モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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六十五話 呼び水

 ぬるま湯に浸かっているような心地よさに酔い、微睡んでいた。

 その中に衣擦れの音が響き、それを足掛かりにして、五感が働き始めた。

 瞼ごしに光が目に入り、視野が一気に白んだ。

 

 体を起こそうと、両手をベッドにつくと右手が空を切った。

 バランスを崩して落ちそうになったが、意識が急覚醒して、なんとかそれは防いだ。

 やけに右寄りで寝てたんだな。寝ているときに落ちなくて良かったよ。

 眠気はもう残ってなかった。朝から心臓に悪いよ全く……。

 のそのそとベッドから出て、恨むようにベッドに振りかえるとアルフがすやすやと寝ていた。

 腰が抜けて、受け身も取れずドンっと尻餅をついた。

 

 

「アオイ? 物音がしましたけど、どうしました?」

 

 

 メリルが扉を開けた。僕は驚きすぎたせいで言葉にならない声を上げながらそれを見ていた。

 メリルが疑問符を浮かべながら部屋を見渡し始めたその時、ベッドで寝ていたアルフが、んっ……と声をあげて、寝返りをうった。

 

 それを見てメリルはそっとドアを閉めた。

 

 ルルド村のどこかから可愛らしい小鳥のさえずりが聞こえてきた……。

 

 

   ○ ○ ○

 

 

 とりあえず出来事を整理しようか。

 釈然としないまま依頼を終え、飛行船の要請をした。

 思ってたよりずっと早く飛行船は来て、ミドリと村に帰ってきた。

 時間帯としては普通なら寝ている頃合いで、実際村は静まりかえっていた。家に真っ直ぐ戻って風呂に入り、歯を磨き、すぐに寝た。

 ……えーと、どうしてこんなことに?

 

 

「おはようアオイ」

 

「お、おはようアルフ」

 

 

 心臓がまたドキっと跳ねた。そろそろ心臓麻痺で死ぬかもしれない。

 そんな僕のささやかな命の危険を露知らず、アルフは何事もなかったかのように、ごく自然に僕の部屋から出ていった。

 それを追いかけるように部屋を出ると、とても良い香りがした。メリルかミドリが朝ごはんを作ったようだ。

 

 

「……ぁ、アオイ。おはようございます」

 

「メリル、おはよう」

 

 

 メリルは頬を少しだけ赤くしながら呟くように言った。

 食卓にはすでにミドリが座っていて、それを不思議そうに眺めていた。

 

 

「ミドリ、おはよう」

 

「おはよう、アオ」

 

 

 アルフが自然とミドリの正面に座った。どっちに座ろうかなとか考えながら進んでいくと、ミドリに隣に座るように勧められる。あぁ、うん。メリルが隣に来ないようにね。さりげなく残酷だと思います。

 引かれた椅子に座ると、会話のスイッチがオンになり、色々な疑問とかが頭に浮かんだ。

 

 

「三人目の子ってアルフだったんだ」

 

「三人目の子? 私、そんなこと言ったっけ?」

 

「手紙に書いてあったよ」

 

「手紙……あぁ、うんそういえば書いたね」

 

 

 自分で書いた手紙のこと忘れてたのか……。だから二週間くらい遅れてきたのかな。

 

 

「私からすればアルフとアオが知り合いのことに驚いているよ」

 

「訓練所でパーティを組んでたんだよ」

 

「あ、そうだったの」

 

 

 ミドリがそう相槌を打ち、言葉を続けようとする。しかし、それをメリルが朝ごはんをコト、と並べて割り込んできた。

 

 

「アオイに恋人がいたとは知りませんでした」

 

「? アルフは友達だよ?」

 

「えっ……。あ、成る程。そうですね、私的にはそういう乱れた付き合い方は控えるべきだと思います」

 

 

 妙に畏まった言い方だった。そっぽを向いているのも少し気になる。というか乱れたって何。

 

 

「何かあったの?」

 

「いつものことなんだけど、アルフが……」

 

 

 気がついたら勝手に布団に潜り込んできている、と言おうとしたらメリルが食い気味で言った。

 

 

「えっ、訓練所の寮でいつもそんなことに及んでいたんーー!」

 

「メリルはちょっと静かにしてて」

 

 

 ミドリがメリルの頬を片手で掴んで圧し、喋れなくした。そして、続きを促してくる。

 メリルは無理やり遮られて不満げ……いや、少し喜んでいるな。

 一度言いそびれると言い出しにくいな。勢いがないというか。ん、ちょっと待った、メリルの言ってることってそういう意味か。

 これなら誤解を生まないように慎重に説明しないといけないな。

 

 

「私がアオイの部屋で一夜を過ごしたことの話だよ」

 

 

 話が拗れた。

 

 

 

 誤解を解くのに、というか僕の身の潔白を証明するのに朝ごはんを全て食べ終え、お茶で一息つくくらいの時間がかかった。

 

 

「結局、アルフが勝手に布団に入り込んで寝てただけなの?」

 

「うん。アルフが原因を作って、メリルが曲解しただけ」

 

 

 ミドリはそう、と呟き、すぐに席を立った。

 

 

「私、ちょっと狩りに行ってくるねー」

 

「それは駄目かなー」

 

 

 皿洗いをしていたアルフがいつの間にか玄関を塞いでいた。

 

 

「十分休んだからいいでしょ?」

 

「たった半日じゃ疲れはとれませんよ」

 

「それもそうか。じゃあちょっと武具をクロウさんのとこに出してくるよ」

 

 

