モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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四十八話 赤桃の盾

「ダイミョウザザミを狩りに行こうよ」

 

 

 フラムは唐突にそんなことを言い出した。

 ゲリョスを討伐し、村に帰ってきた翌日の朝のことである。

 

 

 

「……じゃあ二つ条件があるよ」

 

 

 何を狩るかまでは分からなかったが、何となく今日、狩りに行こうと言われるのは分かっていた。

 だから考えていた。どうすればちょっとでもリスクを減らせるか。

 

 

   ○ ○ ○

 

 

 ……暑い。

 旧砂漠。広大な砂漠と、乾いた岩場が狩場の殆どを占めている。日射しに炙られ、乾いた風は砂を運び、防具の隙間や髪に入り込んでくる。凍土より辛いかもしれない。

 

 

「暑い……」

 

「もう汗だくだよ……」

 

 

 フラムは飛行船から降り、ベースキャンプに着くなりすぐに日陰に籠った。……いや、狩りを提案したのあなたですよね。

 僕は荷車に飛行船からひたすら荷物を載せる。自分のものだけだが。

 

 

「日陰だと暑さがだいぶ優しくなるね」

 

「乾燥しているからね。安心して、砂原にはでないようにするつもりだよ」

 

 

 支給品ボックスから地図を取り出す。描かれてるのは広大な砂漠と岩場。

 エリア3とエリア4には水場もあるようだ。ダイミョウザザミはどちらかを棲み家にしているはずだ。

 水場周辺は温度の変化が比較的緩やかで暑くも寒くもなりにくい。きっと他より過ごしやすいだろう。

 

 

「……いや、ここ砂漠だよ?」

 

「涼しいエリアで待ち伏せするんだよ。そのために色々準備してきたんだし」

 

「あれ、アオイ義兄さん、マンドラゴラは用意してないの?」

 

「なんでさ」

 

「勿論、び……いや、やっぱりなんでもない」

 

「そう」

 

 

 何を言おうとしたかが気になる。でも聞き返してもたぶん答えてくれないんだろうな。何かいい手段ないかな。

 そういえばマンドラゴラって酩酊効果があるらしいから情報を吐かせやすくなるとか聞いたことがある。そこまでする必要はないか。

 

 

「とりあえずエリア3に行こうか」

 

「じゃあ僕が一番前に行くよ。姉さんはアオイ義兄さんと着いてくるといいよ」

 

「ん」

 

 

 地図をフラムに渡し、荷車をひく。ルーフスは武器に手をかけながら先行していく。

 ルーフスが角を曲がり、モンスター複数の叫び声が聞こえる。ジャギィにちょっと似ている。

 フラムがその声に呼気を荒くし、走って混ざりにいった。

 すぐに鈍い音と内蔵を引き抜いたような水音に悲鳴や歓声が聞こえる。

 僕も角を曲がると三匹ほどのゲネポスだったと思われる亡骸が転がっていた。

 そういえば始めてこういうのを見たときはショックを受けてたな。

 見るに耐えなかった無惨な死体に少しずつ慣れ始めてきた。その内なんとも思わなくなるのだろうか。それどころか笑顔で手を腹に突っ込み、肝を引きずりだすような人になるのだろうか。

 やってるのは見たことある。

 

 

「準備運動にもならない」

 

「倍はいないとね」

 

 

 二人ともそれだけを呟いて持ち場に戻った。狩りの最中は狂的なのになぜ終わったらこんなにケロッと戻れるのかが不思議だ。

 ついさっきまで罵詈雑言の限りを尽くして陰口を叩いていたのに、本人が現れると笑顔で楽しそうにその人と話し出す同級生を思い出した。それと似たようなものなのかな。違うか。

 

 

「……アオイ、何考えてるの?」

 

「いや、女の子って怖いなーって」

 

「つまり、アオイにはそっちの気が……?」

 

「いや、違うけど」

 

「ごめんね、私はアルフと違ってそういうのはいけない口なの」

 

 

 ため息が出る。冗談でからかっているだけだろうから無視して進む。……アルフはそういうの好きだったな。

 

