モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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四十七話 霞み

「えっと、依頼達成となります。……あの、いっつも証拠の素材が貴重なものなんですけど、別にもっと安価な皮とか鱗でいいんですよ?」

 

 

 今回の提出素材はゲリョスの石頭だ。ちなみに剥ぎ取った素材……剥ぎ取る意味があった素材は全て狂走エキスだ。

 ゴム質の皮は熱に弱く、高熱を加えると使い物にならなくなることも多い。特に、死亡後は熱への弱さが顕著になり、加工しないと問答無用で炭になる。

 

 

「ティラさん、強走薬グレートです!」

 

 

 フラムが満面の笑みで九回分……四十五時間分の強走薬グレートをティラさんに渡す。

 強走薬グレートはカロリーの塊のようなエキスで、一つ飲めば五時間は何も食べずに一切の疲れも感じずに動くことができる。

 

 

「え? あ、ありがとうございます」

 

 

 ティラは自嘲的な笑みを浮かべる。このことをルナに聞かれると本当に四十五時間程働かされることをティラさんは知っているからだ。

 ルナはその人の健康に配慮した仕事を与える。逆に言えば健康でさえあれば、いくらでもこき使うのだ。

 

 

「このことはルナさんには内密に……」

 

「ん、ティラ? 良い物を貰ったんだね?」

 

 

 ニコニコと笑顔を浮かべる銀髪に赤い目の少女がティラさんの後ろから現れる。

 ルナの出現にティラの表情が固まる。

 

 

「でも、仕事は一区切りついたばっかりだから、使うのはまたの機会かなー」

 

 

 ルナが珍しく優しい言葉をティラにかけると、ティラはほっとした様子で椅子に座り込んだ。

 後ろから袖を引っ張られる。

 

 

「……ねぇ、アオイ?」

 

 

 フラムが怪訝な顔をして話しかけてくる。

 

 

「何?」

 

「この女の子、何?」

 

 

 フラムの目には違和感が映ったようだ。

 確かに、幼女が受付嬢の仕事を仕切っていることは傍からみれば変だろう。

 

 

「この人はこの村の村長なんだ」

 

「はい?」

 

 

 うん、信じてない。いや、普通信じないか。おままごとをしていると言った方がまだ現実的だ。

 背丈が僕達のお腹あたりまでしかない女の子が村長なんて不自然に見える。

 

 

「フラムさんとルーフスさんですね? ルナ・アルミスと申します。このなりで恥ずかしながら――ルルド村の村長をやらせて頂いています」

 

 

 ルナが丁寧なお辞儀をする。背が低いため、カウンターで体の殆どが隠れた。

 

 

「……アルミス?」

 

 

 ルーフスが呟く。僕と名字が同じことに気付いたのだろう。

 

 

「えっと、強烈かつ劇的で天地がひっくり返ったような違和感があるかもしれないけど、ルナは僕の母親なんだ」

 

「……アオイ、寝言は寝てから言うものだよ?」

 

「……姉さんの砲撃音を聞きすぎておかしくなっちゃった?」

 

 

 人に説明しようとすると難しいな。母親で幼女ってあたりが普通なら論理的にも人道的にも破綻している。

 どうやって説明……釈明しようかな。

 

 

「そうだアオイ。今までに温泉に入ったことないでしょ、入ってみない?」

 

「あ、完成したんだ。もちろん行くよ」

 

 

 この村で湧いた温泉なら体に良いのではないのだろうか。少なくとも山頂の方から流れてくる水には治癒効果があるから期待できる。

 

 

「アオイ、久しぶりに一緒にお風呂に入る?」

 

 

 ルナは爆弾発言をした。ニヤニヤと楽しそうに笑っている。

 フラムの顔が青冷める。絶望しているように見える。

 ルーフスの目が冷たくなった。軽蔑の眼差しだ。

 

 

「久しぶりって……十何年前の話?」

 

 

 こう言えば上手くかわせるのでは。小さい頃の話なら許される。はず。

 

 

