モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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五十一話 突風

「ねぇ、アオイくん」

 

 

 僕達がナイトさんのところで食事していると、女性に声をかけられた。落ち着いているけど華やかさがあり、初めて聞く声だった。

 振り返ると微かに藍色が混じった黒髪の女性がいた。髪型や服装からは清潔感が漂い、首元の青色のリボンが可愛らしかった。麗しい、といった印象。

 

 

「こんにちわ。私はマリンといいます。アオイくんで合っているよね?」

 

「そうですけど」

 

「じゃあ、ちょっと狩りに行きましょ?」

 

 

 マリンさんは僕の腕をとった。ふわっと優しい香りがして、柔らかいものが肘にあたり、頬が熱くなるのを感じた。この人急にどうしたんだとか思ってたら耳元でいたずらめいた声。

 

 

「いいよね?」

 

 

 反射的にうっかり頷いていた。それを見てマリンさんがぱっと笑顔を咲かせた。……なんというか。

 

 

「ちょっとアオイくんを借りていきますっ。さ、デートに行こうね?」

 

 

 フラムとルーフスのきょとんとした顔を最後に、僕は店の外まで連行された。

 扉を閉めてから、フラムが取り乱す声が聞こえたところで、マリンさんは急に僕を背負った。

 

 

「ちょっと?」

 

「あ、自分で走ります? じゃあ武具を準備して、飛行場まで来てね。あ、今から五分以内だよ!」

 

 

 マリンさんは僕を降ろしながらそう言い、僕の足が地面に着いた途端、猛烈な速度で走り出した。

 ……五分?

 

 

 

 

 人生最短の装備準備時間だったと思う。弾薬は防具に仕込まず、箱で持っていくことにした。他にも色々と時間を短縮をしたつもりだったが、マリンさんは既に飛行場に着いていた。

 

 

「遅いよー。男の子ならデートの五分前には待ち合わせにいるものでしょ?」

 

「はぁっ……はぁっ……五分、前は、ちょっと、無理が、ありますね」

 

 

 息が辛い。浅い呼吸しかできないし、心臓はバクバク言ってる。ルルド村は道沿いに歩けば快適に移動ができる。だが僕の家から飛行場に向かう時に最短距離を進めば常に上り坂だ。時折広めの水路の上を跳んだり、一段高くなっているところを登ったり、と結構ハードだ。

 

 

「言い訳はいいから。ささ、早く行くよっ」

 

 

 マリンさんに辛辣な声をかけられ、腕を掴まれる。そこで初めてマリンさんが防具を着ていることに気付く。白くて厚い毛皮をふんだんに使った暖かそうな防具だ。帽子の後ろからウサギの耳みたいで愛らしいのが伸びてる。

 

 

「細かい説明は乗ってから。道具は私が持ってきた分と支給品で間に合わせられるから大丈夫」

 

「あ、はい」

 

 

 腕を引かれるまま飛行船に乗り込むと、すぐさまプロペラが回り、火がつき、浮き上がった。

 

 飛行船が飛んだことで気付いたのかフラムとルーフスが息を切らしながら走ってきたが、もう遅い。

 ……マリンさん、まさかギルドナイトの人とかじゃないよね? いや、悪いことはたぶん何もしてないけど。この人、そもそも何なんだ? 小さい頃に知らない人に着いていくなって言われたけど正に今がその状況だな。

 昼ごはんの時間帯に誘拐するような人は早々いないだろうけど。今は暫定拉致か。

 ……あれ、僕なんでここに来たんだ?

