よく晴れた日。いつもは山から半分程しか顔を出していない太陽が今日は顔を出しきり、空が青くなり始めていた。いつもより長く寝てしまったようだ。前日の狩り、或いは大量の質問……尋問に疲れてしまったのだろうか。
「アオイくん、起きました?」
ドア越しに女性のよく通る声が聞こえる。スカーレットさんの声だろう。昨日の奇行で第一印象はアレだが、本来は礼儀正しそうな凛とした女性、という印象が正しいのだろう。
「今起きました」
ドアを開けながら答える。スカーレットさんは赤と黒を基調とした防具を纏っていた。ハンターの羨望の的である空の王者リオレウス。その素材をふんだんに使った強固そうな防具を。
「あ、これですか?」
視線に気付いたのだろうか、スカーレットさんは腕をあげたり体を捻ったりして防具の全体を見せてくれた。
防具の作りに全く無駄が見当たらず、一切の隙がない。間接部分も装甲程ではないが、翼膜だろうか……に守られている。
「アオイくん、狩りの準備してください」
「何故ですか?」
「今からロアルドロスを狩猟してまらいます」
スカーレットさんはにっこりとし、そのまま家を出た。
顔を洗い、最低限の身だしなみを整えてから部屋に戻る。急いで防具を着て、大量の弾薬を体じゅうに仕込み、武器を背負い、必要そうなアイテムを余分に抱え、部屋を出た。
そのまま家を出ると既に準備を終えたらしいスカーレットさんとミドリがいた。ミドリは包み紙を突き出し言った。
「これ朝ごはんね」
「ありがとう」
包み紙を受けとる。中身はサンドイッチのようだ。
「何でこんな急に?」
「ルナさんに頼まれたのです」
スカーレットさんは苦笑いをして答えた。そういえば村長が水路の補強がしたいと言っていたような。
「二人の実力を見たいので基本的に私は何もしません。ですので気にしないでください」
三人じゃないの? スカーレットさんがいるからロアルドロスが相手でもどうにかなると思ってたのだが。二人で狩れ、と?
「アオ、大丈夫なはずだから。一緒に頑張ろ?」
「そうだね」
ミドリの前向きな言葉に棒読みで答え、機械的に首を縦に振った。
荷車に揺られる。三人で乗ると道具を沢山乗せたことも相まって少し手狭だ。なんとなく辺りを見回すとスカーレットさんの防具……リオレウスシリーズが目にはいる。
「あのスカーレットさん」
「なんでしょうか?」
「リオレウス、どうやって倒したんですか?」
スカーレットさんは少し上を向き、顎に手をあて「うぅー」と唸ってから
「思い出しました。リオレウスに挑んだ無謀なハンターを逃がすために一人で戦ってたら討伐しちゃったんです」
何でもないような日常を話すようにスカーレットさんは言った。リオレイアに負けたのはミドリの修行のため六年間ほとんど狩猟をしてなかったからなのだろうか。しかし疑問がひとつ。
「スカーレットさんは何故ミドリに技術を教えたんですか?」
「いえ、そんなことより」
スカーレットさんはすぐに答えた。そんなことより、と。そして
「スカーレットさん、て言うの。他人行儀でなんか嫌なのでさん付けとかしなくていいです」
「えっと、じゃあ何て呼べばいいですか?」
「メリル・スカーレット。メリルとスカーレットどちらでも構いません。呼び捨てでいいです」
メリル・スカーレット。今更だが自己紹介すらしていない。
「私もこれからアオイ、と呼びますけどいいですか?」
「勿論。メリル」
「私は師匠のことなんて呼べばいいですか?」
「私に敬語は使わなくていいです。ミドリには……」
スカーレットさ……メリルは目を輝かせて微笑み、言った。
「お姉ちゃん、て呼んでほし」
「嫌だ。メリルってよぶ」
「ミドリちゃんの変わりようが心にきました……」
ミドリにバッサリと切り捨てられ、メリルはうなだれた。ガーグァの上にいるアイルーが振り向き
「傷心のとこ悪いけどもう着いたニャ」
渓流。そろそろこの風景にも慣れてきた。
ガーグァを繋ぎ、荷車を引こうとすると
「私が引きましょう」
「え、大丈夫だよ」
「私に立ち直る時間を下さい」
メリルはそう言い、とぼとぼと荷車を引き始めた。駄目だこの人。
数十分程歩いただろうか。ドスジャギィに止めを刺した場所につく。相変わらず綺麗な水が流れている。その中に黄色で上半身が柔らかそうなものに覆われた水獣……ロアルドロスがいた。
今まで見た大型モンスターの中で一番の体格。最も効きそうな貫通弾を装填する。
「私に、実力を見せてください」
メリルはそう言い、荷車に乗り、座った。
「奇襲するから、援護射撃頼むね」
ミドリはいきなり鬼人化し、駆け出した。足音に気付いたのかロアルドロスが振り向く。その振り向いた頭をミドリは飛び、踏みつけ、頭から横腹にかけてを転がるように斬りつけた。
そして、ミドリが斬りつけた部分の当たりを撃つ。一発目がロアルドロスの盛り上がった上半身のあたりに深く突き刺さる。二発目は浅く抉った。