「あの頃のアオイは可愛かったなぁ……私の布団に潜りこんできたり毎日のように大好きって言ってくれたり」

 

「やめてっ!」

 

「きゃーっ!」

 

 

 僕は悲鳴をあげ、フラムが歓声をあげる。止めて下さい幼い頃の話は聞いてるだけで圧殺されそうです。

 

 

「まるで殺人現場だね」

 

 

 ルーフスが他人事のように言う。僕からすると虐殺現場なのだが。

 

 

「まあこのことは置いておいて、温泉貸し切りにしてくるから、家で待ってて?」

 

「……うん」

 

 

 温泉に入れるというのに、気分は酷い。

 フラムとルーフスは早速楽しみにしているようで、笑顔を浮かべている。

 

 

「家、行こうか」

 

「うんっ」

 

「そうだね」

 

 

 三人で家に向かって歩く。

 よく晴れた空に白い太陽が浮かび、わずかに熱さを感じる光を放っている。

 植えられている作物は若々しい色をしていて張られている水は空を写し、優しい青色になっている。

 風が吹き、草が揺れ、水面が静かに波打つ。優しくて涼しいそよ風が頬を撫でる。

 村は活気づいていて、笑い声や話し声がそこかしこから聞こえる。知らない顔の人も増えていて、ハンターを見かけることもある。

 平和だなー。

 

 

「ねえアオイ、一緒に温泉入ろうよ!」

 

「なんでそんなことを言うの……」

 

「アオイ義兄さん、本当になんでか分からないの?」

 

 

 ルーフスが聞いてくる。……いや、そういうことは恋人同士とかでやることだろうし。つまり互いに好き同士? フラムのことは友達的な意味では好きだろうが、異性として考えたら……うん。

 悩んでいる、と勘違いされたのかルーフスが真顔で伝えてきた。

 

 

「姉さん、言ってしまえばチョロいんだよ。悪い男に引っ掛かって騙されるくらいなら姉さんの幸せをなんやかんや保証してくれそうなアオイ義兄さんとくっついてもらいたい、ってのが僕の思いなんだ」 

 

「姉思いなのかもしれないけどちょっと雑じゃない?」

 

 

 僕の言葉は無視してルーフスが続ける。

 

 

「だから、さっさと既成事実を作って、くっつかざるを得ない状況にしようと思ってるんだ」

 

「いや、何で僕にその計画を話すの?」

 

「……僕はこう言いたいんだよ。さっさと温泉で子供作って結婚して。手のかかる姉を早く引き取ってよ」

 

 

 駄目だこの弟。姉の扱いが酷すぎる。そもそも僕の前で話すことでもなければ、フラムの前で言うことでもない。

 フラムも顔を真っ赤にして怒って――

 

 

「……アオイと私の……子供……」

 

 

 何も言うまい。

 

 

「大丈夫、姉さんと温泉に入るのなら僕は邪魔しない」

 

「いや、同意してないから。入らないから」

 

 

 この分だと無理やりにでも一緒に入らせようとしてくるだろうな。対策を考えておくか。

 二人と話ながら家に入り、ナチュラルに席に着く。

 二人ともこの家に馴染み始めてるようだ。ミドリとメリルが帰ってきたらどう説明するべきか。

 

 

「そういえば誰か女の子が生活していた形跡のある部屋が二つあるけど、誰なの?」

 

 

 フラムは鋭い視線でまるで浮気の疑惑を問い詰めるような声音で言った。

 後ろめたいことは何もないのに首筋を汗が伝った。

 

 

「言わなかったっけ? 僕は怪我をする前は別の人達と組んでいたんだよ。で、その人が僕の家に押し掛けてきてた」

 

 

 ルナがけしかけたとも言う。

 

 

「本当に押し掛けてきたの?」

 

「え、うん、そうなるよ」

 

 

「……職業はハンターで、オーダーレイピアを使っている。緑髪で背丈はアオイより少し小さいくらい、少し痩せぎみ、未発達、名前はミドリで体術が得意な女の子……。この人が先に押し掛けてきたんだね」

