「ルーフス、大丈夫?」
「蟹の癖に水ブレスとかおかしいだろ……」
悪態をつけるくらいには余裕があるようだ。回復薬を飲んで、痛みが引くまでの時間を稼げば十分か。
フラムがダイミョウザザミを盾で殴ったり、挑発して気を引き、僕は弾丸を文字通り四方八方から撃ち込んでいく。
最初の爆発のおかげか、甲殻をボロボロと削っていける。
しかし、ダイミョウザザミがこちらが本気で攻撃しないことを悟ると、行動が変わった。
ダイミョウザザミが両爪をフラムの盾に叩きつけた。重たい一撃、フラムは後退りさせられる。
ダイミョウザザミは距離を詰め鋏を更に叩き込む。フラムはそれも盾で受け止める。
ヤバい、壁に追い込まれている。なんとか気を反らさないと。
通常弾をレベル2に切り替え、単純に物量で力押しをする。弾丸はダイミョウザザミのヤドに順調に傷を入れていくが、反応はない。
ダイミョウザザミが爪をまたフラムに向かって振り抜いた。フラムは逃げることもできずに盾で防ぐ。
フラムは盾ごとはね飛ばされ、壁に叩きつけられる。
僕は腕の痺れも無視して、弾を撃ち続ける。それでもダイミョウザザミは一切気にしない。
フラムが膝をついて、咳き込む。ダイミョウザザミはそんなフラムに鋏を――
「らァッッ!」
ルーフスが攻撃の前に斧で横凪ぎにダイミョウザザミの脚を払った。ダイミョウザザミはバランスを崩し、フラムに攻撃を当てられない。
フラムがダイミョウザザミの横をすり抜け、詰めから逃げ出した。
「ルー、フス、あり……ありがと」
「呼吸を整えて。行くよっ」
僕がヘイトの管理ができなかったせいだ。僕がもっと上手く指示を出していれば……。
「ハァッ!」
ルーフスが振り抜いた斧がダイミョウザザミの甲殻を大きく削り取った。片方の鋏が大きく抉れ、白色の中身が露出する。
このままだと次はルーフスに狙いが集中する。
僕の攻撃はダイミョウザザミにとっては脅威ではないのか、気を引きにくいようだ。
僕に気を向けされるのは難しい、ダイミョウザザミを今すぐ無力化できるわけでもない。せめて、ルーフスへの攻撃を減らすことができれば……。
「くそッ」
ルーフスの大剣での猛攻をダイミョウザザミは力任せに捌いていく。
そうだ、ダイミョウザザミの思い通りにさせなければいい。
動きの一つ一つにズレを作り、行動を破綻させる。
頭に熱が上るのを感じた。それとは逆に体は少し寒い。
レベル2通常弾。スコープを覗きこみ、ダイミョウザザミの次の手を予測して狙いをつけておき、引き金をひく。撃った瞬間当たるわけではない。僅かとはいえラグがある。
動かない的に当てるだけなら誰でもできる。誰かを守りたくば不規則に動く的の一点を撃ち抜かないと。
一発目は殻に当たった。二発目は関節にあたった。三発目は地面に埋まった。四発、五発と当たらず、六発目で二度目のヒット。
「はぁ……ァッ!」
ルーフスはひたすら斧を叩き込み、ダイミョウザザミは動き回り、鋏で格闘し、斧から体を守り続けている。体力切れを狙っているのか。
弾倉に弾を詰め込み、更に関節を狙う。
この六発で何もできなければ、ルーフスが押し負ける。そう頭によぎった。
視界が澄みわたり、ダイミョウザザミの行動が僅かに予測できる気がした。
ルーフスが愚直に攻撃を続けてくれたおかげでダイミョウザザミがどう反応してどう動くか。それがうっすらと理解できた。
一発目、ヒット。反応なし。
二発目、ヒット。ルーフスの攻撃に大しての反応が僅かにズレた。
