「ティラさんただいま」
「おかえりなさい、アオイ」
僕は村に戻ってまず依頼の達成報告をしにきた。
ティラさんは依頼書の管理をしている受付嬢兼、この村の全権代理者で雑務執務全般をこなし、他の村との交易や商いを把握し指示を出していたりと、この村のほぼ全てに関わる女性だ。……この人いつ寝てるんだろ。
「はぁ、はぁ……やっと追い付いた」
後ろからフラムの声。
ちょっと用があるから先に行っていてと言われてた。一人で行くのもなんなのでゆっくり歩いたつもりだったが、走らせてしまったようだ。
「もしかしてその二人ってアオイと狩りをしにいったハンターさん?」
「うん。こっちがフラ……」
「ごきげんよう、フラーウム・テンペラーと申します。お気軽にフラム、とお呼び下さい」
「弟のルーフスです。しばらく村に滞在させていただきますので、どうぞよろしく」
二人はニコニコと笑顔を人好きのする笑顔を浮かべながら丁寧に言った。二人とも繊細な容貌のためにとてもさまになっている。いやなんで急に畏まっているんだ?
「ご丁寧にどうも。ティラ・スターリィといいます。いつもアオイがお世話になっています」
ティラさんもペコリとお辞儀をした。ティラさんはちょくちょく偉めの方を相手にしているせいかとてもスムーズなものだった。
「……ティラさん、依頼達成したよ。あ、王者のクチバシで達成した証明になるよね?」
「うん、大丈夫だよ。アオイはこんな良い仲間がいて幸せだろうね」
「あはは、そうだね……」
今回、皮は一枚も剥ぎ取れていない。鱗も質の悪そうなものだけ、一番損傷の少なかった王者のクチバシはギルドに提出。手元に残った素材は……うん。
「依頼達成となります。えっと報酬の1200ゴールドと素材は明日届きますよ」
ティラさんはうっすらと力なく微笑みながら、依頼書にハンコをおした。
「ティラさん、なんか疲れてない?」
いつも結っている茶髪を今日は下ろしていて、なんとなく顔は青冷めている。くせっ毛はいつもよりはねている。こころなしか痩せた気もする。
目から光が減っていて今にも虚ろになりそうなのも気になる。
「この村で労ってくれるのはアオイだけですよ。ありがとうね……ぐすっ」
ちょっとまって泣きだしたんだけどどうしよう。僕何も悪くないのに。……いや、本当に何があったし。
「アオイ義兄さん、女の人を泣かせたら駄目だよ」
ルーフスが酷く棒読みで言った。もうちょっと言い方ってものがあると思う。
「ねぇ、アオイ、ティラさんを元気づけてあげたいって思わない?」
フラムが提案する。概ね賛成だけど何するつもりなんだろ。
「良いけど、何をするの?」
フラムはニヤリと笑って言った。
「ゲリョスを狩りにいけばいいんだよ」
「えっ」
ルーフスが大きくため息をついた。……今報告が終わったところなんだけど。
「という訳でティラさん、ゲリョスの狩猟依頼ありますか?」
「えっ。今から行くんです?」
「今からではないです。まだ準備をしてないです」
準備ができしだい行くってことじゃないか。それじゃ今から行くと大差ないんじゃ……。
「じゃあアオイ、何を準備する?」
フラムは振り替えってにっこりと笑いながら聞いてきた。答えようとするとルーフスが間に入ってきた。
「とりあえずお昼御飯食べようよ」
「んー。そうだね」
フラムに昼御飯の提案をした後に僕に耳打ちをしてきた。
「どうにかして狩りを中止にするか先延ばしにしてくれない?」
「なんでさ。おせっかいかもしれないけど依頼は解決できるんだしそんな問題ある?」
もしかしてゲリョスが倒せない、とかそういう話だったか? 危険度的にイャンクックとあまり変わらないから大丈夫だと思うけど……。
「……まぁいいよ。三人いるし大丈夫か」
ルーフスはそれだけ言って耳打ちを止めた。気がつけばフラムが怪訝な目でこちらを見ていた。
