モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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八十八話 将軍

 

 沼地。少し肌寒いのに、空気はじっとりとまとわりついてきて不快だ。日が差さないんだね。実際、見渡す限りの空全てが、厚い雲に覆われている。

 

 

「ホットドリンクを今飲んだら……汗が乾かなくて酷い思いをしそうだ」

 

 

 ……呟いてもなんの反応もない。一人で来ているから当然なんだけど。なかなか寂しい。

 さっさと行こうか。

 

 

 

 

 

 

 

 沼地には大きく分けて二種類のエリアがあって、沼地の名の通りじめじめのエリアと、ホットドリンクを飲んでなければ凍えるほど寒い洞窟のエリアだ。

 そして洞窟のエリアには。

 

 

「すごいでかい水晶だな……」

 

 

 壁一面の大水晶。みんな無視してるけど結構綺麗だと思う。暗い洞窟の中で淡く輝いてる。その中に一つ、煌めくところを見つけた。

 

 

「……斬れた跡?」

 

 

 水晶に残された傷痕はまだ新しい……というか水晶を斬ったのか? ショウグンギザミなら、とんでもない切れ味だ。

 

 ショウグンギザミの危険度は星四つ。ソロでの狩りの経験はほとんどないからそこそこ不安だ。

 でも同じく星四つのナルガクルガを、ミドリは圧倒していた。今の彼女はきっと、危険度が星五つのモンスター相手でも討伐してしまうと思う。メリルに至っては古龍のテオ・テスカトルと殆ど互角に闘っていた。

 そんな二人とパーティを組んでいるのだから、このくらいの強さのモンスター、一人で倒せないと話にならない。

 

 

 

 

 

「ッ――⁉︎」

 

 

 地面が揺れた。咄嗟に体勢を低くし、手を地面に当てる。耳じゃ何も聞こえないけど、手のひらには振動が伝わる。潜航、三時……一時……停止……。狙いを置き、待つ。

 

 

 ショウグンギザミはダイミョウザザミと同じ甲殻種。長距離の移動は地面を潜ってする。

 そのショウグンギザミが、地面から這い出ようと脚を地上に出した瞬間、引き金を引く。

 

 徹甲榴弾を立て続けに三発当て、足音をできるだけ消して走る。徹甲榴弾の爆発を受けながらじゃ、足音なんて聞こえないと思うけど念のため。

 射撃した場所から、着弾地点を挟んで反対側にたどり着いたところで、ショウグンギザミの全身が露わになった。

 ぱっと見はヤドカリ。もっとも、背負っている殻なんらかのモンスターの頭蓋骨だし、鋏は鎌のように鋭い。

 そんなショウグンギザミに背後から二発、追加で徹甲榴弾を撃つ。

 ワンテンポ遅れて爆発が起こるが、ダメージに対する反応がない。万全の状態じゃやっぱり徹甲榴弾でも怯まないか。

 

 ショウグンギザミはこちらを一瞥すると、両腕の鋏を上げ、戦闘モードに入った。

 

 

 両腕を交互に振り回してくるのをサイドステップ、回転回避で避ける。休みなく行われる乱舞を掻い潜る。

 フィニッシュに両腕を振り下ろしてきたタイミングで前に出てショウグンギザミの側面へ駆ける。

 走りながら通常弾をリロード、続けざまに全弾撃つ。

 ショウグンギザミはこちらを向きながら腕を振り、弾丸を全て真っ二つにし、さらに挟むように両腕を振り抜いてきた。

 後方宙返りでそれを躱し、再度リロード。もう一度全弾撃つ。

 だが再び、全ての弾が捌ききられた。

 

 どうせ斬られるなら、この弾。徹甲榴弾なら切ると爆発が起きるはず。

 すり抜けてもダメージの大きい頭部を狙って引き金を引く。

 弓が反発し、火薬が弾け、大質量の弾丸が突き進んだ。

 ショウグンギザミは突進しながら、その弾丸のやや下部にそっと峰をあて、火花を散らしながら弾丸の角度を変え、後方へと流した。

 

 

「なっ⁉︎」

 

 

 徹甲榴弾が天井に着弾し爆発するのと同時、いつのまにか間合いを詰めていたショウグンギザミが右腕を横から振り抜いてきた。

 回――間に合わない、なら軽減を、

 体のすぐそばまで迫る刃を肘と膝で挟む。その瞬間、体に横方向の加速度が加わる。人の力で挟んだくらいでは刃を止めることはできず、次の瞬間には刃は腹部を捉え――

 

 

「ッ――!」

 

 

 ゴミ箱を蹴っ飛ばしたように吹き飛び、壁に当たって止まった。

 口の中に鉄の味が溢れた。だけど体は繋がっている。防具の防刃性能のおかげだが、何度も耐えられるわけではないだろう。

 ショウグンギザミは僕に背中を向けていた。そして、背中の頭蓋骨の口が開いたと思えば。

 

 視界が

 

 

     水で

 

 

  塞がり

 

 

 

 

 

 

「ゲホッゲホ、ゲホッ」

 

