モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

50 / 113
五十話 記憶

 

 

 

 

 

 私はその日、いつも通りに目を覚ました。

 ただ、寝床から這い出て、身支度をして外に出ると明らかに普段と違う光景があった。

 村の入り口に人だかりがあった。この村にこんなに人がいるとは思わなかった、と思えるくらいにはたくさんいる。人口百人とは聞いていたが、この光景を見れば納得できるかも。

 

 

「おはようございます、スグシおじちゃん」

 

「おはよう、ルナ」

 

 

 知らない群衆の中の数少ない知ってる顔。

 私が前に住んでた集落が壊滅した後、引き取ってくれた人だ。

 この外見と唯一の生き残りっていう肩書きのせいで忌み子のような扱いを受けてもおかしくなかったのに、スグシおじちゃんとこの村の人達は私に優しく接してくれた。

 

 

「何の集まり?」

 

「えっとなルナ、最近天気がおかしいのは知っているよな?」

 

「うん。急に突風が吹いたり、暴風雨になったり……変わった骨格の飛翔体も目撃されてるんだっけ?」

 

「あぁ、そうだ。そこで、霊峰にハンターさんたちに調査及び原因の解決を行ってもらうんだ」

 

 

 要するに原因のモンスターを見つけ出して殺せって依頼をしたのかな。

 

 

「スグシ村長ー。あ、ルナちゃん、おはよー」

 

 

 綺麗な緑髪のお姉さん……エーテル・フロウさんが話しかけてきた。

 よく分からないけど親近感がわく人だ。体型のせいだろうか。

 華奢で少し子供っぽくて、何回見てもハンターでなおかつ娘が一人いるとは思えない見た目。良くも悪くも。

 

 

「おはようございます、エーテルお姉ちゃん」

 

「お姉ちゃんとか照れるよ。あ、そうだ、ミドリ見ててもらえる? 不思議とルナちゃんと一緒だと静かにしてるし」

 

「分かった。えっと、エーテルお姉ちゃんが霊峰に行くの?」

 

「うん。シアンと一緒にね!」

 

 

 エーテルが腕をとった男性は成人男性とは思えないほど華奢な人だ。名前はシアン・フロウ。腕にはうっすらと筋肉が浮き出ているが、それでも細い。

 でもこの人には分からないことが一つある。どうしてこんなに細い腕で体よりも大きい剣を振り回せるのだろうか。

 

 

「おぉ、ルナだ。相変わらずだね」

 

「シアンさんもいつも通りだね」

 

 

 薄ら笑いを二人で浮かべる。

 

 

「あ、そうだ。これ、持っててくれる?」

 

 

 エーテルが耳飾りを外して私につけた。ピアスではなくて耳にかけるタイプのものみたいだ。

 

 

「なんとなく私の勘がね、持たない方が良いって言ってるからね。無くしちゃったらミドリにあげられないし」

 

 

 エーテルはそう言って、ミドリの頬にキスをする。そして、門に立て掛けてある二つの黒水晶のような刀身の剣をとり、装備した。

 シアンはミドリの頭をそっと撫でて、籠手をはめてベルトを絞った。

 

 

「みんな、行ってきます」

 

「さっさと戻って来るねー!」

 

 

 エーテルとシアンはそのまま歩いて森に消えた。

 それと共に、雲が一層暗くなった気がした。

 

 

 

「ルナちゃーん!」

 

 

 人混みから茶髪の女の子が走ってきた。ティラだ。

 

 

「おはようティラー」

 

「おはよう、ルナちゃん。あ、ミドリだ!」

 

 

 ティラは私が抱えてるミドリを見て駆け寄ってくる。そしてひょいっと私から取り上げるような形で抱え上げた。

 

 

「あぅうー! あーっ!」

 

 

 ミドリがぐすり、声をあげて泣き始めた。私は諭すように微笑みかけ、ティラの代わりにミドリを抱く。

 ミドリはすぐに笑いはじめた。

 

 

「えぇー。ミドリなんでルナになついてるのぉ……」

 

「将来性のある人になつくんじゃないかな」

 

 

 ナイトが話に割り込んできた。黒髪黒眼、幼い顔立ちと声のせいで性別は分かりにくい。推測はできてるけどこれを人に教えるほど私は優しくはないし、非情でもない。

 

 

「私に将来性がないっていうのー?」

 

「ルナに将来性があるって話のつもりだよ。ティラは……まぁ使われるのは得意でしょ?、」

 

 

 ナイトはまだ両手の指で数えられるくらいの歳なのに現実と上手く折り合いをつけてるなって思う。

 きっと、心の底から楽しいって思ったことがほとんどないんだろうな。顔には穏やかな笑みの仮面がついていて、虚ろな目には色んなことの汚い部分が写ってる。

 

 

「私が偉くなったらナイトのことも勿論、使ってあげるよ」

 

「ふふっ。やれるもんなら?」

 

 

 ナイトが楽しそうに笑うのはこの瞬間。きっと負けず嫌いか勝負好きなのかな。後、人があたふたしているのを見るのも楽しんでいる。訂正、この子は人生を楽しんでいる。

 

