モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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六十一話 ご立腹の母

 目を覚まし、起き上がると、今度はちゃんと朝だった。いや、まだちょっと暗いか。

 ……焦げ臭いような。まさかキャンプが燃えてる?

 慌てて立ち上がり、テントから出た。

 キャンプが燃えている様子はなかった。ただ。

 

 

「ここの景色ってこんなのだったっけ」

 

 

 見渡せば沢山の木が生えている。ただ所々から煙が上がり、黒く幹が剥き出しになった木もある。

 目に見えて、風通しが良くなった気がする。

 

 

「……アオイ、結構ヤバいことしたんじゃない?」

 

「ギルドナイトに問い詰められたら額を地面に擦り付けないといけなくなるね」

 

 

 先に起きて顔でも洗ったのか、さっぱりした様子の二人が歩いてきた。二人とも苦笑いをしている。

 恐らく、一晩中リオレイアは古代林を焼き続けた。狙い通り、休むことなく怒り続けてくれたようだ。

 

 

「……あ、爆音。今もまだ動いているんじゃない?」

 

「……怒らせすぎた? まあいいや。どちらにせよ万全ではないはず。準備したらすぐに行こうか」

 

 

 僕達は携帯食料を噛まずに飲み込みつつ、武具道具を準備してベースキャンプを出た。

 今日の作戦はひたすら削って最後に捕獲する、だ。要するに作戦なんてない。

 

 

「……いつもより気を引き締めていこう」

 

「うん」

 

「了解」

 

 

 

 

 ベースキャンプを降りると、焦げ臭さが増した気がした。このエリアにはリオレイアは来ていないようだが、首の長い草食竜、リモセトスの姿もなかった。あの体格だし、連れ去られたとは考えにくいから、単に逃げ出しただけだろう。

 

 臭いに顔をしかめつつ、昨日来た平原のエリアまで歩いてきた。

 

 

「……うん」

 

 

 エリアの中心に肉の塊があった。サイズを見るにリモセトスのものだろう。そこを中心に様々な場所に焼けた跡があり、目を凝らすと他に二ヶ所、肉塊があった。……昨日のリモセトスの親子かな。

 

 

「陸の女王さんはなかなかにご立腹のようで」

 

「酷い八つ当たりだね」

 

 

 僕達は周囲を警戒しつつ、エリアの中心に来た。

 

 

「ここで待ち構えよう。残念だけど警戒されてるんじゃ奇襲も待ち伏せもできないしね」

 

 

 そう言うと二人の頬がちょっと綻んだ。それになんとなく僕がズレてるのかなとか思いながら辺りを見渡した。

 

 

「曇ってきたな……」

 

 

 一日目はよく晴れていたのに。もし雨が降ったりしたら防具が雨を含んで動きにくくなったり、地面が滑りやすくなっていやなんだけどなぁ……。

 

 

「ん……リオレイアが飛んできた」

 

 

 フラムがそう呟き、指さした場所を見るとリオレイアが滑空していた。……こちらに向かって。真っ直ぐ。

 

 

「……突っ込んでくるつもり⁉ 避けるよ、早く!」

 

 

 慌ててその場から離れさっきまで居た場所を見る。

 その場所にリオレイアは勢いを一切緩めず突進してきた。地面を抉りながら着地し、殆ど隙もなく、こちらを向いた。

 その口からは炎が漏れていた。

 

 

「……ッ!」

 

 

 メテオバズーカを構え、リオレイアの口に向けた。

 間に合った、なんて思う間もなく、ブレスが飛んできた。メテオバズーカに装着されたアタッチメント、シールドに。

 ブレスは着弾と同時に爆発した。その瞬間、どんな弾の反動だって生温い、いや、大タル爆弾を至近距離で受けたってこうはならないほどの異常な衝撃が加わった。

 僕の体重なんかで受け止められる訳もなく、宙に浮かされ、景色が高速で移動していったのを一瞬だけ感じた。そんな浮遊感も束の間、地面に何度も叩きつけられながら転がった。

