八十二話 遷移
……僕がドンドルマに来てから数日経った。
今回のテオ・テスカトルは、今まで襲撃してきた古龍の中でトップクラスの損害をもたらしたらしい。理由としては何故か他のハンターには目もくれず、住宅街に飛び込んだことだとか。
沢山のハンターが攻撃を加えていってもテオ・テスカトルは足を止めず、住宅街を焼き尽くしながら進み続けた。まるで、なにかを探しているかのように。
そんな中、メリルが執拗に攻撃を仕掛け、ようやくテオ・テスカトルはまともに迎撃されるようになった。
メリルがテオ・テスカトルを戦闘街まで誘導することになり、奇襲の準備をしていたところに……僕たちが降ってきたというわけだ。
テオ・テスカトル討伐後、突如現れたルルド村から来た船団により、炊き出しが行われた。ナイトさんを中心に、村の人達が作った食べ物は避難した人、迎撃に参加したハンター達のお腹を満たした。
そして荷物の運び込みや瓦礫の撤去の手伝いに追われ……今に至る。
「今思えば、僕たちが落ちてきたことで作戦が台無しになるかもしれなかったんだね」
「そういう可能性もありましたね。というか、作戦の成功失敗以前にもう二度と古龍に向かって落ちるなんてしないでくださいよ?」
メリルの咎める口調に、ミドリと顔を見合わせた。無謀だったのは認めるけど、約束はしかねるかな。
「そういえばなんでアオはあんなに追いかけ回されていたの? また逆鱗でもへし折った? それとも前世で何かしたの?」
「覚えがないかな……」
今世でテオ・テスカトルに何かしたことなんてない。なんだろ青色が嫌いだったのかね。
「……おはよう」
眠そうな声のナイトさんが起きてきた。……僕たちは今、ナイトさんのとこで寝泊まりしている。理由簡単、僕たちが住む予定だった家の屋根には穴が空いていた。この穴はテオ・テスカトルに爆破された時のものだ。
「おはよう、ナイトさん。朝ごはん作ってあるよ」
「それは嬉しい。ありがとう。実は筋肉痛でまともに料理できる気がしなかったんだ」
ナイトさんは笑いながら左手を持ち上げた。指がガララアジャラの鳴甲なみに震えていた。強走薬で体力の疲労は誤魔化せても、体の負荷はどうにもならないからね。エネルギーはあっても器がもたない、みたいな。そう考えると人生の九割くらいを起きて過ごしてそうなティラさんのバイタリティがすごい。
ナイトさんの朝ごはんをよそって持ってくると、メリルとミドリが家から出ようとしていた。
「ちょっとミドリを連れて行きますね。……行ってきます」
「行ってきまーす」
メリルが嫌そうな顔で玄関から出て行った。普段ならなんとも言えない顔をしているのはミドリの方なのに。どこ行くんだろ。
「……いい香りじゃないか。アオイが作ったものではないんだな」
「引っかかる言い方しないでよ……」
「貶したわけじゃないよ。ただアオイの料理は面白みがない」
面白みのある料理とは。なんか意外性のあるもの……。これがいいかな。
「良くも悪くもレシピ通りだから発見がない……だが料理を失敗しないための先人たちの知恵の結晶をちゃんと継いでいくのは良い心がけだからミドリが愛用しているトウガラシをテーブルの上に戻すんだ」
ナイトさんの目の前に朝ごはんを置き、椅子に座る。……今日は何しよう。二人は行っちゃったし、アルフは朝起きたら居なかったし。
そうだ、ルナに会いにいこう。
「二人ともおはよう」
玄関のドアが開き、ルナが入ってきた。タイミングばっちりだ。
「あれ、ミドリはいないの?」
「メリルとどっか行っちゃった」
「そう、まあいいよ。ささ、アオイ、私に聞きたいことがあるんでしょ?」
ルナは見た目年齢相応の、悪戯っ子の表情を浮かべて、僕の前に座った。聞きたいこと? あるに決まってる。
「どうしてルルド村からここに」
