モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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いつもより長めです


五十三話 表と裏

「どこに行ってたの?」

 

 

 ルルド村に帰ってきた。飛行場にはフラムとルーフスが待ち構えていて、第一声がこれだった。

 

 

「リオレウス狩りの付き添いしてた」

 

 

 付き添いと言っても僕は殆ど何もしていない。せいぜい、急に眠ったマリンさんを運んだくらいだ。

 でも、そのことを知らない二人は目を丸くして驚いている。

 

 

「リオレウスって星五つで空の王者で赤くて格好いいあれだよね?」

 

「うん」

 

「アオイ、本当?」

 

「いや、僕はただ居ただけで狩りをしたのはマリンさんなんだ」

 

「なんだ、そゆこと。……半日しか経ってないのはどういうことなの?」

 

 

 往復時間を含めて半日しか経っていない。普通なら異常なのだが、弾幕を見た後だと必然にも思える。

 

 

「一人でリオレウスをこんな短時間なんて無理じゃ」

 

「地形が良かったからねー」

 

 

 マリンさんがフラムの言葉を遮りながら会話に入ってきた。本当に何でもなさそうか表情だ。当然か。

 

 

「リオレウス程度なら大したことないんだよ。私が苦戦するとしたら……三つほど上かな?」

 

「リオレウスの三つ上……? 例えばどういうの?」

 

 

 ルーフスが食いついた。フラムと心なしか目を輝かせている。リオレウスの危険度は5。古龍やそれに匹敵するモンスターの危険度が8。マリンさんってもしかして途方もなく強い?

 

 

「イビルジョーっていうウリ科の野菜みたいな形の凶暴なモンスター。生態系を蹂躙するって言われているの」

 

「あ、知ってる。確か大型モンスターも襲って食べちゃうんでしょ?」

 

「うんうん。なんでもかんでも、生き物なら、ね」

 

 

 マリンさんは顔を上げた。見上げた空は星が散らばっていて、欠けた月が寂しげに浮かんでいた。

 

 

「イビルジョーを狩猟したことが?」

 

「あるよ、一回だけ。あ、流石に単独ではないからね」

 

「どんな感じだったのっ?」

 

 

 フラムが声を弾ませてマリンさんに迫る。目を輝かせるってこういうことなんだな。すごくキラキラしてる。

 それに対してマリンさんは光のない目で言った。

 

 

「私の他にランス使い、ハンマー使い、片手剣使いがいて、その三人と狩りに行ったの」

 

 

 フラムがうんうん、と相づちを打ち、ルーフスがふむ、と唸った。

 

 

「攻撃を始めてから……一時間後くらいかな。片手剣を使ってた子の左腕が踏み潰された。その子と恋仲だったハンマー使いの人が逆上して突撃して、攻撃を受け止められて上半身を食いちぎられた。片手剣の子はネコタクに運ばれて、なんとか一命をとりとめたけど、ハンマー使いは即死だった。で、私とランス使いの人だけが残った」

 

 

 フラムの勢いが消え、ルーフスが息を飲んだ。

 断片的な情報だけでもなんとなく分かる。イビルジョーを狩りに行く、ということは少なくともリオレウスを討伐できる実力者なのだろう。そんな人達がおそらく、些細なミスで腕を潰され、冷静さを欠いて即死した。

 息を吸うことも忘れ、マリンさんの話に耳を傾けた。

 

 

「イビルジョーを巣まで二人で追い込んだんだけど……最後の最後でランス使いの人が盾ごと壁に押しつけられてそのまま圧死させられた」

 

 

 マリンさんは酷く自嘲的な笑みを浮かべた。

 

 

「私はその隙に撃ち続けて……なんとか討伐できた」

 

 

 虫の音が聞こえた。寂しく儚い音が響く。

 

 

「あ、ごめんね、重たい話をして。でもハンターなら……特に二つ名があるハンターは皆、体験してると思うよ。自分を除くパーティの殆どが壊滅した経験の一つや二つくらい」

 

 あはは、とマリンさんは笑う。二つ名のある人がパーティが壊滅したことがある……じゃあメリルも、もしかしてあるのかな。あんまり聞くことではないけど。

 考えている内に思いついた。思い至ったというべきか。

 

 

「パーティが壊滅しないと二つ名はもらえない?」

 

「飛躍しすぎ。それに強い人皆に二つ名がついているとは限らないし、パーティ壊滅ってのは場数を踏む内に起こりえること。二つ名は……」

 

 

 マリンさんは歩き出した。

 

 

