モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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五十二話 嵐雨

 

 

 

 

「アオイくん、ちょっと崖の先に行ってリオレウスの来るタイミング測って」

 

「はい」

 

 

 ……あれ、今からすることってとても危ないことなのでは。怒ってるリオレウスが全速力でここに飛んでくるんだよね? あ、よく見たら遠くに赤い点みたいなのある。

 リオレウスの影は徐々に大きくなった。距離は……。大きくて距離感掴みにくいなぁ……。

 

 

「あと十、九、八、七……」

 

 

 リオレウスの輪郭が鮮明になっていく。大きな翼が力強く羽ばたき、甲殻は堂々とした重厚な赤色、眼差しは鋭くて熱い。

 

 

「六、五、四……あぁ、もう逃げるっ!」

 

 

 めっちゃ怖い。リオレイアが血眼でこちらを睨み付けてくる。正直それだけで足が動かなくなりそうだ。

 慌てて後ろに逃げながら心の中で三、二、と数えていく。一、と数えた直後、銃声が連続で鳴った。

 

――ゼロ。

 

 全部で九発の銃声が響き、その弾丸が様々な方向から同時にリオレウスの頭部に叩き込まれた。それだけでは終わらなかった。直撃して跳弾した弾丸が地面や岩壁に散り、もう一度リオレウスに戻っていった。

 空中でバランスを崩すリオレウスの全身に弾丸が突き刺さる。

 マリンさん新しく弾を装填し、狙いを一瞬で定めた。

 もう一度、銃声が響く。マリンさんの撃った弾はリオレウスの翼や岩壁に当たり、跳弾して無数の弾丸が右脚を撃ち抜く。一部の弾は更に跳弾し、リオレウスのもう片方の脚に刺さる。

 

 

「あは、あはははは!」

 

 

 なんだこれ、弾丸の一つ一つがまるで意思を持っているみたいだ。空の王者で狩人達の憧れのモンスターをいとも簡単に、手玉にとってる。銃声や着弾音は演奏のようで、弾道や血飛沫はアートのようにすら思えた。

 再び銃声が鳴り、翼爪が吹き飛び、頭殻が砕け、腹部に血の珠を浮かび上がらせる。

 これが、二つ名持ちの狩りで、更にまだ上がいると?

 

 

――僕もここまで強くなれば、誰かを守れるのか?

 

 

 脳の中で何かが溶けたような気がした。

 

 

「アオイくんっ、攻撃を!」

 

 

 今度こそ我にかえった。

 レベル2通常弾を装填し、二波目の射撃で脚を刈られて立つのに失敗したリオレウスの頭部に撃ちこむ。

 マリンさんもリオレウスの頭部に弾丸を撃ちこんでいた。跳弾していないということは弾を変えたのか。

 

 弾倉二回分の射撃をしたところで、リオレウスが起き上がる。視線は濃縮された殺意を撒き、口からは怒りを具現化させたような炎が吹き出る。

 リオレウスは頭を持ち上げ、大きく息を吸い、鼓膜が破れそうなほどの大音量の咆哮をした。

 空気が震え、地べたから粉塵が舞った。ちらっとマリンさんを見ると、彼女も耳を塞いでいた。それを見て同じ人間なんだな、とか思ってしまう。

 咆哮が終わると、リオレウスは大きく翼を持ち上げ、背後に飛んだ。それと同時に、マリンさんに火球を吐いた。

 太陽を思い起こすような炎の塊がマリンさんに迫る。

 マリンさんはその下をくぐり抜けて、リオレウスの口元に一発弾を撃った。目を凝らすと着弾した瞬間、粉末がリオレウスの顔に付着したのが見えた。

 リオレウスはもう一発、ブレスを撃とうとした。

 瞬間、炎が急にリオレウスの顔を包み、爆ぜた。

 リオレウスは再び、地面に叩きつけられた。地に落ちたリオレウスの瞳は激しい憎悪に当たり染め上げられていた。

 爆破弾に切り替えていたらしい。

 

