徹甲榴弾がリオレイアの頭に突き刺さる。そして半秒後、大爆発を起こした。
それが今までの頭部への攻撃を気絶に昇華させる最後の一手になった。
爆発によって引き起こされた脳震盪は様々な神経障害を生じさせるので、短時間だけ拘束することができる。
リオレイアが姿勢を維持できずに転倒し、今日最後の大きな隙を晒す。
僕はその場でしゃがみ、レベル2貫通弾を大量に装填した。
しゃがみ撃ち。いつもなら僕の体重では撃つ度に後退してしまい、弾の威力が最大限に発揮される、いわゆるクリティカル距離から外れてしまう。ただ貫通弾は通常弾よりぐっと長くなっている。だから問題ない。
撃つ度に弾がリオレイアに吸い込まれるように消え、僅かな血飛沫と一緒に反対側から出てくる。それをひたすら繰り返し続ける。
甲殻を抉り、肉を削り、血管を傷つけ、内蔵に穴を開ける。
そんなことが起きてるのかもしれないけど貫通した穴はごく小さいし、血が溢れて見えなくなるから分からない。
弾帯分を撃ちきったところでリオレイアに復帰の動きが見えた。
「フラム、ルーフス、逃げる準備!」
返事の変わりにそれぞれ連続攻撃のフィニッシュを決めた。集中攻撃のおかげで所々の甲殻が砕け、鱗が剥がれ、肉が剥き出しになっている部分もある。
かなりダメージを与えられたはず。ただ、まだ足りない。
脳震盪を起こしているとはいえ、網膜が光を感知するという仕組みは残っている。だから僕は二人に移動方向の指示を出してからポーチから閃光玉を取りだし、リオレイアの顔に叩きつけた。
光が噴き出し、リオレイアの網膜を焼く。強烈な光で視界を潰され、起き上がることもままならないリオレイアの横を僕は走って通りすぎた。そしてそのまま荷車を引いて二人がここに入ってきたルートを遡っていった。
○ ○ ○
「なんで逃げることにしたの?」
「今日のところはもう攻撃を止めて、体力回復に努めた方が良いかなって」
撃ってるだけの僕と違って、二人はほとんど休みなく武器を振り回していた。だから少しでも長く休憩をとった方が良いかなって。
「でもリオレイアも寝るからあっちの体力が回復しちゃうよ?」
「だからここに逃げてきたんだよ」
荷車からロープと小タル爆弾を取り出した。
ロープにはニトロダケのエキスを染み込ませてあるので、よく燃えるようになっている。
「これを卵の近くに設置して、リオレイアが来たら着火して、目の前で起爆するんだ。そのあとは真っ直ぐ逃走。こうすればリオレイアはきっと怒り狂って休息なんか取らない……はず」
「……最低だね!」
「こんなことしてもいいのかな……?」
休息を取らせなければ更に有利に戦える。モンスターは知らないけど少なくとも人は一日寝ないだけでだいぶ集中力が落ちる。期待はしても信じはしないけど。
卵のそばにそっと小タル爆弾を設置し、ロープと導火線を繋げる。そして、ロープを伸ばしながらエリア境界線まで移動した。
「匂いは……あ、そうだ。アオイ、水貰っていい?」
「いいけど……まさか忘れてきたの?」
「支給品の飲み水はちゃんと持ってきてるよ。アオイが持ってきているルルド村の水、あれを飲むと前はモンスターの位置が分かったんだよ」
「千里眼の薬じゃないんだからそんなことないと思うんだけど……」
「いいから。お願い、ね?」
「分かったよ。はい」
フラムは僕からビンを受けとると栓を抜き、少しずつ飲んだ。
フラムは四半分くらいの水を飲み干し、小さく息をついた。
「……んー?」
「……匂いが強くなってるからそろそろ来るね」
フラムのよく分からない千里眼よりペイントボールの方が精度が良かった。……そういえば確かにガララアジャラの時は勘が鋭くなっていたけど、何が原因なんだろ。そもそも偶然だった?