 何かを考える前に、すぐに立ち上がり、横へ転がった。直感が、避けろと叫んだのだ。転がり終えたと同時、さっきまでいた場所にブレスが着弾した。

 ブレスは大量に炎を撒き散らしながら爆散し、爆風で更に吹き飛ばされた。途中で頭を打ち、意識が一瞬遠のいた。

 ……発射間隔的に次は避けられない、どうにかダメージを減らせないかとリオレイアの方を睨んだ。

 リオレイアが三発目のブレスを吐いた――瞬間、フラムが間に入って盾でそれを防いだ。

 

 

「回復したら戻ってきて!」

 

「それまでは僕たちがッ」

 

 

 えらく頼もしい戦闘狂……訂正、二人の声が聞こえてきた。僕は返事もせずに回復薬を口に流し込み、口元が溢れた回復薬を拭った。

 全身の打ち身や火傷の痛みがあっという間に引いていき、治っていくのを感じながらボウガンを背負った。

 交戦中の二人を援護しにいくため走って近付く。

 頭から一滴、血が流れた。傷は塞がりきらなかったようだ。応急薬をポーチから乱暴に取りだし、頭から中身をぶっかけた。

 

 

「復帰した」

 

「分かった。指示をお願い」

 

 

 僕は武器を出しながらリオレイアを眺めた。昨日つけた傷は治っていないどころか悪化しているように見えた。暴れていたのだから傷が開いて当然、というべきか。体のところどころがドス黒くなっていて、それがリオレイア自身の血なのか獲物の炭なのか返り血なのか、判断はつかない。

 

 リオレイアが顔を斜め上に持ち上げ、フラムを睨み付けた。噛みつきと判断したのか、フラムがステップで距離を取ろうとした。

 

 

「盾構えてフラムッ」

 

 

 リオレイアの口元から炎が見えた気がした。反射的に僕は叫んでいた。

 フラムが盾を構えた瞬間、今度ははっきりと炎が噴き出したのが見えた。

 

 

「あっつい!」

 

 

 ……気のせいじゃないよな。このリオレイア、絶対何かおかしい。……半年前だっけか。あの時に狩ったリオレイアは、火を吹きながら噛みついてきたりはしなかった。

 ……何するか分かったものじゃない。早くかたをつけてしまおう。

 ポーチから大型の弾丸を一つ取りだし、メテオキャノンに装填した。

 

 

 視界がモノクロに変わった。

 パラパラ漫画を丹念にめくっていくような、そんな気持ちになるくらい、遅く遅く進んでいく時間。

 反動が強く、隙が大きいから外せば或いは有効打足り得なければ隙を狙われて死ぬ。

 貫通していくルートをイメージして、タイミングを図る。リオレイアの視線から、息遣いから、筋肉の僅かな動きから、次の動作を予知する。

 スコープを覗かず、照準を合わせ、引き金を引いた。

 銃口が一瞬光り、硝煙の尾を引いて弾丸が飛んでいく。

 

 その白色の骨に包まれた弾はリオレイアの首筋にぶつかると呆気なく砕けた。

 あれ――なんて思ったのも束の間。何もかもを飲み込みそうなくらい真っ黒な色の流れがリオレイアの首筋から背中までを駆けていく。通りすぎた部分は甲殻も鱗も砕け散っていて、血が噴水のように溢れだしていた。

 

 リオレイアが動きを止めた刹那、慟哭が轟いた。

 

 

「――、――!」

 

 

 フラムの声? ルーフスの声? それすら分からない程の暴力的な音量。胸を打つ強大な音圧。

 リオレイアの口から溢れる炎に黒色のモヤが混ざったのが見えた。全身の甲殻が暗い緑色にゆっくりと変わり、尻尾から毒が零れたのを見た。

 こいつは、こいつは……。

 

 コレは、何だ。

 

 

「せいっ!」

 

 

 ルーフスの掛け声が慟哭を止めた。

 

 

「見た目はダサいけど、耳栓の性能は最高だね……!」

 