「誰かの印象に残る狩りをした人につけられる。気がつけばついている、それだけのものだよ」

 

「へぇ、私も欲しいなー」

 

「フラムにはもうあるじゃないか。爆弾魔とか」

 

「そういうのじゃなくて、もっと格好いいのだよ!」

 

「それを言ったらアオイ義兄さんもトリガーハッピーとか言われてたじゃない」

 

「ルーフスもね」

 

 

 狂戦士だっけ、バーサーカーだっけ。まぁいいやどっちでも。あだ名にまつわる色んなことを思いだし、フラムとルーフスと懐かしがっていると。

 

 

「……三人は訓練所で何をしてたの?」

 

 

 マリンさんは苦笑いを浮かべてため息をついた。

 

 

   ○ ○ ○

 

 

 マリンさんの誘いでナイトさんのところに来ることになった。

 重たい話のお詫びに飲み物を奢ってくれるという。

 たかが飲み物、といってもナイトさんのところでは料金が予想外に高いものもあり、最高の気分になった後、月末に青冷めることも珍しくない。

 

 

「いらっしゃい。マリン、早かったね」

 

「こんなもんだよナイト。あんな小さい子に依頼されるなんて思ってもなかったけどね」

 

「ルナは竜人族だから。あ、三人ともいらっしゃい」

 

 

 ナイトさんは本を閉じながら、椅子から体を起こした。

 客はすでにいない。本当なら既に閉店時間だからだ。閉店の文字を無視した時は驚いたけど、待ち合わせをしていたのか。

 

 

「そういえばリオレウス狩猟の依頼受けた時、やけに村にいるハンターが活気づいてたけど何があったの?」

 

「報酬金が高い採集依頼がたくさんあるからかな。ルナが豊作祭に備えて食べ物を各地から集めるために割り増しにしてる」

 

「どれくらい増えてるの?」

 

「普通の倍くらいになってるんじゃないかな」

 

 

 ナイトさんは苦笑いしながら言った。……相場の二倍になったら飛竜の卵の納品なんかは飛竜の討伐報酬を越えるし、安全な採取依頼がちょっとした討伐依頼より高くなるのか。

 

 

「でもまたなんでそんなに暴騰してるの? 村のお金大丈夫なの?」

 

「今回の採取依頼、行く直前にルナからついでで、お願いをされるからね」

 

「どんなお願い?」

 

「ロイヤルハニーを採るついでにハチミツを二ダースほど持ってきて、とか」

 

 

 この量の蜂蜜を普通に買おうとしたら大体1000ゼニーくらいだったような。……採取依頼の報酬が二倍でも割りに合わないのは気のせいかな。

 

 

「……悪い商売だ」

 

「美味しい話には必ず裏があるんだよ」

 

 

 ナイトさんはにっこりと笑い、いつの間にか取り出していた酒瓶の栓を抜いた。

 柔らかい甘さの匂いがぱっと広がった。

 ナイトさんはそれをワイングラスに注いだ。オレンジ色の明かりに照らされ、艶やかに光るグラスを濃い紫水晶色の液が満たしていく。

 ナイトさんは更に幾つか瓶を取りだし、琥珀色や黄玉色の液を追加で注いだ。

 最後に先端が球になっているガラスの棒……マドラーって言うんだっけ……で中身を軽く混ぜ、マリンさんに差し出した。

 マリンさんはそれをごく自然に取り、僅かに傾けてカクテルを少しだけ飲んだ。

 

 

「凄く甘い。あと熱い。辛い。……見かけによらず、すごいの作るんだね」

 

「喜んでもらえて嬉しいよ。あ、三人も飲む?」

 

 

 マリンさんの感想を聞く限りじゃお酒にしか見えないんだけど。僕にはまだ早いんじゃないかな。

 

 

「飲みたい!」 

 

 

 フラムが手を挙げて言った。ナイトさんは楽しそうな表情で……マリンさんに作ったものと少し違う分量でカクテルを作った。

 フラムは受けとると持ち上げて光にかざしたりして、少し眺めた。

 

 

「結構少ないんだね」

 

「フラム、ゆっくりと飲むんだよ?」

 

「姉さん、知ってると思うけど、一気に飲んだら駄目なんだよ?」

 

 

 フラムはむっとした様子だった。知ってることをわざわざ言われてうんざりしているように見える。

 フラムはグラスをそっと唇に近づけた。

 

 

「んっ」

 

 

 そのまま、一気にあおった。

 

 

「あっ」

 

 