「けむり玉たくさん持ってきたから、爆破したらこれを焚きながら真っ直ぐ逃げよう」
「分かったよー」
念のため、というか自分に言い聞かせるように言ってる。フラムにもルーフスにもある程度、作戦の内容は伝えている。怒り狂わせて疲弊したところを狩る、それが明日の日程。
「……翼の音が聞こえたよ。三、二、一……」
このエリアは一種の洞窟のような作りだ。所々にある大穴は地上へと続いていて、光源となっている正面天井の穴からは飛竜が地上とここを行き来していると思われた。その穴の下は奈落。飛竜がここに入るときはゆっくりと降りた後に、前方へ滑空し、ここに着地しなければならないようだ。……入りにくい自宅だな。姿勢制御ミスしたら死ぬってどんな棲家だよ。
リオレイアが穴から入ってきた。慎重さはあまりなく、乱暴に着地し、辺りを見渡し始めた。
僕達は茂みに隠れている。リオレウスと違い、リオレイアの視力は並みのものだ。ちょっと粗があるくらいならたぶん見つからない。見つけないで。
祈りが通じたのかリオレイアは見渡すのを止め、卵を見た。……今だ。
火炎袋の粉末をほんの少しだけロープに振りかける。
粉末は袋から出て空気に触れるとすぐに発火し、ロープに燃え移った。
「けむり玉、けむり玉……」
ポーチからけむり玉を取り出したところで、ロープの長さがすでに半分くらいになっていた。ちょっと待ったニトロダケの可燃性が予定より強い。
あっちょっと待った。焦ってたせいかバランス崩した。
バランスをとろうとして一歩踏みしめた瞬間。
パキッ
――枝を踏んだ。
リオレイアがこちらを睨んだ。あ、こんにちは……。目が合った気がした。ただ、ロープ……というか炎が卵の方に真っ直ぐ進んでいるのに疑問があるのかどちらかというとそちらに集中している。
……僕は行く末を見届けることなくけむり玉を使った。
「逃げるよ、早く早く! 殺されちゃう!」
さっきの目はヤバかった。あれは絶対何人か殺してる目だ。……弱肉強食だからそういうものか。人じゃなくて小型モンスターとかなら日常的に殺ってそう。
エリアから逃げ、別にエリアに移ったところで微かな爆音が聞こえた。上手くいったみたいだ。
そして、天地を揺るがすような怒号がこの古代林に響きわたった。……上手くいったみたいだ。
「ねぇ、リオレイアめちゃめちゃ怒ってるよ?」
「今更だけど、子供を目の前で爆破されたら怒るとかそういった次元越えそうじゃない?」
「逃げよう」
僕達は多目にけむり玉を焚きながらベースキャンプまで逃げた。
○ ○ ○
「……リオレイアめちゃめちゃに暴れまわってるねぇ」
ルルド村の水の効果なのか、フラムの体質なのかはしらないが、リオレイアの場所が解るらしいフラムはそんなことを呟いた。
「このまま暴れ続けてくれればいい。疲れきったところを叩こう」
「小型モンスターの気配がドンドン消えてるんだけど。本当に大丈夫?」
「……夕飯でも食べて寝て、明日に備えよう」
フラムの懸念を聞かなかったことにして僕は三人分の夕飯を作った。
特にこれといった特徴のない、短時間の割には悪くないねレベルの料理をかきこんだ。
目立つと危ないので火は消して僕達はベッドで眠りについた。
がさっ
すた、すた……
「……?」
物音がした。いつもなら無視して寝るところだけれど、今日はなんとなく起きた。なんとなく起きるべきって直感した。
隣ではフラムが寝息をたてて眠っていて、その奥で寝ているはずのルーフスがいなかった。
ベースキャンプのテントから目を擦りつつ出てくると、ルーフスが地面に仰向けになっていた。
「……どうしたのルーフス」
「なんとなく星見てる」
「そう。満足したらちゃんと寝といてね」
ルルド村でも星は十分に見える。でも村の立地が山の中腹のせいか、見渡しても一部は隠れてしまっている。
村じゃ満足できなかったか。ルーフスはロマンチストだったか。フラムも浪漫を追い求めてるからそういう血筋なのかな。
物音の原因に納得し、僕はテントに戻ろうとするとルーフスに引き止められた。
「……待ってよ、アオイ」
「急にどうしたの」
「姉さんがさ、なんでリオレイアを狩りに行こうって言ったか知ってる?」
「フラムが何か特別な理由をつけて狩りをするイメージないんだけど」
「……まぁそうだけど。計画性もないし、突発的だし。でも今回はあるんだよ」
フラムがリオレイアを狩りに行こうといった理由。誘ってきたときはすぐ行こうって感じだったっけ。
「フラムの誕生日だから?」
