モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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六十六話 碧眼流星

 渡された紙を見るとそこには、達筆な字でこう書いてあった。

 

 ヴァルキリーファイア修理完了。

 

 息をのんだ。顔を上げるとメリルはなにも言わずに頷いた。

 心の中でありがとうと言い、家を出た。

 

 

 

 

   ○ ○ ○

 

 

 空には満月が浮かんでいる。この場所でこれだけ晴れているのは珍しい。

 一ヶ月ぶりの水没林。武器をクロウさんの鍛冶屋で受け取り、ミドリを捜した。

 

 そうするとアルフが息を切らしながらミドリなら受付に行ったと言い、最速で受付に行った。ミドリはちょうど依頼を受けようとしているところだった。

 ミドリの訝しげな目にお互い様、と心の中でも毒づきながら僕も契約した。

 そして、今。討伐対象はナルガクルガ。艶のない黒い体毛と鱗に覆われ、影から影へ、素早く動いて翻弄してくるモンスター。

 翼には刃が、尻尾には鋭いトゲが。まるで暗殺者のようなモンスター。

 

 今のところ驚くほど順調に進んでいて、瀕死に追い込んだ。

 寝床に着いたらそこで決戦、といった流れになるだろう。

 

 

「確か、ナルガクルガは寝ている間も周囲の警戒をしているから奇襲はできない」

 

「了解。じゃあ僕が気を――」

 

「私が気を引くから、アオイは火力を出すことに集中していて」

 

 

 食い気味で一方的にそう言われる。言い返そうとしたところでちょうどナルガクルガのいるエリアに入り込んだ。

 水没林では珍しく、水に沈んでいないエリア。

 だからか茂みや比較的若い木が生えていて、虫も他よりかは多いようだ。

 エリアの中央まで走り、周りを見渡した。

 匂いはするのに、どこにも、いない……?

 

 

「上!」

 

 

 ミドリがそう叫んでから空を影が横切った。

 弾き出されるようにナルガクルガの飛びかかりを回避した。

 ナルガクルガは着地してすぐに反転、再び跳躍しようとしたところでミドリに顔を切りつけられる。

 

 ナルガクルガはすぐに行動を切り替え、バックステップで距離をとるが、ミドリはそれを読んでいたのか、ノータイムで追随し、もう一度顔を切りつけた。

 

 狩りが順調なのはミドリのおかげだ。というより、ほとんどミドリがソロで狩りをしている。

 大型モンスター相手にミドリは完全にペースを握っている。ナルガクルガが先に弱そうなやつを倒すか、と僕に攻撃しようとすればミドリがその隙に連撃を叩き込む。それも無視できない威力で。

 だからナルガクルガはミドリに攻撃しようとし続ける必要がある。

 

 ナルガクルガはその場で一回転、翼刃で周囲を切り裂く。ミドリはその時には既にナルガクルガの頭上をとっていた。

 

 

「はあッ」

 

 

 両手の剣を落下速度をのせて振り抜き、ナルガクルガの背中を切り裂き、一回転してナルガクルガの目の前に着地した。

 ナルガクルガとミドリの目が合う。

 ミドリは冷ややかにナルガクルガを見据え、ナルガクルガは眼を紅く光らせ、ミドリを睨み付けた。

 せめてミドリの援護をしたい。

 ミドリがナルガクルガと格闘している間も撃ち続けてはいるが役に立てているように思えない。

 

 

 ……今、僕はナルガクルガの意識の外にいる?

 この場で、攻撃できるだけの武器を持っていながらナルガクルガには僕が見えていない?

 

 散弾レベル2を装填した。

 速射対応していて、至近距離で撃てば抜群の破壊力を持っているだろう。

 本来なら照準をつけなくても当てられることから、素早いモンスターを狙ったり、数の多いモンスターを撃つためのものだ。でも至近距離なら広がる弾を全弾ねじ込むことができる。

 ナルガクルガの最大の隙は空中で回転し、伸縮性のある尻尾を遠心力で伸ばしながら真っ直ぐ振り下ろす攻撃の直後。

 そのタイミングで弱点である頭に全弾撃ち込む。

 

 

 ナルガクルガの斜め後ろに低い姿勢で駆け寄る。

 大技を出すのは一番追い込まれている時。ミドリに一方的に優位に立たれているこの状況は追い込まれている、と言える。だから近いうちにチャンスはくるはず。

 

 ミドリが剣を掲げると赤い光がうっすらと剣と体を包んだ。さらに歩いてナルガクルガに近づいている途中でミドリから黒い蒸気が噴出した。

 柄を握り潰さんとばかりに握り、体勢を低く、脚を曲げる。それだけで空気が張りつめていった。

 

 一瞬だけ完全な静寂が訪れた。瞬きをするとミドリはその場にいなかった。

 

 ナルガクルガが片足を強く踏ん張り、右翼刃を顔前から側面へ凪ぎ払った。

 一瞬だけ火花が散り、ミドリを捉えかけていたことを示した。

 凪いだ右前脚で今度は踏み込み、次は左翼刃を振り抜いた。しかし、それは外れ、ミドリの残光を切り裂いただけだった。

 ナルガクルガの懐から急にミドリが現れ、がら空きの頭から肩にかけてを刃が三本にも四本にも見えるスピードで乱舞。

 ナルガクルガは二度バックステップをした。

 一回目は通常のもので、二回目は高めに飛んで空中で尻尾を振り、五本の太い棘を飛ばした。

 ミドリは左手の剣を納めながら一本目を避け、二本目は右手の剣を使っていなした。

 残りの三本はミドリが動くまでもなく、当たらない。

 突き刺さっていた棘は人の腕ほどの大きさだった。ミドリはそれを掴んでナルガクルガに向かって投げ、納めていた剣を抜いて突進した。

 

