砂原。強い日射しが降り注ぎ、大地は灼けるように熱い。広大な砂の海に植物はほとんど生えておらず、気候が穏やかな地域とは生態系も違う。
厳しい生存競争を生き抜く、屈強なモンスターが殆どだ。絶対に油断できない。
「待たせたな、アオイ」
「ん。気にしないで」
アルフは日焼け止めを塗っていた。アルフは日焼けを気にしているというよりかは、日射しを気にしている。
アルフは生まれつきの病気で日に弱い。日射しに長時間あたると普通の人より早くダウンしてしまう。
だからその対策として、アルフは日焼け止めを塗っている。肌や髪が白いのもその病気によるものと言っていた。
「夜でも良かったんだよ?」
「これも覚悟の上でハンターになってるんだ。気持ちだけもらっておくよ」
アルフは防具の上から黒色のコートを羽織り、フードを被った。
「早く行くぞ。場所は飛行船で打ち合わせた通りだ」
「分かった」
僕はクーラードリンクを少し口に含み、大タル爆弾を担いでアルフに続いた。
ここは以前に来たことがある砂漠とは別の所だ。あちらと違い起伏が少なく、洞窟が多い。
「ここにいると踏んだのだが……」
砂原、エリア3。エリアの半分くらいを泥沼が占めているのが特徴だ。
ボルボロスは泥浴びをすることでこの砂原の厳しい暑さを凌いでいる。泥浴びができるのはここしかないから、きっていると思ったんだけど……。
「見当たらないねぇ」
「警戒しておけ。なんだか嫌な予感がする」
アルフはそういってその場にしゃがみ、手を地面に当てた。
……アルフらしいな。
手を地面に当て、振動を聞いている。普通は耳をすませば十分だが、アルフがこうやって測ると精度が格段に違う。足音、潜行音、重さ、リズム。それらを大まかに把握している。
地面に耳を当てないのはこちらはこちらで別の音を聞くためだ。
アルフのハンドサインを見る。
『このエリアにいる、アオイ方向』
咄嗟に後ろを見た。見た感じではモンスターはいない……や、モンスターのフンみたいなのがあるな。よく見るとちょっと不自然な質感だし。
『見つけた』
アルフにそう伝え、ボウガンを構えた。
徹甲榴弾を装填し、引き金に指を掛けたのと同時、地面が震えた。
咄嗟に下がると、目の前……さっきまで立っていた場所が地中からめくり上げられた。
茶色のボディ、まとわりついている泥、硬そうな頭部、二足歩行。ボルボロスで間違いない。
ボルボロスは四股を踏むように足踏みをし、咆哮した。
ボルボロスは素早く後退し、頭頂部を地面につけ、突進してきた。
地面を削りながら迫るボルボロスをギリギリ躱しつつ、すれ違いざまに頭に徹甲榴弾を撃ち込んだ。
間を置いて爆発が起きるとまとわりついていた泥が飛び散ったが、本人はそれをものともせず、もう一度頭を地面につけた。
「そんなに頭を擦り付けてると禿げるぞ」
ボルボロスが走ろうとした瞬間、アルフが大剣でボルボロスの足を薙いだ。
タイミング良く攻撃を打ち込まれたボルボロスの足がもつれた。でもボルボロスは踏みとどまり、転倒には至らない。
ボルボロスは自らを転倒させようとした敵を見る。だが、アルフは既にその場におらず、ボルボロスの視界から消えていた。
ボルボロスが僕の方をチラっと見た。でもすぐにアルフを探す作業に戻った。
なんだろう、こいつは後回しでオッケーだなって思われた気がする。
通常弾レベル2を弾倉にねじ込み、ボルボロスの体に狙いをつける。
弱点部位が分からないから頭以外に当てることを意識して撃つ。
弾倉二つ分使用したところで、ボルボロスはアルフ探しを諦めたのか、僕のことが煩わしくなったのか再びこちらを向いた。
ボルボロスはまた地面に頭をあて、その場で頭を振り上げる。
泥塊が飛んできた。突進がくると思い込んでいた体はすぐには動かず、反応が遅れ、右半身に泥塊が直撃した。
痛みは少ない、でも泥は妙に粘着質で、一抱えほどの泥が体にへばりついてきた。かなり重い。
ボルボロスは悠々とこちらに歩いて近づき、頭を持ち上げた。
タイミングを合わせて回転回避をしようとしたその時、重たい断音が聞こえた。
アルフが隙だらけの尻尾に大剣を叩き込んだ音だった。
「禿げるも何も、君には髪がないんだもんな。忘れてくれ」
アルフはそう煽りつつ、すぐに大剣をしまい、ボルボロスの足の間をくぐり抜けた。
ボルボロスは後ろを向くが、アルフを見つけることはできない。
アルフはボルボロスの後ろ足の方に出て、無防備な足に大剣を叩きつけた。
ボルボロスは素早くそれに反応し、ようやくアルフの姿を認めることができた。
「ごきげんよう」
ボルボロスは足を強く踏ん張り、体の軸を変えながら頭をアルフに横合いから叩きつけようとした。
アルフはその下をスライディングで抜け、体を即座に反転させてボルボロスの股下にまた潜り込んだ。
