「私、メリルのこと追いかける。お祭りの途中で抜けちゃうことになるけど、それでも今すぐ行きたいから」
ミドリはそう言い、返事も聞かず走っていった。……メリルが、どうして? 呆気に取られてる。頭が働かない。
「アオイは行かないのかい?」
「メリルの行き先分からないし……」
アルフの声を聞いてようやく何をしようか考えられるようになった。メリルを追いかけるにしても場所が……。
そんな考えを先回りするようにアルフが言った。
「メリルならドンドルマに行った」
……どうして知っている? アルフ顔をを見る。なんとなく自分が怖い顔をしている気がした。
アルフは冗談めかして肩を竦めた。
「メリルが荷作りしていたから問い詰めたんだ。そうしたら教えてくれた。……口止めはされたけどな」
「そう。ありがとう……。フラム、ルーフス、ごめん。僕も行かなきゃ」
「僕らはいいから、早く行ってよアオイ。同じパーティなんだろ?」
「ルーフスの言う通り。私たちとはまた会えても、その人は今回を逃したら会うのが難しくなっちゃうしね」
「……感謝するよ。またね」
僕は飛行場に向かって駆け出した。
走り出す直前、アルフが何か呟いた気がしたけど、それは聞き取れなかった。
僕が飛行場に着いた頃には飛行船はすでに離陸し始めていた。慌てて飛行船に掴まると、ミドリが引っ張り上げてくれた。
浮き袋に板をぶら下げただけの飛行船だから乗りやすくて良い。
これ、普段僕たちが使ってるやつだ。ハンター用のやつ。……あ、武器とポーチ、ここに置きっ放しだったな。 ……やっちゃった。
「アオイも来るの?」
「僕もメリルにはたくさん助けてもらったから。行かないと」
メリルの意思で去ったのなら止めてはいけないのだろうか。でも何も言えずに別れるのはちょっと寂しすぎる。
とにかく会いたい。別れて数時間だけども。
「アオイ、これ」
ミドリに手紙を渡された。さっき見せてくれたものだ。
読んでみると、内容はあまりにも簡潔だった。
『あなた達二人なら、これからもずっと大丈夫です。さようなら』
前に見た整った字とは違い、なんとなく暖かい気がした。だけど紙の大きさに反して、あまりにも短い文章は冷たく感じる。
「何も言わずに何処かに行かれるってこんな気持ちなんだね」
ミドリの表情は意外と穏やかだった。
「花火、ここから見ても綺麗だね。メリルも見ればよかったのに」
「ルナならまたお祭り、やってくれるよ。その時までお預けだね」
夜風が冷たい。体の熱がどんどん冷めてく。
「手紙を見つけた時は気が動転してたけど、メリルがいなくなった理由。私、分かるかも」
「そうなの?」
「メリルがルルド村に来たのってジンオウガが目撃されたからでしょ? メリルの意思じゃなくてギルドの意向。まぁ半分くらいの期間はマリンさんに頼んでいたけど」
そういえば言ってたな。ジンオウガから村を守るために派遣されたって。メリルはジンオウガを狩猟したからいなくなった……。
「それでも一言くらい欲しかったよ」
「その一言を聞いた私たちは、きっと止めると思うの。メリルのことだからたぶん本当に留まってくれる。でも……」
ミドリは自信なさそうに言う。
「メリルに我慢をさせることになりそうだし……。その、なんていうか、メリルにはやりたい事があるんだと思う……?」
「疑問形にされても」
メリルのやりたいこと……。それはよくわかんないけど、僕とフラム、ルーフスの時みたいに、考え方が違うとか……?
メリルも戦闘狂? それは違う気がする。
「考えても仕方ないし、ドンドルマまで遠いからさ、ちょっとチェスをしようよ」
「良いよ」
会って、直接聞けば良いか。
出したチェス盤に駒を並べていくうちに、もやもやは晴れていった。
〇 〇 〇
……。硬い床から体を起こす。寝てたらしい。
「……アオイ、勝ち逃げは卑怯だよ」
「ごめん。もう少し続ける?」
「いいよ、別に。寝起きで頭動かないし」
ミドリも寝てたのか。ミドリが掛けてくれたらしい毛布を畳み、チェス盤を入れてある箱に入れる。
「ミドリ、ごめんね。武器とポーチ、ここに置きっ放しだった」
「気にしないで。忘れてた私も悪いんだし」
野ざらしにしたボウガンを持つ。……壊れてないよね? 一日放置しただけで壊れるようなヤワではないと思うけど。冷静に考えれば盗られた可能性もあったのか。……二度と起こらないようにしないと。
どれくらい寝てたんだろ。周りを見るとまだちょっと暗い。そろそろ朝日が昇りそうな色をしてる。……あ、ドンドルマ見えてきた?
