モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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九十二話 剣

 

 ……いつもより早い朝だった。

 防具を軽く掃除してキレイにし、武器も最低限手入れする。

 最後に剥ぎ取りナイフを研ぎ、やっと顔を出した朝日に透かす。

 

 

「ナイフなんか出して、どうしたのかな、アオイ」

 

「……ルナか。おはよう。こんな朝早くからなんの用?」

 

「ちょっとハンターをしている人に聞きたいことがあってね。誰かが起きてくるまでリビングで待ってようかと思ったんだけど、物音がするものだから」

 

 

 ルナはこちらに近づき、ナイフをひったくった。

 

 

「別に、何もするつもりないよ」

 

「知ってる。アオイの性格的にありえない」

 

 

 コロコロと笑って、置いてあった鞘を広い、ナイフを収め、座った。

 

 

「ねぇ、大型の飛竜と交戦したことある?」

 

「あるよ。でもどうして?」

 

「この前ね、闘技場で飛竜を見てて思ったんだ。なんで飛竜っめ飛べるのかって」

 

「え? そりゃ翼で空気を押しのけて……」

 

「その翼があまりにも小さすぎるとは思わない? 鳥はあの体に対してあんな大きな翼を持っているのにさ」

 

 

 ルナはなぜなぜ期の子供のようなことを言う。

 でも言われてみれば確かに、ちょっと翼が小さいかもしれない。別に体重が軽いわけでもないのにね。

 

 

「そこでね、アオイ、何か知らない? こう……魔法みたいなの見えたりしない?」

 

「魔法って……。子供みたいなこと言うね」

 

「全く分からないことは魔法だよ魔法。マジック」

 

「マジックなら暴くのは野暮じゃない?」

 

「マジックは明かすのが楽しいものでしょ?」

 

 

 苦笑いしていると、ルナはそうだ、と言い立ち上がって続ける。

 

 

「アオイは今日なにをする予定なの?」

 

「集会所に行こうかなって」

 

 

 ルナはうっすら笑ってこちらに一歩近づき言った。

 

 

「何をしに行くの?」

 

「片手剣を取りに行くんだ」

 

「忘れ物ではなさそうだから……もしかして遺品? 誰の」

 

「ライトって人。えーと……父親にあたる人かな?」

 

「つまり私の夫ということに」

 

「知らない人とはいえアリスコンプレックス呼ばわりは酷いよ」

 

「それで。その剣、何かあるんでしょ?」

 

「……えっ?」

 

「ただの遺品の受け取りならとっくの昔に、ライトさんの妻のクレアに渡されてるはずでしょ? それなのにガンナーのアオイに片手剣を渡すなんて変な話だもん」

 

 

 ルナはさらに話を続ける。

 

 

「クレアに渡してないから、親族の気持ちを汲んで……なんて意図はない。なら使ってもらうためってことになる。剣士のクレアを差し置いて、ガンナーのアオイの方が片手剣に向いているっていうのは考えにくい。力や技術以外の判断材料……もう性格くらいしか残ってない」

 

「性格が適していないと上手く扱えない、過去の使用者が死亡している片手剣。これじゃあ何かあるとしか思えない」

 

 

 曰くつきの剣で、所持者はおそらく皆狩猟中に亡くなっている。なんて言えば止められるんだろうな。止められても押し通せる自信はない。

 

 

「渡し忘れてたんじゃないかな。ライトボウガンより片手剣の方が便利な状況もあるし、武器種が全然違うからこそ対応範囲が広がるんだよ」

 

「言ってることがちぐはぐだよ? 渡し忘れを指摘してから、武器種の話をするのはおかしいよ。……アオイ、別に強くなるのを急がなくてもいいんだよ。あなたが守りたかったルルド村のみんなは、今はここドンドルマにいるんだし」

 

「……そういえば気になっていたんだよ。なんでルルド村からこっちに移ることになったの?」

 

 

 ルナは意外そうな顔をした。それからそういえば言ってなかったっけ、と続けた。

 

 

「ルルド村にアマツマガツチが来るからだよ。古龍が来る村なんて危険すぎて住んでられない、そうでしょ?」

 

 

 アマツマガツチとやらが来るとどうして断言できるのかは分からないけど、ルナが言うのならそうなのかもしれない。初めて聞いた名前なのに姿形が頭の中に浮かんだ。

 

 

 

「それを撃退すれば村を失わなくてもいいんじゃないの」

 

「迎撃して滅んだのがルルド村の前身だよ。村を残すことに、人の命、たとえ一つでも賭けるのはあまりにも割に合わない」

 

 

 ルナが人生を賭し、皆の思い出が詰まったルルド村。本当に命一つより軽いかな。

 

 

「……アマツマガツチだね。僕は狩るよ。必ず」

 

「話聞いてた? 賭けるには割に合わないって」

 

「賭けるならそうかもしれない。でも賭けじゃなかったら?」

 

 

 今から言うのは僕の一人勝ちしかありえない賭けだ。

 

 

「僕は必ず生きて帰るんだから賭けじゃなくてただの出来レース、いや競争ですらないよ」

 

「そんな屁理屈……!」

 

「……認めてほしい。はじめてのわがままだよ」

 

 

 そう言うと、ルナは大きなため息をつき、叫ぶように言う。

 

 

「あー、もう! 相手の意思を尊重する気一つもない人を説得なんて!」

 

「ルナ?」

 

「なんなの? 自分で自分の生殺与奪を握って交渉? 話になんない、意味わかんない!」

 

 

 駄々っ子のように声を荒らげ、髪を両手でかき乱した。

 

 