 ルーフスが剣でリオレイアの尻尾を貫いていた。

 その剣先が震え、ポタポタと強撃ビンの中身ともリオレイアの血とも似つかぬ、液が垂れだした。

 属性解放突き。

 ビンの中に詰まっているエネルギーは普通は適宜噴かせて使う。だが属性解放突きではエネルギーを極限まで圧縮し、限界になった瞬間に解放する。

 内部のエネルギーが溢れ、ビンが砕ける。

 エネルギーの奔流が瞬き以下の時間で膨らみ、破裂した。

 強大な威力が甲殻を砕いた。鱗を吹き飛ばした。リオレイアの筋肉を引きちぎった。骨を絶った――。

 

 ――そして、尻尾を切り落とした。

 

 

 大質量を体から切り離されたリオレイアはバランスを崩し、前傾姿勢になって数歩駆けた後、忌々しそうに振り向いた。 

 ルーフスとフラムがそれぞれ僕の横に並んだ。

 僕たちはそれぞれの金属音を奏で、武器を構えた。

 リオレイアが頭をゆっくりと持ち上げ、息を吸い込んだ。

 それは、怒号、反撃の狼煙、決戦の大銅鑼。

 バインドボイスで空気が震えた。

 音の嵐の中、ルーフスが最初に攻めこんだ。

 斧刃が朝日に照らされて鋭く光り、リオレイアの頭に振り下ろされる。

 リオレイアはそれを上体を斜めに起こして避け、お返しとばかりに口から炎を噴きながらルーフスに噛みつきかかった。

 

 

「せいっ」

 

 

 フラムがそこに割り込み、盾で受け止め、互いに一歩も引かないせめぎ合いになった。

 すかさず、フラムは空いている手で真後ろにガンランスを構え、砲撃を放った。

 拮抗が崩れ、リオレイアの頭がフラムの盾におしのけられる。

 隙だ。

 僕はもう一度滅龍弾を装填し、今度は首から背中に抜けるように狙い、撃った。

 甲殻が砕け、血が大量に噴き出した。大きなダメージを与えた手応えはあるが、リオレイアの眼は鋭さを増した。

 ルーフスの攻撃がリオレイアの体を浅く、それでも無視できないくらいに傷をつけた。

 フラムの砲撃が甲殻の脆い部分を吹き飛ばした。

 リオレイアはそれを全て無視し、僕に向かってきた。

 

 

「わわわっ」

 

 

 シールドで受けきれそうだったが、あまりの気迫に慌ててその場から転がって逃げた――。

  

 背後の地面がごっそりと削りとられ、血のように赤い霧が僅かに残った。

 その霧が風で広がり、こちらに飛んできた……。

 

 

「う……」

 

 

 一瞬で血の気が引いたのを感じた。比喩なんかじゃない。体が物理的に寒く感じ、口の中が鉄の味で満たされた。

 ……血? 口から垂れた液を受け止めた手のひらが、真っ赤に染まっていた。視界が二重になり、瞼が重くなっていく。

 一気に思考が空転し、真っ白になった。

 その何の色も感じられない世界で、おじさんみたいな口調の女の子の声が響いた。

 

 ……。

 

 

 ――ゆっくりと世界の彩度が失われていった。

 それに比例して何もかも、動きが遅くなっていった。

 葉についた朝露の一滴が落ちる。それすら何時間もかかるのでは、そう錯覚させるほどゆっくりとなった。

 

 抉られた地面はリオレイアのサマーソルトによるもの。リオレイアの毒は普通はここまで強くなかったような。何かが混ざって強力になってる? 効果はキツいけど効果時間は少ない。

 良く分からないけど、霧を吸うだけで致命なのは間違いない。ならもうサマーソルトをさせてやる道理はない。

 リオレウスにできなくてリオレイアにはできるサマーソルト。

 違いは脚力。……だよね?

 リオレイアは必ず振り向いてくる。だから僕は照準を置いて、弾を装填した。

 頭を働かせ、次の手その次の手を読んでいく。

 ルーフスにはまた何か言われそうだね。

 

 世界が色を取り戻し始めた。

 時間もそれと同じく、ゆっくりと元に戻った。

 

 

「フラム、ルーフス、落とすよ!」

 

 

 僕はそう叫びながら、引き金を引いた。

 滅龍弾はリオレイアの脚を貫き、穿った。鮮血が舞い、リオレイアが怯んだ――でも落ちなかった。

 

 

「なぁ⁉」

 

 

 反動は大きいから外せば、或いは有効打足り得なければ死ぬ、少し前の自分の言葉が頭を過る。

 やってしまった。いや、シールドで受ければどうにかなる。痛いで済む。……こんな薄いシールドじゃ遺体で済むの間違いか? 

