「薄っぺらい……薄っぺらい……」
そりゃ平均には劣るさ。でもここ最近は近接武器をしっかりと振るえるようになってきたんだよ? 大剣の溜め斬りだってできるんだよ?
「それくらいのことをいちいち気にするな。ハンターは筋力が全てというわけじゃない」
「あ、アルフ……!」
「筋力は私の半分にも満たないのかもしれないが、アオイにはアオイの良さがあるだろう?」
「アルフ……」
キャラバンの護衛依頼が終わった。キャラバン自体はまだまだ先に行くけれど、アルフは護衛依頼を移動手段に使っただけで、この場所にくるのが目的だったらしい。……フルで依頼を受けてたら一ヶ月くらい拘束されるものだったしね。キャラバン側もそれは分かっていて、沢山のハンターを入れ替わり立ち替わりで雇っていく。ダイチさんはそのまま乗っていったけど。あの人は純粋に護衛依頼を受けてるんだと思う。
「ここはな、私が住んでいた村なんだ」
「そうなんだ。えーと……ホロウ?」
「あぁ。村の名前はホロウだ。この村は変わっててな」
アルフが言うわりに、見た感じでは変わったところはない。活気があるし、色んな人がいるし。
「この村は人が入れ替わり続けるんだ。この付近は資源が豊富でな。採取する人、それを買い取りにくる人、その人たちに食べ物を売る人……。だが土地が痩せている上、治安も良くないから滞在する人はいても住む人はいない。そんな村だ」
見渡すと簡易的な住居はあっても、ちゃんとした家はなかった。傾斜のきつい山に挟まれていて奥には森、僕たちの入ってきた方向は平原。
ちょっとじめじめとしている気がするけど住みやすい気はする。……あー、でも土地が痩せているのか。ルルド村は寒いし酸素はちょっと薄い。でも流れてくる水は栄養が詰まっていて、土地は肥えていた。
「でも食べ物はぜんぶ外から買えばいいんじゃない? 資源があるなら買えるだろうし」
「確かにそうだが、元々住んでいる人がいないしな……。誰も住んでいないような場所に好き好んで暮らそうとする人はいないよ。あ、モンスターはこの付近で暮らしているかもな」
……食べ物が売られ、道具が売られ。クエストカウンターまである。アルフ曰く、しょっちゅう入れ替わるといっても一年くらいここにいる人もいるらしいし……って。
「色々詳しいけど、アルフはここで暮らしていたの?」
「あぁ。まぁ色々あったさ」
表情がちょっと暗い。あんまり詮索してほしくなさそうだ。……詳しいことは考えないようにしよう。
「そうだ、私が使っていた寝床見に行かないか? 私も気になっているんだ」
そう言われ、アルフに着いて行く。森を進み、細い道、抜け穴、登攀……。それらをしてたどり着いたところにはちょっとした洞窟があった。
広さは……手狭だけど住めなくはないといったところ。奥には水が湧いているから、最低限生きていける……かな?
「おかしいな。洞窟には何も置いていってないはずだが……」
アルフが指差した先にはコップや鍋といった生活感のある物が散乱していた。ちょっと踏み込んでのぞいて見ると……。
「……誰」
女の子がいた。ボロ切れにくるまって、隅に座っていた。疲れた表情をしていて、体は年齢を考慮してもずいぶん華奢。冷たい洞窟で一人。
アルフはその少女に近づき、自分のローブを掛けた。そして、腰から……。
「お前ら、何してるんだ!」
幼い怒鳴り声に振り返った瞬間、鼻っ面を棒で殴られた。
「痛っ……。人を棒で殴るんじゃないっ」
僕のことを殴った棒をすぐにひったくり、地面に捨てる。……男の子だ。
その直後、女の子が声を少し張り上げた。
「この人達、悪い人じゃない……と思うよ。殴っちゃダメ」
「え? でも、なぁ……」
男の子が言い淀むと、すかさずアルフが言う。
「君たちはなんでこんなところにいるんだ」
「……お前らには関係ないだろ」
「君たちは、二人だけか?」
アルフの言葉に女の子の方が反応した。
「……ヴァイス、シュヴァはどこ?」
「まだ戻ってきてねぇのか。俺より遅いのはおかしいぞ……」
この殴ってきた方の男の子はヴァイスと言うらしい。この年で髪が殆ど白髪になってる……相当苦労しているみたいだ。
ヴァイスは女の子の側に、食べ物の詰まった袋を置いて言った。
「シュヴァを探しに行く。……お前らはどっか行けよ。悪い奴じゃないんだろ? 殴ったことは謝るし、不満なら俺のこと殴り返してもいいからさ」
「ああとっても不満だ」
「アルフ?」
アルフはヴァイスの手を掴み、にんまりと笑って言った。
「だからシュヴァとやらを探すのを、私も手伝わせてもらう。アオイはここで待っててくれ」
アルフはヴァイスの手を引き、そのまま行ってしまった。……どうしてそうなるのやら、ずいぶん強引だな。
「行っちゃった。そうだ、君、名前は?」
