「なぁー腹減ったー!」
「ヴァイスくん騒がしい」
「うるさ……」
ドンドルマまで三人を連れてきた。アルフの約束を承諾したのだ。
「じゃあ近くで何か食べる?」
「ああ、そうしようか。もちろん、アオイの奢りなんだろう?」
「えっ?」
奢るなんて言ってない……。いや、まぁ僕とアルフと子供三人分なら大したことないか。うん。
「三人とも、何が食べたい?」
聞いてみると「肉!」「美味しいものならなんでもー」とヴァイスとシュヴァが言った。だが力関係があるのか、二人の視線はファルに注がれる。
ファルは視線を受け、周囲の食べ物屋を見渡してから言った。
「ぜんぶ」
「へ?」
「ぜんぶ、食べたい」
将来的にというか、日数をかけていずれ全部食べ尽くしたいって意味だと思って、僕は返事をしたんだ。
シュヴァは見た目相応の量を、ヴァイスは成人男性にも負けないくらいの量を食べた。これくらいなら予想の範囲内だった。今まで満足に食べられたかったからか、元々よく食べるのかは知らないけど、それなりによくあることだと思う。
問題はファルだ。1店舗につき2メニュー。それを重ねて8店舗目。
その店の一番人気と自分が気に入った物を選んでいるらしい。
アルフが遠慮はいらないぞ、お腹一杯になってもらわないとアオイが悲しむぞ、とか言ってから拍車がかかった。
「……お腹いっぱい」
そう言いつつ、ファルの顔にはもう少し食べられるって書いてある。冗談みたいだ。布団一枚分……あるいは赤ん坊二人分の質量が彼女のお腹に消えたんだから。
「ごちそうさまでした……ありがとう、アオイ」
「見てて気持ちの良い食べっぷりだったよ。いつもこんなに食べてるの?」
「いつもは、そんなに食べてない。少ない量でも、お腹は空かない……」
「そうなんだ」
腹ごしらえはすんだけど……これからどうするんだ? この子達はどこに泊まるんだろ。僕たちの家はもう直ってるかもしれないけど、子供三人を泊め続けるのは難しいような。
「住む所はどうするの?」
「ハンター寮を借りようと思っているのだが……今日中は難しいかもな」
「だったら今日は僕の部屋を使えばいいよ」
「それはありがたい。今夜も世話になるな」
一部屋で五人……今夜は賑やかになりそうだね。ファルがベッドを使って、残りは雑魚寝だな。
話している内に家に着いた。ファルは物珍しそうに見上げたが、ヴァイスは思ってたより小さいと言い、シュヴァは家の規模にそこまで興味なさそうだった。
扉を開けると、リビングでミドリとメリルがリンゴを食べていた。
「「ただいま」」
「おかえりー」
「おかえりなさい……どうしたんですか、その子たちは?」
「孤児だ。私が面倒を見ることにした」
アルフの答えにメリルの顔が曇った。
「本当に大丈夫なんですか? アルフはハンターです。いつ死んでもおかしくない仕事をしているの分かっていますか?」
「確かにそうだが……。放っておけなかった」
「どういう状況だったかは私は知りませんが、アルフが判断を間違える人には見えません。連れてきたので正解でしょう。……ただ、もしアルフが――」
メリルの言葉を遮るように、急に扉が開いた。
「メリルさんにミドリちゃん、良いことを教えてあげ……アオイ? 帰ってきてたの」
クレアが入ってきた。周囲を一瞥し、三秒くらい経ってから二の句を継いだ。
「どうしたのこの空気? この子達は誰?」
「……私が話そう。一から詳しく話す。メリルも聞いててくれ。あとアオイとミドリはこの子達の相手をしててくれ」
「分かったー」
「……がんばれアルフ」
間の悪い人だな……。
「何する?」
「チェスと将棋とオセロと……あとトランプがあるね」
村からこっちにくる際、家具とか衣類、小物の大部分は置いてきてしまった。取りに帰るのはルナが許さないだろうな。限られた物の中身がなんでゲーム盤ばっかり……ほんと僕のことよく分かってるよ。
「トランプ……しかないか」
でも行きと帰りで一通りやり尽くしたからな……。あ、そうだ。
「トランプでタワーでも作る?」
「六徹した時のティラさんじゃないんだから、するわけないでしょ」
六徹した時のティラさんなんでトランプタワー作ってるの……。休めばいいのに。なぜそこまで自分を追い込む……病んでる?
