モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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七十一話 緋剣

 

 

 

 ミドリとメリルが狩りに出てから四日。ようやく二人が帰ってきた。狩りは一日、待ち時間は三日だったという。

 

 

「たっぷりとミドリ成分を補給できました」

 

 

 メリルはつやつやとした顔でそう語った。ミドリはいつの間に……? と、青ざめた顔で呟いた。

 ミドリの防具作成のため、二人はフルフルを狩りに行っていた。アルフの防具と同じく、雷耐性の高さを買って防具を作っている。

 メリルはすたすたと僕の側まで歩いてきて言った。

 

 

「さぁ、次はアオイの武器を作りますよ」

 

「武器?」

 

「ベリオロスを狩りに行きましょう!」

 

「へ?」

 

 

 メリルは僕の手をとって、軽々と引きずりながらクエストカウンターへ向かった。

 

 

   ○ ○ ○

 

 

 髪をなびかせながら、メリルはストレッチに勤しんでいる。

 いくら邪魔だからって防具を脱ぐのはどうなのだろうか。こんな開放的な場所でインナー1枚、女の子として恥ずかしくないのかな。

 

 

「……どうして武器を?」

 

「属性違いの武器を揃えた方が良いからです。片手剣を使う人やライトボウガンを使う人は三つ、四つ持っているのも珍しくないですし、人によっては九つくらい持ってる人もいます」

 

「それは知ってるけど……」

 

 

 片手剣やライトボウガンは他の武器に比べて属性に頼る場面が多い。でも問題はそこじゃない。

 

 

「ジンオウガの弱点属性が分かっているの?」

 

「いいえ。ですが経験則として、雷属性を使うモンスターは氷属性に弱い傾向にあります。それに、万が一外したとしても、私とミドリがそれぞれ火と水属性の武器を使ってるのでどうにかなるかと」

 

「龍属性は?」

 

「龍属性が効くモンスターってとても限られてますし、龍属性が弱点の可能性は低いでしょうね。それに武器を確保するのも難しいですし」

 

 

 龍属性は知っているし、滅龍弾を扱ったこともある。でも言われてみれば龍属性を使うモンスターを僕は殆ど知らないし、使っているのを見たことも殆どない。

 

 

「ベリオロスは危険度が五つ、アオイにとっては、とても危険な相手です」

 

「メリルにとっては?」

 

「油断すると危ないくらいですね」

 

 

 油断しなければ負けることはない、と。

 

 

「私一人ではベリオロスの気を引き続けることはできないので、極力自分の身は自分で守ってくださいね」

 

「足手まといにはならないよ」

 

 

 僕の答えにメリルは満足そうに頷くと、ストレッチに戻った。

 ロープで床に固定されている武具がカタカタと鳴る音とプロペラの音だけになった。

 

 

「ねぇ、メリル」

 

「なんでしょう?」

 

「どうして太刀と片手剣を持ってきているの?」

 

「最近カンが戻ってきたので」

 

 

 メリルはそう言って笑った。答えにはなってない。

 

 

「そろそろ凍土が見えてきましたね。ふぅ……寒い」

 

「そりゃそんな薄っぺらいインナーしか着てないんだし」

 

「でも防具を着ていると十分なストレッチできませんし、体が少しだけ疲れちゃうんですよね」

 

「だからってその格好はどうなの」

 

「皆こんなものでは? パンツ一枚で竜車とか砂上船に乗っている男性は珍しくないですし、私の師匠、パーティに女の子しかいなかったら素っ裸でしたし」

 

「はだっ……⁉ 変態だ……」

 

「私の師匠を悪く言……っても大丈夫です。あの人は変態です」

 

 

 メリルは顔を赤らめて頬を膨らませた。そんなことをしてはいるけど、カエルの子はカエルというか、メリルはたぶんその師匠に似てきているんだと思う。

 ミドリも弟子ができるとこうなるのかなぁ……?