 進む内に硬かった地面に砂が混ざり始めてきた。

 通路のような道を抜けると水場に出た。

 波の立っていない凪ぎの湖、いくつかのヤシの木、サラサラとしていて柔らかそうな砂地。まるで孤島の風景を切り取ったみたいだ。

 ここだけ比較的暑くなく、避暑地のような印象がある。

 

 

「ここで待ち伏せをしよう。きっとここにダイミョウザザミは来る」

 

「アオイ義兄さん、何で断言できるのさ?」

 

「ダイミョウザザミって広い砂地と豊富な水がある場所を好む……ようするに海のことだろうけど……好むらしいんだけど、この砂漠で水場があるのはこのエリアと隣のエリアだけみたいなんだ。で、より過ごしやすそうな方がこっちだったんだ」

 

 

 訓練所で習った知識をひけらかす。ガンナーの実技は剣士よりかは楽だったが、筆記は大分頑張らないといけない難易度のために色々勉強した。

 ダイミョウザザミの生態を習ったのが役に立つとは思わなかった。

 

 

「探しだして奇襲の方が制限時間的に余裕があると思うけど?」

 

「勿論考えてるよ。幸い、ここは砂漠だからね。罠の素材はたくさんある」

 

 

 ルーフスはそれを聞いた瞬間ニヤりと笑い、フラムは一瞬遅れて意味を解した。

 二人は悪い笑顔を浮かべている。それは僕も同じことなのだろう。

 

 

 

「アオイ義兄さん、具体的には何をするの?」

 

「ルーフス、それはね爆弾作りだよ!」

 

「……爆弾魔はこれだから。で、アオイ義兄さん殆どを実際は何するの?」

 

 

 僕は何も言わずに、荷車にたくさん積んでおいたタルに手を置いた。ありったけの作り笑いを浮かべて。

 ルーフスは苦笑いをした後に、何かを思い付いたのか来た道に振り返った。

 

 

「ちょっとニトロダケと火薬草見かけたの思い出したから取りに行ってくるよ」

 

「分かったー」

 

 

 ルーフスなら単独行動でも大丈夫だろう。ゲネポスくらいなら僕と違って難なく無傷で倒せるだろうから心配しなくてもいい。

 フラムは爆弾の扱いに慣れている。少なくともこの三人の中では断トツだろう。使用数の桁が違う。

 僕いらなくない?

 

 

「アオイー他に罠はないの?」

 

「シビレ罠が二つあるけど爆弾があるんじゃ吹き飛ばしちゃうしね……」

 

 

 何か別で罠があった方が狩りは優位に進むだろう。何があるかな。閃光玉は効かなかったはず。音爆弾はガード中に効くとかなんとか聞いたことがある。罠に使えるものではないか。

 

 

「うーん」

 

 

 空を見上げた。空は雲一つない青空で、強烈な日射しはそびえ立つ岩が防いでくれていた。

 現地調達、ねぇ。

 

 

  ○ ○ ○

 

 

 待ち伏せ。

 ダイミョウザザミが何を好んで食べるかはよく知らないので、取り敢えず、植物やそこらで捕まえた虫、木の実に肉を岩壁付近にばらまいて置いた。

 崖が空を覆い隠すようにたっているため、急に飛竜が餌に飛び付くなんてこともないだろう。そもそも飛竜いないはずだけど。

 餌には毒は混ぜていない。おびき寄せる用で食べさせるつもりはないからだ。近付けば仕掛けてあるシビレ罠に引っ掛かるはずだ。

 引っ掛かったら周辺に置いてある大タル爆弾と小タル爆弾でダイミョウザザミに大ダメージを与える予定だ。

 ルーフスが大量に取ってきたためにタルが足りずに余った火薬草やニトロダケも申し訳程度に粉末にして周辺に撒いてある。

 

 

『アオイ、準備はいいの?』

 

『問題ないよ』

 

 

 フラムがハンドサインで聞いてきた。……できることは尽くしたけど、結構運が絡みそうなんだよな。

 フラムとルーフスはそれぞれ二つある通路をそれぞれ見張っている。ダイミョウザザミが来るとしたらどちらかのルートのはずだ。

 僕は荷車に敷いてあった皮を被って、水場の近くに潜んでいる。二人と比べて罠との位置は格段に近い。絶対に気付かれてはいけない。

 

