「お帰りなさい、ミドリ」
「ティラさん。ただいま」
全力で走ってくるとミドリはちょうどクエストカウンターにいた。
アルフは事情は後で話すからとりあえずミドリの狩りに同行してこいと、受注に割り込めば武具の準備時間は稼げるから今すぐ行けと言われた。ちょっと言ってる言葉の意図が分からない。
「はぁっ……ふぅ……」
「ティラさん、大型モンスターの狩猟の依頼、何でもいいからちょうだい」
「はい? そんなに慌てなくても一日くらい休めばいいのに……」
ティラさんが大型モンスターの依頼書を何枚か取り出した。ミドリはその中から一枚取り、カウンターにあるペンでサラサラっと名前を書いた。契約したところみたいだ。
「ミドリ、僕も着いていくよ」
「……ん。でも報酬額すごく安いよ?」
「構わないよ」
何だろう、今の間は。
違和感を持ちつつ依頼書を見るとそこにはテツカブラの狩猟と書いてあった。
赤い甲殻の蛙だっけ。顎の牙が特徴的で、蛙というわりに堅そうな見た目をしているとか。
「出来るだけ早く準備してね。十分以内が望ましいな」
「分かったよ」
それは随分せっかちだなぁ……十分? いや、マリンさんと比べれば二倍も猶予がある。そう考えれば……。
「いや、短すぎるよ」
「……もうちょっと早い方が望ましかったかな。アイルーさん、全速力でお願い」
「あいあいさー、ニャ」
アイルーは操舵席に行き、火力を強めた。やや乱暴に飛行船は出発した。
ミドリは双剣を……オーダーレイピアに手をかけ、前を見据えた。
「どうしてこんなに急ぐの?」
「まだ言ってなかったっけ? 緊急依頼を受けたの。商隊が襲われて、今まさに身を隠しているところなんだって」
「……護衛のハンターがいるはずなのにね」
「死んだか怪我したか。それか他にも脅威がいるとかね」
こういう緊急依頼を受ける人はとても少ない。理由は簡単。調査不足で難易度が不明だからだ。
不明ということは何が起こるか分からないということ。もしかしたら唐突にイビルジョーだのリオレイアだの来るかもしれない。
「大丈夫なの?」
「不安ならアオは戻ってもいいよ。伝えてなかった私が悪いし」
「いや、行くよ。これでもここ最近頑張ってたし」
ガララアジャラに呑まれたり、リオレイアを怒らせたりね。不安しかないなぁ。
「……そう」
それだけ呟き、ミドリは前を向いた。その表情は少しだけ歪に感じた。
なんとなくミドリの様子に違和感がある。
でもそれを聞くのはなんとなく憚られた。
「もうすぐニャ。要請がニャければ二人が降りてから三十六時間後に回収しにくるニャ」
「了解です。アオ、私が先に降りるから、ギリギリまで索敵してて」
「うん」
場所は樹海。高度が下がってくるとようやく平地や沢がチラホラと見えた。
さらに高度が下がり、目を凝らすと商隊が見つかった。スコープで周囲を探すとだいぶ離れたあたりでテツカブラらしき影も見つけることができた。
「見つけたよ……あれ、もう降りてるの?」
さっきまでミドリがいた場所にはもう誰もいなかった。なんかせっかちだな……。
高度を下げたとはいえ、それなりに高いので僕はロープを下ろしてそれを伝って下りた。
地面に降り、ミドリの元に駆け寄ると商隊の長らしき人と話していた。
「やっと来てくれたか――あ、そっちの青いのも救援さんか?」
「はい。商隊の方はみんな無事ですか」
「まだ無事だな。ただこのままなら、テツカブラに見つかるのも時間の問題だろう」
商隊のおじさんは目を細め、片手を上げた。
「だからこうさせてもらう。やれ」
片手を下げた瞬間、奥にあった荷車の隊列からぞろぞろと人が出てきた。剣だの棍棒だのちょっと危なっかしいものを持っていた。
……えっ、これおかしくない?
「逃げるよっ」
回れ右で逃げようとした。でもミドリが全然動こうとしない。
引きずってでも逃げようと慌てて腕を掴むと振り払われた。
「私は別にいいや」
「何で、このままじゃ危ないんだよっ」
「うん、だからアオは逃げて」
ミドリはそっと手を振って僕から離れた。何で、何で、訳が分からない。
そうこうしている間に二十くらいの人がだいぶ近づいてきていた。
……あぁ、僕は考えていたんだ?