 

 

「さぁ、心の準備はいいですか?」

 

 

 防具を着ながらそう言うメリルに

 

 

「もちろん!」

 

 

 僕は着陸の準備をしながら答えた。

 

 

 

 

 

 凍土。前に行った氷海とは違う場所だが、気候は同じような感じだと思う。

 強いて言うなら風が穏やかで、あちらよりかは寒くない……いや、こっちも十分以上に寒い。

 土壌は凍りついていていたり、氷の浮かぶ大河や、針葉樹の森もある。

 

 今いるところは洞窟のエリア。この狩場には三つ洞窟があるのだが、そのうちの一つ。

 洞窟のエリアの中で一番狭い。入ってきた場所以外の光源はないが、氷が光を反射するおかげで目が慣れたら十分見える。

 

 

「洞窟が多いね」

 

「はい。そのせいかフルフルみたいに目が退化したモンスターもいるんですよ」

 

「へぇ」

 

 

 できるだけ戦いたくない。あの得体の知れない粘液で覆われた皮膚とか、伸びる首とか歯とか咆哮。臭いを嗅ぎながらの歩行も、よたよたとした飛びかたも、天井や床にペッタリと張りつくのも、本ッ当に気味が悪い。

 

 

「それはそうと、ギィギのこと撃ちすぎじゃないですか?」

 

「……ん? あぁもう形ないのにね。レベル1の通常弾とはいえ、無駄にしたね」

 

「ギィギからは薬剤として利用できるギィギエキスが採れます。狩ったからには極力剥ぎ取りをして、命に敬意を払いなさい」

 

「分かった」

 

 

 訓練所でもそんなこと言われたっけ。畏敬の念を持てって。でもモンスターは害を為す存在だし、倒すべき存在だと思う。

 

 

「では、隣のエリア6に移動しましょう。ベリオロスの寝床ですから、警戒してください」

 

「了解」

 

 

 

 

 エリア六――。冷たい色をした氷がたくさんある。左手には氷の壁が、右手には氷の台地。

 台地がエリアの過半数を閉めていて、高さは二メートルくらい。

 

 

「どうやら居ないようですね。上に登って待ち構えましょう」

 

 

 そう言って、メリルは助走もせずにいとも容易く登った。……垂直飛びで届く高さではないと思うんだけど。

 

 

「アオイ、ほら」

 

「ありがとう」

 

 

 メリルに差し出された手を掴む。こういうの男女逆だと思うの。

 

 

「ファイトー」

 

「いっぱーつ」

 

 

 手を便りにして壁を登りきった。

 

 元気ドリンコを飲みつつ、辺りを見渡す。こう言っては何だが、何もない。地面が凍ってる、壁がある、崖がある、落ちる場所が悪ければ冷水にまっ逆さまだから気を付ける、くらいかな。

 

 

「ここは小型モンスターもいないみたいですね。ただ待ってるのも何ですし、ベリオロスのおさらいをしましょう」

 

「えーと、壁を蹴って急反転して攻撃してくる、竜巻を起こす、腕のスパイクを潰せば隙を晒しやすくなるだっけ」

 

「そうです。あと顔がちょっと怖い」

 

「モンスターなんだから顔が怖いのは当たり前……」

 

 

 咄嗟に伏せた。羽ばたく音が聞こえからだ。

 見上げると、白い甲殻を纏った四足歩行の飛竜がいた。骨格はナルガクルガに似ている。前足からカイトのような翼が生えている。

 ナルガクルガと違うのは、翼がブレードではなくスパイクになっていることか。

 しなやかな体つき、雪のような白色の体。さながら騎士。白騎士は僕たちから少し離れたところに着地すると、低い声で咆哮した。

 文字通り、能面のような顔、人の腕くらいの長さで下向きに生えた二本の橙牙。

 ……こりゃ顔が怖いわ。

 

 

 

 

 メリルは太刀を抜き、鞘を放り、上段で構えた。隙あらば両断する、と表情が語っている。

 ベリオロスの方も隙を見せず、メリルが一歩で踏み込めない距離をとって、実力を計るように歩く。

 

 今撃てば必ず当たるし、メリルが斬り込む隙も出来るんじゃないか?

 通常弾レベル2をこめ、狙いをつける。顔に撃とう。気を引くには一番良いはず。

 

 そして、引き金を引いた。

 人差し指に力をこめただけで、いとも容易く弾丸は放たれる。

 それは真っ直ぐ飛翔し、ベリオロスのこめかみに突き刺さった――瞬間。

 ベリオロスは瞬き以下の時間で僕に迫る。それとほぼ同時にメリルが太刀を振り抜いた。

 メリルが強引にベリオロスの軌道を曲げたおかげで、僕は無事だった。

 

 

「気を付けなさいッ!」

 

 

 メリルは即座に僕の前に立ち、ベリオロスに立ちはだかった。

 気を付けろなんて言われても……!

 メリルがいなかったら、今のちょっかいをかけた程度の一発で大怪我、或いは死んでた?