 

 

「カッコ悪いね!」

 

 

 フラム突然僕の前に立ち、盾を構え、リオレイアを迎えうつ。

 リオレイアはフラムが逃げずに受けることを察してか、ゆっくりと近づき、サマーソルトの体制に入った。

 このまま挑ませれば、フラムの気持ちを汲むことができる。……でもここで不意討ちをすれば?

 不意打ちで、その上さっきの滅龍弾を恐らくギリギリで耐えたばっかりだ。きっと次は耐えられない。

 

 

「アオイ?」

 

「これくらいは許してよ」

 

 

 僕はフラムの側に行き、背中に手を当て、盾を掴んだ。

 

 

「せめて、手伝わせてほしい」

 

「……いいよ」

 

 

 リオレイアが僅かに尻尾を上げた。その直後、翼を強く打った。

 体が垂直に回り、尻尾が猛烈な勢いで盾に打ち付けられた。

 

 

「――ッ⁉」

 

 

 想像以上の衝撃が体を駆け抜けた。二メートル弱後退させられたが、それでも受けきった。

 リオレイアは二度のサマーソルトで翼の不可が辛くなってきたのか、着地した。滅龍弾に穿たれたその足で。

 脚から血が噴き出し、リオレイアは派手に転倒した。

 

 

「――チャンスッ!」

 

 

 ルーフスがそう叫び、フラムが呼応し、一気に畳み掛けた――。

 

 

   ○ ○ ○

 

 

「……。そうか、そうか。つまりアオイはそういうやつなんだな」

 

「僕はマボロシチョウなんか盗んでないんだけど」

 

 

 帰りの飛行船、太陽が真上にあるおかげで乗る場所は陰になっていてとても涼しい。

 

 

「いや、まぁ知ってたけど。アオイはこういう時でも空気を読まずに捕獲する奴だって」

 

 

 転倒しているリオレイアの足元にシビレ罠を仕掛け、拘束。捕獲用麻酔玉を当ててすぐに眠らなかったのは誤算だったが、二人が攻撃を繰り返したおかけでギリギリ眠らせることができた。

 

 

「私としては、まぁ満足だけどね。最後にリオレイアを狩れて」

 

「あぁ、そうか……フラム達がこの村にいるのもほんの少ししか残されてないんだっけ……」

 

「……あれ? 私、このこと言った?」

 

「ルーフスに聞いたんだよ。あっちで一泊したときにね」

 

 

 二人との狩り、これが最後かもしれないんだっけ。

 

 

「……知ってて捕獲を選んだの?」

 

「知ってたけど捕獲を選んだ。……死んだら元も子もないし」

 

「……私がやりたいのは心が躍るような狩り。相手を力でねじ伏せる、そんな狩り。だから……いや、やっぱりなんてもないや」

 

 

 フラムはあははと笑った。だが、それ以来、飛行船での会話はなくなった。

 そのせいで鉱石を掘っている間に見つけたお守りを渡すことができなかった。

 カレンダーを見てフラムの誕生日を思い出したあの日から探したんだっけ。

 ……僕は本当に間違ったことをしたのだろうか。

 

 

 飛行船が村を捉えゆっくりと高度を下げはじめた。

 着陸場へ近付くにつれ、村が良く見えるようになり、飛行船場に歩いてくる三つの人影が見えた。

 それはルナと、大人の男性と女性。

 男性は赤色の正装……ギルドナイトの正装を纏っていて、女性は外出着といった感じの服を着ていた。

 誰……?

 

 飛行船が着陸するなり、ルナは言った。

 

 

「おかえり、アオイ! 後フラムちゃんとルーフスくん、お父さんとお母さんが来てるよ!」

 

 

 はい?

 

 

「フラムもールーフスもー、なんで逃げちゃうのー?」

 

 

 女性はゆるゆるとした間延びした声でそう言った。口調のわりにはご立腹のようだった。

 

 いや、どういうこと?

 

 

 

 


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