶絶して顔を真っ赤にして酸欠するような名前でさえ、本人達が恰好良いと喜んでいるのが更に辛い。
うん、無理!
己の豆腐メンタルを再確認した結果、やっぱり当初の予定通りせせこましく生きることを決めた。
道具を使えば何でも叶えてくれる。
衣食住はどうにかなる。が、できる限り使わないで生きていきたい。
ひっそりと、怪しまれず暮らすべく、親切な神様に助けて貰いながら少しずつ仕事して、やりたい事をやって、時々、困っている人を助けて。
その間に、前世の漫画や小説なんかを描くか取り寄せて、周りに見せた結果――。
いつしか、オラリオの有力者達ばかりが集まう店を経営する羽目になりました。
どうしてこうなった。
まあ、みな気の良い人と神ばかりなんだけどね。
時々、面倒事や訳分らん事言われるけど。
◆
僕が初めてあの店に行ったのは、神様に連れられて【ファミリア】の入団の儀式を行う時だった。
迷宮都市「オラリオ」。
「ダンジョン」と呼ばれる地下迷宮を有する巨大都市であり、古代より怪異達から世界を守る為の最前線である。
ここには無限にモンスター達を産み出す『穴』があり、古代の人々はモンスターが生み出す魔石を得るため、そしてモンスターによる地上進出を防ぐためにこの『穴』を塞ぐ『蓋』を造り上げた。
そして千年ほど前に天上の神々が地上へ降臨し、彼らの『恩恵』を受けてからは一変。
どんな人でも『恩恵』を受ければ下等のモンスターを討伐できる力を持つようになった事で、人は富や名声や未知を求めてダンジョンへ潜る『冒険者』となる。
それが退屈を嫌う『神々』には面白いものらしく、人と神々は『ギブ&テイク』の関係を結びながら文化を育み、発展していった。
そのオラリオに、僕は出会いを求めてやってきた。
「ほら、ベル君こっちだよ!」
ツインテールの黒髪に幼い顔立ちの少女が手を引っ張って案内してくれる。僕がこの都市に来て出会った神様だ。冒険者になるには【ファミリア】へ所属する必要がある。だけど何処の【ファミリア】も門前払いされて、途方に暮れていたところを助けてくれたのが神様だった。
神様も【ファミリア】を結成しようとしていたらしく、僕を誘ってくれたのだ。
「神様、どこへ行くんですか?」
「ふっふーん! よく聞いてくれたね!」
たゆん、と小さな身体に似つかない大きなものが揺れるのを見て、思わず眼をそらしてしまう。
「うん、どうしたんだい?」
「あ、いえ! 何でもないです!」
「そう? それでねベル君。この先に【ファミリア】入団の儀式に相応しい場所があるんだ」
神様に連れられて来たのは、人が一人が通れる程度の狭い路地を通った奥にあった青い屋根が特徴的な洋館だった。
うん、なんというか。
「廃墟、ですよね……?」
古臭くて酷く寂れた雰囲気だ。壁は風化してひび割れ、石材が剥がれ落ちている。玄関前も僅かに見える庭は雑草だらけで碌に手入れされていない。
唯一、門の前にある看板だけは新しく、そこに
<よろずや ひみつの青狸亭>
「あ、アハハ……。見た目は凄いけどね。でも、中は凄いんだよっ! ほら、ベル君もおいで!」
神様は手慣れた様子で門を押し開け、中に入っていくのを慌てて追いかける。
ガランガラン、と扉につけられた錆びたベルが鳴った。
「やーやー、邪魔するよー!」
「わぁ……」
中に入って見ると驚いた。
失礼な言い方かもしれないけど、外観からは想像できないほど館内は綺麗で、静かで落ち着いた雰囲気になっていた。
広々としたホールは漆喰塗の壁と年季の入った飴色の柱に付けられた魔石灯が淡く輝いていて、床には足が沈むほど柔らかい絨毯が敷かれている。天井は高く吹き抜けになっていて、十数列もの本棚にソファにテーブル、イスが並んでいた。
玄関のすぐ横のカウンターに座っていたのは、真ん丸い男の人だった。壁には笑みを浮かべる青い不思議な動物の絵が描かれたタペストリーが飾られている。
髭はないけど、ドワーフなのかな? 男の人はこちらを見るや読んでいた本に栞を挟み、大きな真ん丸の顔に愛嬌のある笑みを浮かべた。
「おや、いらっしゃい神ヘスティア。本日の御用は?」
「ふふん、ドラ君見てくれ! 今回ボクの【ファミリア】に入団する子だ!」
「へぇ」
椅子から降り、こちらに歩いてきた。
「初めまして。ここの店主のドラ・エモンです」
「僕は、ベル・クラネルと言います」
差し出された手をしっかりと握り返すと、ドラさんは笑みをこぼした。
「ドラ君、ちょっと奥の書庫を借りるよ!」
「はいはい。今日はもう閉める予定だったし、構わないよ」
「よし、行くぞベル君!」
神様に手を引かれて入った一室は、奥までずらりと大量の本棚が並んでいた。隙間なく綺麗に本が並んでおり、独特の本の匂いで満ちていた。
「さ、ベル君。上着を脱いで、ここのソファーにうつ伏せになってくれないかい?」
「え、服をですか?」
「うん、これから君に僕の『恩恵』を刻む。冒険者になる第一歩さ」
神様に弾んだ声で言われ、急いで上着を脱いでうつ伏せになる。
「よいしょ、っと」
ムニュ。
「え、ちょ、神様?」
「ほら動かない。今からベル君の背中に『恩恵』を刻むから……」
あの、腰に、背中に、直に、太ももの温かくて柔らかい感触が……。
「ここはねベル君」優しい声で神様が言った。
「僕が知っている中で一番種類が豊富で面白い物語が書かれた本が所蔵されている場所でね。ボクが眷属を持つ時は、沢山の
あ、背中にサラサラとした髪の毛と、生暖かい息がかかってる……。
ゆ、指! 背中に指が滑っていくのがくすぐったい!