 これじゃあメリルの攻撃に合わせて撃って援護するくらいしかできないんじゃ……。 

 いや、メリルは元々一人でベリオロスを倒せるのだから、援護なんて必要ない。じゃあ――。

 

 息を整え、その場で軽くジャンプする。

 周囲を見渡して地形を頭に叩き込む。

 ベリオロスの甲殻、筋肉のつきかた、スパイクの生えかた、動き。メリルを手伝うにはメリルと同じくらいの実力がないといけない。ペース配分を度外視すれば、短い間だけでも、きっと近づける。

 頭が熱くなる。もっと動かせ、もっと理解しろ。目から得る情報、全部。

 

 装填するのはレベル3通常弾。マリンさんのあの動きはガンナーとしての答えの一つだ。あれを再現すれば迫れる。

 一発撃てば、ベリオロスは必ず飛び込んでくる。今度はきっとメリルにも反応できない方法で。

 

 狙うのはベリオロスの顔。

 引き金を引き、ベリオロスに着弾したのと同時に、僕は壁に走り込んだ。

 ベリオロスはまず、壁に向かって飛び、壁を蹴って進行方向を曲げた。曲げた先は、僕がさっきまでいた場所だった。

 レベル3通常弾を地面に、壁に、ベリオロス自身に撃つ。全ての弾は跳弾して、ベリオロスを全方向から襲う。

 予測しろ、ベリオロスの動きを全て。弾の跳弾方向も全部。体が熱い。

 これなら、ホットドリンクなんていらなかった。

 

 攻撃を回避するんじゃない、攻撃の範囲に自分が立っていなければいいだけなんだから。

 レベル3通常弾を吐き出す。足元の薬莢を蹴り飛ばして弾をこめる。

 撃て撃て撃て撃て。もっと早く、もっと正確に。

 ベリオロスの進行方向!

 直感のような言葉が頭に響く。

 五発撃った。その全てが同時に、同位置に来るように。

 ベリオロスこちらに向かって、真っ直ぐ突進してきた。四歩目、その前足が踏んだのは地面ではなく、ちょうど飛んできた五発の弾丸。

 踏み込んだ地面に押し返されることによる、ズレ。

 体勢が揺らぎ、突進に隙間ができた。

 その隙間に飛び込み、突進を回避する。

  

 

「ぷはっ!」

 

 

 気がつけば詰まっていた息を、吐き出した。

 レベル3通常弾を装填――しようしたら手から弾が溢れ落ちた。なぜだろう、手が痙攣してる……?

 そう言えば息も辛い、その上、次の瞬間には僕は膝を折って座り込んでいた。

 声を出すことも辛くて、音にならない。

 

 

「……アオイはそこで座ってて下さい」

 

 

 メリルは太刀を再び上段に構えた。

 

 

「役に立つかは分かりませんが」

 

 

 ベリオロスは白い甲殻の所々に血を滲ませ、メリルに相対した。

 僕の攻撃は効いてはいた。だけど、倒すには届いていない。

 

 

「私の狩り、みせます」

 

 

 メリルはそう言って、ベリオロスを睨み付けた。

 それだけで、僕に向けられていた殺気がメリルに移ったのを感じた。

 

 

 

 ベリオロスの呼吸は早く、息がとても白かった。きっと怒り状態なのだろう。

 さっきより冷静さはないが、隙があるわけでもない。

 ただ膠着せず、ベリオロスが直ぐに口火を切った。

 

 飛びかかり、メリルはそれを切り払いつつ避ける。

 ベリオロスも切られることは承知だったのか、一切動じずに、着地、反転。メリルを背後から襲う。

 回転回避でベリオロスの懐に潜り込み、それを回避。

 抜け出しながら下から切り上げ、さらに突きを入れた。

 

 ベリオロスの猛攻をメリルは余裕たっぷりに躱し、すれ違いざまに斬撃を入れていく。

 気刃斬りも織り交ぜていたため、気が付けば練気が溜まりきり、刀身が黄色に染まっていた。

 

 メリルが唐突に立ち止まる。ベリオロスもそれを見て立ち止まった。

 メリルは太刀を下に構え、体勢を低くした。

 

 

「来い」

 

 

 一言、挑発した。

 ベリオロスはそれにノった。

 息を大きく吸い込んだ。口の回りに白い風が溜まる。

 