 止めようとする。だが、とっくに手遅れ。僕が立ち上がったときには、こくっと喉を鳴らしていた。

 フラムは満足そうにグラスを置いた。……確かこういうお酒って十五分とか二十分くらいかけて飲むものじゃなかったっけ。

 フラムの頬が徐々に高揚し、目線がしっとりとしたものになる。普段の子供っぽさは危うげで庇護欲をそそられるような雰囲気に昇華し、色気が感じられた。

 ……フラムって多分黙っていたら美人に見えるんだろうな。

 

 

「アオイ~このお酒ね、美味しかったよぉ」

 

 

 もう酔いが回ったのか口調が拙い。

 いや近い近い。フラムの両肩を両手で押すが、押し返してきて距離を離せない。体が少しずつ仰け反っていくが、足を一歩後ろに出して耐える。

 

 

「焦れったいなぁ」

 

 

 背後からルーフスの声がした、と思ったら両足を払われた。

 バランスを崩して、というかフラムに押し倒されるような形で地面に倒れこんだ。

 フラムの顔がすぐ目の前にある。濡れた瞳や潤った唇が間接照明に照らされ、妖しく見えた。

 

 

「不可抗力だから仕方ないね」

 

 

 ルーフスがわざとやってるんじゃないかと疑うほどの棒読みで言った。後でチェスで十連敗くらいさせてやろうか。上手く釣って、勝てそうだと錯覚させて徹底的に勝負してやるっ。

 現実逃避じみた思考をしている内にフラムが体を起こし、馬乗りのような体勢になる。……なんか変な気分だ。脱出しようにもフラムが下腹部あたりに跨がっているせいで殆ど動けない。

 

 

「ここは食べ物を食べる場所なんだけど」

 

 

 ナイトさんが冷めたトーンで言った。それを聞くなり、ルーフスがフラムを持ち上げて立たせた。僕も重圧から解放されたので立ち上がる。

 

 

「ごめんなさい、これからは家でやります」

 

 

 ルーフスが真顔で言った。

 

 

「いや、家でもやらないから」

 

「そうかい。あ、ルーフスくん、言ってくれれば今からでも宿を手配するよ」

 

「ナイトさんものらないで下さい」

 

 

 ナイトさんはとても楽しそうだった。一方でマリンさんも酔いが回ったのか顔を高揚させている。

 

 

「隣の部屋にカップルが泊まっている気分」

 

 

 ボソっと何やら呟き、一口目より少々多めにカクテルをあおった。

 

 

「アオイ、勘違いしてるみたいだけど瓶に入ってるのワインじゃなくてジュースだよ?」

 

「でもマリンさんが酔ってますけど?」

 

「ぶどうジュースにアルコールを入れてもらったの! ほら、分かったらここに座る、飲む!」

 

「は、はぁ……」

 

 

 まくしたてられた。フラムとは違う酔い方なのか、威勢がよくなってる。

 ナイトさんは暫定ぶどうジュースが注がれたコップを僕の目の前に置いた。いつ注いだの……。

 椅子に座る。隣にルーフスが座る。フラムは座らされて虚ろな目で虚空を見つめている。

 やっぱり静かにしていると整った容姿が引き立つ。

 そんな思考を読み取ったのか、マリンさんが僕の肩をつつき、言う。

 

 

「可愛らしい子だねー。アオイくん、この年なら彼女の一人や二人、作っちゃいなよ」

 

「あはは、まだ遠慮しときますね」

 

 

 作り笑いでかわすと今度はルーフスに肩をつつかれる。

 

 

「遠慮なんてしてたら一生できないよ? 大丈夫、姉さんはチョロくて一途で執念深いから。それに両親への許可は実質僕が持っているようなものだから」

 

 

 ジュースを口に含み、飲み込む。執念深いのか……。ありったけの棒読みで何かを返そうと考えているとルーフスの表情がよく見えた。飲み物を飲んで頭がひんやりと冷静になったのか、糖分が頭に回ったおかげかは知らないが、よく見えた顔はとても無機質で自嘲的だった。

 その自嘲の瞳にいつかのフラムが重なる。

 

 

『私はルーフスがハンターを止めたいって言ったらどうするべきだと思う?』

 

 

 僕は、フラムにパーティを組もう、と答えた。でもそれはフラムのみへの答えだ。あの質問はフラムがルーフスに対して何をすべきか、というものだったのでは、と今さら気付く。

 

 

「アオイ義兄さん? ……どしたの?」

 

「ん、いや別に」

 

 