「……何の話してたの?」
「アオイ義兄さんに姉さんとはいつ結婚するか聞いていたんだ」
ルーフスが全く違う内容を話すとフラムは両頬を両手押さえて顔を背けた。
「わ、私はいつでも……」
「絶対ないから。早く昼御飯食べにいくよ」
あんな嘘で何故騙されるんだ。……なんだこの茶番。
暗い色の木で出来た扉を開くと心地よい鈴の音が鳴り、温かい匂いがとびこんできた。
「いらっしゃいアオイ。フラムさんとルーフスくんもね」
ナイトさんは優しげな表情で僕たちに話しかけた。手の動きでカウンター席に誘導される。
「アオイは肉と魚……肉でいいね。フラムさんとルーフスくんは何がいいかな?」
ナイトさんは勝手に僕の食べるものを決めてしまった。いや確かに肉が食べたいと思ってたから合ってるけどさ。
「私もお肉にしようかな」
「じゃあ僕も」
ここでは食べたいものを言うかメニューから選ぶかで注文したことになる。どちらとも美味しいが、メニューから選ばないと料金が分からないため、お金に余裕がある時しかナイトさんが選抜した料理を作ってもらうのは控えた方がいい。
「ルーフスくん、食べたいものを食べた方が美味しいと思うよ。あ、三人共飲み物はお茶でいいよね」
ナイトさんは手際よく僕たちの前にお茶を出した。いつ注いでたんだろ。
「ナイトさん、やっぱり魚料理ください」
「ふふっ。かしこまりました。少々お待ち下さい」
ナイトさんはすぐに材料を取りだし切り始めた。ナイトさんの包丁がまな板を叩く音がリズミカルに聞こえる。
辺りを見ると見覚えのない絵が飾られていた。僕が怪我をして寝ている間に飾られたのだろうか。
絵には青い髪の少女の寝顔が描かれていた。
繊細で絹のような青髪は肩くらいまであり、肌は陶器のように白い。
伏せられた睫毛は色っぽいが柔らかそうな唇は子供っぽい印象を与える。
「その絵アオイがモチーフだよ」
横でフラムとルーフスが吹き出した。ナイトさんも心底楽しそうな笑みを浮かべている。
「ちょっ、ナイトさん、その絵なんで勝手に僕を描いてるんですか⁉」
「可愛かったからつい……」
「そんな女の子ぽく頬に手をあてても駄目ですよナイトさん」
もう性別に騙されませんよ、と言外につげる。それにしてもナイトさんにからかわれたりする回数が小さい頃に戻りつつ気がするのは気のせいだろうか。
「アオイ、女の子っぽい仕草しても……って台詞、ナイトさんに失礼じゃないの?」
「フラムさんには私が女の子に見えるのかな?」
ナイトさんは新しい玩具を見つけたようだった。フラムに初見の人によくしている質問を投げ掛ける。
「姉さん、ナイトさんは男だよ。失礼なことをしたらだめだよ」
「ルーフス君には私は男の子に見えるようだね」
ルーフスはちょっと得意気な顔だったがナイトさんの一言で急に戸惑いに変わる。
二人は僕に答えを欲したのか見つめてくるが残念ながら僕も答えを知らない。
「さぁ出来たよ。アオイの肉キムチとフラムさんにはステーキを、ルーフス君にはカルパッチョね」
一人で回してるはずなのに妙に早い調理時間で三人分をナイトさんは仕上げた。
僕の前に置かれたのは適度に焼けた肉と白菜とキノコのキムチが和えられた……肉キムチ……うん、名前通りの見た目だ。
白菜と一緒に肉を箸で摘まみ口の中に入れる。噛む度に白菜のシャキッとした食感と肉の旨味が広がり、飲み込むと、もう一口を催促するような辛味が残る。
美味しい。
「美味しい……柔らかいし焼き加減も丁度いいし、何よりこのソース最高」
フラムは幸せそうにステーキをどんどん食べていく。白米も僕の倍くらいのスピードで減っていく。
ルーフスは……目を輝かせながら黙々と食べてる。
「アオイ、二人の出身地とか知らない?」
ナイトさんは小声で僕に聞いてきた。
「各地を転々とする家族だったみたいで。僕もよく知らない」