 冷気の塊が吐き出された。

 メリルはその塊に向かって突進した。

 衝突する直前でメリルは錐揉み回転し、体に僅かに掠らせながら躱した。

 着弾したブレスは白い竜巻を起こす。

 その風で髪を乱れさせながら、メリルはベリオロスの顔を横に一閃、更に上段から兜割りのように降り下ろす。そして、練気を解放して鬼刃無双斬りをした。

 

 

 刀身が集中力の結晶である練気で真っ赤に染まる。その真っ赤な練気が一瞬でメリルの右手に移る。

 

 メリルはおもむろに太刀を地面に刺し、片手剣を抜いた。片手剣があっという間に深紅に染まる。

 

 

「勝負は、ここからですッ!」

 

 

 メリルはベリオロスの懐に飛び込んだ。噛みつきを、振り抜いた前足を、薙ぐ尻尾を。全てを紙一重で躱しな

がらひたすらベリオロスを切り刻み続ける。

 

 横合いから殴り付けるように、ベリオロスが前足を繰り出す。メリルはそれを後ろにステップを踏みつつ、前足にあるスパイクを切り落とした。

 

 

 メリルはベリオロスに徹底的にインファイトを挑んでいく。モンスターに殆どゼロ距離なんて常識に当てはめて考えれば自殺行為……?

 

 

 

 

 メリルはたっぷり一時間くらいベリオロス相手にインファイトし続け、倒した。

 

 

「アオイ……?」

 

「……はっ⁉」

 

 

 メリルに声をかけられるまで上の空だった。ぼおっとしていた、というか意識がなかったというか……魅了されていた?

 

 

「メリルがこんな戦いかたをするなんて知らなかったよ」

 

「そうです?」

 

「実力云々というより、モンスター相手にあんな距離で戦えるって言うのが凄いなって」

 

 

 そう言うと、メリルはそういえば普通はそっか……と呟いた。

 

 

「モンスターにもよりますが、懐に潜り込んだ方が安全な場合ってあるんですよ。ベリオロスはタックルさえ気を付ければ至近距離でも戦いやすいです」

 

「そうなんだ……」

 

 

 真似できる気がしないです。 

 

 

「それより、最初の暴れっぷりは凄かったですね」

 

「最初だけだけどね」

 

 

 体が急に言うことを聞かなくなって驚いた。座って上体を起こしてるのがやっととか訳が分からない。

 

 

「瞬間火力はとてつもなかったんですけど……どうしたんです?」

 

「体が、こう、急に動かなくなったんだ」

 

「うーん。マリンの真似をしているんですから……アレに聞いてみますか」

 

「そうだね」

 

 

 

 

 今日はメリルにおんぶに抱っこだったな。メリルは二時間以上狩りをしていたのに、僕は十分くらい? 体感時間が希薄になってる。もっと短かった気もするし、長かった気もする。

 ただ、ポーチに入ってるレベル3通常弾の数は落とした分も合わせて九発しか入ってなかった。

 

 

「剥ぎ取りをする際には黙想をする人やちょっとした儀式をする人なんかもいるそうです」

 

「そうなんだ」

 

「自然の恵みを頂戴しているから当然、なんて言ってました」

 

 

 メリルは鮮やかな手つきでベリオロスの素材を剥ぎ取る。

 

 

「私はこう考えるんです、モンスターを狩るというのを通じて様々な縁が紡げるって」

 

 

 ベリオロスの甲殻は硬く、上手く剥ぎ取れない。メリルはそれを見かねてか剥ぎ取っている手つきを見せてくれた。

 

 

「アオイと会えたこと、ミドリと会えたこと。ルナさんに会えたこと、マリンに会ったこと。みんなみんな、私がハンターをしていなければ会えなかった人達です」

 

 

 ミドリの手つきを真似すると、驚くほど簡単には甲殻を剥ぎ取れた。

 

 

「そう思って、私はモンスターと折り合いをつけています」

 

「……メリルは、モンスターを心の底では憎んでるの?」

 

「はい。ハンターならどこかでそう思ってるところはあるはずです」

 

 

 

 それをせず背負い込み、潰れかけた女の子もいますけど、とメリルは続けた。

 

 

「僕は……モンスターを憎んで……?」

 

 

 憎んでいない。何もされた覚えがないから。クレアと離ればなれになった。でも離ればなれにならなければルナやミドリとも会えなかった。憎むべきなのか? でもよく分からない。

 

 

「アオイは少しずつ成長しています。強くなった力をどうしたいのか、考えてみては?」

 

 

 メリルは小首を傾げてそう言った。

 

 

 

 ――僕って、何をしたいんだ?

 

 

 


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