「ところでベル君、どうして君は冒険者になろうと思ったんだい?」
「うえッ!? あの、その、実は僕、『
「出会い~?」
「僕を育ててくれたお祖父ちゃんが言ってたんです。『出会いは偉大』、『ハーレムは至高!』だって……」
「君、絶対育て親を間違えたよ」神様が呆れた声を上げる。
「よし、これで『恩恵』は刻まれたよ」
神様は最後に僕の背中に指を優しく滑らせ、上から降りた。
……背中にまだ神様の感触が残ってる気がする。
「ん、ベル君、どうかしたかい? 顔が赤いけど」
「あ、いえッ!何でもないです!!」
「そ、そうかい?」
慌てて上着を着なおし、神様と一緒に部屋を出て入り口まで戻る。
「ん、終わったか?」
店主さんは置時計をチラリと確認して立ち上がった。
「ふんむ、どれ、少し早いが夕食でも食べていくか?」
「あ、ボクはハンバーグ定食! 飲み物はサイダーで!」
「君はどうする?」
「えっと、僕も神様と同じものを……」
「あいよ、ちょっと待っててくれ」
「うん、ボク達はそこで待ってるよ」
神様と一緒に近くのイスに座ってちょっと喋っていると、直ぐに店主さんが戻ってきた。手には透き通ったジョッキと大皿を持っていた。
「取り合えずサイダーとつまみの芋のフライだ。肉はいまから焼くから少し待っててくれ」
ゴトリと目の前に置かれたジョッキに驚いてしまった。ガラスのジョッキなんて初めて見たし、飲み物も水の様に透き通っていてシュワシュワと音を立てて弾けていたからだ。
「ベル君、かんぱーい」
「か、かんぱーい……」
ジョッキをぶつけ、恐る恐る一口飲んでみるとびっくりするぐらい美味しかった。一緒に出てきた芋のフライも強めの塩気があり、外はカリッと、中はホクホクで美味しい。そしてフライを食べてからサイダーを飲むと、パチッと弾ける様な刺激と爽やかな甘みが芋の塩と油を洗い流してくれるのがたまらなかった。
ついつい手が進んでしまう。
「そういえば神様。このお店って酒場なんですか?」
「いや、違うよベル君。元々は貸本屋でね」
この店に並んでいるのは全て店主さんの故郷の本らしく、オラリオでもここにしかない本が数多く揃っている。外観がアレなため客は少ないそうだが、中には閉店時間まで居座る者も出たため店主が軽い食事を出したのが始まりらしい。
するとあれも欲しいこれも欲しいという声が出始め、今では本に食事に酒、頼めば珍しい品物も揃える何でも屋になってしまったという。
「今では知る人ぞ知る名店という扱いだし、ドラ君自身も凄い子だからね」
「いやいや、私は大した人物ではないよ」
エプロンを着た店主さんが苦笑いを浮かべ、ワゴンを押してきた。
「私は故郷の小説や漫画を
「それだけでも十分凄いとボクは思うけどね。それに、ドラ君は恩恵が無いのに、前に店で暴れた冒険者を投げ飛ばしたじゃないか」
「そうなんですか!?」
「凄かったんだよあの時。Lv.2の上位冒険者をこうピュン!って素手で投げ飛ばして抑え込んじゃったんだ。他にだって冒険者と一緒に訓練したり、模擬戦で負かしたって聞いてるし」
「凄い……!」
恩恵が有る人と無い人では全く違う。
例えばダンジョンに出てくるゴブリンやコボルトは恩恵が無い人だと何人も大人が死を覚悟して戦わなければならない化け物だけど、恩恵が有れば一人でも簡単に倒せると言われている。
上位冒険者となれば別格だ。
その様な人を投げ飛ばし、一緒に訓練をしている。神様の言う通り、店主さんは本当に凄い人なんだ。
「あれは偶々ですって。それに、訓練も仕方なくやっているだけですしね」
「うーん、そんなこと無いと思うけどなー」
「いやいや、そうですよ。こんな腹ですしね。さて、ご飯にしましょう」
ポン、と腹を叩いて笑みを浮かべ、お代わりのジョッキを置き、僕たちの目の前に大きな鉄板付きの皿を並べていった。
「ほいお待ちどぉ。ハンバーグ定食だ」
「うわぁ……」
熱々の鉄板には目玉焼きを乗せた大きなハンバーグが乗っかっており、ジュウジュウと肉汁とソースが焦げる匂いが漂ってくる。脇には鮮やかな色をした焼き野菜。カップに入ったスープに籠一杯の温かい白パン。
僕には信じられないほどのごちそうだった。
「わーいハンバーグ!」
漂ってくる匂いに思わず生唾を飲み込んでいると、ハッと気が付いた。
お金、あったっけ?