フラムとルーフスにどこに住んでいたのか聞いたときは色んなところに住んでいたから答えにくいと言われた。なんで転々としてたかの理由は教えてくれなかったけど。
「あぁ……。じゃあ仕方ないか」
ナイトさんは一人で納得したようだった。今の情報で何を納得したんだか。
辛さで火照った口に冷たいお茶を流し込む。
玄米茶かな。玄米の風味がよく効いていて美味しいお茶だ。
「アオイ、装備の準備しに行こ?」
「そうだね。ナイトさん、ごちそうさまでした」
「どう致しまして。頑張ってきてね」
ナイトさんは皿を回収し、笑顔を見せくれた。とても魅力的に笑うよなぁ……。……まぁナイトさんは男かもしれないんだけど。
「ごちそうさまっ」
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さまでした」
僕は立ち上がってそのまま出口に向かい、ドアに手をかけ出ようとする。そうするとフラムに肩を掴まれる。
「……お金は?」
「月末に一括なんだ。気にしないで」
「そういうわけで、二人とも月末まで払わなくていいよ」
「あぁ、そうなんだ」
ナイトさんのところではいつも月末に一括で払うことになっている。理由を聞いたときはお客様にお金のことを気にせずに食事を楽しんで欲しいから、と白々しく答えてた。結局本当の理由は知らない。
「じゃあ後でね」
「うん」
装備の準備をするために家に向かって歩く。陽があたってるところが熱を持つが、畑や緑に冷やされた風が心地よく冷やしていく。
よく開けた空は青く、雲も注視すると動いているように見える。そんな中、足音が三つ……
「なんでついてきてるの?」
「私たちもこっちなんだ」
「えっと、ルナって人にこの家を使えって言われたんだ」
ルーフスは僕の家を指差して言う。またあなたが計ったのかルナさん。
「空き部屋あったから使っているよ」
その言葉で僕の家から空き部屋が消えた。同居人が四人ってもうちょっとしたアパートじゃないか……。
装備の準備と言っても防具を脱いで、手入れをして、武器の手入れもして道具を準備して最後にお風呂にでも入るだけだが。
そして案の定すぐに準備が終わり、今はお風呂の順番待ちだ。一番早く手入れが終わるルーフスが最初に入りにいったようだ。
「ねぇねぇ、アオイ?」
壁越しに声が聞こえる。……壁薄すぎないかな。結構鮮明に聞こえるんだけど。
「なにフラム?」
「私と一緒にお風呂に入ろうよ」
「嫌だ。お風呂くらい一人でゆっくりしたい」
万が一そんなことがあろうもんなら絶対に鬱陶しいだろうな。そもそもこの家のお風呂は二人で入ることを考えて設計されてるとは思えない。
「……絶対に入ってこないでよ?」
太ももとか左手とかはまだ傷痕があるし。見ようものなら、Oh……ってなるのは目に見えてる。
「アオイ義兄さん、お風呂上がったよ。……あ、もしかして邪魔しちゃった?」
「気にしないでください」
ルーフスと代わるように脱衣所に入る。そして脱衣所の扉に鍵をかけてからインナーを脱ぐ。
案の定ドアからドアノブを捻る音が鳴ったりしたけど平和にお風呂に入れました。
「出発ニャ!」
ルルド村の飛行船の運転手アイルーのいちごは掛け声と共にロープをほどき、動力に火を灯した。
プロペラが徐々に加速し、波打つ音が風切り音に変わる。
「きゃっ」
「わっ」
揺れが浮遊感に変わり、二人が声をあげる。飛行船は高度を上げ、みるみるうちに地面が遠くなっていく。
「風が気持ちいい!」
「思ってたより高いんだね」
二人は歓声をあげながら周りを眺める。狩場とは違って無邪気な子供に見える。
……また悪魔みたいな笑顔で狩りをするんだろうな。
飛行船に置いてある遊戯板と駒の音がカタカタと鳴る。その音が二人のケタケタと笑う顔を思い起こさせた。
今度は過剰に血が出ない狩りをしたい。