モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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九十八話 空は青、大地は桜

 ペイントボールの甘い香りがあたりに広がる。起き上がったリオレウス亜種は息を荒くしてこちらを睨んできた。そして、遺跡平原じゅうに響き渡るほどの咆哮をした。

 あまりの音量に耳を手で塞ぐ。こればっかりは耐えられる気がしない。

 

 

「うるせぇ!」

 

 

 防具のスキルで咆哮を緩和できるルーフスは、構わず進む。

 リオレウス亜種はそれを見るや否や、バックジャンプしながら距離を取った。

 ルーフスに向かって火球が飛ぶ。ルーフスはそれを飛び越えて避けた。空中で背後からの爆風に煽られ、勢いを増し、そのまま斬りかかる。しかし、それは滑るように旋回されて避けられる。

 飛竜、ましてやリオレウス亜種は空中戦のプロだ。だからこそ、この動きは予想できた。移動してくるであろう位置に徹甲榴弾を撃っていたのが当たった。間髪を入れずに次弾も叩き込む。

 手応えはあるが、リオレウス亜種はこちらを向かない。こちらを無視して、ルーフスを先に倒すつもりのようだ。

 

 

 リオレウス亜種が空から急襲を仕掛けた。ルーフスはそれを力技で受け流した。しかし、すぐさま旋回し、再び攻撃を仕掛ける。

 大きなエネルギーの塊が何度もぶつかり合い、衝撃で地面が揺れている。

 ルーフスは人間離れした怪力で、リオレウス亜種は大型モンスターとは思えない瞬発力で打ち合う。

 

 

「……今ッ!」

 

 

 スラッシュアックスと毒爪がぶつかった瞬間。僅かに硬直が生じたたところに徹甲榴弾を撃つ。

 リオレウス亜種が再び空へ飛び上がろうとした時に爆発が起きた。

 頭部への爆撃はやはり効いていた。蓄積した衝撃が意識を奪い、空の王者を墜とした。

 

 

「遅いよ義兄さん!」

 

「仕方ないだろ、タイミングが難しかったんだから」

 

 

 地面で転倒しているリオレウス亜種に、息つく暇もなく弾丸を撃つ。ルーフスは回復薬を一本飲み干し、斧と剣の形態を次々に変えながら鮮やかに連撃を叩き込む。

 ありったけの火力を叩きつける中、リオレウス亜種と一瞬目が合った。うっすらと赤く光る目には肌を刺すような殺意を感じた。

 

 リオレウス亜種は立ち上がると同時に、翼をはためかせて飛び上がった。弾丸のようなスピードで飛び去り、あっという間に小さな点になってしまう。

 

 

「逃げた?」

 

「いや、まだだ」

 

 

 目を凝らすと、リオレウス亜種が反転したのが見える。こちらにまた降りてくるようだ。その直後、何発もの火球が降ってきた。しの火球が着弾するたびに地面が揺れる。

 

 

「……!」

 

 

 異常なほど大きな揺れに、直感する。これはただの振動ではない。

 

 

「エリアごと揺らされてる!」

 

 

 遺跡平原のエリア5、この場所は山と山の間に挟まった、岩の上のエリアだ。このままだと落とされる。早く脱出しないといけない。

 しかし、ひどい揺れのせいで火球の弾幕を避けるのが限界だ。

 

 

「ナワバリをすぐに放棄するってこういう意味だったのかよ!」

 

 

 瓦礫と共に落下するのもまずいし、動きが制限される空中に放り出されるのも危険。

 バレットゲイザーを使って、ルーフスと脱出するか? 二人分を抱えて行けるか?

 

 

「やるしかないか……。ルーフス、こっちに――」

 

 

 次の瞬間、エリアが大きく傾いた。火球に気を取られて気づかなかった。リオレウス亜種が勢いよく地面に着地したのだ。

 その衝撃がトドメとなり、傾ききってしまった。立ってられる角度ではなくなり、ほとんど崖のような角度の地面を滑り落ちる。

 強靭な脚爪で岩肌を掴む、リオレウス亜種の横を抜け、崖下へとまっすぐに落ちていく。

 

 

「ルーフス!」

 

「僕のことはいい、アオイ義兄さんだけでも脱出してくれ!」

 

 

 距離は遠く、ルーフスのところまで行けそうにない。ルーフスなら上手くやるか? 流石に勝算が薄い。だがルーフスとバレットゲイザーを使って吹っ飛ぶのも上手くいきそうにない。

 後悔してもしきれない、完全に予想外だった。たった一つの環境の変化がここまで影響あるのかクソ!

 この状況を作った元凶を睨むと、口元が憎たらしく歪んでいた。

 

 その時、不意に、リオレウス亜種の脚が刈られた。

 蒼火竜も共に、崖を滑り落ち始め、その後ろを黒いコートを羽織った少女が滑る。

 

 

「待たせたな」

 

「アルフ!」

 

 

 アルフは崖を走って駆け下り、錐揉み回転しながら落ちるリオレウス亜種の横を通り抜け、ルーフスの腕を掴んだ。辛うじて壁は垂直ではないため、走れてはいる。しかし攻撃を回避するような、器用なことはできないだろう。

 アルフも同じようなことを考えたのか、叫ぶ。

 

 

 

 

「構えろルーフス!」

 

「こんな状態で何言ってんだ⁉︎」

 

 