 

 

「閃光玉投げたら、しばらく攻撃を控えてね」

 

「了解」

 

 

 どうしてかは知らないけどとりあえず従っておけばいいのかな。……僕がいてもいなくてもマリンさんは負けないだろうし。なんならいない方が良いくらいのはず。

 リオレウスが起き上がった瞬間、マリンさんは閃光を投げた。僕は咄嗟に腕で目を覆い隠した。その直後、光が世界を白く飲み込んだ。

 

 残光が目を霞ませる。徐々に回復する視界の中でマリンさんが動いていた。

 マリンさんはリオレウスの周りを時計回りに動きながら、弾丸を撃ち込んでいる。岩壁や地面を利用して様々な角度からリオレウスの全身に弾幕を浴びせていた。

 リオレウスは銃声のした方向にブレスを撃つが、動きまわるマリンさんには掠りもしない。

 弾幕が収まらないことから手応えがない、と感じたのかリオレウスは周囲を尻尾で凪ぎ払ったり、威嚇をし始めた。

 僕に攻撃を控えるように言ったのは僕に向かってブレスを撃たせないためなのかな。弾幕を全方位から叩き込んでいるのは錯乱させるため?

 ……あれ?

 マリンさんのライトボウガンにはレベル3通常弾が九発入るようだが、一人で弾幕を張るにしてはちょっと心許ないはず。

 弾道を目で追った。弾丸はリオレウスの首もとに直撃し、上に跳ねた。そして、空中で唐突に軌道を変え、もう一度リオレウスに着弾する。それから横に跳び、翼幕に穴を開けた。……あぁ、もうまさかね。

 弾丸同士を当てて跳弾を引き起こしている?

 跳弾し終わって弾き飛ばされた弾に跳弾を残した弾が当たってまた戻ってきたり、跳弾した瞬間別の弾に当たって二つとももう一度リオレウスに着弾したり。

 

 

「もう、滅茶苦茶だよ……」

 

 

 僕の嘆くような声にマリンさんはひたすら弾を撃ちながらこちらにちらっと目配せをしただけだった。

 表情はとても無機質だった。

 

 リオレウスは弾幕に晒されている内に視力が戻った。リオレウスの瞳には怒りではなく、怯えのような感情がこめられている。リオレウスは唐突に崖に向かって走っていった。

 マリンさんはそこで攻撃の手を止めた。

 リオレウスは崖から落ちた。……まさか自殺?

 そう思って崖側に近寄ると、リオレウスは翼で空気を押し退け、猛スピードで飛んでいった。

 どうやら、上に飛んで逃げるのは危険、と判断したらしい。

 

 

「逃げられたね」

 

 

 マリンさんの朗らかな笑みが無機質な表情を見た後だとずっと豊かに見えた。

 

 

   ○ ○ ○

 

 

「とりあえず先回りしてアプトノス殲滅するよ」

 

「あ、はい」

 

 

 マリンさんが武器をしまい、走りだした。僕も慌ててその後を追いかける。

 足には自信があるつもりだったんだけど、マリンさんに追い付けない。距離を保ったままエリアを出て、人の身長より高い段差を跳び、着地と同時に前回り受け身。減速した分を二歩で取り戻す。

 

 

「気にしないでっ」

 

 

 左手の方向でジャギィが反応したがマリンさんの声を聞いて無視して進む。

 マリンさんは体を大きく斜めに傾けて最短距離で曲がり、僕も最短距離を心がけたが、わずかに膨らんだ。

 曲がった先にある坂をかけ登ると明るいエリアに出た。二つの平地を狭い道に挟まれていて、一本の浅い川が平地と道に流れている。

 僕たち二人が出てきた広場と逆側にアプトノスの親子がいた。二匹しかいないのは珍しい気がする。

 

 

「左のをやって」

 

 

