六話 翌日
朝日が昇る。日が顔に差し、目が覚める。洗面所に行き、顔を洗う。冷たい水が肌を刺し、視界が冴えわたる。眠気がとれた。
タオルで顔を拭こうとしたところで白色の動きやすそうなワンピースを着たミドリが入ってきた。寝起きだからか目はどこか虚ろになっている。
「……アオ、おはよう」
「おはよう」
ミドリは眠そうにあくびをし、顔を洗い始めた。虚ろだった目に光が戻り、いつもの優しげな澄んだ青色の目になった。
「朝ご飯食べに行こ?」
「そうだね」
家をでて食事所に行く。食事所は基本的に木で出来ていて、調理場周辺は石でできている。朝から夕方までは食事所として、夜は酒場として、村の人に料理を振る舞っている。カウンターの前に座ると、黒髪でメガネをかけている中性的な雰囲気を漂わせる人……ナイトさんが話かけてきた。
「おはようアオイ。昨日はどうだった?」
「おはようございますナイトさん。色々あったけど何とか狩れました」
「ミドリもおはよう。昨日もアオイのピンチを救ってあげたのかな?」
「ナイトさんおはよう。昨日はちょっと私も危なかったです……」
ナイトさんは苦笑いをして、お茶とサンドウィッチをだした。まだなにも頼んでないけど。
「ルナさんが今日宴会を開くって言ってたからね。お腹すかせておくんだよ」
「私、料理の決定権は客にあると思うの」
ミドリは不機嫌に言いサンドウィッチを食べ始めた。一口目を飲み込むとすぐに機嫌は良くなった。それに続きサンドウィッチを食べる。たまごサンド。人の好きな食べ物を覚えてくれる辺り、ナイトさんは優しい人だと思う。噛む度に、優しい甘さが口の中に広がる。美味しい。量が少なかったのもあるが、美味しかったため直ぐに食べ終わる。それはミドリも同じだったようで
「「ご馳走さまでした」」
「当然。勘定は月末にね」
ナイトさんはそう言うと、本を読み始めた。一方的に出されてお金まで取られるのか。美味しかったから良いけど。ミドリはお茶を飲み干し、店を出た。それに続いて慌ててお茶を飲み干し、店を出る。店の扉が閉まるとミドリは
「……ナイトさん、いつの間にサンドウィッチ作ったんだろ」
その言葉になんとなく不気味になるのをかんじながらミドリと別れた。
昨日、村長に狩りの内容を話すように言われていたことを思いだし、村長の家に向かう。特別急ぎの用でもないので、なだらかな道を歩く。
六年前から基本的な道は変わっていないが、所々、階段や橋、水路が増設されていて、時の流れを感じる。
様々な思い出に浸っていると村長の家に着いた。縁側にはやわらかく光を跳ね返す銀髪に、吸い込まれそうな紅の瞳をした少女……村長が座っていた。六年前から全く変わっていない。
「村長、おはようございます」
「おはよう」
村長はにっこりと微笑んだ。いつも通りお茶を一口飲み、
「昨日の狩り、教えて?」
「じゃあまずは……」
昨日のドスジャギィの狩りについて話した。話し終えると、村長は最後の一口を飲み、言った。
「……アオイとミドリ途中で喧嘩しちゃったんだ」
「……ごめんなさい」
「喧嘩をしたことを咎めているわけじゃないの」
村長は落ち着いた口調で言った。そして、急須に僅かに残ったお茶を淹れなおし、続けて、
「ただ、ミドリはアオイと別れた後、何してたのかなって」
確かに、何をしていたのかが気になる。急に高い所から落ちてきた所が特に。しかし、内容が内容なので、ミドリに直接聞く気にはならない。
「後でミドリに聞くから、気にしないで」
「すいません……」
沈黙から察したのか村長は苦笑いしながら言った。それに答えると、村長はお茶を飲み、真剣な顔で言う。
「一人で突撃するのはいけなかったね」
「……はい」
「アオイ、無闇に突撃して命を散らすのもいけないけど、怪我人を一人残すのもいけないよ?」
あの時にとった行動が自らの命を危険にさらしていたのは勿論、ミドリの命まで危険にさらしていたことに今になってやっと気付く。応急処置をしたとはいえ、痛みは残っていたはず。満足に動けるという保証はない。
「皆を守れるようになるためにハンターになったのに……」
今までに何回言った言葉だろうか。思わず拳に力がはいる。
「ゆっくりと強くなってくれればいいよ」
村長はそう言い二杯目のお茶を飲み干し、立ち上がった。お茶の道具をお盆に乗せ、廊下を歩いていく。途中で振り返り、いつもの調子で
「ミドリに言い忘れていることがあるよー」
村長はそのまま角を曲がり、見えなくなった。
言い忘れていること……?