「ドンドルマ明るいね! お祭りでもやってるのかな?」
「いくらドンドルマでもこの時間帯に明るいのは……」
不自然だな……。目を凝らしてドンドルマをよく見ると……。
「炎……? あれ、色んなところに……。まさか」
「……あ、私にも見えてきた……」
ミドリと顔を見合わせる。たぶん見えたものは同じ。
「ドンドルマが燃えてる……?」
ドンドルマの街が燃えていた。色んなところから火の手が上がっている。考えてつくのは一つ、モンスターの襲撃だ。
でもそれはおかしい。それだと砦を突破されたってことになる。砦は防衛兵器の巣窟だ。正直突破されるとは思えない……。
「見つけた、あいつでしょ?」
ミドリの指したところに厄災の元凶がいた。体は真っ赤。獅子のようなタテガミを蓄えていて、悪魔のような形の角もある。そして、普通の飛龍とは違って四足歩行かつ、独立した翼が一対。……テオ・テスカトルだ。破壊と炎を振りまきながら、ドンドルマで暴れている。
その炎帝と対峙しているのは……。
「メリル⁉︎」
メリルが、なんで? 僕が動揺していると、ミドリは即座に剣を構えて、叫ぶように言う。
「アイルーさん! 進路変えて!」
「どうするのニャ?」
「あの赤い奴の上空に!」
なっ⁉︎ まさかこの高度から飛び降りるつもり? しかも古龍のいるところに?
ミドリはポーチを身につけ、中から取り出した強走薬を飲む。僕がミドリが正気か確かめようとすると、子供っぽい表情で言った。
「嫌?」
「行くに決まってる」
……教科書の内容を思い出した。テオ・テスカトルの危険度って星七個じゃなかったっけ。リオレウスの二つ上。
「知ったことか!」
クーラードリンクを飲み、元気ドリンコを飲み、怪力の種を噛み砕く。
弾丸を装填し、飛行船から身を乗り出す。勝ちだけを、イメージしよう。
「僕が先に行くよ。ミドリは後から来て」
一息吐いて、飛び降りる。
まず内臓が持ち上げられるような感覚があり、次に強烈な加速度がくる。空気抵抗の荒波に揉まれる。体勢が崩れたらお終いだ。ろくな着地ができずに死ぬことになる。
手を広げ、足を曲げ、体を安定させる。
暑さが近づいてきた。地上では、メリルとテオ・テスカトルが格闘している。
防戦一方に見えた。テオ・テスカトルが火炎を吐き、周囲を薙ぎ払う。メリルはそこから走って周り、途中で転身、一気に内側に踏み込んだ。
「……?」
どうみてもチャンスだったのに、メリルが急にブレーキをかけ、テオ・テスカトルから離れた。
次の瞬間、テオ・テスカトルの周囲が爆ぜた。
メリルは無事。だけど、爆発のカラクリが分からない。強いて言うならテオ・テスカトルが牙を打ち、火花を発したことくらいか……。
そろそろボウガンの有効射程だ。ボウガンを抜き、狙いを定める。撃つ弾は、ラピッドヘブン。集中して……。
引き金を引いた。
いつもの倍くらい反動を感じつつ、テオ・テスカトルに弾丸を撃ち込んでいく。
三発当てたところでテオ・テスカトルがこちらを見て、目が合う。その眼はとてもジンオウガと似ていた。
顔に照準を合わせ、さらに撃っていく。テオ・テスカトルの全身を見てみれば傷が結構ついていて、角は片方が折れ、もう片方は欠けていた。翼爪も折れているし。
ラピッドヘブンによる連続射撃がテオ・テスカトルの顔に火花を散らせる。効いてる感じはしない。
全弾撃ち切るころには落下速度もだいぶ落ちていた。着地の姿勢をとろう思ったところで、テオ・テスカトルの前足が地面にヒビを入れた。力を込めたから、飛びかかりか。
慌ててボウガンを構え直し、グリップのスイッチを押し込む。
その直後、瞬きの時間で迫る、獅子のような頭に、バレットゲイザーを撃ち込んだ。
残っていた落下速度を一発で全て殺し、それでもなお受け止められない反動で、僕は弾き飛ばされた。弾丸はテオ・テスカトルに無事着弾し、大爆発を起こす。
そして、そこに、朝日をからだいっぱいに浴びながら、刀身とドレス、髪を煌めかせて、ミドリが空から突貫した。
テオ・テスカトルの顔の周りの煙が晴れた瞬間、ミドリの振るう二つの剣が甲殻を断ち、深く、肉を斬り裂いた。
「あだっ」
家の屋根に肩から着地、勢い余ってゴロゴロと少し転がった。
……あの高さから落ちて生きてるけど体が痛む。
「……よし」
目の前に古龍がいるのだからそんな泣き言、言ってられない。二人のサポートに尽くそう。僕じゃたぶんテオ・テスカトルの猛攻を避けるのは難しい。
まずはレベル3通常弾で削る。それからダメージの通りが良さそうなところを集中的に……?