三発目、ダイミョウザザミが今までにない行動をしたために外れる。ルーフスから距離をとったのだ。
強力な盾を持っていながら、ダイミョウザザミは逃げざるをえなかった。
「フラム、ルーフスッ畳み掛けるよ!」
無理やりの回避行動のせいでダイミョウザザミは体勢が悪い。
フラムがガンランスをダイミョウザザミの殻の角の前に突き出し、装填している全ての炸薬弾を撃ち込んだ。
爆音が鳴り、殻の破片が飛び散った。
ルーフスはダイミョウザザミの懐に飛び込み、大剣を頭に叩きつけ、反動を利用して後退してダイミョウザザミの反撃を躱し、ダイミョウザザミが体を守るようにして構えた鋏に二度、斬撃を叩き込んだ。
ルーフスの強みは容赦ない攻撃と無尽蔵にある体力だ。
これだけ戦って、一切攻撃は弱まらず、眼光は鋭さを増していくように思えた。
狂戦士。訓練所時代にそう呼ばれていたのも納得できる。
「二人とも、私が持ったきた爆弾、使って良い?」
「止めても使うでしょ。ルーフスも構わないね?」
「どうぞー」
フラムがガンランスを納刀し、荷車に走った。フラムの私物の大タル爆弾Gだ。カクサンデメキンを使っているため、爆発の威力は通常のものをはるかに凌ぐ。
本来は罠として使うものだ。
「こっち! ほら鬼さーんこーちら!」
フラムは爆弾に巻き付けた縄を持ちながら挑発した。いや、そんな安い挑発に引っ掛かるわけないじゃん……。
「あ、行っちゃうんだ」
ルーフスが呟いた。ダイミョウザザミが突然フラムに向かっていったせいで外した攻撃を惜しむような表情で。
ダイミョウザザミはフラムに近付き始めた。
フラムは大タル爆弾G正面に置き、待ち構える。
そして、ダイミョウザザミがフラムに接近し、爪を持ち上げた瞬間、フラムは大タル爆弾Gを蹴りつけた。
大爆発が起こり、ダイミョウザザミから甲殻という甲殻が吹き飛び、爆発の圧力が肉体を潰し、膨大な熱が表面を焼きつくす。
今日で二回目の爆弾だ。ダメージによる見た目の変化がより大きくなる。
「まだこれが残ってるよぉ!」
フラムが無傷で煙から出てきてガンランスに青い炎を灯し、ダイミョウザザミに突き出した。
竜のブレスを元に作った竜を殺すための砲。
練習用のガンランスですら大タル爆弾を凌駕する威力を叩きだす。
閃光が瞬き、炎が膨らみ、爆音が轟く。
「姉さん、無茶しすぎ!」
「気にしなーい、気にしなーい!」
フラムが能天気な声をあげて、盾を構え直した。
フラムは爆発を受けたはずなのに何故か無傷だ。理由は本人曰く、爆発にムラを作っておいて自分の方に来る分を減らして、爆風と同じ速度で後方宙返りをし、体を捻って盾で熱を受け止めたから、と。参考にならない。
「脚を刈って! 捕獲するよ!」
これだけ削ればそろそろいけるだろう。捕獲しればギルドからちゃんとした素材を送ってもらえる。僕達の狩りを方で討伐すると素材はあまり残らないから捕獲がベストだろう。
「僕が引きつける、姉さんはいざって時にお願い!」
「了解っ」
ルーフスの猛攻が再開される。襲いかかる爪を弾き、ねじ伏せ、隙あらば体に斧を叩き込む。ただ、捌けない爪はルーフスに僅かずつダメージを蓄積させていく。
ただこの狩りは一対一ではない。
僕はレベル2通常弾で脚を削る。細くてよく動くが、慣れてきたのか、命中率は高くなってきた。
フラムはルーフスの方を気にしながら砲撃と突きを織り混ぜて攻撃している。
そういえばルーフスは狩りをどう思っているのだろうか。前向きに考えていると思いたい。でも違っていたら?
