モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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九十一話 強さ

「クエスト完了……っと。ありがとうございました」

 

「こちらこそありがとう。そういえば、採取ツアーって契約金無しで行かせてくれるけど、どうして? 移動にだってお金はかかるのに」

 

「情報集めのためです。帰り道でネコタクの子に狩場でどんなことをしたのかを聞かれたでしょう? ああいった話やハンターさんの持ち帰った物から情報を集めるんです。狩猟環境不安定や生態の解明、資源の貯蔵量などを推し量るためにその情報を使っているので、遠慮なくツアーに出向いてくださいね」

 

「そうだったんだね、教えてくれてありがとう」

 

「いえいえ。そういえば現地でリオレウスに遭遇したそうですね。この情報も付近の人々への避難勧告、依頼対象の棲家の特定などに使われています。ご協力ありがとうございました」

 

「あはは……」

 

 

 僕にこれを討伐できるだけの力があればこの人の手間も減ったのかな。

 曖昧に笑っているとカウンターに座っていたギルドマスターに話しかけられた。

 

 

「ちょっといいかい? エーテルの娘と同じパーティの……アオイじゃったか」

 

「アオイで合ってるよ」

 

「合ってたか。この前の大立ち回り聞いているぞ、ありがとうな」

 

「僕はただ逃げてただけだよ。大立ち回りしたのはメリルやミドリもか、他のハンターさんだよ」

 

「メリルも聞いているが、エーテルの娘……ミドリか。ミドリは目立ったからのぉ」

 

 

 ミドリがテオ・テスカトルに向かって飛び降り、一閃したところを見た人は多い。

 朝日を受けて煌めきながら落ちてきた、まさしく希望の光。深く印象に残るこの一幕はずっと語り継がれていくのかもね。

 

 

「あの度胸とそれを実現する実力……やはり血は争えないの、アオイ?」

 

「……はい?」

 

「隠しても無駄じゃぞ。お前さんの眼が雄弁に語っておるのだからな」

 

「何を……?」

 

 

 ギルドマスターは僕に顔を近づけ、至近距離で目を見て言った。

 

 

「お前、ライトの息子じゃろう」

 

「いや、誰です?」

 

 

 ギルドマスターが怪訝な顔をした。お前は何を言っているんだ、みたいな表情だ。僕も同じこと考えてる。

 

 

「お前の父親で、クレアの夫じゃ。なんでお前さんが知らんのじゃ」

 

「その名前は初耳だし……。というか、クレアのことなんで知ってるの?」

 

 

 いくら眼が似てるって言ったって、ギルドカードに書いてある苗字が違うのにね。

 

 

「クレアがお前の活躍を聞いて自慢して回ってたからの。それで気付いたわい。まぁ、ライトが死んだのは十年以上前じゃからなぁ……知らんのも無理ないか……」

 

 

 そんな恥ずかしいことしてたのか……。モンスターを誘導してた、なんて言っても実際は逃げ回ってただけだし……。

 

 

「……ライトって名前は知らなかったけど、強かったことは聞いてる」

 

「ああ、彼は強かった。じゃが最初から強かったわけではない。ある日、とある武器を手に入れてから、強くなったのじゃ」

 

「とある武器?」

 

「破龍剣という片手剣じゃ。しかし使い手を選ぶ武器でな……」

 

 

 ギルドマスターはこっちへこい、と言い、クエストカウンターの奥の扉を開けた。片手剣は扱いやすいのに、使い手を選ぶ……?

 奇異の視線を浴びつつ、クエストカウンターの奥へ進む。扉の先には下へ降りる階段があり、ギルドマスターは躊躇なく進んでいく。

 

 

「あまり周りの様子を見ない方が身のためじゃぞ」

 

「……?」

 

 

 周囲にあるのは多種多様な武器。……確かここって遺品の保管庫?