「……姉さんの誕生日覚えてたんだ。それは違うかな。……ごめん、ノーヒントじゃ無理だよね」
ルーフスは上半身を起こして、こちらを向いた。
「僕達は両親から逃げながら狩りをしているんだ。捕まったらハンターを止めなきゃいけないから」
「……えっ?」
「訓練所を卒業した時、手紙が届いてね。その時に戻ってこいって書かれてたんだ。姉さんはハンターを続けたい、というか、まさにこれからって感じだったから当然拒んだ。嫌だって書いて手紙を送り返したんだ」
「うん」
「それで色んな村を転々とし続けて……」
「ルルド村に来た、と」
「一度行った村には誰かしら親の協力者がいるだろうから二度といけない。有名どころも事前にいるだろうしね」
「……二人の両親は何者なのさ」
他にも色々聞きたいことはあるけど、まず一番つっかりを感じたことだった。
それを口にするとルーフスは苦々しい顔をした。言うか言わないか、葛藤しているように思えた。……人に言えない仕事内容なんて簡単に絞り込めてしまう。しかも追い続ける必要がある……。
「……ギルドナイト。母さんに関しては密猟者や違法なハンターを暗殺している種類のをやってる」
「……」
「僕達の両親は人から恨まれる仕事をしている。だから僕達が両親に恨みを持った人に誘拐されたり殺されたりするのを防ぐために手元におきたいみたいなんだ」
フラムとルーフスにはハンターを止めてほしくない。でも二人の身に何かが遭ってしまうのも嫌だ。
「僕はハンターとして過ごすのも護衛つきで町で暮らすのもどっちでも楽しいからいいんだけど……」
ルーフスはため息をつき、テントの方を見た。不自然に静かなテントは昼間と比べて青色がかかっていて少し不気味だ。
「姉さんはハンターを続けたがっている。それもあって僕はハンターを続けている」
ルーフス的にはハンターを続けたいとは思うが、最悪、止めても構わない。
フラムの意思を尊重するため、悪意から守るため、ハンターを一緒にやっている。
両親的には自分達の仕事のせいで二人の身が危険に晒されることを嫌がっている。
そういうことかな。
「で、最近だけど姉さんは言ったんだよ。次でこの村での狩りは、最後にしよう。って」
自分が言葉を失ったのがはっきり分かった。雰囲気で察してはいた。なんらかの形で別れなきゃいけないんじゃないか、とは。でも実際に突きつけられると衝撃があった。
どうにかできないか、という意志と、どうにもならないという諦念が同時に沸き起こった。
この話は二人の両親が正論を言っているように思える。でもそれはきっと間違っている。いや、僕がただそれは間違っていて欲しいと思っているだけか。
戻ってきて。その言葉が僕の頭の奥をチリチリと疼かせた。
「……二人は、逃げることしかできないじゃないか」
「あぁ。だから……」
ルーフスは僕の目を真っ直ぐ見た。
「最後がこんな狩りであってほしくなかった。もっと心踊る戦闘をしたかった。僕達はアオイと一緒に狩りをすることを楽しみにしてここへ来た。姉さんはとっても楽しみにしていた。だからこの一ヶ月、異常なペースで狩りをした」
「……」
「……ごめん、熱くなってた。アオイに非はないのに。こっちが本来なのに。……あぁそうだ」
ルーフスはコロッと顔色を変えて言った。
「僕は姉さんが幸せであり続ければ良かった。でも僕へハンターを続けることを強制しているっていう勘違いの負い目がある以上、完璧にはならない。だから姉さんを受け入れてくれるアオイとくっついてほしかった。……まぁ嫌々でくっついたらそれはそれで問題だから。まぁ、なかったことにして」
ルーフスはそう言って立ち上がり、スタスタとテントに歩いていった。
返事も反論も許さないようだった。
うっすらと気づいていた。ルーフスが義兄さん呼ばわりしてこなくなったことにも、その理由にも。
もしかしたらそのことから既に二人が近い内にいなくなるのを直感していたのかもしれない。
でもそれが嫌で勘を言葉に結びつけなかった。言葉にしたら事実になる気がして。
……この世界、一度別れてしまえばもうそうそう会うことはできない。
二度と会えないのと死別することに果たして違いはあるのだろうか。
……いや、違いはあるな。
不意に現れた死別の言葉が思考を切り替えてくれた。
明日のリオレイア戦で誰かが死んでしまえば解決の可能性がゼロになってしまう。
……明日に備えて早く寝ないと。
最後に見上げた夜空。そこに散らばる幾千万の星になんとなく不快感を覚え、僕はテントに入った。