「……ファル」
「そう」
近くの枝と枯れ草を組んで焚き火を作る。弾丸の信管に剥ぎ取りナイフを使って衝撃を加えることですぐに着火できる。そして、ビンで湧き水を掬い、焚き火で煮沸。
それから携帯食料と薬草、アオキノコを細かく刻んで入れて少し煮込み、飲める熱さになってからファルに渡した。
「めちゃくちゃ不味いから一気に流しこむことをお勧めするよ」
「……?」
ファルはそーっとビンの中身を飲むと顔をしかめた。訓練所で学んだ、怪我人や衰弱した人に食べさせる物だ。怪我と疲労を一気に回復させる。そこそこの怪我を負っていてもこれ一本で歩けるくらいにはなる。
……めちゃくちゃ不味いけどね。
ファルはそれを一気に飲み干した。
「不味い……」
「そりゃね。あ、ビンちょっといい?」
ビンに水を入れなおし、煮沸。ハチミツを注ぎ、渡す。
「はいどうぞ。こっちはそこそこ美味しいよ」
「ありがと……」
ファルはちびちびと飲み始めた。本当は砂糖とか入れたいけど、ハチミツだけでもそれなりにいける。栄養満点、甘くて美味しい。ハチミツは便利だね。
飲み干す頃にはファルの表情も緩んできた。
「アオイ……」
「何?」
「どうして、ここが分かったの……?」
「僕はアルフに着いてきただけなんだ。彼女に聞いてよ」
「そう……。この場所、あんまり知られたくないから……誰にも、言わないでね」
「分かったよ。秘密にしておく」
来る道を覚えていないから、この秘密は絶対に守れる。とは言わず、口の前で人差し指を立てる。子供っぽいかね。
「……あ、ヴァイス、シュヴァ。おかえり」
アルフとヴァイスと……もう一人男の子、この子がシュヴァか。ヴァイスは喧嘩っ早そうな見た目なのに対し、こっちはおっとりとした感じだ。
帰ってきた二人ががファルの元に歩いていった。
「無事に帰ってこれた。もう少し遅かったら危なかったかもな」
「何かあったの?」
「シュヴァと商人が揉めていたんだ。なんでもシュヴァが商品を盗んだんじゃないか――ってな。まあ私がすぐに収めてきたさ」
「……危なかったね」
「あぁ……」
アルフは目を閉じ、軽く息を吐いた。それからちょっとこっちに来い、と手招きされる。
隣に立つとアルフは目を細めて言った。
「懐かしいな、この場所は」
そう言いながら洞窟の入り口の壁に触れた。風化していて分かりにくいが、よく見ると傷が沢山あった。どうみても人為的……アルフが刻んだものなのかな。
「私がここに住んでいた時、一度だけハンターが訪れたんだ。男性と女性……」
アルフはふっと笑った。
「食料に薬草、ナイフやビンに……それなりの量のお金も貰った。あれのおかげでずいぶんとこの洞窟での暮らしに余裕ができたんだ。お礼もできないうちに二人は去ってしまったけどな」
「そうだったんだ」
「あの二人には二度とお礼はできないだろう。おそらくもう会えない。だから、な」
アルフはファル達の所に歩く。森で取ってきたもの、換金して買ってきたものについて、楽しげに話す三人のそばに立った。
「三人とも、この場所を気に入っているか?」
アルフがそう言った瞬間、三人の楽しそうな雰囲気が氷点下まで落ちた。
「ここは生きにくいだろう。地面は硬く、空気は粘っこく、食事は不味くて、人々は冷たい」
嗤って続ける。
「死と隣り合わせ。モンスターも病気も、虫も人も警戒しなければいけない。希望はないのに絶望だけはすぐそばにいる。もう一度言うぞ、さぞ生きにくいだろう」
「アルフ」
肩を掴んで制止すると、アルフは不敵に笑った。
それに対し、ヴァイスとシュヴァは不機嫌さを隠さずに、アルフを睨みつける。そんな二人の握り拳をファルが掴む。
「私が君たち三人をここから連れ出してやる。……あぁもちろん、タダじゃない。ある約束を呑んでもらう」
「なんだよ約束って」
「君たちが自立したら、他にもいるであろう、危険な状況に身を置く子供を連れ出し、自立できるようになるまで養え。そして、この約束を呑ませろ」
三人が顔を見合わせる。提示された約束が意外なもので驚いてるんだと思う。僕も驚いてる。
「私もここに住んでいたことがある。洞窟の中にたくさんの傷があるだろう、それは私が刻んだものだ」
どこにあるのかは分からないが、三人は理解しているようだ。
「私はある人にたくさんの物を貰い、救われた。だがその人は私がお礼を言う前に去ってしまった。つまり恩返しができていない……。だから私はこの恩を人に渡すことにしたんだ」
ファルが顔を上げる。
「私達も、ここで受ける恩を、次に渡せばいいの……?」
「ああ。私の意志を継いでもらう。同意してくれるか?」
ファルが深く、何度も頷く。それを見た二人も頷いた。それを見て、アルフはにっこりと笑った。