 

 

 何でそこまで分かるんだ。武器は合ってるし、小柄で華奢で慎ましい体型だし、名前もその通りで長所まで把握してる。怖い。

 

 

「私に嘘をつかない方が良いよっ!」

 

「じゃあ普段からの拒否が真実ってことにも目を向けてくれないかな」

 

「きっと照れの裏返しだって私は信じたい」

 

「うすうす気付いているじゃないか」

 

 

 フラムって実は結構冴えているのでは。そういえば武器の扱いもガンランス以外は丁寧で上手かったし、見た目良い、スタイルもちょうど良い、身体能力も重たいガンランスを背負ってても難なく動く……冴えているどころかちょっとした天才なのでは。それはないか。

 

 

「あ、そうだ。村長さんの好きなものって何?」

 

「えっと……緑茶とお菓子かな」

 

「他にあるでしょ、村長さんの好きなもの」

 

「ルルド村……すいませんルナの一番好きなものは間違いなく人を赤面させられるネタです」

 

 

 フラムは満足そうに頷いた。一瞬見せた冷徹な瞳がとても怖かった。

 

 

「なんでそんなことを?」

 

「将来の義母さまなんだから今のうちから気に入られておかないとね!」

 

「気遣いは無用になると思うよ」

 

「そんなに優しいの?」

 

「義母さんにならないってことだよ」

 

 

 必死に惚けてる。というか全然心が折れないんだな。

 

 

「武具の手入れに行ってくるよ……」

 

 

 こっちが折れることにした。まぁどちらにせよしなきゃいけないことなんだけどね。

 

 

「私もしてこようかな」

 

「じゃあ僕も済ませるよ」

 

 

 三人で立ち上がり、それぞれ部屋に向かう。

 僕は部屋に入り、ドアに鍵を掛け、防具を脱ぎ、私服に着替える。私服と言っても動きやすさ重視の飾り気のない服だ。

 ベッドに腰掛け、棚に手を伸ばし、本を手に取る。

 栞のあるページを開き、栞を取り、横に置き、文字を読む。

 内容を忘れていて数ページ遡ると見覚えのある文章が目に入る。

 そういえばこういう展開だったな。

 ナイトさんに薦められた本は読みやすくて僕の好みのジャンルだった。

 

 

 

 

「私達待ちきれないから先に温泉入りに行ってくるねー!」

 

 

 家の玄関の方からフラムの元気な声が聞こえる。きっと今から何かしらの準備をするのだろう。

 

 

「分かったよー」

 

 

 生返事を言い、文章に目を落とす。僕は呼ばれるまで待っていようかな。

 

 

 

 日が傾き始めた。微かに空に赤色が混じっている。物語を区切りのよいところまで読み進めたところでそれに気付いた。

 思っていたより遅いな。

 栞を挟み、本を閉じ、元の場所に戻す。ずっと座っていたためか体が少し重い。

 立ち上がり、部屋から出て、玄関の扉を開けると目の前にナイトさんがいた。

 

 

「何か用です?」

 

「アオイを呼んできてって頼まれたんだ。ルナに急用が入ったみたいでね」

 

 

 貸し切りにし終わったみたいだ。ここの温泉は観光のために作られた訳ではなく、村人が心休まるように、と作られているため貸し切りになるまでが早い。勝手にやっていいものかはともかく。

 

 

「そうなんだ。温泉、でいいんだよね」

 

「そうだよ。さっぱりしてくるといい」

 

 

 ナイトさんはそう言って楽しそうに夕飯の準備をしに戻っていった。

 

 温泉の準備をして温泉に向かう。……この施設なんて名前なんだろ。ルルドの湯とか? ベタすぎるか。

 こんな明るい内からお風呂に入るのはちょっと新鮮だ。ユクモ村ではいつでも無料で入り放題というのだからちょっと羨ましくはある。

 