ボルボロスはすれ違ったところまでしか見えていない。だから再びアルフを見失う。
アルフはモンスターの目を盗むのが得意だ。何度も視界から消え、効果的なタイミングで現れて一撃を叩き込み、また隠れる。
モンスターはアルフのことが見えないのに目が離せなくなる。そのおかげでボルボロスにバッチリ視認されている僕は意識の外になりつつあるし、多少攻撃してもボルボロスは僕に攻撃してこない。
「踊らされてるな……」
ボルボロスはアルフを探すのに躍起になっている。良いカモだ。
弾倉の中身を四回ほど空っぽにしたところでようやくボルボロスが僕の方を向いた。
ボルボロスにとっての最善は逃げるか、僕を徹底的に狙うかのどちらかだと思う。
アルフからの攻撃を全て無視してさっさと僕をやってしまえば後はアルフに集中できる。
そう思っていると急に一つの疑問が頭に浮かんできた。
上手くいけば儲けもの、くらいの期待値だけどやってみる価値はあるかな。
ボルボロスは歩きながら頭を振り上げた。僕は頭の側面に回り込み、振り上げから続く叩きつけを避けた。
叩きつけ後、ボルボロスは体を曲げてから頭を勢い良く横に振った。頭と地面の間にしゃがんで入り込み、ボルボロスの股下に進んだ。
ボルボロスは体を180度反転させ、後ろを見た。僕が足の下をくぐって後ろに出たと踏んだのだろう。
かかった。
僕はボルボロスの向いている方の反対から出た。
「こっちだ!」
ボルボロスの背後から僕は通常弾を乱射した。足に、尻尾に弾が食い込んだ。
ボルボロスは強く踏み込みながらもう一度振り向いた。そして、また頭を振り上げた。
僕はもう一度ボルボロスの顔の側面に移動しようと一歩だけ踏み出した。
その数瞬後にボルボロスは頭を振り下ろすのを一瞬だけ後らせてフェイントをかけ、大きく横に軌道を反らした。
一歩しか踏み出していない僕には振り下ろしは当たらない。
周りを見渡すとぽつんと一本だけ生えている木の根本に大タル爆弾が置かれていた。そこ目掛けて真っ直ぐ走った。
背後で足音を感じた。あと地面を抉る音も。
また頭部で地面を削りながら突進しているのか。
大タル爆弾とすれ違う瞬間、ヴァルキリーファイアのグリップを捻り、体を反転させながらジャンプした。
ボルボロスはすぐそこまで迫ってきていて、顔は見えないが頭頂部から出る白い煙が怒りを如実に表していた。
慎重にほんの須臾の間に狙いをつけ、大タル爆弾バレットゲイザーを撃ち込んだ。
反動によって弾き飛ばされ、ボルボロス二頭分くらいの距離を一気に移動した。
バレットゲイザーは大タル爆弾にしっかりと着弾し、大爆発を引き起こす。
大量の泥が飛び散り、ボルボロスにまとわりついていた泥の悉くが消し飛んだ。
その上、ボルボロスは落とし穴に嵌まっていた。
「よくやったアオイ!」
アルフがそう叫びながら大剣を振りかぶっていた。
完全に静止しているように見えて、アルフの体のなかでは莫大なエネルギーが暴れ狂っている。力の奔流が熟し、安定するのを待っているのだ。
空気が揺らいだ。
アルフは足で地面を蹴り抜き、それを大剣を振る始動とした。太腿、腹、背中胸、肩、腕。体の全てを剣を振るためだけに躍動させる。
「せーーァッ!」
鋭く重い、人間の為し得る最上の一撃をボルボロスに振り下ろした――。
○ ○ ○
「お疲れさま、アルフ」
「あぁお疲れ、アオイ」
あれからボルボロスと三時間くらい格闘し、ようやく沈めることができた。
「落とし穴なんていつ仕掛けたのさ……」
「ボルボロスが私を諦めたときに準備を始めたよ。上手く誘導したな、アオイ」
「アルフのやってることを真似してみたらたまたま上手くいったからね。でもアルフには遠く及ばないや」
途中で疑問に思った。アルフが視界から消えている途中に、僕も視界から消えたらどうなるのか? と。
すぐに僕が見つかったから成立しなかったし、冷静に考えれば二人とも見つからなくなったらその場を立ち去るか探し回るかの二択しかない。
アルフはパーティでなら危険度四つ相当のモンスターを安定して狩れるそうだ。僕もパーティでなら十分狩ることができる。
ボルボロスは危険度三つ。油断できないが、悲観的になるほどでもなかった。
「素材を剥ぎ取った後、泥を集めるぞ」
「……なんで?」
「村のちみっこが欲しがっているんだ」
「ルナ……」
ちゃっかりしているなぁと思いながら、アルフが持ってきていた麻袋に泥を詰め始めた。
アルフと狩りをするのは久々だったけど、上手くいったと思う。アルフは上手に隠れることで自分の安全を確保しつつ、モンスターの気を引くことで仲間の安全も守ることができる人だ。
同じ方法ではできないけど、こうやって人を守ることが出来たらなと思う。