 その瞬間、アルフたちが突風に煽られ、崖から足が離れた。リオレウス亜種が体勢を立て直した時の、風圧のせいだ。

 アルフはそれを見越していたようで、ルーフスをありったけの力で投げ飛ばす。

 リオレウス亜種の眼前に、変形させたスラッシュアックスを持ったルーフスが飛び込む。強撃ビンのエネルギーを迸らせながら、振り抜いた。

 しかし、即座に身を翻され、呆気なく避けられる。反応速度も空中での制御能力も桁違いか。リオレウス亜種は僕の真下のあたりに移動し、アルフの方を向いていた。

 アルフはルーフスを投げた反動で錐揉み回転している。あの状態では火球の回避はできない。そう判断して、上に向けて弾を撃ち、下方向へ加速、リオレウス亜種の背中に取り付く。

 背中の甲殻を掴むと、過剰なくらいな反応があった。リオレウス亜種はアルフを狙うのをやめ、急降下や急停止、錐揉みしたりして振り落とそうと暴れ出した。だけど回転の軸になるような場所に捕まっていたお陰で振り落とされはしなかった。

 

 暴れ馬に気を取られていたが、気がつけばかなり地上の近くにきている。ここまで来ればもう振り落とされても大丈夫だろう。そう思い、背中からナイフを取り出した瞬間、リオレウス亜種の背中が隆起したのを感じた。視線は遥か彼方に向けられている。……まさかこのままどこかに飛び立つつもりか?

 

 冷静に考えれば降りるべきだ。このまま飛び立たたれ、変な所に着地されたら死に直結するからだ。しかし、その直後アルフが地面に激突するなり、すぐさまこちらに走りこんできた。

 僕はアルフの直感を信じ、手を伸ばす。でもあと一歩、手が届かない。

 

 

「ふんッ!」

 

 

 アルフの手がすり抜けた瞬間、リオレウス亜種が急に地面に墜落した。ルーフスが今になって落ちてきたらしい。首を切り落とさんばかりの勢いだったが、堅牢な甲殻にギリギリ止められてしまった。

 

 

「アオイ義兄さん、何が起きてるんだ⁉︎」

 

「こいつ、本格的に逃げようとしてる!」

 

「今ので殺せないなら、阻止は無理だよ。どうするんだ?」

 

「……こいつに掴まって行く」

 

 

 ルーフスは目を丸くして言った。

 

 

「正気か?」

 

「ルーフスに言われたくない」

 

 

 墜落し、倒れていたリオレウス亜種が立ち上がろうとしている。僕たちは慌ててリオレウス亜種の背中に飛び乗った。

 

 

「アオイ義兄さん、このまま振り落とされるんじゃないの?」

 

 

 ルーフスの疑問にアルフが答える。

 

 

「大丈夫だ、こいつは逃げるために飛ぶわけじゃないからな」

 

 

 アルフはそう言って笑った。アルフの直感を信じはしたが意味は分かってない。どういうことなのか問おうとした瞬間、リオレウス亜種はアルフの目論見通り、僕らを気にせず飛び上がった。

 

 落とされないよう必死に掴まる。振り落とそうという動きはないが、中々居心地は悪い。

 景色がどんどん変わっていく。そのスピードにモンスターの力強さを感じる。そんな中、ルーフスが口を開く。

 

 

「こいつは今、どこに向かってるんだ?」

 

「簡単さ、自分の命よりも大切なものに向かってるんだ」

 

 

 自分の命よりも大切なもの……。卵か? それとも……。

 

 

「まさかリオレイアのとこに……!」

 

「リオレイアだけで済めばいいな」

 

 

 そうだよ。リオレイアの元に向かうってことはリオレイアの元になんらかの危機が降りかかってるということ。ハンターに狩られそうになってるならともかく、何らかのモンスターに襲われてる最中なら……?

 

 

「アルフ、降りた方が良いんじゃないか?」

 

「なぜだ? 私の直感を信じるんだろう?」

 

 

 良い笑顔でアルフは熱弁する。

 

 

「こんなにも心地よく体が震えるのは初めてなんだ。ワクワクするだろう?」

 

「ルーフス、アルフは壊れたみたいだ」

 

「誰だよ、僕が正気でないとか言ったやつ」

 

 

 訓練所時代を思い出したよ。なんだかんだ一番頭がおかしいやつ、とか呼ばれてたもん。アルフもそういうやつだった。

 

 

   〇 〇 〇

 

 

 掴まるのに慣れてきたころ、進行方向に何か見えてきた。

 

 

「本当にリオレイアがいるような……?」

 

 

 形的には間違いなさそうだ。だけど、亜種なのか、桜のような色の口角だ。さらに近づくにつれ、もう一体の存在が鮮明になった。黒い飛竜が稲妻を放っている。なんとなく見覚えがあるシルエットのモンスターだ。

 

 

「ハンターが闘ってる」

 

「ああ、爆音も聞こえるな」

 

 

 戦っているハンターの姿も少しずつ見えるようになってきた。片方は青と緑の双剣を振るい、もう片方は砲撃を連発しているようだった。いやに既視感のある戦闘スタイルだった。

 

 

「……こんなことある?」

 

「アオイ義兄さん、何が見えたんだよ」

 

 

 口角が最大級に引きつるのを感じながら、ありのまま見たことを言葉にした。

 

 

「ミドリとフラムが居た」

 

 

 ルーフスはそれを聞いて、可哀想なものを見るような目で視線を返した。

 

 

 


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