「あ、アオイっちゃんと狙って! 今、耳元でビュンッて鳴ったんだけど!」
「ご、ごめん。本当にごめんっ」
考え事している場合じゃなかった。当たり前だけども。
「オルァッ!」
ダイミョウザザミの爪が根元からルーフスにぶった切られた。
鉛色の液が吹き出し、ダイミョウザザミがバランスを崩した。チャンスだ。
「捕獲するよっ」
武器を手放し、腰に下げている罠を手に取り、ピンを抜いてダイミョウザザミの足元に滑り込ませる。
そこにダイミョウザザミが倒れこみ、シビレ罠が圧される。それと同時にダイミョウザザミの体に電流が流れ、動きが拘束される。
フラムとルーフスがそれぞれ捕獲用麻酔玉を取りだし、ダイミョウザザミに投げつけた。
うっすら黄色がかかった白色の煙がダイミョウザザミを包み込み、ダイミョウザザミを眠らせる。
僅かながら見えた抵抗が規則正しい呼吸の動きにかわった。
ダイミョウザザミから染み出ていた殺意がなくなったのを感じた。
「やっと終わったぁ……」
ルーフスが座り込んだ。ルーフスは今回、一番頑張ってくれた。
「ルーフス、ありがとう」
「そういうのは姉さんに言うといいよ、義兄さん。……それに僕は好きに暴れていただけだし」
ルーフスは苦笑いをしていた。心なしか元気がないような気がする。疲れなのだろうか、それとも……あんまり考えたくないが狩りに不満があるのか。
考えても分からないか。
「捕獲したら剥ぎ取りは禁止だよね」
「そりゃあね。ギルドナイトに怒られちゃうよ」
「ギルドナイトはそんな綺麗な仕事してないよー」
フラムが何気なく呟いた。
「ギルドナイトの仕事はね、ギルドにとって邪魔な」
「姉さん」
ルーフスが冷たい声音でフラムを制した。おおよその人が分かってることをわざわざ止める必要ないと思うけど。ギルドナイトの裏の仕事は密猟者や犯罪に手を染めるハンターの粛清。まぁ、裏の仕事というわりには常識レベルの噂になってるけど。
まぁ万が一監視されていてなおかつ触れてはいけないワードの可能性もあるから仕方ないか。
取っ手を掴み、ずいぶん軽くなった荷車を運ぶ。
後はギルドに任せてさっさと帰ろうかな。
「あれ、そういえばアオイ義兄さん、鬼人薬飲んだ?」
「いや、飲んでないけど。……そういえばゲリョスの時も飲んでないね」
鬼人薬を飲んでないはずなのにヘビィボウガンがそこまで重く感じない。……こんなものだったっけ?
「ルーフス、なんでアオイが鬼人薬を飲んでないか……いや飲む必要がなくなったのか、私は知っているよ」
「え、そうなの?」
「うん。私が勇気をだしてアオイの部屋をこっそりと、覗いたらね」
「勇気だした割には大したことじゃないね」
つっこむところはそこじゃないね、ルーフス。
「筋トレをしていたんだよ」
「……それだけ?」
「うん。たった三十回でもう限界って呟いてた」
ルーフスが鼻で笑った。フラムが苦笑いをした。
……これでも増えた方なんだけどなぁ。
「三十回なんて片手でもできるよねルーフス!」
「いや、それはない」
ルーフスのフラムを見る目が変わった。霊長類系統の野性動物を見るような目だ。
「ねぇ、そのゴリラでも見るような目、止めてくれる?」
「心外だなぁ姉さん。僕はラージャンとかブラキディオスを見てるつもりだったんだけど」
フラムがにっこりと笑った。ルーフスもにっこりと笑った。
「せぁッ」
「甘いッ」
フラムの手刀をルーフスが腕で受け止めていた。
「知ってる? 体重が増えると打撃の威力が高まるって」
「当然、知ってるよッ!」
フラムの回し蹴りをルーフスが腰を落として、両腕で受け止めた。
「つまりね、打撃の衝撃から、体重は推測できるんだよ?」
フラムの格闘を受け流し、捌きながらルーフスが口をつぐんだ。
「これ以上はやめとこっか」
「……うん」
気が付いたらフラムがちょっと涙目になっていた。
「そういえば、なんで二人とも格闘術の心得があるの?」
僕の疑問に二人は顔を見合わせた。
「べ、別に~?」
「気にしないで義兄さーん」
二人が冷や汗をかきながら先行していった。
……これ以上は止めておくか。
ベースキャンプに着いても日差しはあまり傾いていなかった。……こんなもんだったっけ?
僕らは空が示す時間のわりに強めの眠気に襲われながら飛行船に乗った。
「……ねぇ、私の筋力ってそんなにおかしいの?」
「さ、さぁ?」
フラムは腰のベルトと飛行船の紐を繋いで寝転んだ。
とりあえず、僕はもっと筋肉をつけようと思いました。