 

『来た』

 

 

 ルーフスは簡潔なハンドサインを送ってきた。

 姿勢を更に低くし、息を潜める。

 すぐに地面が震えだし、砂しかなかった場所から骨の角が生えてきた。その後すぐにモンスターの大きな頭蓋骨が徐々に地面から這い出てきて、最後には赤桃色の甲殻の蟹……ダイミョウザザミが現れた。

 ダイミョウザザミは体がある程度大きくなると、普通の殻は小さく、背負えなくなるため、モンスターの頭蓋骨を背負う。基本的に一角竜の頭蓋骨を背負っている。

 ダイミョウザザミは辺りを見渡した。

 鼓動が感じられた。その音すら聞こえてしまうんじゃないかとわずかに不安になる。

 だが、心配は杞憂だったようだ。ダイミョウザザミはすぐに食べ物を見つけ、近付いていった。思っていたよりチョロい。

 ダイミョウザザミは無防備に餌に近付いた。そして、案の定、シビレ罠にかかった。

 こんなに簡単に引っ掛かるのなら大型モンスターにはこれからは罠を多用するべきかもしれない。

 僕はメテオキャノンを抜き、徹甲榴弾を一発撃ち、すぐに再装填、更に撃つ。二発とも狙い通りに突き刺さった。ダイミョウザザミの頭上にあるこちらにせりだしている岩に。

 二つの爆発が岩にヒビを入れる。

 せりだしていた岩の付け根はヒビが入ったことにより、自重に耐えられなくなり砕ける。

 そして、ダイミョウザザミの背負う頭蓋骨と変わらないくらいの大きさの岩石が重力に従い、落下する。

 ダイミョウザザミに直撃した瞬間、爆発じみた衝突音と空気の震えが伝わる。

 それでもダイミョウザザミはヤドで運良く最初の強力な威力を防げたために、ダメージは少ないようだ。

 砕けた岩は次々と地面に落ち、砂埃を舞わせる。

 僕はそこに更に一発、徹甲榴弾を撃ち込んだ。ダイミョウザザミの武器に思えるヤドの角の根本にだ。

 麻痺で動けない相手なら当然外さない。硬い骨にも徹甲榴弾は深く突き刺さる。

 爆発。角は折れなかったが、削るくらいにはなったようだ。そして、砂埃と一緒に舞い上がっていた爆薬の粉末に着火。炎がダイミョウザザミの周囲を駆け回り、大タル爆弾にも燃え移る。

 

 本命の爆発。初撃で全身の甲殻に負荷がかかっていたから普通の爆発より身にこたえるはずだ。

 大タル爆弾四つの威力はすさまじい。それなりに距離は開いているはずだが、それでも熱や風圧を感じ、爆発の瞬間に大量の石や砂が飛び散った。

 

 

「畳み掛けるよっ!」

 

「待ってましたっ!」

 

「ズダボロにしてやるッ」

 

 

 僕の指示に二人は嬉々として武器を抜き、突撃する。

 僕はいつものとは違う通常弾を装填する。いつものはレベル2通常弾。単発の威力を高めた最も基本的な弾だ。

 今から使うのはレベル3通常弾。単発の威力ではレベル2に劣る弾だ。

 僕はその弾をダイミョウザザミの背負う頭蓋骨の目の中に撃ち込んだ。

 弾は目の部分の穴から頭蓋骨の中に入り込む。そして、骨に直撃し、運動エネルギーを伝え、ダメージを与えると同時に、弾の表面に染み込ませてあるはじけイワシの粉末が弾け、弾丸を再び加速させる。

 跳弾、それがこの弾の最大の特徴だ。

 レベル2通常弾に単発の威力で劣るとしても跳弾して追加ヒットするとすぐに取り返せる。

 運と実力が絡む癖の強い弾だ。まぁ、運と言っても全て予測することが一応可能な以上、甘えなのかもしれないが。

 

 

「ハアッ」

 

 

 ルーフスが怒号のような掛け声と一緒にダイミョウザザミの背後からスラッシュアックスを振り下ろす。ダイミョウザザミは振り返りながら右鋏で受け止める。甲殻の軋む音が響く。