まどろっこしい、誰かを守るのも、外敵を取り除くのも本質は全く同じじゃないか。
武器を向けるからには、攻撃されても文句は言えないよね。
ポーチから閃光玉を取りだし、投げつけようとし――たらミドリに腕を掴まれ、強く引かれた。
閃光玉が足元に落ち、パリンと儚く割れたのを僕は間抜けな顔で見届けた。
瞼を閉じた程度では対モンスター用の閃光を防ぐことはできない。網膜を閃光で焼かれ、視界が消えた暗黒の世界。掴まれた手が引かれる感触を頼りに、真っ直ぐ走り続けた。
○ ○ ○
「逃げなかったり、逃げたり、どっちなんだよ……」
「私のことを残してくれればもっと楽に逃げれたのに」
「それじゃあミドリが危ない」
閃光玉での目眩ましが効いたのか、追っ手はなく、逃げ切ることができたようだった。
「私のことなら心配しなくても大丈夫だよ」
ミドリは朗らかに笑った。なんだいつものミドリか。違和感はしばらくぶりだったせいかな。
「そうだ、今からどうする?」
「商隊さんはあの通りだし、でもテツカブラはいる……」
「とりあえずテツカブラをやっちゃおうか」
「そうだね……って」
噂をすればなんとやら、テツカブラが岩陰からひょっこり出てきた。
近くで見ると下顎から上に向かって生えている牙が目を引く。甲殻は艶のない赤色、手足は太く、尻尾は刺々している。
「私が気を引くからアオはひたすら撃ち続けて」
ミドリは鞘から双剣を抜き、テツカブラに歩いて近付いた。
「分かったよ」
簡単に作戦を立ててすぐ、テツカブラが咆哮をした。
……鳴き声が全然カエルっぽくない。
テツカブラは咆哮を終えるとすぐに大きな牙を地面に突き刺し、地盤を持ち上げた。
でっかい。四メートルくらい。それくらいのサイズの長方形の土の塊が地面から掘り起こされ、そびえ立った。
ミドリはその土の塊を駆け上り、テツカブラの上をとる。
テツカブラからすると完全に死角だったのか、ミドリに気づくことなく、テツカブラは僕の方を向いた。
気を引いてくれるって聞いてたんだけど。話が違うんですけど。
攻撃を避けようと身構えたが、ミドリがテツカブラの上に乗ったため、心配が杞憂に終った。
テツカブラは不意に背中に乗られ、驚いて暴れだす。僕はひたすらそのテツカブラに通常弾を撃ち込んだ。
ミドリはテツカブラが暴れ疲れて動きを止める度に、剥ぎ取りナイフを赤い背中に何度も刺していった。
しばらくしたところで、テツカブラがビクッと痙攣して横に倒れた。
チャンスだ。徹甲榴弾を頭に撃ち込んでいく。あの顎牙をへし折れば弱体化しそうだ。
まだテツカブラがどう強いのか分からない。でもさっさと選択肢と強みを奪っておけばきっと有利になる。
ミドリはテツカブラの喉付近でひたすら乱舞している。少々伸びた若緑色の髪を返り血で真っ赤にしながら、水晶のような剣を振り続ける。
半年前とは別物だった。とても鋭くて早い剣撃。最後に見たときよりぐっと巧くなってる。
ついでに、なんというか。当然のことなんだけれども。
一振り一振りの殺意が高めだなって。
そんな調子で三時間くらい戦闘した。ミドリが攻撃を殆ど引きつけてくれるおかげで僕は本当にただ撃ってるだけだった。
僕にとってはとても安全な狩りだ。
テツカブラは大地を踏み砕く勢いで地面を蹴り、ミドリに飛びかかった。ミドリはテツカブラの真下を滑り込んで避け、すれ違った瞬間、反転して尻尾に斬りかかった。
ミドリは絶えず挑発的にギリギリで攻撃を回避し、次は当たるかもと思い込ませて何度も何度も攻撃を誘ってる。
たまに掠らせ、よろける演技をしたりして、徹底的にヘイトを稼いでいる。
そうやって最後の最後まで攻撃を自分に仕向け、テツカブラの討伐に成功した。
「ミドリ、戦闘スタイル変わったの?」
「んー、アオがそう言うならそうなのかな」
テツカブラの素材を少しばかり剥ぎ取り、さっきまで商隊がいた場所に向かっている。
ミドリと相談して、商隊の人達がまた襲ってきたらどうするかは決めておいた。
しばらく歩くと商隊の竜車の板一枚一枚がよく見えるような距離まで近づいてきた。
「商隊の皆さーん。テツカブラの狩猟終わりましたよー!」
ちゃんと聞こえるように全部済んだことを伝えた。
そうするとついさっき、やれと言った隊長さんがすぐに出てきた。
「ありがとうございます、流石はハンターさんです」
「はい?」
自分の顔が一瞬ヒクついた。
「少ないですが、報酬は後々振り込んでおきますので」
「いやいやいやいや、その前に」
言うことがあるでしょ? と言おうとしたところで、ミドリに制され、口を噤んだ。
ミドリは僕より一歩前に出て、あたかも何も気にしてませんよ風に言った。
「いえ、無事で何よりです。この後も気をつけて下さい」
ミドリはそう言い、そのまま僕の手を引いて商隊の前から立ち去った。
◯ ◯ ◯
「納得いかない」
「あの人達が襲ってきたのは頼りないと思ったからじゃないかな」
……納得いかないのはミドリがあっさりと引き下がったことで、襲いかかってきた理由のことじゃないんだよな。
いや、襲いかかってきたことはそれはそれで理不尽だけど。
「でもそれだけの理由で襲ってくるのはおかしい。文句の一つでも言ってやれば良かったのに」
「原因は多分私。……私、護衛依頼を派手に失敗しちゃったことがあるから」
「それでも、ねぇ……」
僕が不満げな声を出すとミドリはくすりと笑って言った。
「でも、勿論このことはギルドにチクっちゃうけどね」
「だね」
一般人に襲われたところで僕たちハンターには大したことならないし、無事に依頼が終わったから今は襲われたことも笑える。
でも行為自体は絶対に未遂に終わることだとしても、それでもあの人達は悪い。
今は笑ってはいるけど、やっぱり苛立ちも残ってる。
だからか、本気で申し訳なさそうにしているミドリを見ていると。
面白くない。