「キュオォォッ!」
ロアルドロスが吠える。
ミドリを見失ったからだろうか、貫通弾が効いたのだろうか、ロアルドロスはこちらを向いて上体を軽く起こす。
おそらくブレス予備動作。急いで横に移動する。直後、さっきまでいた場所に水の塊が着弾し轟音を立てる。
水飛沫を浴びながらも通常弾を装填する。ロアルドロスはこちらに興味が無くなったのかミドリの方を向いた。ミドリはロアルドロスの周りを走る。鬼人化は既に解いているようだがそれでも早い。双剣は全武器種の中でもトップクラスの軽さを誇る。
ロアルドロスはミドリを追うように回り始めた。ちょっとかわいい。
ミドリに当たらないように細心の注意を払い、撃つ。ロアルドロスが煩わしそうにこちらを向く。ミドリが尻尾を切り刻むが、構わずロアルドロスはこちらに突進してくる。ハンターライフルを急いでしまい、走って避ける。側面に回りこみ、ハンターライフルを構え直す。
ロアルドロスは体を軽く傾けてた。そして勢いよくこちらに転がりこんできた。急いで後ろに跳ぶが僅かに距離が足りず、はね飛ばされる。少し触れただけですさまじい衝撃。地面に叩きつけられるが咄嗟に受け身をとれたお陰でダメージは少ない。
「アオ、大丈夫?」
「どうにか、大丈夫」
そう言うとミドリはホッとした表情になり、ロアルドロスの尻尾を踏みつけ跳び、背中にまたがった。ロアルドロスはミドリを振り落とそうと上体を起こし、体を勢いよく地面に叩きつけたり、体を横に振る。
後ろ足に狙いを定め、撃つ。弾丸が後ろ足を抉る。僅かに血が出ると同時、ロアルドロスが上体を戻し、息を吐いた。疲れている。ミドリはその隙を見逃さず、背中にナイフを刺す。
ロアルドロスはミドリに気をとられ、隙だらけ。こめかみに銃口を向け、近距離で撃つ。弾丸は弾かれたがこめかみが少しへこむ。その直後、痛みに耐えられなくなったのかロアルドロスが倒れこんだ。
ミドリはロアルドロスから飛び降りながら鬼人化し、柔らかそうなお腹を切り刻む。
邪魔にならないよう顎を狙い、撃つ。
弾丸を撃ちきり、装填し、もう一度撃ちきったところでロアルドロスが起き上がる。そして体を傾ける。
そこまで見たところで体は動いていた。急いで範囲外に逃げる。振り返ると、ミドリはロアルドロスを踏み、跳び上がっていた。その下をロアルドロスが転がる。ロアルドロスがこちらを向いた直後、
「実力は見せてもらいました。後は私が」
メリルがロアルドロスの腕のあたりを斬った。その瞬間、炎が吹き出し赤い蒸気ができる。返した剣でロアルドロスの爪が砕けた。
メリルを一番の脅威と認めたのだろうか振り向きながら爪で払った。メリルは軽く後ろに跳び、地面を思いっきり踏み込む。ロアルドロスの爪はぎりぎり届かず、それを知っていたかのようにメリルの顔には余裕があった。
メリルは剣を下から振り上げ斬る。その勢いで飛び上がり、そのまま振り下ろす。ロアルドロスは悲鳴をあげながらも体を横に向け、勢いよく転がった。さっきまでの回転とは別次元の速度。巨体が浮き上がる程の勢いでメリルを襲う。
「ふんっ……と」
メリルはロアルドロスの下を体を捻りながら前に跳び、避けた。そして踏みとどまり、地面を蹴った。素早く距離を詰め、斬る。血は一滴もでない。おそらく、吹き出す炎が全て蒸発させているのだろう。連撃は続く。
メリルの剣がロアルドロスの腕を捉えた。ロアルドロスがバランスを崩し、倒れる。
メリルが剣を振るう。剣は振りきる度に返され、再び猛加速し、ロアルドロスの体を斬り、刻む。最後の一発かメリルが剣で思いっきり突き、引き抜くとロアルドロスはそのまま動かなくなった。
あっと言う間。攻撃を紙一重でかわし、徹底的に剣を叩きこむ。武器の性能が高いのもあるだろう。だがそれを考慮してもメリルは強すぎる。
「ルナさんに頼まれた分、剥ぎ取りましょう」
メリルは剥ぎ取りまで上手だった。的確に部位や角度を教えてくれた。あまりにもアレだった最初の印象を差し引いても有り余る程、カッコいい。そう思った。
帰りの荷車。ドスジャギィ戦の時より圧倒的に早く帰れそうだ。用意した道具も弾丸も全く使わなかった為まだ手狭だ。
「ししょ……メリル、すごく強いんだね」
「そうですか? 二人の学習速度や反応速度も中々よかったですよ」
メリルはあくまで誇らず、そう言った。一瞬、顔が綻んだような気がするが。
そういえば武器に違和感があった。太刀にしてはやけに短く、片手剣だとしたら盾がない
「武器種は?」
「片手剣です」
「なんで盾がないんですか?」
「使わないですし。むしろ、重くて動きを妨げられるからです」
へぇ、と。本来、生存を優先するため利き手で盾を持つのだがメリルは生存のために盾を捨てた、と言う。
メリルは軽く咳払いし言った。
「明日から特訓です。覚悟してください!」
「「はいッ」」
村が見えてくる。なにがなんでも、技術を身につけてみせる。