 ダイミョウザザミは左鋏でルーフスに殴りかかった。

 

 

「いっけぇッルーフスッ」

 

 

 フラムがそれを盾で受け止め押し返した。

 

 

「穿てぇッ!」

 

 

 ルーフスはスラッシュアックスを斧から剣に変形させ、顔に向かって突き出した。ダイミョウザザミはそれを間一髪、右鋏で挟み、受け止める。

 僕はその瞬間、頭の中で、直感で計算をし、弾を一発撃った。

 右の鋏の間接を撃てばこの拮抗は崩れる。そう直感して撃った弾だ。

 だがそれを成すには左鋏が右鋏を隠しているために真っ直ぐ撃たずに当てる必要があった。

 弾丸は岩壁にあたり、角度を変えて跳弾し、更にもう一度壁にあたり、角度が変わる。

 そして、僕からすると背部とも言える右鋏の側面に弾丸が直撃する。スラッシュアックスと鋏の接点がズレが生じる。そして、ルーフスの突きがダイミョウザザミの頭部にめり込む。

 剣からエネルギーが溢れ、衝撃がダイミョウザザミの頭に叩きつけられる。

 反動でルーフスが後退し、フラムも最低限の距離をとった。

 

 

「シャアァッッ!」

 

 

 ダイミョウザザミが鋏を振り上げ、白い泡を吹き始めた。怒り状態だ。

 

 

「怒り状態、攻撃控えめ、防御を厚くッ」

 

「いえっさー!」

 

「分かったっ」

 

 

 戦闘中でも声かけは大事だと思ってる。連携が強くなりやすい気がする。精神論は曖昧だけど、その分縋りやすい。

 論理的に考えられるような頭の良さは僕にはないので精神論は大事にしようと思います。

 ダイミョウザザミが突然、飛び上がった。

 

 

「前を見て真っ直ぐ逃げてっ」

 

 

 上を見ればその分だけ回避速度が落ちる。

 ダイミョウザザミはルーフスのいた場所に落ちてきたが、ルーフスは距離を十分にとって避けていた。

 僕は着地の隙に合わせて弾を三発別々の狙いで撃った。

 一発は真っ直ぐダイミョウザザミに向かい、二発は壁にぶつかり、跳弾してからダイミョウザザミに撃ち込まれる。

 ダイミョウザザミは戸惑ったのか一瞬隙ができた。

 一瞬あればうちの狂戦士達は、迷いなく間合いに踏み込む。でも深追いすることもなく、一撃離脱する。

 ダイミョウザザミはルーフスに背中を向け、僕の方を向いた。ただ、なんというか、視線がこっちを向いていないような……。

 

 

「ルーフスっしばらく攻撃を控えてっ狙われているよ!」

 

「分かった!」

 

 

 ダイミョウザザミはヤドの角を突き出し、後ろ向きに突進……つまるところ、ルーフスに突っ込んでいった。

 ルーフスは事前に知らせたせいか、本人の反射神経の良さか、難なく避ける。一撃叩き込む余裕もあっただろうが、我慢しているようだった。

 

 

「アオイ義兄さん、焦らすのは良くないよ」

 

「たった一回でそこまで言います?」

 

 

 代わりに僕に不満を溢してきた。一人が集中狙いされるのは危険だ。ヘイト管理が出来れば安全性は格段に増す。出来ればの話。

 

 

 ダイミョウザザミはルーフスの方を向いた。ヤドを誰かに向けている訳ではない。ダイミョウザザミは両鋏を口元にあてた。

 なんの呼び動作か、そう思った時にはダイミョウザザミの口元から水ブレスが発射された。

 

 

「うぐっ」

 

 

 ルーフスは遅れて回避した。ただ、遅すぎた。右半身に高圧の水ブレスを受け、吹き飛ばされた。

 フラムが視界の端で動いた。

 

 

「フラム、時間稼ぎに徹するよ」

 

「っ……うん」

 

 

 ダイミョウザザミに突っ込もうとしたフラムを制止する。怒りに任せての攻撃は危険。

 

 ……今回の狩りは長くなりそうだな。

 

 

 


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