 つまりここに武器があるということは使い手のハンターは死んでいるってことか……。ただ僕が知っている人で一番早死にしそうなのは僕自身だから心配はない。……なんか辛いわ。

 

 

「この中の武器じゃ。握ってみぃ」

 

 

 ギルドマスターが指差したのはかなり重そうな箱だった。

 鍵はかかっておらず、開けてみると、全体的に黒くて、所々が大きく欠損し、真っ赤なヒビの入った片手剣があった。

 見ただけであまりにも異質な何かがあった。

 恐る恐る手を伸ばし、柄を握った、その瞬間。

 

 

「ッ――!」

 

 

 心を万力で圧っされるような息苦しさを感じた。嘆き、悲しみ、痛み、憎悪、怒り……。あらゆる負の感情が全身に纏わりついてきた。

 ドクドクと心臓が脈打ち、腕の血管が浮き上がる。いつもより目を開いているのに、視界が狭い。

 

 

「……あああああああッ!」

 

 

 無理やり体を動かし、剣を目の前の壁に投げ捨てた。

 手から剣が離れると、膝から崩れこんで手をついた。目の前の地面に冷や汗が落ちる。

 

 

「今のは……」

 

「やはりライトの息子ってだけあるの。並みの者なら、武器を投げ捨てることも敵わず、気を失うのじゃが」

 

 

 ギルドマスターは落ちた剣の元に寄り、続ける。

 

 

「慣れてしまえばお主はこの武器を扱えるようになるじゃろう。今は亡き父の形見、持っていくがよい」

 

 

 この剣を持ったとき、膨大な執念を感じた。それと同時に数多の龍の肉を裂き、骨を断つ感触もあった。

 今すぐモンスターを殺して回りたくなる衝動と、それを実現するだけの力。この剣を持てばそれらを手にすることになる。

 

 

「……考えさせてほしい」

 

「何を怖がってるのかの……? まぁよい。ワシは待ってるからな」

 

 僕はそのまま集会所を出た。

 

 

 矛盾している。自傷でもするようにそんなことを思う。

 大切なものを守るためには力がいるのに、その力を拒む? 多少のリスクがあったとしても……いや、命を棄ててでもその力は手にするべきだ。

 ミドリを説得したことがあった。ミドリは自分を犠牲にして、人を守ろうとしていた。

 あの時はあんなこと言って止めたけど、僕はただただ、ミドリが死ぬのが怖くて……違う、ミドリを死なせて自分だけぬけぬけと生き残ってしまうのが怖くて怖くて仕方がなかったんだ。

 

 

「最低だな……」

 

 

 でも、なにもかもを抜きにしても、あの剣は異常だ。だってあれ、どう考えても一人分じゃない。何人があの剣に呪いを遺して死んだんだ……?

 

 

 とぼとぼ歩き、気がつけば家の前だった。ショウグンギザミにボコボコにされて、そのまま帰るのが気まずくて採取ツアーに行ったんだっけ。今回もなんか気まずい……。

 ちょっとだけ覚悟を決めて、ドアを開ける。

 

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい」

 

 

 メリルがお茶を飲んでいた。香りから察するに薬草茶のようだ。

 

 

「落ち込んでいるみたいですね、何かあったんですか?」

 

「大丈夫、気にしないで」

 

「大丈夫そうには見えないので気にします。顔に出てますよ」

 

 

 メリルはティーカップをもう一つだし、薬草茶を注いでくれた。薬草茶は体の不調を治したり、疲れを和らげる効果がある。あとリラックスできるらしい。苦いけど。

 

 

「そんなに顔に出てた?」

 

「いえそんなに。玄関前で止まっていたり、防具の傷からなんとなくそうかな、と。」

 

「観察眼がすごいね」

 

 

 椅子に座り、ちびちびと茶を飲んだ。まだ熱いけど、熱いうちに飲まないと苦味で飲めなくなっちゃうからね。

 

 

「ショウグンギザミに歯が立たなくて、クエストリタイアしたんだ……」

 

「ショウグンギザミですか。アオイが勝てないのも無理はないと思いますけど」

 

 

 メリルはあっさりとそう言い切った。やっぱり一人で星四クラスに挑むには力不足だったということ……。

 

 

「武具を強化したり、相手のことを研究してみたり。作戦を練ってから狩りにいけば案外あっさりと狩猟できるので、あんまり落ち込まないで下さい」

 

「……ありがとう」

 

 

 お茶を飲み干した。お茶はとても熱く、そして苦かったがあまり気にならなかった。

 

 

「メリルは何を狩りにいってたの?」

 

 