 ナルガクルガはそれに対し、垂直に飛び上がり、一回転しながら二分の一ひねった。

 

 今だと思って、ナルガクルガの落下地点に走りこむ。

 ナルガクルガは落下しながら遠心力で伸びた尻尾を真っ直ぐ地面に叩きつけた。

 全霊をかけて叩きつけた尻尾は深く地面にめり込み、簡単には抜けない。

 決定的な隙が生まれた。

 体を横に倒してドリフトをする気分で曲がり、振り向いた。

 

 ナルガクルガと目があう。紅く燃える眼でこちらを睨み付けてくる。

 それをにらみ返しつつ、顔に向けて引き金を引く。

 無数の弾丸が三度、ナルガクルガの頭部に突き刺さる。速射に対応しているから、最速で三度発射される。

 

 毛が舞った。血も舞った。まだ足りない。

 反動を受け止めて殺し、一歩踏み出してもう一つ顔に撃ち込む。

 ミドリのつけた傷に弾丸が突き刺さり、大粒の血珠が零れ落ちる。まだ足りない。

 ナルガクルガの目の前にさらに一歩踏み出した。

 反撃とばかりに噛みついてきた。鼻先に胸を押し当て、それを失敗させ、ヴァルキリーファイアの銃口でナルガクルガの目を突き、引き金を引いた。

 

 紅い光が消え、変わりに赤い血が吹き出した。

 だが、ナルガクルガは怯まなかった。

 

 ナルガクルガの前脚がほんの少しだが、地面を削ったのが見えた。グリップにあるスイッチを押し込みながら、後ろに飛ぶ。

 ナルガクルガが地面を蹴って動きだした瞬間、ヴァルキリーファイアから生じた反動に引っ張られるようにして、僕は猛スピードで背後に吹き飛んだ。

 

 踵で地面を削っても勢いは削がれない。

 足だけ減速したせいで体勢が狂い、尻餅をついても勢いは萎えない。

 勢いに転がされて後転を五回ほど繰り返してようやく止まった。

 

 

「バレットゲイザーってこんなに反動強かったっけ……?」

 

 

 全身が痛い。動くのに支障があるわけじゃないけど。

 顔を上げるとちょうどナルガクルガの足元が大爆発を起こしたところだった。

 

 

「……?」

 

 

 ナルガクルガの行動が止まった。頭をふらつかせてはいる。怯み方が特殊……。音やられ?

 もしかしてナルガクルガは聴覚が敏感なのか。それだと合点がいく部分もあるな。

 注意して見ていないと少し離れたところからでも見失うほど速く動くミドリを捉えていたのは目に頼っていなかったからなのかな。

 目に頼らなくても大丈夫だから暗闇に溶け込む色で潜伏をするし、聴覚で常に方向を知れるから大きく回り込んでからの攻勢が決まる。

  

 それを利用する方法を考えながら弾をリロードしているとミドリが歩いてナルガクルガに近づいていった。

 音やられでナルガクルガはまだ動かない。

 ミドリは左手の剣を逆手で持ち、それに右手を添えて振り上げ、ナルガクルガの頭頂部に思いっきり突き刺した。

 ナルガクルガは全身をビクッと震わせた。

 ミドリが剣を抜くと頭蓋から白桃色の中身が零れ、ナルガクルガはあっけなく倒れた。

 

 討伐完了。

 

 

「そういえばナルガクルガって耳が良かったね。アオ、ありがとう」

 

「それほどでも。ミドリは……その、すごかったね」

 

「私こそ、それほどでもないよ」

 

 

 ミドリは力なく笑った。流石に疲れているのかもしれない。フラフラと歩いて近づきナルガクルガの近くでしゃがんだ。

 剥ぎ取りをしなきゃね。

 ナイフを抜き、ナルガクルガのどこを剥ぎ取ろうか吟味しているとドスっと音が聞こえた。

 ミドリの手元から落ちたナイフが地面に刺さった音だった。

 

 

「あれ……?」

 

 

 ミドリはナイフを拾おうとするが、痛みでそれは叶わなかった。

 

 

「いつの間に怪我してたの? ほら、応急薬と回復薬」

 

「ありがと。尻尾を叩きつけてきたときにちょっとかすっちゃってね」

 

 

 ミドリの右腕から血が零れていた。ミドリは手慣れた様子で包帯に応急薬を染み込ませ、巻いて止血をした。

 そして、回復薬を飲んで一息ついた。

 

 

「ミドリの分も剥ぎ取りしておくよ。どの部分にする?」

 

「じゃあ背中の辺りの毛皮お願い」

 

 

 メリルにミドリをお願いと言われていた。でも何もできなかった。

 どうしようか、と思いながらナルガクルガの背中にナイフを突き立てていると、心なしか水没林の方が騒がしくなってきた気がした。

 気のせいか、と思おうとしたけど遠吠えが聞こえて大型モンスターが乱入したことを確信した。

 

 

「ドスフロギィ……どうしようか」

 

 

 ミドリが怪我をしているから見つかれば僕一人での防衛戦になる。群れ相手にミドリを守りながら戦うには人手が足りない。

 どうやって見つからずに逃げよ――。

 

 

「アオ、今フロギィがこっちを見てすぐに逃げていったよ?」

 

 

 冷や汗が頬をするりと伝っていった。

 

 

 


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