 坂道が多いのはこの村の欠点なのでは。ナイトさんの食堂やクロウさんの鍛治屋、飛行場は比較的村の真ん中の方にあるが、温泉は結構登ったところにある。

 家を出て数分、到着。

 扉を開けると木の香りが感じられた。まだ建ってそんなに時間が建ってないからだろうか。靴を脱ぎ、下駄箱に入れ、灰色の絨毯の上を歩く。

 入ってすぐに見えたのは男湯、女湯の文字。藍色の湯と朱色の布にそれぞれ書かれている。

 

 端の方が不自然折り曲がっている。不自然だ。恐らく、ルーフスかフラムが入れ替えていると思われる。

 ……でも女湯って書かれている方に入るのは抵抗があるな。いや、貸し切りにしている以上、フラム以外に異性はいないだろう。フラムは十中八九男湯にいるのだろう。そして白々しく言う、なんでアオイがこっちに入ってくるのー、と。

 

 とりあえず元に戻して、端までピンと伸ばし、さっきまで女湯、と書かれていた方に入る。

 正解ならルーフスがいる。

 床の絨毯の色は青っぽい色に代わり、正解を示していることを確信させる。

 とりあえず今日も二人の思惑通りには行かなかった――

 

 

「アオイ、何してるの?」

 

 

 幼い声、ルナの声だ。

 目に入ったのは髪を濡らし、頬を高揚させているルナだった。出てから少し時間が経っていたのだろう、浴衣姿にジュースのビンが握られている。

 

 

「何……? 覗き? 堂々としすぎじゃないかな?」

 

「いや、違う、これには訳が……」

 

「まぁいいよ、これは貸しにしといてあげるから。フラムさんには黙っておいて……いや、教えた方が良いのかな?」

 

 

 ヤバい。詰んでないか。

 

 

「まぁいいや。早く反対側に行ってきなよ」

 

「はい、どうもすいませんでした」

 

 

 思考が冷たく、フリーズしていく。頭の中真っ白。

 自業自得とはいえ、せめての救いがほしい。暖簾を勘違いで入れ替えてしまっていたので、戻し、男湯、と書かれた方に歩く。

 絨毯の色はこっちも青色だった。

 どっと疲れた、気分も落ちた。

 扉を開け、脱衣場が開ける。

 

 

「えっ?」

 

「……へ」

 

 

 フラムが居た。半裸のフラムがいた。インナーしか着ていない。いや、フラムは寝るとき防具を脱いでインナーだけの状態で寝ることがしょっちゅうあるために異常事態ではないが。

 

 

「何でこんな中途半端なことになっているんだ?」

 

 

 空回りしていた頭がゆっくりと噛み合い、ちゃんと動き始めた。

 きっとフラムとルーフス……ルナにもハメられたのだろう。そのまま気付かずに進めばフラムが居た、気付いたとしてもルナがいるために引き返してこっちに来る。成る程、フラムと無理やりにでも温泉に入らせようとするのであれば、これ以上ない方法かもしれない。

 後から乗り込む、という手段じゃないのはこれを既成事実とするためなのかもしれない。

 

 

「一緒に入ろ?」

 

「嫌です」

 

 

 おかしいな。フラムが服を着ているとギリギリ成り立たないような。いや脱いでて欲しかった訳ではなく。

 

 

「ここまで上手く行ったのになぁ……」

 

 

 フラムはため息のように言葉を吐き出した。

 そしてすぐに表情を一変させる。

 

 

「ねぇ、タオルあるでしょ。それを巻いて入ろうよ!」

 

「何でそうなるの……」

 

「駄目?」

 

 

 僅かに潤む瞳で見つめられる。暗めに不安が伝わってくる。儚げで庇護欲がそそられる。

 

 

「……分かったよ」

 

「やたっ」

 

 

 フラムはそそくさと物陰に隠れた。すぐに衣擦れの音が聞こえ始める。

 念のため、口止めをする。

 

 

「良いって言うまでそこにいてね」

 

「それって女の子の台詞じゃない?」

 

 