 薬草茶を飲んで休んでいるあたり、相当強敵だったみたいだ。今のメリルは並みの相手じゃほとんど疲れなさそう。

 

 

「昔の知り合いとイビルジョーを狩りに行ってました」

 

「イビルジョーを?」

 

「ええ。久しぶりでしたが、やっぱり手強かったですね」

 

 

 メリルは苦笑いした。笑ってはいるけどイビルジョーは古龍級生物と呼ばれるくらい強く、生態系を丸々一つ食い潰すほどの食欲も持つ化け物だ。教官が言うには地平線の彼方に影が見えてるだけでも全速力で逃げろ、とか。

 

 

「メリルはやっぱり強いね……」

 

「いえ、まだまだです。もっと精進しなければ」

 

 

 僕は自称まだまだのメリルの半分の実力もない。

 

 

「部屋で休んでくるよ」

 

「そうですか。疲れがとれたらミドリの相手もしてあげてください」

 

「ん、僕も何日ぶりにゲームしたいって思ってたところだけど……。メリルが譲るなんて珍しいね」

 

「この家にあるゲームで一通り挑んで、全て負けたんですよ。ミドリと遊ぶのは楽しいんですし、ヒーリング効果もあるのですが惨敗し続ければ心も折れます。私が敗勢になったときのミドリの可哀想なものを見る視線はそれはそれで大好きなんですけど今は疲れているので堪えます……」

 

 

 何言ってるか分からなかったけど、部屋で休む前にミドリと一戦しようかなくらいのことを考えた。

 

 ミドリの部屋をノックする。入ってもいい? と言う前に中から声が聞こえた。

 

 

「アオ? 入っても大丈夫だよー」

 

 

 ただいまと言いながら部屋に入る。ミドリの部屋は少々散らかっていた。

 

 

「よく僕だって分かったね」

 

「メリルやルナちゃんはノックしないから。それで、どうしたの?」

 

「チェスがしたいと思って」

 

「いいよ。さっきメリルとやったばかりだけど、ちょうど物足りないって思ってたところなの」

 

 

 駒を並べ対局を開始――した、わずか十分後。

 

 

「アオ、疲れてるんじゃない?」

 

 

 ミドリの一手が一瞬で僕を追い込んだ。させた。……いや、考えてみれば一手で破綻する形勢だったのならずっと前から劣勢だったと考える。

 その後の数手でさらに悪化、修正は絶望的になり、僕は投了した。

 今までで一番酷い負け方だった。

 

 

「どこで悪くなったのかな」

 

「最初の方からだよ。定石から外れた時は面白いことするなーって思ってたけど……ミスだったんでしょ?」

 

「あぁ、そっか……」

 

 

 しょうもない失敗したな……。でもミス一つだけなら取り返せないことはなかった。失敗が失敗を呼ぶ……。

 

 

 

「アオ、自分では気づいてないだけで相当疲れてるんじゃない?」

 

「でも疲れてるのはミドリも同じでしょ? 狩りに行ってきたんだし」

 

「主な目的は採掘だったけど、一応、狩りはしてきたね。ショウグンギザミって言うんだけど知ってる?」

 

 

 この身で思い知らされたね。というか、やっぱりミドリなら一人でもショウグンギザミを狩猟できるんだね……。

 

 

「なんでショウグンギザミを?」

 

「元々はオーダーレイピアの補修素材を集めるために、沼地に行こうとしたらショウグンギザミの狩猟依頼を勧められたの。だからついででね」

 

「そうなんだ」

 

 

 ついで、ね……。

 

 

「僕、今日はもう寝るよ。おやすみ」

 

「お休みー」

 

 

 ミドリの部屋を出て、いつも以上に丁寧に扉を閉めた。そして、すぐに自分の部屋に入り、戸を閉め、音を立てないように気をつけながら鍵を閉める。

 武器を置き、防具を脱ぎ捨て、布団に寝転んだ。

 

 

「僕は……何をしていたんだ」

 

 

 みんながそれぞれの道を進む中、僕は、何もできていない。そのことに今更気付いた。

 僕の隣に立っている人はいない。みんな先に進んでいる。

 

 

「明日、集会所に行かないと……」

 

 

 冷たい布団を被り、目を瞑る。

 疲れているはずなのに、全く眠れなかった。

 

 


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