「誰も死なせないために村を移したのになんで死ににいくの……というかなんで私、アオイがハンターになるの認めちゃったの……」

 

「……なんかごめんね」

 

「もういいよ私がポカしたのが悪かったんだから。それに私、呪いとかそういうのあんまり信じないし……ふぅ」

 

 

 ルナは部屋の中まで入り、ベッドに突っ伏した。

 

 

「アオイ、死なないでよ……」

 

「約束する」

 

「……。あとね、アオイ……」

 

 

 心なしかこもり気味な声で言う。

 

 

「あなたのはじめてのわがままは『ハンターになりたい』だよ」

 

「そうだったっけ? ……そろそろ良い時間だからもう行くね」

 

「……そう。気をつけてね」

 

 

 顔を上げないルナを置いて、僕は部屋を出た。

 

 

「ありがとう、ルナ……」

 

 

 扉を閉め、聞こえないように口に出した。

 早く集会所に行かないと。

 

 

 

 

 

 何故かは分からないが、集会所に近づくにつれ、心臓の鼓動が早くなっていく。鬼に睨まれている、そんな気さえする。

 集会所に早く着いても、遅く着いても何かが変わるわけでもない、だが脅迫にも似た何かが足を急かした。

 

 

 夜ほどでなないが、まだまだ集会所には活気があった。ただ夜通し飲んでたと思われる酔っ払いが、隅まで運ばれているのが見えた。青い髪でライトボウガンを持った女性だ。

 なんだかマリンさんに似ているけど、気のせいかな……。

 

 

 カウンターまで行くと、酔っているのか顔を赤くしているギルドマスターがいた。

 

 

「剣を取りに来ました」

 

「……ひっく、思っていたよりも早かったのぉ、アオイよ」

 

 

 ギルドマスターはそう言って、立ち上がり、歩き出した。僕はそれに黙ってついていく。

 暗い保管室の奥まで進み、鎮座している箱を開けた。昨日見た奇妙さのまま、剣は中に収められていた。

 

 手を伸ばし、柄を握る。

 

 殺意を向けられたときの肌のピリつきが手から腕へと這い回り、それが首まで達すると、息苦しくなった。それと同様に、握り潰すように力をこめて踏ん張る。

 存分に使ってやるから、今は黙ってろ。無機物の剣から何故か伝わってくる意志に交渉を持ちかける。柄に力を込め続けると息苦しさは徐々になくなり、普通の剣と変わらなくなった。……いや。

 

 

「なんか、やけに手に馴染む」

 

 

 まるで、何十年も使い込んだかのように……。ギルドマスターはにんまりとするだけで、問いには答えてくれなかった。

 

 

「表に出て、クエストを受けてみるのはどうじゃ? リオレウスあたりがオススメじゃ」

 

「そうさせてもらうよ。そうだ、片手剣として作られたのなら盾があるはずじゃないの?」

 

「盾は見つからなかった。破片らしきものは見つかっているから……恐らく砕けた散ってしまったんじゃろう」

 

「そう……」

 

 

 片手剣は利き腕に盾を、その逆に剣を装備する。この剣によるものなのか、何も装備していない右手が虚しい。

 

 集会所に戻ってきた。掲示板には新しめの依頼にリオレウスの狩猟があった。場所は火山、つい最近行ったとこのものだ。

 本当に情報を使っているんだな……。そんなことを思いながら依頼書を剥がし、カウンターまで持っていく。

 道具は大したものを今持っていない、だけど問題はないとそう思えた。

 

 

「この依頼を」

 

「……あら? 片手剣をお使いになるんですね。しかも盾なし」

 

 

 受付嬢の人は冗談めかして笑う。それを見てなんとなく思い出した。片手剣を盾を使わずに扱うことが一時期流行ったらしい。盾を装備しないことでさらに身軽になり、攻撃を全て避ける戦闘スタイル。

 だけど使いこなすのにはセンスが必要で、真似した者が大勢死んだ、と。馬鹿な話だけど、盾を装備しないことで身軽になって動き易いのは本当だし、何より剣を利き手で持てるから攻撃力も増す……。

 

 

「見たところ若いみたいで……もしかして知らない?」

 

「何を?」

 

「この盾を持たない片手剣の戦闘スタイルのことで……って、その剣ボロボロですよ⁉︎」

 

「刃はちゃんと残っている」

 

 

 剣の見た目はアレだけど、切れ味は並みのものよりずっと良い。

 破龍剣を持ち上げて、それを見せた。

 

 

「切れ味の方はちゃんとしている……じゃあデザインでボロボロを演出しているの……? 工房のおじさま方の美的感覚はやはり理解に苦しみます」

 

 

 受付嬢がお腹が痛そうな顔をしている時、全く別のところから、唐突に殺気を感じた。

 

 

「……ッ!」

 

 

 反射的にそちらを向いた瞬間。

 

 

「オルァァァアッ!」

 

 

 猛虎のようの咆哮を上げながら、ララさんが迫ってきた。

 弾丸を追い越しそうな勢いで僕の懐まで飛び込み、棍のような剣を振り抜いた。

 完全な不意打ち、それなのに僕は瞬きより短い時間で身を翻して棍棒を回避した。ララさんは棍棒を振った勢いを一切殺さずに体を捻り、回し、上から振り下ろした。

 その攻撃は僕の体を一切捉えていなくて、完全な空振りに見えた。しかし次の瞬間にその攻撃の意図に気づいた。だけどその時には柄を握る手に負荷がかかったかと思えば、ガラスが割れるように、破龍剣が砕け、その破片が周囲に散った。

 


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