 

 息ができない。水ブレスで濡れた顔に涙が滲む。だめだ、逃げないと。勝てない……。

 体は重く、視界は歪み、痛みが集中力を奪う。

 

 ショウグンギザミはもう一度間合いを詰めてきていた。回避……できない。背に腹は変えられない。

 ショウグンギザミが横薙ぎに振り抜いてきた刃をボウガンで受け止めた。

 

 

「うぐっ……」

 

 

 重い……いや大型モンスターの攻撃にしては軽い方か……? 足で地面を削りながら五メートルくらいノックバックした。

 息が辛いし、腹も背中も胸も痛い。このダメージじゃ戦えない。

 ポーチをまさぐり、シビレ罠を取り出す。……策はないけど、賭けならまだできる。

 

 

「うまくいってくれ……!」

 

 

 シビレ罠を山なりに、ショウグンギザミに向かって投げる。開いた手を即座にポーチに突っ込み、ゴム弾を取り出す。そのまま弾倉に叩き込み、狙う。

 これを外せば、ただシビレ罠を両断されて詰む。当てる場所は回転しているシビレ罠のオモテ面にあるスイッチ。当てて起動さえすればショウグンギザミに隙を作れる……はず。

 

 手が強張っている。ボウガンが体とうまく馴染んでいない。外せない、撃つタイミングは迫ってきている。あと五分の一回転したら引き金を引かないといけない。

 心臓がうるさい。目の前で放物線を描く、シビレ罠しか見えない。

 弾丸の速度を計算に入れて、引き金を引く――が、指がわずかに遅れて動き、タイミングを逃し、その上体がビクつき狙いも外した。

 

 シビレ罠は一瞬で真っ二つにされ、破壊された。だがシビレ罠に当てられなかった弾丸がショウグンギザミの目を撃ち抜いた。予想外の攻撃だったのか、大きくよろけた。

 それを見てすぐに背中を向けて走る。煙玉をばら撒きながらひたすら走る。

 体の横を水ブレスが通り抜けた。肝を冷やし、直撃しないよう祈り……やがて洞窟を抜けた。

 

 

 

 

   〇 〇 〇

 

 

 ベースキャンプに逃げ込み、ベッドに倒れこんだ。

 攻撃を受けたお腹には裂傷があり、だいぶ流血していた。早く傷を塞いで手当てしないといけないのに、動く気にならない。

 攻撃を受け止めたボウガンは傷が刻みこまれていたが無事に動くようだった。クロウさんに感謝しないといけない。……はぁ。

 

 

「全く駄目だ……」

 

 

 ほとんどの攻撃が捌かれたし、こちらの被弾も多かった。この短時間でこれだけ攻撃を受けるんじゃ命がいくつ合っても足りない。

 

 もしあの二人だったら、そんなことを思う。

 ミドリもメリルもこれくらいの相手なら難なく倒すだろう。

 

 

「ハンターさんや、何をしておるんじゃ?」

 

「……山菜爺さん?」

 

 

 体を起こすととても小柄な竜人族のおじいさんがいた。

 

 

「ずいぶん若いのぉ。……おや、怪我をしておるのか?」

 

「うん。まぁ治るよ」

 

「いずれ治るとしても放っておくのはいかん。これを飲むといい」

 

 

 そう言って取り出したのは褐色の丸薬。

 飲み込んで見ると体のダルさが消え、傷もみるみるうちに塞がった。それに伴って痛みも徐々に引いていく。

 

 

「……これってまさか、いにしえの秘薬?」

 

「ああそうじゃ。こんな年寄りには無用の長物じゃ」

 

「それでもこんな貴重なものを……ありがとう」

 

「いいんじゃ。ジジィのきまぐれじゃ。……そうだお前さん、何か悩んでいるだろう。どれ当ててみせよう……」

 

 

 山菜爺さんはニヤりと笑って言った。

 

 

「自らの力不足に悩んでいるな?」

 

「……! なんで分かったんですか?」

 

「ハンターの抱える悩みなんぞだいたいこんなもんよ。じゃが……」

 

 

 山菜爺さんは霧の奥を見つめて言う。

 

 

「お前さんとよく似た男もこの悩みを抱えていたからの。当てずっぽうではないぞ」

 

「その人は悩みを解消できたの?」

 

「自分で少しは考えたのかの……? まぁ答えてやろう。確か……もう一度会った時にはずいぶん立派なものを着ていたから強くはなったんじゃろう……。じゃが、ずいぶん余裕のない目をしていたの……」

 

 

 懐から水筒を取り出し一口飲み、続けた。

 

 

「お前さんはなぜ力をつけたいのじゃ? そもそも力をつけることでしか目的は達成できんのか?」

 

 

 語気鋭くそう話すと、ふっと朗らかに笑った。

 

 

「説教くさくてすまなかった。ではな」

 

 

 そのまま山菜爺さんは歩いて去っていった。

 

 

 

 

「力をつける以外の方法……」

 

 

 深い霧をぼんやりと見つめながら、僕はクエストをリタイアした。

 

 

 


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