「青いからアオイか、覚えやすくていい。今すぐ武具の支度をしろ。腕前を見てやるよ」
メリルの師匠はそう言い、リビングの椅子にどかっと座った。
「分かったらさっさと支度にいけッ!」
「イエスマム!」
追い立てられるように部屋に行く。まるで教官だな、あの人。
ボウガンを背負い、道具を準備した。
「早く狩りをしに行くぞ。着いてこい!」
「イエスマム!」
〇 〇 〇
「リオレイアとかナルガクルガあたりを寄越せって言ったのによぉ……」
「あっはは……」
イャンクックの狩猟、受けさせてもらえた依頼の中で一番高難度なのがそれだった。片腕を根本から喪っている人間を、本来なら狩りに行かせること自体が間違っている、とのことだからこれでも最大限に譲歩してもらったんだと思う。
メリルの師匠さんは金色の毛が惜しげもなく使われた防具を着ている。ラージャンの素材を使った防具らしい。
ラージャンは確か古龍級生物とか言われているから……この人は現役の時、とんでもなく強かったことがうかがえる。
フィールドは森丘。草木で視界が悪いエリアと、見晴らしの良い丘のエリアがある場所だ。
飛行船から降り、ベースキャンプから出たすぐのところに三匹ランポスがいた。
「狩猟中に水差されるのもあれだしな……一応殺してこい」
もしかしてここから腕前を見られてるのかな。まぁいいさ、普通にやろう。
通常弾を装填し、狙いをさだ――
「攻撃開始が遅いッ! こうやんだ見とけ!」
メリルの師匠さんが高速でランポス達に詰め寄る。
おびただしい殺意と気配に、ランポス達は早々に振り返る。
その先頭のランポスの首を片腕で締め上げた。そこに残りの二匹が一斉に飛びかかる。
「らあぁぁぁッ!」
締め上げたランポスを振り回し、二匹とも一瞬でなぎ払った。
振り回した負荷でか、あり得ない方向に首が折れたランポスを捨て、吹き飛んだ二匹の元に向かう。
ランポスは身軽で、すぐに体勢を立て直し、メリルの師匠に走り込む。
今度は同時ではなくわずかに時間差をつけて、二匹が肉薄する。
近い方のランポスが噛みつこうと開いた口に、師匠さんは爪先を突っ込んだ。そして下顎を地面に踏みつけながら後から来た三匹目のランポスに拳を叩き込んだ。
一発のパンチで気を失ったランポスを尻目に、下顎を踏みつけているランポスの上顎を掴み、口を180度開かせた。頭の上半分が首の皮一枚繋がった状態になる。
「ランポス三匹程度、素手で短時間で殺せ」
そう言いながら、気絶させたランポスの首を握力で砕いた。
イャンクックを探しながら、昼の丘を歩く。
「そういえば名前、なんて言うんですか?」
「俺の名前? メリルから聞いてねえのか?」
「聞いてないです」
一人称が俺かよ。
「ララだ」
「はい?」
「ララだ! 文句あっか!」
「ぷっ……! 文句なんてないですっ」
この口調で、ランポスを素手で殺す人がララ……ずいぶん可愛らしい名前ですねっ。
「笑ってんじゃねェッ」
必死の形相で怒鳴ってくるのを見て、この人もちゃんと人間なんだなって思った。怒った顔は獅子だったけど。
丘側にイャンクックはおらず、僕たちは森の方に足を踏み入れた。
風が草木を揺らす音、ひんやりとした空気。降り注ぐ木漏れ日。マイナスイオンを感じる森の中。その中に明らかに異質な、ピンク色の甲殻の怪鳥がいた。口には大きな嘴、顔の周りにエリマキ。言ってはなんだが間抜けな顔つき。
距離は70メートルくらい? ボウガンを抱えたままでも、数秒で駆け抜けられる。
「俺の方にきた流れ弾は、全部避けるから思う存分に狩れ。ほら、さっさと先生を殺ってこい」
「物騒な言い方しないでよ」
暗殺しに行くような言い方……。
持ってきたボウガンはリオレイアの素材から作った方、ヴァルキリーファイア。装填するのは速射できる散弾。全身を満遍なく攻撃して弱点部位探しをする狙いだ。
照準の中心にイャンクックを持ってきて引き金を引く。着弾と同時に、イャンクックは異様な速さでこちらを向き、吠えた。
あんまりうるさくない、バインドボイスじゃないのか。
イャンクックが首を曲げながら息を大きく吸った。ブレスの予備動作かな、イャンクックを中心に時計回りに走り、確実に回避。側面からイャンクックの隙を咎めていく。
大丈夫、イャンクックの動きはリオレイアとかに似ている。だから先生って呼ばれているらしい。距離が離れていれば突進とブレス、接近すれば尻尾で薙ぎ払うか噛みついてくるだけ。