 どうしようか、聞いてみようかな。でも本当はハンター業をやりたくない、とか言われたらどうしよう。

 視線をコップに落とす。一口飲んだはずなのにどんな味なのか全く分からない。

 

 

「そーんな暗い顔してどうしたのー?」

 

 

 禁断の恋にでも目覚めちゃったー、とマリンさんが軽い口調で聞いてくる。一口飲む度に酔っていくのかこの人は。……こんな調子を見てたら悩んでいることがバカらしくなってくる。意を決して息を吸うと横槍を刺される。

 

 

「ハンター生活の悩み事ならお姉さんに何でも聞いてみ?」

 

 

 生憎、夜事情のご相談は受け付けてないけど、と舌を出しながら付け足した。睡眠には悩んでいないので相談事もなかった。

 

 

「僕はないです」

 

「ほうほう。アオイくんはないんだね?」

 

 

 マリンさんは楽しそうに体を前に傾けルーフスに視線をやる。ルーフスは目を丸くしたあとはにかんで答えた。

 

 

「僕もないです」

 

「へぇ。――本当にそうかい?」

 

 

 ナイトさんが眉一つ動かさずに即座に聞いた。ルーフスの表情が固まる。

 それを見てニヤリと笑い、ナイトさんはおもむろに金色のコインを出し、右手に持った。

 視界の端でマリンさんが結果が見えた、と言わんばかりに目をつむった。

 

 

「お酒の席で嘘は良くない……って言おうとしたけど君はお酒は飲んでいないからね。このコインでコイントスをして決めないかい?」

 

「じゃあ表に賭けます。その代わり」

 

 

 ルーフスが八重歯を剥き出しにして獰猛に笑う。

 

 

「ナイトさんにも何かを賭けてもらいますよ」

 

「面白いね。このコインはこっちが表だ。よく覚えておいてね」

 

 

 コインの表には女の子が描かれていた。……この子どこかで見たことがあるな。

 ナイトさんは左手に持っていたコインを右手に乗せ、親指で真上に弾いた。

 重厚な金色のコインが明かりに照らされ、輝きながら宙に舞う。やがて重力に負け、コインはナイトさんの手のひらに落ちた。

 ナイトさんはそのまま潔白を証明するかのようにルーフスに手を差し出した。コインには川が描かれていた……裏だ。

 

 

「残念だったね」

 

「……むぅ。分かった話すよ」

 

 

 ルーフスはジュースを口に含み、飲み込んだ。

 そしてため息まじりに話し始めた。

 

 

「結論から言うと僕はハンターを止めるつもりはない。信じてくれる?」

 

「信じるよ。ルーフスが嫌々狩りをしているようには見えないし」

 

 

 なんなら嬉々として斧を振るってるまである。

 

 

「二人が温泉でしていた話を聞いたって言ったとしても?」

 

 

 

 

「アオイ義兄さんと姉さんが温泉でどんな風にくんずほぐれつしているのか、聞き耳を立てていたら聞こえてきたんだよ」

 

「やっぱり仕組んでいたのか」

 

「べ、別にいいじゃん。まぁ予想は裏切られたけど」

 

 

 ……あれ、ルーフスはなんでわざわざ盗み聞きをしたことを今言ってきたんだ? これを聞いたら僕はルーフスがその後の狩りで演技をしていた可能性を考えてしまう。あたかもルーフスは不満がなさそうに演じていた、と。

 

 

「言う必要のないことだったんだろうけど、お酒の席だからね。それにこれを言わないのは僕が気に入らない」

 

 

 ルーフスは苦笑いをしてナイトさんを見た。ナイトさんは何も言わない。

 

 

「まぁ、うん。言うタイミングが中々なくてね。コイントスに負けて良かったかもしれない」

 

「ルーフスくん、君は僕に何をさせようとしたんだい?」

 

「知識を教えてもらおうかな、って。料理は美味しいし、観察眼や手際の良さもすごいから」

 

「へぇ。そうだったのか」

 

 

 ナイトさんはそっと微笑み、カウンターから出てきた。僕達のところまで歩いてきて、マリンさんの横に座った。

 

 

「色の三原色の話は覚えているかい」

 

 

 ……あ、あれか。二人が訪ねてくる直前に話してたっけ。三つの色から全ての色が作れるっていう話。

 

 

「君らの髪の色がちょうどその原色三つなんだよ。青色、黄色、赤色、ってね。三原色と同じように君達三人なら何者にでもなれるのかもよ。このまま一緒に狩りを続ければ」

 

 