 小言を言われるが、この場合では僕の台詞であっているような。

 ユクモ村で見たタオルの巻き方は覚えていた。

 ……手の火傷は比較的軽かったのか治療が良かったのか完治している。だが、太ももの裂傷は多分残る傷になるのかもしれない。まぁいいや。

 

 

「着替えたよ」

 

「はーい」

 

 

 フラムが出てきた。タオルの長さのために、インナーより露出は少ない。それ以上の感想は持てない。

 

 

「早く入ろ!」

 

「うん……あ、体を流してからだよっ」

 

「分かってるから」

 

 

 扉を開け、入ると湯気の運んできた温もりが体を包んだ。とても心地よい。

 桶で湯をすくい体を流す。熱めの湯が疲労を一気に流してくれるような、そんな感じがした。

 温泉に足を入れ、そのまま肩まで一気に浸かる。

 

 

「はあぁぁぁぁ……」

 

「ふわあぁぁぁ」

 

 

 気の抜けた声が思わず漏れる。

 体の芯までを温めてくれる湯加減。

 効能かは知らないが、活力が溢れてくる。薬湯のようなものなのだろうか。

 すごく、気持ちいい。

 

 

「……フラムはなんで僕にこういうことを仕掛けてきたりするの?」

 

 

 口から出た言葉は普段からの疑問だった。勝手に言ってしまった、という感じが強い。

 

 

「私もよく分かんない。でもこうするとね、ルーフスが喜んでくれるんだ」

 

 

 フラムは虚ろに笑った。

 

 

「私のわがままのせいでハンターになっちゃったからね、ルーフスは。私が楽しんだ分だけ、ルーフスにも喜んでほしいんだけど……」

 

 

 私がハンターを止めることが一番の近道なのかな、とフラムは呟いた。

 

 

「ルーフスは楽しくなさそうなの?」

 

「分からない。でもルーフスに聞く勇気がないんだ」

 

「そう……」

 

 

 ルーフスは狩りをしているとき、楽しそうに見えた。訓練所にいるときも楽しんでいる、そんな印象を持った。

 

 

「ルーフスがハンターになろうとしたのは自分の意思じゃないの?」

 

「違うよ。私がなりたいって言ったらお父さんがじゃあルーフスもなりなさいって」

 

 

 フラムがハンターになろうとした。なぜ父親はルーフスにもハンターになれと言ったのか。

 いや、理由を僕はもしかしたら知っているのではないか。

 ルーフスは言った。姉さんが悪い男に騙されるのは嫌だと。……この理由でルーフスまでハンターに、か。

 

 

「ねぇ、アオイ、私はルーフスがハンターを止めたいって言ったらどうするべきだと思う?」

 

 

 ルーフスはフラムを守るためにハンターになっている。でもルーフスはハンターになること自体、反対していたかもしれない。フラムはハンターを続けたいが、フラムがハンターである限り、ルーフスはハンターでなければならない。二人で止めるか、二人で続けるか。どちらも損がある。

 

 

「その時は、僕とパーティを組もうよ。いや、恋仲になるつもりはないし、ルーフス程頼りにもならなければ、信用もないかもしれないけどさ」

 

 

 僕は二人に不仲になってほしくない。それに、フラムと組むのもきっと互いに悪くない……フラムも同意してくれたら、だが。

 

 

「……アオイ、ありがとう」

 

 

 フラムは憑き物が落ちたように、笑顔を浮かべた。

 

 花が咲くようなその笑みは、とても可愛らしかった。

 

 

「私、もう上がるね」

 

「滑らないように注意してね」

 

「……ガードが堅いなぁ」

 

 

 フラムはゆっくりと歩いて脱衣場に入っていった。

 

 一息吐き、浅瀬に座り、腰まで浸かる。

 誰もいない温泉。水音と村の喧騒が僅かに耳に入ってくる。

 

 

「早く、誰かを守ることができるくらい、強く……」

 

 

 何をするにも、僕は力がない。

 

 頭がぼおっとしてくるまで、僕はただ考え続けた。

 

 

 

 


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