慌てて財布を取り出し、中身を確認する。
……硬貨一枚も入っていなかった。
「えっと、あの、実は僕、あまり手持ちが……」
「ベル君。これはキミの入団祝いだからね! ボクが支払うさ!」
「神様……」
神様、僕のためにこんなに祝ってくれるなんて……!
「神ヘスティア、あーた偉そうに言ってるけど一度も代金払ったことないでしょ」
「神様……」
「あ、あはは……」
現実は残酷だった。
えっと、あの、皿洗いでも何でもしますので……。
「いいよいいよ。来たばっかりの子に払ってもらおうと思わないし、これは私からのお祝いという事にしとくよ」
このぐらい安いもんだと、店主さんは笑いながら答えた。
「そうだな。いつか大成したら纏めて払ってくれればいいよ。ま、それは置いといて。今は冷めないうちに早く食べるといい」
「じゃ、ベル君! ジョッキを持ってくれ!」
「は、はいッ!」
「それでは、【ヘスティア・ファミリア】の結成と、冒険者になったベル君の活躍を祈って――」
「「かんぱーい!」」
ガチンとジョッキをぶつけ、そこからは神様と一緒に一心不乱にハンバーグを食べていった。
「神様、これ凄く美味しいですよっ!」
「そうだねベル君!」
「はい、お代わりのサイダーね」
本当に楽しい食事だった。おじいちゃんが亡くなってからはいつも一人で食べていたから、こうやって他の人と食事するのも久々だった。
「頑張らないといけないなぁ」
神様や店主さんからこうやって祝ってくれたんだ。
僕は、冒険者になったんだから。
「いやーベル君! ボクも久々にジャガ丸君以外を食べられて嬉しいよ!」
……取り合えず、早く神様をちゃんと食べさせてあげられるようにはしよう。
僕は固く心に誓った。
おまけ。
あれから僕は神様と二人でよく店主さんの店へ行くようになっていた。入団のお祝いをやった時に漫画を貸してもらってからすっかり嵌ってしまい、普段はダンジョンへ潜ってからだけど今日みたいに休みの日には朝から行くようになっていた。
「や、ドラ君来たよー」
「いらっしゃい。今日は早いね」
「あはは……。今日は休みでして……」
「そうなのか。まあ好きに見ていくといい」
店内で読むなら先に貸出料を払い、何か飲み物や食べ物を頼むのがマナーだけど、僕の稼ぎでも払えるぐらい安い。それに一度でも払えば幾らでも本を読んでいいのでかなり助かっていた。
僕がいま読んでいるのは『Fate/』シリーズと呼ばれる本だった。この店でも大人気の本でよく貸出中か誰かが持って読んでいるかでいつも無いけど、今日はまだ朝早い所為か『Fate/stay night』が全巻揃っていた。
思わず神様と顔を見合わせ、現実だと理解すると喜びの声を上げてしまった。店主さんから静かにねと注意されてしまった。
恥ずかしさのあまり顔が熱くなってしまい、でも折角の本を逃さないように全巻持って隅にあるソファに座って読み始めた。
「ベル君は『Fate』が好きなのかい?」
店主さんが今日のお菓子とお茶を並べながら聞いてきた。
「えと、はいッ! 大好きです!」
「あはは、店内では静かにね」
またやってしまった。神様からもちょっと五月蠅いと言われてしまった。
恥ずかしい……。
「まあでも、それだけ好きならアニメも見せてあげたいね」
「え、アニメ、ですか?」
店主さんから零れた呟きに思わず聞き返すと、店主さん曰く、ここには漫画小説どちらもあるけど、本来は『げぇむ?』や『あにめ?』と呼ばれるものを店主さんが道具を使って書いたものだそうだ。
実際のアニメを見ると、声や音楽があるからやっぱり違うのだそうだ。
「そんなに違うんですか?」
「私の思い出もあるけど、やっぱり、ね」
「へぇ。僕も見てみたいなぁ」
と、思わず呟いたら店主さんが「暫くは待っててくれ」と言ってその日は終わった。
後日。店主さんからアニメ版の『Fate/stay night』がどうにか出来たと連絡があった。
直ぐに神様と二人で見せてもらった。
凄かった。
次は未定。
それと遅くなりましたが、ブクマや評価して頂き、有難うございます。
まさか10評価貰えるだけでなく、日刊ランキングに乗るとは思わなった。
評価と感想もらえるだけでもかなり嬉しい。
また誤字脱字がありましたら連絡をお願いします。