 マリンさんはそう言いながら武器を出し、川の上を上手く滑りながら弾を装填し、アプトノスに撃ち込んだ。

 同時、僕はメテオキャノンを背中から出しつつ振り、その勢いで組み立てながら走っていた勢いを殺す。

 マリンさんの撃った弾丸がアプトノスの頭部に風穴を開けた。僕の撃った弾はアプトノスの首もとを撃ち抜いた。

 

 

「なんで撃ったんですか?」

 

「後で話すー。あ《スーパーノヴァ》だっけ、装填しておいてね」

 

「了解」

 

 

 なんでこの弾を持っていること知ってるんだろ。まぁいいか。ポーチから異様に重い弾を出し、装填する。

 マリンさんに促され物陰に隠れる。たぶん、隙を作るから撃て、ということだろう。

 マリンさんはポーチから何か袋を出して、アプトノスの死体の上に置いた。

 そして、僕の傍で座った。

 

 

「もうちょっと詰めて? 見つかったら食べないかもしれないし」

 

「はい」

 

 

 ……いや、近い。肩と肩が触れあう距離、とかそんな距離じゃない。両手を肩に置かれていて、後頭部が幸せだ。でも体重をかけられているから、自重と合わせて支えている右手が辛い。

 

 

「辛い?」

 

「もうちょっとこのままで」

 

「男らしいねぇ」

 

 

 皮肉に聞こえる。気にしないでおこう。

 

 

「本当にここにくるんです?」

 

「来るよ。他にアプトノスは見なかったからお腹を空かせたら絶対ここに来る」

 

 

 かわいそうなリオレウス。巣から追いたてられて、食べ物もなくて、やっとの思いで見つけた餌は罠つき。……ところでどんな罠なんですかね。

 

 

「音がする。伏せて」

 

 

 言葉では促しているが、行動としては押されて倒されている。全く動けないんですけど……。

 翼をはためかせる音が聞こえる。初めてリオレイアからこの音を聞いたときはとても怖かった。今も怖い。

 地面に縫い止められているような重圧がある。物理的にも精神的にも。

 着地の音が聞こえた。川のせせらぎの中に足音や息づかいが混じる。

 少しだけ間をおいてからマリンさんはおもむろにライトボウガンを取りだし、素早く一発撃った。

 

 ……重圧が解けた? 張り巡らされていたプレッシャーが一気に鎮まったように思えた。

 マリンさんが立ち上がった。それにつられて僕も立ち上がる。目に入ったのは寝息を立てて眠っている空の王者だった。

 

 

「なにしたんです?」

 

「さっき置いた袋は昏睡袋。睡眠毒の粉末が入ったモンスターの臓器ね。それを撃ったの」

 

 

 モンスターの毒袋や睡眠袋に麻痺袋などには粉末が入っている。モンスターは唾液とかにそれを溶かして吐きかけてくる。

 マリンさんの場合は口元で粉末を舞い上がらせることで吸い込ませたのではないだろうか。剥ぎ取った素材をそのまま狩りに使うのは勿体ないのでは。まぁいいか。

 ……そういえば昏睡袋って言ってたな。普通の睡眠袋より強力なものだったのか。しばらくは真似できそうにないな。

 

 

「私が合図したらそれを撃ってねー」

 

「了解」

 

 

 マリンさんに言われ、すぐに抜刀して照準をリオレウスに合わせる。

 マリンさんはリオレウスの背後に陣取り、手を上げた。

 

 

「どうぞ」

 

 

 その言葉に頷き、腕に力をこめ、引き金を引いた。

 砲身が熱く輝き、メテオキャノンから膨大な質量が放たれた。

 弾が大きいせいか火球はゆっくりと進んでいるように見える。めらめらと燃えながらリオレウスに近付いていく。

 リオレウスの背中に当たり、火球の表面が破れ、中から莫大なエネルギーが噴き出した。

 強力な熱と圧がリオレウスを包み込み、甲殻や鱗を削り、砕き、吹き飛ばした。

 炎が晴れるとリオレウスがこっちを見ていた。というか目が合った。

 