 

 

「あー、そういえば私、名前しか話してなかったね」

 

 

 マリンさんが苦笑いしながら頬を掻いた。

 

 

「私はマリン。ライトボウガンを使う。巷では《嵐雨》とか恥ずかしい呼ばれかたしてるんだけど……知らない?」

 

「ん……」

 

 

 二つ名のあるハンターは一握りしかいない。それでも母数が母数のため、全員記憶するのは難しい。

 僕は《モンスターハンター》と呼ばれた名前を名乗らない大英雄とか、ヘビィボウガンを扱う有名どころしか知らない。

 

 

「まぁ仕方ないか。とりあえず、今から狩りに行くのはリオレウスで、場所は孤島。快適なところだよ。……で、何か質問は?」

 

 

 質問しかない。あなたはどこから来たんですかとか言う前にリオレウスを狩りにいくことが衝撃的すぎる。

 リオレウスは星五つのモンスター。リオレイアやネルスキュラより格上。空の王者の異名を持ち、人類はこのモンスターを倒すために狩りの技術を発展させた、といっても過言じゃないほど有名なモンスター。

 

 

「あの、どうしてリオレウスを?」

 

「私が素人さんを守りながら狩りをできる限界がここなの。もっと強いのだと結構自衛してもらわないといけないからね」

 

「……お強いんですね」

 

「まさか! あなた、メリル知ってるでしょ。メリル・スカーレット。メリルはね、単独でリオレウスを葬って、その足で逆上してたリオレイアも倒して、乱入してきたナルガクルガもついでに倒しちゃった、っていう逸話があるんだよ?」

 

 

 あのメリルが? 狩りの時には便りになるけど日常ではミドリにべったりのあのメリルが?

 いや、素人を守りながら戦える限界が星五つのモンスターって結構異常なことのような。

 

 

「まぁ、六年間狩りから離れていたとはいえ、たかがリオレイアに怪我させられたってのはちょっと驚いたけどね」

 

 

 あのリオレイア、じゃないの? 陸の女王がたかが呼ばわりって……。

 

 

「その反応、初々しくて良いねぇ。あ、私がメリルのことに詳しいのはね、メリルにいざという時にルルド村を守ってもらうよう依頼されたハンターが私だからだね。これから狩りに行くのはね、あなたがメリルが期待するガンナーだったからだよ」

 

 

 メリルに期待される? 僕何をしたっけ。メリルに見守られて、助けられて、庇われて、色んなことを教えてもらった。何も、してない。

 ……あれ、ルルド村を守るのはいいの?

 

 

「まぁ、あなたのどこに期待される要素があるのかは知らないけど、とりあえず私なりのお節介をさせてもらうよ」

 

 

 マリンは僕にウインクをした。……見るにはいいけど恋人にしたくないタイプに無意識に分類してしまうのはなぜだろう。

 

 

「お手柔らかにお願いします」

 

 

 急いできたせいできちんと装備できていない物を装備しなおす。そもそも弾薬をポーチにいれてすらない。 

 

 

「アオイくん、ヘビィボウガンを使うの?」

 

「まぁ、はい」

 

「ライトボウガンって聞いていたんだけど……まぁいっか」

 

 

 メリルから聞いた段階ではライトボウガンだったんだろうけどね。最近変えたから知らなくて当然か。

 少し強い風が吹いた。高所なのもあってか、ひんやりとした風が頬を撫でた。

 

 

「アオイくん、髪綺麗だね」

 

「そうなんですか?」

 

「男の子にしてはサラサラしてるよね」

 

 

 マリンさんは四つん這いで僕に近付き、髪をそっと撫でた。顔近い……。なんか良い匂いする……。

 

 

「わぁ、照れてる。可愛いっ」

 

 

 マリンさんは子供っぽく喜ぶ。フラムとは違うやり方だな……。なにか仕返ししたくなってきた。

 

 

「ねぇねぇ、アオイくんに好きな人とかいないのー?」

 

 

 あなたが好きです、とか言ったら動揺するかな。効かなさそうだな……。好きな人ねぇ。恋愛的な意味なんだろうな。訓練所でもたまに聞かれたっけ。どう答えよ。

 

 

「おぉ、考える時間が長いってことはもしかして好きな人がたくさんいて選べないとか? 罪な人ー!」

 

「はいはい、そういうことでいいです。そういうマリンさんは誰かいるんですか?」

 

「私の、好きな人……?」

 

 

 マリンさんは目を見開き、すぐに視線を反らした。……何その反応。

 

 

「あの、えっと……私の好きな人は……アオイくん、だよ」

 

「そうですかとても嬉しいですー」

 

「……もうちょっと動揺してほしかったな」

 