「避けなさい、アオイッ」
反射的に横に避けると、さっきまで僕のいた場所が急に爆発した。
……うわぁ、屋根に風穴が空いてる。ここに住んでる人、ごめんね。
「粉塵に注意してください、爆発しますよッ」
よく見ると橙色の粉が、テオ・テスカトルの翼から出ている。搦め手まで使うのか。
テオ・テスカトルが僕の方を睨んでいる。……もしかして狙われてる?
テオ・テスカトルはしなやかに跳び、近くの家の屋根に乗った。うん、どう考えても狙われてるわ。
目があい、睨み合い、数瞬後、僕は回れ右で逃げ出した。
巨人用の階段を駆け下りるみたいにして、僕は屋根から屋根へと飛び移っていく。テオ・テスカトルは幾度も壁に頭を打ちながらも、僕を追いかけてくる。
リオレウスみたいな長距離を飛翔するブレスを撃つことはできないらしい。これなら逃げ続けることができるかも。
後ろから咆哮が聞こえる。無視、無視。悪いこと考えたら動けなくなる。更に走っていくと、自力では飛び越えられそうにない隙間が見えてきた。
今更横には抜けられないし、落ちると逃げ場が制限されるし……。
「いけるかな……?」
レベル3通常弾が装填されてることを確認し、思いっきりジャンプ。
最高地点に達した瞬間、真下にレベル3通常弾を撃ち、反動を使って高度を稼ぐ。勢いとか角度は良かったけど、空中で前方向に体が回った。その際、背後を見た。
思っていたよりテオ・テスカトルに接近されていた。テオ・テスカトルが段差を飛び越えようと空中に躍り出た瞬間。地面に着弾して跳弾してきたレベル3通常弾がテオ・テスカトルの腹部に突き刺さった。
……ダメージは殆ど入ってない。
お尻から着地したが、勢いのおかげですぐに立ち上がれた。走って逃げるのは無理と考え、テオ・テスカトルの方に振り返る――と、視界がオレンジ色に染まった。
ヤバい――慌てて離れるが、一歩、二歩目でカチリと歯が打ち合う音が聞こえた。
爆風に煽られ、通路に落とされた。爆発そのものは避けられたから怪我はしてない。どこに逃げる……。
立ち上がり、逃げようとした方向に、テオ・テスカトルが着地した。
「……。ご、ごきげんよう!」
挨拶すると、テオ・テスカトルが息を大きく吸った。
慌てて距離を取り、横道に逃げ込んだ。背中の方をバーナーのような炎が通っていく。
「あっつい!」
入り口を向いていた体を回れ右させると、そこは行き止まりだった。
来た所から出ようにも、唯一の入り口をテオ・テスカトルに塞がれる。
一か八か、正面突破しかない。ボウガンを強く握り、テオ・テスカトルを見据える。
「青髪タキシード、上だ!」
上を見ると手を向けられていた。その手を掴むと一気に引き上げられる。
引っ張り上げてくれたハンターは僕の背中を叩きながら言った。
「お前にテオ・テスカトルの誘導役を頼む。あっちの通路に出て、一つ目の角を左だ。行け!」
「了解」
僕が駆け出すと、どういうわけかテオ・テスカトルが追いかけてくる。引っ張り上げてくれたハンターには目もくれず。
言われた通りのルートで進む。背後を見ると、テオ・テスカトルは飛行しながら炎を吐き、追いかけてきていた。
背中があったかくなってくるのを感じつつ、右の通路に飛び込む。
「二つ目の角を右へ行け!」
真上から声が聞こえた。声の主は背中の剣の柄に手を添え、僕の後ろは駆けていく。そして、通路に入ってきたテオ・テスカトルの頭に頭上から大剣を叩き込んだ。
なるほど、僕の進むルートにハンターが配置されていて、次々に奇襲を決めていくのかな?