 

「あれ、あの人あんなところで何してるのかな」

 

 

 綺麗な薄青の髪の女性が優しい笑みを浮かべて赤ん坊をあやしていた。あんな崖のそばで危ない気もするが、普段は陽も風も気持ちいい場所だ。普段から行っている場所なら赤ん坊は安心するのかもしれない。

 

 

   ○ ○ ○

 

 

 私たち子供は呑気なものだ。朝日が雲を白く照らしている時間帯から夕日が雲の下に見える時間帯まで遊んでしまった。ティラが昼ご飯まで用意していたのも時間を忘れた要因かもしれない。

 つまるところ、私たちは村の様子なんて知らずに遊んでいたのだ。

 気がつけば村はいま、とても嫌な感じだ。不安と苛立ちが入り交じっている。

 霊峰のてっぺんでは禍々しいくらいに暗い雲があり、稲妻が駆け回り、全体的に赤みがかっている。

 

 

「曰く、霊峰に住む嵐の化身」

 

 

 ナイトが一言、呟いた。ユクモ村に伝わる伝承だっけ。無数に無尽蔵にあるおとぎ話。ただその一言は異様に不安を掻き立てた。

 

 

「あれ、空が」

 

 

 ティラが好奇心と不安の混じった声を漏らす。

 

 

「動いてる?」

 

 

 よく見ると雲の中心がこちらに近付いてきた。

 私のそばにいたミドリがぐずりだした。

 ミドリをあやすが泣き止むことはない。

 風が強くなり、雨が降りだし、閃光が周囲を白く飲み込んだ。

 

 

「キュオオオオーッッ!!」

 

 

 甲高い、叫び声染みた咆哮が響き渡った。

 白い羽衣を纏った龍が村の上空を翔んでいた。

 雨粒の一つ一つが大きくなり、数が増え、視界を濁す。

 風が強くなり、立っているのも辛く感じる。いや、私一人なら問題ないのかもしれない。でもミドリを抱えている以上、動きはゆっくりになる。

 

 

「ルナッ」

 

 

 霞む視界にスグシおじさんが私達に向かって走ってくるのがうつる。次の瞬間、真っ白な水の柱がおじさんのいた場所を凪いだ。

 後には割れた地面しか残ってなかった。

 同じようにして、村を、何度も何度も、水の柱が凪ぎ払った。

 家が吹き飛び、人が消し飛び、地形が穿たれる。

 

 

「ルナちゃん、ミドリは私が運ぶよっ。逃げようっ」

 

「……ッうん」

 

 

 ティラは意外と冷静だった。

 

 

「あの道からなら逃げられるかもッ」

 

 

 ナイトは逃げ道を見つけていた。

 

 

 私は周囲を見渡した。そうすると青い髪の赤ん坊が泥まみれになりながら泣いていた。

 私は反射的にその子を抱え上げ、二人を追った。

 這うような遅い足取りでも、確実に、一歩ずつ。

 風が突然、村の中心に向かって一段と強く、強く、吹き始めた。それと同時に心なしか雨が弱まった。

 赤ん坊を抱えて自重が増したおかげか、中心から離れていたおかげか、風の影響はあまり受けなかった。

 ただ、離れていた分だけ何が起きているかははっきりと見える。

 

 村の中に龍が舞い降りてきていた。

 左右で違う長さの角、はためく羽衣。

 眼は赤く怒りを灯していて、荒ぶる風は龍を護るようだった。

 風は村の全てを龍の元に集めていった。

 瓦礫や作物は勿論、家畜、人間も例外なく。

 村を構成する要素で瓦礫の山を築き上げると、龍は激しく舞った。

 山を中心に高速で回る。

 やがて、吸い込むような風は追い出すような風に変わった。

 天まで届きそうな竜巻が起こる。

 風の刃が人や建物を粉々に砕いていくのが見えた。竜巻はあっという間に赤黒く変色し、細かい残骸が私達に降ってきた。

 

 

「えっ、う、え?」

 

 

 ティラが取り乱した。無理もないと思う。

 何者かの血肉が無数に降ってきているのだ。

 恐怖で足がすくむ。体が震える。

 

 

「伏せよう、静かにしてよう。絶対に生き延びるよ」

 

 

 混乱する思考でも今、できることは思い浮かんだ。

 逃げたところで見つかれば死ぬ。

 二つ分の鼓動を感じながらうずくまる。

 ふと、抱いていた赤ん坊の顔を見ると、声もださずに泣いていた。雨のせいかと思ったが、間違いなく涙だった。

 私が抱いているつもりだったのだが、赤ん坊は私にしがみついていた。

 

 

 体感時間、一日。

 雨が止み、目を開け、体を起こす。

 そこには何もなかった。

 家は跡形もなく、血肉は一つも落ちてない。

 ただ、ティラとナイトは疲れて寝息をたてていた。こんなとこで寝てたら風邪をひいてしまう。いや、それどころではないけど。

 

 

「ティラ、ナイト、起きて」

 

 