 

 この人は僕をからかいたいだけだな。残念、僕はすでに子供の時に一通りやられたからちょっとやそっとじゃ動揺なんかしない。

 マリンさんが残念そうに下を見ると取っ手のようなものがあることに気付いた。好奇心のままに開けると、中からオセロ盤が出てきた。

 

 

「オセロかぁ。やる?」

 

「……もちろん」

 

 

 仕返しのチャンスがきた。

 

 

   ○ ○ ○

 

 

 孤島。海に囲まれ、自然がたくさんあり、生命力が溢れる地。

 その孤島に木の板が連なった簡素な浮き橋が繋がっていき、その先に集落……モガの村がある。

 漁業で盛んなんだっけ。その内行ってみたいな。

 

 

「マリンさん、もう着きますけど」

 

「ふぇ? あ、あぁ……参りました」

 

 

 先手後手入れ替えをしながら十戦くらい。全戦全勝。僕の数少ない特技だ。素人に負けるつもりはない。

 ちょっとすっきりした。

 

 

 

「……こっちに来て」

 

「はい」

 

 

 ベースキャンプに着くとマリンさんはちょっとふてくされていた。次からは手加減します。

 マリンさんは地図を広げた。地図にはギルドが狩場として指定している分が載っている。載っているのはモンスターとまともに交戦できそうな場所が主で、抜け道なんかも一応書かれている。

 

 

「エリア8に行こうか」

 

「はい」

 

 

 マリンさんは地図をささっと畳んでポーチに突っ込み、歩きだした。僕もそれに着いていく。

 マリンさんは振り返り、黄金色のとろみのある液体が入った瓶を渡してきた。

 

 

「半分くらい飲んで。元気ドリンコだよ」

 

「ありがとう」

 

 

 栓を開け、瓶に口をつけ、言われた通り、半分程飲む。

 ほろ苦い甘味を真っ先に感じ、とろみのある液なのに後味はスッキリとしていて目が覚めるようだった。

 マリンさんに返すとマリンさんは一気に残りを飲み干し、ポーチの中に入れた。いや、間接キス……。

 

 

「アオイくん乙女だねぇ。気にせずさっさと行くよ」

 

 

 マリンさんは小走りで進みだした。ハンターになるということは女の子を捨てるということなのだろうか……。

 

 

 

 マリンさんは見かけよりずっと凄かった。メリルにも言えることだけど、あまり凄そうじゃない人がとても上手に立ち回ることはよくあることなのだろうか。能ある鷹は爪隠すってやつか。

 マリンさんが手招きをするとそのタイミングでファンゴやジャギィの視線が明後日を向く。一切気付かれずにエリア8まで移動してしまった。

 エリアをこっそり覗くと骨が散らかっていて、草食動物の残骸があった。あと真ん中には一抱えくらいある大きな卵があり、それを囲むようにジャギィが三匹いた。卵を狙っているように見える。

 

 

「どうするんです?」

 

「ちょっと見ててね」

 

 

 マリンさんはライトボウガンを抜き、弾を二発だけ撃った。その弾は瞬時に三匹のジャギィを絶命させた。

 ……二発だよね。どうして三匹討伐できたんだ? 散弾じゃなかったし、貫通弾でもなかった。……通常弾?

 

 

「レベル3の通常弾が跳弾するのは常識だよ?」

 

 

 マリンさんは何でもないようにそう言って、卵の元まで歩いていった。

 ……地形に当てて反射させるのとは訳が違う。当たり前だが、生き物は動くのだ。ちょっと角度が変わるだけで跳弾方向は大きくズレる。百回くらいやって一度二度成功したら良い方、といった難易度だと思う。

 二つ名持ちって規格外なのかな。

 

 

「あ、この程度で私の実力計らないでよね?」

 

 

 マリンさんはそう言ってから飛竜の卵を蹴った。白い欠片が飛び散り、中の透明な白身が零れ、黄色の卵黄が破れた。……はい? 

 

 

 案の定と言うべきか、孤島全体に慟哭じみた咆哮が轟いた。

 絶対怒らせたよ……。

 

 

 

 

 


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