 ミドリはそう言い、家から出ていった。アルフもそれに着いていった。

 扉が閉まると急に静かになった。

 メリルはギルドの発行している狩りに生きるを読んでいる。

 僕はあまり読んでいないが、最近出たモンスターの情報、闘技大会の結果、ハンターの基本なんかが書かれている。

 

 

「今月のサンちゃんも良かったです……!」

 

 

 四コマ漫画を読んでいただけだった。金髪の女の子が村作りに奮闘する話だった気がする。

 ナイトさんに持ってきてもらった狩りに生きるに書いてあったのを読んだ。

 

 

「アオイも読みますか、サンちゃん」

 

「遠慮しておくよ」

 

「この良さが分からないとは……残念です」

 

 

 メリルはそっとため息をついた。それを見て少し腹が立ったのはきっと気のせいなのだろう。

 

 

「近況報告しませんか? アオイに最近どんなことがあったのか聞きたくて」

 

「近況報告? じゃあ怪我が直ったのは……」

 

 

 怪我が早々に治ったこと、フラムとルーフスと会って狩りをしたこと。マリンさんにリオレウス狩りに連れてかれたこと。フラムとルーフスと一緒にリオレイアを狩ったこと。二人が村を去ったこと。

 そういったことをかいつまんで話した。メリルはうんうんと楽しそうにでも少しだけ伏せ目がちに聞いてくれた。

 けっこう時間がかかった。話をしていくとほんの一ヶ月と少しの間の思い出が一つ一つ浮かんでは消え、話し終わる頃にはちょっとだけ気持ちが沈んでいた。

 

 

「フラムちゃん……きっと可愛いんでしょうねぇ……」

 

「き……。美人さんだと思うよ」

 

 

 反射的にメリルに対して、「き」で始まる言葉を投げかけそうになった。危なかった。唇の先まで「も」が出てきそうだったし、なんなら喉のあたりに「ち」があった。

 うっとりしてる姿は絵に成る程けど言動はとてもきもちわるいよ。

 

 

「アオイはヘビィボウガンに乗り換えたんですね。腕も少したくましくなりました?」

 

「ヘビィボウガンしか使えない状況になっちゃって。僕にはやっぱりライトボウガンが合ってるような気がするよ」

 

「ヘビィボウガンは固定砲台というか、どっしりと構えて使うイメージがありますしね。アオイはちょこまか動いて小細工を駆使した狩りの方が向いてます」

 

「それって褒めてるの?」

 

 

 もちろん、とメリルは頷き、コップを持った。中身は空。持ち上げた時にそれを理解したのか、惜しげにコップを元の位置に置いた。

 

 

「メリル達の方はどんなだったの?」

 

 

 それを聞くと、メリルは優しげに微笑んだ。

 

 

「では、私もアオイが怪我をした日から順に追っていきますね……」

 

 

 

 

 

 僕のと同じく、かいつまんで話されたんだと思う。

 メリルの話には不思議と引き込まれた。

 一週間に一匹程度のペースで大型モンスターの依頼を受け、移動の際には商隊に乗せてもらって有事の際はハンターとして護衛をする、とかそういったちょっと心が動かされるものがあった。

 ……商隊さんにはあんまり良い印象が今のところないんだよなぁ。

 

 

「そして、手紙を出してから最後に受けた、商隊を十日間護衛するという依頼」

 

 

 きっと、メリルは聞いて欲しかったんだと思う。僕のを聞きたかったわけじゃなくて、単純に自分の話ができるように誘導されたのかなって。

 メリルの言い淀む姿を見てなんとなくそんなことを思った。

 メリルはまた空のコップを持ち上げ、僅かに残った水滴で唇を僅かに濡らし、笑った。

 

 

「商隊は半壊、参加したハンターの殆どが怪我をしたり精神的に病んだり……と。まぁ大失敗に終わっちゃったわけです」

 

「三人は大丈夫だったの?」

 

「私はこれで三度目ですから。慣れそうにはないですが、大丈夫でした。アルフもそれなりに早く――」

 

「ミドリは?」

 

「……あの通り、ですよ。自分の身を使って、贖罪でもするみたいに、ひたすら狩りをし続けてます」

 

「狩りを、ね。それで二週間遅くなったの」

 

「そうです」

 

 

 商隊の護衛依頼は正式のものならギルドが十分な数のハンターを集める。つまり、基本的に成功するということ。それを失敗した、ということは……?

 

 

「リオレウスでも来たの?」

 

「リオレウスが二、三頭来るくらいならどうとでもなったんですけどね。来たのは、私たちの処理能力を明らかに越えた数のジャギィの群れでしたね。ミドリがいなかったら商隊は半壊ではなく全滅だったかもしれませんが」

 

 メリルはすっと立ち上がって少し歩き、扉を開けた。

 

 

「それより、問題は今のミドリです。ここ最近の狩猟ペースは異常です。どうにかして止めさせないといつか、壊れます」

 

「じゃあ狩りに行かせないようにすればいい」

 

「それは残念ながら無理そうです。ミドリはそんなことしてもするすると抜けていきます」

 

 

 メリルは僕の手を取り、引っ張った。引く力を便りに立ち上がる。

 

 

「無責任な上、急で申し訳ないですが、アオイなら……いえ」

 

 

 メリルは一枚の紙を僕に渡して言った。

 

 

「アオならきっとミドリを守れます。私はこんなことしかできませんが、お願いします」

 

 

 メリルの紅玉のような眼は真っ直ぐ僕を捉えていた。

 

 

「必ず。行ってきます」

 

「はい。二人で、無事に帰ってきてくださいね」

 

 

 

 

 

 


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