なぜ僕のことをテオ・テスカトルが追いかけるのかは分からないけど、分からないままこれを利用する。ハンターなんて大体そんなもん。
張り巡らせたネットに絡ませて爆弾を上から落としたり、ガンナーによる一斉射撃。四方八方からの奇襲、一撃離脱。
沢山のハンターが古龍……いや、災禍を削り続ける。そして気がつけば戦闘街を抜け……。
「見えてきた」
砦だ。本来、古龍を迎撃するための地点。ここまで来ればどうにかなる。僕が来たのは三方あるうちの一つ、龍撃槍のスイッチが搭載されているところだ。
トップスピードで門を抜けた瞬間、横から手を引かれて勢いのまま投げ飛ばされた。
何が起きたのか確認しようとして、見えたのは門から飛び出したテオ・テスカトル、その後ろで火を噴く二門の竜撃砲。そして、僕を投げ飛ばした張本人と思われる、隻腕の女性ハンター。
テオ・テスカトルは自らの勢いと竜撃砲の威力で高台から飛び出した。それと同時に隻腕のハンターがタライくらいの大きさのスイッチを拳で起動させた。
今まで幾多の古龍を穿った英雄の槍が、テオ・テスカトルをぶち抜く。テオ・テスカトルは吹き飛ばされてエリアの中央まで吹き飛んだ。
そこに四方八方から飛んできたの拘束弾がテオ・テスカトルに刺さり、身動きを取れなくする。さらに大砲や通常のバリスタが火を噴き、一気に最強格のモンスターを削っていく。
「青髪タキシード、伏せろ」
「はい?」
火砲の煙が晴れると、テオ・テスカトルが広場の中心でまだ立っていた。
そして、拘束バリスタを全て引きちぎりながら、テオ・テスカトルが上空に一気に飛び上がった。返しのついている弾丸を無理やり抜いているから肉や血が溢れるがそれでも一切怯まない。
目が合った。さっきとは打って変わり、なんとなく失望を見せつけられた気がした。
そして、テオ・テスカトルの全身からオレンジ色の粉塵が撒き散らされ、自らの身体を巻き込んで大爆発を起こした。
……めちゃくちゃな威力だ。これが生き物の起こせるものなのか?
火薬庫に火をつけたってこうはならない。伏せていなかったら吹き飛ばされていた。
爆風が収まり、広場を見ると、テオ・テスカトルの骸が横たわっていた。近寄らなくても命の有無は察せた。
「青髪タキシード」
「……はい?」
その呼び方やめてほしいのですが。
「あんた、真っ黒な武器について何か知っているか?」
「知りませんけど」
「……? じゃあいい」
隻腕の女性はそう言い、去っていった。……なんだったんだろ、あの人。
……テオ・テスカトル、死んだのか。走って逃げてただけだから全く実感がないや。
振り返って見た街並みは破壊の痕がいくつも見受けられた。でも炎はもう鎮まってきている。
「アオイっ」
ミドリが走ってきた。その後ろからテオ・テスカトルに奇襲をかけたハンター達も来た。
「討伐、できたの?」
「うん。もう生き絶えたみたいだよ」
僕がそう言った瞬間、ミドリの後ろにいたハンター達がどっと沸いた。それにつられ、兵器を撃っていたハンター達やサポートをしていたらしい人たちが声を挙げた。
「……アオイ。それにミドリ」
メリルもきた。……そうだ、僕とミドリはメリルに……。なんだろ、会いにきた?
メリルは深刻そうな顔……を一変させ、笑った。
「貴方達は本当に……っ」
僕とミドリ、まとめて抱きしめられた。
「二人には私が教えないといけないことが、まだまだたくさんありそうですね」
「……うん! そうだよ、師匠っ」
「僕も、もっと長くメリルと一緒にいたいそれに……」
メリルはこれ、覚えているかな……。
「まだ期待に応えられてない」
「ふふっ。それもそうですね」
そっと抱擁を解くと、メリルは不思議そうに言った。
「ところで、二人は私を迎えに来てくれたんですよね」
「そんな感じ」
「それにしてはずいぶん大所帯で来ましたね?」
照れているメリルの視線の先には飛行船団があった。ちょっと待った、なんでルルド村にいた人があんなに?
豊作祭にいた人がみんな乗っている。スコープを使わなくてもちゃんと視えた。
「あんな大勢でどうしたのかな」
「着陸場に行ってみようか」
〇 〇 〇
飛行船が次々に着陸していく。僕はその中の、ルナが乗っているものに駆け寄った。
ゆっくりと彼女は降りてくる。そしてなぜか、ほかの飛行船に乗っていた人達も近付いてきた。
「ルナ、なにが――」
「アオイ、なにが起きたの」
「……。ドンドルマが古龍に襲われたんだ」
「……そう。みんな、伝えた通り。ティラにはみんなの案内をお願い。ハンターさん方には運搬をお願いします。あとナイト、もうひと頑張りね」
ルナがそう言うとみんな散り散りになってドンドルマの中央に向かっていった。
「アオイ、説明できないのは悪いけど、状況が状況だから端的に言う」
ルナは毅然として言った。
「ルルド村を廃した。さ、みんなを手伝いに行くよ」