何を言い忘れたのだろうか。まだ謝り足りないということだろうか……昨日ミドリと交わした会話を思い出す。
家に向かって歩きながら考えていると
「アオ! 見て!」
「ん?」
ミドリは駆け寄るなり双剣を出した。その刃はやや青みがかかっていて、先日見たときより鋭さが増していた。
「強化したの?」
「うん!」
ミドリは満面の笑みになった。村長の言葉の意味が分かる。助けてもらった直後の会話。
『その……助けてくれてありがとう』
『お礼は終わってから……』
「ミドリ、昨日は」
「もう終わった話でしょもういいよ」
「いや、その……改めて昨日はありがとう」
「今更お礼? 私は食べ物で返してくれた方が……」
とまで言った所でミドリの顔に水滴があたる。回りを見るとポツポツと雨が降ってきていた。そして、あっという間に雨が強くなり、風まで強くなってきた。
辺りは一気に暗くなり、雷まで鳴り始める。雨が地面に打ち付けられ、白い霧となり視界を狭める。風は雨の軌道を変え、横から体に叩きつけてくる。
「アオ、早く家に――」
ミドリがそこまで言った所で、辺りが一瞬で白に染め上げられる。閃光が走り抜け、爆音が辺りを揺らす。落雷。近くに落ちたようだ。
「ミドリ! 動けない人がいないか見てきて!」
「アオは?」
「雷が落ちたとこ見てくる!」
雷の影響で村にモンスターが入ってきては危険。そう思い、雷の落ちた方向、村の最も山頂に近い方にむかって駆け登る。
圧迫感すら覚える雨のなか、村の一番上につく。雷はもっと山頂に落ちたようだ。この雨なら山火事にもならないだろう。ホッとしてミドリの手伝いをしようと向きを変えると
「……!」
とても遠く。青白い光を纏った獣が天に向かって吠えた。体に稲妻が走り、周囲を光が飛び回っていた。そして、
「なんだあれ……?」
獣が吠えた先、空には竜……龍が空を泳いでいた。この嵐は龍が巻き起こしたものだと直感的に理解する。
――天災。それを具現化したかのような龍はそのままどこかに泳いでいった。龍が見えなくなると嵐もおさまった。
余りに突然の嵐。そして稲妻を纏う獣。その上、天を舞う龍。信じられないことが連鎖し、理解力が追い付かずに呆然として立ち尽くす。数分、それとも数時間だろうかただ無意味に時間が過ぎていくなか、不意にやわらかな声で
「アオイ、大丈夫?」
「村長?」
「急に嵐が来たけど、すぐにどこかに行っちゃったし、宴会開くよ!」
嵐はとてつもないものだったか、僅か数分のこと。幸い、大した被害はなかったようで村長の言葉通り、宴会が開かれた。
ナイトさんの店にて、たくさんの料理が振る舞われる。入りきれなかった人は店の外に椅子とテーブルを並べ、騒ぐ。
村長は二人がハンターになって帰って来たことを皆で祝うための宴会。と言っていたが、今は店の外でミドリとひっそりと料理に舌鼓を打つ。
「私達、主役なのにね」
「皆、騒ぎたいだけだもん。いつも通り」
ミドリは苦笑いをし、こんがり肉をフォークで刺す。狩り場で作るような単純なものではなく、恐らくさまざまの工夫をこらしてあるであろうこんがり肉。こちらの皿にのっていた最後の一切れを口に運び……
「ちょっミドリ! 人の楽しみを……」
「美味しい」
頬張った。ミドリは満面の笑みになった。そして
「これで昨日のことチャラね」
ミドリはそう言い、こちらの皿にあったこんがり肉も食べた。
宴会は日が暮れても続き、月が真上までのぼったきたころにお開きとなった。ミドリは料理を食べた後、「お腹いっぱい……」と呟きながら早々に家に戻ったのでもう寝ているだろう。風呂は既に沸いていたので冷めないうちに入り、ベッドに入った。
最近忙しい、でも楽しい。霞んでいく意識の中そう思い、眠った。