 二人を起こし、村を少しだけ捜索する。

 

 生存者は少なからず一応いた。私達を足して全部で十五人。誰もが虚ろな目だった。

 

 

「今すぐ、ここ離れましょう。直に肉食のモンスターが人数が減ったことを嗅ぎつけます」

 

 

 私はできるだけ落ち着いた声になるよう努めて、言った。

 色んな人の怪訝な目がこちらに向く。子供が急に何を言い出すんだ、って。

 

 

「ハンターズギルドの助けは肉食獣より確実に遅い。できるだけ急いで山を登りましょう」

 

 

 怪訝な顔はわずかに冷静な表情に変わりだした。

 

 

「ここで私達が死んだらこれを語り継ぐ人がいなくなります。災害は繰り返してはいけない」

  

 

 何人か今の状態を理解したようだった。

 この場所は危険である、そのくらいのことを。

 

 

「龍はしばらく来ません。時間が惜しい。早く登りましょう」

 

 

 混乱していたおかげか、理解してくれたのか、私たちは動き出すことができた。

 

 他の村に行ってはならない。

 何も持たない人なんて使い潰される可能性の方が高い。それに、私が他の村に行けばもしかしたら、また、壊滅させてしまうのかもしれない。

 迷信を信じるつもりはなくても、二度も住んでいた村がなくなれば身構えはする。

 

 

「ルナちゃん、何をするつもりなの?」

 

 

 ティラがおそるおそる、といった感じで話しかけてきた。

 

 

「えっとね――」

 

 

 私はもったいぶるように間を持たせ、ありったけの笑顔で言った。

 

 

「私は、村を作るよ」

 

 

 ティラが目を見開いた。ナイトがニヤりと笑った。

 皆が皆、色んな反応をした。

 五人の子供と十人の大人。

 これだけいれば、村を作るのには十分だ。

 

 

「……亡くなった人を弔ったらすぐに始めるからね」

 

 

 空はさっきまでの悪天候が嘘だったようにに晴れ晴れとしていて、不謹慎なくらい美しい虹が架かっていた。

 私はきっと情のない人間だ。

 でも、それでも。いや、だからこそ生きている人を幸せにしたいと思う。

 偽善でも何もしないより。

 さぁて、まず何をしようか――

 

 

   ○ ○ ○

 

 

「はい、依頼完了となります。報酬はもう少し待ってください。あ、ドスフロギィとゲリョスの素材届きましたよ」

 

 

 そんな声が聞こえて、私は目を覚ました。

 目の前でティラが重そうな箱を持ち上げ、カウンターに出した。

 

 

「素材がたくさんだ!」

 

「三人分、まとめてあります。均等に分けるなりして、喧嘩しないようにね」

 

 

 私はティラの体をよじ登り、視線を高くする。ティラが変な声をあげて体をよじるせいで登りにくかった。

 

 

「毒を扱うモンスターでも狩ったの?」

 

「うん。よく分かったね」

 

「勿論。だって、要人の暗殺や殺人によく利用される素材だしね」

 

 

 アオイは苦笑いをして肩を竦める。別に知識をひけらかしたかったわけじゃない。後ろにいるフラムとルーフスの反応を見るためだ。

 二人の顔には警戒と不安の色が一瞬あった。

 ナイトが教えてくれたことは信憑性高めなのかもしれない。ナイトの洞察力は並大抵ではない。偶然とはいえ、一回の会話で勘づいたのだから。

 

 

「ギルドナイトの諜報系の人も使うらしいからね。良くも悪くも毒は便利だね」

 

 

 ……この二人、嘘をつくの下手そうだね。ナイトも苦笑いしながらブラフだったりして、とか言ってたっけ。

 

 

「ねぇねぇルナちゃん、何か困ってることない?」

 

「ちょっと待った、次の狩りはダイミョウザザミの素材でフラムの防具を作ってからだよ」

 

 

 えっと、もしかして口止め料代わりに狩りに行こうとしたのかな。アオイが邪魔しちゃったけど。

 

 

「何かあったらまた頼むから、今日は休んだほうが良いと思うよ。砂も落とさないと、でしょ?」

 

 

 適当なことを言ったら三人はそうだね、とか色々言って会釈して去っていった。

 

 

「……ルナ、本当にあの二人の両親はギルドナイトなんですか?」

 

「まぁ、そうだろうね。その手の仕事だと考えるのは自然でしょ」

 

 

 ティラは私のことを床に下ろして諦めたような笑顔で言った。

 

 

「今度は何をするつもりなんです?」

 

「ただのお友達作りだよー」

 

 

 私は村を一つ、少なくとも形としては作ることができた。ティラやナイトには本当に本当に頑張ってもらった。

 私のすることはみんなが壊れないように、失わないように守ること。ただ愚直に、村を磐石にするための布石を指し続ける。

 

 

「ティラ、いつもいつも、ありがとうね」

 

「私こそ、ありがとう。ルナちゃんがいなかったらこんな幸せ、なかった」

 

 

 ティラはとっても恥ずかしそうに言った。

 私はずっと人運に恵まれてる。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。