 こんな飲んだくれの英雄さんくらい強くもなれるんじゃないかな、とナイトさんはマリンさんに自分の上着をかけた。

 

 

「今日はもう遅い。アオイもルーフスもフラムを連れて帰るといい」

 

「分かった。マリンさんはどうするの?」

 

「ここに泊めるよ。あ、明日の朝、来るといい。面白いものを見せられるかもしれない」

 

「……程々にね。ナイトさん、お休みなさい」

 

「あぁ、お休み」

 

 

 フラムの側まで歩き、頬をペチペチと叩く。するとフラムは眠そうに目を開け、ぼんやりと立ち上がった。寝惚けと酔いのせいでフラフラのフラム。……ごめん。

 

 

「帰るよ、フラム」

 

「うん……」

 

 

 ちょこん、と僕の手を摘まんだ。思わず顔を見ると可愛らしく首をかしげてた。頬はまだほのかに赤く、庇護欲をそそるような瞳をこちらに向け、柔らかそうな唇はほんの少しだけ楽しそうだ。

 心臓がなぜか強く早く動く。落ち着かないと。相手はフラムなのに。

 

 

「アオイ義兄さん、早く出ようよ」

 

「うん」

 

 

 扉を開けているルーフスの横をささっとすり抜ける。無心であろうとしたが、フラムに弱々しく手を握られているせいか、無理だった。

 もうフラムずっと酔っていたらいいのに。

 

 

   ○ ○ ○

 

 

「行ったよ。聞き耳を立ててもいない」

 

「聞き耳を立てられて困るのはあなたの方でしょ」

 

 

 私はカクテルを一息で飲み干した。強くて甘いお酒だけど、この程度じゃ私は酔えない。

 

 

「悪いね、安いお芝居をさせて」

 

「別に。それよりあの二人の親がギルドナイトって本当なの?」

 

「少なくともなんらかの諜報の仕事をしているのは間違いない。で、どうするんだい?」

 

 

 ナイトは意地悪な笑顔をこちらに見せてきた。ナイトはたぶんおおよそのことを把握している。

 例えば、大型モンスターが大量に討伐されている事件。生態系が崩れて、小型肉食獣が大量繁殖し始めていることとか。

 

 

「知っておいて損はないでしょ? 本当に厄介なのは大型モンスターなんかより膨大な数で攻めてくる小型モンスター。乱獲魔がどこにいるか把握しておけば危険な狩場にいかなくて済むし」

 

 

 こういう情報は本来は公開されるはずなのだが、犯人を消しにいったギルドナイトが逆に消されたことでギルドの信頼を損ねる可能性がある、とかして公開されなかった。

 

 

「で、あの二人を通してギルドナイトにちゃちゃっと情報を教えてもらおうと近付いた、と」

 

「うん。外堀を埋めようかと思ってアオイに近付いてみたけど……なんていうのかな」

 

「アオイがどうかしたの?」

 

「あの子の雰囲気が過去に何十頭もの古龍を屠った英雄に似ているんだよ」

 

「アオイが英雄だって?」

 

 

 この子が? とナイトは私に後ろの絵が見えるように動いた。

 そこには儚げで可愛らしい少女の寝顔の絵があった。

 

 

「ぷっー!」

 

「可愛く描けているだろう?」

 

 

 ナイトが描いたのか。というかアオイがモデルだったんだ……ふふっ。

 駄目だ、笑みの形が崩れない。真面目な話のつもりなのに、つもりなのにっ!

 

 

「そうだ、あの二人を利用するのは無理だよ。二人とも両親と一切連絡をとっていないからね。もしかしたら連絡先すら二人は知らないかもしれない」

 

「えぇっ! それは残念」

 

 

 情報を得られないのか。とりあえずしばらくは商隊の護衛みたいな依頼は受けられないね。小型モンスターが多いってことはそれだけ護衛が大変ってことだし。

 

 

「残念なわりには楽しそうだね」

 

「代わりに良いもの見れたから。楽しみだねぇ」

 

 

 メリルがわざわざ子供を一人鍛えている理由が分かる。ポテンシャルが花開く様子を間近で見るのは絶対に楽しい。アオイくんも今日一日だけで何か変わったのを私も感じられたし。

 

 

「ナイト、もう一杯同じのをちょうだい」

 

「かしこまりました」

 

 

 私は最高の気分でカクテルを飲み続けた。ひたすら熱く、絡みつくように甘く、はっとするほど辛い酒。

 ゆっくりと微睡んでいく視界には、ナイトの悪戯っ子みたいな笑みが写っていた。

 

 

 


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