モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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六十七話 月の下、二人

 武器を構え、スコープを覗いてフロギィを確認する。

 そろそろフロギィ達が来る頃合いだ。ミドリも武器を構えようとする。

 

 

「――ッ!」

 

 

 しかし、痛みで抜くことすら叶わなかった。

 ナルガクルガが尻尾を地面に叩きつけたときに鋭利な刺が左腕を抉ったらしい。手当てをしてもドクドクと血が溢れている。

 

 相手はドスフロギィ及びその群れ。攻撃する度にリロードの隙ができるガンナーとは相性が悪い。

 もう回り込まれ始めているようだ。スコープを使ってようやく、と言った距離ではあるが、既にフロギィを確認することができた。

 不利になる地形で戦うくらいならここで迎え撃つべきか? 今ならまだ逃げられるか?

 

 

「ミドリ、逃げよう」

 

「それは難しいと思う。逃げるには気配の数が多すぎるよ。ただ……」 

 

 

 ミドリはぼんやりと言った。

 

 

「群れの密度にムラがある。アオは一番フロギィが少ない部分から逃げればいい。アオが逃げる時間くらいなら片腕でも稼げる」

 

「絶対に駄目。ミドリを見殺しにできない」

 

「このまま二人とも死ぬよりずっといいと思う。それに、私が一人残ったからって死ぬとは限らないよ」

 

 

 細く鋭く息を吸った。二人とも死ぬより片方を犠牲にしてもう片方が生きるという意味に引っ掛かりがあった。

 

 

「それでも危険すぎる。それをするくらいなら全速力で逃げて、逃げきることに賭けた方がいい」

 

「いいから行ってよ。勝算の低い賭けをするくらいなら損害を減らすべきなの」

 

「嫌だ。断る。何が何でも二人で生き残る」

 

「難解、困難……いや、絶無。お願いだからアオだけでも確実に生きて」

 

「僕一人で生き残ったって何の意味もないから反論しているんだよ!」

 

「いいから逃げてよ! 私はアオまで死ぬのが自分が死ぬよりも嫌なの!」

 

「僕だってそうだ! ミドリがいない世界なんて」

 

 

 ドスフロギィの咆哮が轟いた。それを合図にフロギィが押し寄せてきた。

 

 

「生きている価値がない。だから二人で生き残らないといけないんだ」

 

 

 ヴァルキリーファイアを抜き、ラピッドヘブンを装填して照準をフロギィ達に向ける。

 あっという間に、二つあった道をフロギィが埋め尽くした。正面と背後はフロギィ。左右は深い森林と池。

 

 

「じゃあ私より先に死なないでね」

 

「ミドリこそ僕より先に死なないでね」

 

 

 ミドリが僕の後ろに立った。見ることはできないけど、どんな風に構え、どんな表情をしていて、何を思っているのかすぐに分かった。

 絶対に生き残る。

 そう強く思った瞬間、体が淡い緑色の光に包まれた。全身が炙られるようなそんな感覚もあるが、不思議と不快ではない。

 それが何なのか確認する前に、僕らはフロギィに攻撃を始めた。

 

 

 ラピッドヘブンの圧倒的な連射力による火力と弾幕で迫ってくるフロギィ達にダメージを与える。

 血が舞い肉片が散り、最前線のフロギィが倒れるが、奥からさらにフロギィが攻めこんできた。

 味方の死に反応がない?

 

 最速で散弾を装填し、更に引き金を引く。

 点ではなく面での攻撃。それでもフロギィは倒れた死体を踏み越え、更に進んでくる。

 残り数メートルまでフロギィが迫ってきたところでミドリが叫んだ。

 

 

「アオ! 拡散弾とボウガンを貸して!」

 

 

 そう言いつつ、ミドリは僕からヴァルキリーファイアをひったくる。それに驚きつつ言われるがままにポーチから拡散弾を取り出して渡した。

 それと引き換えなのかミドリは二本の剣、オーダーレイピアを地面に刺して置いていった。

 これで戦えと?

 

 ミドリはフロギィの群れに向かって駆けていき、先頭のフロギィを踏んで高く跳んだ。

 そして、空中でヴァルキリーファイアを下に向け、弾倉に残っていた散弾を撃った。弾の雨がフロギィ達を貫いていく。

 

 突然の上空からの攻撃にフロギィ達が怯んだ。ミドリは反動を体を回転させることで殺し、追加で拡散弾を二発撃った。

 

 ミドリの空からの絨毯爆撃で後ろにいたフロギィの大半が倒れた。

 

 

「って、うわ!」 

 

 

 正面から来ていたフロギィがすぐそこまで肉薄してきていた。

 オーダーレイピアを地面から抜き、一匹目の体に突き刺した。

 足でフロギィを押さえて剣を抜き、僕は一歩踏み出した。

 二匹目の噛みつきは最低限の動きで躱し、すれ違いざまに足を払って転ばせる。

 三匹目は正面から僕の顔めがけて飛びかかってきた。

 だから体を前に倒しながら一歩進み、フロギィの真下に潜り込む。それから立ち上がった。背中のあたりにフロギィの足があたる感触があった。

 空中で下半身だけを持ち上げられたフロギィは顔から落ちる。

 