突進を避けて後ろから撃ち、ブレスは時計回り、反時計回りに動いて回避。尻尾を振り回してきたら冷静に範囲外へ。しつこく嘴をこちらに突っ込んでくるのも周りの地形に注意しつつ回避する。
「弱点はやっぱり頭か」
全身を散弾でまんべんなく攻撃してみたが、顔まわりの損傷が他と比べて多い気がする。
弱点が解った、通常弾に移行。集中放火する――。
狩り始めてから三、四時間くらい経ったところでイャンクックが脚を引きずり、飛び立とうとしていた。駄目押しにラッシュをかけるが仕留めきれず、中空に上がった。
「期待外れだ」
ララさんがこちらに視線をやって、そう吐き捨てた。そしてなにかをイャンクックに向かって投げつけた。
弾丸のような速度で飛んでいったそれは、イャンクックにぶつかり、甲高い音を鳴らした。
イャンクックが空中でバランスを崩して落下してきた。大音量で驚いたらしい。
頭から落ちてくるイャンクックにララは棍棒を振り抜いた。風船を割るような快音と共に、しめやかに絶命させた。
ララは棍棒の返り血を振り払い、言った。
「あんた、ハンターに向いてねぇな」
「ハイエナしておいて何言ってんですか」
「ハイエナも何も、お前が取り逃がした獲物をぶっ殺しただけだ」
「どうして僕がハンターに向いてないんです?」
ララは舌打ちし、視線を逸らした。
「もっとこう……ひゅっと動いて、さっとして、ダダダってして撃てねえのか⁉︎」
「……は?」
「イャンクックが走った時も、コロっとしてすぐにクルっとやって撃てばいいじゃねぇか!」
「うん?」
感覚的すぎて何言ってるのか全くわからないんだけど。撃つ前の動作に何か問題がある……のかな?
理解できずに考え込もうとすると、ララさんが頭を掻きながら言った。
「お前といい、メリルといい、なんで俺のアドバイスがこんなに伝わらない」
「質問を返すけど、伝わった人いるの?」
「ミドリはすぐにモノにしたぞ」
ミドリも感覚派なとこあるから、ララさん語が理解できるのかな……。メリルもなんだかんだ分かってるんだろうし……。
「お前、あれだ、ショウグンギザミあたりをソロで狩りに行ってみろ。そうすりゃ分かる」
「ショウグンギザミ?」
「ただの蟹だ。そうだ、そいつの水ブレスを食らったら教えてくれ」
「別にいいですけど……ショウグンギザミの水ブレスに何か?」
「食らってからのお楽しみだ」
ショウグンギザミは確か甲殻種……ダイミョウザザミと同じだ。危険度はこっちの方が高い。
「なんでショウグンギザミを?」
「行きゃ分かる。さっさと帰るぞ」
そう言い、ララさんは僕を担ぎ上げ、走り出した。
「は⁉︎」
「お前の歩幅に合わせてると日が暮れちまう」
「言ってくれれば早くしたよっ」
片腕ない人相手だし? りんごが木から落ちるみたいにごく自然と歩みを緩めてたよ? 善意も悪意もなく、普通にそうしてたのに。
というかなんだよこの速さ。ミドリよりかはちょっと遅いかもしれないけど、この揺れといい、地面を踏みしめて走っている感じがすごい。ミドリは忍者みたいな疾さ、この人はティガレックス。
「チッ……ランポスか」
ララの呟きが聞こえ、意味を理解した時には視界にランポスがいた。この人は身一つならこのまま走り抜けられるだろう。だけど僕をわざわざ抱えているからランポスに距離を詰められている。
「仕方ねえ」
ララさんはランポスの方に振り向いて大きく息を吸い……。
「ガアアアアァァァッッ!!」
耳をつんざくような、轟音で咆哮した。強大なバインドボイスはランポス達を怯ませる。
響く大音量は森を揺らし、野鳥を飛び立たせ、草食モンスターを震え上がらせ、この森丘の王が誰であるかを一瞬知らしめた。気がした。
「愚図な雑魚めが」
「ララさん実はモンスターでしょ」
〇 〇 〇
ドンドルマに帰り、依頼を報告すると、ララさんは報酬金の四分の一くらいを取り、残りのお金と素材と全て僕にくれた。
太っ腹だなぁと思ったけど、この人がやったことってイャンクックの頭に一発ぶち込んだだけで他には何もしてなかった。
……あんまり疲れてないな。このままハシゴして、ショウグンギザミ狩猟に行こうかな。弾薬を用意して、武器は行く途中で手入れしようか。掲示板を探すと、早々に見つけた。
「湿地帯の鎌蟹、この依頼ください」