 

「グオオオッ!」

 

「ひっ⁉」

 

 

 リオレウスが突進してきた。咄嗟についさっきまで隠れていた洞窟に転がり込み避ける。

 後ろを振り向くとリオレウスが横切っていく途中だった。

 リオレウスはすぐに立ち止まり、こちらに振り向こうとした。その時だった。

 銃声と同時に光色の尾をひく弾がリオレウスの脚を撃ち抜いた。横殴りの雨みたいに無数に飛んできた弾はおそらく《ラピッドヘブン》だ。こんなに弾数多かったっけ? まぁいいや。

 リオレウスが転倒すると、畳み掛けるように銃声が響いた。

 今度はレベル3通常弾だった。ただ、最初みたものとの弾幕の密度は桁違いだった。

 今リオレウスがいる場所は比較的狭い場所だ。だから跳弾した弾の軌跡が一度に複数見える。

 地面や壁に着弾するたびに飛沫を起こし、リオレウスを血で濡れさせていく。

 立ち上がろうと力をこめた足は弾丸がズタズタに撃ち抜いていき、反撃はおろか、行動を許さない。

 対象を地面に縫い止めるがごとくの弾幕はまさにマリンさんを《嵐雨》と呼ぶ理由を証明していた。

 

 マリンさんはレベル3通常弾をある程度撃ったところで調合、装填、射撃を恐ろしささえ覚える速度でこなしていた。空中でカラの実に中身が詰め込まれ、そのまま流れるように弾倉に入っていく。

 調合をするようになってから射撃間隔は延びはしたが、その状態で、少なくとも僕よりずっと早い。

 

 

 二百発は撃ったのではないだろうか。気がつけばボロボロになって横たわるリオレウスから目の光が消えていた。

 まだ生きているが、それだけだ。マリンさんは弾丸をレベル2通常弾に切り替え、リオレウスの脚をひたすら撃ち抜いた。

 

 

「モンスターを瀕死にしても油断はしない」

 

 

 片足が皮一枚で繋がっているような状態になった。リオレウスはもう立ち上がることはできないだろう。

 

 

「私の使っている武器が強力だから短時間で終わっているだけで、あなたが同じ事をできたとしてもたぶん時間は大きく変わると思う」

 

 

 マリンさんは弾を切り替えた。そして一発だけ撃った。

 貫通弾だったのか、リオレウスの体内に入り込んでいった。角度を見るに頭部を狙ってたようだ。

 リオレウスはついさっきまでもがくように動いていたが糸が切れた操り人形みたいに崩れるように倒れた。

 ……討伐、したのか?

 まるで僕は何もしていない。だから討伐した実感がない。でもリオレウスは動く気配を全く見せない。

 

 

「何もかも理不尽に見えた? でもね、二つ名を持つような人達はみんなこうなんだよ?」

 

 

 マリンさんは挑戦的に嗤った。『どう? あなたもここに来る?』とそう見える笑みだ。

 

 

「たまらないね」

 

 

 僕はありったけの苦笑いとため息を表にだしてそう言った。

 マリンさんの行動と言葉に人の可能性を感じた。

 一人の人間でも誰かを守れるのでは、と。

 ようやく道が見えてきた気がした。

 

 

「早くここまで来るといいよ。……メリルが期待するのがちょっとだけ分かったかも」

 

 

 マリンさんは笑顔でそのまま目を閉じ――倒れた。

 

 

「えっ、あ、マリンさん?」

 

 

 慌てて抱き起こすと、寝息を立てていた。えっと疲れたのかな?

 

 僕は頑張って武器ごとマリンさんを抱えてベースキャンプまで歩いた。

 気持ち良さそうに眠る寝顔は年頃の少女といった感じでとてもリオレウスを屠ったとは思えなかった。

 

 ほんとうに、たまんないな。

 

 

 


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