 一歩下がって地面に転んでいるフロギィ二匹の頭に剣を突き刺し、正面を見た。正面には三十匹くらいいるのか。

 

 

「交代っ!」

 

 

 後ろからミドリの声が聞こえた。振り向くとすぐにヴァルキリーファイアを押し付けられ、ミドリはフロギィごと地面に刺さっていた剣を二本とも抜くと群れに向かって駆けていった。

 

 フロギィの群れの間隙を縫ってミドリは進んでいった。ただそれだけですれ違ったフロギィの悉くが血を噴き倒れていく。

 

 

 頭数二十を切った群れの中央辺りまでミドリが進んだ時だった。

 肌が粟立つような感覚に襲われた。溢れんばかりの黒い何かの奔流が場の空気を一蹴した。

 警戒心をくすぐり、恐怖心を叩き起こし、畏怖をの念を思い起こさせた。

 今の、ミドリがやったのか……?

 

 もの恐ろしさにあてられてフロギィがミドリを中心にして一斉に下がっていった。

 

 

「女の子一人相手に、怖がりすぎだよ?」

 

 

 それに大してミドリは挑発をし、嘲笑った。

 

 挑発に乗った勇気ある……というか無謀なフロギィがミドリの真後ろから飛びかかった。

 ミドリはそれを振り向きながら片手の剣を横凪ぎに一閃。フロギィは前脚ごと腹を切り裂かれ、勢いを失う。

 さらにもう一振り、フロギィが地面に落ちる前に振り抜かれ、首が飛んだ。

 

 フロギィの群れ、最奥の場所にいるドスフロギィが咆哮。攻撃の合図、十数匹のフロギィが一斉にミドリに襲いかかる。

 

 

「アオ、ドスフロギィを!」

 

 

 ミドリはそう言い、四方八方から突っ込むフロギィを捌き始めた。

 

 僕は全力で地面を蹴り、ドスフロギィに向かって走った。ヴァルキリーファイアに散弾をこめながら走り、こめ終わるとすぐに左腕でそれを抱えた。

 

 残り数歩というところでドスフロギィの瞳がこちらをみた。もうとっくに遅い。

 僕はドスフロギィに飛び付いた。

 

 右腕をフックのようにしてドスフロギィの首にかけ、体を大きく倒した状態で跨がる。

 

 ドスフロギィが暴れだした。右腕を使ってドスフロギィの首を絞め体を安定させる。

 絞め殺すことはもちろんできない。ただ少しでも疲れるのが早くなれば御の字。

 

 右に左に、上下に揺らされる。それでも離す気はないし、振り払われるとも思っていない。

 どれだけでもしがみついてやる。ドスフロギィの体力が切れなくても時間さえ稼いでしまえば僕たちの勝ちだ。

 

 ドスフロギィが疲れ、動きが止まるのに思っていたほどの時間はかからなかった。

 僕はその無防備な頭に向けて、左腕で抱えていたヴァルキリーファイアを突きつけ引き金を引いた。

 全部で九回の銃声。ドスフロギィの頭が真っ赤に削れ、身が零れた。

 僕は撃ち終わったヴァルキリーファイアを手放した。そうしてフリーになった左腕でドスフロギィの首を抱き締めるようにし、体を固定した。

 空いた右腕でナイフを抜き、ドスフロギィの頭に突き立てようとした。

 

 

「ッ!」

 

 

 ドスフロギィが暴れだした。咄嗟に両腕でドスフロギィの首を絞めつつ振り払われないように体を固定する。

 ドスフロギィはひたすら暴れまわる。頭部が削れているのに、それでもドスフロギィは体を回転させたり突然逆方向に振ったりして振り落とそうとしてきた。

 負けない。ドスフロギィが疲れるまでこの腕は離さない。

 

 そう念じていると体が急に地面に叩きつけれた。

 

 

「アオ、いつまでドスフロギィに抱きついているの?」

 

「しがみついていただけだよ」

 

 

 それはもう必死にね。

 

 

「木に登って降りられなくなった猫みたいだったよ」

 

 

 言い得て妙だけどすごく自慢気で感心できない。すごく曖昧な顔でそれをかわして立ち上がった。

 その時に顔に冷たい粒があたった。よく晴れた月空なのに雨が降ってきたみたいだ。夜なのに天気雨? にわか雨が正しいのかな。

 空を仰ぎ、大きく息を吸った。満月が大きく輝いている。ミドリと同じ月を僕は見ている。

 

 

「月が綺麗だね」

 

「……っ」

 

「でも雨が降ってる」

 

「止まないと思うよ。止まなければいい」

 

「雨が降らないのも問題だけど、僕は晴れている方が良い」

 

「いつか晴れるのかな」

 

「村に帰れば晴れているかもしれない。もし村でも雨が降っていたら家で凌げばいい。それでも駄目なら、僕が雨を止ませるよ」

 

 

 ミドリはぎゅっと目を瞑ってそれから見開いた。

 

 

「本当にできるの?」

 

「がんばる」

 

「頼りないなぁ」

 

 

 ミドリは呆れたようにそう言った。それからちゃんと笑った。

 

 

「楽しみにしてます」

 

「任せてよ」

 

 

 雨は一過性のもので、いつか必ず止む。

 顔が少しだけ熱くなるのを感じながら、涼しい夜道を二人で歩いた。

 

 

 

 


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