そうだ、他にも荷車ではできなかったやつがあったな。丁寧に並べても揺れて台無しになるから。
「なら、七並べとか」
「それがいいね。三人ともルールは……自己紹介忘れてたね。私はミドリ。ハンターをやってる」
「僕はシュヴァ。こっちがファルで、そっちがヴァイス。ただの茶髪が僕、うるさい白髪頭がヴァイス、無口なのがファルって覚えて」
「お前、一言余計だぞ!」
「ヴァイスうるさい……」
「シュヴァにヴァイスにファルちゃん、よろしくねっ」
……七並べって五人じゃキツくない? まあいいや。
ミドリが手早くカードを配り、ルールを教えながら一回目。ゲームというよりかはただ並べただけだったけどあっさり終わった。
二回目、僕の手札に1、2、Q、Kしかなくてパスを使い切らされて終わった。ミドリ……こいつめ。
三回目は僕がカードを配った。ミドリに渡すカードをスペードの1、2、3と10、J、Q、Kにしておく。そのカードに繋ぐためのスペードの4と9は僕が持ってる。
ミドリがあからさまにこちらを意識したのを無視して問答無用で叩き潰した。
四回目、ファルがカードを配りたいと申し出たため不正合戦は終わった。ヴァイスが負けた。
五回目を始めようとしたところでシュヴァが言った。
「イカサマってどうやってるの?」
「シュヴァ、イカサマなんてしたらダメに決まってるだろ。ましてやこれは遊びだぞ? 楽しむためのゲームでなんで不正するんだよ」
ヴァイスがそう言ってシュヴァを諭した。イカサマはダメ、と。
五回目、言葉の流れでヴァイスがカードを配った。その勝負はファルが最初に上がった。当然だ。開幕と同時に『6と8しかない……』と呟き、つまらなさそうに終えてしまった。
カードがこんなに偏りが出るなんて偶然はおっそろしーね、とミドリとニコニコ笑った。
5戦してシュヴァの勝ち数3。純粋にゲームを楽しんでいて、一度も悪いことをしなかったらしい、彼が一位になった。
ミドリがカードを全て束ね、シャッフルして混ぜてから言った。
「そろそろ話終わったかな?」
「気になるなら僕が見に行ってこようか」
「私も、行きたい……」
「俺も!」
「じゃあ僕も」
「なら私も行く」
みんなでいくのかー。声も物音もしなかったから、穏やかに話しが進んでるんだと思う。なら大丈夫かな。もしかしたらお茶とお菓子を用意しておしゃべりでもしているのかもしれない。
扉に耳を当てる。……あ、ちゃんと聞こえる。音に集中して……。
「私が五人を呼んでくる」
アルフの声が聞こえた直後、扉が開く。
差しこんだ光が聞き耳をたてる僕たちを映し出した。
「……なんだ聞いてたのか」
「いまきたところだよ」
どうしよう、事実なのに響きが虚言みたいになってる。
「まぁいい、聞いての通り、クレアも私を手伝ってくれるそうだ。寝床も確保した」
「クレアが……?」
クレアはお茶を飲み……あ、猫舌なんだ、熱そう。
……クレアは一息ついてから言った。
「私も子育てしたいですし。子供がゆっくりと成長する姿を見たいですし? ……これでも結構、子育ての勉強してましたから。生かさないともったいないです」
クレアは三人の元に歩み寄って言った。
「シュヴァくんにヴァイスくん、ファルちゃん。私もアルフと一緒に、あなた達が自立できるようになるまで養うことになりました。よろしくね」
「……あぁ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「お願いします……」
「こっちは好きでやってることだから、そんな畏まらないでよ。さぁさぁ寝床に案内しますよ。アルフもきますね?」
「勿論だ。案内頼む」
集団登校というか遠足というか、そういったのを思わせるような感じで五人は家から出て行った。
メリルは二人分のお茶を入れて、お菓子を出し、思いっきり息を吐いた。
「つかれましたぁ……」
「何話してたの?」
メリルは『ほんとうに聞いてなかったんですか』と言いながら皿に出してあったおかきをつまんだ。
「自分たちを育てる人が去ったら、あの子供達はきっと歪んでしまうって私が言ったら、クレアさんなんて言ったと思います? 『育てる人が一人二人去ろうが、子供は勝手に育ちます。根拠はアオイ』そんなの返す言葉がありませんよ……」
「あはは……」
「親の心子知らずって子供はこのせいでできたのかもしれませんね。親心に関わらず、子供は好き勝手な方向に成長していく……」
そう言っておかきを食べるメリルをミドリが切り捨てた。
「独身なのに親心を語るメリル」
「ええ、今はまだ。ですが必ず、ミドリを振り向かせてみせます」
「虚数の彼方に存在しているかもしれない、そんな事象が起きたとして、どうやって人の親になるの?」
「奇跡を一つ起こした後なんですから、子供もできますよ!」
メリルが力強く拳を握った。この人怖い……。
「気持ち悪いこと言わないでよ」
ミドリはとても人に向けてはいけないような、最上級の軽蔑の目をした。人がこんな目をするの人生で初めて見た……。
そんなことは慣れっこなのか、涼しい顔でメリルが口を開く。
「気持ち悪いで思い出しました。私の師匠がアオイに会いたいらしいです」
「酷い思い出しかたするね、メリル。……師匠?」
「はい。前に話しませんでしたっけ」
「覚えてるけど……なんでまた」
「さぁ? 知らないです。アオイと会うために毎日ここに来るとか言ってましたけど」
……メリルの冷たい視線で思い出したぞ。あれだ、パーティに女の子しかいないときは移動中に全裸の人だ。それしか知らない……。
「メリルの師匠さん、変わった人だった。でもそれ以上にメリルがね」
「ミドリ、その話はやめなさい」
「……まぁ後で分かることだしね。で、その師匠さん、とんでもない大怪我負った後なのに、今も現役でハンターやってるんだってね。全盛期のときはどんなのだったのやら」
「今思い返しても化け物でしたね……。人類でも最強クラスだったんじゃないですか? 古龍を一体、単独で討伐したこともあるみたいですし」
……クレアが言うには、僕の父親にあたる人はテオ・テスカトルとナナ・テスカトリを同時に相手にして、後者を討伐、前者は片角を折って撃退したらしいから、人類最強はたぶんこっちかな。……ここまでのことをした人なのになんで一切噂を聞かないんだろ。
「もしかして有名人?」
「えぇ、昔はそうでした。ですが十年以上前に難易度の高い依頼を受けられなくなりましたから……。アオイが知らないのも当然です」
「そうな……ん?」
ガンガン、と乱暴にドアが叩かれた。
「さ……師匠が来たみたいですね。こんな粗暴なノック、アレしかしませんし」
「そうなんだ」
ドアを開けると、テオ・テスカトルを戦闘街まで誘導した時に会った、隻腕の女性が立っていた。
女性は怪訝な顔をして、開口一番、こう言った。
「アオイってあんたか。青髪タキシード」