「私が予測したの。もうそろそろ古龍がルルド村付近に来るってね。迎撃態勢なんて整えられる気しないし、たとえ迎撃に成功しても死人が出たら後味悪いし」
「そうかもしれないけど……」
それでもあれだけ時間をかけて築きあげたものを……。心に大きな穴が空いた感じがする。
「事の真相はそれだけ。村の人たちの命がなによりも大切だしね」
「そう……」
僕が何も言い返せないでいると、ナイトさんが朗らかに言った。
「アオイみたいに納得できない人もいたけど、ルナが演説したらみんな納得してくれたんだよ」
「どんな演説だったの?」
「それは秘密」
えー。でも村に古龍が来るって言われてもそう簡単に村を捨てる決断はできない。……現にそれで滅んだところも知ってるけど。
古龍が来るから村から逃げる必要がある? だったら……。
「ルルド村の貯蓄にこんなに余裕があったのなら、もっと使い込んでおけば良かったよ」
「……あはは、そうだねー」
ドンドルマの一角を買えるほどルルド村がお金持ちとは僕も知らなかった。でも痛めの出費ではあったらしく、ルナの言葉の歯切れが悪い。
ナイトさんとルナが話を始めたところで、玄関からノックする音が聞こえた。すぐに向かい、ドアを開けると
「おはよっアオイ!」
「おはようフラム。それに、ルーフスも」
「おはよう」
二人は防具をかっちりと着込んでいて、武器も新品のように輝いている。……こんな朝から二人ともすごく目が生き生きとしているねぇ。
「アオイ、ブラキディオスを狩りに行くよっ!」
「えっ?」
僕とフラム達じゃ考え方が噛み合わないって少し前に言ったばかり……。
戸惑っているとルーフスが呆れ顔で言う。
「アルフが最後に四人で狩りをしたいんだとさ。それにブラキディオスなら僕と姉さんで一度討伐したことがあるから、調理法はアオイに任せるよ」
「私の我儘に付き合ってくれよ、アオイ」
後ろから肩に手を置かれ、優しく囁かれた。いつの間に家の中に、しかも背後にまわったんだよアルフ……。
「分かったけど……ブラキディオスってどんなのだっけ?」
「拳と爆発が特徴の獣竜種だよ」
どうしてまた、二人の琴線に触れそうな都合の良い生物がいるのかね。だいぶ殺意の高いモンスターみたいだけど、大丈夫なのか……?
〇 〇 〇
装備を整え、酒臭いギルドで依頼を受け、僕たちは地帯火山に向かっていた。僕とフラム、ルーフスでゲリョスを討伐しにいった、かつて地帯洞窟だった場所だ。あの地域は火山がある程度の周期で噴火し、溶岩が流れている間は地帯火山、収まると地帯洞窟、と名前が変わるらしい。
「なぁアオイ、ちょっといいか」
「どうしたの、アルフ?」
アルフが手を見せてきた。儚い手指がガララアジャラの鳴甲なみに震えている。
……爆砕竜ブラキディオス。フラム曰く、ちょこまか動く、拳が強い。爆発する粘液みたいなものを使う、怒るとすごく爆ぜる……らしい。危険度はリオレウスやジンオウガと同等の星五つ。アルフの手が震えるのも仕方ないのかな。
フラムとルーフスはそれを討伐したことがあるのだという。いつのまにそんなに強くなっちゃって……。
「アオイ、今回はできれば捕獲しようよ」
「どうしたのルーフス。らしくない」
いつもなら首を刎ねよう、くらいのこと言いそうなのに。
「この前ね、姉さんの砲撃がとどめになって討伐したんだけど……」
「あれは悪い事件だったね。まさかよろけて溶岩に落ちてそのまま事切れるなんて……」
モンスターが溶岩などハンターが進入できないばしょで絶命、落命することはたまにあるらしい。ガンナーはそういったことをしないように気をつける必要があるとか。
それがあって剥ぎ取りができなかったから二人の装備に殆ど変化がないのか。
「そろそろ地帯火山に着く。準備はいいか?」
「もちろん。アルフこそ大丈夫?」
「……。大丈夫に決まっているだろう」
アルフは防具の上からローブを羽織り、フードを深く被った。